北九州少年合唱隊
北九州少年合唱隊第17回定期演奏会
〜『少年隊の美しいハーモニーをとどけよう』〜 |
11月24日(月)、小倉にある北九州芸術劇場を訪れた。客席に入ると「こんにちは、席はおわかりですか」とOBらしき高校生の少年が声をかけてきた。チケットを見せて「K―30です」と答えると席まで案内してくれた。数名の中高生の少年が案内係りをしておりきびきびと対応する姿は見ていて気持ちがよい。席に座りパンフレットでメンバーを見ると4歳から中学1年までの24名だ。(中1 2名 小6 3名 小5 3名 小4 6名 小3 3名 小2 2名 小1 2名 6歳、5歳、4歳が各1名)未就学児が3名ということはメンバー集めに苦労していることがうかがわれる。開演が近づくと300席程度の客席がほぼ埋まった。当日券が買えたのはラッキーだった。当日のプログラムを紹介しよう。
第1部、よろこびのハーモニー
1 扉(交響曲5番から)
2 だれだろう(ピアノソナタ"悲愴"から)
3 すてきな世界(エリーゼのためにから)
4 探検(交響曲第3番から)
5 こころ(ピアノソナタ"悲愴"から)
6 空から声が(メヌエットから)
7よろこびの歌(交響曲第9番から)
ベートーベンの曲をアレンジしたものである
第2部
少年隊OBと共に
・
この星に生まれて
・ 夢の世界を
・ Let's search for Tomorrow
OBによる男声合唱
・
見上げてごらん夜の星を
・ どんな時も
・
世界に一つだけの花
みんなでうたいましょう「もみじ」
第3部
友情出演 北九州市小倉少年少女合唱団
第4部
合唱ミュージカル「ピーター・パンのぼうけん物語」
以上4部で構成されている。
1部は、音楽的にレベルの高い曲だが、高山保材先生指揮の下で引き締まった合唱に仕上がっていた。高音低音ともしっかり声が出ておりメンバーの一生懸命さが伝わってきた。ソプラノ、アルトのソロは声量のあるはっきりした言葉で歌い全体をリードしていた。
2部はメンバーとOBの声がバランスよく一つになっていた。1部に比べてメンバーの声もリラックスした感じになりポピュラーな合唱曲を力強い声で楽しそうに歌っていた。次のOBだけの合唱は、強弱を使い分けメリハリの効いた合唱になった。中高生の男の子の合唱もいいものだ。大学生や社会人の男声合唱の重厚さとは違う魅力がある。全員が楽しそうに歌っているのを見てこの合唱団の指導方針がわかるような気がした。歌う楽しさがわかり大人になっても歌い続けるのはすばらしいことだ。OBの合唱団があればと思う。欲を言えば「世界に一つだけの花」はステージで動きまわらず、合唱に徹した方がよかった。
4部の「ピーター・パン」。少年合唱団の演奏会でミュージカルを見るのは久しぶりだ。それぞれの子が自分の歌や踊りでしっかり役割を果たし、アンサンブルのよい楽しいステージになった。舞台装置の海賊船は工夫が施され感心。出演者はピーターパンをはじめ演技が全員うまい。特にフック船長役の子がよかった。普段は威張り、ワニを前にすると気弱になる船長をコミカルに演じていた。歌や台詞はないが着ぐるみ姿のワニも楽しい。終演後、この演奏会を最後に卒団する2名が紹介された。フック船長とウェンディ役の中学1年生だ。ウェンディ役の子は客席から「男の子だったんだ」という声が上がるぐらい年下の子の面倒を見る少女役になりきっていた。
話は違うが新幹線を小倉や博多で下車するたび「行き交う人たちに活気があるな」と思う。北九州少年合唱隊にもそのような活気を感じた。元気な声が出ている。歌詞がはっきりと歌われ聴き取りやすい。元気さという点では日本の少年合唱団の中で一番ではないだろうか。北九州という土地によく似合う合唱団というのが自分の印象だ。北九州少年合唱隊憲章があるので紹介しよう。
1、 美しい物を大切にします。
2、 いつも明るく集中して練習します。
3、 隊員としてはずかしくない態度で行動します。
4、
歌をとおして、みんな仲よくします。
5、
歌う喜びを深めすばらしい合唱隊にします。
この憲章を守り、九州を代表する合唱団になるようにと願い会場を後にした。
芝居心がある少年たち
北九州少年合唱隊2004年12月4日 |
12月1日に開業した羽田空港第2ターミナルへ初めて足を踏み入れた。あちこち見たいが出発時間が迫っている上に検査場は早朝にもかかわらずかなりの列だ。先月来、同じ時間帯に羽田空港を利用しているがこんなに混雑するのは初めてで急に旅行客が増えた感じだ。乗り込んだ7時30分発のANA福岡行きもほぼ満席。出発ラッシュにぶつかり離陸したのは8時前。今日は天候が悪く雲のじゅうたんを見ながらの飛行だ。こういうときはひたすら眠るに限る。目が覚めるとまだ水平飛行中。広島便なら降下体勢に入っている時間だから福岡までは距離があると感じた。しばらくすると関門海峡が見え高度を下げ始め福岡到着は20分遅れの9時40分。ここで少々ぐずぐずして地下鉄で博多駅へ到着。博多10時28分発の快速電車で小倉着。ボストンバッグをコインロッカーに入れ再び電車に乗って門司港着。外は強い雨だが鉄道資料館へ行こうと歩き出す。道路反対側に雰囲気のある食堂を見つけ昼食に入るとハヤシライスがお勧めとわかり注文。おいしかったが運ばれるまでに予想以上に時間がかかった。よせばいいのにもう一つのお勧め品バナナのフリッター(この辺りはバナナのたたき売り発祥の地)を食べたらたちまちタイムアップ。鉄道資料館を目の前にして駅へもどりJR鹿児島本線の西小倉駅に近い北九州芸術劇場中ホールに着く。昨年は指定席だったが今年は自由席。開場を待つ列に加わった。年輩の夫婦が多く孫を見に来たのだろうと思う。開場すると客席の入り口には中高生のOBがいて元気に観客を迎えていた。当日のプログラムは以下の通り。
第1部 僕の応援歌
・
ぼくのおうえんか 合唱組曲「ぼくだけの歌」より
・ 君をのせて
・ 天使の羽のマーチ
・
一千億の夢 合唱組曲「ぼくだけの歌」より
第2部
・ この星に生まれて
・ 夢の世界を
・
Let’s search for Tomorrow
みんなでうたいましょう 「かえるのがっしょう」
第3部
友情出演 北九州市小倉少年少女合唱団
第4部
合唱ミュージカル 「シンデレラ」 原曲 ブルグミュラー
進行役のOB2名の挨拶に続き少年隊による『北九州市歌』でスタート。小中学校でよく歌われるようになったそうで応援歌的な歌だ。続いて1部に入る。歌の前に「ぼくのおうえんか」を歌いますというように曲の題名を紹介するがもう一言、例えば「ぼくたち、男の子の気持ちを歌った曲です」というふうに加わるとなおよかった。幼稚園児から中学1年まで20名の合唱は言葉がはっきりし声も出ている。元気のよいのがこの合唱団のよい所で全体的にアルトがしっかりしており合唱を支えていた。特に2曲目でソロを歌ったボーイアルトの声質がよかった。次の機会には『あいつ』『なにかいいことありそうな』を加え合唱組曲『ぼくだけの歌』を通しで歌って欲しい。レパートリーにしているTOKYO FM 少年合唱団や広島少年合唱隊とは違う味が期待できそうだ。気になったことを一つあげると『ぼくのおうえんか』の最後のポーズで女子学生が観光地で記念撮影するような感じだったことだ。ここは少年らしく片手をまっすぐ振りあげた方がかっこよく決まったはずだ。
2部のOBとの混声合唱は人数が増える分厚みがあった。少年合唱団には馴染みの曲ばかりで全員楽しそうに歌っているのがよい。昨年はOBだけの合唱もあったが今年はなし。10名もいるのだから2曲ぐらい歌って欲しかった。
次にミュージカルについて述べる。原曲はピアノの「やさしい25曲の練習曲」で音楽好きならどこかで聴いているはずだ。昨年も感じたがこの合唱団のメンバーは演技が自然で芝居心をもっている。小さな役でも台詞を一言しゃべるだけで存在感が出るので舞台がよりおもしろくなる。例えば合唱に続いての最初の台詞「諸君、静粛に。これは真面目な話なのだ」(ねずみの王様)。なんということはないが「おっ」という感じで話しに引き込まれてしまう。どの子も良い味を出していたが中でも印象に残ったのは継母役の中学生(貫禄)と魔法使い役の小学生だ。前者は表情での演技がよく「静」の演技、後者はマントを着て魔法の棒を振りながら動きまわる「動」の演技。この対比がおもしろかった。それと忘れてはいけないのが意地悪な姉妹役の2名で息が合った演技は主役のシンデレラ(意志の強そうな女の子に仕上がっていた)を引き立たせることができた。出番のない役も後ろで軽い振りを付けての合唱をするが動き過ぎという気がしないでもない。舞台効果を考えての演出だろうが前で演技をしている「動」に対しここは動かずに「静」に重きを置いた方がよかった。「動」を生かすためには「静」が必要ということを忘れるべきではない。群衆という役で歌う合唱団なら演技が必要だがこの舞台は違う。ただ終了後のカーテンコールで一人一人が音楽に合わせて行う振り付けは楽しくミュージカル全体を盛り上げた。舞台上の道具類や衣装も手作りという感じで暖かみがあったが中でも目を惹いたのはかぼちゃの馬車だ。かぼちゃをイメージした三輪車で運転席に御者役が、後部にシンデレラが座る席がありなかなかの傑作と思っていたらカボチャドキヤ国立美術館長による特別制作品ということが紹介された。いろいろな人に支えられてよい舞台ができるのだといつもながら思う。
終演後、これを最後に卒隊する3名の紹介と隊長の高山保材先生の挨拶があった。「15年前の発足当時、少年隊は40名ぐらいいたが今はやっと20名。隊員がふえてくれればと思う。自分の頃は歌ばかり歌っているとろくな者にならないと言われた。でも合唱隊でひたむきに歌うと感性や集中力がつくようで九大や熊本大学で科学系の勉強をしている者もいる。」という内容で隊員集めはどこの少年合唱団も共通に苦労している。今回も小学3年生と4年生は無料招待の特典があった。どの程度効果があったかはわからないが一つの工夫だ。思い切って「少年合唱隊と歌おうと」いうコーナーを用意し会場に来ている男の子たちに舞台に上がってもらい簡単な指導を受けてから一緒に歌うというのはどうだろうか。歌う楽しさがわかると思うのだが。声楽家の岡村喬生さんは早稲田大学1年生の時、グリークラブに入部希望の友人につきあい(本人は歌に興味はなくむしろ否定的だったそうだ)いっしょに歌ったことで目覚めたという話しもある。正しく歌うことは呼吸法やきちんとした姿勢を学ぶことになるので健康的だし体力向上にもつながる。合唱はメンバーが心を一つにしないとよい演奏はできない。チームワークの必要性はスポーツと同じなのだが日本では合唱への評価が低いのは残念だ。すべてが終わりロビーに出ると隊員が舞台衣装のまま観客に挨拶していた。ここで当日精算することになっていた入場料を保護者の方に渡そうとしたら「高山先生をお呼びしましょう」とうれしい申し出があった。高山先生と握手してご挨拶するうち代金を払うのを忘れたことを小倉駅に来てから思い出し帰京してから昨年の定期演奏会のレポートと一緒にお送りした。
明日は宝塚に行くので今夜中に新大阪近くのホテルへチェックインすればよく時間は充分にある。昨年見つけた駅近くにあるふぐ料理屋で杯を重ねミュージカルの一節を小さくハミングしながら余韻を楽しんだ。
無料航空券で北九州行脚
北九州少年合唱隊を見学 2005年2月6日 |
少年合唱行脚を繰り返すうち、ANAのマイレージが貯まり国内線を無料で1往復できる権利を手にした。ただ連休などの旅行に適した時期は使えず有効期間も限られているのでさっさと使おうと2月5日(土)に福岡の知り合いを訪問し、翌6日(日)に北九州少年合唱隊の練習を見学させていただくことにして出発。寒い日が続くだけあって飛行機から見る地上は雪のため白い。到着した福岡も寒かった。この後のことは省略して翌日に進もう。
6日は小倉駅ターミナルビル内のホテルで目覚めた。昨日は福岡で知り合いと杯を重ね途中の記憶があやふやな中、無事ホテルにたどりついたことに感心する。荷物も無事で何事もなく一安心。シャワーを浴びてバイキング朝食を食べるうち意識がしっかりしてきた。
小倉8時40分発のモノレールを徳山嵐山口で下車。この日も曇りで寒い。駅事務室で練習場所の神理幼稚園の場所を尋ねると徒歩1分の近さだった。にもかかわらず反対方向に歩いてしまい通りがかりの人に道を聞くことになった。その人に連れてきてもらった幼稚園は神理神社という広い敷地の中にあった。境内を歩くとおごそかな気分になり立ち止まってしばし瞑想。幼稚園の前に戻ると合唱団とおぼしき少年や少女が中に入っていくのが見えた。ここを練習場所として使っているのは北九州少年合唱隊と北九州市小倉少年少女合唱団(といっても少年はいない)で、日曜の午前中は少年合唱隊の練習のはずだがと思いつつ園庭にいらした保護者らしき女性に見学したい旨を伝えると「どうぞ、どうぞ」と元気な声で玄関に案内しスリッパを用意してくれた。しばらくすると指導者の高山保材先生がいらしたのでご挨拶すると快く見学を許可していただいた。きょうは、2月11日の式典で合唱する『紀元節』『大地讃頌』『春の声』を少年少女合唱団といっしょに練習するそうだ。練習場所はプレイルームとおぼしき広い部屋で70名近くが整列しても余裕がある。
先ずは手を上に伸ばしてジャンケンのパー、グーをしたり肩を回したりの準備運動。続いて手でおむすびを作りひっくり返しておへそに当てる。「丹田を意識して吸って、吐いて、いい顔して」と正しい呼吸を行う。大きく吸い込まないよう「空気は、ただだけど大切に使おう」とアドバイスがある。次は右手の指を2本立てて耳たぶに置き声を出す。指2本は音叉の役割をするそうでは初めて聞く話だ。「イ」の音を出した後に「ヘ」の音を出す。「への音は息漏れする人が多い」と指摘がある。更に「声を響かすのは歯の下、喉の下、眉間、頭のてっぺん」との指示で発声が続く。先生の指示に対し元気に「はい」と答える団員たちは見ていて気持ちがいい。きょう初めて来たという小学5年の少女が紹介された。挨拶して列に戻ると『紀元節』の練習が始まる。音取りはできていて最後の仕上げだ。先ほどの少女の横に高校生とおぼしき先輩がついてインストラクターの役割をしていた。続けて『大地讃頌』『春の声』を1回ずつ歌うと5分間休憩。「ありがとうございました」団員たちの声が響いた。休憩中は水分を取るようにと指示がある。
