元諸星学園高校デジタル研究部の四人は、その日、瞬のアメリカへの留学の祝賀会兼送別会の準備で大忙しだった。

四人は、耕一郎の家に集まり料理の支度、部屋の飾り付けをしていた。

そして、みくも、今度は、張り切っており、慣れない手つきで、ケーキのクリームを泡立てていた。

「私、絶対おいしいケーキ、作ってみせるね。」

あまりに張り切りすぎて、泡立て器を振り回し、周囲の三人にクリームが飛び散りまくってはいたが。

「ほら、みく、散って。散ってる。」

千里がハンカチで顔のクリームを吹きながら言う。

「おい、今日のみく、やけに張り切ってるな。」

「だな・・。」

不思議そうな顔つきで、健太と耕一郎がささやき合っている。

「おい、千里、お前、何か知ってるのか?みく、瞬と何かあったのか?」

耕一郎にそう訊ねられると、千里は誤魔化し笑いを浮かべる。

「うっ、うん、どうしてだろーね。」

それから、四人は何とか準備を終えた。

あとは、瞬が耕一郎宅に訪れるのを待つばかりであった。彼らは、瞬には空港に行く数時間前に、荷物の支度を済ませたら、迎えに来るようにと言っただけで、祝賀会のことなど、言っていなかった。そして、そのまま、四人で瞬を空港に送り出す手筈となっていた。

「もうちょっとで瞬が来るね。」

みくがそわそわし始めた。そして、いざ、時間が経てば経つほど、みくの表情は不安になってきた。笑顔で瞬を送り出す事ができるだろうか、不安だったのだ。

「みく、頑張れ。」

千里は小声でみくを励ます。

「うっ、うん。」

みくは、正座して、拳をギュッと握り締めた。

ピンポーン。

呼び鈴がなる。

「よし、俺が出てくるからな。」

そう言って耕一郎が部屋を出て行く。

千里に励まされたものの、みくの表情はさらに不安そうであった。握り拳に力が入る。

「力、抜いて。大丈夫だよ。」

千里がみくの耳元で囁く。

それから・・・。

「おい、クラッカー、クラッカー。」

健太が小声で言いながら、みくと千里にクラッカーを手渡す。

二人の話し声と足音が聞こえてくる。

「いくぞ。」

健太の声に思わず、唾を飲む、みく。

「せーの。」

パン!パン!パン!

瞬が部屋に入ってくるなり、クラッカーの音が三連発。それから、後ろからも。

パンッ!

