今日の美杉家の食卓は、いつも以上に豪華であった。というのは、今夜はクリスマスイヴとうことで、翔一はご馳走に腕を振るっていた。

「ジングルベ〜ル、ジングルベ〜ルすっずが〜鳴る〜♪」

翔一は嬉しそうに鼻歌を歌いながら、ケーキ の飾り付けに精を出していた。

「今日は〜、楽しい、クリスマス〜♪へ〜い!」

「ただいま〜。」

真魚の声が玄関からする。

「いい臭い〜。」

ケーキやターキーの臭いに誘われて、真魚が台所にやってきた。

「お帰り、真魚ちゃん。今日は友達とクリスマス会だったんだよね。やけに早いじゃない。」

「まあね。ちょっと疲れてて、2次会抜けてきちゃった。」

疲れているというのは半分本当。昨晩の徹夜で寝不足なのは事実である。しかし、もう一つ、昨日完成させたものを早く渡したくて、そして、何よりも折角のクリスマスである。やはり、翔一といたい。翔一が美杉家に来て以来、真魚にとって一番心を許せる相手はやはり翔一なのである。その感情は、真魚自信戸惑うような感情に発展しつつあったのである。

「そうなの。」

「今日は、すごいご馳走だね。翔一君。」

「まあね。だってさ、今日はクリスマスイヴだからね。俺、がんばっちゃった。」

生クリームを頬につけて笑う翔一。

「翔一君、生クリームついてるよ。」

真魚は、ハンカチで翔一の頬についている、生クリームを拭き取ってやる。

「アハハ。ありがとう、真魚ちゃん。」

生クリームを拭き取ってもらい、笑う翔一は無邪気そのものであった。

「何か手伝おうか。」

「いいの?じゃあ、このケーキの飾り付け、してみる?」

「うん。楽しそう。」

真魚は制服の上にエプロンを着け、石鹸で手を洗った。

「ねえ、いちご、たくさんのっけていい?」

「いいよ。今日は特別だからね。」

その翔一の言葉はうきうきしていた。

「あ〜、このサンタクロース可愛いね。」

「だろ。」

「うん。」

「あ〜、クリームの形がうまくいかな〜い。」

クリームがボトボトと机に落ちている。

「あ〜、真魚ちゃん、そんなことしたらクリームが勿体無いよ。」

「だって〜。」

「しようがないなぁ。俺に貸して。」

真魚からホイップクリームを受け取ると、見事なまでの手つきで、美しく、クリームでケーキを飾りつけていった。

その手つきに真魚はいつもながら、感心してしまう。

「さすがだね〜。」

真魚は拍手した。

「まあ、こんなとこかな。」

翔一は得意そうに笑った。

「じゃあ、サンタクロースをのせてっと。」

「あ〜、それ、私にやらせて。」

「まあ、いいよ。」

実は翔一もサンタクロースの人形のお菓子をのせるのが楽しみで買ったのだが、真魚の頼みとあっては、と思い、譲ることにした。

「じゃあ、ここっ。」

「え〜、俺はここがいいと思うな。」

「変だよ。絶対ココ!」

「ほんとに?」

「ほんとに!」

「真魚ちゃんがそこまで言うなら、ここでいいや。」

「ほら、いいかんじじゃない。」

真魚は満足そうだった。

「じゃあ、いちごをのせよっか。」

「うん!」

「いちごはこことここと〜。」

翔一が、載せていく。

「あ〜、ここも載せようよ。翔一君。」

「真魚ちゃん、欲張りすぎ。」

「でも、俺もいちご、大好きだから、のせるっと。」

「何よ。それ・・。」

「かんせ〜い!!」

二人が声を揃えた。そして、拍手する。

「ちょっと、いいかんじじゃない。」

翔一が嬉しそうに言った。

「うん、すっごくおいしそう。」

「だね。」

「ただいま〜。」

「あっ、太一が帰ってきたよ。」

「お〜い、翔一〜、俺、遊びすぎてお腹ペコペコ〜。メシ〜!」

言いながら、バタバタと台所に走ってくる。

「何だよ〜。うまそうなもんがたくさんあるじゃんよ〜。」

「もうちょっと、我慢しろよ。太一。これはパーティー用のご馳走なんだから。」

「パーティー?何だよ〜。」

「ほら、太一、今日はクリスマスイヴでしょ。」

「あっ、忘れてた。」

「でも、ちょっとだけ。」

そういって、ケーキに手を出そうとした。

「だーめ。」

翔一が太一の手を遮った。

「せめて、手、洗ってきてよ。」

「ちぇっ、翔一のケチ!」

言って、太一は、バタバタと洗面所に走っていった。

「もう、帰ってくれば、”腹減った〜”なんだから。」

真魚は呆れ顔で言った。

「でも、ほんと、すごいご馳走だね。一人で大変だったでしょ。」

「そんなことないよ。俺、クリスマスってだけでうきうきしちゃって。」

「翔一君らしいね。」

真魚はクスクスと笑った。

「私も、制服着替えてくるね。」

「うん。」

真魚は、街で買ってきた、ラッピンググッズを紙袋から取り出し、早速、昨晩編み上げたマフラーを赤い袋に入れ、リボンをかける。

「これでよしっ。」

真魚は満属そうな笑みを浮かべる。

それから、1階に降りて来て、翔一が取り掛かっているパーティーのセッティングを太一と手伝った。

「やっぱ、クリスマスって何かその日が来る度にわくわくしない。」