練習が再開され、ソプラノ1,2 メゾソプラノ1,2 アルトのパートを確認する。先の3曲を順番に歌うのだがだめ出しが何回か出る。『紀元節』に関しては「暗くならない。日本の国が明るく生まれてきたように」「フレーズがちょん切れている。フレーズのおしまいを伸ばすように」「言葉への思い入れがないと顔に出る。本当の平和を守る気持ちで歌おう」など。この曲は本番では選抜16名が歌うそうで少女ばかり16名が指名され並び方を確認する。当日、家の用事などで来られないメンバーを列から出し『大地讃頌』の練習に入った。「地球を大切にしようという気持ちを込めよう」「『大地』の部分は絞る」「『大地を愛せよ』はソフトに」「『感謝せよ』はしっかり切る」「『平和な大地を』は鼻の下から声を発するように。力を入れよう」「聴いている人の心に食い込む」など言葉を大切にすることに重きを置いているように感じた。『春の声』は「美しい神だよ。鼻のつぶれた女神ではない」「高い声を伸ばして」「春の暖かさに胸をときめかす感じで。『輝く』がぴしっと決まらない」というようにイメージ作りに重点を置いているような感じだ。高山先生は響き渡るような声で時にアクションが入る熱のこもった指導だ。それについていく団員は全員きちんとした態度を保ちつつ芯の通った合唱で応える。ソプラノ1を歌う高校生たちがコロラトゥーラの見事な声を出していて聴き応えは充分だ。ここまで約2時間。休憩なしにも拘わらず声が疲れないのは基本がしっかりしているからだろう。これが終わると少年隊だけの練習となり別室へ移る。少年隊は本日13名。隅に立って見ていると一人の子がパイプイスを一つ出し別の子が自分の所へ来て「こっち」と背中を押すようにしてイスの所へ案内してくれ「どうぞ」と言った。この子は定期演奏会でしっかりしたアルトソロを歌たったN君。少年合唱団員は寡黙というかシャイというかこういうタイプが多いように感じる。「ありがとう」お礼を言って座り自分も子どもの頃、似たような感じだったことを思い出す。指導をするのは穏やかそうな女性と若い男性ピアニスト。女性は市内の小学校のI先生、男性は同じく中学校のW先生と知った。練習する曲はヴィヴァルディの『四季』の中の『春』に日本語の詩をつけた曲だ。ジャンプして足をぽん、肩を後にまわして息を入れやすくしたところで練習開始。曲を入れている最中のようで少しずつさらっていく。「ピアノで響かせて。ピアノだと音が小さくなる。難しいね」「びっくりした目で歌う。言葉をはっきり。」I先生は穏やかに話しながら進めていく。光の春の「の」など難しい部分をチェックしそこを矯正する。「軽く歌う言葉とそうでない言葉がある。」日本語でわかりやすく歌うのは難しいとあらためて感じる。続けてパート練習が始まる。ソプラノ1(2名)、ソプラノ2(4名)、メゾソプラノ(3名)、アルト(4名)の4部合唱と知り「やるな」と思う。ソプラノ2は園児2名と小学2年生2名で一番大変かもしれないがセンスはあるとのことだ。練習が終わったパートは楽譜を読むように指示があるがソプラノ1が集中していない。それに対し小柄な子がリーダーを務めるメゾがしっかりしていた。「川の流れはさらさら行く感じで」の指示を聞き、リーダーが一生懸命歌うと残り2名がついていくという感じ。終わると彼は楽譜に集中。それを見た二人も楽譜に目を落としていた。栃木少年合唱団の神永先生が「真ん中が性格を決めるんだよ」と話していたのを思い出した。その通りだとよい合唱が期待できそうだ。上級生2名と中学生2名のいるアルトは自覚があり疑問な箇所を質問するなどしっかりしている。「鳥の『と』、せせらぎの『せ』をしっかりやると歌いやすい」とアドバイスがある。最後の全員での合唱は「声が響いてきた。花マル」とI先生が評価する。本番は5月1日の少年少女合唱団の定期演奏会で、そこに賛助出演して歌うそうだ。すべての練習が終わると全員正座してミーティング。きょうの目当て「半日練習だけどしっかりやる」「同じ言葉をつないで歌う」がどうだったかをパートリーダーが順番に話していくのを全員が静かに聞いており引き締まった雰囲気だ。ここで少年たちは帰宅。少年少女合唱団は昼食後、定期演奏会で行うミュージカル『ライオンキング』の配役決めと練習をするそうだ。高山先生から「お昼ご飯をごいっしょに」とお誘いを受けたので好意に甘えることにする。昼食の席でいかにもベテランという感じの女性ピアニストのN先生、少年合唱隊の指導をしていたI先生、W先生にあらためて紹介していただき歓談した。
練習場所にもどるとI先生が「少年隊のK君が道楽さんの文章を読んでいるんですよ」とおっしゃった。読んでくれる子がいるのはうれしいがその子の顔がわからず「ミュージカルでどの役をやった子ですか?」と尋ねると「メゾソプラノのリーダーで『せんにょ』です」と答えが返ってきた。「せんにょ」が「仙女」につながるのに少々時間を要した。レポートでは「魔法使い」と書いたが実際は仙女だったのかと修正。もう一つ「ねずみの王様」は「ねずみの議長」と修正しておく。K君はしっかりした感じでボーイズ・エコー宝塚の団長I君となんとなく雰囲気が似ている。
さて午後の練習の始まりだ。少年少女合唱団の指導をしていらっしゃるY先生とS先生と初対面のご挨拶をする。Y先生は元校長、S先生は現役の教頭だそうだ。見学用のイスに座るとリーダーの少女が楽譜と台本を「どうぞご覧ください」と持ってきてくれた。ごく自然な振る舞いに感心。練習は主役の少女が貸本を返しにくる場面を何度も繰り返す。音は取れていてうまくできているような気がするが注意点がいくつも指摘されなかなか厳しい。「悪い所はすぐ注意しなさい。後から直るだろうと思ってはだめだ」高山先生の鋭い指摘は自分にもあてはめて考えた。練習を進めながら配役決めも行う。その役をやりたい子が立候補しみんなの前で演じ全員の総意で決められていく。少女たちは積極的で元気がある。練習を繰り返してもだれることはない。練習とはいえ張りつめた空気があり衣装を着れば本番を見ているようになるだろう。練習終了後少年隊と同じ形でミーティングがあるが「次からはお弁当を持ってきて時間を無駄にしないようにしましょう」「子どもが巻き込まれる事件が多いから暗くなったら外を歩かないようにしましょう」などしっかりした意見が多い。高山先生が一言挨拶をとおっしゃるので「きちんと練習しているのに感心しました」という旨をスピーチ。一部の子が拍手をしてくれた。「本番に来てください。同じ日本じゃないですか」という元気のあるN先生の言葉に九州の女性パワーを感じた。
帰りは小倉駅までI先生が車で送ってくださった。少年合唱団の魅力と男の子ならではの良い歌がないかを話すうち、到着した。次回の見学までに答えを用意したいものだ。
良い歌があればメールをください。お待ちしております。
北九州市小倉少年少女合唱団第38回定期演奏会
被災者支援チャティーコンサート
2005年5月1日
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「北九州は視界天候不良のため、羽田に引き返すか福岡に行くことが予想されます」 羽田空港のJAL北九州行きのゲートにこんな表示があった。「引き返すとどうなるの?」尋ねたぼくに「飛行機代は全額返ってくる。ただで飛行機に乗って飲み物をもらえることになる」道楽さんは呑気に答えた。ぼくたちは北九州小倉少年少女合唱団の定期演奏会に友情出演する北九州少年合唱隊を聴くため小倉へ行くのだ。ことのきっかけは冬に練習見学をした時、ピアノの先生から「同じ日本じゃないですか。来てくださいよ」と誘われたことだ。「少年少女合唱団のミュージカル練習は気合いが入っていたので本番も見てみたい」と道楽さんもその気になったわけでいつもながら単純な発想だ。「着けなかったらつまらないよ。新幹線にすれば」「今からじゃ間に合わない。多分大丈夫だよ」「宝塚に行く時と気合いが違うね」ぼくは心の中で言った。
無事に飛び立ったJALのMD87は順調に跳び続け無事北九州空港に到着した。バスで小倉駅へ行きJRで門司港駅下車。「前回見られなかった鉄道資料館を見学しよう」と話す道楽さんはさっきと違い気合いが入っていた。その前に昼食をと目についた食堂でハヤシライスとふくのアラが入った赤出汁を注文。道楽さんによるとこの辺りはハヤシライスとバナナが名物だそうだけどぼくとしては赤出汁の香りが気に入った。
時間の関係で鉄道資料館を足早に見学。実物の車両や模型のレイアウトなどを見る道楽さんは楽しそうだ。「どこがおもしろいの?」と尋ねたぼくに「趣味の説明はうまくできない。退屈なら計時係を頼もう。1時になったら教えてくれ」と仕事をくれた。ぼくは道楽さんの時計の音を聞くのと針が動くのを見るのが好きなので一向にかまわない。それぞれの趣味を楽しんで見学を終了した。
会場の北九州芸術劇場大ホールに来ると大勢の人が並んでいた。「当日券の発売なし」という表示も驚きで合唱団は小倉ではかなり有名のようだ。入場するとミュージカルを広角な視点で見るため、二階の最前列を取った。
当日のプログラム
第1部 宗教曲はゴスペルで
(1) オラトリオ「メサイア」より
@ハレルヤ Aゴスペルでハレルヤ
(2)「天使にラブソングを…」より
@ヘイル・ホーリー・クィーン Aアイ・ウィル・フォロー・ヒム「愛のシャリオ」
第2部 少年隊の歌 <友情出演> 北九州少年合唱隊
(1)『ビバルディの四季』より
“春”“夏”
(2)栄光への架橋
第3部 KJCポピュラー『ウチナーソング(沖縄の歌)』より
1. 島唄 2.涙そうそう 3.島人の宝
第4部 KJC合唱ミュージカル 『美女と野獣』
お目当ての少年隊は20名がステージに上がり、先ずは新しいキャプテンの中学1年生I君がはっきりした声で挨拶した。話し方に余裕があり合唱への期待が高まった。『四季』は全員が心を一つにして歌っているのがよく、少年らしい一途な気持ちが伝わってきた。メゾソプラノのリーダーK君が一生懸命歌っている姿に頼もしさを感じた。低学年の隊員には難しい曲を歌いきったのはチームワークの表れだろう。ただアンサンブルがうまく溶け合わない部分がありそこを深めて欲しい。料理で言えば材料はよいがまだ充分に味がしみ込んでいないシチューという気がした。練習を繰り返し、秋の定期演奏会のプログラムへ入れて欲しい。『栄光の架橋』は『四季』を歌い終えた安堵感が伝わる落ち着いた合唱だった。声を張り上げることなく曲の雰囲気を捉えた調和のある歌声は少年合唱ならではの清らかさがあった。短い時間にもかかわらず少年隊の歌をアピールできたステージで多くの人が注目してくれることを願う。ここで休憩。この間、少年隊の隊員が福岡の地震で被災された人への募金箱を持って客席とロビーをまわっていた。セーラー服の制服は間近で見るとなかなかいいものだ。隊員の姿勢がよいのも制服をよりかっこよく見せている。この制服に憧れ入隊する男の子がいないものかと思う。
少年少女合唱団(少年はいない)のことも書こう。人数が多いので迫力もあるがなんといっても多彩な振り付けを使った表現力で見る者を惹きつけている。振り付けで歌がおろそかになることはなく高いレベルを保っているのがこの合唱団の強味だ。ミュージカルは役柄に合った振り付けで各自が自然に動いている。これが見る者を楽しませてくれる。この振り付けは団員が考えながら決めたそうで伸び伸びした演技につながっているのだろう。とにかく下手なプロ以上に見応えがあり遠路足を運んだ甲斐があった。
終演後、ロビーで高山先生に、招待のお礼と叙勲のお祝いを述べた。少年隊を指揮した井上先生は隊員といっしょに出口で「少年隊募集」のチラシを配っているそうでしばらくお待ちしてご挨拶。定期演奏会では“春”“夏”“秋”“冬”全曲歌うそうで今から楽しみだ。
「ちょっとくたびれたね」
道楽さんは博多へ向かう特急電車「ソニック」の席に落ち着き缶ビールを一口飲むと言った。「女の子たちのエネルギーに圧倒されたんだろう。あのパワーはすごい。あんたがわざわざ来たわけがわかった。ぼくはエネルギーをもらって元気になったぞ。♪おはよう、ボンジュール、ご機嫌いかが」と『美女と野獣』の一部や『島人の宝』を口ずさんだ。「テンション高いな。でも仕方ないか」道楽さんは笑った。博多へ着くと「軽く飲み足そう」と電話で飛行機を21時30分発の最終便に変更した。「なんだ。あんたもそれほどくたびれてないじゃないか」ぼくが言うと「君と同じ状態らしい。こういう時は辛口のカクテルだ」と答えた。地下鉄に乗り中洲川端で下車。慣れた足取りでビル内にあるバーへ入った。「○○さん(道楽さんの本名)いらっしゃいませ。ご旅行ですか?」と黒いスーツを着た男の人(名物マネージャーだそうだ。ここには女性はいない。念のため)がカウンターに案内してくれた。「福岡にも知ってる店があるの?」ぼくは驚いた。「縁があってね」と道楽さんは小さな声で答えた。注文を聞かれた道楽さんはドライマティーニを頼んだ。「ジンはお好みのものがありますか?」「ボンベイサファイアでお願いします」「飲み過ぎるなよ」ぼくが言うと「わかってる」と氷の入ったグラスをぼくの前に置いた。「君もクールダウンして計時係をやってくれ」と道楽さんは時計をぼくに見えるようにカウンターの上へ置いた。
この後、僕たちは無事飛行機に乗り帰京しました。道楽さんは翌朝、いつも通り仕事に行きましたのでご安心ください。今回もお読みいただきありがとうございました。
OBに続くぞ。
抜群のパワーがある北九州少年合唱隊の定期演奏会
2005年12月18日 |
「酔いはすっかり醒めた。寒いなあ」道楽さんがつぶやいた。「まだ20分もたっていない。寒いと醒めるのが早いんだね。知らなかった」ぼくは道楽さんの顔色を見た。さっきまでぼくたちは小倉駅近くのふぐ料理屋でお昼ご飯を食べていた。ひれ酒を飲んだ道楽さんは赤い顔になっていたのに今は戻っている。ぼくは飛行機から見た白い地面を思い出した。雪が積もっていたのだ。9時過ぎに到着した福岡地方は摂氏1℃で曇り空。今も空は曇っていて気温は上がっていないようだ。「薫君は寒くないの?」「寒いのはわかるけど、あんたほど感じてないようだ」「若いんだな」道楽さんが羨ましそうな顔をするのがおかしかった。北九州芸術劇場中ホールの列に加わっていると「ここは大ホールではありません」と係りの人がまわってきた。それを聞いて列から出ていくのは、大ホールのクラッシックコンサートに来た人たちでけっこうな人数だ。「きょうはお客さんの数が少なそうだね」と道楽さんは言ったけれど開演時間が近づくと定員700名の客席はほぼ満席になった。では当日のプログラムを紹介したら道楽さんにバトンタッチしよう。「薫君、君が書いてよ」と道楽さんが冗談とも本気ともつかない顔でぼくに言った。「そんなこと言うんじゃない。老け込むぞ。意地でも書き続けるんだ」と答えると「厳しいんだね」とぼくの肩をたたいた。
当日のプログラム
オープニング きらきら星 北九州市歌
第1部 少年隊の歌
「ビバルディの四季」より “春” “夏”
第2部 少年隊OBと共に
この星に生まれて 夢の世界を
Let’s search for Tomorrow
少年隊OBの歌
上を向いて歩こう スタンドバイミー
第3部 友情出演 小倉少年少女合唱団
大連好 海は故郷 島唄 島人の宝
第4部 合唱ミュージカル オズの魔法使い
例年の通り、司会を担当するOB2名の挨拶で始まった。きちんとした姿勢ではっきり話ができるのは合唱団で培ったものがあるからだろう。見ていて気持ちが良く現役メンバーの合唱への期待が高まる。最初の『きらきら星』はアカペラでの合唱で透明感のある声が引き立つ。馴染みある曲もこうして聴くと新鮮だ。次の「やまなみに あさのひ はえて げんかいの なみうつ ところ」で始まる『北九州市歌』はエネルギーがあり人を元気にする曲だ。2曲歌い、喉が暖まったところで『四季』に移る。幼稚園児から中学1年生までの20名の歌声は聴いている者の胸に響いてくる。つたない部分もあるがそれが気にならないさわやかな合唱だ。ソプラノ、メゾゾプラノ、アルトによる3重唱を入れたのもよかった。アルトにきれいな声の子がいたのが印象に残った。2部のOBと共は定番の曲を3部で合唱する。自分から見てこの合唱団の特徴は「パワー」である。特にOBの声にそれを感じる。「歌がとても好きだ」という感じで歌うOBたちを見ていると気分がよくなる。少年合唱団の中高生はどこも元気だ。今回は成人した1期生、2期生も集まっていた。OBによる男声合唱はテノールを軸にした『スタンドバイミー』が若々しくてよい。大学生や社会人の先輩たちとの交流できるのも現役の少年たちにはプラスになるはずで合唱団の発展に寄与して欲しいものだ。
友情出演の北九州少年少女合唱団(少年はいない)は小学生から高校生までのメンバーで人数も多い。この合唱団の特徴は合唱に振り付けが加わることだ。振り付けは指導者に「こうしなさい」と教えられたものではなく自分たちで工夫し考案したものである。そのせいもあり実に活き活きとした動きを見せてくれる。少女パワーはすごいと思う。各地の児童合唱団に少年が入り辛い原因の一つはこのパワーに負けるからだろう。
休憩をはさみ今日のメインである合唱ミュージカル『オズの魔法使い』の始まりだ。マント姿で進行役を務める少年が物語のさわりを話すと、ワンピース姿のドロシーが登場。客席から笑いが起きたのは一緒に登場した犬のトトを見たからだ。この役は幼稚園児(黙役)が両手に犬の足をイメージした大きな手袋をつけ耳のついた帽子を被って演ずる。ドロシーがおばあさんに怒られた後、有名な『虹の彼方』を歌う場面では側転をしながら動きまわる。観客を視覚的に楽しませる意味では良いのかもしれないが個人的意見を述べればここは歌に気持ちを集中したかった。ドロシーを観客に印象づけるためトトは動かして欲しくなかった。全体に感じたのは動きが多いことだ。一番の見せ場を決めたらそこに演出のエネルギーを集中させ、他の場面は動きを押さえた方がメリハリがつく。話を戻そう。風が吹きオズの国へやってきたドロシーが北の魔女に魔法の靴を渡され舞台上手に引っ込んだがなかなか出てこない。次の場面のため片足で立っているかかし役の少年が「変だな」という顔をしていると「靴まだ履いてないよ」という声がスピーカーから聞こえた。今日はピンマイクを使っているからで客席から笑い声が起きた。かかし役の子もいっしょに笑っているのが可笑しかった。だがやや固さのあった少年たちの心が一気にほぐれた。かかし役の子は伸び伸びとした美声を聴かせてくれた。ブリキの樵役は力強い声と演技、ライオン役は「ガオー」と勢いよく飛び出したところでドロシーに引っぱたかれ泣き出す落差が良い。この3名とドロシー、トトを軸に、王様や西の魔女(どちらも存在感抜群)、空飛ぶ猿(派手なアクション)、美しい南の魔女などが絡み物語は進行していく。どの少年も自分の役を楽しく演じているのが客席にも伝わってくる。そのためなんだかんだで「あっ」という間の30分だった。終わるともう一度OBが舞台に並び高山先生とミュージカルを指揮した井上先生に花束贈呈を行う。高山先生の挨拶の中に「1期生の○○君が白雪姫を演じた」という言葉があり、合唱ミュージカルは18年前から行われていたことを知った。演じる少年たちは毎回違ってもミュージカルは引き継がれているわけだ。衣装や道具類を作ってくださる保護者の方々の協力も大きな力だろう。これからも一丸になって運営していただきたいものだ。
