舞台・バトントワリング等のステージ

 舞台『奇跡の人』での小林佑玖君
余韻が残る演技
2022年6月5日
(日)東京芸術劇場プレイハウス

 
舞台『奇跡の人』を配信で鑑賞した。この芝居に興味があったわけではない。きっかけはアニー・サリバンの弟ジミーを演じる小林佑玖君のツイッターだった。それを眺めるうち観賞しようかという気持ちになった。劇場へ行くつもりになったがチケットはすでに売り切れていた。当日券は用意されているそうだが購入のために並ぶのは億劫なので配信で鑑賞をすることにした。
 「奇跡の人」というのはヘレン・ケラーではなくヘレンの家庭教師であるアニー・サリバン先生のことだと鑑賞日近くになって知った。この他にサリバン先生につて調べてみた。年齢は40歳前後と思っていたがずっと若い20歳だったこと、ほぼ全盲で盲学校の出身であること、手術で視力が回復したものの光が眩しいためサングラスが必要なこと、母親は早く亡くなり父親がアルコール中毒のため、2歳下の弟ジミーと一緒に救貧院に入れられたこと、その救貧院は劣悪な環境で病気に感染したら助からないこと、そのために弟を亡くしてしまい自分の心も死んだこと、貧窮院を視察に訪れた慈善事業者に学校へ行きたいと訴えたら盲学校へ行けるようになり首席で卒業したこと、そこで生活するうち、どうすれば自分は生き返るかを知ったこと、更に有名な心理学者の仕事を手伝うことを通して論文を全て読んだことがきっかけでヘレン・ケラーの家庭教師に推薦されたこと、アイルランド人気質で正しいと思ったことは妥協せずに主張すること等。何事も「知っているつもり」は「知らないこと」とあらためて認識した。鑑賞のレポートはジミーについて書くことにした。
 ジミーは脇役で出番は少ないが目立つ存在だ。ジミーは足が悪く松葉杖を使っている。体が弱そう(実際は結核だったそうだ)で劇中ではすでに亡くなっている。ジミーはサリバン先生が劇中、苦悩に陥ると現れる。苦悩の原因はヘレンの教育についてのことだが同時にジミーとの約束を果たせなかったことだ。ジミーが現れる時は照明が暗くなり舞台上にいても姿ははっきり見えない、また舞台の上の方に設置されたくもりガラス窓を通しシルエットで「いつまでも一緒と言ったよね」などと哀願する口調でセリフを話す。これは救貧院で亡くなったジミーの悲しい訴えだ。私はジミーが霊になってサリバン先生の心に現れると考えた。霊なのだから舞台に出ている姿ははっきり見えない。声だけの演技だけでなくそれ相応の演技をしなくてはならない。映画なら3Dで表現できるだろうが舞台はそうではない。明るい照明の下で演技をするなら手足の動作や表情で役を表現できるのだが、この役はそうはいかず暗い中での身体表現をしなければいけない。サリバン先生の苦悩を強く表現する姿は存在感があった。それは苦悩をサリバン先生と一体になる感じで表現したからだ。ジミーがカーテンコールで出てきた時、ぼさぼさ髪で粗末な服を着ていることがわかった。救貧院での生活がいかに悲惨だったかを物語っている。『オリバー!』で共演した子役の一人が鑑賞後、ツイッターで「めちゃくちゃ難易度が高い役、恐怖を感じる名演技」と感想を述べていた。配信ではなく生の舞台を観たらもっと違う印象をもっただろう。
 最後に、小林君のツイッターには役を楽しんでいる旨のコメントがあった。実際には苦労があったはずだが楽しいと表現しているのは役者として苦労を乗り越えて演じることができた喜びがあるからだろう。
 前回の『オリバー!』は「面白かった、よかった」だけだったが今回は違った。終演後、時間が経つにつれて小林君の演技がじわじわと自分の中に入ってきた。例えは悪いがカレーライスだ。店によっては食後、時間が経つにつれて旨味が口中に広がっていく、あれと似た感じなのだ。余韻と言えばいいだろうか? 『オリバー!』の半年後に示した小林君の成長を見ることができてうれしかった。


