『背伸びと小さな悪戯と』

「ヒカル、やっぱりやめようよ。」

「何言ってるんだよ。ここまで来て。」

「だって、駄目だよ。こんなこと。」

「サヤは見たくないわけ?」

「それは、・・・。」

サヤは頭をうな垂れた。

サヤとヒカルは今、ギンガの森の神殿に忍び込んでいた。

ギンガの森の神殿とは、3000年前、バルバンと闘った、星獣剣の戦士とその星獣達を祭った、いわば、ギンガの森の聖地なのである。そして、星獣剣もこの神殿に保管されているのだ。しかし、ギンガの森の神殿の扉の鍵が開くのは、星獣剣の継承の儀式や星祭り等といった、ギンガの森の民にとって特別な日、のみである。

そして、もう一つ、その特別な日があった。それは、戦士の儀式である。

代々、星獣剣の戦士の家系に生まれた者達は、皆、必ず、戦士の試練を受けなければならない。戦士の試練とは、ギンガの森にそびえたつ、戦士の山と呼ばれる山に登り、無事帰って来るというものである。山は、高く、時に呼吸が苦しくなるほど、気圧も高く、その道は険しい。それでではなく、山には、人に襲い掛かり、食べようとする獣が住んでいるのだ。戦士達は、その獣をあくまで殺す事なく、山を無事に下りてこなければならないという、過酷な試練なのである。

その試練に合格した者は、ギンガの森の神殿に赴き、星獣剣を手にし、一人前の戦士になれたことを感謝し、祈りを捧げるという儀式である。その儀式を終えた者のみが、星獣剣継承候補者たる資格を得ることができるのだ。

そして、今日は、炎の戦士の家系に生まれたリョウマ、風の戦士の家系に生まれたハヤテ、水の戦士の家系に生まれたゴウキが戦士の試練に合格し、その儀式を受ける日なのだ。数年前に、儀式を受けたヒュウガは、見届け人として、特別儀式への参加を許された。

そんな時だった。ヒカルの好奇心と悪戯の虫が疼き出したのは。

「俺達も見にいこーぜ。」

「何を・・・?」

「星獣剣さ。」

「えっ・・・。」

ヒカルが突然、あまりに突拍子もないこと言うのでサヤは一瞬唖然とした。

「何を言っているの?ヒカル、そんなの無理にきまってるじゃない。」

「じゃあ、サヤは見たくないの?星獣剣。」

「それは、見てみたいけど・・・。」

「だろ。」

「でもどうやって・・・。」

「忍び込むのさ。ギンガの森の神殿にさ。」

ヒカルは小声で言った。

「駄目だよ。そんなこと。」

「いいじゃん。少しくらい。減るもんじゃないしさ。だって、ずるいよ。リョウマ達だけ星獣剣にお目にかかれるなんてさ。」

「それは、リョウマ達は、戦士の試練に合格したからじゃない。私達はまだでしょ。」

ヒカルは少し苛立ったように言った。

「サヤは臆病だなぁ。いいよ。俺だけでも見に行くから。」

ヒカルはギンガの森の神殿に向けて颯爽と走り出した。

「ヒカルッ。待ちなさいよっ。」

目の前でとんでもないことをすると宣言したヒカルを放ってはおけず、サヤは慌ててヒカルを追った。

しかし、サヤも、星獣剣を見たいと思っているのは事実だった。数年前、ヒュウガの戦士の儀式が終った後のヒュウガの凛々しい姿が目焼き付いていた。憧れのヒュウガが握ったという星獣剣を一目だけでも見たかった。そんなサヤの感情もあって、こうして2人は今の状況至ったのである。

ギンガの森の神殿の内部はシンプルで、中央部にの台に、五匹の星獣を模った銅像が飾られており、内部を囲む壁には、3000年前の戦いを表した壁画が前面に描かれていた。

そして、その空気は、あまりに荘厳で、神秘的なギンガの森の中でも更なる神秘性を帯び、重々しく、不思議な空気が流れる、ギンガの森の中で、最も特別な場所であった。その空気がヒカルとサヤにも伝わり、2人は、この重々しい空気に呑まれそうになり、息を呑んだ。

