「翔一君。」

聞きなれた、声に菜園の手入れをしていた翔一は手を止めて振り向いた。

「真魚ちゃん。おかえり。」

「ただいま。」

真魚はしゃがんで、翔一と並ぶ。

「今度は何、作ってるの?」

「翔一スペシャルなすび。」

「翔一君のはなんでもスペシャルだもんね。」

言って、真魚は微笑む。

「何かなすび料理とかいいなぁとか思ってさ。真魚ちゃん、嫌い?」

「ううん。好きだよ。ほら、なすびのミートスパゲティーとか、美味しいよね。」

「よし、真魚ちゃんのリクエスト、覚えとくよ。翔一スペシャルなすのミートスパゲティー、楽しみにしててよね。」

翔一は、あどけなく笑った。その笑顔を見る度に真魚は翔一がどうしても年上に見えない。だから、つい、20歳を越えた翔一を「翔一君」と呼んでしまうのである。翔一が、あまりにも純真に笑いすぎるから。しかし、真魚はそんな翔一だからこそ、いっしょにいって楽しいし、そんな翔一が好きなのである。

「期待してるよ。翔一君。」

「やっぱその呼び方、直らない?」

「直らない。翔一君は翔一君でしょ。」

言って真魚はクスリと笑った。

「まぁ、いっか。」

「ねぇ、翔一君。今度の日曜日って暇?」

「うん、暇だけど。」

「あのさ、友達が遊園地のペアチケットでくれたんだけど、行かない?」

「遊園地かぁ。いいなぁ。俺、遊園地って大好き。」

翔一は子どものように無邪気に笑った。

「いいなぁ。真魚ちゃんに、先生に、太一。みんなで行くと楽しそうだよね。」

「は?」

一瞬、真魚は訝しげな顔になった。それもそのはずである。真魚は翔一と二人で遊園地へ行こうと思っていたのだから。しかし、当の本人は家族で行くと勘違いしているのである。

(しまった。翔一君ってこういう奴だったんだよ、ね・・。)

「はぁぁ・・。」

思わず溜め息を吐く真魚。

「あの、さ、翔一君。ペアチケットって言ったの、聞いてなかった?」

「ペアチケット?そうなんだ。」

(うわ、鈍っ。)

「だったら、先生と太一の分はあっちで買わないといけないんだ。」

翔一はあっけらかんとして、的外れな返答をする。

あまりに、鈍い翔一に真魚は呆れ返る。こういう人間だとは知ってはいたのだが・・。

ひとつ息をついてから。

「翔一君、おじさんと太一のことは今は置いといてさ。翔一君は、遊園地、行きたいわけ?」

「うん、行きたい。」

「だから、あのね・・。その・・。」

翔一はニコニコスマイルで真魚の言うことを聞いていた。

(こいつはここまで言わす気かぁ〜!!)

いい加減、馬鹿らしくなる真魚。

「もう、いいっ。」

真魚はついに切れてしまって家の中にバタバタと入っていった。

翔一は、ことの真相が未だに把握できずにきょとんとしている。

「真魚ちゃん、どうして怒ったんだろ・・。」

一方、真魚の方は・・。

「はぁぁぁ・・。最悪・・。」

自分の部屋の机に座り込んで溜め息を吐いていた。翔一がこういう人間だということを分かってるのに、つい、怒ってしまう自分に呆れてしまう。そして、あまりにも純真すぎる翔一に、時折感じる苛立ちに苛まれていた。

(分かってたんだけどね・・。)

真魚はペアチケットを取り出して眺めていた。

(結局、渡しそびれちゃったな・・。)

捨てようとも思ったが、それもできずに、机の上に放り投げた。

そして、ベッドに横たわる。

少ししてから・・。

コンコン。

「真魚ちゃん。」

翔一が呼んでいる。

「真魚ちゃん。いる?」

(来たか・・。でも絶対気付いてない・・。)

そう思うと返事もしたくなくなる。

「ごめん、俺、何だか真魚ちゃん、傷つけちゃったみたい。」

(今ごろ気付いたのかぁ・・。阿呆・・。)

「でもさ、俺、真魚ちゃんの悲しい顔より、笑ってる顔の方が好き。俺、真魚ちゃんの笑顔、大好きだから・・。」

その言葉に真魚は顔をあげる。”大好き”。真魚が翔一から聞きたかった、本当の言葉がそれであることに気付く。その言葉がどんなに嬉しい言葉かにも。それはまだ、自分を恋愛の対象に見ていない”好き”なのかもしれない。しかし、それでも、自分は翔一の側にいられるのだ。

(今日のところは許してやるかな・・。)

「無理にとは言わないけどさ、翔一スペシャルミックスジュース作ったんだ。良かったら、飲みにきて。」

「それ、美味しいの?」

真魚は、故意に無愛想な声を出した。

「勿論。翔一スペシャルに”まずい”の三文字は絶対ないじゃない。」

少しして・・。

真魚は台所に降りて来てみた。

それを見た翔一はパァーとした笑顔見せた。

「おっす。真魚ちゃん。」

「で、翔一君、スペシャルミックスジュース、飲ませてよ。」

「ただいま。」

翔一は、ジューサーからコップに淡いジュースを移す。

「はい、どうぞ。」

差し出されたジュースに真魚は口につける。

「美味しい。」

「そりゃあ、翔一スペシャルだからね。」

「でさ、遊園地、どうするわけ?」

「勿論、行きたいっ。」

翔一は無邪気に答えた。

「でもさ、真魚ちゃん、俺のこと、怒ってたけど、もういいの?」

「ああ、考えるだけ馬鹿らしくなっちゃって?」

「へっ?考える?」

「翔一君は気にしないで。ごめんねっ。」

「良かったぁ。真魚ちゃん、また笑ってる。」

(結局、気付かずしまいかぁ・・。まぁ、いっか・・。それが、翔一君だもんね。)

真魚は自分に言い聞かせるのであった。

「じゃあ、おじさんと太一にも予定聞いとかなきゃね。」

「うん。」

結局、家族で行くことになった遊園地。

(焦らない。焦らない。)

そう、自分に言い聞かせる真魚であった。