「何で・・。」

一瞬大輔は愕然とした。しかし・・。

「嘘だ・・。賢がそんな奴じゃないことくらい、俺にも分かるんだ。なぁ、嘘だろ。賢・・。」

「随分と信じてやってるんだね。」

タケルは嘲笑うように言った。

「お前が、お前が・・・。」

大輔は怒りに身を震わせた。

「やだなぁ。僕は、さっき、賢に適切な表現の仕方を教えてやっただけだよ。」

タケルは相変わらず、薄い笑みを浮かべていた。

「だから、何が可笑しいんだ!!」

言うなり、再び、タケルを殴り付けた。

「クク。好きなだけ殴ったらいいよ。君の済むまででもね。ハハハハ・・。」

「その薄汚い口を止めろ!!」

2発目・・。

3発目・・。

ゴツッ・・。

鈍い音を立てて、タケルの頭が、棚の角にぶつかる。頭を切ったらしく、後頭部から、うっすらと、べとついたものが滲む。

しかし、タケルは顔を顰めるどころか、笑い続ける。それが、大輔を余計に逆上させ・・。

殴っても、殴ってもタケルは笑った。その笑いは殴っている大輔の方を逆に惨めな気分にすらさせ・・。

「うるさい!うるさい!」

「アハハハハハ・・。」

「めて・・。」

賢が何か呟いたのを大輔は聞き逃さなかった。手を止めて、賢の方を見た。

身体を震わせ、何かを呟いているかと思えば、

「もう、やめ、てくだ、さい・・。」

「賢・・・。」

「タケル様は、僕のご主人様です。だから、殴らない、で・・。おねが、い・・。」

目からはポロポロと涙を流していた。

「何だ、こんな奴を・・。」

大輔には賢がタケルを庇う意味が理解できない。

「どうしてだよー。」

大輔も涙声になっている。

「僕は、タケル様のアンドロイド、だから、タケル様をお守りしな、ければ・・。」

「何で、そんなことされてまで、お前がそこまでする必要があるんだ。お前は人間だ。俺から見たら人間なんだよぉ・・。」

言って、大輔は賢を抱きしめた。

(大輔の身体、やっぱり、あったかいや・・。)

賢は、本当なら、そんな大輔の気持ちに依りかかっていたかった。もし、人間だったら、そうしていたに違いない・・。しかし、自分には仕えなければならない人がいる。全うしなければならない使命がある。そう、アンドロイドなのだから・・。どんなに酷い目にあっても、それを直視してでも、アンドロイドとして生きていかなければならないのである。

賢は静かに首を横に振った。

「な、んで・・だよ・・。」

「ハハ・・。これで分かったでしょ。賢は所詮モノにすぎない。人間じゃあない。君もそんな甘い幻想は捨てた方がいいよ。」

「うるさい!!」

大輔は今まで以上の力でタケルを殴りつけた。

「ハハ・・。」

しかし、先程から無防備の状態で何度も強打を受けていた為、少し、笑って、タケルは意識を失った。

それを確認した大輔は、タケルの部屋にあった、非常用の斧がしまってある、ガラスを割って、斧を取り出し、それで賢を繋いでいる鎖を断ちきった。

「これで、お前は自由だ。逃げよう。なぁ、賢。」

大輔は賢に手を差し伸べるが、賢は首を横に振るばかりであった。

「何で・・。お前、こんなトコにいたら、心も身体もボロボロになっちまう・・。」

「駄目だよ。僕はアンドロイドだよ。大輔・・。」

「違う!お前は人間だ。誰が何と言おうと人間だ。」

「ありがとう・・。」

賢は、力なく微笑んだ。嬉しかった。嬉しくて、嬉しくてたまらなかった。自分のことを”人間”だと言ってくれることがこれ程嬉しいこととは・・。大輔は自分がアンドロイドだと分かっても、失望するどころか、迷わず自分のことを”人間”と言ってくれる。”人間”として扱ってくれる。本当は今にも大輔と逃げたい。しかし、例え、大輔が賢を”人間”認めたところで、所詮、その身体と心は作り物であって、その身体と心は壊れるまで、タケルに捧げ続けねばならないという事実に変わりはなかった。

「本当に、ありがとう・・。でも、僕は行けない・・。行けないんだ・・。」

「賢・・。」

大輔は賢の見せた微笑みがあまりにも儚く映る。このまま、賢を離してしまったら、一生手の届かない所へ行ってしまうのではないかと思った。次にこの屋敷を訪れたとしても、賢が屋敷から姿を消していたら・・。それを思うと、大輔は怖かった。賢を失うことが怖かった。

大輔は、一つの決意をした。それは・・。

「賢、許せ・・。」

大輔は、賢の腹に拳をぶつけた。弱っていた賢は簡単に意識を失い、大輔の肩に頭をうなだれ、眠るようによりかかった。大輔は、賢をかつぎ、タケルの部屋を後にした。

それから、屋敷から出る途中を執事をはじめとする、使用人、数人に出くわす。不審に思った使用人達は、賢をかついで屋敷から出て行こうとする、大輔を止めた。

しかし、大輔は、自分でもどうしてだか分からないくらい、落ち着いていた。本来なら、かなりの窮地の筈なのに、微動だにせずに。

「おい、お前らの主人、怪我してぶっ倒れてるぜ。病院、連れてってやれよ。」

それを聞いた使用人達は、血相を変えて、タケルの部屋の方へ走っていった。

大輔は、屋敷を後にした。