『家庭教師』
(前編)
「お邪魔します。」
「驚いた。ねぇ、先生、何歳?」
「えっ、18、だけど・・・。」
僕は、一乗寺賢。今年、某教育大学に入学した。家は、あまり裕福ではなく、奨学金で大学に行っている。そして、初めての一人暮らし。少しでも生活の足しになればとのアルバイト。教師志望でもあったので、丁度良いと僕は、嬉々として、僕はこのバイトに決めた。生徒は、高校三年生。僕とは一つしか変わらない。いや、それよりも、高校三年といえば、大学受験を控えた重要な次期。僕は、内心役に立てるだろうかと、思いつつも、初めて、教えるという経験に少しわくわくと言ったら、おかしいだろうが、いわば、不安半分、期待半分。
チラシの地図を当てに、行き着いた、家は、かなりの豪邸。迎えてくれたのは、金髪で青い瞳の青年。あまりに、見事なまでに、綺麗なその青年に思わず、目が離せなかった。青年が、生徒である、高石タケルという。彼の第一印象は、先程の通りの綺麗。そして、人当たりの良い、笑顔。そして、今時の高校生に、珍しい、品みたいなもの。いわゆる、”王子様、お坊ちゃま”であった。
僕達は、彼に部屋に案内されながらも、すぐに、打ち解け、会話をしていた。
「驚いたって、僕、何歳に見える?」
「うーん、ちょっと、年下に見えた。だって、先生って、何か可愛いじゃない。」
そう言って、高石タケルは、青い瞳を細め、笑顔を作った。それが、また、彼から滲み出る、品も手伝い、完璧なまでの、綺麗さを醸し出していた。僕は思わず顔が熱くなる。同性から”可愛い”などと言われたのも初めてだったし。
「可愛い・・・?」
「うん。」
僕は、いつのまにか、その場に立ち尽くす。
「ほら、先生、部屋、とっくに着いてるんだけど。」
「あ・・・。」
「ほんと、先生可愛いんだから。」
そう言いながら、高石はクスクスと笑って、自室の扉を開け、僕を招き入れた。
部屋の内装は、かなり、広く、あきらかに、値段の張るような家具やオーディオ。僕は圧倒され、ボーっと立ち尽くす。
「ここで、勉強しよっか。」
そう言って、高石は、二つソファが向き合っておいてある、テーブルのソファの一つを僕にすすめた。僕は、すすめられるがままに、座る。
そして、高石も、その向かいに座る。
僕は、彼が通っている高校の数学の教科書と、それに合った、問題集を出す。初めて、教えるという行為に、張り切って、本屋を歩き回った、教材の数々であった。
「じゃあ、まず、この問題集で君の実力見たいんだけど、解いて、貰える?」
「はい。」
高石タケルは返事をし、僕が指定した問題集に目を通し、それから、取掛かる。
そして、約、十五分。
「先生、できたよ。」
そう言って、高石は、僕に問題集を差し出す。
「速いね。」
「そう?」
彼の学力を予め、聞いて、選んだ結果の難関大学の問題集だった。
「この問題集結構難しかったでしょ。」
「うーん、まぁまぁ、かな。」
答え合わせをすると、難関大学の問題にも関わらず、見事なまでの正解率。
「どう?」
高石タケルは問題集を覗き込む。
「完璧。家庭教師なんて必要ないくらいだ。びっくりしちゃった。」
「そっか。」
「うん。」
「ねぇ、先生。変なコト、聞いていい?」
「何?」
「先生って、処女?」
彼のあまりに突拍子もない質問、僕は凍り付く。って、最近の高校生はそんなことまで聞くのか。一歳しか違わないにも関わらず、奇妙なジェネレーションギャップを感じてしまう。
「ねぇ、どうなの?」
「そ、そんなことっ。勉強に、関係ないじゃない。」
「先生、生徒の質問には答えるものだよ。」
「処女、なんでしょ。」
彼は、腰を上げ、顔を近付け、囁くような声で言った。そして、その手が僕の頬に触れる。近付きすぎた、金髪がさらさらと、僕の顔に当たる。
「だから・・・。今は・・・。そんなの、関係、ない、こと、だし・・・。」
声が震えていた。
「先生、可愛い。声が震えているよ。」
「ちがっ・・。」
僕の声を遮るように、高石が立ちあがる。そして、僕に近付く。
上がる、心拍数。緊張と不安を孕んだ、静かな空間。
「キス、していいよね。」
「ちょ・・・。」
彼は、僕の声を唇で塞ぐ。
「んっう・・。」
「ふぅ・・・。」
「んん・・・。」
舌が侵入し、生き物のように僕の口内を這い、弄ぶ。
「ふうんん・・。」
削がれていく、身体中の力。ガタガタと音を立てるように崩れていく腰。
僕の身体は、彼に誘われるまま、ソファから滑り落ちていった。
それから、音を立てて、外される、唇。
「先生、だいぶ、イッチャッたね。」
高石タケルがにこやかにそう言った。
「僕は、勉強を、教えに・・・。」
