『ブローチ』
城茂と岬ユリ子はブラックサタンの手がかりを追い、某市の簡易ホテルに宿泊していた。簡易ホテルの為、食事はつかないので、2人は、夕食を食べに外に出ることにした。
2人は、レストランを探しながら、街を歩いていた。
「茂は、何食べたいの?」
「別に、俺は、腹が起きれば何でもいい。」
「何よ、折角、食べに行くのに。」
ユリ子は少々ふくれてみせる。
「これだから、女ってヤツは。」
茂が一人、ぼやいた。
「おい、ユリ子。」
茂がユリ子を見た時、ユリコは一件のカントリー風の雑貨屋に入っていた。
「全く、遊びにきてるわけじゃないんだぞ。」
茂は一人呟くと、ユリコを追い、雑貨屋に入っていく。
あまりに、可愛らしい店内に、茂はどこか居所の悪さを感じた。
少し、顔を赤くしながら、ユリ子の肩を叩き、小声で言う。
「おい、ユリ子、行くぞ。」
茂の声に振り向いた、ユリ子は目を輝かせていた。
「ねぇ、茂、これ見て、可愛い。」
ユリコが手にしていたのは、ハートに天使の羽根がついた、金色のブローチであった。
「茂、買ってくれる?」
ユリ子は茂を見上げる様にして言う。
その表情があまりに、可愛らしく茂には映った。茂は、思わず、ユリ子から顔を背けるようにした。ユリ子をもろに見てしまうと、顔が熱くなりそうであったからである。そして、その時、改めて、茂は、実感したのだ。身体を改造され、ブラックサタンとの戦いに身を投じていても、ユリ子は紛れもなく、16歳の少女なのだと。そして、たまに見せるらしさが更に茂の心を揺らすものとなっていた。
茂はそれを隠すように、不機嫌な顔をしてみせた。
「馬鹿野郎。俺がそんなもの買うか。」
「ちぇっ。茂のケチっ。」
ユリ子は半ばふてくされるような顔をする。
「そんな下らんものを見ている暇があったらとっとと行くぞ。」
茂は、先程のユリコの表情を脳裏に浮かべながらも、そのことをユリコに悟らせまいという風に、クルリと背を向けると、雑貨屋を出た。
「待ってよ〜。茂。」
ユリ子も、慌てて茂のあとを追った。
それから、2人は、食事をして、ホテルへ帰った。
次の日のことである。
茂は、ユリ子に何も告げず、外出した。
茂の向かった先は、昨日、ユリ子と入った、雑貨屋であった。
(全く、俺って奴は・・・。)
内心ぼやきながらも、茂は、あの、ユリ子が欲しがっていたブローチを手にすると、レジに持っていく。
(だいいち、俺がこんな店で、こんな物を・・・。)
(柄じゃないな・・・。)
店員に支払いをすませ、ブローチをねじこむようにして、ジーンズのポケットに入れると、茂は逃げる様にして、その雑貨屋を出た。
そして、茂は二度、簡易ホテルに戻る。
すると、同じく外出していたらしい、ユリコに遭遇した。
「ユリ子、お前、出かけてたのか。」
「うん、実はね、昨日のブローチ、ずーっと気になっててね、買ったの。」
ユリ子は嬉々として、茂が買ったものと同じブローチを茂の前でつけてみせた。
「ほら、似合う?」
「豚に真珠だな。」
茂が皮肉っぽく言った。
「何よっ。その言い方。」
ユリ子は茂の言い様にカチンとした
「茂っていつもそう。私の気持ちなんか考えたことなんてないのよっ。この冷血漢っ。」
ユリ子は吐き捨てるように言うと、茂に背を向け、自室に戻っていく。
茂はジーンズポケットの中から先程、買った、ブローチを取り出し、眺め、少し、苦い顔をした。
「しくじったな・・・。俺としたことが・・・。」
「女にプレゼントなんざ、俺の性に合わないな。」
一人呟きながら、ブローチをひと投げすると、それを掴み、再び、ジーンズのポケットにねじこんだ。
それから茂も自室に戻るとそのブローチをジーンズのポケットから取り出すと、ごみ箱に放り投げた。
それから、茂は二度部屋を出て、ホテルのロビーに向かった。
その後、暫くして、ユリ子が戸を叩いた。
「茂っ、少しは反省した?」
ユリ子が部屋に入った。
「茂?」
「茂?」
「全く、茂ったら、鍵掛け忘れるなんて不用心だわ。」
その時、不意にユリ子の目に入ったのは、ごみ箱に捨てられている、自分が買ったものと同じブローチであった。
ユリ子はそのブローチを拾い上げた。
「茂・・・。」
ユリコは思わずクスリと笑った。そして、茂の心無いと思われた、あの言葉の全てがユリコに理解できた。
「茂ったら素直じゃないわね。」
その時だった。
茂がロビーで買った缶コーヒーを手で投げたりしながら部屋に戻ってきた。
戸を開けると、ユリ子がいることを確認した茂は思わず驚愕した。
「茂、これ、あげるね。」
ユリ子は自分が買った、ブローチを茂に差し出した。
「何だよ、急に。」
「いいから、いいから、茂に貰って欲しいの。」
「お前、これ気に入ってたんだろ。」
「まぁね。でもね、もう一つ、手に入ったからこっちはいらない。だから。はいっ。」
そう言ってユリ子は茂の手を取ると、ブローチを掴ませる。
それからユリ子は茂がごみ箱に捨てた、ブローチを付けてみせた。
「茂、私には、こっちの方が似合うでしょ。」
そう言って笑って見せる。
茂は、顔を僅かに赤らめて、きまりが悪そうに、天井を見た。
それから、ボソリと、やっとユリ子に聞こえるような声で言った。
「まぁ、な・・・。」
その声をユリ子は聞き逃さなかった。
「茂、ありがとっ。」
そう言うと、ユリ子は一つ茂の肩をポンと叩くと、足を躍らせる様にして部屋を出た。
残された茂はユリ子が手渡したブローチを眺めた。
そして、それを、ジーンズのポケットにねじこむ。
その時の茂の顔はまだ、僅かに赤かった。