【episode1】
かつて、シャドームーンが南光太郎によって葬られた地がある。
そこは、今や、人の気配すら感じられない、殺風景に草が生え、僅かに花が咲いている場所であった。
今、まさに、この場所は十数年の時を経て、異様な空気が流れていた。
何かが、生まれる、というより、何かが・・・。
蘇る。
時は2001年。東京。美杉家。
一人の青年が掃除に勤しんでいた。
彼の名前は、津上翔一。しかし、この名前は、本名かどうかは、不明である。なぜなら、彼は、約半年前にに、記憶喪失の状態で、瀬戸内海の砂浜に打ち上げられ、それを地元の女子高生によって発見され、その時の、翔一の恩人である、国枝東の紹介により、現在、東京の国枝の親友、そして、同じ心理学者である、美杉義彦の家に引き取られ、生活をしている。義彦には、現在、太一という、一人息子、そして、風谷真魚という、二年前、父親を、何者かによって殺害された姪の、二人の同居人がいる。
そして、翔一が美杉家に来た、今、彼が美杉家の家事を殆ど引き受けている状態であった。
義彦、太一、真魚は仕事、学校とそれぞれの場所へ赴き、美杉家は翔一一人であった。
翔一は、鼻歌を歌いながら、居間を掃除機を掛けていた。
その時であった。翔一の身体に激痛が走る。
翔一は、思わず、掃除機を手から滑り落とす。
「うっ・・・。」
僅かなうめきとともに、ソファに倒れ伏した。
誰もいない、居間では、掃除機の音だけが、うるさく音を立てていた。
それから・・・。
翔一は、夢を見たのだろうか。
何故か、脳裏のビジョンにうつるのは、銀の、金属的な肉体。そして、エメラルドの眼光。
「お前は・・・。誰だ・・・。」
翔一は、うわ言のように、その言葉を繰り返していた。
それから・・・。
「翔一君、翔一君。」
名前を呼声ぶ声、身体を揺すられる感覚。
翔一は、ゆっくりと、目を覚ます。
目の前にボーっと広がるのは、見慣れた少女の顔だった。現実がはっきりしてくると翔一は思わず飛び起きた。
「翔一君。」
目の前の少女、風谷真魚は少し驚いたように、翔一を見つめた。そして、我に返った翔一自身も驚きを隠せなかった。
「あれっ?真魚ちゃん・・?というか、俺、どうしたんだ・・。それに、真魚ちゃん、学校は?」
「何言ってんのよ。私は今日は昼までって朝言ったじゃない。それより、翔一君、そこに、倒れてたんだけど、一体、どうした?」
「えっ、倒れてた?そう言えば、俺、さっきまで掃除機かけてて・・・。」
翔一は、側に転がっている、真魚によってスイッチを切られていた、掃除機を見つめた。
「翔一君、大丈夫・・?」
真魚は心配そうに翔一の顔を覗きこんだ。
「うん、別に何ともないけど・・・。」
「ならいいんだけど。」
しかし、そう言う真魚の不安は決して拭われてはいなかった。寧ろ、真魚は、これから起る出来事に大きな不安を抱いていた。そう、翔一の身に何かが起るであろうということを、真魚は予感していた。それが、何かは分からないが、その何かが、真魚の心を締め付けた。
「ごめん、俺、昼ご飯、まだだった。」
翔一は、少しふらつく身体で、立ち上がり、掃除機を片付けはじめる。
「いいよ。今日は。翔一君はもう少し寝てた方がいいよ。私が何とかするから。カレーくらいなら作れるんだからさ。」
そう言って、真魚は翔一を制止した。
「ううん。俺、身体、何ともないから。今日は、試してみたい料理があるしね。楽しみに待っててよね。」
翔一は、真魚に笑ってみせた。
「翔一君・・。」
真魚は、翔一がそうは言うものの、何かが引っかかった。翔一の身体に異変が起きているのだろうか。翔一の特殊な能力が何かと呼応しあっているのだろうか。そう、翔一には、普通の人間にはない、特殊能力を備わっていた。翔一は、自分の意志によって、身体を異形の戦士にかえ、と同時に大きな力を得ることができるものである。そして、真魚はそのことを知っていた。最初は驚いて逃げ出したものの、真魚自身透視能力という、これもまた、特殊能力を持ちあわせているのもあり、自然に翔一を受け入れていた。いや、なにより、真魚は信じていたのだ。どんなに姿、形が変わったとして、翔一は、翔一であるということを。
だから、翔一が笑顔である以上、真魚は、信じようと思った。翔一を。信じなければならないと自分に言い聞かせた。
それから、真魚は、もう一度、翔一の顔見た。そして、笑った。
「分かった。楽しみにしてるね。そのかわりさ、今日は私にも手伝わせてよね。」
「勿論。」
そして、二人は笑いあった。
それから、二人は、スーパーに買い物に行く。隣を歩く、翔一は、先程まで倒れていたとは思えないほど、元気そうに鼻歌うたっていた。しかし、翔一のそんな姿が真魚の振り切ろうとしている不安を一層掻き立ててしまう。
翔一を信じようとしている自分がグラグラと揺らぐ。
それは、真魚の超能力者としての本能を、さらに、揺さぶっていた。
何かが、起る。
翔一自身も、明るく振る舞ってはいるが、自分の身体の変調、そして、その変調はこれから現れる何かに、無意識のところで、動揺していることを意味することを翔一は理解していなかった。そして、それは、翔一のアギトとしての本能が引き寄せていることも、彼は、まだ、理解していなかったであろう。
そう、翔一の脳裏に映った不思議なビジョン。それは何を意味するのか。あまりに、巨大すぎる、運命のパズルはまだ、ピースが四方に散らばり、どんなビジョンになるのか、全く見当すらつかない状態であった。