2。旅立ち 外の世界へ

 <樹里・・・>
 樹里は、不思議な声で、目を覚ましました。まだ日が昇っていないらしく、真っ黒の天井が、かすかに見えるだけでした。
 <樹里・・・起きた様ですね・・・>声が、どこからともなく、流れてきました。
 「だれ、だれなの・・・だれか居るの・・・」上半身を起こし、回りをゆっくり見回しながら、つぶやきました。
 どこにも、人の姿は無いようです。
 「だれ、どこに居るの・・・」ちょっぴり心細くなり、少し低い声で、もう一度つぶやきました。
 ・・・・・少し静寂があって・・・・・
 <樹里・・・旅立ちなさい・・・>さわやかな風のような声が、樹里の質問には、答えず流れて来ました。
 樹里は、強くまばたきをして、声の流れて来ただろう方向に目を向け、耳をすませてみましたが、やはり人が居る気配すらありません。
 <旅立ちなさい・・・>声は、更に流れて来ました。
 「旅立つ?」樹里は一息ついてから、静かに目を閉じて、どこに問い掛けるともなく言いました。
 <夢亜の里へ、行きなさい>
 「む・あ・の・さ・と・?」樹里の頭の中に、小鳥さんが言っていた外の世界の事が、膨らみ始めました。
 <そうです。夢亜という里です>
 「夢亜の里・・・?夢亜の里って、どこに在るの・・・?森の外・・・夢亜ってどんな所なの・・・」
 <夢亜は、とても素晴らしい夢の国>
 「そんな所が在るの」目を大きく開き「わたし、昨日ちゅちゅから、森の外の世界が在ると聞いて、見に行きたいと思っていたの。でも・・・どこに在るの、その夢亜の里って・・・」
 <鈴の音が、教えてくれるは。でも、その鈴の音は、仲間に会うまでの道しるべ>
 「仲間・・・?それは、小鳥さん。しかさん。たぬきさん。それとも、ふくろうのおじいさんなの・・・?」
 <違いますよ>声は、次第に小さくなって行くようです。<鈴の音をまず探してみてください・・・すると、きっと仲間に会えるはずです。後はその仲間が、道案内をしてくれるでしょう・・・夢亜の里へ・・・夢の国へ・・・>ますます声は、小さくなっていきます。<夢亜の里へ・・・鈴の音を追って・・・夢亜の里へ・・・夢亜へ・・・>
 声が、流れて来なくなると同時に、樹里は、夢の中から飛び出した様な気分で、ゆっくりと辺りを、見回しました。
 「今のは、夢?」樹里は、ポツリとつぶやき、丸窓から身を乗り出し、さわやかな風を全身に感じました。
 「あっ!いけない。もう、お日さまが、大杉の上まで昇っているわ・・・森の動物さんたちの、食事の時間をとっくに、過ぎちゃってるわ・・・」
 樹里は、朝起きると、まず森の動物さんたちに、食事を持ってあいさつに行くのが、日課になっているのです。
 「いそがなくっちゃ」こう言いながら、寝間着を荒っぽく脱ぐと、木のたんすから、薄い茶色の服を取り出し、頭から素速く通し、腰の辺りを薄茶色の木のつるで、軽く縛りながら階段を駆けおりました。そして、バスケットの中に、昨日の残り物とパンをほうり込むと、家を飛び出しました。
 草原を横切る間に、バスケットを口にくわえて、バサバサの髪を器用に、いつもの二本のお下げにまとめました。
 林の中に入ると、道と言える程の物が無いので、草や小石に度々足を取られてしまいます。
 「もうっ!」大きく足を取られたので、バスケットを思い切り振り回したので、一度立ち止まって、料理がぐちゃぐちゃになっていないか確かめて「よかった。ぐちゃぐちゃには、ならなかったみたいだわ」
 大きく息を吐いて、再び駆け出すとすぐに森は切れ、小さな木と、大きな石が一つ有る、小さな原っぱに出ました。樹里は、ここに向かっていたのです。バスケットを足下に置き、小さく口笛を吹きました。すると、動物たちが、四方八方から姿を現しました。昨日の夜、樹里の家に来てくれた動物たちです。
 「ごめんね」樹里は、しゃがみこみ、バスケットの中の物を取り出しながらいいました。「今日は、遅くなちゃって・・・」
 最後に、大きなパンを取り出し、四つに割ると、三つを動物たちの前に置き、残りのパンを、いつもの石に腰を下ろして、食べ始めました。
 風が、緑の香りと、お日さまの包みこむ暖かさを運んできて、食事に微妙な味付けをしてくれるので、家で食べるのとは違い、一段とおいしく感じさせてくれるのです。
 「とても、おなかがすいてたから、いつもよりおいしいわ・・・」最後の一かけらを、口の中にほうり込んで言いました。「あなたたちも、かなり、おなかがすいてたのね」既に動物たちが、食べ終わっているのを見て、付け加える様にいいました。
 動物たちは、それぞれに得意の甘え声を出しながら、樹里に擦り寄ってきました。
