今日は大晦日。

美杉家では大掃除で大忙しだった。

翔一は、この日が来たとばかりにかなり張り切って朝もいつも以上に早く起きていた。

「ああぁ、先生、そんな掃除機のかけ方じゃあ、床に傷がついてしまいます。」

「すっすまない。」

いつもは落ち着いている美杉教授も翔一の姑を思わせるような指導にたじたじになっていた。

「つーかもう休もうよ〜。翔一〜。」

太一はだるそう言った。

「まだ始まったばかりだろ。ほら、雑巾がけ、雑巾がけ。」

「勘弁してくれよな〜。」

「翔一君、窓、終ったよ。」

「ありがとう。真魚ちゃん。じゃあ、次は、俺、電灯拭くから、真魚ちゃん、椅子抑えててくれる?」

「うん。いいよ。」

翔一は椅子にのぼり、真魚がその椅子を手で抑えた。

「よいしょっと。」

そこへ、掃除に飽きて、さぼり始めた太一がやってくる。

「こちょこちょこちょ。」

翔一の足をくすぐっていた。

「やめろよ、太一、危ないだろ。」

翔一は、くすぐったさに笑いながらも抗議した。

「そうだよ。あんたも掃除しなさいよ。」

「そうだぞ。太一、でないとお年玉はなしにするぞ。」

美杉教授も加勢する。

「うっ・・。」

”お年玉”という言葉に太一はひるむ。流石に滅多におこずかいを貰える機会が少ない小学生である。お年玉まで貰えないとあらば、たまったものではない。

「すんません・・・。」

そう言って、しぶしぶ雑巾を手に取る。

「うんしょっっと。」

翔一は、丁寧に電気を拭いていく。

「大丈夫?翔一君。」

「うん。」

「よしっ。完璧。じゃあ、次行くから。後は、は真魚ちゃんの部屋。」

「いっ、いいよ。自分の部屋は自分でするから。」

翔一は、真魚のことをどう、見ているのか、彼女が年頃にも関わらず、掃除機抱えて平気で部屋に入るのだ。それが真魚にとってはあまりして欲しくなかった。いくら、自分のことを妹くらいにしか見ていないとはいえ、流石に、21歳の男が部屋に入るのは少し、抵抗があるのだ。

「駄目だよ。お正月は綺麗に迎えなきゃ。」

「だから、いやだって。ほら、電気だって結構綺麗だし。」

「はい、文句言わない、文句言わない。」

結局翔一は真魚の部屋に入っていった。

「ああ〜、大晦日なのにこんなに散らかして。」

「うっ、うるさいわね。」

真魚は顔を赤くした。

確かに部屋は雑誌等が散らばってあまり綺麗とは言えないものがあった。

翔一は、掃除機をかけ始める。

「掃除機だったら、自分でかけるから、ねっ、翔一君。」

真魚は苦笑しながら頼み込む。

「いいって。真魚ちゃんは、机拭いて。」

そう言って翔一は真魚に雑巾を渡す。

「は〜い・・。」

翔一の意思はかわらないとみた真魚は、こうなれば、少しでも早く掃除を終らせようと、大人しく翔一に従うことにした。

翔一は嬉しそうに鼻歌まじりに掃除機をかけていた。

「やっぱ、真魚ちゃんの部屋は掃除のしがいがあるなぁ。」

「だいたい、女の子の部屋に・・。」

真魚はぶつぶつ言いながら机を拭いた。

(とはいえ、今度は少し真面目に掃除、するかな・・。我ながら情けない・・。)

それから、二人で不要な雑誌や紙切れなどを整理し、部屋はすっきり片付いた。

「ほら、綺麗になったじゃない。」

翔一は満足そうに笑った。

「そっ、そうだね・・。」

真魚は苦笑して言った。

「あの、翔一君。」

「何?真魚ちゃん?」

「その、ありがとう・・。」

真魚は顔を赤くして下を向いて言った。

「うん。」

翔一は嬉しそうに真魚に微笑んだ。

「よし、次はおせち料理を作らないと。」

「あっ、私も手伝う。」

「よし、がんばって作ろう。」

それから、真魚と翔一は台所に立った。

「やっぱ正月と言えば、ぶりは外せないよね。じつは今日は大晦日だから早起きして朝市に行ってきたんだよね。見てよ。このぶり。粋がいいでしょ。」

「うん、それに、翔一君が作るんだからきっとおいしくなりそうだね。」

「よし、任せて。」

「でも翔一君、早起きしてそんなところ行ってたんだ。」

「まあね。」

翔一は得意そうに笑った。

「じゃあ、真魚ちゃんは、人参をこの花形の型でくりぬいていって。」

「うん。楽しそう。」

「それから、黒豆も煮なきゃ。俺、黒豆、好きなんだよね。」

翔一はうっとりとして言った。

「他にエビも朝市で買ったし、作るものはたくさんあるからね。」

それから・・。

たくさんの料理がテーブルの上に並んでいた。

「これもーらいっ。」

太一がエビを一匹取った。

「あっ、太一、だめだろ。これはお正月に食べるんだから。」

「ケチくさいこと言うなよ。翔一。」

そう言って太一はエビを持って走り去って行った。

「どれどれ、おいしそうじゃないか。特にこの黒豆なんか。」

そう言って美杉教授までもが、黒豆をつまみ食い。

「あっ、先生まで。駄目ですよ。」

「まだ、たくさんあるんだ。いいじゃないか。」

「もう・・。」

夕食は、翔一お手製の年越しそばである。

「やっぱり、翔一君のそばは美味しいね。」

「そうだな。これは一級品だな。」

「翔一、おかわりあるのか?」

「うん、たくさん、作っちゃったからどんどん食べちゃってよ。」

「よっしゃ。」

食べ物のこととなるとやたらに気合い入りまくりの太一。

「翔一君、今日は除夜の鐘、絶対聞こうね。」

「うん。」

「ほんと、この一年、色々あったよね。特に翔一君が来てから。」

「アハハ。」

翔一は照れ笑いをする。

「ほんと、というか翔一が来てから我が家の飯が豪華になったことは言えるよな。」

「そうだな。私も翔一君には感謝している。」

「うん、ありがとう、翔一君。」

「そんな、皆、照れるじゃない。」

翔一は嬉しそうに頭を掻いた。

「今年もうまい飯作れよな。翔一。」

「任せといて。」

そして、美杉家は、今日は12前までまでこの日のために出したこたつに集まり、歓談に花を咲かせた。

「ほら、除夜の鐘が鳴るよ。」

「よっしゃ。俺、色々願い事あるからな。今年こそ。」

太一は握り拳を作った。

「去年太一は我慢できなくて眠っちゃったんだよねー。」

真魚がからかうように言った。

「うるさいなぁ。真魚姉・・。」

ゴーン。

一つ。

「ほら、静かに。」

真魚がシーの動作をとった。

ゴーン。

二つ。

真魚は目を閉じる。

(今年も良い年でありますように・・。)

(そして、ずっと翔一君と、いれますように・・。)

真魚は心の底からそう願った。

こうして、108つの鐘を聞き、美杉家の大晦日は過ぎていった。