終演後もメンバーはロビーで衣装姿のまま観客を見送っている。高山先生にご挨拶に行くと「寒波の中、よくいらしてくださいました」と感謝の言葉をいただいた。聞けば陸上の交通機関は軒並み遅れが出ているそうだ。指揮の井上先生からは、定期演奏会に関する記事を載せた毎日新聞のコピーをいただいた。名残惜しいが時間の関係でお別れした。
外は暗くなり相変わらず寒かった。「これから福岡まで戻るのも面倒だな。新幹線で帰ろう」道楽さんは言った。小倉駅に行くと最終の「のぞみ」に十分間に合うことがわかり窓口で指定券を申し込むと「1時間程度、遅れが出ると思いますがよろしいですか?」と係りの女性が聞いてきた。「東京まで帰れればいいです」と道楽さんはOKを出した。「メモの整理でもしていれば到着するだろう」とチケットを受け取り売店に向かった。あれこれ品定めをしてお酒、かしわめし弁当、竹輪を購入してホームへ上がった。電車に乗り込み夕食を食べ終えると道楽さんは居眠りを始めた。これじゃあメモを整理するのは無理だ。「まあいいか」と思ったけど風邪をひかれては困るので揺り起こし「コートをかけなよ」と言ってあげた。道楽さんがコートを体にかけて眠り直すのを見届けて車窓に目を向けた。広島付近はかなりの雪だった。「きょうは寒かったんだなあ」とあらためて思った。
ヨーロッパの民謡を紹介
北九州少年合唱隊のステージ 2006年4月23日 |
北九州市小倉少年少女合唱団第39回定期演奏会へ友情出演する北九州少年合唱隊を聴きに行くことになった。当日は羽田から板付まで飛行機に乗り、空港から博多駅まで地下鉄を利用した。小倉へ行くため、鹿児島本線のホームに行くと「ソニックにちりん」がやってきたので乗車した。
電車に興味のないぼくだけどJR九州の特急はデザインが良いので気に入っている。道楽さんによると車両デザイナーが外観だけでなく内装や設備にも気を配っているそうだ。その言葉通りこの車両は座席が黒い革張り、間接照明の明かりも落ち着いていて快適だ。これならいつまでも乗っていたい気分だ。「JR九州は高速バスと競争しなければいけないからお客さんが乗ってみたくなる車両を作るそうだ」道楽さんの言葉を聞き、音楽に関心がない男の子が少年合唱団に入りたくなる良い方法はないかなと思った。東京ではほとんど見ることができない鯉のぼりを眺めながらそのことを考えているうちに小倉駅へ到着した。駅を出て道楽さん得意の裏通り散策をしていたら落ち着いた感じの洋食屋さんがあったので昼食に入った。年輩の夫婦が切り盛りしている感じの良い店で、道楽さんはカウンター席に座り調理をするご主人の手元を楽しそうに眺めていた。「初めての洋食屋さんに入ったらハンバーグを食べよう」が道楽さんの考え方だ。しかし隣のお客さんが食べているビーフシチューがおいしそうに見えたので「シチューにしようよ」とぼくがねだると「そうしようか」と注文してくれた。ここは料理の味もよく小倉のお気に入りになりそうだ。食事を終え、ぼくたちは気分をよくして北九州芸術劇場へ到着した。では道楽さんにバトンタッチ。
友情出演した北九州少年合唱隊に話題を絞ろう。プログラムは
・ ロンドンデリーエア ・ヨハン公のヨーデル ・ふるさとの空 ・ そうだ村の村長さん
の4曲である。パンフレットにある解説文を引用しよう。
世界各国にはその土地で歌いつがれてきた民謡がたくさんあります。少年隊は友情出演として数多くの民謡の中からヨーロッパ地方に伝わる民謡を3曲歌います。
『ロンドンデリーエアー』はアイルランドに伝わる民謡です。中山知子先生の作詞で、別れの辛さ、悲しさが聴くものの心に強く伝わってきます。初春の陽光の中に、別れの季節のせつなさがきらめく名作です。 『ヨハン大公のヨーデル』は、オーストリアの民謡です。ヨーデルとは、スイスのアルプス地方やオーストリアチロル地方で歌われる歌い方で。胸声とファルセットとが交互するという特色があります。『ふるさとの空』は、ブラームス作曲「交響曲6番」にもそのメロディが取り入れられているハンガリー民謡です。ハンガリーでは、自国の民謡や舞曲などのメロディを作品に取り入れ、民族色の強い交響曲や室内楽を作るということが行われていますが、その中の一つです。『そうだ村の村長さん』は、子ども達の遊び歌です。作曲家川崎絵都夫先生が、同声合唱曲として作曲されました。楽しさの中に、構成の見事さ、美しさがちりばめられらた名作です。詳しい解説で鑑賞の予備知識として役立った。
舞台の準備が整うと、小倉少年少女合唱団(少年はいない)のキャプテンが「わたしたちの弟合唱団の北九州少年合唱隊です」と紹介した。紹介を受けると少年隊のキャプテンが「元気いっぱい歌いたいと思います」と挨拶した。メンバーは幼稚園児から中学生までの18名である。この人数で、ソプラノ1,2 メゾソプラノ、アルトの4部合唱というのは感心する。九州出身の音楽家が多いのはこのような下地があるからだろう。
最初の『ロンドンデリーエア』は軽く弾むようなピアノ伴奏での合唱だ。ついこの間、某合唱団でこの曲を聴いた時はゆっくりとしたテンポで帰れるかどうかわからない息子の無事を祈る親の気持ちを表現していた。こちらはソロだったので両者を比較するつもりはまるでないが、今回は必ず帰ってくる息子を送り出すような表現だ。同じ曲でもちょっとしたことでイメージが変わるのはおもしろい。『ヨハン大公のヨーデル』は一転して声をたっぷり聴かせるゆったりとした歌い方だ。特にソロを歌った少年の音域が広いことに注目した。惜しかったのはスタンドマイクを通したことだ。会場が広いので仕方がない面はあるが声の魅力は割引きとなってしまう。『ふるさとの空』はテンポが良く少年らしい力強さを感じた。テンポの良い曲は少年合唱に合っている。最後の『そうだ村の村長さん』は4曲の中で一番よかった。言葉遊びのような詩はいつ聴いてもユーモラスだ。18名の様々な声が聞こえたかと思うと低音と高音のやり取りとなり次第に一つのハーモニーに収束していくのは見事だった。なによりも隊員一人一人が歌を楽しんでいるのがよい。歌い方を間違えれば単なる遊び歌になってしまうがそうはならないのが北九州少年合唱隊の実力である。声も良く出ていて人数以上のボリューム感があった。
休憩でロビーに出ると少年少女合唱団の後援会への入会を受け付ける場所があるのを見つけ「少年隊の後援会はありますか?」と尋ねると「ありません」とのことだった。あれば入会するつもりでいたのに残念だ。人数の少ない少年隊を応援するのも後援会の役割であるはずだがと考えていると「それぞれの事情があるんだよ。コーヒーでも飲んで気分を変えよう」と薫が言った。「OK」売店へ行きホットコーヒーを飲みながら少女による合唱ミュージカル『ウェスト・サイド物語』へ備えた。
少年だけのミュージカルはパワー全開
北九州少年合唱隊第20回定期演奏会
2006年11月19日 |
「きょうは、マネージャー休みですか?」ドライマティーニを一口飲んだ道楽さんがバーテンダーに尋ねた。すると「Uさんはコーヒーショップに移りました。夜の顔が朝の顔になったんですよ」とバーテンさんが笑った。「そりゃ似合わない。なんか気の毒ですね」「確かにね。われわれも最初は、朝『おはようございます』とUさんに挨拶するのは違和感がありました。でも今ではすっかり板についています。今度はコーヒーショップにもお出かけください」 Uさんはこのバーの名物マネージャーだ。お客様を楽しい気分にするのが得意で時には一緒に飲むこともある。そんなUさんに会いに来るお客様も多かった。道楽さんによるとバー以外の場所で仕事をするのは考えられないとのことだ。「でも状況に応じて変われるのはすごいね」「さっき観た『アニー』もそうだよ。男の子だけでも全然、違和感がなかった」「そうだね。役になりきってたよ」「北九州少年合唱隊だからできるんだね」ぼくたちは定期演奏会の後、東京へ戻る飛行機に乗るため福岡へやってきた。そこで市内にあるお気に入りのバーで「ちょっと一杯」というわけだ。道楽さんの名誉のために言うとここは大人がお酒を楽しむ場所でスタッフは男性だけだ。ぼくみたいな人形でも楽しい時間が過ごせる健康的な場所だ。「でも人間の子どもは入れないよ。念のため」当日のプログラムを紹介したら道楽さんにレポートしてもらおう。
オープニング
北九州市市歌
第1部 少年隊の宗教曲
1. Amenこぞりてたたえよ
2. Dona Nobis Pacem 平和をわれらに
3. Kyrieコンコーネの「ミサ」より
4. モーツアルトの子守歌
第2部 少年隊OBと共に
1. この星に生まれて 2.夢の世界を
2. Let’s search for Tomorrow
第3部 友情出演 小倉少年少女合唱団
KJCポピュラー
1.銀河鉄道999 2.めぐる季節「魔女の宅急便」より
3.島歌 4.島人の宝
第4部 少年の合唱ミュージカル
ミュージカル「アニー」
客席の入り口にはOBの中高生が立ち、観客一人一人に挨拶していた。こういう姿を見ると指導が行き届いていると感心する。見覚えのある少年に「3年前、フック船長をやってましたよね」と声をかけると「はい、そうです。ゆっくりご覧ください」と笑顔で返してくれた。
時間になるとOB3名が前に立ち「みなさん、こんにちは。北九州少年合唱隊第20回定期演奏会にようこそお越しくださいました」と挨拶した。「こんにちは」という呼びかけで会場から一斉に「こんにちは」と返ってくるのを聞くたび、「九州は元気だ」と思う。幕開きに歌う応援歌風の市歌にその気持ちが表れている。この曲を高らかに歌えばだれでも元気になれるだろう。舞台で歌っている少年たちの人数を数えたら22名だった。一時期20名を割っていたから回復しているとうれしくなった。隊員の弟たちが入ってくれたそうでありがたいことだ。
第1部は宗教曲だ。この合唱団の宗教曲は聴いたことがないので楽しみだった。最初の2曲はアカペラなので少年たちの声を堪能できた。宗教曲は厳かにという観念が自分にはある。しかしこの日は元気な合唱が聴けた。元気なだけではなく、ハーモニーもきれいでしっかりしている。変な意味ではなく、これが北九州風の宗教曲という印象をもった。考えてみれば布教活動を暗い感じでやるはずはなく信者は明るい気持ちで町や村で活動していたのだろう。そういう風景を思い起こす合唱だった。3曲目はピアノ伴奏が入った。こちらは前の2曲から一転して、ゆったりと声を使う合唱で厳かな雰囲気となった。使い分けができるのを知り「やるな」と思った。次回の定演でも宗教曲を歌って欲しくなった。やはり宗教曲は少年合唱によく似合う。次の『子守歌』は「作曲者がモーツアルトではなくフリース作曲ということが近年わかった」と紹介があった。合唱は少年特有のきれいなハーモニーを生かしての仕上がりだった。惜しかったのはオブリガードを担当した2名に表情がなかったことだ。声はきれいなのだからもっと笑顔を出し子守歌らしい雰囲気を深めれば満点だった。「あれだと赤ちゃんは眠らないだろうな」薫の一言である。
第2部はOBの中高生12名との混声3合唱だ。挨拶に立った前年のリーダーI君は東京の江戸川区から駆けつけたそうだ。「合唱団との絆は強い」とあらためて感じた。曲は3曲ともポピュラーな曲で少年の混声を堪能した。一人一人が楽しそうに力強く歌うのを見ていると自分も元気になってくる。東京からわざわざやってきたI君の気持ちがわかるような気がした。
演奏会の終演後、『アニー』を指揮した井上先生から11月16日の読売新聞夕刊のコピーをいただいた。「響け 天使の歌声」という題で合唱団のことが大きく取り上げられていた。その記事を一部紹介しよう。
「天使の歌声」と呼ばれる少年合唱団が、ひところに比べ随分と少なくなった。そうした中、九州で唯一活動しているのが北九州市の「北九州少年合唱隊」だ。声変わりする前の男の子たちが透明感あるハーモニーを響かせており、今月19日には説目となる20回目の定期演奏会を開く。
♪ ♪
「みんな前を向いて。もっと大きな声で」 今月5日。神理幼稚園の2階ホールに指導している井上博子さんの厳しい声が響いた。隊員22名は土曜日と日曜日にこのホールで練習に励んでいる。井上さんに注意を受けた子どもたちはそれぞれ自分が立つ位置や振り付けを何度も確かめ、声を合わせた。午前9時半に始まった練習が終わったのは、午後5時だった。隊員は小学1年生から中学1年生まで。男の子は一般的に、中学に入学するころから声変わりが始まるため、中学1年を終えると合唱隊は「卒業」となる。「声変わりする前のこの一時期だけが、女の子にはない深みと透明感のある美しい声が出せるのです」隊長の高山保材(やすき)さんはそう力を込めた。
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合唱の魅力を尋ねるとK君(6年。実名で紹介されているがここでは仮名にする)は「歌に合わせて、自分の気持ちが表現できること」と答えた。音楽が好きで、1年生の時に学校で隊員募集のチラシを見て参加した。それから5年余り。今では合唱ミュージカル『アニー』で主役のアニーを務めるほど。のどが荒れないようにするため、朝はレモネードにハチミツを混ぜた飲み物を愛用し、夜は首にマフラーを巻いて寝る。ピアノも習い始め、「将来は指揮者になりたい」と夢を膨らませる。A君(4年)とN君(1年)は兄弟そろっての隊員。A君は「歌うと胸がスカッとする」と話し、N君は「練習は1回も休んでいないよ」と元気いっぱいだ。練習の間、3階の教室では父母らが舞台で使う衣装や大道具作りに励んでいた。Oさんは「子どもたちが頑張っているんだから、できるだけのことをしなきゃ」と張り切っていた。
では、本題に入ろう。この記事の通り隊員たちのエネルギーを感じる舞台だった。主役のアニーを演じたK君はややハスキーがかったメゾゾプラノで、過去に『ピーターパン』のティンカーベル、『シンデレラ』の仙女、『オズの魔法使い』のブリキの木こりを演じた。いつもその存在感で脇を固めており普段の生活がしっかりしているのが窺えるが新聞記事を読み「やはり」と思った。K君に関して印象に残っていることが一つある。数年前に練習を見学していた時のことだ。メゾゾプラノのパート練習を終え、アルトの練習に入る前に先生が「今の所を楽譜を見て復讐しておきなさい」と指示した。K君はその通りに楽譜を見ていた。この時、ソプラノパートは楽譜を見ずに遊んでいた。それを見た他のメゾソプラノの子が遊びたそうな素振りになったが復習しているK君を見て「自分たちもやらなきゃ」という顔をして楽譜に目を落とした。無言で他の子をリードしていくK君を見て感心した。今回の舞台もK君の目に見えない力が働いたのかもしれない。さて舞台は孤児院の場から始まる。照明を落とした舞台でアニーは静かに歌いながら小さな子の頭をなぜたり眠っている子に毛布をかけたりする。「真夜中に歌うんじゃない。親なし子のくせに」と文句を言いに登場した院長のハンニバル女史に「私にはパパとママがいるわ」と抗議する。出だしでアニーの性格とハンニバル女史の存在が強く印象づけられた。このやり取りで舞台への期待が高まったがその通りの展開になった。「静かに寝るんだよ。返事は?」に対し「はあい、ハンニバル先生。だーい好き」と皮肉な感じで答える孤児たちと満足そうな顔で退場する女史が面白い味を出していた。このシーンは何度か使われ、観客の笑いを誘った。話は進み富豪であるホーバックス氏の屋敷でアニーを中心に蝶ネクタイ姿のボーイとエプロン姿のメイドが踊る場面となる。ここで感心したのはボーイは男性の動き、メイドは女性の動きになっていたことだ。行き届いた振り付けは緻密な練習をしてきたことを証明していた。照れたような演技をする子は誰もいない。舞台の隅にいる子もきちんと演技をしている。女の子役の子は、本当に男の子なのだろうかと疑問をもつぐらい役になりきっている。全員が自分の役をしっかり演じているから心地の良い引き締まった舞台となった。踊る場面がほとんどでも歌は一定の水準を保っている。保護者の方々による衣装も工夫されていて目で楽しむこともできた。これらが重なった結果、自分は最後まで舞台に釘付けだった。これは下手なプロ以上の仕上がりで今回の舞台にかけた指導者の意気込みと少年たちのパワーを感じた。終演後、舞台衣装のままで観客を見送る少年たちは達成感のある良い表情をしていた。「音楽は女の子がやるもの」というのがつまらない固定観念であることを思い知った観客も多くいたことだろう。「この合唱ミュージカルを真似できる合唱団は他にはない」そう感じながら雨上がりの道を小倉駅へ向かって歩いた。
