冬。
日も短く、空は6時にして夕暮れを経て、闇に染まっていた。
サスケ達が商売をしている公園も人通りはなく、その上に、チラホラと雪が降り、その雪すらも、侘しさを増していた。
サスケ、鶴姫、サイゾウ、セイカイ、ジライヤはその日の商売は、寒さのせいか、客足も悪いので、早めに切り上げ、既に後片付けを終えていた。
「あー、さぶっ。」
サイゾウ、セイカイ、ジライヤは唇と肩をガタガタ震わせながら、そそくさと猫丸の中に乗り込む。
それに続くサスケ。
が、後ろに鶴姫がいなかった。
サスケが少し遠くに目をやると、鶴姫が、公園の木に手をやり、その場に立ち尽くし、舞い下りる雪を眺めていた。
少し前から、サスケは気付いていた。
日が暮れると、鶴姫は決まって、少しの間、猫丸の中に入るでもなく、ただ、その場に経ち尽くすことが多くなっている事を。
恐らく、暗くなればなるほど、鶴姫は、大魔王によって捕えられた、父、白面朗のことを考えているのだろう。人は、一日の終わりになるに従い、何故か、心は意味もなく、憂鬱になり、抑えていた、辛い事を嫌でもはっきりと思い出すものだ。そして、鶴姫も例外ではない。
サスケは今まで、それに気付きながらも、声を掛けなかった。いや、声を掛けることができなかったのだ。それは、遠くからでも分かる、鶴姫の心があまりに痛々しいものであったから。普段、鶴姫が明るく振る舞えば振る舞うほど、それがさらに痛々しさを増しているようにサスケは思えてならなかった。
そんな心に対して自分は何ができるのであろうか。そう思うと、サスケはそんな鶴姫をただ、見る事しかできなかった。
しかし、そんな鶴姫を毎日、見ているのも、辛すぎた。
サスケは思わず、鶴姫の側に駆け寄り、少し距離を置いた位置に立った。
鶴姫は、側に、サスケがいることに気付いてさえいないようであった。普段、忍である彼女ならば、サスケが駆け寄る時点で、サスケの気配をすぐに感知することもできるのに。
サスケは暫く鶴姫に並んで立ち、舞い下りる雪に目をやっていた。鶴姫の顔を見ずに。顔を見ると、彼女の痛々しさが伝わってしまうから。その痛みを分かち合わなければならないのは、分かっていた。しかし、サスケはそれが恐ろしかった。そんな自分が情けなくて、自身を嘲ってしまう。
(俺は、そんなにも根性なしか・・・。)
「あ・・・。」
暫くして、鶴姫はサスケの存在に気付いて、小さく声を出した。
「サスケ、いつからそこに・・・。」
鶴姫と目が合う。黒く、古風な、瞳だった。そして、その頬には涙が伝っていた。白面朗を思っての涙だろう。サスケは思わず、目を反らす。
「何、目、反らしてるわけ?」
僅かに鼻声を帯びた声で鶴姫は言った。それは、彼女なりに、必死で虚勢を張っているようでサスケは見ていられなかった。鶴姫は、頬に涙が伝っている事にまるで気付いていないようであった。
「べっ、別に反らしてねーよ。」
サスケは思わず悪態を吐いていた。考えていた事とあまりに的外れな行動に、自分自身に苛立つ。
「ほらっ、また反らした。」
鶴姫は、からかうように言った。
「うるせーな。この俺がお前ごときにびびってどうすんだよっ。」
それから、2人は、言葉が続かず、その空気に沈黙が流れる。
雪は2人の間を縫うように、静かに舞い下り続けていた。
2人とも、特にサスケだった。思わず鶴姫に側に立ったのはいいが、どんな会話を、鶴姫に対して何をしたら良いのか、正直見当もついていない状態だった。
思わず、鶴姫の背中に目をやる。
あまりに華奢だった。しなやかだが、少しでも傷など付ければ、消えてしまいそうな身体。それでも彼女は辛さを隠し、強くあろうとしている。それが更に痛々しさを掻き立てる。
気が付くと、サスケ鶴姫を抱きしめていた。
こんなことをしたところで、鶴姫が救われるとは思ってはいなかった。しかし、身体が勝手に動いていた。
鶴姫は、不意にサスケに触れられ、戸惑いを隠せずにいた。息が次第に上がる。直接感じる熱は、鶴姫の心臓の動きを早めた。
「ちょ、何、すんよの・・・。」
鶴姫は喉の奥から声を絞り出した。
「すっ、すまねぇ・・・。」
サスケは慌てて冷静さを取り戻し、自分のとってしまった行動を見詰め直した。
”俺は何をやっているんだ・・・。”
サスケは鶴姫から腕を引こうとした。
「待ってよ。」
鶴姫は思わずそれを制止した。
「おい・・・。」
「ちょっと、風邪、ひいたみたい・・・。」
鶴姫はわざと、鼻をすすってみせる。
鶴姫は、サスケが腕をひくことで自分が不安に陥るのが恐ろしかった。それほどまでに、サスケの心は鶴姫の心までも包んでいたのだ。
そのままの体勢でゆっくりとした時間が流れる。
「鶴姫。」
サスケはその独特の時空を破るかのようにその名前を呼んだ。
鶴姫の返事はなかった。
鶴姫の体重がサスケにかかる。
「おいっ、鶴姫・・・。」
サスケはその顔を覗き込む。
黒い瞳は閉じられていた。スースーと寝息が僅かに漏れていた。
「こんなところで寝るなよ。まじで風邪ひくぞっ。」
サスケは鶴姫を片手で支え、空いた手で鶴姫の頬を軽く叩く。
しかし、鶴姫は、疲れ切っていたのか、目を覚まさなかった。
その寝顔は、安らかに見えた。しかし、その寝顔が抱えているものはあまりに重く、悲しい現実であることをサスケは実感した。
「仕方ねぇな・・・。」
サスケは一人呟くと、頬伝った涙の痕を指で拭うとそのまま鶴姫を抱き上げる。
ふと、空を見ると、雪がさらに量を増し、舞い下りていた。一面の白を眺めながら、サスケは、鶴姫を抱きかかえ、猫丸の方へ向かった。
その時、サスケは決意していた。
鶴姫の本当の笑顔が戻る日が来る事を。その華奢な身体が辛さ、苦しみから解放する為にも闘おうと。大魔王を倒そうと。