瞬が日本を旅立つことになった。
瞬は、東京のCG関係の芸術大学に入学した後、アメリカ留学をかかった、国際的なCGのコンクールに見事、入賞し、本格的にアメリカのCG関係の大学への留学が決まった。
そのみく、健太、耕一郎、千里は、その朗報を聞き、瞬には、内緒で祝賀会を開くことにした。
四人は祝賀会の計画を立てる為に、お台場の喫茶店に集まった。
しかし、その時、千里は、気付いていた。みくの様子がおかしいということに。
話し合いの時は、真っ先に喋りまくるみくが全く喋らず、下を向いたまま、たまに相づちを打つだけだった。
取りあえず、日取りと場所が決まり、四人が別れる時だった。
千里がみくを引き止めた。
「みく。」
みくは千里の声に振り向いた。
「久しぶりに会ったんだからさ、もうちょっと付き合わない?私、美味しいケーキの店見つけたんだ。おごるからさ。」
みくは、黙ったまま、頷いた。
「決定。」
それから、みくと千里は、最近できた、カントリー調の内装をした喫茶店付きのケーキ屋に入った。
「好きなケーキ、頼んでいいよ。」
みくは、苺のショートケーキを指差した。
「一つでいいの?」
千里の問に頷くみく。
それから、注文をとりに来たウエイトレスに千里がショートケーキと、マロンケーキと紅茶二つを注文した。
「ここの店のケーキって、すっごくおいしいんだよ。」
「そう、なんだ・・・。」
いつもなら、ケーキをおごるなどといったら、二つも三つも嬉々として注文した挙げ句、早く来ないか、来ないかと騒がしいのに、その日はあまりに静かすぎた。
(あのことだな・・。)
千里は思った。しかし、らしくないとはとても言えなかった。自分とて、みくの立場になってしまったら、どうだろう。そう考えると、そんなことを言うべきではないと、千里は考えた。
「みく・・。」
いざ、みくに何か言おうとすると、千里自身もなかなか言葉が出てこない。
千里が言葉を続ける前に、重々しく口を開いたのはみくだった。
「千里、私、嫌な奴、だよね・・。」
「みく・・。」
「瞬のこと、すっごく、応援してたつもり、だったのに・・・。本当につもりだけ、だったのかなぁ・・。」
千里は、どんな言葉を返せばよいか分からない。でも、みくの言うことを聞こう、それが、自分の親友としての役目なのではなかろうか、そう思った。
そして、千里は、黙ってみくの言葉に耳を傾けた。
「今は、瞬が夢が叶ったのに、何かとっても悲しい。どうして?私って最低なのかなぁ。」
次第に、自分を責める言葉が増えていくみくがあまりに痛々しく感じてしまい、千里は口を開いた。
「みく、それは、違う。違うよ。」
「どうして?私、心の底では、瞬が夢を叶えることを嫌がってる。最低・・。」
「みくはさ、瞬がいなくなるのが、寂しいんだよね。でもさ、それは、最低なことじゃないと思うよ。だって、瞬がいなくなって、寂しいっていうみくと、瞬の夢を一生懸命応援してい、みくがいることも事実だと思うんだ。」
「でも・・・。」
「みくがさ、最低っていう気持ちになるのはさ、瞬を応援してるからじゃないの?」
「えっ・・?」
みくは思わず顔を上げた。
「もし、みくが瞬のこと、本当に応援してなかったらさ、寂しいって思うだけで、そんな気持ちにはならない筈だよ。」
「千里・・。」
みくは千里の顔をまじまじと見た。そんな、みくに笑ってみせる千里。
「そう、かな・・・。」
「そうだよ。だからさ、みくは頑張ってるから、ちょっとくらい、寂しいって泣いたっていいと、私は思う。その後は、やっぱり、笑顔で送り出すのが、一番だけどさ。」
「千里・・・。」
みくの目からじわじわと涙が込み上げてくる。そして、みくは、クシュン、クシュンと鼻を鳴らし始めている。ずっと我慢していたものが、千里に一言で、どんどんと外に出てくるのが分かる。
「私、寂しいよ〜。すっごく寂しいよ〜。」
みくが泣き始める。
「よし、よし。」
千里は、みくの頭を撫でてやる。そして、改めて、思った。みくは、瞬のことを考えて頑張っていたのだということを。そして、自分もいつかは、海外でボランティアをしたいという、耕一郎をみくのように、送り出さなければならない時が来る。思わず、千里は、みくを自分に置き換えた。
「みく、頑張ろうね。」
そう言って、千里はみくに、ハンカチを手渡す。
「うん。」
そして、みくはハンカチでゴシゴシと涙を拭いた。
それから、間もなく、注文した、ショートケーキとモンブランケーキと紅茶が運ばれてきた。
「千里、もう一個、食べて、いい・・?」
少し、そう言って、少し照れくさそうににみくは千里を見た。
「いいよ。今日は私のおごり。」
「やった〜。」
(いつものみくに戻ったな。)
千里は思った。
それから、みくが二つ目のケーキを注文し、あっという間に食べてしまったのは言うまでも。
「あと〜、これとこれも食べたいなっ。」
「みく、調子に乗りすぎ。」
そんな口を叩く千里だが、内心、みくが、いつものみくに戻り、安心していた。