これは、サヤ達がまだ、戦士になる為の修行をしている頃である。
ギンガの森の夕刻前。
「エイッ。」
「ヤッ。」
一心不乱に剣をヒュウガに向かって振るう、サヤ。
それを、最小限の動きで的確に躱していく、ヒュウガ。剣は抜いていない。
このままでは意味がないと、判断したサヤは剣を振るう手を止め、その場に立ち尽くし、剣を持った手を下げ、大きく深呼吸すると、再び剣を両手で構え、片足を一歩下げた。
「ヤァァァァァァ!!」
高いながらも、鋭く、勇ましい声を上げながら、サヤは、持てるスピードの全てを出し切って、ヒュウガに向かっていった。
しかし・・・。
ヒュウガの目の前に来たやいなや、サヤは体のバランスを崩した。サヤは、諦めず、倒れ掛かる体を必死で支えようとしたが、その努力空しく、バタンという音を立てて、その場に倒れ伏した。その拍子で手にしていた、剣が手からすり抜け、僅かに跳ね上がり、地に落ちた。
ヒュウガが突進するサヤの足を軽く引っかけたのである。
「クッ。」
サヤは、片膝を地につけ、悔しそうに唇を噛んだ。
「サヤ、気合はいいが、足元が隙だらけだな。」
サヤは無言で剣を拾い、立ちあがると、再びヒュウガ目掛けて突進する。
「ヤァァァァ!!。」
「トォッ!」
「ハァッ!」
しかし、ヒュウガは風を躱すように無理無駄のない動きで、サヤの動きを先に読んでは躱していった。
「ハァ、ハァ・・・。」
疲労がサヤを遅い、サヤは動きを止め、肩で息をした。
ヒュウガは剣も抜く事はなく、汗一つ書かない反面、サヤは顔を汗で濡らし、疲れで息がかなり荒い。
「サヤ、俺に剣を抜かせないようでは、花の戦士としてはまだまだ力不足だ。」
ヒュウガは冷静に、そして、厳しさを含んだ口調で言った。
「ヒュウガ・・・。」
サヤは下を向いた。自分とヒュウガの力の差は歴然だった。ここまで、自分に力がないという事なのか。情けない。
サヤにとってのヒュウガは剣の実力においても、精神面、そしてそれ以外の面でも、尊敬できる人物であり、憧れの存在であった。そして、自分は、ヒュウガと同じように、アースを受け継ぐ者として、少しでもヒュウガに近付きたいと思っていた。そう、同じ選ばれし戦士として、ヒュウガに恥ずかしい思いをさせまいと、今まで、修行に打ち込んできたつもりだった。しかし、ヒュウガに剣すら抜かせることができなかった。サヤは改めて、自分の甘さを悔やむ。
”力不足”
ヒュウガの言葉がサヤの胸に突き刺さった。
情けない。
未熟な自分自身が。
「サヤ、今日は、ここまでだ。」
そう言って、ヒュウガは、サヤに背中を向け、歩き出す。
サヤは、その場に立ち尽くし、下を向いたままであった。
一人、サヤが取り残される。
サヤは、再び剣を構えた。
「ヤァッ。」
「エイッ。」
「ヤァッ。」
「エイッ。」
自分自身への怒りを剣にぶつけるように、サヤは素振りをした。
弱い自分に腹が立つ。
実力が足りない自分に腹が立つ。
強くなりたい。
ヒュウガに・・・。
”認められたい。”
ヒュウガに・・・。
”近付きたい”
サヤは、無我夢中で素振りを繰り返す。
日が暮れて、空は闇に包まれ、その闇は、満月の光に照らされる。
それでも、サヤは素振りを続けた。どのくらい時間が経ったかは、サヤにとって問題ではなかった。
”強くなるんだ”
”ヒュウガに認めてもらうんだ。”
”ヒュウガに近付くんだ。”
この言葉のみがサヤの脳裏を巡っていた。
剣を握った掌から血が滲む。しかし、サヤは、痛みなど、微塵も感じなかった。
思いが、強すぎたから。
「サヤ。」
一つの人影が、サヤの名前を呼んだ。
その声に、サヤは手を止めた。
その声は、自分のよく知っている声だったから。
その声に対する思いが強かったから。
「ヒュウガ・・・。」
サヤは剣を下に降ろすと、その場に立ち尽くす。
「まだ、ここに居たんだな。」
「今まで、ずっと素振りをしてたのか。」
サヤは、ヒュウガから顔を反らしながら頷いた。
ヒュウガの顔が険しく変化した。
二人は正面を向かい合い、対峙した。
満月の光が二人の真剣な眼差しを照らす。
二人に合図を送るかのように、森の木がにわかにざわめいた。
そしてまた、森が静けさを取り戻す。
「サヤ。」
ヒュウガが静かに、その名前を呼んだ。
そして口調を強めて言った。
「来いっ。」
「ヤァァァァァ!!。」
ヒュウガの声と同時にサヤは声を上げ、昼間のようにヒュウガに突進した。
”ヒュウガ”
サヤの視覚にはもはやヒュウガしか映らなかった。
森の木々も、草も、今のサヤには映らなかった。
”ヒュウガ”
ヒュウガが昼間のように足を出す。
しかし、ここからは、昼間のサヤの動きとは違った。
サヤは、両足で飛び、ヒュウガの足を躱した。
満月の光があるとはいえ、暗闇で、相手の動きを捉えるのは、昼間よりさらに困難を極めていた。
しかし、サヤは昼間より、ずっとよくヒュウガを捉えることができていた。影ではなく、ヒュウガそのものを。
”ヒュウガ”
サヤは心の中でその名前を叫んだ。
それから、切っ先をヒュウガの肩に向けて宙を舞う。
その時だった。
ヒュウガは腰の剣を素早く抜き、サヤの剣に交差させた。
鋭い金属音が静かな森にこだまする。
そのまま、サヤはバランスを崩し、地に落ちた。
「クッ。」
サヤは唇を噛んだ。
しかし、ヒュウガはそんなサヤに手を差し出した。
そして、優しい声で言った。
「よくやったな。」
「ヒュウガ・・・。」
サヤは座り込んだまま、ポカンとしていた。また、厳しい言葉が投げかけられると思ったのだ。
「サヤ、俺の手を見てみろ・・・。」
「あ・・・。」
その手には、今まで抜かれた事のない剣が握られていた。
「よく学習したな。」
言うと、ヒュウガはその場にしゃがみ、サヤの手を取り、血まみれの掌に、自分の袖を千切った布切れを静かに巻いてやる。
「ヒュウガ・・・。ごめん・・・。私、ヒュウガに比べたら、全然弱くて・・・。でも・・・。」
たくさんの思いが溢れ出る。しかし、サヤはそれをうまく口に出せなかった。
「ああ、お前はまだまだ強くなれるよ。」
「ヒュウガ・・・。」
それから・・・。
「サヤ、帰るぞ。」
「う、うん・・・。」
ヒュウガが歩き出し、今度はサヤもそれに続いた。
サヤはヒュウガの後ろを歩きながら、ヒュウガの背中を見た。
それを目にすると、サヤの思いは更に強くなった。
(私は強くなる。この背中と並ぶ為に・・・。)