最初のバーの部分へ戻ろう。「『アニー』は長浜の曳山まつりと重なったよ」ぼくは言った。曳山祭は滋賀県長浜市で毎年4月15日を中心に行われるお祭りだ。豊臣秀吉が男子誕生を祝い住民に砂金を振る舞った。町民はそれを元手に曳山を作り秀吉が復興させた八幡宮の祭礼に曳きまわった。それがいつしか曳山の上で男の子だけによる子ども歌舞伎が始まり今に引き継がれているのだ。この年は4月15日がお休みだったので出かけることができた。道楽さんが初めて来たのは1990年。その後は15日が休みにならず次に来られたのは2001年だそうだ。この次が2006年でぼくも連れてきてもらった。曳山の数は全部で12基。そのうち4基が祭に登場するから4種類の狂言が見られるのだ。「言われてみればそうだね。歌や踊り、演技は共通だ」「あの時の男の子たちもすごかったね。本当に男の子?と思ったよ」「男の子の持っている力を感じたよ。こういう経験があるんだ。高校生の頃、文化祭であるクラスが芝居をやった。その時に男が女の役をやったら大受けした。ところが女が男の役をやってもおもしろくないんだ」「なんでかな?」「理由はわからない。昔は芝居をやるのは男だけだったんだよ。女優が出てくるのはかなり後なんだ。今、中学や高校の演劇部や音楽関係の部活は女子が中心のようだから女の子のやるものという感覚になってしまうんだろうね。でも歴史的には男だけの時代が長かったんだ。だから男の子には演技したり歌ったりという潜在能力はかなりあるはずだ。そういうことに興味のある男の子が参加しやすい社会になるといいんだけど」そう話した道楽さんは残っていたカクテルを飲み干しカウンターにグラスを置いた。「もう一杯飲んだら出よう」と言おうとしたらバーテンさんが「何かお作りしましょうか」と声をかけてきた。絶妙なタイミングに感心し、『アニー』の引き締まった舞台が浮かんできた。
広い会場でも存在感。力をつけた北九州少年合唱隊
2007年4月29日 |
小倉駅のコインロッカーもすべて使用中だった。「やっぱりホテルに預けておくべきだった」道楽さんがため息をついた。前日は宝塚市に行き、花とみどりのフェスティバルに出演したボーイズ・エコー宝塚を鑑賞した後、福岡に飛んで1泊。そしてこの日は北九州市小倉少年少女合唱団の定期演奏会に友情出演する北九州少年合唱隊を鑑賞するために小倉へ来たわけだ。帰りは福岡の板付空港を利用するので博多駅のコインロッカーに大きな荷物を預けようとしたらすべて使用中だった。その時点でホテルへ戻って荷物を預けるべきだったんだけど面倒なので小倉まで来てしまった。「しょうがない。これも授業料を払ったと思って諦めよう」と荷物を持ったまま会場の厚生年金会館まで歩くことになった。会場に着くと長い列ができていて待つことしばし。少年合唱を楽しむにはそれなりの忍耐が必要なのだ。「なんでこんなことをしてんのかな?」「なに言ってんだよ。この間、新潟で言われたじゃないか。活動の様子を紹介してくれてうれしいって」「だといいんだけど」「さあ、元気だそう」。開場すると「ミュージカルは広角で見なきゃ」と2階の右側最前列席を確保した。「あー、しんど」「だったら、下に行ってコーヒーでも飲もうよ」「そうしようか」と席にかばんを置いて出口に向かった。いつもなら手ぶらになるけど手回り品を入れたリュックを置く場所がなかったので背負ったままロビーへの階段を降りていくと下から上がってきた女性から「失礼ですが道楽さんですか?」と声がかかった。「そうですが」「やっぱり。定期演奏会のことを書いてくださってありがとうございました」。女性は少年合唱隊の保護者だった。道楽さんのことを一度だけ遠くから見たこと、リュックを背負っているので遠方から来た人では?と思って声をかけてくださったことがわかった。女性は、保護者の方々が集まっている場所に道楽さんを案内し紹介してくださった。「地元ではなんの話題にもならないんですよ。ですから文章を載せてもらえるのはありがたいです」。この話を聞き道楽さんの顔がゆるんだ。「ほら、感謝されてるじゃないか。書いていてよかったろ」コーヒーを飲む場所に移ってからぼくは言った。「これで自信をもてた」笑っている道楽さんを見て「単純だな」と思った。では演奏会の様子を道楽さんに書いてもらおう。
この日は、少年少女合唱団(少女のみだが)の30周年記念コンサートにあたる。目玉のミュージカルは『オペラ座の怪人』だ。全部を舞台にかけるのは時間的に無理なので割愛しての上演だが視覚的にも音楽的にも見応えがあった。では、お目当ての少年隊の様子を紹介しよう。
少女合唱団のキャプリーダーから紹介された少年隊キャップテンのI君が「きょうは、張り切ってやってきました。これから歌う曲は『世界がひとつになるまで』、『この星に生まれて』、『ぼくの応援歌』です」と落ち着いた声でスピーチした。この間を利用して少年隊のメンバーが舞台に入場してきた。この日は17名が2列に並び、指揮の井上先生が登場すると演奏開始だ。最初の曲は、前半を押さえた感じで歌い、後半の「世界が一つになるまで」の前後をやや強い調子で合唱した。また前半から後半へ移る「ララララ」の部分をきれいなハーモニーで歌ったのが後半に生きた。このため、メリハリの効いた合唱に仕上がった。2曲目は少年合唱隊がよく歌うレパートリーと言ってもよい曲だ。この歌を、少年合唱隊が歌うと、平坦な道をジョギングしている印象を受ける。散歩をしていると前からやってくるジョギング集団とすれ違う。「いつもがんばってるな」と思っても振り返らないでそのまま歩いていく。そういう感じだがしていた。しかし今回は「おや?」と振り返り、遠ざかっていく集団を見つめながら「足取りがしっかりしている。しかも集団が揃っている。どうしたんだろう」というような印象をもった。そう感じたのは声が伸びているからである。息が続かないため、次第に声が落ちるのではなく伸ばす箇所がきれいになった。このあたりは成長の証である。聴いていて年上のメンバーが成長していることは明らかだった。そうなると年下の子どもたちにも良い影響が出る。まとまりを感じたのはそのせいだろう。最後の『ぼくの応援歌』でも成長を確認できた。2年前の定期演奏会でも聴いたこの歌は、男の子の表に出せないさびしい気持ちを力強く表現する歌で少年だけで歌ってこそ価値がある。終盤近くに「ある日、おばあちゃんが ぼくを見て…」というホッとする箇所がある。この部分を中学1年生のK君がソロで歌った。彼は2年前にもこの部分をソロで歌った。その時はマイクを使用したが今回はなし。しかもこの日の会場は客席数約2000、2年前の会場は約700なので3倍弱の広さだ。それでも伸びやかな声で歌い、観客から大きな拍手を受けた。合唱自体も17名以上の存在感があった。「よくなったな」と感心したが余計な振り付けあった。それは「がんばれ、がんばれ ぼく へい まけるな まけるな ぼく へい」という部分で4名の年下の子が舞台の前に走り出てジャンプをしながらポーズを取り再び列へ戻って合唱へ加わることだ。ミュージカルやアイドルグループならそれなりの効果はあるがこれは合唱曲である。走り出る時の速さは曲の速さと違うのでリズムを崩す原因にもなる。もう一つ、最後の部分のポーズもミュージカル風でこの合唱にはそぐわない。歌に表れている男の子の気持ちを茶化しているようで残念だった。振り付けをするなら単純なものがよい。
道楽さんは、気に入らない点を書いたけどそれはここだけで他は楽しく鑑賞していたことを付け加えます。終演後、ロビーで高山先生にご挨拶して握手をした道楽さんは「力強いな」と感心していた。少年隊の保護者の方々と話をしている時、「カバンをお持ちします」と親切に持ってくれる保護者がいらした。。道楽さんが話を切り上げようとすると「まだよろしいじゃありませんか」とカバンを持ってくれている人がニッコリ笑った。「そういうことか」とわかりぼくはおかしくなった。「少年隊の定期演奏会はお待ちしてますよ」という言葉を聞き、「九州の人は積極的だ」と思った。会場を出て小倉駅へ向かう途中、道楽さんは「『演奏会に無理して来なくてもいいですよ』と言われたことはあるけど『お待ちしてます』と言われたのは初めてだ。地域の特徴だね」と楽しそうに言った。「そうでないと人は動かないよ。見習わなきゃね。がんばれ、道楽」。ぼくはジャンプしてVサインを出した。
力強く前進する少年たち
第21回北九州少年合唱隊定期演奏会
2007年11月24日 |
「昔、『夕日が背中をおしてくる』という合唱の名曲がありました。今朝、私がここに来るまで朝日が背中をおしてきました。とても縁起がよいです。きょうはきっとすばらしい演奏会になります」。リハーサルを前に指導者の一人である井上博子先生が少年たちに力強く語った。続けてパート別に「きょうの目当て」を発表し、最後に代表の少年が合唱隊の憲章を言うと指導者の中心である高山保材先生から「言葉がはっきりしない。もう一度」と厳しい声が飛んだ。更に「必ず成功するという気にならないと道は開けない」と檄を飛ばした。これで少年たちは引き締まり、密度の濃いリハーサルが昼休みを除き開場30分前まで続いた。幕が閉まるとぼくたちはロビーへ行き、コーヒーを前にして一息ついた。「『夕日が背中をおしてくる』ってどんな曲ですか?」。風君の質問に道楽さんは「歌詞ははっきり覚えていないけど」とメロディーを口ずさみ「最後は確か『さよなら さよなら さよなら 砂利道 あしたの朝 寝過ごすな』だったような気がする」。「楽しく遊んで夕日を浴びて家に帰る歌だね。そういう歌、最近聴かないね」。そんな話をしながらぼくたちは気持ちをほぐした。
プログラム
オープニング
・北九州市歌
第1部 少年隊の愛唱歌
1.おおスザンナ〜草競馬 2.夢路より 3.故郷の人々
第2部 少年隊OBと共に
1.この星に生まれて 2.夢の世界を 3.栄光の架橋
第3部 友情出演 小倉少年少女合唱団
1.わたしと小鳥とすずと 2.海とかもめ 3.大漁
4.ぬかるみ 5.不思議
第4部 少年隊の合唱ミュージカル
ミュージカル「くるみ割り人形」
時間になるといつものように司会を担当するOB2名が登場し挨拶をした。「みなさん、こんにちは」と挨拶すると客席から大きな声で「こんにちは」と返事があった。「小倉の人は元気ですね」「OBの声はさわやかだね。鍛えられた声は違うね」。薫風が感心した顔をした。「先ず、はじめに北九州市歌をお送りします」とアナウンスすると指揮の高山先生が登場して歌が始まった。ピチカートを効かせた伴奏で歌うこの曲は元気が出る歌で市民性を表している。少年だけで歌うと力強さも加わり観客のモチベーションも高まる。歌詞を一部紹介しよう。「やまなみに 朝の日 映えて 玄海の波打つところ 希望もて ひらけし まちに たくましき 市民のいぶき ああ わが市 北九州」。興味のある方は北九州市のホームページをご覧ください。
観客のモチベーションが高まったところで『おおスザンナ』を歌うのは効果的だった。手拍子を入れてソプラノとアルトがかけあいをしながら歌うのは楽しかった。続いての『草競馬』も楽しい雰囲気が表れていた。テンポがゆっくり目だったので、のどかな農場をイメージすることもできた。次の『夢路』は一転静かな歌い方で観客は次第にクールダウンしていった。高音部と低音部が同じような音量で合唱したのも効果的だった。続いての『故郷の人々』も丁寧な歌い方でフォスターの魅力を伝えることができた。合唱団の中にきれいなソプラノの子がいてさわやかな風のように流れてくるのも良かった。
2部はOB8名との混声3部合唱である。言い忘れたが舞台に立っている少年隊は18名である。OBがソプラノとアルトの間に入るのが北九州流だ。OBが良い表情で歌っているので観客も一緒に楽しめる。歌は真面目な気持ちで歌わなければいけないが表情が真面目すぎると観客の気持ちも硬くなってしまう。最初の2曲は軽やかな感じで、『栄光の架橋』は重めの合唱だった。それがスポーツ選手の決意を表していて男声混声合唱のパワーと重なり聴き応えのある仕上がりとなった。
友情出演の小倉少年少女合唱団は小学生から高校生までの少女合唱団である。初めてこの合唱団を聴いたのは4年前、同じく少年合唱の定期演奏会の時だった。そこで披露した『サウンドオブミュージック』のメドレーはボリュームのある声と派手な振り付けでとても圧倒された。ただ振り付けだけが印象に残り歌の実力がはっきりわからなかった。この点は後日、練習を見学する機会があり振り付けだけでなく歌もかなり高いレベルと認識した。この日のリハーサルの時、「歌っている間、髪の毛や服に手を触れないでください」「指揮を見るだけでなく意味も考えて歌ってください」とパートリーダーから注意があった。また指揮者が「この点に気をつけて」などと指摘すると一斉に「はい」と返ってくる。このように規律ある少女合唱団の特徴はきびきびした歌と振り付けだ。しかし今回は振り付けはなく合唱に徹したのでじっくり聴くことができた。金子みすずの詩は人の気持ちをやさしくする作品が多い。この特徴をとらえ、はっきりした言葉で歌うと同時に音楽的にも深みのある合唱を披露した。
休憩をはさんでいよいよメインの合唱ミュージカル『くるみ割り人形』だ。いつも思うがピアノの生演奏で少年たちが歌い、演じることに感心する。最近はプロでもあらかじめ吹き込みをした伴奏と歌でお茶を濁していることが多いのでなおさらだ。
指揮の井上先生が登場し、舞台を降りて正面の譜面台が置いてある位置につくとミュージカルの始まりだ。ピアノ伴奏でトレパックが軽快に流れ出すとお父さんの手を引き「早く、早く」と急かす息子が舞台下手から上手へ駆け抜け、続いてクリスマスプレゼントらしき紙袋を両手に持った紳士が登場し、花を出す手品を見せた後、腕時計を見て急いで上手へ退場した。次は先ほどの親子が再び登場し紗幕をノックする動作を見せると紗幕が上がり、クリスマスツリーと暖炉がある家の中へ通される。文章で書くと、どうということはないが視覚的に楽しむことができ物語への期待が高まった。この期待通り、クリスマスの一夜を題材にしたミュージカルは上質な仕上がりだった。紳士からクリスマスプレゼントをもらった4人の子どもたちがうれしそうにしている。台詞もはっきりしていて喜びが客席にも伝わってきた。この場面を観て観客も幸せな気分になり気持ちがほぐれた。こうなれば観客は少年隊を後押しするので歌や演技も普段以上の力を発揮できるだろう。最高の見せ場となったくるみ割り人形とねずみの王様の決闘場面はまさにそれだった。ピアノが時計の時を告げる音を不気味に鳴らすとおもちゃの兵隊4体を引き連れたくるみ割り人形と5匹の部下を連れたねずみの王様が登場した。おもちゃの兵隊がねずみに追い散らされると1対1の対決だ。刀と棒による決闘はかなりの迫力で息をつめて見守る観客が多かった。連弾によるピアノ伴奏と照明も緊張感を創りだす効果があった。くるみ割り人形が王様に追い詰められ絶体絶命のピンチになるとクララが靴を脱ぎ王様にぶつけて王様が逃げると一転メルヘンの世界となる。ロシア人形の踊り、ピエロの踊り、お茶の踊り、葦笛の踊りと続き、くるみ割り人形の魔法が解けるとくるみ割り人形役の少年と王子役の少年が交代した。踊りはどれも楽しくユーモラスだった。ただ真面目に演じないと観客にそう思わせることはできないのでかなりの練習を重ねたことだろう。王子とクララのダンスシーンも本格的で感心した。踊りだけならもっとうまいグループもあるが心をこめた踊りはそれ以上の力を発揮することを実感した。最後は夢から覚めたクララが王子そっくりの少年(くるみ割り人形をプレゼントしてくれた紳士の甥)と出会う。ナレーターが「二人は将来結婚していつまでも幸せに暮らしました」と紹介して終了。見応えたっぷりのミュージカルだった。「全員、男の子ですよね」。風の問いかけに「そうだよ。信じられないだろう。ぼくが最初に観たミュージカルでもそう思ったからね。全力で演じるから女の子になりきっちゃうんだよ」と薫が応じた。最後に挨拶した高山先生が「隊員は全部で18名です。そのため一人二役どころか三役、四役演じた少年もいます」と紹介した。この話を聞き少年たちの力強い前向きなエネルギーを感じた。少年合唱隊に入って鍛えるのは心身の成長につながるだろう。男の子をもつ保護者は一考して欲しい。