 「ごめんなさいね。今日は、もう行くわ・・・」さっと立ち上がり、動物たちに告げると、更に森の奥へ向かって、歩き始めました。「食べ物を、集めに行かなくちゃ、いけないの」後ろを振り返り、付け加えてから、走り始めました。
 やがて、視界が開けて、小川に出ました。樹里は、ちょうどのどが渇いていたので、その縁にしゃがむと、両手を水の中へ入れました。「ひゃっ!冷たくて気持ちいい」しばらくパシャパシャと水の感触を楽しんだ後、水をすくい唇へと運んで、ゴクゴクと飲み干しました。「うわぁ、おいしい」
 ふと横を見ると、二匹のまだ小さな動物が口を小川に付けて、何度となく水を飲んでいました。
 「あら、あなたたち、付いて来ちゃったの」少しビックリした感じで、二匹の動物の方に向かって言いました。「早く、お帰りなさい。付いて来てくれるのは、うれしいけど。みんなが心配するわ・・・これから川向こうの森の奥まで行くのよ。だから、お母さんの所へ帰りなさい」
 二匹の動物は、一時、樹里を見ていましたが、樹里を振り返り振り返り、森の中へ消えていきました。
 「日が沈む前に、取ってこなきゃ」ゆっくり立ち上がると、川の水から半分頭を出している岩の上を、小気味よくトントンと渡り、反対岸の森の中に入り込み、走り出しました。
 「とりあえず、ぶどう棚にいこう」
 近道したため、道なき道を通る事になって、何度も転びそうになりましたが、意外とすぐに、ぶどう棚に着きました。棚は、ちょうど樹里が入れるトンネルになっています。
 樹里は、このぶどう棚には何度も来ているので、手際良くぶどうを詰み取りバスケットの中に詰め込み始めました。
 ぶどうの汁で、手が真っ赤にそまったころに、バスケットは、ぶどうでいっぱいになりました。
 「ちょっと、取り過ぎたかな・・・」バスケットのふたを閉めながら、つぶやきました。「次は、野菜を行こうかしら・・・」
 <チリーン>
 「鈴?」
 <チリーン>
 「やっぱり、鈴の音だわ」樹里は、朝に聞いた、現実とも夢とも判断しかねていた、声との会話が、頭の中一杯に広がって来ました。
 <チリーン>
 鈴の音は、樹里を誘うように、また流れて来ました。
 <チリーン>
 「こっちだわ」ぶどう棚から外へ出て、耳を澄ませ、つぶやきました。「あれは、夢じゃなかったんだわ。夢亜の里は、本当に有るんだわ。行かなくちゃ。森の仲間たちに、さようならが言えないのは、悲しいけれど・・・行かなくちゃ。二度と鈴の音が、聞こえてこないかもしれないもの。夢亜の里へ・・・鈴の音を追って行かなくちゃ」
 樹里は、すでに鈴の音が流れて来る方へと、歩き始めていました。
 <チリーン>
 樹里は、夢亜の事ばかりを考え、ひたすらに鈴の音を追っていました。
 木と木の間をかきわけ進みました。
 <チリーン>
 鈴の音は、追い付く事もなく、遠ざかる事もなく、一定の距離を保って流れて来ます。
 <チリーン>
 鈴の音は、樹里の知らない世界へと、どんどん進んで行きます。
 <チリーン>
 「あれ?」樹里の足は、止まってしまいました。というのは、鈴の音が止まってしまったからです。
 次の鈴の音を待ちましたが、いつまでたっても流れて来ません。
 「あらっ、どうしたのかしら・・・」
 辺りは、ちょうど日が沈んだ時間で、いつの間にか、回りの風景が黒へと変わり始めていました。
 「困ったわ。どうしちゃたのかしら・・・」
 樹里は、鈴の音だけを頼りに進んできたので、今居るところがどこなのか、分かりません。進む事も、引き返す事も出来なくなってしまいました。
 「どうしよう・・・」急に心細くなってきました。「もう、こんなに暗くなっちゃてるし・・・」その場にゆっくりしゃがみ込みました。
 「・・・とりあえず、寝るところを探さないと・・・」サッと立ち上がり、ゆっくり辺りを見回しながらつぶやきました。「どこか、いいところはないかしら・・・」
 「あら?あんな所に光が。いったい何かしら・・・」木と木のすきまに、かすかな輝きを見つけてつぶやき、ゆっくり輝きに向かって歩き出しました。
 「人が住んでいるのかしら・・・」樹里は、徐々に歩くのから、走るのにかわっていきました。
 やがて、光を漏らしている丸太小屋につきました。
 「家だったのね・・・人が住んでいるのかしら・・・」
 屋根の上を見ると、煙突から煙が上がっています。
 <トン トン>樹里は、小屋に近づき、ドアをたたいてみました。
 「だれか居ませんか・・・」小屋の中に向かって、そっと言ってみました。