「ヒカル、やっぱり帰ろうよ。」

サヤはヒカルの服の袖を引っ張る。

「何するんだよ。ここまで来てそれはないだろ。」

「だって・・・。」

「星獣剣がありそうな場所を探すんだ。」

ヒカルが言いながら、いそいそと、神殿の壁に触れ、探り始めた。

「やっぱり、私嫌だ。」

今度は、サヤは、きっぱりと言った。サヤはやはり、してはいけないことだと、迷いを振り切ったのだ。

「サヤの意気地なし。だったらサヤは帰ればいいだろ。俺は一人でも星獣剣を見るからな。」

「ヒカルも帰るの。」

サヤはヒカルの服の袖をもう一度引っ張る。

「うるさいなぁ。一人で帰ればいいだろ。」

ヒカルが煙たそうに言った、その時だった。

複数の足音がした。儀式の一行が、到着したのだ。

「やぱいっ。」

ヒカルとサヤは中央部の星獣達の銅像が飾られている台の影に身を隠した。

ギィと扉の開く音がした。

(見つかるっ。)

サヤは思わず身を伏せた。

「何者だっ。」

ヒュウガの声が静かな神殿内に響き渡る。

「出てこい。いるのは分かっているんだ。」

ヒュウガの声に他の4人が顔を見合わせる。

「ヒカル、サヤ。」

2人の名前を呼ぶヒュウガの声でもはや、隠れても無駄だと、2人は姿を現す。

「お前ら・・・。」

ハヤテが2人を睨む。

それから、2人は、5人とともに、神殿の外に連れ出された。

「見てみたかったんだよっ。星獣剣が。だってリョウマ達ばっかりずるいんだよっ。俺だって、星獣剣の戦士なんだっ。もう子どもじゃないっ。」

ヒカルが開き直ったように、ふてぶてしく言った。そして、隣でサヤは頭を垂れ、唇を震わせていた。

「ヒカルっ。」

ヒカルを怒鳴りつけようとするハヤテをヒュウガが制止した。ハヤテは出かかった言葉を呑む。

「おまえ達、何をしているのか、分かっているだろう。」

ヒュウガのその口調は、穏やかだが、その言葉の一つ一つに、重さと厳しさがあった。

サヤは、改めて、自分のやってしまったことの馬鹿さを認識し、後悔した。それは、興味半分で戦士の乗り越えなければならない試練を軽んじ、歴代の戦士達をも侮辱する行為だと、改めて思った。ヒュウガの声が、重く、突き刺さった。

(私、最低だ・・・。ヒュウガは、もう、私のこと・・・。)

”ヒュウガに嫌われる”

そう思った瞬間、サヤは胸が張り裂けんばかりだった。しかし、自分のしたことを考えれば、仕方のない事だと、自分に言い聞かせる。

ヒカルの方も流石にヒュウガの重い言葉が利いたらしく、潮らしく、自分の軽率で、ずるい行動を、反省していた。

「おまえ達なら、もう分かる筈だ。」

少しして、ヒュウガは再び、口を開いた。その口調は、静かで、穏やかで、重くはあるが、先程のような厳しさは含まれてはいない。

サヤは、何か言おうとしたが、言いたい事は山のようにあるのに、どう伝えれば良いか分からずに、言葉が続かなかった。ただ、目に涙を溜めて、立っている事しかできない自分が、歯がゆい。

そして、ヒカルも、

「俺、馬鹿だった。ごめん・・・。」

と、小さく呟いた。

「ああ。」

ヒュウガが頷く。

「ヒュウガ、私・・・。」

サヤが何か言いかける。

「焦るな。おまえ達は、立派な戦士になれる。」

ヒュウガはそう言って2人の肩に軽く触れた。

「ああ、なってやるさ。」

ヒカルは握り拳を作り、はっきりと言った。

「その意気だ。」

そして、一行は、サヤとヒカルを残し、再び、神殿に向かう。誰一人、2人のことをこれ以上、言及するものはいなかった。怒りを露にしていた、ハヤテも、2人を黙って見届けるだけであった。皆、分かっていたのだ。ヒュウガの一言で全ては解決したということを。

「ヒュウガッ。私、馬鹿だった。もう二度とこんなことしないっ。ヒュウガみたいな戦士になるから・・・。だから・・・。」

サヤがセキを切ったように、涙声を震わせて言った。

その声に、再び、ヒュウガは2人のもとに戻って、それぞれの肩をポンと叩く。

「待ってるよ。」

そう言って、微笑んだ。