翔一は、美杉家で朝一番に起きる。それから、美杉家の台所仕事を担っている翔一は、家庭菜園の野菜に水をやり終えると、台所に立ち、朝食の準備を始める。いつもなら、野菜に「おはよう」の挨拶をし、爽快に気分で台所に立つ彼だが、今日は、様子がおかしい。

今日は、日曜日だが、彼は平日日曜日関係なく早く起きていた。

「おっかしいなぁ・・。頭が、クラクラする。」

バッターン。

突然倒れる翔一。

たまたま、少し早めに起きてきた真魚が大急ぎで翔一に駆け寄る。

「翔一君。翔一君。」

真魚は頭に触れた。

「すごい熱・・。」

そうしてはいられないと、真魚は、美杉教授と太一を起こす。

「何だよ。真魚姉・・。まだ早いよ。」

「いいから、翔一君が大変なのよ。おじさんも。」

翔一は、真魚に支えられて自室に戻され、眠っていた。

「翔一君が、風邪!?」

美杉教授と太一は顔を見合わせた。

「へぇ〜、翔一でも風邪ひくんだ。」

と太一。

「ばかっ。」

真魚が太一の頭を一発。

「いってぇ、殴ることないじゃん。真魚姉。」

「そうだな。家事は、私達で分担しよう。」

しかし、翔一が風邪をひくことが、三人ともかなりの驚きだった。何しろ、あの性格だ。到底風邪などひきそうにないように見える。

「じゃあ、私が食事を作るから。太一は掃除、真魚は洗濯。」

以前も翔一が家事ノイローゼ(実際は違ったが)とかで、代わりに家事を分担しようとかで、このような役割分担がなされた。

「うん。」

「まじかよ〜。」

ぼやく太一。

「何、言ってるの。こういう時だからがんばらないと。」

真魚が太一を叱咤する。

それから、てんやわんやで、美杉教授が不器用ながら、翔一のお粥と味噌汁を作り、ご飯を炊いている間、真魚は洗濯、太一は掃除に勤しんでいた。

「しっかし、まじで大変。翔一ってこんなこと、いつもしてたんだ〜。」

ぼやきながら、太一は掃除機をかけた。

美杉教授も真魚も太一に同感だった。普段、家事は翔一に任せっきりで、あまり経験がなかったが、実際分担とはいえ、やってみると、面倒で、それを笑いながら全てをやってのける翔一に思わず尊敬の念を抱かずにはいられなかった。

一方、翔一はというと、ひたすら、眠っていた。

熱がひどく、39度台で、暑さにうなされながらも、眠っていた。

真魚は、一通り洗濯を終えると、翔一の様子が気になり、翔一の部屋に行った。

「翔一君、大丈夫?」

真魚は側により、頭のタオルを近くにおいてある、洗面器で濡らして、また頭においてやる。こんなにうなされる翔一を見るのは初めてだけに真魚は翔一が心配だった。

「真魚、ちゃん・・。」

「あっ、翔一君。起きたんだ。」

「俺、朝食、作らなきゃ・・。あと、洗濯も、早くしないと、乾かないし・・。」

「駄目だよ。翔一君は39度も熱があるんだから。家事はね、私とおじさんと太一で分担してるから。それに洗濯はさっき私がやっといたから。」

「あ、あと、野菜・・。野菜が・・。」

こんな時でも、庭の野菜を気にしている翔一が真魚はやけに可愛らしく思えた。そして、思わず、野菜が羨ましかったりもした。

「大丈夫だから。今日は日曜日だし。私が世話するから。」

「水、やりすぎな、いで・・。」

「分かってる。」

真魚は微笑んだ。

「もう、いいから、翔一君は寝た方がいいよ。」

「ごめ、ん、ね・・。真魚ちゃん・・。」

翔一は少し真魚の手を握ると、眠りに落ちた。その手に思わずドキリとする真魚・・。

「どうだ?翔一君は・・。」

翔一の部屋から出てくる、真魚に美杉教授が問い掛ける。

「うん、今眠ったとこ。」

「そうか、しかし翔一君が風邪とはなぁ・・。私達は少し翔一君に頼りすぎていたのかもしれないな。」

「そうだね。これからは翔一君を手伝ってあげた方がいいのかも。」

「だな。」

生憎、今日は、太一は町内会の遠足で、美杉教授はゼミ生との行事があり、外出する予定で、家には真魚と翔一の二人きりということになった。

真魚は、二人を見送り、翔一のタオルを代えてやるために翔一の部屋に行こうと思った、その時。

真魚は、悪い予感がした。真魚はもともと、予知能力というか、透視能力のような、超能力が備わっていた、時々、変な予感を感じてしまうことがある。今日に限って、それを感じてしまう。

「翔一君・・。」

心臓が高鳴る。

真魚は翔一の部屋に再び入る。

案の定、部屋の窓が開いていて翔一姿が消えていた。

「まさか、あいつら!?」

「翔一君、闘いに・・。」

(翔一君が死んじゃう・・。)

あれだけの高熱ではいくら、アギトに変身しても、やられてしまうだろう。真魚は焦った。

翔一が死ぬかもしれない。

急に怖くなった。

(翔一君が助かるには・・。)

(早くしないと・・。)

(場所が、場所が私の能力で分かれば・・。)

真魚は、この時ばかりは、自分の能力に頼ろうと思った。

目を閉じ、心を集中させる。

(お願い、翔一君がどこにいるか、見せて・・。)

