夕暮れがかった河原、二人の少年と一人の少女が遊んでいた。
「光太郎お兄ちゃん、信彦お兄ちゃん。ずっと、ずっと三人で暮らしたいなぁ。」
愛らしく天真爛漫な少女のあまりに無垢すぎる願いに二人の少年は苦笑する。二人の少年の様子を見た少女は、悲しそうな顔をして、こう言った。
「駄目、かなぁ・・。」
「駄目じゃないさ。」
少女の悲しげな顔を察して慌てて二人の少年は口を揃えて言った。
「そうよね。杏子、信じていいよね。光太郎お兄ちゃんも、信彦お兄ちゃんも。」
「うん。僕達、ずっと一緒だよな。」
「誓おう。ずっと三人一緒だ。」
そう言って、三人はお互いの手を重ねた。
そして、二人の少年と一人の少女はお互い笑いあった。
「シャドームーン様、如何なされましたか?」
ゴルゴムのアジト、そして、ここはシャドームーンの玉座だった。
大怪人バラオムは不思議そうにシャドームーンを見た。
「夢を見ていた。」
相変わらず抑揚のない声でシャドームーンは答えた。
「夢、ですか・・。」
「そうだ。下らぬ夢だ。」
シャドームーンはこれ以上、この話題に触れるなと言わんばかりに、話を切り替えた。
「それより、バラオム、私の指定する場所に南光太郎をおびき寄せ。今回は私、自らが出向き奴と対峙したい。」
「シャドームーン様、自ら、でございますか?」
「そうだ。すぐに手筈を整えろ。」
「はっ。」
バラオムは恭しく一礼し、行動に出るべく、その場を立ち去った。
残された、ビシュムとダロムは不思議そうに顔を見合わせた。
「シャドームーン様御自らお出ましとはどういうことで?」
「仮面ライダーブラックの力をこの肌で感じてみたくなったのだ。」
正直、今立ち去ったバラオムもダロムもビシュムも分からなかった。何故、シャドームーンが急に仮面ライダーブラックと対峙したいと言い出したのか。その前に、シャドームーンが見た夢も。ひょっとしてシャドームーンは完全なるゴルゴムの王者になりきれていないのではないのか。まだ人間、秋月信彦の心が残っているのではないのか。そういった不安を感じていた。しかし、今は目の前の王者を信じなければならなかった。信じて仕えることが自分達の使命だと彼らは理解していたのだから。
一方、南光太郎はいつものように、杏子が働く喫茶店で、克美と杏子と平和な時間を過ごしていた。
「やっぱ杏子ちゃんの入れるコーヒーは美味しいわね。」
「うん、うん。杏子ちゃんならいいお嫁さんになれるよ。」
満面の笑顔浮かべ、克美に同調する、光太郎。
「やだなぁ。二人とも、照れちゃうじゃない。」
杏子は少し恥ずかしそうに笑う。光太郎の口から”お嫁さん”という単語が出たことがどうしようもなく心をくすぐったいような気持ちにさせられていたからである。思わず、タキシードを着た光太郎を思い浮かべている自分がいることに気付き、顔が熱くなった。
「杏子ちゃん、顔、赤いわよ。」
からかうように克美が言った。
「そ、そんなことないわよ。克美さん。」
笑いながらも必死で否定する。光太郎の顔をそらしながら。光太郎は少し不思議そうな目で杏子を見ていたが、それでも顔は笑っていた。
そんな穏やかな一時。
急に光太郎の表情が険しくなった。
二人は光太郎の表情の変化にすぐに気付いた。光太郎は嗅覚、視覚、感覚、聴覚、どれにおいても普通の人間を異常なまでに上回っていたので、二人の気付かぬ変化も察知できることを杏子と克美は知っていた。
「光太郎さん?」
「静かに・・。」
「二人とも隠れてて。」
光太郎は杏子と克美を店の奥にいくように、言い、自分は店の表にその気配を追って出て行く。
「出てこい。バラオム。」
光太郎の声に牙を剥き出しにした、青い色の獣人のような生物が姿を現す。そう、シャドームーン直属の幹部怪人である、大怪人バラオムである。
「今日の日が落ちる刻、この場所へ来い。」
そう言って、手を振りかざし、ここからそう遠くない河原の映像を映し出す。それは、シャドームーンの夢の中に出て来た、二人の少年と一人の少女が遊んでいた場所によく似ていた。そして、光太郎自身も馴染み深く、思い出の場所であったのだ。光太郎は何故、ゴルゴムがこの場所を指定したのかは分からない。ゴルゴムというより、シャドームーン、秋月信彦であろう、そう光太郎は考えたが、これが罠ではないかとも疑っていた。。
「お前が来なければ、この町がどうなるか、分かっているだろうな。」
そう言い残し、バラオムは消えた。
「おのれ、ゴルゴムめ、今度は何を企んでいるんだ。」
怒りに震え、光太郎は拳を握り締める。
「光太郎さん。」
光太郎のさらに険しくなった顔を杏子と克美は察知した。
「ゴルゴム、なのね・・。」
「ああ。」
「行くの?」
杏子は不安げな顔で光太郎に尋ねた。