耕一郎もクラッカーをポケットに隠し持っていた。

「おめでとー!」

四人の声。中でも一際大きい声がみくだった。千里はみくにウインクしてみせる。みくは、満足気に頷いてみせた。

「お前ら・・・。」

瞬は唖然としてた。

「おい、誰か説明しろよ。」

健太が急かす。

「そっ、そうだな。じゃあ、デジ研の元部長の俺が。」

耕一郎が咳払いをした。

千里が耕一郎に首を振って合図した。

そして・・。

「みく。」

「うっ、うん。」

みくは、少し恥ずかしそうに、頭に手をやって、瞬の前に出た。

「瞬、おめでとう。留学の夢、叶ったね。今日はね、みんなで、瞬の、お祝い。」

「そうだったのか・・。」

続いてみく以外の三人が頷いた。

「ありがとな。」

照れくさそうに、瞬が言った。

そして、その言葉を機に宴が始まる。

宴は盛り上がり、時間はあっという間に過ぎていった。

いざ、あと三十分で空港へ出発するという時である。みくの顔が曇りはじめているのを千里は見て取った。

「みく。」

ひじで、みくをつつき、千里は笑ってみせる。みくははっとして、笑顔を取り戻そうとする。そんな友人の気持ち、切なさが痛いほど、千里には伝わって来る。

「みく・・。」

それから、ついに宴はお開きとなった。

そして、春休みに、車の免許を取った、健太の運転で、健太の父親の車で空港に向かうことになった。

「おい、健太、お前、ほんとに大丈夫なのか・・。」

耕一郎と瞬がからかうように、不安の声を漏らす。

「何言ってるんだよ。この俺のテクニックが信用できないのかよ。」

「ああ。」

二人が口を揃えて言った。

「とにかく、早く乗れよ。」

むくれ面の健太が言った。

何だかんだ言いながら車に乗りこむ四人。

「よっしゃ、出発!」

「みんな、シートベルトはしっかり締めるんだぞ。何が起るか分からないからな。」

耕一郎が言った。

「ちぇっ。行くぞ。」

ぶちぶち言いながら、健太はアクセルを踏む。初心者マークを貼り付けた車は、一路、空港へ向かった。

何だかんだ言いながらも、彼らは無事、羽田に到着した。

そして、瞬は手続きを済ませ、いよいよという時になった。

「瞬、がんばれよ。」

「ああ。」

「土産、よろしくな。」

「やだ・・。」

「がんばって。」

「ああ。」

それぞれの会話を交わすなか、みくは、そわそわしながらも、何を口にすればいいのか、そして、口を開いた途端、泣き出してしまう自分を恐れていた。

「泣いたっていいんだよ。」

千里がみくの耳元で囁いた。

「ねぇ、私達は、そろそろ行こっか。」

何言い出すんだよと言うような顔している、耕一郎と健太を引っ張るようにして、千里は、その場を離れていく。

そして、その場に、瞬とみくだけが取り残された。

「どうしたんだ?あいつら・・。」

急に三人の姿がなくなったので、瞬は不思議そうな顔をした。

みくは深呼吸をした。

「瞬・・。」

口を開いた瞬間、やはり、涙を止めることができなかった。

「みく・・。」

「ごめんね・・。瞬の夢が叶ったのに、泣いたりして・・。ごめんねぇ・・。」

泣きじゃくりながらもみくは必死で言葉を繋げようとした。

「でもね、私、すっごく嬉しいんだよ。瞬の夢が叶って。だって、ずっと、ずっと思ってた。瞬の夢が叶えばいいなって。でもね、瞬がいなくなっちゃうと思っちゃうと、やっぱり寂しい。ほんと、私、駄目だよね・・。」

「みく・・。」

瞬はみくをじっと見た。みくの気持ちが嬉しかった。みくが可愛いと思った。初めて気付く、自分の明確なまでの思い。しかし何を言えばいいのか、分からず、二人の間に沈黙が走る。空港の人のざわめきも、二人の耳には入らなかった。二人の空間だけに静けさが漂う。

「みく・・。」

ただ、みくの名前を口にするだけの瞬。こんなにみくに何を答えれば良いのだろう。湧き起こる気持ちが多すぎて・・。

今度は瞬が深呼吸をした。

「みく、あり、がとな・・。俺、みくが喜んでくれるのも、寂しがってくれるのも、どっちも、嬉しいんだ。」

「瞬・・。」

みくは、涙目を瞬に向けた。思わず、その顔にドキリとしてしまう、瞬。

「瞬、あのさ、メールアドレス、教えてよ。瞬のパソコンの。私、パソコンのメールとか苦手だけど、瞬にメール送る。毎日送る。私ね、春休みの間頑張ってパソコン教室通ったんだよ。だから、大丈夫。」

「だったら、俺もみくに毎日メール送るから・・。」

少し恥ずかしそうに瞬は言った。

「うん。」

みくは頷き、満面の笑顔を見せる。

「俺さ、あっち行ったらメールアドレス決まるから、今、みくの、メールアドレス教えてもらえるか。」

「うん。そのつもりでメモってきてる。」

そう言って、みくは、折り曲げた便箋を瞬に手渡した。

「そうか。」

「うん。」

「そろそろ、だな・・。」

瞬は腕時計に目をやった。そして、瞬自身も実感が強くなる。みくが好きだという気持ち。いざ離れれば、離れるほど、強くなる、感情。

「そう、だね・・。」

しかし、その時のみくの顔はもう泣いてはいなかった。今、やっと、自分の気持ちを瞬に伝える事ができ、そして、例え離れても、瞬との絆に確信を持っていたから。

「じゃあ、俺、行くから。」

そう言って、瞬はみくに背を向けた。そして、瞬は真っ直ぐ歩き出した。

「瞬!」

みくが叫んだ。

みくの声に、再び瞬は足を止め、みくの方を振り向いた。

「がんばれっ!」

みくの叫び声は周囲の人間が思わず振り向くほど大きな声であった。

「ああ。」

瞬は、みくに笑ってみせた。

そして、瞬は再び、背を向け、歩き始めた。しかし、その背中にみくは、温かさと今までにない安心を覚えたのであった。

「瞬、がんばれ・・。」

もう一度、みくは小さく呟いた。

少しして、千里が耕一郎と健太を引き連れて戻ってきた。

「あれっ、みんな、どこ行ってたの?」

「うん、ちょっとね・・。」

「おい、千里、瞬、行っちまったじゃねーか。」

健太が不満そうに言った。

「そっ、そうだね。」

それから千里はみくに小声で言った。

「やったじゃん。」

やりとりを見てはいなくても、千里には分かった。みくが瞬に対して納得のいく答えを出した事は。みくの、曇りのない眼差しを見れば。

「うんっ。」

みくは笑顔で答えた。