賢はタケルが仕事などで、屋敷にいない時は、屋敷の一角の薔薇園で薔薇の手入れをするのが習慣になっていた。それは、タケルの言い付けではなかった。賢がタケルがいない時、屋敷を散策していると、薔薇園の手入れをしている庭師と仲良くなり、薔薇の手入れを教えられ、いつしか庭師を手伝うようになっていた。
そんなある日、庭師が病気に倒れ、その職を退くことになった。タケルはその薔薇園を廃棄しようと考えたが、賢が手入れをすると言うので、残す事にした。賢は、いつのまにか、薔薇というものに対して、人間でいう、愛着みたいな感情を抱いていたらしかった。その事にタケルは少し驚いた。賢が自ら、「したい」と言うことは珍しい。しかし、優秀な賢のことだ。人間らしい感情が顕れたとしても、おかしくはない。一瞬タケルの心に影がよぎった。薔薇のように、賢はいつしか、自分以外の人間を愛してしまう日が来るのだろうか。いや、それは考えすぎだ。タケルは自ら不安を掻き消すように、そう、心に言い聞かせた。
その日から、賢は一人で薔薇の手入れすることとなった。しかし、あくまでも、タケルがいない時であるという条件付きだったのだが。しかし、その頃になると、タケルは屋敷の当主としての用事が多く入るようになり、家をあけがちになった。
賢は庭師から教えられた通り、薔薇の世話をし、慈しんだ。薔薇は、可愛がれば、可愛がるほど、自分に応えてくれるような気がして、賢は嬉しかった。そのころからであろう。賢が本当の意味で感情というものを覚えたのは。しかし、賢はその感情が、いまいち理解できず、少々困惑した。
賢が自分に芽生えた感情に戸惑う日々が続く中、一人の少年に出会った。
いつものように、タケルが出張している時に、賢は薔薇の手入れをしていた。その時、薔薇園の外で誰かが賢を見ていた。賢はそれに気付いた。
「あの、どなたでしょうか。」
賢が声を掛けると、少年が垣根を越えて、賢の前に姿を現した。その少年は、タケルよりは、少し子どもじみているが、タケルとそう、年の差はないであろう、少年だった。少し、ツンツンしたかんじの茶色っぽい、髪型のせいか、活発そうに見える少年であった。
「あなたは・・・。」
タケル以外の少年を初めて見た賢は驚いた。
「ごめん、あんまり可愛かったから・・・。つい・・・。」
少年は照れながら、言った。
「可愛い?」
(そう言えば、タケル様もよくそう、おっしゃる。)
「俺、大輔っていうんだ。この近所に住んでる。仕事でこの辺通るとき、この透き間から、見えたんだ。それで、可愛かったから・・・。」
大輔の声はだんだん、小さくなる。賢はどうして、大輔がこんな態度を取るのかよく理解できなかった。
「あの、僕は、一乗寺賢といいます。」
とりあえず、名前を名乗る。
「あの、大輔様、可愛いとはどういう意味でしょうか。僕、前から気になっていたのです。」
大輔、賢が「僕」といった時から、口をパクパクさせて驚いていた。というのは、大輔は賢はてっきり、女だとばかり、思っていたのだ。それもその筈。ただでさえ、白い肌に、切り揃えられた、黒髪が少女の風貌を漂わせるのに、タケルの言い付けで、メイドの着るを服を着ていたのだ。男とは思えないだろう。
「あの、どうなされたのですか。大輔様。」
「あのさ、お前、男?」
「そうですが。」
「俺てっきり女だと・・・。」
「やはり、女に見えますか。」
「見えるぞ。思いっきりな。」
しかし、大輔は賢が男だと分かっても、最初の恋心みたいな感情はなくなってはいなかった。それが、大輔にとって不思議だったが、もっと賢と一緒にいたいと思うようになっていた。
「俺、お前の事、好きみたいだ。」
「好き、ですか。」
突然の告白に、賢は驚く。
「オイ、大輔、何さぼってる。」
垣根の外から罵声がした。
「ワリイ、仕事中なんだ。賢だっけ、また来るからな。」
そう言い残して、大輔は垣根を越えて、また、屋敷の外に戻っていった。
「大輔・・・。」
一人になった賢は思わずその名前を呟いた。
「変わった方だなぁ。」
大輔は、確実に賢の心に刻み込まれていた。それは、タケルへの感情とは、何か別の賢が初めて感じる不思議な感情であった。賢は、思わず一人笑った。
「また、来て下さるのかなぁ。あの方。」