「ねぇ、あなた達、クリスマスイブは何か予定あるの?」

「えっ、予定ですか。僕は特にないですが。」

「残念ながら僕も。」

「あら、二人とも可哀相ね。」

「そう言う小沢さんはどうなんっすか。」

ムッとしたように隆弘は言った。

「えっ、私は・・、その・・。」

澄子は慌てたように言った。

隆弘はニヤリと笑う。いつも自分をこき使い、ないがしろにしていると思われる上司にちょっとした復讐。

「小沢さんも予定、ないんですね。寂しいっすね。」

とか言いながら顔が笑っている隆弘。

「随分嬉しそうじゃない。尾室君。」

そう言う、澄子の足は既に隆弘の足の上をグリグリと踏みにじっていた。

「イタタタタ・・。」

「言葉と態度には気を付けた方がいいわよ。あなた。」

「だから・・。」

ぶつぶつと小声で漏らす隆弘。

「何か言ったかしら。尾室君。」

「いっ、いえ、何も・・。」

「でっ、何の話だっけ。」

澄子は頭を掻いた。

「その、クリスマスの予定についてですが。」

誠が答える。

「あっ、そうだったわね。あなたのせいで、話がこじれてたじゃない。」

そう言って、澄子は軽く隆弘の頭をどつく。

「てっ。」

「その、せっかく、というか残念ながらというか、三人とも暇なんだからさ、食べにでも行こうかなとか思ってね。」

「はぁ。」

「二人ともどうかしら?」

「僕は構いませんが。」

「まぁ、いいっすよ。一人で過ごすのもなんですし、ここは小沢さんで妥協を・・。」

慌てて、口を抑える隆弘。

「聞こえたわよ。妥協がどうだって?」

「テェェェェ・・。」

澄子の足は再び、隆弘の上にあった。

「じゃ、決まりね。それなら、食べにでも行こっか。たまには中華料理とか食べたくなっちゃったのよね。本格的なね。最近、発見したんだけど。美味しいらしいわよ。」

「いいっすね。」

隆弘は目を輝かせた。

「氷川君は?」

「僕は、大丈夫です。」

それから・・。

12月24日・・。

G−3ユニットは日曜日にも関わらず、三人とも出勤で、勤務終了後、例の中華料理店に行った。店はできたばかりで、本場を思わせるような内装で、クリスマスイブということもあって客も賑わっていた。

「はぁ〜、仕事の後のビールは美味しいわね。」

澄子はいつもの調子で大のビールを一気に飲み干した。

隆弘もビールのジョッキを片手に、餃子を箸でつついていた。

「これ、かなり本格的な味っすね。」

「というか、尾室君本格的な味があなたに分かるの?」

「別にいいじゃないっすか。」

「分かってないのね。」

「悪かったですね。」

ムッとした調子で隆弘もビールを飲み干す。

「全く、僕、絶対G3ユニットで僕が一番ないがしろにされてますよね。おかわりっ。」

半分焼けでビールを飲む隆弘。

誠は、箸は無器用であるが、その食べっぷりは一級品といってよかった。

「氷川君。その調子でたくさん、食べるのよ。あなたには頑張ってもらわないといけないしね。」

そう言って澄子は誠の皿に餃子を箸で置いてやる。

「すみません。頂きます。」

それを口に入れる氷川を嬉しそうに眺める澄子。

「僕の時なんか・・。」

不満げに小声で愚痴る隆弘。

「あんた、さっきから愚痴が多いわよ。尾室君。」

「おかわりっ!」

普段のうっぷんからか、飲みまくる隆弘。

「尾室さん、大丈夫ですか?」

「いいんです。今日は飲ませて下さいよ。氷川さん。」

「ほっときなさい。私もおかわり。」

澄子もどジョッキのおかわりを頼み、再び飲み干す。

ひたすら、料理をつつく誠。

「だいたいねぇ〜。僕だって頑張ってるんすよ〜。」

酔った勢いで愚痴る隆弘。

「それを〜。僕だってアギトと知り合いにもなりたいのに〜。僕だけ紹介してくれないんすよ〜。絶対差別ですよ〜。」

だんだん、その愚痴も呂律が回らなくなっていき、意味不明の言葉に変化していく。そして、そのまま、隆弘は眠りに落ちた。

「尾室さん、寝てしまいましたね。」

言いながら、氷川はコートを尾室にかけてやった。

「全くしょうがない奴。」

呆れたように澄子は言った。

「氷川君。まだ食べれる?」

「ええ、少しなら。」

「じゃあ、私、このアンニン豆腐食べたいんだけど。半分食べてくれない。」

メニューを指差しながら澄子は言った。

「いいですよ。」

それから、澄子は店員を呼びアンニン豆腐を頼む。

「今日は楽しかったわね。」

「はい。」

「実を言うとね、去年までクリスマスは一人だったのよ。だから、今年はほんと楽しかった。」

そんなことを漏らし、顔をほころばせる澄子の顔はいつものG3ユニットのリーダーであり、開発者としての彼女のものではなく、思わず誠は見入ってしまう。

「何?氷川君。私の顔、何か、ついてる?」

「いえ・・。別に・・。」

誠は思わず咳払いをし、顔を赤くして下を向いた。

「来年もまたしたいわね。」

「はい。」

そんな会話をしている内に、注文したアンニン豆腐が運ばれてきた。

「やっぱり中華のデザートはこれを食べないとね。」

「ほら、あなたも食べなさい。」

「はい。」

誠は無器用に箸で自分の取り皿にとろうとする。

「いいじゃない。直接食べなさい。」

「えっ、でも・・。」

さっきにも増して誠は顔が熱くなった。

(これってもしかして・・。)

「面倒じゃない。あなた、無器用なんだし。」

「はぁ・・。」

結局、一つの皿を二人でつついた。

誠は始終心臓の鼓動がやたら身近に感じられてしまって仕方がなかった。箸が当たる度に、更にその音が大きくなり・・。

「何、緊張してるのよ。」

「いっいえ、別に・・。」

結局、誠はアンニン豆腐の味があまり分からないまま、器は空になっていた。

それから・・。

酔いつぶれた隆弘を支えた誠と、そして澄子は勘定を済ませ、表でタクシーを待っていた。

「全く、コイツは。世話が焼けるわ。」

「ごめんね。氷川君。重いでしょう。」

「いいえ、大丈夫です。」

「明日思いっきり高い請求してやるわ。」

澄子は言葉を強めて言った。

「それにしても、寒いわね。早くタクシー来ないかな。」

「そうですね・・。」

実は、誠はさっきのアンニン豆腐の件のことをまだ考えていた。

(やっぱりアレって・・。間接・・。)

そう考えると、寒いという感覚すらなくなり、むしろ体中が熱くなる。

「何、考えてるの。ボーっとして。氷川君。」

澄子は声をかけたが、誠の耳には入らなかった。

「氷川君?」

澄子は再び誠の名前を呼んだ。

「はっ?」

その声に我に返る誠。

「はっ、はい。何でしょう。」

慌てて澄子に返事を返す。

「聞いてなかったのね。」

「すっ、すみません・・。」

「まぁ、いいわ。それより、雪じゃない?これ・・。」

「あ・・。」

空から白い冷たいものが降って来る。最初はポツポツと、それが徐々に増えて来て、次第に幻想的な空色に変わっていく。

「綺麗ね。雪なんて久しぶりだわ。」

「そうですね。」

「来年もこんなクリスマスイブだといいわね。」