入学式。

俺は、空手の推薦入学だった。

大学は、いわゆる金持ち大学で、普通は、俺が通う事など叶う筈もない、お坊ちゃん、お嬢ちゃんの大学だった。

俺は、昨年の夏、どこでもいい、大学に入り、空手で名を挙げ、最終的に良い企業に入れれば、と、最後のインターハイに賭けていた。これで優勝さえすれば、俺は、授業料無料で大学に行けるという、願ってもない特典が目の前をちらついていたのだ。俺は、全試合、死にもの狂いで勝ち進んだ。

そして、念願の優勝。

俺は、望み通り、授業料、入学金無料、挙げ句に寮まで用意されるといった優遇措置でこの大学に入学した。

校門をくぐると、目の前に立ちはだかる、”金”と”権力”の象徴のような西洋風の建物。

周りは、いかにも育ちの良さそうな、連中。そして、どこぞのお偉いさんの父母。どれもこれも、俺の住む世界とは全く違っていた。

俺は、思わず、は本当に自分の居場所なのかと疑った。しかし、すぐ、自分に言い聞かせて見せる。とりあえず、俺は、この門をくぐったのだと。

”後は、自分次第・・・。”

そんな時だった。一人の、これもまた、いかにも、ぬくぬくと育ってきましたと言わんばかりの男が俺に声を掛けてきた。

「あのさ、滝沢、直人、君、だよね。」

「そうだけど?」

「俺、覚えてる?」

男は人懐っこい笑顔を俺に向けた。

「どこかで、会った?」

俺は、覚めた声で言う。

男は、俺に会ったという。

俺は、この男の顔を見ている気がした

どこで・・・?

俺は、記憶の糸を手繰り寄せた。

その糸は・・・。

昨年のインターハイの決勝戦。

「ひどいなぁ。俺だよ。去年の夏、決勝戦で当たったじゃない。インターハイのさ。」

”浅見竜也”

男はそう、名乗った。

正直、当時の俺は、ただ、目の前の推薦入学という餌に食らいついている状態で、決勝戦の相手がどこの誰であろうが、知った事ではなかった。

要は、目の前の敵を倒す事が肝心。

「でも俺、すっげー、嬉しい。こんな所で会えるなんてさ。あっ、直人って呼んでいい?」

「お好きにどうぞ。」

俺がそう言うと、浅見はさらに嬉しそうな笑顔を見せる。

「直人はさ、やっぱり空手部入るんだろ。」

「ああ、一応、空手の推薦でここ来てるからな。」

「そっかー。そうだよな。お前みたいな強い奴だったらどこの大学でも欲しがるもんなぁ。」

奴は目を輝かせて言った。

「俺さぁ。実は忘れられなかったんだよね。あの決勝戦。俺さ、お前ともう一度試合したかった。だから、今日お前見かけた時、まじで嬉しかった。」

浅見は一方的に喋る。

空手のこと。空手で食べていくという夢の事。

「やっぱりさ、好きなことして生きるのが一番だろっ。」

そう言って、俺に笑いかける、浅見。

浅見は、あまりに、非現実的なくらい、曇ってはいなかった。

”金”と”生活”という現実と背中合わせにして生きることしかできなかった、これから先でもそうであろうという、俺にとってはあまりに非現実的な、御伽話だった。

俺にとっては、空手すらも、生きる為の道具に過ぎなかったから。

暫くして、浅見は、喋るのを止め、不意に自分の腕時計を見た。

「やべっ。入学式始まるっ。急がないとっ。いくぞっ。直人っ。」

そして、後から聞いた話によると、このお気楽そうな男こそが、日本でもトップクラスの企業である、浅見グループの御曹司である、浅見竜也だったのである。

これが、二度目の、俺と、浅見の接点だった。そして、その接点は、暫く、続く事になる。

俺が、大学を中退するまでは・・・。

そして、この時からだろうか。俺の中の権力に対する野心が徐々に成長していくことにもなる。