おたけび山。
ここは、少し前までは、星獣の力が眠っていた場所である。
そして、今、それは、リョウマ、ハヤテ、ゴウキ、ヒカル、サヤによって力の封印が解かれていた。
しかし、星獣の力が眠っていなくとも、そこは、特別な場所であるには違いはなく、人間世界であって、別世界の空気が流れていた。
天気の良い昼間にも関わらず、ここだけは、別であった。
神秘世界を侵すものを、防がんと荒れ狂う、突風。
ゴーゴーという音が全ての、雑音を掻き消していた。
そんな中、2人の男が対峙していた。
リョウマと、ヒュウガである。
リョウマが、ヒュウガを呼び出した。
リョウマはヒュウガに星獣剣の戦士として戦いたいと宣言した。
分かっていた。
自分の持つ、力と技では、まだ、兄に勝てないということは。
技量を考えれば、兄の方が星獣剣の戦士に相応しかった。
しかし、リョウマは戦うことを選んだ。
自分の力を信じたいと思ったからこその決断であった。
しかし・・・。
「兄さん、俺は、星獣剣の戦士として闘う決心は決して揺るぐことはないだろう。だが。」
リョウマは、掌で握り拳を作った。
そんなリョウマをヒュウガは、ただ、じっと真正面から向き合い、見ていた。
風は、2人の服や髪の毛を剥ぎ取らんばかりに、強く、吹いていた。
だが、2人の足は、大地にドッシリと付き、その風の脅威すらものともしようとはしなかった。
リョウマはおたけび山の風の音に負けまいと、精一杯の声を張り上げた。
「俺はっ、もう一度、兄さんと勝負がしたい。もう一度、兄さんと真剣に向き合わなければ、俺は、この剣を手にする資格はないんだ。」
初めてだった。兄に対して真剣勝負を挑むことは。かつての、自分では、兄の宿命を受け継ぐことなく、兄にしがみつていた自分では、決して口にできない言葉であった。
その言葉をヒュウガは、微動だにせず、聞いていた。
真剣勝負をしたところで、あの兄に打ち勝てる見込みは、ないといっても過言ではなかった。
しかし、リョウマは真剣勝負がしたい。いや、やらなければならないと思っていた。
星獣剣の真の戦士になる為には。
リョウマは、星獣剣をその場に置き、かつて、自分が使用していた、剣を取り出した。そして、ヒュウガにその刃を向けた。
ヒュウガは、その表情を変えることなく口を開いた。
「いいだろう。」
そして、ヒュウガもブルライアットをその場に置き、普通の剣を手にした。
改めて、お互い、真正面から対峙する。
2人は、相手の動作を一瞬たりとも見逃さないというように、その視線は、目の前の敵に向けられていた。
2人の緊迫した空気が、おたけび山の拒絶を打ち負かしたのか、風が、急に止み、辺りは、静かになった。
勝負の幕は、切って落とされた。
「ヤァァァァ!!」
気迫の掛け声でリョウマがヒュウガ突進していった。
しかし、それは、単なる力任せではなかった。
真っ先に、ヒュウガのところへ走っていって、剣を振り下ろすと思いきや、直前、手前になると、リョウマはいきなり宙を飛んだ。
足元が、宙に舞うと、リョウマはその切っ先を兄に向けて振り下ろす。
しかし、ヒュウガはその瞬間を見逃さない。
すかさず、リョウマの剣を振り払わんとばかりに、自分の剣の切っ先をリョウマの剣の切っ先にぶつける。
キキーン!
金属音があたりに木霊した。
リョウマは、すかさず、後ろに回転ジャンプして着地した。
そして、再び、ヒュウガに向き合い、息を凝らして剣を構えた。
そのまま、暫く、両者は向かい合ったまま、微動だにしなかった。
お互いの隙を探し、自分の隙を作らない。
勝負というのは、動いている時よりも、止まっている時の方が、勝負が決まるといっても過言ではなかった。
いかに、少ない動きで、相手を仕留めるか。
しかし、ヒュウガはリョウマよりも一枚も、二枚も上手で、こういった、持久戦の技術も、遥かに上であるのは分かりきっていた。
次第に、リョウマの耳には、自分の心臓の音がバクバクと音を立てて近付いてくるように入ってきた。
目の前の兄があまりに大きく見えた。
自分の確固である筈の意志が揺らいでいるようにさえ感じ始めた。
(こんなことでは、俺は、いつまで立っても、兄さんに追いつけやしない。)
リョウマは自分に言い聞かせた。
今、この勝負で、兄に怯めば、自分は、一生星獣剣を手にする資格を失うような気がした。
この勝負の前に、リョウマは、密かに星獣剣に誓っていた。
”怯んで負けるような勝負だけはしない”
と・・・。
その時だった。
剣の切っ先がリョウマの頬をかすめていた。
リョウマの頬に一筋の赤い線が浮き上がる。
ヒュウガだった。
一瞬おたけび山が遠吠えをするかのような突風が吹いた。
しかしヒュウガはそれに影響されることはなく、ゆっくりと口を開いた。
「お前は言った筈だ。真剣勝負だと。」
ヒュウガは静かに言った。
ヒュウガは先程の緊張した対峙の中で生まれたリョウマの心の隙を見逃さなかったのだ。
「それとも、お前の、成長はこの程度のものだったのか。」
リョウマは目が覚めたような感覚だった。
「違う・・・。」
リョウマは呟いた。
「俺は、俺は・・・。」
「兄さんを越えるんだっ!!」
そう叫ぶなり、リョウマは自分の頬をかすめた剣を素手で握った。
リョウマの掌から、血が流れ、ヒュウガの剣を赤く染めた。
