「あの人だって。」

「えっ?誰、誰?」

「ホラ、知らないの?IQ180の天才小沢って。」

「うっそー。まじで。この大学にいたんだ。」

「何か、近寄り難いよね。」

「言えてる。私達、見下されてるカンジがするんだよね。」

聞こえるように言うな・・。

それとも故意に聞こえるように言っているのか・・。

私は苛立ちながら、耳を塞ぐ。

どこに行ってもいつもこうだ。

私には、友達がいない・・。

今まで出会ってきた恩師も真に恩師と呼べるものはいなかった。むしろ、私は彼らにとって煙たい存在にすぎなかったのだ。

私が教えを乞おうとすると、彼らは口を揃えて言った。

「君には教えることがないのだよ。」

じゃあ、私は何をしに学びに行くのだ。誰もかも、私には、何も教えてはくれなかった。それでも、彼らは出席だけは取るので、とりあえず、単位をとるためだけに出席し、そこに座っているだけの毎日だった。彼らは、私のことを講義を聞く気がないなら、出るなというような目で見た。しかし、それを口に出して言うものは誰もいない。ただ、忌々しげに、私を一瞥するだけだった。そして、彼らは、表面だけで私の頭脳を誉めた。

私は、いつからか、学友を、教育者を、私を囲む全てのものを蔑むようになった。

馬鹿馬鹿しい・・。

周囲は皮肉めいたようにいつも私にレッテルを貼る。

「天才小沢」と・・。

最低のレッテルだ。

私のことなんて誰も分かろうとしない。誰も私に近づかないのだから、分かる筈がないのだ。

何度か、自分から近づいたこともあった。その度に私を待っていたのは・・。

拒絶を意味する愛想笑い・・。

近づこうとしないくせに、周囲は「天才」「天才」と私をはやしたてる。

どこへ行こうと、「異物」は、騒がれても、決して受け入れられないのだ。

「異物」は「異物」でしかないのだ。

いつからか、私は、人と関わらず、ただ、傍観するだけの人間になっていた。

傷つかないから・・。

楽だから・・。

しかし、その態度がますます、私の孤独を深めたのも事実だった。

私は、大学を卒業して警視庁に入った。

そこでも、私は「異物」として扱われた。上層部の中には、私を生意気だと大学時代の教授陣と同じ目で私を煙たがる者も少なくなかった。やはり、同期ですら、私を遠目に見て、私にはやはり友人と呼べる者はいなかった。

少し立つと、私は、異例の出世で、入って間もないにも関わらず、未確認生命体対策班のリーダーに任命された。上層部は恐らく渋い顔したのだろう。しかし、科学者としての私が彼らには必要だったからである。そして、ますます私は他の人間との溝を深めていった。

そんな中、氷川誠という、これまで出会ったこともない、純粋な人間と出会うことになる。

「この度、香川県警から、こちらに配属された、氷川誠と申します。よろしくお願いします。」

彼の第一声は今時珍しく、生真面目な印象を与えた。

私は、他人と付き合う上でその人間が心の内で本当は何を考えているのか、何のメリットを求めているのか、探ってしまう癖があったのだが、この男には、全くそれが感じられなく、私を困惑させる。

「あなた、知ってるわよね。私がどう、呼ばれているか。」

私は少し、意地の悪い口調でそう言った。

「は?」

「知らないの。」

「はい、私は警視庁へ配属されたのは、初めてのことで、知らないことばかりなのです。勉強不足でして、申し訳ありません。」

言って、彼は一礼した。

「それで、どう、呼ばれているのでしょうか。」

私は思わず、吹き出しそうになった。彼がここまで真に受けるとは思わなかったからだ。

「いいわよ。知らなくて。」

「はぁ・・。」

初めて見るタイプの人間だった。彼は、裏を巧みに隠しているのではなく、本当に裏がない人間だったのだ。そんな人間がいるとは・・。

それから・・。

氷川誠は、私が、仕事を教える度に熱心に聞いた。普通、私の生意気な態度に訝しそうな顔をするものなのに、彼は、本当に熱心だった。そして、それは、私が「天才」だという理由からではなく、純粋に仕事を覚えようとする気持ちからに過ぎなかったのだ。それが、私には、心地よくて、ますます、仕事を教えるのに熱が入った。

「小沢さん。すごいですね。私は、ここに配属されて良かったです。こんなに良い先輩に恵まれましたから。」

氷川誠は本当に嬉しそうに言った。

「私が、良い、先輩?」

「はい。そう思います。仕事に熱心な小沢さんを見ていると、警察官がどうあるべきか、私は、改めて、学んでいるんです。」

氷川誠は、少し、顔を赤くして言った。

こんな言い方をされたのは、初めてだった。他の人間は私の頭脳だけをもてはやし、私には頭脳しかないような感覚すら与えられていた。しかし、彼は、違った。彼は「天才」としての私ではなく、「人間」としての私を見てくれている。そして、純粋なまでに、私を慕ってくれているのだ。

彼だけは、信じても良い。私は確信した。私は、生まれてはじめて、人を信じようと思った。氷川誠という男の一生懸命さ、純粋さ、誠実さを。

私はクスリと笑った。

「氷川君ってほんと、変わってるわね。」

「えぇ、私は、変わってますか?」

「まあね。」

困惑する彼が可笑しくて、笑いが止まらなかった。

「ど、どこがですか?」

「いいのよ。知らなくて。」

彼が、私の中で最初に純粋な人間だと認めることができた、一人目の人間だった。

そして、彼は、時折、私の言動に追従できないとなると、意見もするようになった。今まで、私に自分の考えを伝える者などいなかった。彼は、私を特別視するわけでもなく、一人の上司、一人の仲間、人間として私に接してくれた。だから、親身になって、話もすれば、成功した時は、素直に喜び合い、意見もする。

私は彼との出会いで今まで自分が渇望して止まなかったモノを手に入れたのだ。