ぼやけた、景色が、真魚の頭をよぎった。

(ここ、知ってる・・。近い・・。)

(とりあえず、葦原さんに連絡しなきゃ・・・。)

真魚は涼の家に電話をかけた。

涼は出ない。

(多分、葦原さんも奴らと闘っている・・。)

そう、思った。そうであって欲しいと思った。

(お願い、無事でいて。)

真魚は自転車に飛び乗り、頭で見えたビジョンの場所を目指した。息を切らせて、全速力で自転車をこいだ。

その場所についた。

案の定、翔一は、アギトに変身してはいるが、いつものキレはなく、アンノウンンおされている。アギトがよろめいた瞬間、アンノウンの容赦ない攻撃・・。それが大きかった。変身が解け、翔一に戻っていた。

「翔一君。」

真魚は、翔一のところまで駆け寄った。

そして、涼も真魚の思った通り、その場到着した。ほぼ、真魚と同じくらいに着いたのだろう。

「葦原さん。」

真魚の声に気付いた涼は、

「君は救急車を呼べ。津上は俺が助ける。」

「はい。」

真魚は、携帯電話を取り出し、震える手で、番号を押していった。

「変身。」

涼は、変身ポーズをとり、ギルスに変身する。アンノウンに今とどめをさされようとする瞬間、ぐったりした翔一をギルスは抱きかかえ、真魚のいる場所に移した。

「君が着いててやるんだ。」

「はい、ありがとうございます。」

翔一はすでに気を失っていた。熱はさっきより上がっていた。

「翔一君。翔一君。」

真魚は、泣きそうな顔で翔一の名前を呼び続けた。

「あれ?真魚、ちゃん?」

微かに意識を取り戻した翔一。

「気がついたのね。」

「ごめん・・。俺・・。」

「あの、あいつは?」

「今、葦原さんが・・。」

「そっか・・。」

そう言うと、翔一はまた、フッと意識を失う。

一方、ギルスはアンノウンを追いつめ、ギルスヒールクロウでとどめをさした。アンノウンは頭から、リングを出し、爆発した。

そして、ギルスは変身を解き、涼に戻る。

「よかった。本当に、ありがとうございました。葦原さん。ほんと、何てお礼を言ったらいいか。」

暫くして、救急車が到着し、翔一は担架で運ばれ、真魚は付き添いで救急車に乗った。

「あの、葦原さん、本当に、ありがとうございました。」

「いいから、早く、行け。」

「はい。」

涼を残し救急車はサイレンを鳴らして発車する。

病院に着き、翔一は、手当てを受けた。アンノウンから受けた痛手は翔一のアギトととしての再生能力が働き、かなり回復をしており、医師は驚いた。御陰で、大事には至らずに済んだ。

翔一は、眠っていた。真魚は、ベッドの横に置いてある、イスに座り、付き添っていた。

(翔一君・・。)

今日、真魚は心から、翔一を失うことがどれほど恐ろしいことか、身にしみた。そして、これから先、翔一がアギトとして、アンノウンと闘っていくことに、大きな不安を覚える。自分は、それに耐えられるだろうか。また、このようなことがあったら、いや、もっと最悪の事態を迎える事だって・・。嫌な想像が頭をよぎる。

(翔一君に、限って、そんなこと、ない。)

その度に、真魚は、自分で否定する。

そんなことを、考えている内に、2時間くらいたった。

「あっ・・。真魚、ちゃん・・。」

「翔一君・・。気が付いたんだ。」

「ここ、どこ・・?」

「病院だよ。翔一君、熱があるのに闘って、あいつに・・。」

「そっか・・。」

「葦原さんは?」

「あいつを倒したよ。」

「良かった。」

翔一は笑った。

「何で、笑えるわけ?」

「真魚、ちゃん・・。」

「どうして、いつも、こんな風に笑えるわけ・・。私、笑えないよ。翔一君がこんなになってるのに・・。でも、どうして翔一君は笑ってるわけ?そんなの、分からない。」

真魚は、涙をポロポロ流した。自分でも何を言っているのかよく分からない。ただ、翔一に対するとりとめもない感情があとから、あとから溢れ出て、自分でも抑えられなかった。

「ごめんね。真魚ちゃん・・。俺、心配かけてばかりだね・・。」

「そうだよ。翔一君のばかっ・・。翔一君にもしものことがあったら、私・・。」

「本当に、ごめん・・。」

翔一は、珍しく泣きじゃくる真魚の頭に静かに手を触れた。

「翔一君?」

意外な翔一の行動に真魚は翔一の方をまじまじと見た。

「俺も、俺の居場所は守るつもりだよ。だから、もしものことなんてないようにしたい。だって、俺の居場所なくしたくないから。みんながいるから、そして、真魚ちゃんがいるから、俺の居場所があるんだ。だから・・。俺は、闘いたい・・。」

そう言う、翔一の目はとてもまっすぐで、真魚は信じられる、信じたいと思った。

「俺が嘘、ついたこと、あった?」

真魚は首を横に振った。

「でもね、翔一君がいなくなったら私も居場所がなくなちゃうんだよ。それだけ、それだけは、忘れないで・・。」

真魚も、また、翔一と同じく、家族を全てなくした一人だった。だから、翔一の明るさが、真魚の大きな支えになっていって、次第に翔一いてこそ、自分がいるとさえ、思えるようになっていったのだ。

「うん。約束。」

そう言って、翔一は真魚の涙を手で拭った。