出口では衣装姿の少年たちが観客に挨拶をしていた。朝の緊張気味の表情と違いうれしそうな表情だった。道楽さんは握手を求めてきたN君兄弟の手を握りながら「お疲れ様」と言った。「もっと気の利いたことを言えよ」。薫先輩がうながしたが「適当な言葉が出てこない。この感動をうまく伝えられないんだ」と返事をした。「井上先生の予言どおり良い演奏会だったね」とぼくは間に入った。建物の外へ出ると暗くなりかけていた。夕日が背中を押してくれるとよかったけれどそれは建物が邪魔して見えなかった。代わりに街の照明が押してくれたけれど気分がそれでが出ない。
観客に力を与える歌声
第22回北九州少年合唱隊定期演奏会
〜「少年の世界から、生きる力を美しい歌声であなたの心へ届けます」〜
2008年11月24日 |
搭乗した飛行機はボーイング737という機種で通路をはさんで座席が3席ずつ設置してあった。乗り慣れたボーイング777と比べて天井が低いため、圧迫感がある。満席だから余計それを感じた。外は暗くて何も見えないしオーディオ装置もないので眠るしかなかった。福岡空港へは無事に到着。ターミナルビルのお店はほとんどがシャッターを下ろしていた。「おかしいな」と思ったら東京便で使うビルと違うことがわかりそちらへ移動。こちらは人が大勢いて店も開いていた。道楽さんは寿司屋さんに入り、お酒と地物盛り合わせを注文した。年に2回しか来ないけれど板前さんは道楽さんのことを覚えていた。隣り合わせたお客さんが「相撲どうなったかわかりますか?」と話しかけてきたので道楽さんはそれに答えた。新潟で見たことを福岡で伝えるのはなんだかおかしかった。食事後、博多駅から電車に乗って小倉へ移動。駅近くのホテルにチェックインするとすぐに眠る体勢に入った。
翌日は雨の中を歩いて1時過ぎに会場となる北九州芸術劇場中ホールに出向いた。2日連続の雨で意気は上がらないが顔見知りの保護者が案内してくださり、リハーサルを見学できた。「新潟に比べて凛とした感じですね」。風君が感想を言うのでそれに関してあれこれ話した。結果、九州の人はパワーがあるということになった。では本番の様子を道楽さんに書いてもらおう。
プログラム
オープニンブ
合唱組曲「北九州」より
序曲(筑紫なる北のわが街) 団 伊玖磨 作曲
第1部 ヨーロッパの響き
野ばら(ウェルナー作曲) 美しき青きドナウ
第2部 OBとともに
特別出演 横山浩平独唱
Caro Mio Ben(いとしいわが恋人よ) この道
少年隊混声合唱
この星に生まれて 栄光の架け橋
第3部 友情出演 小倉少年少女合唱団
ハナミズキ あなたが美しいのは
ア アイスクリーム応援団 ジュピター
第4部 少年隊の合唱ミュージカル
ピーターパン\
会場が暗くなると舞台にスポットライトがあたり司会を担当する2名のOBが自己紹介し、これから歌う曲を紹介した。幕が上がると小学生13名、中学生7名の団員が整列していた。最初の曲はいつもなら市歌だが、今回は壮大な合唱曲だ。そう感じたのはソプラノ2のパートをしっかりした声で歌った上級生によるところが大きい。他のパートとのバランスも良く先制パンチをもらった感じだ。次の『野ばら』は原語によるアカペラだ。2日間連続アカペラで『野ばら』を聴けるのは贅沢な気分だ。昨日の新潟が繊細とすると北九州はパワーである。どちらがいいかを話題にするつもりはない。どちらにも良さがあるからだ。ただドイツ語とパワーはマッチしていた。『美しき青きドナウ』はピアノ伴奏での合唱だった。こちらもパワーがある。ただパワーにたよるのではなく、強弱はついておりメリハリのある合唱だった。これが北九州風の味付けなのだろう。
次はOBであるバリトン歌手、横山浩平氏が朗々とした声を披露した。このような先輩がいるのは合唱隊にとってたのもしい限りだ。個人的な要望だがロッシーニの『セヴィリアの理髪師』でフィガロが歌う『おれは町のなんでも屋』を聴いてみたい。続いて横山氏とOBが現役隊員と一緒に合唱した。ソプラノとアルトの間にOBが入る体形で定番の曲を歌うのだが聴くたびに九州人のパワーを感じる。元気がもらえるからだ。最初の『この星に生まれて』でそれを感じた。2曲目の『栄光の架け橋』は前の曲に比べるとしっとりした感じだが強い決意の気持ちが込められていた。
続いての観客との全員合唱では、希望者はステージに上がることができる。今回も席を中央に取ってしまったので移動できなかったが、一度ホールの響きをステージから確かめてみたい。観客に立って歌うようお願いがあるのも北九州ならではだ。終わると少女ばかりの小倉少年少女合唱団の友情出演だ。この日はジーンズにTシャツで登場し、振り付け入りの合唱を披露した。少年隊もだが少女たちはそれ以上にパワーがある。秋が少年隊の定演、春が少年少女合唱団の定演である。「同じ日本じゃないですか。来てくださいよ」とおっしゃるピアノのN先生の気概に惚れ春の演奏会にも来るようになった。冒頭に書いた福岡空港の寿司屋に年2回行くのはそういう理由だ。話がそれた。休憩時間となったのでロビーへ出て体を伸ばした。
合唱ミュージカル『ピーターパン』を観るのは2003年以来2度目である。初めて訪れた時の作品なのでなつかしい。冒頭『右から2番目の星』を歌うウエンディ役のU君はしっかりした女の子という雰囲気だ。弟役のジョンとマイケルもこれ以上ない適役だ。これでピーターパンの存在が薄いと『ウエンディ』という題名になりそうだがそこは大丈夫。颯爽としたピーターパンが登場した。身のこなしも軽くこちらも適役だ。ピーターパンの相棒、ティンカーベルも動きだけで妖精の雰囲気をかもし出していた。これに威厳を保とうとするが着ぐるみのワニ(名演)に追いかけられてユーモラスな演技をするフック船長、応援団のような海賊たち、ウエンディに負けず劣らずしっかりした酋長の娘タイガーリリーとインディアンたち、ピーターパンのそばにいるやんちゃな孤児たち、それに貫禄あるウエンディの父親とやさしい母親が絡めば楽しいミュージカルにならないわけがない。どの少年も伸び伸びと役を演じきり動きも無駄がなかった。近年はプロのミュージカルでもあらかじめ録音された歌と音楽を流し役者は踊るだけという舞台があると聞いている。だが少年隊のミュージカルはピアノとキーボードの生伴奏、もちろん歌も生。それらを束ねる指揮者もいる。昔は当たり前だったのだろうが現在では贅沢な舞台と考えてよい。手作り衣装も楽しいミュージカルを創る要素になっている。また毎回、舞台をおもしろくするのは少女役を演じる少年たちだ。今回はウエンディにやきもちを焼くティンカーベル、タイガーリリーにやきもちを焼くウエンディによる女同士の戦いがそれだった。ティンカーベルがフック船長にピーターパンの隠れ家を教えた結果、裏切られて「約束が違う」と訴えるティンカーベルにフック船長が返す「約束は破るためにある」は教訓的な言葉だ。このためにウエンディ、ジョン、マイケルと孤児たちが殺されそうになってしまう。個人的意見だがこの日、舞台を観た子どもたちには、この意味を感じ取り教訓にして欲しい。さてミュージカルには最後まで気持ちを集中できた。役に応じた振り付けで挨拶する少年たちは充実した表情をしていた。すべてが終わりロビーへ出ると少年たちは衣装のまま挨拶していた。フック船長役のK君に声をかけると初めての悪役とのこと。「悪役は演技に幅が出ます」と評価した。
小倉駅に着くと博多行きのこだま号の時間にちょうど良かったのでホームに上がった。やってきたこだま号がもうすぐ引退する0系だったので道楽さんは大喜びだった。売店で缶ビールを買って乗車し発車するや「定期演奏会の成功と0系の引退を惜しんで乾杯」と一人で盛り上がっていた。それを放っておいて「男の子が女の子役をやるとおもしろいですね。逆はそうでもないけど」「風君もそう思う? なんでだろう」とぼくたちは話を始めた。「男の子は、表現力があるからじゃないかな。現に昔の演劇は男だけでやっていたそうだから」。道楽さんが話しに加わり自分が観たことのある芝居を例にして説明した。「北九州は男の子が女装する。でもそれが目的じゃない。女の子を演じるのが目的で女の子の衣装を着る。それがわかっているからしっかりした演技ができる。そこが北九州の偉いところだよ」。ぼくたちは博多に到着するまで真面目な話をした。
東海道新幹線の「のぞみ」は快調に走り三島駅を通過した。ぼくたちが座っている席は海側なので富士山は見にくい。そこでぼくたちさわやかボーイズは、デッキに出てそこから風景を眺めた。パルプ工場の煙突が見え始めると富士川鉄橋はもうすぐだ。「道楽さんを呼んでくる」と客室へ行きかけた五月君にぼくはストップをかけた。「席で仕事中だぞ」と言うと風君が反論した。「富士山を見るのは5分もかからないから大丈夫です。この富士山は今しか見えません。五月君、呼んでおいで」「合点だ」。五月君はほどなく道楽さんと一緒にデッキへ戻ってきた。電車は富士川鉄橋を渡り始めた。ここから見る富士山もぼくたちのお気に入りの風景だ。「いい感じだ」。道楽さんは満足そうだった。ぼくたちは北九州市小倉少年少女合唱団の定期演奏会に出演する北九州少年合唱隊を鑑賞するため、小倉へ向かっている。いつもなら飛行機を利用するけれど、道楽さんはパソコンで仕事がしたいからと新幹線を選んだ。ぼくたちが乗っているN700系は座席に電源がついているので都合がいいのだ。道楽さんは小倉に到着するまで自家製の焼き肉弁当を食べた以外は仕事に没頭していた。「家にいるとこんなに集中しないすね」「新幹線は仕事がしやすいらしい」。風君と話していると「車内探検に行こう」と五月君が言い出したのでぼくたちは道楽さんを残して席を立った。この先は道楽さんに書いてもらおう。
小倉に着くと、小倉城の周辺を散歩した。天気が良いのでもう少し散歩したかったが時間の関係で切り上げ、北九州芸術劇場大ホールの列に加わった。待つこと、1時間で開場。席は2階の前列を確保した。出演者が多い少年少女合唱団のミュージカルは広角で観る方が好きだ。今回は『アラジン』である。いつもそうだがこの合唱団のミュージカルは下手なプロのものより楽しむことができる。今回も期待以上の出来だった。さて少年少女合唱団と言ってもここは少女だけの合唱団だったがそこに小学校2年生の男の子が一人加わった。「なんで少年隊に入らないのかな?」と一瞬考えたが人それぞれなのだろう。では少年隊にスポットをあてよう。曲目は『モーツアルトの百面相』でモーツアルトの様々な曲がちりばめられている。「フィガロの結婚の序曲」「恋とはどんなものかしら」「夜の城王のアリア」「アイネクライネナハトムジーク」「トルコ行進曲」「魔笛の序曲」などとさわやかボーイズが曲の当てっこをして楽しんでいた。このように観客は楽しめるが歌う側にしてみれば難しい曲だ。しかし14名の隊員は振り付けを入れ、気合いが入った合唱を披露した。モーツアルトの曲は人心をくつろがせる、突出したソリストよりも全体のアンサンブルが大切。それを実感した合唱だった。この先、歌いこんでいくと曲の厚みが増すだろう。
休憩時間中、少年隊のメンバーは隊員募集のチラシを客席に配っていた。各自が好き勝手に配るのではなくリーダーのN君が「あのあたり」と指示を出し、それに従って行動していた。そのN君に「反応はどう?」と聞くと「まあまあです」と返ってきた。「とにかく人数を増やしたいです」「少女にいる男の子を引き抜けば?」「あの子、少女の方がいいって言うんです」などと話した。北九州は仲間を増やしたいという積極的な気持ちが見て取れる。これは団員不足に悩む合唱団に見習ってほしい光景だ。チラシ配布だけではなく、ロビーコンサートをやって見に来ている男の子たちを巻き込んで歌ってもらうのも一つの手段だ。バス歌手の岡村喬生さんは当初、歌には興味がなくあれは軟弱者がやるものと思っていたそうだ。それがグリークラブ入団希望の友人に付き合い、そこで楽譜を渡されて歌ってみたらのめりこむ結果になった。こういう男の子が観客の中にいるかもしれない
少年隊同士が交流を深めた記念すべき日
北九州少年合唱隊、広島少年合唱隊の交流演奏会
2009年8月11日 |
京都市少年合唱団の演奏会を途中で打ち切ったので小倉のホテルへは予定より早く、9時15分頃に到着できた。夕食は新幹線車内でうなぎの寝床弁当を食べたので外へ食事に行く必要はない。荷物の整理を終えて、このホテルにある大浴場に行くと思ったより広くて快適だった。「早寝して明日にそなえよう」。道楽さんは風呂から上がるとすぐにベッドに入った。「道楽さんは今夜、缶ビール1本しか飲んでいません」「少しは悪いと思っているんだよ」「小倉の夜は健康に更けていくね」。ぼくたち3名も眠る体制に入った。
翌朝、朝湯につかり、ホテルの食堂でおにぎりと味噌汁、ポテトサラダの朝食を食べてモノレールに乗車。北九州少年合唱隊の練習場所である神理幼稚園を訪問した。ぼくたちさわやかボーイズ3名にとって初めての場所は想像以上に広かった。
9時半になると少年少女合唱団のリーダーが右手を挙げて集合合図を出し、北九州少年合唱隊と北九州市小倉少年少女合唱団が整列した。パートに分かれて本日の目当てを話し合い、順番に発表しするとウォームアップをして練習開始だ。午前中は8月22日に歌うマタイ受難曲の全体練習、午後は少年隊と少年少女に分かれて前半はマタイ受難曲、後半は翌日に行う広島少年合唱隊との合同演奏会へ向けての練習だ。終了したのは5時過ぎ。長い時間練習ができること、誰も「声が枯れた」と言っていないことに感心した。正しい発声で歌っている証明だ。みんなは歌で疲れたかもしれないが体は元気で家の人が迎えに来るまでと野球をして遊んでいた。ぼくたちはホテルに戻ると夕食を食べに出かけた。道楽さんが前から気にしていた芸術劇場近くの四方(よも)平(へい)という店に入った。寿司とラーメンを扱っている店で道楽さんは壁に貼ってあるメニューを眺め、にぎり寿司5貫と突き出し3点、それにビール中瓶がついたセットを注文、最後にラーメンを食べようと決めたらスープがなくなったのでお終いとなった。「また、おいでということだ」。道楽さんはあっさり言うと日本酒と餃子を追加して締めくくった。古くからやっている店で常連さんが多く、地元を話題にした会話がおもしろかった。「お酒、少なめだね」「リーダーが遅刻しないように言ってたから」「道楽さんに言ったんじゃないですよ」「気を引き締めてるね。いいことだ」。ぼくは満足した。では翌日の合同演奏会の様子を道楽さんにレポートしてもらおう。
この日は、9時20分頃に練習場所に赴いた。前日の帰り際、リーダーが「遅刻をしないこと」と言った通り、遅れてくる子はほとんどいなかった。最初は合同で練習し、場所を移して少年隊だけで練習していた11時20分頃、広島少年合唱隊到着の連絡が入った。迎えのため廊下へ出ると広島のメンバーが続々と入ってきた。胸にHBCの文字が入った群青色のポロシャツ、同色のズボンという夏の制服姿で自分にとっては初めて見るものだった。広島の待機場所は北九州が練習している音楽室の隣にある図書室だ。メンバーは整然と部屋に入り荷物をきちんと並べた。この後、合同練習をした場所で少年少女合唱団も含めて対面式。それが済むと少年隊の練習場所へ戻り、北九州と広島の合同昼食会だ。「ぼくはメゾ。君は」「メゾだから同じだね」。向かい合って座った初対面の少年たちは、同じ目標をもつ者同士、たちまち打ち解けた。昼食は北九州少年合唱隊の保護者の方々が用意してくださった。更に食事中、目配りもしてくださり全員が楽しく食事をすることができた。昼食が終わると少年同士の名刺交換会となる。手作りの名刺がほとんどで中にはトランプのように広げ「好きなの取って。… あっ、大当たり」と笑っている子もいた。個性的なことを考えるのは男の子ならではで見ていて楽しくなった。このあたりのことを書いていると長くなるので本番に移ろう。
演奏場所は幼稚園の本体である神社の敷地にある神理会館大ホールだ。ここに舞台を設置し、パイプ椅子を並べて演奏会場ができあがる。
プログラムは次の通り
1、・モーツアルトの百面相 北九州少年合唱隊
2、・折り鶴のとぶ日 広島少年合唱隊
・With You Smile
・カンタール
3、ミュージカル 北九州市小倉少年少女合唱団
「アラジン」より抜粋
4、・夢の世界へ 広島少年合唱隊 北九州少年合唱隊
・Let’s Search For Tomorrow
5、・ビリーブ
・大地讃頌
