ギンガの森が平和で、リョウマ達が少し幼かった頃。
「サヤ、ほら、早く帰りましょう。」
「やだっ。サヤはヒュウガのお嫁さんになったんだもん。」
ギンガの森は、今、夕焼けに照らされ、木々が真っ赤に染まっていた。
嫌がるサヤの手を困り顔で引く女性。サヤの母親である。そして、同じく困り顔で頭を掻いている、ヒュウガと、リョウマ。ハヤテとゴウキは取りあえず、ヒカルを送らなければならないので、先に帰ってしまった後である。
そして、母親に引かれている反対側の手は、ヒュウガの服を握って離さなかった。
「サヤはヒュウガのお嫁さんだもんねぇ。」
そう言って、サヤは嬉しそうにヒュウガを見た。ヒュウガは苦笑した。
「サヤ、ヒュウガは困っているでしょう。」
「困ってないもん。」
諭す母親にサヤはふくれて見せた。
「悪いわねぇ。ヒュウガ、リョウマ。我が侭な子でねぇ。」
「いや、俺達は、構わないよ。なぁ、リョウマ。」
「うっ、うん・・。」
「ほらぁ。だから、サヤは帰らないよっ。」
「馬鹿なこと言ってないで、帰るわよ。」
そう言って、母親は、少し、強引に手を引いた。
その時だった。
サヤが涙を滲ませる。
「ふっ、ふっ・・・。」
「ふぇぇぇぇん・・・。ヒュウガと一緒にいるもん〜。」
大粒の涙をポロポロとこぼし、泣きじゃくるサヤ。
ヒュウガは腰を少し下げて、サヤの目を見た。
「ヒュウガ・・・?」
サヤはヒック、ヒックと喉を鳴らしながら、ヒュウガの顔を見た。
「よし、今日は、泊っていくか?」
「ヒュウガ、それは、悪いわ。迷惑でしょう・・。」
オロオロしたように、母親が言う。
「いいって。それに、迷惑じゃないしな。なぁ、リョウマ。」
「ああ、俺達は平気だよ。」
「いい、の・・・?」
「ああ、お前は俺のお嫁さんだ。」
「やったぁ。」
さっきまでの泣き顔はどこへ行ったといわんばかりに、顔一杯に笑顔を作るサヤ。
「ほんとに、いいの?」
サヤの母親は、遠慮がちに言った。
「いいって。」
「じゃあ、一日だけよ。サヤ。」
「うんっ。」
「ヒュウガ達に迷惑かけるんじゃないよ。」
「うんっ。」
「おばさん、任せて、サヤは責任持って俺達が預かるから。」
そう言って、ヒュウガは笑って見せた。
「悪いわねぇ。」
「じゃあ、また明日サヤを送ってくるから。」
「ごめんねぇ。」
「ああ、じゃあ・・・。」
・・・・。
1998年、日本、シルバースター乗馬クラブ。
サヤとリョウマとヒカルは、馬場の掃除を終え、くつろいでいた。そしてまた、この乗馬クラブにも、あのギンガの森のような夕焼けの刻が迫っていた。
「そんこと、あったよなぁ。」
リョウマは空に目をやりながら、しみじみとして語っていた。
「そんな話がサヤにあったとわなぁ。」
はやし立てるように、にやにやしながら、ヒカルは言った。
「ああ、お前は、小さかったんで、その前に、ゴウキとハヤテと一緒に帰ったからな。」
「ク〜。俺も見たかったぜ。泣き虫サヤ。しかもお嫁さんかぁ。」
爆笑するヒカル。
「も〜、怒るわよっ。」
サヤはムキになり、手にしていた箒を振り上げる。
「お〜、怖い、怖い。」
からかうように、言う、ヒカル。側で笑って見ているリョウマ。
「リョウマ〜。」
それに気付いたサヤはキッとリョウマを睨み付ける。
「元はと言えば、リョウマがそんな話するからでしょっ。しかもよりによってヒカルなんかにっ。」
「あっ、はは・・・。おっ、俺はただ、思い出話をしただけだぞ・・。」
苦笑しながら、じりじりと下がるリョウマ。
「おい、お前ら、何やってんだ。」
向こうからする、声に、サヤは思わず足を止める。
「ヒュウガだぁ。」
ニヤニヤしながらヒカルはヒュウガを見た。
その名前に思わず、サヤは顔を真っ赤に染める。それを見逃さないヒカル。
「あ〜。サヤの奴、顔赤くしてんの〜。そっかぁ、今はヒュウガの・・・。」
「ヒカルっ!!。それ以上言うと許さないからっ。」
サヤは怒ってヒカルを追い回す。箒を振り回しながら。笑いながら逃げ回るヒカル。
「おい、リョウマ、あいつら、何やってんだ?」
リョウマの側まで来た、ヒカルが首を傾げて言った。
「はは・・・。」
リョウマはただ苦笑するだけであった。
「おい、サヤ、ヒカルー。ゴウキが夕飯できたって言ってたぞ。」
「ヒュウガ・・・。」
サヤは思わず、箒を振り回すのを止め、その名前を呟く。それから、ヒカルとサヤは、ヒュウガとリョウマの側へ駆け寄る。
「おい、おまえ達、何してたんだ。」
「あ〜、それはねぇ。」
「ヒカルっ。」
サヤはヒカルの口を手で抑える。リョウマは被害に遭わないように、隣で苦笑するだけであった。そして、とんだ思い出話をしてしまったと、内心反省もしつつ。
「なっ、何でもない、何でもないっ。」
サヤは顔を赤くしたまま言った。
「というか、お前、顔、赤いぞ。」
「えっ、気のせいだよ。それよりさ、今日の夕飯って何だろうね。」
サヤは必死で誤魔化そうとするが、ヒュウガの顔がまともに見る事ができずに、口調もいつもより、上がりぎみだった。
(リョウマの馬鹿っ。あんな話するからっ。)
内心、愚痴りながらも、ただ、苦笑するだけのリョウマをキッと見ていた。顔を赤くしたままで。
「全く、お前ら、どこか変だぞ・・・。」
不思議そうな顔で三人をまじまじと見るヒュウガであった。
空は真っ赤に染まり、草原はが今日の最後の光で赤々と照らされていった。