ミュージカル『ビリー・エリオット』2017

 2017年『ビリーエリオット』を思い返す
                                                                
2022年3月26日

  この文章は2017年に書いたものだ。少年合唱団の演奏会ではないので『ボーイソプラノの館』への投稿は控えた。しかし道楽のサイトにミュージカルが作られたことで加筆の上、投稿することにした。

  ミュージカル『ビリーエリオット』を知ったのは偶然に手に入れたチラシからだった。以前に映画『リトルダンサー』を観ていたのでおおよその内容は知っていた。映画は面白かったので舞台にも興味をもち、試しに一度観てみようと7月のプレビュー公演に出かけた。この時ビリーを演じたのは幼少期からバレエを習っている加藤航世君。評判以上のバレエに瞠目した。もう一人バレエ教室で教えているウィルキンソン先生役の柚希礼音さんの存在感にも注目した。舞台は見せ場の連続で終演後、これならもう一度観てもよいと思い今度は一番年下のビリーである木村咲哉君を観た。加藤君が飄々としたビリーなら木村君は溌溂としたビリーという印象をもった。この時もウィルキンソン先生役は柚希礼音さんでビリーを支えていた。2回観たことで全部のビリーを観てみようと3回目となった。この日のビリーは未来和樹君だった。舞台が始まりしばらくするとビリーがソロ『ぼくを抱き上げて』を歌う場面がある。この歌を聴いた時、歌のレッスンをきちんと受けた声だと思った。少年合唱団に所属していればソロを任される声で「いいな」と思った。この日、柚希礼音さんと共に自分が注目したのはビリーの親友マイケルを演じた持田唯颯君だ。ビリーと一緒に歌って踊る『Expressing Yourself』は何とも言えない面白さだった。曲の終わりで観客に向かい「さあ、みなさん、楽しんでください。一緒に盛り上がりましょう」とジェスチャーで表現した(この時は2020年のセリフ「聞こえないよ」はなかった)。この日、マイケルがいるから「ビリーエリオット」が面白いということを認識した。後日の公演で終演後にこの二人が舞台挨拶するのを観て「これは名コンビ」と思った。さて,未来君のビリーの印象は普段は落ち着いているけれどここ一番で強さを発揮するタイプと思った。4回目は、前田晴翔君でこちらは「ダンスが好きでしょうがない」ことを体中で表現するビリーだった。中でもヒップホップ系のダンスが光っていた。他に怒りを表す『angry dance 』は真に迫っていた。マイケル役はこの日も持田君で落ち込みそうになるビリーを明るい笑顔で元気づけているのが良かった。5度目は途中からビリー役に抜擢された山城 力君で、この役ができるうれしさが体中から表れていて何事もやる気満々、「ここまでやるか」と言いたくなる動きもあった。このように5人それぞれ違うビリーだったので違う舞台を観ているような感覚になった。また忘れてはならないのがビリーと関わる俳優さんたちで一枚岩になっていた。もう一つ、どの俳優さんも相当に体を酷使していると感じた。俳優さんたちをベストの状態にするためのトレーナーの方々もこの舞台の立役者だろう。
  ビリーに関して言うと5人のビリーはいずれも素晴らしかった。その中で私は未来君のビリーが好きである。派手な動きは少ないが味わいのある演技に自分の感性が反応した。未来君はもっと本格的に歌えそうだが、そうしてしまうとエネルギーがもたないだろう。舞台にほとんど出ずっぱりで歌とダンスをするのだから。

 
『ビリーエリオット』最大の見せ場

 見せ場はいろいろあるが、自分にとっては終幕間際、旅立っていくビリーをマイケルが見送るシーンだ。去っていくビリーを寂しそうな表情で見つめ、最後に明るい表情になって「またな、ビリー」と呼びかけるシーン、派手さはないが観客に訴えかけるものがあった。この表情はマイケル役によって違いがあるのが興味深かった。
 これらの舞台は7月下旬から8月にかけて鑑賞した。9月に入っても公演は続いていた。この間にビリーは成長しているかもしれないと思い、試しに6度目を鑑賞した。想像以上にビリーやマイケルは演技面で成長していて全部のビリーをもう1回ずつ観ようと決めた。この頃は、口コミで評判が伝わったようで東京公演はチケットが取りづらくなっていた。やむを得ず大阪まで足を運び、最終的に5人のビリーを2回ずつ鑑賞した。期待は裏切られなかった