しかし、リョウマは痛みなど感じなかった。
迷いなき、兄への思いが、全ての余計な感覚を捨てるに至ったのだ。
ヒュウガは、不敵な笑みを浮かべた。
「いいだろう。」
ヒュウガも嬉しかった。リョウマの反応が。一瞬揺らいだ心を自らの心の強さで不動のものにしたことが。恐らく、昔のリョウマだったら、この時点で敗北していただろう。しかし、今のリョウマは違った。自分の宿命を背負わざるを得なかった数ヶ月の間に、リョウマは、数々の試練を乗り越え、大きな変化を遂げているのだ。今、対峙しているこの男は、自分を慕う弟ではなかった。
”好敵手”そのものであった。
「やってみろっ!!」
ヒュウガのその言葉とともに、リョウマは素手で握った剣をヒュウガに跳ね返した。
そして、改めて、2人は、剣を間近で重ねあわせた。
力の勝負だった。
ギリギリの力をお互いの両腕に込め、相手を払いのけんと、剣を詰めていく。
剣は、2人の力で今にも折れんばかりであった。
そして、お互い、唇を噛み締め、歯を食いしばっていた。
しかし、やはり、こういった勝負ではヒュウガが上だった。
「ハァッ!!」
掛け声とともに、リョウマの剣を振り払った。
リョウマが僅かにバランスを崩した。
そして、2人は、一旦距離を置いた。
「流石だな。兄さん。でも・・・。」
「俺は負けないっ!!」
そう言って、リョウマは再びヒュウガに立ち向かった。
リョウマはフェイントを使い、足元からヒュウガの背後に滑り込み、ヒュウガに後ろから剣を突きつけた。
だが、リョウマはそこで気を抜くことをしなかった。
かつて、兄から指摘されたことを頭に焼き付けていたから。
”次の一手を考えろ。”
リョウマは気を抜いてはいない。ヒュウガにリョウマの白熱した気が伝わって来る。
ヒュウガはすかさず、後ろにいるリョウマの足に足払いを仕掛けた。
「遅いっ!」
ヒュウガは言ったものの、後ろに感じられたリョウマの気が嬉しかった。
リョウマはバランスを崩しかけたが、身のこなしでそれを避けた。
そして、2人は再び、離れた。
「炎のタテガミッ!!」
リョウマの手から炎アースが放たれる。
そして、ヒュウガも、アースでそれに対抗する。
一見互角に見えた、アースだが、やはり、ヒュウガのアースが僅かに勝っていて、アース同志の激しい闘いを経て、リョウマが吹っ飛ばされた。
リョウマは、地面に叩き付けられた。
そのリョウマに容赦なく剣を向けた。
しかし、リョウマは、側に落ちていた自分の剣を再び拾い、ヒュウガの剣に重ねた。
目はキッとヒュウガを見据えたまま。
力が入りにくい体勢ではあった。リョウマは、剣を持っていない方の手で地面を握り締めた。岩で手が傷つき、出血する。しかし、リョウマはその力を緩めることはしなかった。一瞬でも緩ませてしまえば、負けてしまう。
「やぁっ!!」
しかし、立っているヒュウガと地に身体ごとつけてしまっている、リョウマでは力の差はあまりに大きすぎるもので、ヒュウガはリョウマの剣を振り払った。
金属音とともに、リョウマの剣の切っ先が折れた。
しかし、リョウマは闘う姿勢を緩めなかった。
折れてしまった剣を強く握り締めたまま、ヒュウガを睨み付けた。まだ勝負は続いていると言わんばかりに。
今の状態でリョウマが勝てる見込みなどないに近い状態であるにも関わらず。
それを見て、ヒュウガが口元で笑った。
そして、剣を鞘にしまった。
「いい目だ。」
「え・・・。」
「お前は今、一番いい目をしている。」
ヒュウガは驚きを隠せないリョウマをよそに、言葉を続けた。
「戦士の目だな。星獣剣の。」
「兄さん・・・。でも、俺、また、兄さんに勝てなかった。」
リョウマは肩をガックリと落として言った。
「リョウマ、俺が喜んでいるのは、結果じゃないんだ。」
「えっ?」
「お前が、俺に対して、兄としてではない、戦士として勝負を挑んだこと、そして、最後まで、自分を信じて戦ったこと。それが星獣剣の戦士に要求される全てが込められているんだ。」
「兄さん・・・。」
ヒュウガはリョウマの手を取り、リョウマを起こした。
そして、リョウマが地に置いた、星獣剣を拾い、リョウマに差し出した。
リョウマはゆっくりと、星獣剣を手に取った。
「お前は、俺の仲間、そして好敵手だ。」
「兄さん・・・。」
リョウマの目が僅かに潤んでいた。初めて、兄に同等と認められたような気がした。今までは、自分は、兄より下であることが当たり前だった。
しかし、この勝負でリョウマは兄に並ぶ、いや、兄を越える気で挑んだ。
結果は敗北だった。
しかし、そんな結果はもはやどうでもよくなっていた。
ヒュウガに真剣勝負を挑めた自分が誇らしかった。
そして、ヒュウガに全てをぶつけた自分が誇らしかった。
今、リョウマは、改めて、真の星獣剣の戦士である証を手にしたような気がしたのであった。
「兄さん、必ず、バルバンを倒そう。」
”バルバンを倒そう。”
兄を頼ってバルバンを倒すのではなく、お互い仲間として、同じ立場の戦士として、戦友として、バルバンを倒すのだ。リョウマはそう思った。
その意味が伝わったのか、ヒュウガは、笑みを静かに浮かべた。
「ああ。」
今、おたけび山にも闇の時刻が訪れようと、空は、真っ赤に染まっていた。