「ああ。僕は行かなければならない。」
「駄目よ。罠に決まっているわ。」
「分かっている。しかし、行かなければ、今度は奴等、この町に何をするか分からないんだ。」
そう言い残し、光太郎は喫茶店を出た。少しでも早くここを出なければ、杏子と克美にまで迷惑がかかる。そう思ったからであった。
「光太郎さん・・。」
「克美さん、見たわ。私さっき、あの化け物が映し出していた、河原。あそこはね、昔、光太郎さんとお兄ちゃんと三人でよく遊んだ河原よ。私達にとって特別な場所なの。私も行くわ。」
「駄目よ。」
克美は、杏子の肩を掴んだ。
「あの河原は・・。」
杏子は肩を震わせて克美の制止を振り切り、喫茶店を走って出て行く。克美も杏子を追った。
太陽がオレンジ色に染まり、輝いた。これが、その日の最後の輝きであろうという時、南光太郎は、思い出の河原に立ち尽くしていた。何が起こってもすぐに対応できるように、五感を、河原のすみずみまで配っていた。そうしながらも、光太郎は思い出していた。幼き頃、この河原で遊んだことを、いつまでも三人一緒だと誓いあったことを。
「信彦、お前は忘れてしまったのか・・。」
光太郎は、一人呟く。
「南光太郎、いや、ブラックサン。」
聞き覚えのある声だった。
機械的に歩み寄る音が聞こえてくる。銀色の肢体に輝くエメラルドの瞳。
「信彦。」
姿を現したのは、新たなる怪人でもなく、大怪人でもなく、シャドームーン一人のようであった。
「変身しろ。」
低く、そして、力強く、シャドームーンはそう言った。しかし、光太郎は変身しない。ただ、立ち尽くしたまま、シャドームーンを見据えた。
「何故、変身しない。俺は貴様を抹殺する気でいるのだぞ。」
「お前にそんなことはできない。できる筈がないんだ。信彦。俺には分かる。」
光太郎も迷いのない口調でそう言った。
「おめでたいな。貴様という奴は。何故、そう思える。」
「それは、お前が僕を呼び出すのに、この河原を選んだからだ。ここがどいう場所であるか覚えているだろう。」
「忘れたな。」
シャドームーンはさらに声を低くしてそう答えた。それが、光太郎には何か、誤魔化すような口調に聞こえた。
「そんな筈はない。お前は・・。」
光太郎の言葉を遮り、シャドームーンは、サタンサーベルを光太郎に突きつけた。
「黙れ。俺は貴様を抹殺し、キングストーンを奪う者であることを忘れたのか。」
「これでも変身しないというのか。ブラックサン。俺は本気だ。」
そう言って、サタンサーベルの切っ先を更に光太郎に近づけた。
「やめて、お兄ちゃん。」
不意に向こうから聞こえる女性の声に光太郎は振り向く。
「杏子ちゃん。何故、来たんだ。」
「だって、ここは、私達にとって特別な場所なのよ。」
「だからやめて、お兄ちゃん。」
その声は切実だった。杏子はこの言葉を静かに繰り返し、近くに歩み寄った。
「お兄ちゃんは覚えている筈よ。この場所を。私たち三人にとって特別な場所だった筈よ。いいえ、今も・・。」
その言葉に、シャドームーンが光太郎に突きつけたサタンサーベルが僅かに動いた。それは、シャドームーン、秋月信彦の僅かな心の動きだということを光太郎も杏子も感づいた。
「黙れ。」
シャドームーンは何かの感情を隠すように、そう言った。
「杏子ちゃんの言う通りだ。ここは僕達の誓いの場所だ。」
「私たち、誓ったのよ。三人はずっと一緒だって。お兄ちゃんもそれを覚えていたから、光太郎さんをここに呼び寄せたんじゃないの?」
「黙れ!」
さらにきつい口調でシャドームーンが一喝し、腕を真っ直、伸ばし、サタンサーベルを光太郎の鼻先すれすれまで近づける。しかし、光太郎は動じなかった。彼には分かっていたから。杏子の、光太郎の言葉に動じているのはシャドームーン、いや、秋月信彦であることを。そして、この思い出の河原を選んだのも、シャドームーン、秋月信彦自身であったから。
「お願い。お兄ちゃん。」
「信彦。僕はお前を信じている。」
光太郎はサタンサーベルを間近に突きつけられているにも関わらず、はっきりとした口調で、そして、まっすぐ、迷いのない目で、シャドームーン、秋月信彦を見て言った。
「本当に、おめでたい奴だ。」
シャドームーンはゆっくりとサタンサーベルを降ろした。
「貴様のような奴と今闘っても、面白くはない。しかし、覚悟しておけ。ブラックサン。お前の最期は近いことに変わりはないのだ。」
そう、言い残すと、シャドームーンは消えた。
それを見届けた、光太郎と杏子はお互い、頷いた。二人は、確信した。秋月信彦は生きているということを。チャンスはまだあるということを。
そして、南光太郎は誓った。何があっても秋月信彦をゴルゴムから救い出そうと。この思い出の河原での幼き日の誓いにかけても。