ミュージカル『ビリー・エリオット』2020

 強いビリーを支えたマイケルとデビー
                2020年11月1日
(日)      梅田芸術劇場メインホール

 舞台を鑑賞していて楽しいことは、映像で観るのとは違い、舞台の気になる場所を見て想像ができることだ。
2020年の『ビリーエリオット』も想像を働かせながら鑑賞した。四人のビリーとマイケルはスタッフ、キャスト等に支えられて個性を発揮し見応えのある舞台を作った。極端な言い方だが同じ『ビリーエリオット』でも出演者によって違う舞台を観ているような気がした。中でも強い印象を受けたのは川口君と日暮君のコンビだ。一度だけ観た二人の共演とウィルキンソン先生の娘役デビーについて感じたことを紹介しよう。

 川口ビリー

  川口君は「一度目標を決めたら一途に駆けていく」一本気なビリーを演じた。目力があり、セリフを言う時は気持ちが表情に表れていた。性格の強さも出ていてセリフ「とうちゃんの馬鹿野郎」の時、アングリーダンスでの怒り100%の動きにそれが表れていた。反面、優しさも表現した。おばあさんの話を聞く時だ。聞きながら笑顔になり、真面目な表情になり、合間で頷いた。おばあさんが苦労したことを楽しそうに語るのは肝っ玉母さんだったことの表れだ。面白かった場面はボクシングジムでジョージのセリフ「お前は泥を塗っているんだ。親父さんにもそのグローブにも」の時にビリーが「またかよ」という顔で口パクし最後の「このボクシングジムにも」を一緒に言う場面だ。ビリーは毎回ジョージに同じことを言われて聞き飽きていることが想像できた。他に印象に残った場面は一幕でのピルエットを決める時だ。この場面、四人のビリーの表情はそれぞれだった。川口君は「できたぞ、バレエは楽しいな」という表情だった。『エレクトリシティ』も忘れてはいけない。父親とバレエスクールの面談を受ける時、全身から怒りが表れていた。練習を重ねたダンスを見てもらえなかった悔しさ、トーマスを殴ってしまった自分への怒りだ。冷静な受け答えができない状況で始まったダンスは怒りをエネルギーに変え、最後はやりきった表情で終えた。ビリーはダンスで自分を表現できることを証明し、併せてウィルキンソン先生の「ダンスは自分を表現すること」という教えの成果を見せた。

 日暮マイケル

 マイケル役の日暮君は、ユーチューブでの姿を見ると表現力が豊かなことがわかる。計算したものではなく自然に出てくるようだ。これは豊富な舞台経験等からくるものだろう。一幕半ばでビリーが訪ねてきた時、ワンピース姿のマイケルはチャーミングに見えた。だがそれだけではない。『エクスプレス』に入る前、ビリーに婦人服を着るよう促す時は強いオーラが出ていた。「いやなことはいやだ」とはっきり言えるビリーが「わかったよ」と従うのを見て「そうだよね」と納得できた。オーディションを受けるかどうか迷っているビリーを受け止めるマイケルの包容力の表れで、二人のやり取りは見応えがあった。ダンスの時は1+1を3にも4にも変える化学反応が働いたように思えた。マイケルの別の面が表現されるのは二幕のクリスマスの場面でビリーと二人きりになった時と最後の別れの場面だ。クリスマスの場面で自分のことを打ち明ける時は「ビリーだから言うんだよ」の雰囲気がある。ビリーへの信頼の表れだ。ビリーも信頼を裏切ることはしない。男の子同士の友情がはっきりと表れていた。別れの場面で、マイケルはビリーと別れたくない、でもビリーには好きなことをやり遂げて欲しい、分かっているけれど自分は寂しいという複雑な気持ちでいるはずだ。ビリーにキスされても笑顔にならないのはその気持ちがあるからだ。「またな、マイケル」と振り向かずに去っていくビリーに何かを言わなければならない、「どうしよう」と考えている表情は大きな見せ場だ。観客はここをじっくり見てマイケルの気持ちを想像しなければならない。にもかかわらず、客席から拍手が出てしまったのは残念だった。ここはマイケルのセリフ「またな、ビリー」をどう表現するかを静かな状態で見守らなければならない。短いセリフだがマイケルの複雑な気持ちが籠っているからだ。この日は寂しそうな表情で「がんばれよ」と言っているように感じた。劇場は開演前にコロナ感染が起きないよう注意を促すアナウンスをしたのだから「最後、幕が完全に閉まるまで拍手は控えてください」も付け加えるべきだった。

