『奇跡』
7人の仮面ライダーの共通の敵、岩石大首領は、7人の仮面ライダー達の共同戦線によって遂に、打ち倒された。
それから、数日後・・・。
城茂は、岬ユリ子の墓標の前に立っていた。その手には、彼女の名前がついた花、百合の花を持っていた。
「ユリ子、遂に、倒したぜ。俺達の敵をな。」
茂はそこにあたかもユリ子が立っているよかのように、墓標に語りかけていた。いや、茂には、そこには、常に、ユリ子がいて、微笑んでいるように見えた。
「というかさ、お前、見てたんだろ。俺を、俺達を、ずっと見守ってたんだから、知ってるよな。俺は感じてたぜ。お前をな。」
「なぁ、ユリ子、覚えてるか?俺達の約束を。戦いが終って、平和んなったら美しい場所に行くってヤツをさ。」
「行きてぇよなぁ。」
茂はそう言うと、空を仰いだ。
その時であった。
「茂っ。」
聞き覚えのある、女の声であった。
茂は自分の耳を疑った。
何故なら、その聞き覚えのある女の声はユリ子の声であったから。
「茂っ。」
同じ声が再び・・・。
(まさか・・・。俺の空耳に違いねぇ・・・。)
「茂っ。無視しないでよっ。」
(全く、なんてリアルな空耳だ。)
そう思いながらも、茂は、声の方向を見た。
その瞬間、茂は、驚くべき光景を目にした。
そこにはユリ子が立っていて微笑んでいるのだ。
「おい・・・。こりゃあ一体・・・。空耳どころか、幻覚か・・・。」
(幻覚なら・・・。一層・・・。)
茂は自分の頬を拳で殴ってみた。
唇から一筋の血が流れた。
幻覚なら一層、消えてしまった方が良いと思った。長い幻覚を見ることで、激しい虚しさが自分を襲うのが目に見えているからだ。
しかし、ユリ子の姿は消えなかった。
茂は唇の血を舐め取ってみる。あまりにリアルすぎる鉄の味。
”現実か・・・。”
「本当に、お前、ユリ子、なのか・・・。」
ユリ子は微笑んだまま、黙って頷いた。
茂は、ゆっくりとユリ子に近付いた。
しかし、彼女に近付けば、近付くほど、彼女は遠ざかるのではないかと、茂は思った。
ユリ子は遠ざかるどころか、歩を進ませれば進ませるほど、近付いていった。
その現実を茂はなかなか信じられることができなかった。
そして、遂にユリ子の眼前に茂は立っていた。
茂はゆっくりとユリ子の肩に触れた。
それは、幻のように透けているものではなく、明らかに、人間の感触であった。
その感触に茂は、思わず安心した。
”ユリ子が生きていた?”
”いや、そんな筈は・・・。”
茂は、次に自問自答をはじめる。
その時だった。
ユリ子の唇が開いた。
「茂、私のこと、幽霊って思ってる?」
「幽霊、なの、か・・・?」
今度はユリ子があまりに普通に喋っていることに茂は驚きを隠せなかった。
「うーん、似たようなものだけど、ちょっと違うかも。透けてないしね。」
茂はあまりの現実感のなさに、自分が本当に現実を生きているのか疑った。ひょっとして、自分はいつのまにか、リアルすぎる夢の世界をさまよっているのかもしれない。
「お前、何を言ってるのか、さっぱりだ・・・。」
「細かいことは気にしないで。ねぇ、茂、あの、約束覚えてるんでしょ。平和になったら、2人で美しい場所へいくっていうのっ。」
「ああ・・・。」
「今、行こう。すぐに。」
戸惑う茂の手をユリ子は引っ張るようにして、カブトローのところまで行く。
「おいっ、お前・・・。」
「あれこれ言わないの。」
ユリ子は予備のヘルメットを自ら被ると、茂にもヘルメットを渡す。
茂は思わずフッと笑う。
その時茂は思った。もう、これが夢でも、いずれ消えてしまう存在のユリ子でもいいのではないかと。ただ、今は、目の前に舞い戻ったユリ子を、そして再びユリ子と少しでも居ることができるのならと・・・。
(後のことを考えても仕方がねぇか。俺らしくねえし。)
「そうだな。細かいことを気にしても仕方がねぇな。折角相棒が帰って来たってのによ。」
「そういうことっ。」
ユリ子はニッコリ笑って後ろの席に跨った。
「で、お嬢さん、どこへ行きたいんだい?」
茂は鼻で笑って見せた。
「そうねぇ。茂のとっておきの場所に連れて行って。」
「おうよぅ。」
茂は勢いよく返事をすると、カブトローをふかしはじめる。
「しっかり掴まってろよ。とばすぜぇ。」
「分かってるわ。」
ユリ子は髪の毛を僅かに靡かせながら返事をし、茂の腰にギュッと手を回した。その手の感触は明らかにユリ子そのものだと、茂は思った。
それからカブトローは唸りをあげ、勢いよく発進した。
カブトローは風をきって走り続ける。
「どうだい?俺のカブトローは?お前のテントローよかずっとはえーだろよ。」
茂は得意げに言う。
「あら、そうかしら。私のテントロー程ではないわ。」
「減らず口は相変わらずだなぁ。」
「まぁ、今日は100歩譲ってあなたのカブトローに乗ってあげてるのよ。感謝して欲しいわね。」
「お前、ちょっと見ねぇ内に、生意気になってねぇか。」
「さあね。」
