「心死す時」
1.ビシュムの思い
「ビシュム、何を考えている。」
ダロムはビシュムに近付く。
ビシュムは、作戦の為に、人間体に姿を変えていた。彼女は、その美しい顔色を一点たりとも変えなかった。
今度の作戦をビシュムは買ってでた。彼女は宣言した。
必ず、ブラックを倒すことを。
それは、自分自身への宣言でもあった。
ビシュムは知っていた。
シャドームーンがまだ、王座以外のものを見ていると。
それは、人間だった。
人間の女・・・。
ビシュムにはシャドームーンが時折見せる、人間臭さが、歯がゆかった。
ビシュムは、シャドームーンの妃の座をいつからか、狙っていた。シャドームーン妃になることは、のちの創世王の妃。全ての権力をシャドームーンとともに握ることができた。
権力が欲しかった。
力が。
しかし、ビシュムは、それ以外の感情で動いているような気が近頃してならなかった。
それが、何なのか・・・。
遠い昔、忘れていた、感情につき動かされているのかもしれない。
「ビシュムよ。お前は、シャドームーン様の妃の座を狙っているのか。」
ダロムの問いにビシュムはクスリと笑った。
「ええ、そうよ。今度の作戦で私がブラックを倒せば、シャドームーン様は、私を認めて下さるわ。そして、私は、全ての力を、シャドームーン様、いえ、次期創世王様と宇宙の支配者になるわ。」
ビシュムは、静かだが、自信に溢れた口調だった。
「それだけ、なのか。」
ダロムは、気付き始めた。ビシュムが自分自身の思いに戸惑っていることを。
そして、それが返って、彼女の弱点になるのでは、そう思えてならなかった。
「そうよ。私は、支配者になるわ。」
ビシュムはそう言い残して、ダロムの前から姿を消した。
2.死、そして、愛
ビシュムの作戦は、あと一歩ということで、仮面ライダーブラックによって打ち砕かれた。
”こんな筈では。”
”私は、シャドームーン様の・・・。”
”私は・・・。”
その時だった。
ビシュムの体が自然と動いた。
ビシュムはブラックを羽交い締めにした。
「シャドームーン様っ。」
ビシュムはその名前を叫んだ。
もはや、妃の座など、どうでも良かった。
ただ、守りたかった。
大切なものを。
ただ、報いたかった。
大切なものの為に。
”私は死んでもいい。”
”あの方の心で生きることができたなら。”
シャドームーンはブラックに向かい、手を翳した。
その時だった。
シャドームーン視界には、ブラックを庇うべく飛び込んできた杏子が入った。
「シャドームーン様っ。」
叫ぶ、ビシュム。
ビシュムは、無性に苛立った。
ビシュムの予想通り、僅かな躊躇いを見せた、シャドームーン。
ビシュムは杏子を憎んだ。
最初から、分かっていたのだ。
自分は、勝てないのだと。
分かっていても、憎かった。
分かっていても、希望を持ちたかった。
シャドームーンの指からビームが放たれる。
そのビームは、空しく、ビシュムだけを打ち抜いた。
「シャドームーン様、何故・・・。」
その理由はビシュムには分かっていた。
分かっていたのに、認めたくなかった。
「シャドームーン様ー。」
ビシュムは最後に悲痛なる悲鳴を上げて、散った。
”私は、最後まで勝てなかった。”
”私は・・・。”
ビシュムは消える瞬間まで憎み続けた。
杏子、そして、シャドームーンの中の信彦を。
3.シャドームーン、そして、信彦
シャドームーンは、人払いをして一人、その玉座に立っていた。
”シャドームーンよ。お前は、やはり、人間なのか。”
否が応でも耳に入る、正体不明の声。
「うるさいっ。俺は、次期創世王シャドームーン。」
苛立ちを隠せなかった。
自分自身に。杏子という存在に。そして、光太郎という存在に。
忠誠を尽くしたビシュムの死を無駄にしたのは、完全に自分の弱さ以外に他ならないことをシャドームーンはよく分かっていた。
しかし、彼が選んだのは、やはり杏子だったのだ。
”シャドームーン様”
ビシュムの断末魔が僅かに蘇る。
ビシュムはシャドームーンにすがるように散っていった。
”シャドームーン様”
その声は、シャドームーンの中の信彦の部分を責めているようにも聞こえる響きであった。
”何故、ブラックを、杏子を殺さなかった。”
”何故、信彦をいつまでも残しているのだ。”
「ビシュムよ。私に意見するな。黙れ。」
それは、実際はビシュムへの言葉ではなかった。
自分自身への言葉だった。
自分の支配者たる資格を持たない、部分を覆い隠そうと、自分自身に言い聞かせた言葉であった。
しかし、その杏子の心ですら、もはや、手の届かぬところであった。
”南光太郎”
杏子は、あの男を殺すなら自分も死ぬと言った。
杏子は愛していた。
南光太郎を。
もはや、自分への愛は全てあの男に向けられていた。
残っていたとしても、意味を持たない人間たる部分。
報われない、人間たる部分であった。
仮面ライダーブラックという宿敵を倒すには、あまりに邪魔すぎる、感情にすぎなかった。
部下の目の前で見せた、決定的な失態だった。
男に嫉妬しながらも、信彦を捨て切れず、そして・・・。
”シャドームーンよ。お前はやはり、信彦なのだ。”
”人間を、妹を愛する、そして、醜く嫉妬する、人間なのだ。”
「黙れっ!黙れ。黙れ。黙れ。」
「俺は、シャドームーン。俺は、支配者だ。」
そう言うと、シャドームーンは、サタンサーベル宙で降った。
全てを振り切るように。
シャドームーンは誓った。
今度こそ、無意味な感情を捨てることを。
邪魔な信彦を消し去ることを。