 マイケルのことについてもう少し書く。休憩時間中に「マイケルはバレエをやらない分、芸達者だね」と話していたグループがいた。自分の考えは違う。コミカルさとシリアスさを演じ分けなければならないから、役作りの上ではビリーより難しい。達者なだけでは演技に厚みが出ないだろう。特に最後の場面でのマイケルの演技は日によって違った。四人のマイケルはどう表現しようかと考えていることが窺えた。このミュージカルでビリーが注目されるのは当然だが、マイケルにもっと注目が集まってもおかしくはない。
 もう一つ付け加えたいのは、ウィルキンソン先生の娘役デビーだ。ビリーを最初は軽く見ていたが「オルゴールの上の小さな妖精」を表現するビリーを見て「はっ」とした表情になり「この子すごい」という気持ちを無言で演技した。この後の場面で舞台後方にいても場に応じた表情で演技していた。ビリーへのライバル心、そして同じ目標に向かう仲間と確信していると想像できた。この演技がビリーの父親に対し「バレエやって何が悪いの?」と言わせることにつながった。父親のジャッキーの怒声にひるまず、でんと構える姿はウィルキンソン先生の気性を受け継いでいる表れで、舞台を引き締めた功労者の一人ということを忘れてはならない。

 ソプラノ♪セブンボーイズのビリーエリオット
              2020年10月31日(土)梅田芸術劇場メインホール

  2020年10月31日の朝、ぼくたちは梅田芸術劇場にやってきた。前回の2017年は窓口に当日券を求める人が行列していたがこの日は数名しかいなかった。その数名がチケットを購入して立ち去った後、道楽さんが窓口で当日券の有無を尋ねたら余裕ありとのことだった。やはりコロナの影響だろう。劇場内にはQRコードを使えばS券割引の表示が出ていた。これを見て観客の入りが心配になった。それはさておき、2017年の話をしよう。台風接近で雨が降る10月22日(日)の朝、道楽さんは前田晴翔君のビリーを見ようと大阪まで遠征してきた。東京ではチケットが取れず、大阪も前売りは売り切れていたので当日券を狙ったのだ。ぼくたちの前には約20名が並んでいた。しばらくすると劇場の人が出てきて「当日券は、昼夜それぞれ10名分です」と伝えた。ぼくたちの後ろにいた人は福島から来たとのことで熱心なファンがいるなと思った。その人は夜の部の加藤航世君のビリーがお目当てだった。それだと終演後、福島までその日のうちに帰れないが「それでもいいです」とのことだった。あらためてビリーエリオットの人気を知った。さて道楽さんお目当ての前田晴翔君のチケットは無事に取れた。3階席の片隅だけれど良しとしなければならない。この日の前田君は絶好調で『エレクトリシティー』は気迫があふれていた。前田君を見守る父親役の増岡 徹さんの表情は演技とは思えなかった。終演後、「来て正解」とぼくたちは思った。前田君だけでなく他の4名のビリーも素晴らしかったことを付け加えておこう。2020年の再演前、日本の初代ビリーたちを上回るビリーが出てくるのかなと思っていたら勝るとも劣らない4名の2代目ビリーたちが登場した。この日は東京で観られなかった中村君と河井君のソプラノ♪7ボーイズコンビが目当てだった。ではその日のことを道楽さんに書いてもらおう。
 前回レポートした川口君と日暮君のコンビは観たままを中心に書いた。この日は見えない部分を想像しながら観劇した。人によってとらえ方は違うはずだが自分の感じるままに書いた。