広島少年合唱隊 北九州少年合唱隊 北九州市小倉少年少女合唱団
先ずは司会を担当する北九州BCの高2と中3が前に出て「みなさん、こんにちは、きょうはようこそおいでくださいました。今から広島少年合唱隊と北九州少年合唱隊の演奏交流会を始めたいと思います」と挨拶した。「第1部は歓迎演奏です。曲目は『モーツアルトの百面相』です」と紹介すると北九州少年合唱隊17名が舞台上2列に整列した。この曲は『フィガロの結婚』の序曲で始まり、最後も同曲で終わる演奏時間約10分の長い合唱で1991年、モーツアルトの没後200年の企画として制作されたそうだ。最初にモーツアルトとは誰なのか、現代でもモーツアルトの作品があらゆる場所で聞こえてくることを提示し、ザルツブルグで生まれてすぐに音楽の天才と気づいた父親がミュンヘン、ウィーン、パリ、ロンドンと旅をする様子、ザルツブルグに戻りオペラの作曲を目指してイタリアへ旅立つ様子、20歳を過ぎても旅をしながら作曲し、失恋も味わう様子、やがて輝きを失い死んでいく様子、それでも曲は現代に残り人々に生きる喜びを与えていることを合唱するこの曲はエネルギーを必要とする。北九州少年合唱隊はそれを生き生きと表現し、自分たちのもつエネルギーを存分に発揮した。また一人一人の声がよく伸びるのは普段の練習の成果だろう。午前の練習時から辛そうな表情をしていた子がいたが歌い終わったら元気になっていた。歌うことにより悪いものを体外に放出した感じでこれもモーツアルトが与える生きる力かもしれない。さて、交流会のトップ演奏ということで緊張することが心配だったがそれをはねのけ、すばらしい合唱ができた。これを聴けば広島少年合唱隊も良い意味で張り切ることができる。広島のリーダーが「みなさん、こんにちは、ぼくたちは広島少年合唱隊です」とスピーチし、歌う曲を紹介して「どうぞ、お聴きください」と挨拶した。この日のメンバーは小中高28名で3列に並んだ。1曲目、最初の貞子を紹介するセリフは普段、上級生が話すがこの日は下級生が行った。しっかり語る上級生も良いが素朴に話す下級生も良い雰囲気だ。静かな歌い出しから入り、貞子が死んでいくまでを悲しみつつもその気持ちをはっきりと表現し、最後は明るく平和を願うことで終わる曲は広島の合唱団が歌うからこそ心にしみる。この1曲で広島少年合唱隊は当日の観客の心を掴み、実力を証明した。歌い終わると、指揮の平田先生が「この歌は広島では親しまれています。重たい曲ですが平和を伝えるという意味で歌わせていただきました」と挨拶した。この曲を無事に歌い終え安心したのか2曲目は伸びやかな表情で合唱した。特に下級生の表情が良く、心がなごんだ。3曲目を歌う前に、平田先生が「アメリカ訪問の折、むこうの少年合唱団に教わった曲でミュージカルの曲です」と紹介した。歌う前に左右の間隔を取った並び方に変え、体を動かしながら歌うこの曲を隊員は生き生きと歌った。北九州同様、全体に声が伸びていた。途中4名(ソプラノ、アルト各2名)が前に出て歌う箇所があり、いつもは上級生だがこの日は下級生が歌った。交流演奏会ということで下級生にスポットをあてたのだろう。自分としては、普段見られない光景が見ることができ新鮮だった。広島少年合唱隊も普段の力をいかんなく発揮した。
次は北九州市小倉少年少女合唱団が春の定期演奏会で歌ったミュージカル『アラジン』からの抜粋で6曲を歌った。抜粋とはいえ舞台衣装を着ての熱演だ。大きな舞台で観ても迫力はあるが小さな講堂で間近に繰り広げられるミュージカルはそれ以上の迫力だった。最前列で観ている広島少年合唱隊は曲と曲の合間の拍手も忘れ圧倒されているように見えた。ピアノの先生もアラビア風の衣装で気合いが入った伴奏をしていた。「女の子はパワーがあるね」「悪役の子、練習中、演技しながら態度が悪い後輩を大きな声で注意していたよね。ぼくならそんな余裕はない」「同時に二つのことができるんです。男と女は構造がちがいますね」。さわやかボーイズが感想を述べ合っていた。
終わると二つの少年合唱隊の合同演奏だ。合唱隊同士一つに固まるのではなくパート別に二つの隊のメンバーが隣り合う感じで並んだ。この方が交流演奏らしくてよい。2曲とも両合唱隊の愛唱歌だが単独で歌うのとは違い、出てくるエネルギーが倍以上あった。両合唱隊とも良い状態だったこともあり、合唱は人数が多い方が聴いていて楽しい。終了後、司会者が「感動です」と発言したがその通りだ。最後は少年少女合唱隊を入れての合同演奏である。この日が初めてというのが信じられない感動的な合唱だった。
終了後、三つの合唱団は幼稚園に戻りお別れ会を行った。終了後、北九州BCは貸し切りバスに乗り込む広島BCを見送った。互いになごやかでこちらもこの日が初対面とは思えない光景だった。来年は広島で交流してください。そう願った。
「明日、広島はスペースワールドに行くらしいよ」「道楽さんのお薦めはどこ?」「そうだね、門司の鉄道資料館や歴史ある町並み、関門海峡もいいね。片道は海底トンネルの人道を歩いて帰りは船で戻る。小倉の松本清張資料館もいいけど小学生には難しいな。あとは和布刈神事を行う場所や皿倉山がある」「おもしろそう。行きたいです」「台風が気になるから帰ろう」。ということでこの日、帰京したけれどそれで正解だった。翌朝、静岡地方を震源とする地震があった。新幹線も一時止まったから気になって観光どころではなかったはずだ。そうだ。もう一つ話すことがあった。すべての合唱が終わった後、道楽さんは講評を頼まれた。合唱に関して話さなければいけないんだろうけど「これを機会に手紙を出したり、演奏会のチラシを送るなどしてお互いの交流を深めてください」と話した。最後に「日本には少年合唱隊と名前がついている団体は二つしかありません」と紹介した。だからこの日は記念すべき日と言っていいだろう。
楽しみな「ヘンゼルとグレーテル」
星空コンサートと練習風景
2009年9月5日、6日 |
「知っている人には見せたくないです」。北九州モノレールの運転席後ろの隅に陣取り、サンドイッチと紙コップ入りのコーヒーを手にして不器用に食べている道楽さんを見て風君が言った。「知らない人にも見せたくない。でもしょうがないか」。ぼくは応じた。「いいから早くエネルギーを入れよう。おいしいよ」。五月君はおかまいなしにサンドイッチとコーヒーの香りを吸収していた。「そうしようか」「確かに今やらなければいけないことです」。ぼくたち二人も五月君にならった。「コンビニのサンドイッチとちがっておいしいだろう。これで210円は申し訳ないな」。道楽さんは満足そうだ。さて、ぼくたちは昨日から小倉に来ている。昨日は神理幼稚園で行われた星空コンサートに出演した北九州少年合唱隊の合唱を聴くため、そしてきょうは、11月の定期演奏会で発表するフンパーディング作曲『ヘンゼルとグレーテル』の練習見学のためだ。いつもなら練習は9時半頃から始まるが、昨夜のコンサート終了が遅かったのできょうは1時半開始だ。そこで午前中を利用して鹿児島本線の八幡駅から近い帆柱ケーブルを利用して皿倉山に登り展望を楽しみ、野口雨情の碑を見た。この後、山を降りて再び鹿児島本線に乗り西小倉駅で下車。近くにある松本清張資料館を見学したらランチを食べる時間がなくなり、小倉駅前のパン屋でサンドイッチを購入した。モノレールの改札を通り、ホームの販売機でホットコーヒーを手にしたら発車のベルが鳴った。モノレールが発車したのは1時だから時間いっぱい歩き回ったことになる。資料館では道楽さんが清張の代表作の一つ、『点と線』のおおよその内容を話してくれた。朝からここまでの行動は『点と線』に出てくる犯人のようで時間に無駄がない。「道楽さんが北九州にいたと証言してくれる人はだれだろう?」「さっきの帆柱ケーブルの添乗員が道楽さんと話しをしていました。11時発の下りです。東京から来た人ということで覚えているはずです」「昨日はホテルのフロントマンだね。道楽さんは目の前で宿泊カードにサインをした。筆跡も残っているよ」。そんなことを風君と話していたらおもしろくなってきた。そうこうしているうちにモノレールは無事に到着。練習場所には1時25分頃に到着した。「二人とも時間を気にしているね。犯人みたいだ。ぼくは刑事役の方がいいな」。五月君がおもしろそうに言った。ではこの先を道楽さんに頼もう。
先ず、話を昨日にもどそう。練習場所の神理幼稚園に到着したのは2時半近くだった。少年隊は『君をのせて』を練習していた。今回は中学1年生U君のソプラノソロで始まる。U君の声は透明感ある繊細な声でボーイソプラノならではの美しさだ。歌っている最中、高山保材先生が各自のお腹に手を触れて腹式呼吸ができているかどうか確かめながら「いいね」と声をかけていた。曲が終わると次は『少年時代』だ。指揮の井上博子先生が「これは9月の歌です。終わってしまった取り返しのつかない夏をイメージしてください」と説明して合唱が始まったがすぐにストップがかかった。「歌詞がメチャクチャ。そこはどんな歌詞?」。確認がすむと再び始まるがおかしいところがあるとストップがかかる。「言葉がめちゃくちゃ」。「間奏の時に1年後のぼくを見ていてという顔になって」。「今すごくつまらなそうな顔している」。「歌詞の意味をよく考えながら歌って。なんとなく歌わない」。「同じ言葉の繰り返しはなんとなく繰り返さない。2度目はもっと強く。せっかくの言葉が生きない」。「どこを見て歌うの?」。「出だしをしっかり」。井上先生のきびしい指摘を受けながら練習は進んだ。その指摘を受けてどんどん変わっていく少年たちは見ていて頼もしい。練習の最後は、この日のプログラム、『少年時代』、『青い地球に』、『君をのせて』を通しで歌った。この時、自分は少年たちの後ろで聴いていたがすばらしい響きだった。声もよく伸びていて気持ち良く鑑賞できた。練習後、保護者の方々が作ってくださった模擬店で売る焼きそばをごちそうになった。コンサートは6時開始なので食べられるのはありがたい。食べ終えて一息ついた少年隊は制服に着替え、少年少女合唱団と一緒にミーティングを受けると会場へ向かった。
会場は、幼稚園児と保護者たちが中心でざわざわした感じだ。この日のプログラムは幼稚園児の歌、保護者のデュオ、和太鼓演奏、神理幼稚園の先生方による歌、北九州少年合唱隊の合唱、小倉少年少女合唱団の合唱である。ざわざわした中での合唱は気の毒な気がしたが仕方がない。順番が来て17名の少年合唱隊が舞台に整列した。夏の終わりのイベントということでピアノ伴奏の女性は浴衣姿だ。こういう演出も楽しい。観客のざわざわした雰囲気は変わらないが少年たちは一生懸命歌っていた。合唱は緻密で少年合唱ならではの純粋さ、同時に少年の声の伸びは素晴らしいと感じた。きちんとしたコンサートホールならより感動しただろう。しかし3曲目でU君のソロが始まると会場のざわつきが少なくなり、ソロが終わると大きな拍手が起きた。観客は聴いていないようで聴いていることがわかった。ソロに続く合唱もU君と同じトーンでバランスが良かった。3曲歌い終わるとこの日、一番の大きな拍手が出た。もちろん自分も拍手を送った。歌い終えた少年たちは良い表情で引き上げてきた。北九州少年合唱隊は合唱ミュージカルのイメージが強かったが合唱も充実している。「あそこはミュージカルだけ」という言動に「ちがいます」と自信をもって反論できる。これが収穫だった。最後のプログラムは少年少女合唱団による日本の童謡メドレーと『銀河鉄道999』だ。動揺はしっとりと、銀河鉄道は得意の踊りを入れての合唱で幼稚園児たちが踊りを真似ていた。少年隊の小学生も楽しそうに踊りを真似していて「さすが」と感心した。終わると「アンコール」がかかり、『島人の宝』を歌ってくれた。想定外にもかかわらずしっかりした合唱だった。「踊りがよかったからアンコールが出たんです」「そう、合唱は少年隊の方がきれいだった」「少年隊への拍手が一番大きかったよ」。さわやかボーイズの意見に自分も同感だ。会場を出てモノレールに乗り、小倉駅の一つ手前の平和通駅で下車し、小倉中央商店街の中にある昔からやっている感じの洋食屋さんに入り、カウンターでビールを飲みながら余韻に浸った。親父さんが手際よく一人で料理している姿も感じが良かった。
翌朝、ホテルでしっかりバイキング朝食を食べて出発。古びたホテルだが食事面は充実していた。本来ならチェックアウト時間まで本業の仕事をするべきなのだが天気が良いので誘惑に負けた。午前中の話はすでに書いたので本題に入ろう。
少年たちは、ヘンゼルとグレーテル、森の動物たち、ソログループ(露の精、眠りの精、魔女、手下のネコ、ナレーター)の三つに分かれての練習だ。ヘンゼルとグレーテル、森の動物たちには少年少女合唱団の高校生2名がインストラクターとなり踊りと歌の練習、ソログループは井上先生から歌のレッスンを受けていた。ヘンゼルとグレーテルの指導をしていた高校生は途中から森の動物の方へまわった。指導者がいなくなっても主役の二人は歌と踊りを自主的に行っていた。またソログループも手が空くと動物グループに入って一緒に踊っていた。これは経験の浅い動物グループに踊りを教える意味があるそうだ。そのために「ぼくたちも踊りを覚える」という気持ちがある。このようにみんなで合唱ミュージカルを創ろうという気持ちが表れていた。約50分の練習で動物グループはほぼ動きを覚えた。休憩後、始まりの個所からダンスの二重唱までを全体で練習した。この時点で踊りながら歌うことはまだ難しかった。井上先生が「踊りはとてもかわいくていいです」と評価し、「歌いながら踊るって難しいけれどがんばりましょう」と励ました。昨日の練習同様、同じことを繰り返し練習するうち、次第によくなってきた。「ヘンゼルは踊りたくないんだけどグレーテルに誘われてだんだん楽しくなってくるのよ。それを考えて」。「踊りは真似るだけでいいからとにかく楽しくね」。井上先生が指摘した。またこの場面には登場しない上級生が気付いたことを話した。互いに議論できると更によくなるだろう。後半はお菓子の家を見つける場面、魔女が死んでお父さんがそのことを歌う場面、フィナーレの場面などでこちらも繰り返し練習を行った。今回の練習では見られなかったが実際のオペラには登場しない魔女の手下のネコにおもしろい演出があるようで楽しみだ。少年たちは高い声を出し続けているにもかかわらず声の質は保っていた。またこれだけ練習をすれば休憩時間はぐったりしそうだが、水分補給をすると隊員同士元気にじゃれ合っていた。これぐらいの元気がなければミュージカルはできないのだろう。またじゃれ合っているうちにいざこざが起きるとキャプテンが間に入って落ち着かせていた。こういう場面を見るとチームワークの良さがわかる。スポーツだけでなく合唱も元気な体を作りチームワークを養うことができると少年隊は証明している。この日は練習に集中できた結果、予定していた練習を時間前に終えることができた。今年も合唱ミュージカルは期待できそうだ。さてこの二日間、本業をさぼったが少年たちからたくさんのエネルギーをもらえた。多分、東京にいても暑さを理由にうだうだするだけだっただろう。明日から一週間、このエネルギーを本業に使えばよい。やはり小倉へ来て正解だった。
飛行機が水平飛行に入ると道楽さんと五月君は眠ってしまった。「今年は北九州との距離が縮まりそうだね。いつもは年2回しか来ないけれど、もう3回目だ」「新幹線も飛行機も便利ですからそうなるでしょう」「ダンスの二重唱を歌ってみようか」「いいですよ。ぼくがグレーテルを歌います」。ぼくたちはベルト着用サインが点灯するまで踊りながら歌ってみた。そうしたら本番が楽しみになった。
今年の合唱ミュージカルは『白雪姫と七人の小人』
充実した合宿を行った北九州少年合唱隊 2011年8月8日 |
西鉄イン小倉で目覚めると大浴場に行き、手足を伸ばした。このホテルは、値段が手頃(航空券を購入すれば)で早朝から大浴場が開くのでぼくたちは気に入っている。風呂から上がり部屋着のまま食堂で朝食を食べられればなおいいのだがそれはエチケット違反だ。身支度を整えて朝食を食べ小倉発7時51分の門司港行きの電車に乗車して門司港下車。コンビニで東京では売っていない「日田の天然水」を購入してタクシーに乗り「もじ少年自然の家」に向かった。年配の運転手さんが「昔は赤貝がたくさん採れたんですが今はだめです」と話してくれた。運転手さんは地元出身だそうで昔の話がいろいろ聞けた。便利だけを求めると自然は破壊されるという貴重な話だった。
