「今日は。」

「伊織くん。」

賢はこの小さな珍客に少し驚く。まさか伊織が自分の家にくるとは思ってもみなかったのだ。

「あの・・・。」

「あの、宿題、教えて頂けませんか。」

気恥ずかしそうに言う伊織。賢はそれがとても嬉しかった。伊織が自分の事を許せないのは無理もない事なのに・・・。伊織が自分に心を開こうとしているような気がした。

「もちろん、上がって。」

「すみません。お邪魔します。」

僕は伊織君を部屋に案内する。賢はそのまま飲み物を用意しに台所に行く。

「あっ、大輔さん・・・。」

「伊織、なんでお前ここにいんだよ。」

「一乗寺さんに宿題教わろうと思って・・・。大輔さんこそ・・・。」

「あっ、俺?宿題やってもらおうと思ってな。」

「宿題は自分でやるものですよ。」

「かてーこと言うなよ。」

「なんで・・・。」

伊織は口の中でぶつぶつ言う。

伊織は大輔がまさかいるとは予想外だった。確かに大輔と賢は仲がいいのは分かるが・・・。何故か大輔がいると気恥ずかしい。

「はっきり言えよ。」

「別に、何でもないです。」

「へー、お前賢と仲良くしたいんだろ。」

「別に・・・。」

「いいじゃん、いいじゃん。」

そうこうする内に賢がジュースを持ってきた。

「オレンジジュースでいいかな。」

「すみません、御気遣いなく。」

「あっ、大輔も来てるの言ってなかったか。」

「おーい、早く宿題やってくれよー。」

「宿題は自分でやれよ。」

「お前まで伊織みたいに・・・。」

大輔は拗ねた格好をする。

「で、どこが分からないの?」

伊織は算数の教科書を開いて賢に質問する。それを賢がゆっくりと丁寧に解説していく。伊織はその賢の優しい目を見て、思った。

(やはりこの人は優しさの紋章の持ち主なんだな)

「これで、分かるかな?」

「ハイ、分かりました。」

「じゃあ、この問題、やってみて。」

「はい。」

伊織は賢が指定した問題を解いていく。

「正解。できるようになったじゃない。」

「ほんと、一乗寺さんってすごいですね。」

「そんなことないよ。伊織君が理解するのが早いだけだよ。」

二人の微笑ましいやり取りをとなりで見ていた大輔は拗ねたように言う。

「何だよ、伊織ばっかり。」

「大輔は宿題やれって。」

「ちぇっ・・・。」

賢はこの三人の組み合わせが不思議だった。いつも賢は大輔と行動することが多い、その上、伊織はなかなか賢を受けとめることができなかった。今日、初めて伊織のと分かり合えたような気がした。それは思い込みかもしれないけれど、それでも良かった。こうやって自分を頼ってくれたことが何より嬉しかった。

「伊織君、分からない事あったらいつでも力になるから。」

「ありがとうございます。」

二人が分かりあえたのは賢の思い込みだけではなかった。この時、偽りのない賢の優しさを肌で感じて、初めて賢のことを信じる事ができた。

(いままでごめんなさい、一乗寺さん。そして、これからもよろしく。)

誰にも聞こえないように伊織は行った。