 バトントワリング日本代表の実力
2022年7月10日
(日)      めぐろバーシモンホール

 この日も暑かった。暑さがピークになる午後2時近く道楽さんは「少々頭痛がするけれど行こうか」と立ち上がった。
空「無理しなくていいよ。」
風「そうです、少年合唱団のコンサートじゃないですから。」
五月「でも国民の義務とやらは果たそうよ。その足で図書館に寄って本を返す。そこからバーシモンホールは近いよ。図書館まで行って無理なら帰ればいいよ。」
薫「選挙と本の返却は必要だね。行くだけ行ってみよう。」
というわけでぼくたちは家を出た。幸いにして図書館で本を返した時には道楽さんの状況は問題なかった。「行こう、バーシモンホールへ。」
 都立大学駅から歩いて10数分のバーシモンホールの周辺はイベントで賑わっていた。それを横目にホールに入ると某私立学園のダンス部が華やかに踊っていた。
 空「近頃、ダンスが盛んだね。」
 風「その分、コーラスが寂しい状態になっています。」
五月「ダンスは目で見るから入りやすいよ。歌は耳から入る。この違いだ。」

 ダンス部の演技が終わると別の団体がチアリーディングを始めた。ぼくたちの目的は最後に登場する「自由が丘バトンクラブ」の川口 調君だ。
ミュージカル『オリバー!』で披露したバトンの技をバトンクラブの舞台で観てみようとやって来たのだ。バトンクラブ全体の出演時間は約20分、小さい子のグループ、シニアのグループ、女子のソロ、男子のソロ、女子のグループという構成で川口君の出番は男子のソロだ。
演技のテーマは『ヘイ、バチェーコ。』キザで不良っぽい少年をテーマにしたものと説明があった。同時に世界選手権の代表であることも紹介された。演技中、バックに流れる曲の中に何度か「バチェーコ」と歌詞がでてきた。ポピュラーな曲なのかもしれない。川口君は白いシャツにネクタイ、山吹色のズボンという目立つ衣装だった。
昨年の『オリバー!』の時より身長が伸びていてドジャーの面影は感じず、パチェーコになりきっていた。幅約25メートル、奥行き約30メートルの舞台を目いっぱい使って演技していた。バトンを回転させて真上約15メートルの高さに上げそれを取る演技の繰り返しだ。それだけではない。バトンが落ちてくる間に体を水平方向に一回転させる等のパフォーマンスを行う。またバトンを斜め上方向に上げて体を移動しながら落ちてくるバトンをきっちり掴む。
もちろんこの間も体のパフォーマンスは続ける。体が止まる時間は一時もなかった。パフォーマンスの内容については文章表現力が乏しいのでうまく書けないけれど約3分間の演技時間中一瞬も目を離せなかった。

五月「バトンが落ちてくるまで約6秒だよ。この時間は正確で毎回変わらない。この間に連続したパフォーマンスをリズミカルにやる。それだけじゃない。少年パチェーコを表現している。名優だね。」
空「『オリバー!』でのバトンさばきがうまかったのは当然だね。」
風「すごい演技を観ました。来てよかったです。『ビリーエリオット』でのダンスと共通点があります。」
薫「国際大会の代表は違うね。」
   ぼくたちの気分は上昇した。すべての演技が終わり、外へ出ると風が爽やかになっていた。道楽さんの体調も問題なかったのでぼくたちは高ぶった気持ちを鎮めることにした。そのために坂道の多い住宅街を通り離れた駅まで歩いた。


 溢れるエネルギー 『伝苑』ライブコンサート
『伝苑』の「伝」は芸術を伝えること、「苑」は芸術家の集まり
2022年9月11日
(日)
市川市文化会館小ホール

   某ファミレスでのことだ。食後のドリンクバーのホットコーヒーは首をかしげる味だった。
空「おいしくしたら何杯も飲まれるから儲けがなくなるよ。」
風「眠気は覚めたでしょう。お腹を満たしたから感謝です。」
五月「そうだけどね。最後の一品の味は大事だよ。あの店は商売が下手だね。」
薫「これはこれ。さあ、気分を変えて『伝苑』のライブを楽しもう。」
というわけで文化会館の中へ入った。入口には出演者に宛てたきれいな花々が飾られていた。それを見た道楽さんの機嫌が直ったのは何よりだった。ここから道楽さんにレポートを頼もう。
 観客は老若男女と幅広い年齢層だった。ビリー・エリオットのTシャツを着用している人、グッズを持っている人がかなりの人数いたのでビリー・エリオットファンと推測した。今回の中心である未来和樹君がビリー・エリオットを演じたのは5年前の2017年だから人気は未だに衰えていないということだろう。