もじ少年自然の家では、昨日から北九州少年合唱隊が合宿をしている。そこへお邪魔するわけだ。ぼくたちが到着したのは朝食の片付けの最中だった。この後、荷物整理と部屋の清掃を行うので練習は9時半頃からと聞いたので目の前の海岸を散策した。海が好きな風君は大喜びで波打ち際へ行った。五月君も風君を追いかけて波打ち際へ走っていった。ぼくと道楽さんは岩場の海水が溜まっている場所へ行き小さな魚が泳いでいる様子や巻貝が移動しているのを見た。「久しぶりに見たよ。心がなごむね」。道楽さんもうれしそうだ。
自然の家へ戻ると、少年隊は秋の定期演奏会で発表する合唱ミュージカル「白雪姫と七人の小人」を練習中だった。「もっと高い声を出して」「そこは丁寧に歌わなきゃだめ」などと井上先生から厳しい声が飛び、少年たちは一つ一つをクリアしながら進んでいく。井上先生は役柄ごとに指導を進め、出番のない少年たちは自分たちで練習をしていた。指導を受けないでいる少年の中には虫を気にしたり、窓から海を見つめるなど一見フラフラしているような子もいるが歌う時はしっかりする。ONとOFFの差とでもいおうか。OFFがあるからONになれる感じだ。ずっとONにしておくとヒートアップしてしまう機械と同じことになるのだろう。女の子に比べて男の子は特別な場合を除き、物事に長い間、集中できない。短い集中時間をいかに有効に使うかが男の子を指導するポイントと聞いたことがある。それを考えての指導があるからここまで長続きしているのだろう。練習が進むにつれ、しっかりしていておきゃんな白雪姫と明るく元気な小人たちを軸に物語が展開することがわかってきた。今回も北九州風な味付けの合唱ミュージカルになりそうだ。さて練習に使用しているロビーはクーラーはないものの海からの風がさわやかに吹き抜けていく。それでも汗はかなり出る。座って見学している自分もタオルを首にかけておかないと汗拭きが間に合わない。歌い動いている少年たちはなおさら汗をかいているはずだ。そのため水分補給が必要だ。それは保護者の方々が冷たい麦茶を準備して後方支援をしていた。こいう場所での練習が結束力を生み出すそうだ。
11時半に練習修了。充実した練習だった。昼食休憩後、体育館で少女合唱団を交え、ミーティングを行った。団員たちは床に正座した状態で、パートリーダーが反省点を述べる姿は凛とした雰囲気だった。例年、この合宿でお互いの絆が深まるそうだ。この合唱団の凛とした雰囲気はこういうことで養われるのだろう。
絆を見せたミュージカル
第25回北九州少年合唱隊
2011年10月23日 |
当日のプログラム
オープニング
・北九州市歌
第1部 ヨーロッパのひびき
・野ばら(ウェルナー) ・流浪の民
第2部 少年隊愛唱歌
・With you smile ・この星に生まれて
○シニア隊員によるステージ
・アメイジング・グレイス ・空も飛べるはず
第3部 友情出演 小倉少年少女合唱団
KJCポピュラー
・見上げてごらん夜の星を ・ありがとう ・世界に一つだけの花
・チムチムチェリー ・スーパーカリフラジリスティックエスピアリドーシャス
第4部 ミュージカル・ファンタジー
白雪姫と七人のこびとたち
今年は日独交流150周年の年なので各地でいろいろな演奏会やイベントが行われた。今回の定期演奏会はそれにちなみドイツの曲がプログラムに入っていた。『野ばら』と『流浪の民』はドイツ語の曲と知っていたが、みんなで歌いましょうの『子ぎつね』と合唱ファンタジー『白雪姫と七人のこびとたち』がドイツの曲というのは初めて知った。どちらも日本の曲と勝手に思い込んでいた。こういう思い込みは他にもありそうだ。
では演奏会の様子を紹介する。オープニングの北九州市歌はいつ聴いても元気が出る曲だ。飛び跳ねるようなリズムを聴くと演奏会への期待が高まりわくわくした気分になる。この日のメンバーは小学1年生から中学1年生までの10名と中学2年生から高校生(シニア隊)までの11名だった。このわくわく感を残して1部に入った。『野ばら』はアカペラで原語による合唱でボリュームがあった。これはマイクを通した声だったこともあるだろう。マイクなしで聴いてみたいがこのホールは声が響かないのでやむを得ない。2番は6年生のソプラノ、アルト各1名が前に出て歌った。2名ともしっかりとした美声でこの曲を印象付けた。『流浪の民』は昨年の演奏会でも歌われていてソプラノ、アルト、テノール、バスのソリストも同じメンバー(テノールとバスは入れ替わり)だった。合唱は昨年に比べ安定していて1年かけて歌い込んできたのだろう。ソリストではソプラノのY君が変声途中のため、一部苦しい音があったがはっきりした声を聴かせてくれた。アルトのI君は昨年よりも声がしっかりしていて成長を感じた。テノール、バスも声に磨きがかかり男声の美しさを堪能できた。
2部は難しい曲を歌い終わったということで解放感があった。ここで歌われている曲が簡単というわけではないが歌い慣れている強みだろう。愛唱歌ということをあらためて実感した。続いてのシニア隊による2曲は対照的な選曲だった。『アメイジング』はゆったりとした男声陣に中学2年生2名のソプラノが加わったことで一味違う合唱に仕上がった。男声による混声合唱はいいものだ。もう1曲の『空も飛べるはず』は手拍子で始まった。客席からも自然に手拍子が起こりホールはのりのりの雰囲気になった。隊員たちはこれを受けてテンションが上がっているように見えた。どの隊員も歌が好きで好きでしょうがないという表情で観ている自分も楽しくなった。「やはり合唱はいいなあ」。そう思った。
みんなで歌いましょうは先にも書いたとおり『子ぎつね』だ。例年通り舞台に上がって歌う人を募ると未就学児、小中学生の男の子と女の子が20名ぐらい舞台に上がった。昨年は自分が真っ先に上がったが今年は喉の調子が悪いのでやめた。今年はおじさん、おばさんの参加はなかったから出ていたらミスマッチになっただろう。昨年、舞台に上がったのは音響を知るのが目的で歌ってみて歌い辛いということがわかった。従って合唱隊のマイク使用は当然のことと結論付けた。
さてメインのミュージカルは夏の合宿を見学しその様子をレポートした。その時は、おきゃんな白雪姫と元気なこびとたちと感じたが約2カ月を経て、しとやかで心の強い白雪姫、演技に深みがあるこびとたちに変わっていた。この白雪姫、くよくよしたり、悩む様子はなく今をしっかり生きようというキャラクターで存在感を示した。ココラトゥーラ風の技法も使う長いソロを強い声で歌い、ボーイソプラノの魅力を披露した。こびとたちは小学1年生から6年生までで技量に差はあるが各自ができることをしっかり行い、「チームこびとたち」と呼んだらいいだろうか、互いを補い合いながらよい味を出していた。これに物語を進行する台詞や歌、オブリガードで舞台を引き締めるナレーター、ナレーターの脇にいる鳥(かっこう?)が軸になり話しが展開していった。更にカルメン風の衣装を着て「世界で一番美しいのは誰?」と鏡に問いかけるお妃、それに対し、抑揚をつけずに「白雪姫が世界で一番美しい」と答える鏡の精、お妃を慕っているようには見えない侍女、物売りに化けたお妃が脇を固めた。この脇役たち、どこかユーモラスで会場のクスクス笑いを引き出し、楽しい舞台作りに一役も二役も買っていた。
すべてが終了し、ロビーに出てアンケートを書いている道楽さんの横でぼくたちはあれこれ話した。「あの白雪姫しょうがないね。同じ手で2回も騙されてさ」「そうでなきゃ物語にならないだろ」「ミュージカルはいつもおもしろいけれど今回は思い出し笑いしちゃいます」「もしかして、物売りになったお妃と侍女のこと?」「あたりです」「狩人も短い出番だけど印象に残ったよ」「ぼくは鏡の精に話しかけるお妃がと鏡の精のやり取りがおもしろかった」「むき出しの感情と抑えた感情のやり取りは正反対だったね」「考えてみると誰か一人でも抜けたらこんなに面白い舞台にはならなかったです」「チームワーク良さかな?」「そう、とてもまとまっていました」「ところでお妃は鏡に語りかけるしか生き甲斐がないのかな?」「道楽さんが年を取るとやることがなくてあんな感じになったりして」「どんなことをやるだろう?」「そうだね? ワインや日本酒、ウィスキーの飲み比べ。どれが一番おいしいか」「ドライマティーニを何種類も作って試飲すしてどれが一番自分に合うか」「そんなことになったら大変です」「その時はぼくたちが結束して阻止しなきゃ」「わかったよ」。ぼくたちは両手の肘と両足の膝を折った」。アンケートを書き終えた道楽さんがぼくたちを見て「その動き、白雪姫とこびとたちがやっていたね」と笑いながら言った。
観終わっても興味がつきません。
北九州少年合唱隊『星の王子様』
2013年 10月27日 |
「道楽さんは、レポートを書く気にならないね」「いずれはやるでしょうけどどうなりますやら」「いっそ、ぼくたちでやろう」「そんなことできますか?」「やってみなければわからない。やろう」「失うものはなにもないし」「どれからやりますか?」「『星の王子様』にしよう」「ぼく、観てないよ」「いいよ。聞いてるだけで。ぼくだって最初はそうだった」「五月兄(にい)がそう言うならいいよ。聞きながら想像するから」。
「あのミュージカルは飛行士の中尾さん(高2)と魚住さん(中1)がいたからできた」「そうです。でも二人を支えた脇役を忘れちゃだめです。組み体操と同じで頂上に立つ人を支える人がいて完成します」「先ず、脇役の話をしようか」「最初に出てきた6歳の飛行士と二人の大人の会話で、飛行士が絵描きになるのをやめたわけがわかった」「短い場面だけどそのことが伝わった。あそこが崩れたら話がわからなくなる」「台詞は全場面、よくわかりました。練習の成果です」「歌詞や台詞をわかるように表現するのは難しいものね」「ぼくが印象に残ったのは蛇だよ。不気味な感じがよく出ていた」「良い味を出していたのは狐。ほのぼのとした感じで王子様に大切なことを教えていました。『大切なことは目に見えない』。深いですね」「渡り鳥たちは、楽しそうに演じていた。練習の時は心配だったけど本番はよかった」「渡り鳥が暗かったら、王子様の旅がつまらなくなるからね」「旅先で出会う王様、金持ち、地理学者は短い出番でも印象に残ったね」「今まで少年隊で培ったことが出ていました」「短い出番で表現するのは大変だけど役割りを果たした」「ベテランの脇役俳優みたいだった」「小さな役だったけれどバラ園のバラたちはかわいかった」「かわいいはだめです。かっこいいと言いましょう」「同じ衣装でも一人一人違った味わいだったよ」「そこが面白かった」「忘れちゃいけないのは、王子様の星に咲いていたバラ」「王子様のことは好きだけれどプライドが高いから素直になれない。歌も含めて感じがよく出ていました」「影の主役だよ」「影の主役と言えばピアノ伴奏もそう」「それから舞台背景、演出、照明、衣装、いろんな力がかみ合って舞台はできる」「主役の話もしようよ。魚住さんは強いソプラノになっていた。それでいて声はきれい。本場の少年合唱団でもそうはいないはず」「ほとんど出ずっぱりだったけれど最後まで声は落ちませんでした。あの役は相当な体力も必要で、誰にもできるわけじゃないです」「飛行士の中尾さんはここまでの経験を一気に吐き出した。スケールの大きな歌と演技で全体をリードした」「劇中よく歌われた『果てしない空へ ぼくは旅たつ』。あの歌もスケールが大きかった」「今回は、気持ちが大きくなる舞台でした」「でも、話の内容は難しいよ。最後の部分はどうなんだろう。王子様は死んだの? それとも星へ帰ったの?」「道楽さんが言っただろう。大人のメルヘンだから難しいんだよ」「そう、大切なことは目に見えないんです」「各自が自由に想像する場面だね」「禅問答みたい」「奥が深いんです」。
さて、道楽さんは帰京後、『星の王子様』の本を買って読んだ。「おもしろいけど難しいな」。それだけでは足りずに『星の王子様、禅を語る』という本も読んだ。どうやらこの話は禅に通じるらしい。『星の王子様』の作者はフランス人だ。思い返してみて道楽さんが好きな京都の禅寺、大仙院に行くとフランス語を話すグループによく出会う。お寺にもフランス語が話せるスタッフがいるし、フランス系の人は禅に興味があるのではと考えてしまう。道楽さんは後日、大仙院を訪れ住職様と話をした。住職様によると「あの本は、自分が病気で寝込んだ時に、先輩から勧められて読みました。確かに禅に通じます」とのことだった。フランス人の参拝者が多いのではと質問すると「そんなことはありません。いろいろな国の人がお見えになります」とのことだった
。
「なんだかんだ言ってレポートできました」「なんでもやってみることだね」「次は、空君が聴いた舞台をやろう」「だったら、4月の北九州少年合唱隊がいいな」
開催できてよかったです。
少年たちの強いパワーを認識
北九州少年合唱隊第28回定期演奏会
2014年11月2日 |
昨日のボーイズ・エコー宝塚に続いてこの日は小倉にやってきた。天気予報は雨だったが幸いにして雨には降られなかった。はやる心を抑えさせねばと道楽さんに水を買うよう進言した。では、北九州少年合唱隊の定期演奏会の様子を紹介しよう。
開場が10分ほど延びたのはリハーサルがぎりぎりまでかかったかららしい。「売店の売り上げが減るよ」と心配顔で言ったのは五月君だ。見当違いの発言だが確かにそういう影響は出るだろう。「合唱隊がゆとりを持って舞台に上がれるかが気になります」と言ったのは風君だ。「ぼくたちはゆとりを持とう」とぼくはその場を治めた。「先ずは深呼吸。」
プログラム
オープニング
・北九州市歌
第1部 少年の世界
宗教曲
・ピエ・イエス ・バニス・アンジェリクス ・アヴェ・マリア
少年隊OBと共に
・夢の世界を ・雨のちハレルヤ ・With you smile
第2部 友情出演 北九州少年少女合唱団
・コンドルは飛んでいく ・銀河鉄道999
・私のシェリートリンド ・風になりたい
みんなで歌いましょう「もみじ」
第3部 合唱ミュージカル
・ノートルダムの鐘
「みなさん、こんにちは」。司会の少年隊OBが挨拶すると客席から「こんにちは」と客席から返る声は他の都市に比べ一際大きい。九州の人たちは元気だといつも思う。その元気さを象徴するように隊員15名が市歌を高らかに歌い上げた。この日は市長夫妻をお迎えするので気合が入っていた。それはよいのだが次の宗教曲にこのモードのまま入ってしまった。宗教曲は強さよりも会場をふわりと包み込むような感じが必要だ。数年前、ドイツの少年合唱団が『メサイア』を歌うのを聴いた。ソリストはソプラノが日本人の高名な歌手(調子が悪そうに見えた)で、他のソリストはドイツ人だった。日本人ソプラノは豊かな声量で直線的な声、他のソリストは静かに訴えるような歌い方だった。オペラなら直線的な声が良くても宗教曲では違和感が出る。オペラと宗教曲では求められる声が違う。それを認識したコンサートだった。この日の少年隊の声は直線に近いコーラスになってしまった。この会場は声が通り難いのでマイクが必要となる。そのマイクの音響効果がよくなかったのも原因で気の毒だった。ただ個々の声はしっかりしていたのは救いで、特に『ピエ・イエス』 でソロを歌った5年生ソプラノは良いセンスをもっていた。宗教曲を歌う前に気分を変えるため、ワンクッションあるとよかった。例えばピアニストの牛田智大君は、ピアノの前で目をつぶり、祈るような仕草をしてから演奏に入る。また新潟市の中学校の合唱コンクールで、『ハレルヤ』を歌うクラスが整列を終えると代表が前に出て「瞑想」と号令をかけた。その甲斐あってこのクラスはすばらしいコーラスを披露した。特に宗教曲を歌う際は、ゆとりある気持ちになるよう工夫したらどうだろうか。少年隊の名誉のために一つ挙げておく。1年前、少年少女合唱団の定期演奏の時は、優しく心に沁みる合唱曲を聴かせてくれた(レポートしてあるのでお読みください)。今回は条件が悪かったと考えよう。
『OBと共に』に参加したOBは3名だった。いつもはもっと集まるのだがみんな忙しいのだろう。参加した3名は「みんなと一緒に歌いたかった」とのことで指導者、現役隊員にとってもうれしいかぎりであろう。ここでは、静かな曲『夢の世界を』を最初に歌ったのがよく、声の調子が整ったところで強い調子の2曲目、3曲目へ無理なく入れた。観客にとっても聴きやすかった。今回、現役の隊員は小学2,3年生が多く元気に歌っているのが良く、先輩たちの成熟した声とのコーラスを楽しく聴かせてもらった。