「そうだね。」

「全く、子どもだよな。翔一は。」

「そいういう太一こそ楽しそうじゃない。」

「まあ、な。」

太一は、頬をポリポリかいた。

「さぁ、もう少しだから。」

リビングルームはみるみる内にクリスマスリースやらでクリスマス一色に変わっていった。

「いいじゃない。」

「うん。綺麗だね。」

「なかなかじゃん。」

「ただいまー。」

「あっ、おじさん、帰ってきたよ。」

「よし、じゃあ、パーティーを始めよう。」

言いながら、翔一は台所から料理を運び始める。

「あっ、先生、お帰りなさい。」

「おお、やってるな。いいカンジになってるじゃないか。」

「三人でしましたから。」

翔一は嬉しそうに言った。リビングルームが飾り付けられると、翔一はさらにわくわくしてきていた。

「これからか。じゃあ、私も着替えてくるかな。」

少しして、リビングルームに美杉家が全員揃う。

「では、初めにジングルベルを歌います。」

翔一が小学校の学芸会の司会のような口調で言った。

「おい〜、翔一〜。恥ずかしいから、やめろよなぁ〜。」

太一が文句を言う。

「何でだよ。クリスマスとくればこの歌を歌わないと始まらないだろ。」

「そんなことどうでもいいから早く、メシ食わせろよな。俺腹へって・・。」

「そっ、そうだね。私もお腹すいちゃった。ねっ、翔一君。」

正直、真魚も、家族でジングルベルを熱唱するのは恥ずかしくてできないと思った。

「しょうがないな。じゃあ、せめて乾杯だけでも。」

「そうだね。翔一君、音頭とってよ。」

「分かった。」

翔一は少し嬉しそうに咳払いをした。

「それでは、これからもみんなが元気でいられますように。メリークリスマス。」

そう、言って、ニッコリ笑う。

「かんぱ〜い!」

「やっとメシにありつける〜。」

太一は待ってましたとばかりに狙いを定めていたチキンに手を伸ばす。

「それにしてもすごいご馳走だな。これ翔一君全部作ったのか。」

「はい。」

美杉教授の感嘆の声に翔一は照れくさそうに頭を掻いた。

「やっぱり翔一君はいいお嫁さんになるな。」

「それはやめて下さいって。」

「そうだよ。おじさん、それを言うならお婿さんでしょ。」

「そうだな。」

「うん、うまい。」

美杉教授がサラダを頬張った。

「そりゃあそうですよ。翔一クリスマススペシャルですから。」

「ほんと、このスパゲティもいけるし。」

「えへへ。」

翔一は照れ笑いを浮かべる。

それから、大半の料理が食べ尽くされた。

「おお、そうだ。私から、みんなにクリスマスプレゼントがあるんだ。まずは、太一。」

「やったぜ!!これだよ、これ!!このソフト欲しかったんだぁ!」

受け取るなり、包み紙を開けた、太一ははしゃいだ。

「ただし、時間は守るんだぞ。」

「よっしゃ!」

「次は真魚。」

「ありがとう、おじさん。」

真魚は、少し、照れ臭そうに笑った。

「開けてみなさい。」

「あっ・・。このバッグ欲しかったんだ。」

クリスマスのラッピング用の箱から出て来たのは、黒い、エナメルのスポーツバッグタイプのかばんだった。

「ありがとう。」

美杉教授は頷いた。

「で、翔一君。」

「俺にもあるんですか。嬉しいなー。」

「開けてみなさい。」

「はい。」

翔一は嬉しそうに包み紙を開いていった。

「おっ、かっこいい!!」

中から出て来たのは、白いブルゾンだった。

「正直、君が何がいいのか、迷ってしまって。これにしてみたんだが、気に入ってくれたかね。」

「はいっ。勿論です。すごくかっこいいです。あの、着てみていいですか。」

「おお、着てみなさい。」

「はい。」

翔一ははしゃぎぎみで、袖に手を通した。そして、両手を広げ、皆に見せるようにする。

「どうよ〜。かっこいいでしょ。」

「うん、すっごく似合ってるよ。」

「おお、ピッタリじゃないか。」

「はい。先生、俺にまでこんな素敵なプレゼントを、ありがとうございます。」

「何を言ってるんだ。君も家族の一員じゃないか。」

「家族かぁ〜。いい響きだなぁ〜。」

翔一はうっとりとした。

「あっ、そうそう、実は、俺からも皆にプレゼントがあるんだよね。」

そう言って、三人にそれぞれラッピングのされた紙袋を手渡した。

「開けてみてよ。」

ガサガサと音をさせながら、三人は袋を開けた。

「あっ、可愛い。マフラーだね。翔一君。」

「うん。冬はやっぱりこれでしょ。」

「もしかして、これ、翔一君が編んだの?」

「まあね。」

「流石だな。翔一君。うん、私にピッタリで暖かいじゃないか。翔一君。ありがとう、明日から早速大学にしていかないとな。」

「へへ。」

翔一は嬉しそうに頭に手を当てた。

「やるじゃん。やっぱり翔一はいいお嫁さんになれるぜ。」

「それはやめろよ。太一。」

「うん。でも可愛い。ありがとう。」

その時、真魚は、ふと、自分が作ったマフラーのことを思い出した。

(翔一君もマフラーかぁ・・。どう見ても翔一君の方が上手、だよね・・。)

