レストランアギト。
オーナーシェフの津上翔一は今日の翔一スペシャルの下ごしらえにかかっていた。
「昨日考えた新しい翔一スペシャルは結構自信あったりするんだよなぁ。」
などと嬉しそうに、翔一は出汁の味見をしていた。
「うん、なかなかじゃない。」
その時だった。
ドンガラガッシャーン!!
厨房のドアが蹴破られる音に翔一は振り向いた。
破壊されたドアの前には、金髪に近い、茶髪をし、肌に、直に蛇柄のジャケットを羽織り、パンツも蛇柄、その格好もさながら、特にその目つきが並々ならぬ凶暴さを漂わせた風貌である男が立っていた。
「あ、何かご用ですか?」
翔一は、その男の異常な雰囲気に全く気付いていないのか、普通に話しかけていた。
男は、翔一の問いには答えず、ズカズカと厨房に入っていき、調理台の上のまだ、焼いただけの、味のついていない、鳥の腿をしゃくり取って、それをかじりはじめた。
「ちょっと、何するんですかっ。それは俺がこれから味をつけようと思ってたのにっ。ひどいじゃないですかっ。」
翔一の言うことなど、聞く耳もたないという風に男はかじり続けた。
「どうせ食べるなら、これを食べてみて下さい。」
翔一が自慢げに男に皿を差し出した。
「実は、これは、新しい翔一スペシャルのメニュー、ほうれん草の苺和えっていうんですよねっ。俺的には結構自信作だったりするんですよね。あっ、味見はまだですけど。よかったら、味見、してもらえません?」
男は、翔一が言葉を終える前に皿を、奪い取り、赤いソースがかかったほうれん草の和えものを手掴みでたいらげた。
「うまい・・・。」
男は、ボソリと呟いた。
「ほらぁ、俺の言った通りっ。しかもこんなにきれいに食べてくれるなんて、いやー、作り甲斐があるなぁ。」
先程の男の食べっぷりに気を良くした翔一は、次々と自慢の新メニューを男に振る舞った。
男は、それを全て、ガツガツと皿を嘗め尽くすまでたいらげてしまった。
「ほんと、嬉しいなぁ。こんなに俺の料理を喜んで貰えて。なんか、こう、グーッっとくるっていうか。」
翔一が一人、感激に浸っている時。
「また来る・・・。」
男は、呟くように、言い残すと、破壊されたドアから出ていった。
翔一は、男が行ってしまったことを少し後に気付いた。
「アレ?あの人は?まだ食べてみて貰いたいものたくさんあったのになぁ・・・。」
翔一は少しがっかりしたように言った。
「よーし、今度来たら、アレとアレとアレとそれから・・・。」
翔一が一人でブツブツ言っていると、今度は、破壊されたドアから氷川誠が現れた。
誠は息も切れそうな声だった。
「津上さん、とってもおいしそうな香りですね。」
「はい、今翔一スペシャルを色々試してたところなんです。氷川さんも試食、しませんか?」
「そうですか。それは是非っ、などと言っている場合ではありません。」
「津上さんっ、そちらへ、蛇柄のジャケットを着た男が逃げてきませんでしたか?」
「蛇柄・・・?」
「はいっ、そうです。奴は、脱獄囚なんですけど、今、こっち方面に逃げたところを見たんですが、見失いまして・・・。」
「ダツゴク・・・?ああ、美味しいお米を食べるには大切ですよね。」
翔一はにこやかに答えた。
「脱穀です。」
「じゃあ・・・。」
翔一は、次に何を思い付いたのか、嬉しそうに口を開いた。
「脱獄ですっ。刑務所で罪を償わなければならない人が逃げ出したことですっ。」
「ああっ、俺も今それを言おうと思ってたんですよ。」
「ほんとですか・・・?とっ、そんな漫才をしている訳では・・・。」
氷川は思わず顔を赤らめて咳払いをした。
「で、蛇柄のジャケットを着た男なんですけど。」
(蛇柄・・・?)
翔一の脳裏に、翔一の手料理をガツガツと食べていた男が浮んだ。
(まさかっ。俺の料理を好きになってくれる人だ。そんな悪い人じゃないな。)
「そうなんですか。それっぽい人は見ましたが、脱獄ってカンジはしませんでしたよ。」
「そうですか。ありがとうございます。他を当たってみます。」
「頑張って下さいね。今度、是非、翔一スペシャルも試食してみて下さい。とっても美味しいですから。」」
翔一はニッコリと笑い、誠に向かって手を振った。
「はい。ありがとうございます。」
誠は翔一に軽く敬礼すると、そのまま、厨房を立ち去った。