東京は、雲一つない真っ青な青空が広がっていた。

そんな土曜日。

翔一と真魚は、近所のスーパーに買い物に出ていた、その帰りであった。

「真魚ちゃん、今日の夕飯、楽しみにしててね。」

「何、何、また、新しい料理はじめた訳?」

「それは、夜のお楽しみ。」

二人は、いつもの変わらぬ会話をしなが、歩いていた。

そんな時だった。

二人が突如、ただならぬ空気を肌で感じたのは。

「翔一君・・・。何か、変じゃない・・・。」

「真魚ちゃん、下がってて。」

翔一は、真魚を自分の後ろに下がら、辺りを見回す。

どこから、来た訳でもない、突然、出現したといった方が、正しい表現であろう。

黒ずくめの青年だった。青年は端正な顔立ちと、肩にかかる髪の毛、そして、神秘的な笑みを浮かべて近寄ってきた。

外見は、美しい青年ではあるが、翔一と真魚にはただならぬ、感覚を呼び起こされた。アギトである翔一、そして、未知の超能力を持つ真魚だからこそ、感じ取られる、ものであり、普通人間ならば、ただの美しい青年にすぎなかったであろう。

いつも、翔一も、真魚も、青年に対し、恐怖ともとれる感情を抱いた。

青年は、神秘的な笑みを崩すことなく、手を翳した。

「彼女を、庇っても、無駄ですよ。」

翔一は、変身しようとしたが、青年の醸し出す、空気に、体が動かない。

「真魚ちゃん、逃げて。」

変身できない自分にはこのまま、真魚を逃がすしかないと思った。しかし、真魚の方も翔一と同じく、青年の醸し出す空気によって足止めをされた状態であった。そうでない状態であっても、変身できない翔一をおいて逃げることなどできない真魚なのだが。

青年は、フワリと笑ったかと思うと、その翳した掌を僅かに、動かした。その掌から光のようなものが放出され、それが、真魚の胸に突き刺さる。

「あっ・・・。」

一声上げ、真魚は、その場に倒れこむ。それを翔一が。かろうじて、支える。

「真魚ちゃん。真魚ちゃん。しっかりして。」

「彼女は、生きています。今の内は。しかし・・・。彼女が生き長らえることはありません。」

その言葉が、翔一を突き刺した。”生き長らえることはない”

真魚が死ぬ・・。

「真魚ちゃんに何をしたんだ。」

青年に向かって、翔一は叫んだ。

「今に、分かります。」

そう、言い残すと、青年は、姿を消した。

確かに呼吸はしていた。真魚は、眠っているかのようであった。

翔一は、真魚を抱きかかえ、美杉家に戻った。

二人を出迎えたのは、義彦だった。

「先生、真魚ちゃんが・・・。」

いつもに見ない、翔一の暗さ、そして、抱きかかえられている真魚。

ただ事ではない。まさか、真魚の超能力に関係があるのか。義彦は、真魚が超能力を持っていることを知っていた。それは、真魚の父親である、風谷信幸から以前、聞いていたことであった。

「何が、あったのかね。翔一君。」

翔一は、義彦の問いには、答えなかった。

「すみません。俺、真魚ちゃんを守れませんでした。」

翔一は、真魚を抱きかかえたまま、頭を垂れた。

「とりあえず、病院へ連れて行くんだ。」

美杉教授は、救急車を呼び、間もなく真魚は病院に運ばれた。

医師の診察によると、外傷もどころか、内部も異常がないのだという。とりあえず、真魚は目が覚めるまでの間、入院することになった。

翔一は、眠っている、真魚の前で、唇を噛んだ。

医師は、異常はないという判断をしたが、翔一は、あの光景を目の当たりにしている。このまま、真魚が目覚めないことがあるのではなかろうか。そう思うと恐ろしくてたまらなかった。

あの、青年の臭いは、今まで闘ってきた、アンノウンと似た臭いがあった。

そして、頭をよぎる、青年の真魚の死をさしているとも言える、台詞。

あの青年は、確かに普通ではなかった。だから、変身しようとした。

しかし、変身すらできずに、真魚をこのような、状態にしてしまった。

そして、真魚は・・・。

翔一は、自分を責めた。あの時、自分が変身し、闘っていたら、真魚を守れたのではないのか。

義彦は、翔一が自分を責めているのが、痛いほど、分かった。

「翔一君、君が気に病むことはない。」

「いや、俺が悪いんです。俺が、もっとしっかりしていれば、真魚ちゃんを守れたかもしれないのに・・・。俺、俺・・・。」

「すいません。」

「翔一君。」

義彦を振り切るように、翔一は病室を出た。

義彦は、真魚に何があったのかは、知らない。しかし、これだけは、感じ取っていた。真魚がこのような状態になってしまったのは、その超能力に関係しているのではなかろうかということを。そして、翔一は、何か隠しているのではなかろうか。

翔一は、どこへ行くでもなく、バイクを走らせた。自分を消したかった。真魚を守れなかった自分を一層のこと消したかった。皆の居場所を守る筈だった。しかし、結果、こんなにも近くにいる真魚を守れなかった。初めて感じる無力感。今までは、ただ、生きていることが、好きで、この場所を、人間を守れるという自信に溢れていた。しかし、今は、全てに対して自信を失い、何を信じて良いか分からなかった。そして、突きつけられた、真魚が死ぬかもしれないという、現実。全てを消したかった。

アギトの強大な力も、無力に感じられた。

真魚が死ぬ。

青年の言葉が翔一の頭の中を響き渡る。

「俺は、真魚ちゃんを守れなかった。」

翔一は何度もその台詞を呟いた。

「俺は・・・。真魚ちゃんを・・・。」

「真魚ちゃんが・・・。」

「真魚ちゃんが死んだら、俺の所為だ・・・。」

バイクは目的地もなく、走り続けた。