「明けましておめでとうございます。」

今日は元旦。美杉家は、家族全員が居間に揃い、新年の挨拶を行っていた。

「お父さん、肩、揉もうか?」

いつになく、太一は美杉教授に気を遣っていた。それもその筈。今日は小学生にとっての一大イベント。お年玉である。今のうちに父、美杉教授の機嫌をとっておかなければと、必死だった。

「おっ、珍しく、気の利くことを言うじゃないか。太一。」

「まあね。」

太一はニヤリと笑った。

「全く、あんたの魂胆は見え見えだっての。どうせ、お年玉でしょ。」

「うるさいな。真魚姉は黙ってろよ。」

美杉教授の肩を揉みながら、不満の声を漏らす太一。

「どうせそんなことだろーと思ってたよ。待ってなさい。」

「よっしゃ。」

美杉教授は三つのポチ袋を取り出した。

「はい、太一。無駄遣いするんじゃないぞ。」

「やったぁ。」

「はい、これは真魚。」

「ありがとう、おじさん。」

「それから、翔一君。」

「えっ?俺にも?いいん、ですか?」

「クリスマスにも言ったが、君も家族の一員じゃないか。そして、君にはいつも頑張って貰っているからな。」

「いや〜。嬉しいなぁ。先生、ありがとうございます。」

翔一はにっこり笑って丁寧に頭を下げた。

それから、今日の美杉家の昼食はおせち料理。昨日、真魚と翔一が丹精込めて作ったものである。作ったのは殆ど翔一なのだが。

「待ってました。今年のおせちはやっぱ豪華だよな。」

そりゃあ、俺と真魚ちゃんのスペシャルだからね。」

翔一は得意げに言った。

「うん、昨日、少し食べたが、この黒豆は最高だ。それにこのにしめ。流石翔一君だ。」

「って、私も作ったんですけど。」

「おお、そうだったな。」

「って、どうせ真魚姉は人参の型とっただけとかだろ。」

ニヤリと笑う太一。

「うっ・・。」

「図星だ。」

「何よ。何もしなかったあんたよりはマシでしょ。」

「ほら、どんどん、食べてよ。何か俺、おせち作るのにはまっちゃって、全部自信作だからさ。」

「って、学校始まってまでおせちってのはやめてくれよな。」

「あっ、ばれた?」

「本当、なんだ・・。」

思わず絶句する美杉教授と太一と真魚・・。しかし、四人は翔一と真魚特製のおせちを腹一杯になるまで堪能した。

「じゃあ、今日は美杉家恒例の初詣に出かけるぞ。」

「はーい。」

それから、4人は歩いて、近所の神社にお参りに行く。いつも静かな神社は初詣の客でごった返し、屋台も出ていて、賑わっていた。これこそ、正月と祭りにしか見ることのできない神社の風景である。

「じゃあ、お参りをするぞ。」

4人は境内を目指し、長い階段を上り始めた。

少し上ると・・。

「はぁ〜。いっつもこの階段長いよな〜。」

太一が愚痴をこぼし始めた。

「何言ってるんだ。太一、まだ上りはじめたばかりだぞ。」

「ていうか、太一、去年もこの辺で同じこと言ってたよね。全くあんたは成長がないんだから。」

「真魚姉こそ何だよ。」

「何よ。言ってみなさいよ。」

「こら、二人とも、喧嘩はやめなさい。翔一君を見てみなさい。楽しそうに上ってるじゃないか。」

「えっ?俺ですか。だって、何か、わくわくしません?長い階段上ってるとこの先になにが見えるのかなぁって思うと。」

翔一は目を輝かせて言った。

「全く、お前は変わってるよな。」

そして・・。

太一の愚痴に時々付き合いながらも、とりあえず、階段を上りきる。

そして、お参りの列に加わった。

「やっぱり多いよね。元日ともなると。」

「ほんとだよ。全く、何でこうまで元日に来たいのかねぇ。」

「って、太一も元日に来てるじゃない。」

太一に突っ込みを入れる、真魚。

「俺はいいの。」

「何よ、それ・・。」

真魚はふと翔一を見ると、翔一は目を閉じて何やら考えている。

「翔一君。」

真魚が呼んでみても返事はない。

「翔一君。」

「あっ、真魚ちゃん・・。」

真魚の呼びかけに気付いた翔一は我に返る。

「何、考えてたの?目なんか閉じちゃって。」

「いやー、神様に何お願いしようか迷っちゃってね。俺、色々お願い事あるし。」

「そっ、そうなんだ・・。」

思わず、苦笑する真魚。

「全く、翔一は欲張りだよな。」

「何だよ。太一こそ一杯あるんだろ。」

「おっ俺は、翔一みたいに欲張りじゃないからな。」

「じゃあ、何お願いするんだよ。」

「そうだな。おこずかいあげてほしいとか、それからゲームソフトと、やっぱ可愛い子と同じクラスになりたいとか〜。」

太一は腕を組んで、ぶつぶつ、言い始めた。

「何だよ、太一の方が多いじゃないか・・。」

そうこうする内に順番は美杉家に回ってきた。まず、太一と美杉教授が境内の前に立った。二人とも賽銭をほおりこみ、鐘を鳴らし、手を合わせる。ちなみに太一は力を込めて鳴らしていた。

「新しい、おこずかいを上げてもらえますように、新しいゲームソフトを買って貰えますように・・。それから・・。」

「ほら、太一、行くぞ。次は翔一君達の番だ。」

「あ〜、それから〜・・。」

太一は美杉教授に引っ張られながら列を出た。

「全く、太一の奴・・。」

真魚は呆れ顔をした。

「で、翔一君はお願い、何にするか決まったの?」

「まあね。」

自信ありげに翔一は答えた。

「俺のお願いはこれだ。」

そう言ってお賽銭を入れ、鐘を鳴らした。

「皆と、そして、俺の居場所が守れますように。お願いします。」

そして、翔一は手を力一杯叩いた。

「翔一君らしいね。」

「だろ。やっぱこれしかないからね。」

真魚が微笑んだ。

そして、真魚もお賽銭を入れ、鐘を鳴らす。そして、手を合わせ、ゆっくりと目を閉じる。

その瞼には、翔一の笑顔が焼き付いていた。そして、だんだん遠くなる、その笑顔・・。

(そんなこと、ないよね。神様。翔一君と一緒にいれるよね。)

(お願いします。翔一君と一緒に居させて下さい。翔一君を守って下さい。お願いします。)

そして、ゆっくりと目を開けた。

「で、真魚ちゃんは何お願いしたの?」

「内緒。」

そう言って真魚は笑った。その顔は少しだけだが、赤みがかっていた。