「家庭教師が必要ないって言ったのは、先生だよ。」
「あ・・・。」
「そっ、それは・・・。」
「それは、何?」
クスクス笑いながら聞き返す。手は既に、僕のシャツの下に這わされていた。
「や、だ・・・。」
「可愛いなぁ。ほんとに、女の子みたいだ。」
高石タケルの手の冷ややかさに、僕はゾクリとする。
それから、高石は、ゆっくりと、シャツのボタンを外していく。
「やめ・・・。」
「怖い?」
「や・・・。」
「最初は、怖いよね。でも、すぐに、慣れるから・・・。」
すぐに慣れるって・・・。
高石は、露になった、僕の胸元に舌を這わせる。
乳首を軽く噛む。
「つっ・・・。」
カリッという音と奇妙な疼きが僕を身震いさせた。
「先生の反応、可愛いよ。」
それから・・・。
「ねぇ、開けていい?」
「は・・・?」
またもや、訳の分からない質問。
彼は、僕の答えなど、待たずして、ズボンを滑らせた。そのまま、指先を太股に這わせる。
「先生の身体、案外、やらしいんだね。」
「え・・・。」
「ほら、これ、先生が出しちゃったんだよ。」
高石は、僕の太股から滲み出ていた、白い液体を指につけ、僕に見せると、それを舐め取る。先程までの行為で僕は射精していたのだ。僕は絶句する。自分の身体の理性のなさに、思わず泣けてくる。
「先生、目が潤んでるよ。そんなに、気持ち良い?」
「ちが・・。とに、かく・・・。勉強・・・。」
「まだそんなこと言って。その身体でどうやって、授業ができる訳?」
「そっ、それは・・・。」
それから、彼は、僕の足を開く。
「ほら、こうすると、よく分かるよ。先生がどんなにいやらしいかってね。」
クスクス笑いながら、その中心に手を当てる。初めて触れられる、そこは、熱くなり、痙攣しているようで、それが一層、僕の羞恥心を煽る。
「やっだ・・・。」
「やぁぁん・・・。」
「やめ・・・。」
クチュクチュと音を立てて、掻き混ぜられる。その指が動く度に、僕は、全身を痙攣させて喘いだ。
「あはぁぁん・・・。」
「入れるよ。」
高石のその言葉とともに、ズグッという鈍い音とともに、身体中を襲う、異物感。そして、痛み。
「つっ・・・。」
それで、終る筈もなく、高石の指は僕の中を掘り下げるように、指を奥へ、奥へと動かす。
「やだぁぁん・・・。」
「ふぁぁん・・・。」
「あはぁぁん・・・。」
「やぁぁんん・・・。」
僕の頬を伝う涙。あまりに情けなくて、どうしようもない。
僕は一体、この部屋に何をしにきたのだろう。そんな、思いを巡らせながら、意識が次第に薄らいでいく。
それから・・・。
「先生。」
高石の声で意識が戻る。
「参ったよ。先生、指入れただけでイッちゃうんだもの。」
高石は、ケロリとして表情で言った。
その高石の態度が無性に腹立たしい。
「どういう、つもりで・・・。あんなこと・・・。君は・・・。」
何を言って良いか分からないのに、声だけは荒くなる。
「だって、先生、あまりに可愛いから。」
高石は表情を変えず、それどころか、笑いすら浮かべて言った。
「ふざけるなっ。」
その態度が更に、僕の苛立ちを爆発させる。彼の考えている事が分からない。初めて人を教える期待とのあまりのギャップ。そして、何よりも、親が彼のためにとお金を使い、作ってくれた時間をそんな風に使う高石が許せなかった。僕が正義感ぶっているように見えるのは、分かる。しかし、高石に酷い嫌悪感を覚えたのは事実。
「君は、これから、受験なんだぞ。何で、何で、そんな貴重な時間を下らない事に使うんだ。僕には理解できない。」
「下らない?」
「下らないよ。馬鹿げてる。」
「先生、気持ち良さそうにしてたじゃない。声なんて出しちゃってさ。それからアレもね。ほんとは、だれかに犯されてみたかったんじゃないの?」
そう言って高石は薄く笑った。一瞬、脳裏に先程までの、自分の醜態が蘇る。しかし、僕は、それを、無理矢理掻き消す。
「君の親が家庭教師を呼ぶのは、君の為じゃないか。それを無駄にして・・・。」
「だから、何?」
僕の最後の一言で、高石の顔から笑みすら消えていくのが分かった。
それから、不意に僕をベッドに叩き付けるようにして押し倒した。
「やめろっ。」
僕は彼を力づくではね返そうとした。さっきは、状況が理解できず、されるがままになった。今度はそうはいかない。僕は自分で言い聞かせた。
しかし、高石の力は強く、そして、先程までの行為で、僕はかなり体力的にも不利で、あっけなく組み敷かれていた。
「やめろ。」
口だけで抵抗したが、彼の手が止まる筈もなかった。
「いやだっ。」
「さっきに比べて威勢いいじゃない。まぁ、そういうのを、抑え付けるのって結構、面白いんだけどさ。」
