シャドームーンは創世王によって、何らかの方法で感情の弱い部分を消された。

だが、それは表面的なものに過ぎなかった。

創世王はシャドームーンの最も中核となる感情は見抜けなかった。それは、何故、彼が南光太郎にこだわり、南光太郎を憎むのか。その理由は単なる創世王になりたいという欲求だけではなかったのである。それは、シャドームーンすら気付いてはいない、決して触れてはならない領域であったから。

「俺は、南光太郎が憎い。」

(故憎むのか。)

「奴こそこの世でたった一人、俺が創世王になることを阻むことができる者だから。」

(それだけなのか?)

「そうだ、それだけだ。」

「光太郎さんを傷つけないで。」

これは誰の声なのか。その声はひたすらシャドームーン脳裏を支配しつつあった。

「光太郎さんを傷つけないで。」

やめろ。シャドームーンはその声に向かって心の中で叫ぶ。

ヤメロ。ヤメロ。ヤメロ。

「南光太郎、俺は貴様が憎い。」

(何故?)

「俺は貴様より強い。人間という生き物に束縛された貴様より。」

(本当に?)

(お前は南光太郎が羨ましい。)

「誰が羨むものか。」

(でも憎いのだろう。)

「そうだ。憎い。」

「貴様は誰だ!」

シャドームーンは苛立ちを込めて叫ぶ。

「俺は。お前だ。」

最後のこの言葉だけ、声になって響いた。

さぁ、お前が欲する者を呼び寄せるのだ。シャドームーンよ。

「俺が欲する者。」

シャドームーンは手を翳す。

翳した手から稲妻が走る。その稲妻はそのまま、ゴルゴムの本拠地を飛び出した。

どこへ行くのか。何を求めてどこへ行くのか。

少しして、その稲妻は戻ってくる。一人の女性を抱えて。

「杏子。」

自分の発した稲妻が抱えてきたのは妹、秋月杏子であった。シャドームーンは驚愕した。

「俺は忘れた筈だ。」

(忘れてはいない。)

「忘れた。」

杏子は暫く眠ってはいたが、自分の異変に気がつき、目を覚ます。

「ここは?」

杏子は当たりを見回す。

周囲の異臭を放つ空気に気がつき、自分に異変が起こったことを認知し、身体を震わせた。

「お兄ちゃん・・。」

目の前の玉座には銀色身体、エメラルドの瞳を光らせた兄が立っていた。

「俺が欲する者。」

杏子に聞こえない様にシャドームーンは呟いた。

「そうだ。私はお前の兄だ。」

「ならば、お前は私のことを否定する権利はない筈だ。お前が私のことを兄と呼ぶ限り。」

「何を、言ってるの?」

あまりに意外なシャドームーンの言葉に杏子は呆然となった。この兄は何をしゃべっているのだろう。

「前にも行った筈だ。私の所へ来るなら、お前は助かると。」

「嫌。私は行かないといった筈よ。」

「何故だ。」

「それは・・。」

杏子は言葉に詰まった。

その理由がシャドームーンには手にとるように分かる。そして、そのことが憎かった。

「南、光太郎か。」

南光太郎に対する憎しみは確かなものであったが、その口調は静かだった。

「あ・・。」

「以前、私はこのことも言った筈だ。お前の考えていることは知っていると。」

「お兄ちゃん・・。」

「そうよ。私は光太郎さんが好き。だから、死んで欲しくないよ。ずっと光太郎さんと一緒に居たいのよ。」

糸がぷっつりと切れたように杏子は吐き出した。

「お願い、私から光太郎さんを奪わないで。お願いだから。」

一度、糸が切れてしまうと次から次へと口が回るようになる。そして、その口調は次第に叫びとなっていく。

「私は光太郎さんが好きなのよ。」

あまりに叫んだので、息が続かず、杏子はハァハァと呼吸をした。そして、そのまま、気を失った。

シャドームーンは気を失った杏子に静かにこう語った。

「知っている。だが、お前はいずれ私のもとに来る。そうせざるを得ない時が必ず来る。それだけは警告しておいてやる。」

そして、杏子を呼び寄せた時と同じ方法でまた、杏子の寝床へ戻した。

「俺は南光太郎を必ず倒す。」

その決意は更に確固たるものに変わっていった。そして、南光太郎に対する憎しみも。