 中村ビリー

 中村君演じるビリーは最初に舞台に出てきた時、浮かぬ顔だった。その顔から推測すると普段の生活に自信がなく自分をうまく表現できそうもないと考えた。自信をもてないことの一つがボクシングだ。闘争心がなく、嫌いだから練習に身が入らない、だから上達しないという悪循環に陥っている。それが偶然のことからバレエの練習に参加し感じるものがあった。帰宅して「おじいさんはダンスが上手だった」とおばあさんから聞いたことがバレエをやる伏線になった。次の練習日、「バレエに行きたいけれど女の子がやるものだし、男でバレエをやるのはオカマだし」と迷っていると「男の人だって大勢バレエやってるよ。ルドルフヌレーフはオカマじゃないよ」と話すデビーの言葉が決め手になったのだろう。バレエの練習に参加する。当然のことだが最初はうまくできるはずはなく、ウィルキンソン先生から「くずの中のくず」と言われて女の子たちに笑われる。それでも続けたのは「面白そうだからやってみよう」と前向きな気持ちが芽生えたのだろう。その気持ちで練習するうち先生はビリーをピックアップして教えるようになった。その結果、ピルエットを見事に決める。この時の表情は「これでいいの? でも気分がいい」と言っているようだった。父親に見つかり「父ちゃんの馬鹿野郎」となるが父親は怒りの中に「あいつがここまで反発するのは初めてだな」の気持ちが心の片隅に残ったのではないか。それが地方オーディションを受けることが家族に分かった時、ビリーが「子どもらしくなんかしなくていい。俺はバレエダンサーになりたいんだ」と主張するのに対する父親の「今すぐ子どもらしくしてやる」は言い方が弱かった。内心「そこまで好きなのか?でも今の状況では無理だ」と思ったのではないか。しかし2幕でのオールダービリーと踊る様子を見て「オーディションを受けさせてやりたい、そのためには仕事に戻って金を稼がねば」と決断したのだろう。仲間を裏切る覚悟は並大抵ではない。当然仲間から反発はあった。それでもカンパが集まるのは父親の人格によるものだろう。ストライキに参加していない人たちからもカンパが集まったのも同様だ。ウィルキンソン先生がビリーに個人レッスンを行ったのも才能だけでなく人柄に惹かれたのだろう。バレエ界のことをよく知るウィルキンソン先生の個人レッスンは厳しかったはずだ。甘い言葉など口にせず煙草を吸うこともなくビリーを指導したはずだ。ビリーもそれに応えて懸命に練習した。地方オーディションの前日「あんなに頑張ったんだから大丈夫」と言うセリフにそれが表れている。ビリーが先生に抱きつくのは甘えではなく「教えてくれてありがとう」の気持ちだろう。先生も「よくついてきたね」の気持ちだったのだろう。これだけ練習したことが報われなかったのだから『アングリーダンス』にはビリーの怒り、口惜しさ、悲しさが溢れていた。個人レッスンを通して闘争心が芽生えたのだろう。踊ることで自信をもったビリーを見事に表現した。

 話が先に進み、バレエスクールのオーディションでビリーはトーマスを殴ってしまうが普段ならやりそうにない。「ダンスがないだって? そんなのおかしい。レッスンをあれだけ頑張ったのに」と本気で怒っている時に見ず知らずのトーマスに体を触られたのが原因だろう。怒っている人の体に触るのは火に油を注ぐようなものだ。だが仮にバレエスクールで一緒になれば二人は仲良くなりそうな気がした。
バレエスクールの面接で「ダンスの何に惹かれるんですか?」と質問されたビリーは「困った」という顔で考え、踊るうちに自分の答えを見つけていく。踊り終えた時、ビリーは答えを見つけてすっきりした表情だった。

 河合マイケル

 次に河井君のマイケルについて述べる。ビリーに婦人服を着るよう促す場面は優しい笑顔だった。「楽しいから一緒にやろうよ」の気持ちも出ていた。この笑顔を見ればビリーも「いやだ」とは言えない。マイケルはビリーに悩んでなんかいないで楽しんで欲しいという気持ちも表れていた。クリスマスの場面でマイケルがビリーの手を自分の服に入れるのはバレエを諦めて元気のないビリーの心を温めたい気持ちからだろう。「踊って見せてよ」とおどけたポーズをするのはビリーを元気にしようとするマイケルの優しさの表れだ。そこには「踊れば元気が出るよ」の気持ちも入っていた。

 別れの場面、マイケルに「おおい、ダンス小僧」と呼ばれて戻ってきたビリーはマイケルにキスをする。それにマイケルは「ありがとう」と言うような笑顔で返す。「またな、マイケル」と遠ざかっていくビリーを最後までさびしそうな表情で見送り「またな、ビリー」と呼びかける。もっと何かを言いたいけれど言葉が出てこない。そのように感じた。

 この舞台を観て、中村ビリーは好きなことを見つけ、真摯に取り組んで自信をつけていく少年、河合マイケルはビリーに優しく手を差し伸べる少年のように感じた。歌唱に関しては「さすがソプラノ7ボーイズ」と思った。



