「賢君、今日、何だか疲れてるみたい。今日はそろそろお開きにしよっか。」
ファーストフードの店で僕達は向かい合っていた。僕は、先程までの出来事を考えると、目の前のハンバーガーも喉を通らず、喋る事すら疲れを覚えていた。京さんが心配しているのは分かっている。ここは笑って何もなかったように振る舞うのが良いのだろう。しかし、そんな気力すら僕には残っていなかった。高石と交わしたあの約束。そして・・。
これから僕はどうやって・・・。
これからのことが不安でたまらなかった。
これから、これから・・。
この言葉が頭をグルグルと巡る。
「賢君。」
「賢君。」
京さんの声に僕ははっとした。京さんはさっきから僕を呼んでいたと言う。
「ごめん。今、何の話してたっけ?」
「賢君、疲れてるみたいだから、今日はお開きにしようかなって。」
「あっ、ああ。大丈夫だよ。ちょっと、考え事してただけだから。ごめんね。」
これでは駄目だ。僕なりに、京さんに対しては強がってみせた。
大丈夫。
根拠のない大丈夫を自分に言い聞かせては、また、空しさが、返ってくる。
「賢君、悩み事だったら、私に相談して欲しいなぁ。」
京さんは、少し寂しそうに言う。
京さんは責めているようではなかった。ただ、僕を気遣っていた。
そんな彼女を裏切ってしまった僕。
不可抗力。
そんな言葉は、自分自身に対する、浅はかでずるい、気休めの言葉に過ぎなかった。
「ほんとに、何でもないから・・。次、どこ行きたい?」
僕は、話をここから、そらそうと必死に笑顔を作った。しかし、京さんは、どこか、勘の鋭いところがあって、僕の作り笑顔に安心してはいなかった。寧ろ、悲しそうだった。
「賢君・・。」
京さんは少し、僕の顔を見詰めて、言った。
「ごめん。私、今日これから、用があったの、忘れてた。ほんと、ごめんね。問いう訳で、今日は、お開きだね。」
用があるというのは、京さんがその場で僕を解放しようとせんがための嘘であることは分かる。
結局、僕は、彼女にただ、不安を抱かせたまま、彼女と別れる事となった。
「じゃ、今日はここで。」
お台場駅の前まで来ると、京さんはクルリと踵を返した。
「み・・。」
僕は、彼女の名前を呼びかけた。が、すぐに喉を止めた。今更何を言うのだろう。さんざん、彼女を裏切り、騙し、自分は辛いですみたいなそぶりを見せて、その上、僕は彼女に何を求めるのだろう。
「最低だ・・。」
僕は低く呟いた。彼女の後ろ姿を見送りながら。
それから、間もなくして、携帯電話の着信音が僕を呼んだのは。
相手は・・。
「もしもし・・。」
「デート、楽しかった?」
「・・・。」
「めて・・。」
「京さんは何も知らないんだものね。」
「めて・・。」
「これからなんだけどさぁ。」
「やだ・・。」
「君に否定する権利はない筈だよ。これから、来れるよね。」
逃れられない。
僕は、もう逃れる事はできないのだ。
僕の足は、向かう。
京さんを裏切るための、僕は歩く。
高石のマンションに向かって。
自分の無力さを呪いながら。
自分を最低だと罵りながら。
それでも、僕は、高石のところへ行くのだ。
秘密を、守る為に・・・。