合唱ミュージカル『ノートルダムの鐘』はシリアス系だった。自分が聴くようになった2003年からではミュージカルはコミカル系の路線だった。昨年の『星の王子様』もシリアス系だったから路線が変わりつつあるのかもしれない。少年少女合唱団がやってもおかしくないミュージカルだが少年たちが演じると芯がしっかりする。先ずは主役のカジモドを演じたソプラノが強い声で存在感を示した。これに絡むジプシーのエスメラルダも、歌と踊りで存在感を示し、新しい主役登場を感じさせた。昨年の王子様、魚住君は主役を引き立てながら軽快なダンスと少年ならではの歌声で舞台進行をリードした。他の脇役陣も堂々とした演技と歌で緻密なミュージカル作りに貢献した。忘れてならないのは悪役フロロを演じた高校2年の西田君だ。登場した瞬間から悪の雰囲気が十分で、主役をしっかりと支えた。悪役が弱いと舞台の魅力は半減するがここまで培ってきたことをしっかり出すことができた。西田君というと、コミカルな役の雰囲気がある。しかしプロの俳優でも喜劇で鍛えられた人はシリアスな役を演じても味を出す。そんな感じだった。ミュージカルは全体的に強い声と勢いのある演技で観客を魅了した。全体的には「よくやった」と言える内容だった。ただ一つ、重箱の隅を突くことになるが「キリエ エレイスン」と祈る場面で気持ちがこもっていないように感じた。強い演技と深い祈りを両立させることは難しいがより高みを目指して欲しい。
出口付近ではいつものように少年たちが舞台衣装のまま、観客を見送っていた。どの少年も顔が輝いていて「やり遂げた」という気持ちが伝わってきた。今回は定期演奏会の開催が危ぶまれたそうだが少年たちを見て「やってよかった」と思った。日々成長する少年たちにとってこの瞬間は大切なのだから。
今回のテーマは『少年の美しい歌声で、ほんとうの優しさと、思いやる心を育てよう』だ。特にミュージカルでそれを感じた。そういったことをアンケートに記入していると「石像役の3人がよかったって書いといて。」と薫たちが言った。石像とわかる扮装はしていなかったがカジモドとだけ話ができる設定で動きのある役だ。「ぼくたちと同じだよ。」
リモート練習でも結果は上々
北九州市小倉少年少女合唱団の定期演奏会に友情出演
2022年4月29日 北九州芸術劇場大ホール |
3年ぶりの北九州少年合唱隊の鑑賞のため、ぼくたちは小倉にやってきた。連休初日のため、飛行機のチケットが取れなかった。3年ぶりの移動制限がない連休なので人の移動が多いのだろう。朝一番の「のぞみ」に乗るとこちらも混雑していた。小倉には定刻通り10時29分に到着。「ずいぶん速くなったなあ。昔は6時間半ぐらいかかった。2時間も短縮したんだ。」道楽さんは感心していた。駅を降りて小倉の駅ビル内を歩いてみたらこちらも人が多かった。駅近くのホテルに荷物を預けた後、ランチを食べるためにこちらも3年ぶりの喫茶店に入った。ここには草色をした大きなインコがいる。インコもマスターも元気だったのでうれしかった。このインコはゲージに入っているのではなく止まり木の上にいて悠然としている。常連さんに人気があり絵葉書になっていた。「さて、これから開演までどうしようか?」。食後のコーヒーを味わいながら道楽さんが言った。
この日は雨で風が冷たいので歩き回るのをやめにした。時間的にはかなり早いが演奏会場である北九州芸術劇場に行くと建物内にある市立美術館分館で鉛筆画の吉村芳夫展をやっていたので入った。写真をベースにした絵を見て「これが本当に鉛筆画?」と思った。描くためにコンピューター技術を使っているとのことで、おおよその理屈はわかったけれどかなりの手間と根気が必要だ。120色の色鉛筆を使っていることも知った。「いろいろな物を見て吸収しないといけないな。」道楽さんは言った。
美術館を出て会場の大ホールに行くとすでに並んでいる人がいた。「熱心だ」と思ったけれど他にやることがないのでぼくたちも列に加わった。少年合唱団を鑑賞するためには忍耐が必要だ。でもこの忍耐も久しぶりだった。開場前にはかなりの列になったけれど一時に比べれば少ないなと思った。ここから先は道楽さんにバトンタッチだ。
入場時にもらったパンフレットを見て少女の人数も27名と少なくなっていることを知った。半数以上が中学・高校生でコロナ禍の時期、小学生の入団が少なかったと推測した。
お目当ての少年合唱隊はプログラム2番目登場した。始めに「後援会だより」に載っていた少年隊リーダーの言葉を紹介する。「コロナ禍の中で練習するためにリモートなどを取り入れるなど、工夫して練習してきました。その練習の成果を発揮してきれいな歌声を届けるとともに、演奏会を盛り上げます!」
この日の曲目は
・時代 ・言葉にすれば・天使の羽のマーチ ・宇宙戦艦ヤマト の4曲だ。
舞台に登場したメンバーはベストとネクタイ姿の中学・高校生6名だった。少年隊も人数が減っていることを認識した。この6名の声はマイクを通しているとはいえしっかりしていた。『時代』の出だしソロはこの年齢ならではのボーイテノールだった。臆することなく出だしをフォルテで歌い、続く「こんな時代があったねと」でメゾフォルテに変えた。このすぐ後に他の隊員が声を重ねてきれいなハーモニーを創った。2番は別の少年がソロを歌い1番と同じようにハーモニーを創った。リモート練習が中心と聞いていたが歌い方の基本はしっかりできているので感心した。
『言葉にすれば』は初めて聴く曲だった。パンフレットの紹介文によると2007年度NHK合唱コンクール高等学校の課題曲だそうだ。聴いていてレベルの高い曲だと思ったが少年たちは自分のパートをしっかり歌い良いハーモニーを創り出した。1曲目同様、リモート練習にかかわらずここまで仕上げたことに感心した。少年たちが自分たちの心を観客に届けようとしているのが理解できた。コンクールでは女声主体になるから雰囲気が違うだろうが少年たちの歌は力強さが前面に出ていた。この曲をコンクール時のCDで聴いてみたくなった。
『天使の羽のマーチ』ではセーラー服を着た小学生3名が加わった。この曲は北九州で何度か聴いた馴染みの曲だ。この曲は楽し気な振りをつけての合唱だ。それはいいが小学生の声が聴き取れなかった。「先輩たちに遠慮しているのでは?」とも感じた。中高生たちはオブリガードも入れてきれいに歌っていた。個人的な考えだが、小学生だけで歌う箇所を作り中高生がそれを支えるとよかった。この点について、後日聞いたところによると小学生たちはこの日が初舞台だったので緊張して声が思うように出なかったそうだ。これについて「だめだった」で終わるのではなく「良い経験になった。次回に生かそう。」とプラス思考を持って欲しい。以前某少年合唱団でも似たようなことがあった。しかしそれをきっかけにして以後の演奏会でしっかり歌えるようになる姿を見た。うまくいかないことは次の成功へのステップである。
『宇宙戦艦ヤマト』も北九州ではお馴染みだ。この曲も歌詞に合わせた振りがある。各自動きが違うので自分の動きを覚えなければならない。にもかかわらず全員が自分の役割を果たし合唱もしっかりしていた。小学生たちも振りはしっかりできていたので自信を持って欲しい。先にも書いたがリモート練習主体にもかかわらずきっちり仕上がっていた。それは各隊員が練習をしっかり行った証である。最初に紹介したリーダーの言葉通りの仕上がりだった。この日の演奏会を鑑賞した結果、秋の定期演奏会が楽しみになった。
この日の主役少年少女合唱団もリモート練習のハンディは感じなかった。宗教曲、ロックンロールメドレー、ミュージカル『リトルマーメイド』を聴き「コロナに負けません」という九州人ならではのファイトを感じた。
五月「来てよかったね、元気になった。」
空 「コロナのハンディを乗り越えたね。」
風 「乗り越えるのは大変だったと思います。」
薫 「さっき見た絵と同じだよ。リモート練習で地味なことを根気強くやった成果だ。」
北九州少年合唱隊秋のコンサート
北九州少年合唱隊の新たな魅力を発見
2022年10月10日(月・祝) 北九州市男女共同参画センター |
ぼくたちは、北九州美術館分館で藤原新也による『祈り』の展示、更に北九州文学館で同じく藤原新也の展示を鑑賞した。なんとなく入館したけれど展示を鑑賞するうち興味が湧いた。文学館には瀬戸内寂聴に宛てた直筆の手紙が展示されていた。それを道楽さんは手帳に書き写した。
空「カメラで撮らないの?撮影OKだよ。」
道楽「これは手書きしてこそ価値がある。」
風「もっと丁寧に書かないと後でわからなくなりますよ。」
五月「道楽さんは何かを感じたね。こういう場所は勉強になるよ。」
薫「展示を見てそこから一歩奥に入ると気付くことがある。そこから想像するのは楽しいね。」
文学館を出ると演奏会の会場へ行った。開場前のホールでリハーサルの歌声を聴くと少年隊の調子は良さそうだった。演奏会への期待を抱きながら近くの洋菓子店でコーヒーを味わいながら休憩した。一息つき店を出て周辺を歩いてみた。この辺りの地名は大手町、地名から考えると武家屋敷があったと想像した。この地域は公共機関や大きな病院があり小倉の中心地の一つと考えた。
開場30分前に会場に戻ると入場を待つ人が約30名が並んでいた。以前はもっと大勢並んでいたからコロナの爪痕は深いと思った。客席に入り開演時間が近づくと観客は徐々に増え最終的には100人を超えていた。どこの会場もそうだが年配の方々が多い。その方々の話の内容から高山先生の知り合い、孫が少年隊もしくは少年少女合唱団に所属したという方々が目立った。話を聞いて高山先生との結びつきは強いと思った。若い子ども連れの方々もいらしていたが子どもたちの多くは歌に関心がなさそうだった。プログラムは以下の通り。演奏会については道楽さんにお願いした。
1部 珠玉の合唱曲集―少年の世界
・天使の羽のマーチ
・Winding Road シニアのみ
・証 シニアのみ
・言葉にすれば シニアのみ
・夢の世界を
・With Your Smile
2部 OBのステージ
・空も飛べるはず
・この星に生まれて
3部 友情出演 北九州市小倉少年少女合唱団
KJCポピュラーから
・プリーズ・ミスター・ポストマン
・トップ・オブ・ザ・ワールド
・イエスタデイ・ワンス・モア
・あなたが美しいのは
〜アイスクリーム応援団
4部 少年隊のアニメワールド
・Taking Off
・君を乗せて
・カントリーロード シニア
・鉄腕アトム ジュニア
・勇気100% ジュニア
・銀河鉄道999
・宇宙戦艦ヤマト
アンコール
映画『ドラえもんより』 虹
先ずは司会のOB2名が来場御礼の挨拶をして合唱団の列に戻ると演奏開始となる。舞台に並んでいるのはシニア隊員(中学高校生とOB)が5名、ジュニア隊員(小学生)が4名。指揮者の井上先生はマスク着用だが隊員はマスクなし、マイクがないので生の声が楽しめた。合唱は期待通りだった。最初の曲を聴き、少ない人数にもかかわらず全員が前向きな気持ちで歌っていた。特にシニア隊員は臆することなく耳に心地良い歌声を届けてくれた。歌詞がしっかり聴きとれるので歌に気持ちを集中できた。ソロを歌うシニアの少年も丁寧な歌い方で観客は拍手で称えた。鑑賞してみてシニアはレベルの高い曲を選曲していると思った。そのレベルにもかかわらず高い歌唱力だった。『Winding Road』と『証』、どちらもNコンの課題曲である。前者は力強く道を進んで行く雰囲気、後者は一転して仲間との関係を静かな雰囲気で表現した。両方の曲を聴き、対照的な歌い方に注目した。私は北九州BCのイメージはパワーが特徴と考えていたが『証』を聴いたことで固定観念が覆った。男声合唱ならではの深みもあった。『言葉にすれば』についても書こう。この曲は4月にも聴いた。その時に比べ声が柔らかくなっているように感じた。曲の内容をより深く掘り下げたのだろう。これは進化と言える。ジュニア隊員はシニア隊員に声の大きさの点で及ばないが4月の演奏会に比べ成長が見られた。『天使の羽のマーチ』は小さいながらきれいな声が出ていた。『With Your Smile』も同様だ。「君がいて(シニア)」「君が(ジュニア)のようにシニアを追いかける部分ではきれいな声が聴けた。これを聴き発声の基礎はできていると思った。声がもう少し出ると良いのだが、これはお互いの立ち位置の関係かもしれない。隣との距離が離れているのが不安で声を出しにくいのでは?と思った。もう少し距離を縮めてお互いの声を聴きとれるようにすればどうだろうと考えた。しかしコロナ禍でリモート練習が多かったことを考えれば「頑張っている」と言いたい。
OBのステージは10名の参加だった。さすがに場慣れしており安心して聴いていられた。聴いていて歌うことを楽しんでいることが実感できた。
ここでぼくが割り込ませてもらう。最初の『空も飛べるはず』が始まると五月君が歌いだしたのでぼくたちも続いた。指揮者はいなかったけれど強弱はしっかり表現していた。何度も歌ってきた曲だから隅々まで理解しているのだろう。ぼくたちも何度も聴いた曲だからどのように歌うかは覚えている。五月君の声が大きいなと思っていたら間奏の時、
空「兄(にい)、もっと声を落としてよ。」
風「目立っています。」
五月「わかった。つい熱が入った。」
薫 「声の大きさを揃えた方が聴き手に伝わるよ。ぼくたちの歌を聴いている人はいないけれど。」
この後はみんなの声が揃った。
言うまでもないことだがOBの声は揃っていた。この曲はOBにとってレパートリーとなっている。次の『この星に生まれて』も同様にレパートリーだ。この曲はいろいろな表現法があるが北九州OBはパワーが持ち味だ。レパートリーとして歌い継がれるのは心強い。
少年少女合唱団は得意のポピュラーソングを歌った。年配の方々には懐かしい曲もある。良い歌は歌い継がれていくだろう。彼女たちは得意のダンスを入れながら歌い、元気な笑顔が楽しい雰囲気を醸し出していた。ダンスが周囲と多少違う子がいたが気にする様子はなく最後まで続けた。私は気にならずむしろ「いいな」と思った。少年隊ジュニアも楽しい雰囲気を創り出せるよう参考にして欲しい。
アニメソングはジュニアにも馴染みがあるのだろう。1部に比べて声が出ていた。この中で特に良かったのは『君を乗せて』と『カントリーロード』だ。前者はシニアのソロで始まった。力みのない良い声で会場から拍手が出た。しかし、ここは拍手を控え曲が終わった時点でソリストに拍手を送った方が良い。後者はシニアだけでゆっくりしたテンポで歌い、男声合唱の魅力を伝えた。この曲、現在ではジブリ映画の曲として定着しているが私の世代はジョン・デンバーのイメージが強い。聴きながらジョン・デンバーの歌声と重ねた。終わるとジュニア4名による『鉄腕アトム』と『勇気100%』だ。アトムは二部の部分もあり一生懸命歌っていた。この時、観客から手拍子が出たがこれはいただけない。善意から出たことはわかる。しかし手拍子が大きいと弊害もある。何度も歌ってきた曲ならいいが今回のジュニアは舞台経験が少ない。そこへ大きな手拍子が起きるとリズムが取りにくくなると同時に伴奏が聴きとりにくくなる。したがって静かにじっくり聴いた方がよい。観客は手拍子の代わりに良い表情でジュニアを見る、あるいは首や手で拍子をとって欲しい。舞台に立っていると観客の反応はよくわかる。観客の表情を見ていれば励まされるはずだ。歌い終わった時点で盛大な拍手を贈れば彼らは「やった。」とうれしくなるだろう。
五月「手拍子のことだけど、アトムは合っていた。勇気100%は曲に合っていなかった。」
風「手拍子の音はアトムに比べて小さかったからやりにくいんです。あれだと民謡の〇〇節です。勇気100%は体でリズムを取りながら聴く曲です」
空「勇気100%は年配の人にとって聴き慣れていない曲だからだよ。」
薫「あの手拍子のために、出だしに比べてテンポが少しだけど変わった。ジュニアには気の毒だった。それでも最後までしっかり歌えたのは偉いし自信をもっていい。この先、練習を続けていけばもっと上手になるよ。」
プログラム最後の『宇宙戦艦ヤマト』は少年隊の見せ場だ。覇気のある振り付けがあり、歌と同時に行うのは難しいかもしれないが少年隊は堂々と歌い切った。これを見て少年隊の「前へ進んで行こう」との気持ちが見て取れた。来年は定期演奏会を目指すとのことでその日が楽しみだ。
アンコール曲『スタンドバイミー ドラえもん2』からの『虹』はゆっくりとした静かな雰囲気の歌だった。「一生懸命生きる」「ありがとう」など癒される歌詞に心がほぐれた。
風「気持ちが落ち着きました。」
薫「手拍子のこと、言い過ぎたね。少年隊のイメージが良い意味で変わった。」
五月「手拍子については、後日仲間同士で笑いながら話せそう。」
空『虹』は気持ちが優しくなる歌だね。歌の力はすごいね。」
ぼくたちは曲が終わった後、しばらくの間余韻に浸った。
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