 利田ビリーと佐野マイケル
  2020年9月27日
(日)
    TBS赤坂ACTシアター

 利田ビリー

 登場人物の第一印象はその性格を観客に印象付ける。利田君のビリーは登場の時、背筋が伸び表情も明るかった。このため明るく素直そうな少年と映った。大人たちが退場してからソロを歌うのを聴き、町から出てゆき何かを得て戻ってきたいという希望を内に秘めている、それは自分の居場所を探したいと想像できた。スモールボーイに「かっこいい」と言われてキャンデーを取り上げるのは誰もいないと思っていた場所での独り言を聞かれたので慌てたのだろう。「キャンデーを返すから黙っていろよ」と言っているように見えた。

 ボクシングジムの場面は、反抗心は見られないものの闘争心がなく、ボクシングに興味がないから好きになれない様子だった。他の少年たちも大同小異でこれは教え方の問題だろう。コーチのジョージは自分が少年だった頃とは違う時代の少年たちの意欲を引き出すには至っていない。それに対しバレエのウィルキンソン先生はプロとしてバレエに関わっていたことが想像できる。そのため練習のツボを心得ているので、ビリーは感じるものがあったのだろう。帰宅して、おばあさんからおじいさんの話を聞く時は最初から最後まで真面目な表情だった。ここにも利田ビリーの性格が表れている。おじいさんはダンスがうまかったという話がバレエに参加する伏線になったのは他のビリーと同様だ。バレエのレッスンはボクシングとは違いやる気になっていた。デビーに「ヘタクソ」と言われても「おまえこそ」と言い返すからだ。そこには「負けないぞ」の気持ちも表れている。やる気とセンスが重なった結果、ピルエットを「できたぞ。バレエは楽しいなあ」という表情でかっこよく決めた。父親にばれた結果、「とうちゃんの馬鹿野郎」となるが、このセリフは父親に対してと同時に自分にも「そんなのはいやだ」言い聞かすように見えた。
 この先のウィルキンソン先生とブレスレットさんのレッスンでは動きが軽やかで楽しそうだった。この様子だと個人レッスンでは技術面の課題を次々にクリアしていく様子が想像できた。クリアできてもオーディション前日は不安になりその気持ちがウィルキンソン先生に抱きつくことで表現されていた。オーディション当日、バレエのレッスンが家族に知れ、兄から「踊れ、ろくでなし」と言われてから間をおいて「いやだ」と答える言い方はおとなし目だった。ここはバレエをやる場所ではないと考えたのだろう。感情をすぐに出すのではなく数秒考えてから行動に移すタイプだなと思った。しかし、父親たちがいなくなってからの『アングリーダンス』は感情が爆発した。これも改めて考えているうちに怒りが込み上げてきたように見えた。

  二幕でクリスマスパーティーが終わり、マイケルがシンディの人形をビリーに渡してマイクを片付ける間、ビリーはシンディに缶ビールの残りを飲ませる仕草をした。他のビリーたちがシンディの髪の毛を掴んで振り回すのとは違う。これにはいろいろな見方があるだろうが自分にはビリーが「ぼくの気持ちわかるかい?」と話しかけているような気がした。そこには相手が人形でも自分がされたくないことはしないとの気持ちを表しているように思った。ここまでで利田君のビリーは優しさと理性をもった少年と印象付けられた。しかしバレエスクールでのオーディションの後は冷静ではいられなかった。積もり積もってきたものが爆発してトーマスを殴ってしまった。利田ビリーの怒りが尋常でないことの表れだ。面接で「なぜ、ダンスに惹かれるんですか?」の質問には「そう言われてもどう答えればいいんだろう?」と思いながら『エレクトリシティ』を始める。踊るうちに答えを見つけるのは他のビリーと同じだが動きがバレエ主体のように見えた。4名のビリーはそれぞれの特性を生かしていると認識した。話が進んで発表の通知を自分のベッドに座って読む時、利田ビリーは指で一文字ずつ確かめる演技をして笑顔で横になった。ここにも特徴が表れた。参考までにこの場面、川口君は通知を手にして目を閉じ、それから目を開けて通知を読み笑顔でベッドに横になった、中村君は、手紙を読み、ほっとした表情で手紙を胸に当てベッドに横になった。観る者にとってこのような違いは舞台を楽しめる要因だった。

