ある晩。
真魚は無性に眠れなかった。近頃は、学校を休んでいるとはいえ、翔一によって、買い物や、菜園の世話、ケーキ教室、に連れ出されたり、時には、自然の中で、弁当を持参し、軽いピクニックの真似事をしたりと、良い意味で真魚は疲れ、11時にはうとうととなるのだった。しかし、今日に限って、眠れなかった。
12時、1時、2時・・・。
時だけが過ぎていく。だが、真魚の目は一向に冴えっぱなしであった。
(私はこれからどうやって生きて行くんだろう。)
(私はここにいていいのか・・・。)
(これから・・・。)
これから、これから。目に見えぬ先の事ばかりが頭の中を駆け巡っては、真魚の心を不安にさせた。
「嫌だ・・・。」
真魚が呟く。
何が嫌という訳でもないのに。いつも、側に居てくれる翔一は優しい。勿論、義彦は申し訳ないまでに、気を遣ってくれる(多少、心苦しいが)。太一は太一で真魚を姉のように慕ってくれる。何が嫌だというのだろう。それは、真魚自身にも理解できない、いわゆる、本能的な嫌悪感ともいえるものであった。
真魚は両腕を、身体を包みこむようにしてクロスさせる。心臓の音が、速く鳴る。
(何かが、起る・・・。)
真魚は、両腕をクロスさせたまま、目を遠くにやった。しかし、まだ、はっきりとしたビジョンは、真魚の本来兼ね備えた、未知の能力である、予知能力をもってしても見えなかった。
「翔一、君・・・。」
良く分からない内に、真魚はその名前を口走っていた。
その時であった。
夜中にも関わらず、真魚の部屋の窓から、白い光が立ち込める。真魚は、驚き、目覚し時計を確認する。
時計の針は午前3時丁度を刺していた。こんな光が立ち込める時間ではない。
「逃げなさい。」
光の方向から聞こえる声。
「早く、逃げなさい。」
真魚は、全く意味が理解できなかった。そもそも、何故、何から逃げなければならないのか。
真魚は、眩みかける目を堪え、光の先を見ようとした。そして、かろうじて、見えた、光の先には、白い服を着た青年の姿があった。
「あなたは・・・。誰・・?」
青年は真魚の問いには答えなかった。
「あなたと、アギトは、死にます。早く、逃げないと・・・。」
「あなたと、アギトは、死にます・・・。」
「ア、ギト・・・?」
「死ぬ・・・。?私と、アギト・・・?」
「早く、早く、逃げて・・・。」
消え行く青年の声は、次第に悲痛なものとなって真魚の耳、いや、心に伝わる。
「待って。あなたは・・・。アギトって何・・・?死ぬってどういうこと・・・?」
「お願い。待って。」
真魚は叫んだ。
青年はそれ以上、何も言わず、次第に、弱くなる白い光とともに、青年の姿も消しゴムで消えるように消えていく。
そして、真魚の部屋は本来の闇色に戻った。
「真魚ちゃん。真魚ちゃん。」
我に返った真魚の耳に入ったのは、聞き慣れた声だった。翔一の声。気がつくと、目の前に翔一が座っていた。
「翔一、さん・・?」
「大丈夫?真魚ちゃん、いきなり、叫んだりして。」
「私、叫んだ、の?」
「うん。俺、水飲もうと思ってさ、台所行こうと思ったら、いきなり、真魚ちゃんの部屋から大きな声がするじゃない。俺、焦っちゃった。」
「ごめん、なさい・・・。」
真魚はそう言って、俯いた。
「真魚ちゃん、本当に、大丈夫。水持ってくるから、ちょっと待ってて。」
そう言って翔一は、真魚の部屋を出ようとした。
「いい。」
真魚は、震える声で言った。その声に翔一は振り返る。
「いいってことよ。遠慮しないで。こういう時は、冷たいものが一番だって。よく眠れるしね。それとも、俺特製のミッスクジュースでもいいけど。」
「いい。」
「真魚ちゃん?」
翔一はまじまじと真魚を見た。
「お願い。ここに、居て。お願いだから、行かないで。」
そう言って真魚は翔一の肩に触れ、顔を背中につけた。
「真魚、ちゃん・・・。」
真魚の突然のそんな行動に翔一は、驚愕しながら、その場を動けず、立ち尽くした。先程の真魚の叫び声以前に、一体真魚に何が起ったというのか。
翔一は知らない。真魚とアギト、そう、それは、翔一であろうアギトに対しての死の宣告がなされていたことを。
翔一は、不安に駆られた。ひょっとして、あの時の事と関係あるのだろうか。真魚は、何に脅えているのか。
翔一には分からなかった。しかし、これだけは、確信した。
真魚を守る事ができるのは、他でもない、自分なのだと。