(イヴの約束)

ネジレンジャーを倒した、イヴの夜。

遅すぎるクリスマスパーティーも終り、戦いの疲れからか、健太、みく、瞬、千里、祐作は、デジタル研究部の部室でそれぞれ、テーブルに伏せって眠りこけていた。

みくなどは頬にケーキのクリームをつけたまま、幸せそうになにやら寝言を言っている。

唯一、起きていたのは、耕一郎だった。耕一郎は、空いている机を利用し、第一志望の大学の過去問を解いていた。

(今日くらい休んでもいいんだろうな・・・。)

などと思いながらも、ついつい、勉強してしまう自分の融通の利かなさに思わず一人で苦笑した。そして、”今日くらい”などと思う自分自身にも、耕一郎は少々驚いていた。そのくらい、戦いの後、皆で騒ぎ、そして疲れて静まるという空気は、いつもの耕一郎の緊張感さえ、消し去ってしまうものであった。

耕一郎は、握っていたシャープペンシルを机の上に置き、それを指で転がした。

まだ、敵は完全に、倒したとはいえない。だが、ネジレンジャーを倒したことで、ゴールが見えつつあることも確かではあった。

「イカン、イカン、まだ、ネジレジアも倒していない。そして、受験も終ってはいないんだ。」

耕一郎は、自分の頬を両手で2、3度張った。

「よし、勉強、勉強。」

一人呟きながら耕一郎は、シャープペンシルを握り直した。

その時だった。

「耕一郎、まだ起きてたの・・・。」

後ろから声がした。

千里だった。

耕一郎は千里の方を振り向いた。

「まぁな。」

「ていうかさぁ、耕一郎、それは抜け駆けだよ。」

千里は耕一郎の解いている問題集を見て言った。

「何が抜け駆けだ。俺はいつも通り勉強しているだけだが。」

「ずるいなぁ。」

「何だったら、お前もするか。勉強。」

耕一郎は言いながら、問題集を抱げてみせた。

「イヴの夜に部室で受験勉強か。受験生らしいっちゃあ、らしいね。よしっ、私も付き合ったげるっ。抜け駆けされるのもしゃくだしね。」

そう言って千里は、自分が座っていた、椅子を耕一郎のところに運んできた。そして、机の空いた部分にノートを広げた。

千里は耕一郎の顔に自分の顔を近付け、問題集を覗き込んだ。

千里のサラリとした髪の毛が耕一郎の頬に当たり、耕一郎は、思わず、ドキリとしする。

「ああ、この問題は去年のやつだね。」

「そっ、そうだが。」

耕一郎は、今日に限って、自分のペースを千里によって奪われていくの感じていた。隣で喋る千里の横顔がやけに気になる。

(何故俺がこんなに焦らなきゃならんのだ・・・。)

「よしっ、この問題、どっちが早く解けるか競争っ。」

千里が数学の文章題をシャープペンシルでさした。

「えっ、どれっ。」

耕一郎は、一人で焦っているうちに千里が指定した問題を見ていなかったのだ。

「あー、耕一郎君は、やる気があるのかなぁ?」

千里はからかうように言った。実際、こんな耕一郎を拝めるのは滅多にないこともあり、千里は、面白くて仕方がなかった。

「俺はいつでも真面目だ。」

耕一郎はムッとして言った。

「で、どの問題だよ。」

「仕方ないなぁ。もう一度言ったげる。」

「コレッ。」

千里は再び同じ問題をシャープペンシルで指した。

「よしっ。俺の得意分野だな。」

「ふふん。私だってこれは得意だよ。」

「じゃあ、よーい、ドンッ。」

千里の掛け声とともに、2人は問題を解き始めた。

それから、暫くして。

「できたっ。」

「俺もだ。」

どうやら、2人はほぼ、同時に解答を出したらしい。

「同時みたいね。」

「ああ。」

「でもね、あってなきゃ意味がないんだよね〜。これが。」

言いながら、千里は解答のページを開いた。

2人は、解答を目をやった。同時に赤ペンで丸がつく。

「勝負がつかなかったね。」

「ああ。」

2人は思わず顔を見合わせ、クスリと笑った。

「もう少しでさ、ネジレジアにもさ、受験にもカタがつきそうだね。何か、ゴールが見えてきたってカンジ。」

「ああ。俺は、最後までやるつもりだ。メガレンジャーも大学受験もな。」

「私もだよ。」

そして、不意に走る沈黙。

「なぁ、千里。」

少しして耕一郎が口を開いた。

「ん?」

「悪かったな・・・。その、前さ、お前がクリスマスパーティーしたいって言った時、キツイこと言ってさ・・・。」

千里は思わず吹き出した。

「なっ、何がおかしいんだっ。」

「いや、だって耕一郎、あんまりらしくないこと言うからさぁ。」

「そうか?」

「うん。」

千里はキッパリと言った。

「別にいいよ。気にしてないもん。いつものことだし。」

「そうか・・・。」

「それにさ、私、耕一郎のそういうとこが結構好きなんだっ。見てて面白いしねっ。」

「好き・・・。」

その二文字に耕一郎は反応し、顔が熱くなっていくのを感じた。

「なーに、赤くなってんのっ。」

千里は肘で耕一郎の肩を突つく。

「なっ、なってないぞっ。俺は、断じて、赤くなってなんか、ないっ。」

そういう耕一郎の言葉はぎくしゃくしていた。

「分かった、分かった。」

千里は、言いながらもクスクス笑っていた。笑いながらも、嬉しくも感じていた。耕一郎が自分に対して恋愛感情を抱いているかは別としても、少なくとも、どちらかと言えば、好意に近い感情を、耕一郎が自分に抱いているような気がして。