そう言って、口だけで笑った。しかし、その目は、何か、憎悪に満ちていた。
「やだぁん・・・。」
「やめ・・・。」
「いやぁぁぁん・・・。」
「はぁぁんん・・・。」
僕は、今までこんな目を見た事がなかった。彼の目はそれ程まで、全てのものを憎んでいるように見えた。
(後編)
僕は、あれだけ、偉そうなことを言いながらも、結局、二回目の、行為も回避することはできなかった。あの後、結局僕は、散々犯された挙げ句、授業を行う事もなく、無言のまま、そして、逃げるように、彼の家を後にした。
やるべきことをやらなかった、自分に嫌悪感を覚えながらも。
”もう、やめたい・・・。”
二回目の授業。
僕はどうして良いか分からず、彼の家まで来たものの、インターホーンを押す事を躊躇っていた。
ガチャッ。
僕がインターホーンを押してもないのに、開く戸。
「先生、遅いじゃない。」
「あ・・・。」
僅かな笑みを浮かべた高石。
「今日、授業でしょ。待ってたんだよ。」
”する気などない癖に・・・。”
そんな思いを巡らしながらも、僕は、高石の言われるまま、部屋に上がり込む。
そして、これから開かれるかも分からない、教科書を机の上に並べてみる。
それを、皮肉るように、高石は眺めている。
「今日は、授業、する、から・・・。」
僕の声は震えていた。
その声を無視するように、高石が口を開く。
「また、犯されに来たんだ。」
「は・・・。」
予想はしていたが、突拍子もない反応だった。
「だから、僕は・・・。」
それから後の言葉が続かないように、高石が唇で僕の口を塞いだ。
「んっ・・・。」
「ふぅぅん・・・。」
「ふぁん・・・。」
また、繰り返される淫らな行為・・。
そして、また、授業をすることなく、帰って行く、僕・・・。
こんなことは、辞めよう。いつも自分に言い聞かせた。しかし、辞めるには、それなりの手続きが必要だった。その手続きの中で、今までの淫行が、ばれないとも限らない。
僕は、それが、一番恐ろしかった。
卑怯で、臆病な僕は、びくつきながら、高石にも、もはや最初のように、抵抗することもなく、セックスの道具と化していた。
そして、首を振る度に囁かれる言葉。
「知られたくないよね。誰にもさ。」
そんな無気力な日々が続く。
そんなある日だった。
「やっ・・・。」
「やだぁぁん・・・。」
「つっ・・・。」
「いたぁぁぁ・・・。」
いつにも増して、高石の行為は、激しく、僕の体は、引き裂かれんばかりの激痛に襲われていた。
「やぁぁぁ・・・。」
「いたぁぁ・・・。」
その高石の動きは、どこか、狂気めいていて、異常ささえ感じた。痛みを感じつつ、その日の僕はやけに冷静だったのかもしれない。
何故?
何故?
繰り返される、疑問符。
僕は、何かを確認するかのように、高石の目を見た。
「見るなっ。」
しゃくったように言って、僕から顔を背ける。
震えている。
僕はその時、初めて、感じた。
彼が、何を思い、何を感じていたのか。
そして、初めて感知する事ができた、彼の、
SOS・・・。
「辛いの・・・?」
自分でも信じられない言葉だった。
人の心配をしている余裕は、僕にはない筈なのに・・・。
止まる、行為・・・。
数分間、周囲の空気が止まる・・・。
それを打ち破ったのは、高石の一言だった。
「馬鹿じゃねーの。お前、今更、何行ってる訳。」
いつもより、乱暴で、余裕のない口調だった。
「ごめん・・・。被害者は、僕じゃなかった。」
「やめろ・・・。」
「やめろ・・・。」
「もう、一度、聞いていい?辛いの?」
僕は、自分でも信じられないくらい、やんわりとした口調で訊ねた。
暫く、沈黙が流れた。
それから、僅かに、口を開く、高石。
「・・・。」
その声は、掠れていて、聞き取りにくいものであったが、何を言っているのかは分かった。
”辛い・・・。”
それから、高石は、ゆっくりと口を開き話しをはじめる。
母親が死に、新しい母親に、あからさまに憎まれている事。
目の前で、いつも浴びせられる罵倒の事。
それでも、優等生でいるようにと強いる父親。
一度、吐き出すと、どんどん押し出される、彼の感情。
「ごめん、ね・・・。」
僕は、誤った。
それは、心からだった。
僕は何も知らなかった。知らないのに、僕は被害者面をしていた。
彼の事情を考えようとは思わなかったのだ。
「何で、お前が誤るワケ?」
「ごめんね・・・。」
「ごめんね・・・。」
僕は、思わず、彼を抱きしめた。
そして、僕はゆっくりと言った。
「ねぇ、また、来ていい?家庭教師。」
高石は言葉を発することなく、頷いた。
そして、この日を機に、僕達の異常な関係は終わりを告げた。