 幕が開くと舞台後方に演奏を担当する楽団員が一列に並んでいた。舞台に向かって左からピアノ、シンセサイザー、バイオリン、チェロ、エレキギター、ドラムだった。先ずは未来君の歌で始まった。
   舞台が進むにつれ未来君は歌とダンスだけでなく話をするのが好きなことがわかった。そのために昨夜は時間が押してしまった話をした後。前列の観客に「そういうことになったら合図してください」と頼み笑いを誘った。一方的に話すのではなく観客とコミュニケーションを取ろうとする姿勢が窺えた。他にも演劇や音楽等の舞台は不要不急と言う人たちがいるけれど、舞台を観るとそこから得られる力がある、だから舞台を行うのは不要不急ではなく大切なこと、『伝苑』の意味などを語った。
   初めに、歌で印象に残った曲について述べる。先ずは『メモリー』だ。最初に変声前の録音を流し、その後に今の声で歌った。「声は随分変わる」を目の当たりにした。現在の未来君の声はハイ・バリトンに聴こえた。音域も広そうだった。2番目は『老女優は去りゆく』、これは美輪明宏さんの歌だそうだ。ある女優の売れなかった時代、売れていた時代、落ちぶれてゆく時代をその時々の感情を交えての熱唱は独り芝居を観ているようで演技力もあることを証明した。振り返ってみれば『ビリー・エリオット』と『オリバー』で主役を演じたのだからそれは当然だ。この歌は年齢を重ねれば表現が変わっていくはずで将来更に良い味が出ることを期待したい。3番目は弾き語りだ。ゲストでミュージカル『アニー』を演じた吉岡花絵さんによると未来君と初めて会った頃、自作の曲を弾き語りしていたそうだ。その曲が聴けるかなと思ったが残念なから『わさび』だった。この曲は自分のペースでゆったりと歌った。これが未来君の持ち味かもしれない。
  次にダンスだ。未来君と言えばビリーエリオットのダンスが思い浮かぶ。この日、ダンスの場面はいくつかあったが印象に残ったのは木村咲哉君、廣瀬喜一君、川口 調君との共演だった。これはビリー・エリオットを思い起こす熱のこもったダンスだった。ご承知の通り、木村君は2017年のビリー役、廣瀬君は2017年のビリー役の最終候補者、川口君は2020年のビリー役だ。『ビリー・エリオット』ファンにとってはうれしいだろう。この場で気付いたことがある。ピルエットは左回りであることだ。これは廣瀬君の「未来君の振り付けで練習していたら筋肉痛になった。ここだけが痛くなった」と体の左側を抑えた。この言葉で気が付き「そうなんだと」思った。ビリーの舞台でもピルエットは左回りだったことを思い出した。他のダンスも左側を軸にしていた。何気なく観ているダンスにも法則があることを知った。
   他に忘れてならないのは川口君のバトン表現『へイ、パチューコ』だ。初めて観た時に比べグレードアップしていた。気合が入っているのは明らかでバトンを天井に投げ上げて再び取る仕草に注目した。バトン競技の場所ではなく舞台なので天井にはかなりの数のスポットライトが吊り下がっている。やりにくいのではと思ったがそれを感じさせない演技だった。これが国際競技で優勝した実力なのだろう。
   時間は瞬く間に過ぎ最後の締めくくりは『ボヨヨン行進曲』だった。出演者全員で歌い踊る姿に観客は手拍子で応えた。

   全体の感想を述べる。歌、ダンス、演劇的要素、話術が共に良かった。演じているのは未来和樹君だがビリー・エリオットが成長した姿と重なった。ビリーがバレエスクールで培ったものを全て放出している、そんな感じがした。今回は企画、構成、演出、振り付けは未来君が行ったそうだ。そこに未来君が目指しているものを見たような気がした。ただ「あれもこれもやろう」と欲張ってしまったような気がした。観客によっては消化不良になるかもしれない。舞台で一番伝えたいことを明確にした上でプログラムを工夫すると良いだろう。
風「最後は一緒に踊っちゃいました。」
空「ぼくも自然に体が動いたよ。」
五月「観客はスタンディングオペレーションだったね。」
薫「締めくくりがよかったからだよ。これで全体の印象が更によくなった。やっぱり最後は大事だね。」