僕は、初めて、お屋敷の外の人と話しをした。その方は、タケル様と同じ年だけど、タケル様より少し子どもみたいに見える。でも、良い人なのだと僕は思った。その方は、僕のことを「好き」と言って下さった。僕は驚いた。その日から、僕は、何故か、大輔様のことが頭から離れなかった。タケル様以外の人のことを、考えるのは初めてだった。どうして僕はこんなにもあの人のことを考えてしまうのだろう。タケル様と同じくらいの年かもしれないけれど、タケル様とはどこか、違う人。
「会いたいなぁ・・・。」
僕は、タケル様がいらっしゃらない時は、薔薇園で過ごすようになった。一日中いれば、また、会えるかもしれないと思ったからだ。いつも、垣根の外から目が離せない日々が続いた。
そんな、日々が続く中、また、彼に会える日がやって来たのだ。
「あ、大輔様・・・。」
「今、仕事、終わったんだ。また、会いたくて・・・。」
何故か大輔様の顔は赤かった。でも、僕も、何故か暑くて、大輔様のように赤い顔しているのだろうか、と思った。僕の身体の中の人工心臓の動きが速くなっている。どうしてだろう。僕はアンドロイドなのに。これでは、人間の心臓みたいだ。
僕達は、無言のまま、立っていた。
その沈黙を破ったのは僕だった。
「あの、僕も、会いたかったんです。とても・・・。」
思わず口をついて出た言葉・・・。
「そ、そうか。俺、てっきり迷惑かなぁと思って・・・。」
「そんな、とんでも、ないです。」
僕は慌てて否定する。
「あのさ、一つ言っていいか。」
「はい。何でしょう。」
「俺のこと、”大輔様”って呼ぶのやめてくれないか。俺、偉くないし。な、”大輔”でいいよ。」
「はい。」
その言い方は、僕にとって恥ずかしくて、くすぐったく感じた。
「だ、大輔・・・。」
僕はどうしたのだろう。彼の名前を口にしただけでこの調子だ。
「大輔・・・。」
その後の言葉が思い付かなくて、僕は、彼の名前を口にするだけだった。
このままでは、いけないと、必死で次の言葉を考え、絞り出した。
「あの、次はいつ会えるのですか。」
「賢がいいなら俺、仕事の合間でも会いに来るよ。本当はずっと一緒にいたいけど、俺、仕事あるしな。」
「そう、ですか・・・。」
僕は自分の言った事が何故か恥ずかしくて下を向いた。本当に僕に何が起こったのだろう。僕はただただ、混乱していた。僕達は、沈黙のまま、座っていた。
「あの、大輔はどんな仕事してる、のですか?」
「あっ、その前に、賢その”です”とか丁寧な言葉、使わなくていいよ。俺、調子狂っちまうよ。」
僕は、タケル様に対して敬語しか使った事がなかったので、戸惑った。でも、周りの中の良い、お屋敷で働いている人同士が話している言葉を思い出した。
「どんな、仕事をしてるの・・・?」
「俺さ、小さい時、親亡くしてさ、だから、近所の掃除屋やってる親方のとこで、見習いやってるんだ。」
「僕、嫌な事聞いたのかな・・・。ごめん・・・。」
「いいって。親方うるさいけど、結構いいところもあって、それなりに楽しくやってるからな。」
そう言って大輔は笑った。
「お前って何か変わってるよな。」
「そう、でしょうか。僕は、大輔の方が変わってると思う、けど・・・。」
「そうかぁ?」
大輔は「良く分からない」という風に頭を掻いた。
「お前の方が変だよ。男の癖にそんな格好してるし。」
「そうかなぁ。」
「自覚ないし・・・。」
「でも・・・。」
大輔は、照れくさそうにしたを向いた。
「でも?」
「でもさ、やっぱ、可愛いよ。」
大輔の言葉に僕の心臓はまた、早く動き出す。どうしたのだろう。僕の身体は・・・。タケル様も僕のことを「可愛い」とおっしゃるけれど、心臓は早く動かなかった。僕は、壊れてしまったのだろうか。
「なぁ、キスしていいか。」
「キス?」
大輔は、僕の答えを待たずに彼の唇を僕の唇に重ねた。柔らかい、大輔の唇・・・。僕は思わず、その感触に浸ってしまった。タケル様のキスと違い、何といったら良いのか、「不器用」という言葉が当てはまるのだろうか、でも、暖かいキスだと思った。僕は、こんな気持ちになったのは初めてだった。やはりこれは故障なのだろうか。それとも僕は・・・。
大輔は唇を離した。大輔も動揺しているような顔をしていた。
「俺、そろそろ帰らなきゃ、親方が怒るから・・・。」
そう、一言告げると、大輔は、垣根を超えて屋敷の外へ戻る。僕は何だか心にポッカリ穴が空いたようだった。何だろう。この虚無感は・・・。物質的ではない、何か・・・。これが本当にアンドロイドが感じるものなのだろうか・・・。訳の分からない、感覚に僕は戸惑う。頭の中は大輔の顔がグルグル回っていた。
「僕は、どうしたらいいの・・・?大輔・・・。大輔・・・。」
訳も無く、僕は大輔の名前を呟いていた。