思わず苦笑。

(まぁ、いっか。要は気持ちだもんね。)

「あの、私からも。」

そう言って、真魚は、美杉教授と太一に紙袋を渡す。

「真魚もくれるのか。ありがとう。」

真魚は、美杉教授には、ネクタイ、太一にはキャップ帽をプレゼントした。

「おお、いいじゃないか。」

「おじさんにはいつもお世話になってるからね。太一はおまけだけど。」

「何だよ。それ。」

太一は少々不満そうな顔をする。

「それから、翔一君にもあるんだけど、少し待ってね。」

「俺にも?何か嬉しいなぁ。」

翔一は目を輝かせた。

真魚は今、渡そうと思えば渡せるのだが、何となく、少し、時を選びたかったのだ。

(せっかくがんばったんだし・・。)

「本命は最後ってか。」

太一は冷やかすように、真魚に囁いた。

「変なこと言わないでよ。太一。」

「何、何、二人とも。」

翔一が首を突っ込んでくる。

「あっ、何でもないよ。翔一君。」

真魚は誤魔化すように笑った。

翔一は不思議そうな顔したが、

「ま、いっか。お待ちかねのケーキです。」

翔一は手作りのケーキを自信満々に披露した。

「すごいじゃないか。これも手作りか。」

またもや感嘆する美杉教授。

「いつもやってるじゃないですか。」

「あっ、こことここの飾り付けは私がやったんだよ。」

真魚は嬉しそうにケーキの一部分を指をさす。

「真魚も手伝ったのか。」

「まあね。」

真魚は少し嬉しそうに下を向く。

「じゃあ、切ります。」

「待ってました!」

翔一は丁寧にケーキに包丁を入れていき、四人分にカットする。

そして、それぞれの皿に盛っていった。

「それでは、頂きます。」

「美味しい〜。さすが翔一君スペシャルケーキだね。」

「でしょ。」

「確かにこの甘さ、しつこくないし、食べやすいな。これならいくらでも食べれそうだ。」

「何だか、照れちゃうな。」

翔一は照れ笑いをする。

「翔一おかわり〜。」

「はいはい。」

「今日は特別だ。私も飲もう。」

言いながら、美杉教授が紙袋から取り出したものは、ワインだった。

「き、今日は、飲まれるんですか・・。先生・・。」

「たまにはな。翔一君もどうだ?」

「先生、俺、お酒はちょっと・・。」

「そうか。」

思わず顔を引きつらせる翔一。

「まじかよ・・。」

「やめた方が・・。」

太一と真魚も顔引きつらせた。

美杉教授の酒癖の悪さは以前、三人は知っていた。

三人の顔を気にも留めずに嬉しそうにワインをグラス注ぎ始める、美杉教授。

「さあ、今日は思う存分、飲むぞ。今日はクリスマスイヴだ。」

その後・・。

「翔一君、二十歳になったらお酒は飲めるぞ〜!!」

「ほらほら、翔一君も飲まないと〜!!」

「だから、俺、お酒は駄目ですってば・・。」

「な〜に、言ってるんだ。男だろ。」

「先生、もうやめた方が・・。」

「私はまでいけるぞぉぉぉ!!ジングルベ〜ル、ジングルベ〜ル酒を飲め〜!」

「何だよ・・。その歌・・。」

太一は呆れて、頬杖をついていた。

「真魚姉、翔一、集中的に絡まれてるぞ・・。」

「確かに・・。翔一君、可哀相・・。」

太一と真魚は気の毒そうに二人のやりとりを見ていた。

「でも、おじさん、そろそろ、寝るから・・。」

「だな・・。」

二人の予想通り、少しして、美杉教授は心地の良い眠りに落ちていた。翔一はソファに顔を真っ赤にして気持ち良さそうに横たわる美杉教授に毛布をかけてやる。

「翔一君、大変だったね。」

「まあ、ね。」

苦笑する翔一。

「同情するぜ。」

とか言いながらいまだにケーキを口に頬張っている太一。

それから・・。

「おれ、そろそろ眠くなっちゃった。」

「そう、おやすみ、太一。」

「おやすみ〜。」

太一が眠そうに目を擦りながら自分の部屋に戻っていった。

「さて、俺も後片付けをしないとね。」

そう言って腕まくりをしてエプロンを着ける翔一。

「あっ、私も手伝うよ。二人でやれば早いでしょ。」

「でも、真魚ちゃんも眠いんじゃない?」

「大丈夫。明日は冬休みだし。ねっ。」

「そっか。じゃあ、お願いしようかな。」

「うん。任せて。」