翔一は、真魚に気分転換をさせるために、買い物に誘ったりした。
初めは、翔一の誘いを断っていた真魚だが、次第に、翔一と外出することが徐々に増えていった。
「真魚ちゃん、焦って、思い出さなくてもいいと思うよ。」
二人でスーパーに行って、その帰り道だった。翔一がそんなことを言い出したのは。
「実は、俺も記憶喪失なんだ。」
「えっ?」
真魚は翔一の顔をまじまじと見た。
「うん。それが、俺がここでお世話になっている理由でもあるんだ。そして、まだ記憶は戻っていない。でも、記憶がないっていうのも、世界が新鮮に見えて、良いなってこともある。」
しかし、真魚の顔は曇っていた。
「真魚ちゃん?」
翔一は真魚の顔を覗きこんだ。
「私、私、思い出したい。翔一さんのこと、思い出したい・・。」
真魚は吐き出すように言った。
「真魚ちゃん・・。」
しかし、翔一は真魚に笑って見せた。
「これから、知ればいいじゃない。真魚ちゃんのことも、先生のことも、太一のことも、そして、俺のことも。」
「知る?」
「そう。俺さ、知ることと、思い出すことって、あんまり変わらないことだと思うんだ。」
「そう、かな・・。」
「そうだよ。でも、真魚ちゃんが思い出したいなら、ゆっくり、焦らず、思い出していこうよ。」
そして、翔一は、くったくなく笑って見せる。真魚は不思議だった。自分が全てが分からない状態にも関わらず、その、笑顔を見せられるだけで、意味もなく安心してしまう自分がそこにいることが。だからこそ、真魚は、翔一のことが思い出したかった。思い出さなくてはならないような気がしていた。
真魚がクスリと笑った。
「あっ・・。真魚ちゃん、笑ってる。」
翔一が嬉しそうに言った。久々に見た真魚の笑顔が翔一は、無性に嬉しかった。
真魚が記憶を失ってから、本当に笑ったのは、これが初めてだったのではなかろうか。
「本当に、翔一さんって変わってますよね。」
「そうだ。真魚ちゃんに少しヒントをあげる。」
「ヒント?」
「うん。」
「真魚ちゃんって、俺のこと、”翔一さん”ってカンジじゃないって言ってたんだ。」
「じゃあ、何て呼んでたんですか?」
「翔一君。」
「翔一君?」
「どう?こっちの方がしっくりこない?」
真魚はゆっくりとした口調で名前を呼ぶ。
「翔一、君・・・。」
そして、再び、
「翔一、さん・・・。」
そして、真魚はクスクス笑った。
「何か、可笑しい。」
そして、二人は顔を見合わせて、笑いあった。
そして、翔一は、笑顔のまま、真魚の顔を見た。
その翔一の表情に真魚は思わず、ドキリとしてしまう。自分は以前、どんな、気持ちを彼に抱いていたのだろう。思わずそんなことを考えてしまう。
「真魚ちゃんは、やっぱり、笑顔が一番だよ。」
「翔一さん・・・。」
翔一は、笑顔のまま、真魚に頷いてみせた。真魚は思わず、顔が熱くなった。
「よーし、今日もご馳走作るぞ。」
「あの、翔一さん・・・。私も、手伝います・・・。」
今まで口にもしたことがなかった言葉だった。真魚自身、そんな言葉が出るなんて思ってもみなかった。
「サンキュ。」
翔一は、そう言って翔一は再び笑って見せる。
その時、真魚は、自分自身の翔への感情に戸惑いながらも、記憶を取り戻したいという心は、さらに強くなっていた。翔一を知りたい。翔一を思い出した。その気持ちはさらに強くなった。