「まだ、私に何か用でも?」

城北大学の高村研究室。小沢澄子が、訪問していた。

「もう、私と君のくされ縁は切れた筈だが。」

高村は皮肉げに、遠くに目をやった。

「そうでしょうね。ただ、お礼を言いたくて今日は伺ったまでです。」

澄子は、表情を変えずに、続けた。

「教授、一つだけ教えて下さい。何故、私にあのチップを下さったのですか?」

高村は、鼻で笑った。

「何故だかな。私にも分からんのだよ。君の事は嫌いな筈だがな。」

高村は、飲みかけのコーヒーを口にした。

「君は、あの、氷川という男を随分買っているようだが?」

「はい、買っています。彼以外に、G3−Xの装着できる人間はいないと思っています。」

「しかし、分からないね。何故、君のような天才がそこまで、一人の人間にこだわるのか。君がここの研究室にいた頃は、少なくともそうでなかった。」

そして、高村は、言葉を続けようとしたが、澄子が遮った。

「自分以外の人間を信じない。そう、おっしゃりたいのでしょう。」

高村は、澄子の問いには、答えず小さく笑った。

「人に主導権を握らせない。そういうところは、昔と変わっておらんようだな。君という人間は。」

「教授、氷川は、優秀な刑事です。私は、そう思います。」

「そうかな。刑事としては、北條という男の方が優れているとは思わないのかね。少なくとも、私にはそう見えるがな。」

「それは・・・。」

澄子は、答えに詰まった。正直、確かにそうだろう。氷川誠という男は、情に厚い部分がある。それは、刑事としては、欠点に他ならないのだ。嫌な人間とはいえ、刑事としては、北條透の方が優れているのは、澄子も認める所であった。

では、何故、自分は、氷川誠という男にこだわるのだろうか。澄子は改めて、氷川誠という男について、考えてみる。

いつも、真っ直ぐで、疑うことを知らない。常に全力投球。はたからみれば、あまりに不器用すぎる。しかし、G3−Xを開発しようと決心したのも、彼がいたからこそであるし、彼以外の装着員はいないであろう。澄子のその気持ちは、本当であった。一時は、彼の傷付く姿を見るに耐える事ができなくなり、彼を装着員から外そうとも考えた。しかし、彼が、傷つきながらも、トレーニングルームで苦しい訓練をしている姿目にし、そして、彼のG3−Xへの情熱を目の当たりにした時、そんな自分を反省しもした。そして、その時、思ったのだ。やはり、氷川誠しかいないと。

では、何故、自分がここまで、氷川誠にこだわるのか。G3−Xの装着員として?恐らく、制御チップを埋め込んだG3−Xならば、北條透も見事に使いこなすであろう。しかし、澄子にとって、G3−Xの装着員は氷川誠しか考えられなかった。

あの時、北條透に出動要請をした時、彼が答えず、氷川が答え、出動した。その時、彼女は、密かな安堵感を覚えた。

氷川誠とは、自分にとって、どんな存在なのか・・・。

高村と向き合いながら、澄子はそんな思いを巡らしていた。研究室に、奇妙な沈黙した空気が流れる。

そして、それを割ったのが高村であった。

ククッと笑い、口を開く。

「君がそこまで、答えに、窮する姿は初めて見たな。」

その言葉で、澄子は、思案の世界から引き戻された。

「あ・・・。」

「私は、氷川誠という男をまだ、知らない。だが、これだけは言えるだろう。彼は、君が認めた唯一の男だ。そうだろう?」

その瞬間、澄子は吹っ切れた。そうなのだ。自分が見ているのは、氷川誠の全てだということに、改めて気付く。それが、恋愛感情なのかは、まだ、分からない。しかし、澄子にとって、必要な人間であることに変わりはないのだ。

「はい、その通りです。」

澄子の声の響きは、大きな確信めいたものがあった。

「やはり、高村教授は私よりお上手ですね。」

「君が私を認めるとは珍しい。」

高村が皮肉げに言った。

「そうですか?でも、私は、私自身に絶対の自信を持っているのも確かですから。」

「そうだろうな。」

そして、再び、澄子は口を開く。

「やはり、あなたは、私の師です。」

それから、澄子は改まって言った。

「教授、本当にお世話になりました。」

澄子は、頭を深めに下げた。

「失礼します。」

そして、今度は、小さく礼をすると、クルリと背を向け、少し早足で研究室の出口に向かおうとする。

「小沢君。」

高村が澄子の名前を呼ぶ。思わず、高村の方を振り向く澄子。そして、暫く、そのまま、立ち尽くす。

「君は、少し、変わったよ。」

そして、高村は、また小さく笑う。

澄子はそれに気付いていた。