 「だれかいませんか」今度は、はっきりと言いました。すると、木の扉がゆっくりと開き、白髪に長いおひげをたくわえた、老人が顔を出しました。
 「・・・!」樹里は、ハッと身を引き、うつむいてしまいました。
 「こりゃ、小さな女の子じゃないか」きつそうな顔を、すっとやわらげ優しく言いました。「とりあえず、中に入りなさい」
 樹里は、老人に導かれるままに、家の中に入りました。
 正面に石の暖炉が有り、小さな火が、部屋を照らしています。
 「さあ、ここに腰をお掛けなさい」
 樹里は、言われるがままに、切り株で出来たいすに、腰を下ろしました。
 「わしが、人に会うのは何年振りになるかの・・・」老人は、テーブルをはさんで、樹里と向き合う感じで、同じ様ないすに腰を下ろし、樹里をしみじみ見ながら言いました。「この近くには、人は住んでいないものと、思っとったんじゃが・・・」少し言葉を切って「そうじゃ。ちょうど、めしを食うところじゃったんじゃが、おなか空いてないかの」
 「はい・・・いいえ・・・」顔を少し上げ、また、うつむき言いました。
 「はっはっはっ・・・」少し高笑いをしてから「遠慮しているのかの。そんな必要はないぞ。それとも、わしが恐ろしくて、食べ物を食べられそうにないかの」
 「はい・・・い、いいえ」
 「はっはっはっ、そうじゃろうて。今までわしを見て怖がらなかった者は、いないからの」老人は、いすから立ち上がり、暖炉にかけていたスープを、木皿に入れて、テーブルに運びながら言いました。「これは、わしが作ったので、見てくれは悪いが、栄養が有って、なかなかうまいんじゃ・・・」
 「どうも、ありがとうございます」老人に向かって、ペコリと頭を下げ、樹里は、小さな声で言いました。
 「おや・・・?」老人が、ふと樹里の手元を見て言いました。「大事そうに、かごを抱えているが、いったい何が入っているのかの」
 「えっ!これは、たいしたものじゃないの・・・森のぶどうなの」
 「野ぶどうか・・・お母さんの手伝いかの」老人は、やさしく問い掛けました。
 「いえ。違います」少し言葉を切って「お母さんは、大分前からいないの。今は、お父さんが作ってくれた家で、一人暮らしなの」
 「そうじゃったか。何か悪い事を聞いてしまったかの」少しうつむきスープの入った皿を、樹里の前に置き言いました。「さあ、食べてみなさい」
 「はい、いただきます」樹里は、木のスプーンを取り、スープを口に運びました。「まあ、おいしい。こんな、おいしいのは始めて食べたわ」
 「おせいじが、うまいの」
 「いえ、おせいじじゃないわ。本当においしいのよ」もう一口食べて言いました。
 「そうか。そう言ってくれるとうれしいの」顔一面に笑みを浮かべて言いました。「自信は、あったがの」嫌味なく、さらりと付け加えて「まあ、ゆっくり食べなさい。お代わりもあるからの」
 「はい、いただきます」一口食べて「本当は、おなかペコペコだったの」
 「はっはっはっ、そうか、そうか」すべて分っとったよ、と言う感じで、いかにもうれしそうに言いました。「今日は、ここに泊まっていくといい。わしが明日、家まで送って行ってあげるからの」
 「いえ、いいの。家には帰らないから・・・夢亜の里に行くの・・・どこに有るかは分からないけど」
 「おや、知らないところへ、一人で行くのかの」老人は、少し目を円くして、言いました。
 「いえ。今は一人だけど、仲間が居るんだって」
 「仲間・・・どういうことかの?」
 「夢なのかもしれないんだけど、鈴の音を追って行くと、仲間に会えるんだって」少し言葉を切り、ハッとなって「ひょっとして、おじいさんが、その仲間なの」
 「わしが、仲間?」キツネにつままれたといった感じで言いました。
 「ねえ、おじいさん。夢亜の里が、どこに有るか知ってます?」
 「夢亜の里か・・・」老人は、まじめに考え込み「さて、わしの記憶の中では、かなり小さいころに聞いた事が、有るような無いような・・・」
 「しってるの!」樹里は、サッと身を乗り出し、老人を食い入るように見ながら言いました。
 「いや。はっきりした記憶では、残ってないがの」少しもおしわけなさそうに言いました。
 「そうなの・・・じゃ、違うのかしら・・・」樹里は、少しがっかりして言いました。
 「いえ・・・ちょと残念だけど・・・どうして、この近くで、鈴の音が聞こえなくなったのかしら・・・」
 樹里と老人は、この後、声の事、外の世界の事、夢亜の里の事などを話してから、ゆっくり眠りにつきました。

第3章 ミリー おしゃべりなよう精

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