(イカン、イカン、自意識過剰かな。)

千里は、内心はしゃぎながらも、それを一方ではそれをセーブしようと働きかけていた。

「そうそう、耕一郎。」

「何だ?」

先程から千里に躍らされている感覚を拭い切れない耕一郎は、少々恨めしそうに千里を見た。

「これっ、着てみてよ。」

いいながら、千里は紙袋の中から、何やら取り出した。

それは、黒の布地に黄色の星の模様がついた、ちゃんちゃんこであった。

「俺にか?」

「うん。今結構、流行ってるんだよ〜。これっ。雑貨屋さんで見つけてさっ。一応、メガブラックだから黒ということで。それにクリスマスだから星。」

言いながら、千里は、耕一郎の肩にちゃんちゃんこをかけた。

「どう?中に綿入ってるから結構温かいでしょ。可愛いしね。」

「ああ。温かいな。これなら、受験勉強も夜遅くまでできそうだ。」

「でしょ、でしょ。わたしも今、はまってるんだっ。ちゃんちゃんこ。結構色々買ってたりしてね〜。」

「俺が、本当に貰っていいのか?」

耕一郎は確認をとるように言う。

しかし、何故、千里が自分にこんなものをくれるのか。その意味を耕一郎は考えようとしたが、あまりに、自意識過剰と思われる答えばかりが返って来る。

(こっ告白された訳じゃあない、しな・・・。)

「いいって。いいって。そんなに高いもんじゃないしねっ。」

千里はケロリとして言った。

そして、千里自身も何故、耕一郎にイヴの夜にプレゼントみたいなものを渡してしまったのか。千里自身も自覚に乏しく、まだあやふやな位置にいたのも言うまではない。ただ、自分が耕一郎に恋愛感情に近からず、遠からず、好意を抱いてるような気がしているのも確かではあった。

「じゃあ、ありがたく、貰っておくよ。」

耕一郎は言いながら、ちゃんちゃんこに腕を通した。

「うん。温かい。よしっ、これでますます勉強する気になったぞ。」

言いながら、耕一郎は、シャープペンシルを動かし始めた。

そんな耕一郎を千里は、笑みを浮べて見ていた。

暫くして、耕一郎のシャープペンシルを握った手が止まる。

「俺、千里にこんなの貰ったのに、何も、用意してなかったな。」

「耕一郎・・・。」

耕一郎の口から意外な言葉が出たので、千里は少々驚愕した。

「その、何か、欲しいものとか、あるのか?」

そして、次のこの言葉を聞いて千里は更に驚愕する。

「それってさ、耕一郎が、私にプレゼントをくれるってこと?」

「ま、ぁ、そうなるか・・・。」

耕一郎がは照れ隠しにコホンと咳を一度した。

「へぇ・・・。珍しいこともあるもんだねぇ。」

千里は、少々、嬉しさを隠せない声を出した。

「何、貰おうかなぁ。こういう機会って滅多にないからねぇ・・・。思いっきり高いもの要求しようかなぁ。」

千里は嬉しさのあまり、少し意地悪を言ってみたくなったのだ。

「おいっ、一応、俺はまだ、高校生なんだから、そんなに高価なものは・・・。」

千里はクスリと笑った。自分の冗談を真面目に受けとめる耕一郎が可笑しくてならなかったのだ。まぁ、いつもの彼と言えば、そうなのだが。

「なっ、何が可笑しいんだ?」

「ううん。何でもない。ただ、やっぱり耕一郎だなってね。」

「やっぱり、俺?」

耕一郎は不思議そうな表情を浮べた。

「もう、細かいことは気にしない。さて、本題は、私が耕一郎から何を貰うかってこと。」

「で、何が、欲しいんだ。今行った通り、あんまり高価なものは・・・。」

「分かってるって。じゃあねぇ・・・。」

千里は、少し間を空けた。

「明日一日、私に付き合うことっ。デザートの食べ歩き。勿論、耕一郎のおごりで。」

「全く、お前、最近みくに似てきたんじゃないのか?」

千里の要求に、耕一郎は半ば呆れ気味で言った。

「だから、細かいことは気にしないの。イエスか、ノーかっ。」

「分かったよ。イエスだ。」

「よしっ、決まりっ。」

「あんま食べ過ぎないでくれよ・・・。」

耕一郎はボソリと言った。

「ケチケチしないのっ。あんたが言い出したことだからね。」

「分かってるよ。」

耕一郎はやれやれという風に溜め息をつく。しかし、顔はどこかほころんでいた。そして、無性に明日が楽しみになっていたのだ。

千里は、不意に窓の外を見た。

「ねぇ、耕一郎、雪だよ、雪。」

「本当だ。」

2人は黙って窓の外の雪を眺めていた。

「サンタさん来てるのかなぁ。」

「子どもみたいなこと言うなよ。」

「いいじゃん。たまには。」

暫く2人は雪を見入っていた。

「こういうのを世間ではホワイトクリスマスって言うんだろうね。」

「そうだな・・・。」

「ねぇ、耕一郎、絶対、ネジレジア倒して、大学、行こうね。」

「ああ、俺もそのつもりだ。」

その時、2人は、改めて、お互いが堅い決意を同じくしていることを理解し、強い絆と言える何かを感じていた。

暫くして、千里は、部室の時計に目をやった。

「大変っ。そろそろ、警備員が巡回に来る頃じゃない。」

「あ・・・。流石に、帰らないと、まずいな・・・。特に祐作さんなんか部外者だし。」

2人は顔を見合わせて言った。

それから、2人は必死で、眠りこけている、他のメンバーを起こす羽目になったのは言うまでもない。しかし、そんなことをしながらも、同じ温かさを2人は感じていたのも事実。