そう言ってユリコは茂の背中でクスクスと笑い始めた。
「おい、何が可笑しいんだ?」
「ううん。別に。ただ、茂があまりに浮かれてるみたいで。私が帰って来てそんなに嬉しい?」
「ばっ、馬鹿野郎。図に乗ってるんじゃねぇよ。」
茂は思わず顔が熱くなる。図星を突かれ、これ以上、隠しようがない自分が恥ずかしくなったのだ。
「お前は黙って乗ってりゃいいんだよ。黙ってな。」
ユリコはクスリと笑って今度は口を閉じた。
海岸線に沿って、カブトローはひた走る。
時折、船の汽笛の音が響き渡る。
そして、常に感じる穏やかな潮の臭いが改めて取り戻した平和を実感させる。
それから、暫くして、カブトローは海岸線から離れ、市街地を少し走ると、山道に入った。
次第に、潮の香りが遠ざかり、今度は、山の香りと、山鳥の鳴き声が耳に入るようになってきた。
だんだん、木々が茂った場所に入りこみ、暫く、オフロードをカブトローは走ると、だだっ広い草原に出た。
「着いたぜ。」
茂はカブトロー折り、ユリ子のヘルメットを取り、自分もヘルメットを脱いだ。
そのだだっ広い草原にはピンクや黄色の小さな花が咲き乱れ、現実をかけ離れた風景を醸し出していた。
「ここが、茂のとっておきの場所なんだ。へぇー、とっても綺麗。でも茂にしては乙女チックだわね。」
ユリ子はからかうように言った。
「うるせー。お前着たいっていうから連れて来たんだろ。」
茂は横を向いて照れ隠しに鼻を鳴らした。
「はい、そうでしたっ。」
それから、茂は急にその場に座り込み、後ろに手を突き、足を広げた。ユリ子もそれに続いて、座り込む。
「俺さぁ、生まれた時から親兄弟ってぇのがいなくてよぉ、施設で育ったワケよ。」
茂がゆっくりと語り始め、ユリ子はそれを黙って聞きに入った。
「でもよぉ。あんまり寂しいとか思ったこと、ないんだよな。なんで、だと、思う、か・・・?」
茂は少しとぎれとぎれにユリ子に振ってみせる。茂はユリ子の生前、彼女に自分の話をこのように聞かせることはないに等しかった。そして、今日、改めてそれを語りはじめたのだ。自分でも、何故、こんなことをしているのか、理解しかねた。しかし、口は勝手に回っていた。
(俺って奴は浮かれてるのかねぇ。)
そんなことを思いながらも話をすすめていた。
ユリ子は”どうして?”というのを顔で表した。
「それが、ここ、だったりするんだな・・・。俺が育った施設ってさぁ、ここによく遠足に来るんだよな。そん時な、シスターが言ったんだよ。ここがあなた達の故郷だと思いなさいってよぉ。そん時、こんなすげぇとこを俺の家だと思ったら、自分が一人ぼっちだと思わなくなった。」
(俺、何を言ってるんだ・・・。みっともねぇ・・・。)
茂は思わず、プイとユリ子と反対方向に向いた。
「つっ、つまりよぉ。お前もよぉ、ここを自分の家に・・・。その・・・。」
茂の声はだんだんどもっていき、ついには何を言っているのか分からなくなっていった。
「茂、私の家もここに決めていい?」
そう言うと、ユリ子はニッコリと笑った。
その笑顔があまりにも、美しく、そしてあまりにも儚くて、茂は思わず見入った。
「いい?」
茂は必死で同様を隠そうと努めて抑揚のない口調で言う。
「まぁ、いいぜ。俺が許可してやる・・・。」
ユリ子は隠し切れない茂の態度を見てクスリと笑った。
「何が、可笑しい。」
茂は真っ赤になりながらも不機嫌な声を出した。
「ううん。何でもないっ。」
「フフ、私の家も豪勢だわねぇ。」
2人の間に沈黙が流れた。
草原に風が吹き花が静かに揺れる。
その時、茂は思い出した。ユリ子は既に死んでしまっていることを。
今まで、浮かれていて、その現実を忘れていたような気がした。
そして、思った。このユリ子は恐らく、消えるときが来るのだろうと。この夢が覚めてしまう時が来るのだと。それは、自分が現実を生きている限り、逃れられない運命なのだと。
”できれば、覚めてほしくない・・・。”
その時だった。
ユリ子の唇が開いた。
茂は思わず、心の中に穴が開いたかのような錯覚に陥った。
来るべき時が来たのだと、悟った。
「帰る、のか・・・。」
茂の問いにユリ子は黙って頷き、寂しそうに笑った。
その瞬間、茂は溢れる感情を必死で押え込もうとした。
「茂・・・。」
次第にユリ子の身体が透けていくように見えた。茂は、思わず、透き通った肩を掴んだ。しかし、先程までの実態感はなかった。
茂の手が震えた。
ユリ子が何か言っているように見えたが、もはや、それは声にはなっていなかった。
”さ・よ・う・な・ら・・・。”
「ユリ子ー!!!」
ユリ子は空気の溶け込むようにいなくなり、茂の叫び声が静かな草原に木霊した。
茂はユリ子が先程まで被っていたヘルメットを手にして、それを一度、撫でた。
あれは、夢であったのだろうか。
それとも・・・。
茂は信じた。
僅かに残るユリ子の残り香が暖かく、ほのかに茂を取り巻いていた。
茂は、一人、呟いた。
「これが、”奇跡”ってぇのかねぇ・・・。」