【笑顔の追憶】
僕達は、ベリアルバンデモンを倒した。
僕は、僕と、デジモンカイザーと、そして、治兄さんとの過去に決着をつけた。
そのことを報告したくて、僕は、治兄さんの墓参りに行く。
「兄さん、終わったよ。僕も兄さんももう、自由だ。」
僕は、兄さんに語りかけた。
僕は、自分の弱さを棚に上げて、死んだ兄さんを憎み、兄さんを縛り付けていた。
「ごめんね。ごめんね。」
何故か、涙が止まらなかった。兄さんに申し訳なくて・・。
兄さんが死んでしまっていることが無性に悔しくて・・。
こんな形で謝る事になるなんて・・。
兄さんが優しい人だってことに気付いた僕は遅すぎて・・。
兄さんはもう、この世にいなくて・・。
僕は、鳴咽をあげてないた。
(賢・・。)
どこかで、声がする。
誰かが、僕を呼んでいる。
その声はとても、とても懐かしくて・・。でも切ないくらいに透明な声だった。
(賢・・。)
「治、にい、さん・・。」
(賢・・。)
確かに治兄さんの声だった。
小学5年生の死んだ時のままの、姿がぼんやりと浮かぶ。僕はその姿を必死で掴もうとするが、すり抜けてしまう。
「兄さん。兄さん。」
(賢・・。)
「兄さん・・。僕・・。」
(ごめんな。僕、賢に謝りたかったんだ。でも、遅すぎた・・。)
「僕も、兄さんに謝らなきゃ。ごめんなさい・・。」
(僕は、あのデジヴァイスが賢のだって、知ってた。でも、あれを賢が手にしたら、賢がどこかに行ってしまいそうで・・。)
今にも、消えそうな治兄さんの声だった。僕は、兄さんの声が消えないように、自分の声を絞り出した。
沈黙を作ったら、兄さんが消えてしまいそうだったから・・。
「兄さん・・。僕・・。」
(ごめんな。お前を憎悪に縛り付けていたのは僕だ・・。謝りたかった。なのに、僕は死んでしまった。)
「僕こそ、ごめんなさい。兄さんが、優しいって知ってたのに、知ってたのに・・。僕が臆病だったから、兄さんを憎んだ。勝手だよね。」
(何で、僕達、もっと早く、気付かなかったんだろうな。)
「そうだね。」
「兄さん、僕、兄さんの事が好きだったんだ。」
今まで、口に出したくても、出せなかった言葉・・。一番に兄さんに言いたかった一言・・。
遅すぎるのは分かっている。でも言いたかった。
あとから、あとから溢れ出る涙・・。
(僕も、賢が好きだった。だって、たった一人の弟じゃないか。)
「僕の兄さんは、今でも治兄さんだけ、だから・・。」
「ねぇ、また、会える?」
その問に兄さんの返事はなかった。それは、”否”を現すと、僕は悟る。
「ありがとう。兄さん。」
(ありがとう、賢。)
治兄さんの姿と声は空気に溶け込むように、消えていった。
そして、また、僕は一人になる。
ううん。一人じゃない。治兄さんは生きている。心の中に。
それに父さんや母さん、大輔達。僕は一人じゃない。
僕は、心を込めて、花を生けた。
そして、もう一度、墓前に手を会わせる。
そして、精一杯の笑顔を作った。
とても、不思議で、幸せな一時・・。
ありがとう、兄さん。
そして、さようなら・・。
僕と、僕の中のデジモンカイザーの憎悪の記憶は終わった。
僕は、今日本当にそう思えた気がする。