 佐野マイケル

 パワフルなマイケルに見えた。それは動作が大きいからだ。一つはビリーに婦人服を着るよう促す時だ。手足を大きく動かし「さあ、楽しもう」という演技をした。これを見てビリーは笑ってしまい「わかったよ」となる。ダンスでもマイケルは大きく見えた。「遅いぞ、ビリー」のセリフには力があった。ビリーが「がんばってるよ」とついていく場面は輝いていた。クリスマスパーティーの後、元気がないビリーを励まそうと「踊って見せてよ」のポーズも動作が大きかった。そこには「俺に注目しろ、元気になるぞ。お前の元気な顔が見たいんだ」の気持ちがあった。
 別れの場面では、ビリーは希望と不安な気持ちが半々、マイケルは寂しい気持ちでいる。遠ざかっていくビリーに「またな、ビリー」と言った後、間を置いて「がんんばれよ」の感じで一瞬笑顔になるがすぐに寂しそうな表情になり、マイケルの複雑な気持ちを表現した。自分はこの場面がマイケルの一番の見せ場と考えている。

 この日も、出演者のみなさんはカーテンコールで観客から大きな拍手を受けた。これには出演者の体や心のケアーを担当するスタッフの方々の並々ならぬ労力があることを忘れてはならないと考えた。

 大千秋楽ならではの熱気
2020年11月14日(土)  梅田芸術劇場メインホール   

   『ビリーエリオット』の大千秋楽を迎えた梅田芸術劇場の2階席は満席に近かった。この日のチケットを9月中旬に確保した。この時点でホリプロサイトにはチケットがなく別のサイトから入手した。他の日は多少の余裕があったのだが大千秋楽は特別のようだ。この日のビリーは渡部出日寿君、マイケルは菊田歩夢君、デビーは小林 桜さんだった。

 渡部ビリー

 渡部君のビリーは、芯があり負けん気が強い性格に見えた。最初の集会所の場面、ビリーは父親に襟首を掴まれ不満な表情で登場した。来たくないのに無理やり連れてこられたのだろう。町で起きている出来事は、自分自身ではどうにもできないが希望を見つけて故郷へ戻ろうと考えていることが窺える。自分の住んでいる町は好きなことの表れだ。直後の場面で父親の考えでボクシングに通っていること、母親が亡くなって寂しい想いをしていることが明らかになる。自分の意志に反してやっているボクシングはやる気が感じられない。原因の一つは、仲の良い少年たちと殴り合いをするのが嫌なのではないか。たまたま参加したバレエに興味をもち、帰宅しておばあさんからおじいさんはダンスがうまかった話を聞く。この時は穏やかな表情で「ふーん、そうだったのか」と言っているように見えた。「おじいさんはダンスが上手い。ならば自分もそうかもしれない」と思ったのだろう。バレエの練習に行くのは迷いがあったがデビーの言葉で決心し練習に参加する。ビリーは母親が亡くなって以来、道を下る一方だったと思われる。それが上りに切り替えられるかもしれないと希望をもったのだろう。先生から「クズの中のクズ」と言われたことで負けん気に火がつき、センスと指導が合致した結果、ウィルキンソン先生に認められピルエットを「余裕だよ」と笑顔で決めた。渡部君はバレエの実績があるから当然だが、バレエ経験のないビリーがここまでできるのはやる気とセンス、そして運動神経の賜物だ。これならボクシングも上達しそうだがそうならないのはやる気の問題だろう。父親に知られてバレエを禁止され「とうちゃんの馬鹿野郎」となるがあっさりした言い方だった。「やっぱりそうなるか」の気持ちがあったのだろう。そうは言っても好きになったことは続けたい。マイケルの「やりたいことはやろう」の言葉で個人レッスンを受けようと決めた。この『express yourself』を踊っている時、会場から手拍子が起き、出演者と客席が一体になった。このため二人は楽しそうに踊り輝いて見えた。
   あのピルエットを見たらウィルキンソン先生がビリーをロイヤルバレエスクールに進ませ才能を伸ばしてあげたいと考えるのは当然だ。最初の個人レッスンでの様子を見るとその後のレッスンでは先生が「高いレベルだけどできるかな?」と思う課題も次々にクリアしていったことが想像できる。技術的なことだけではなく、バレエをやる心構え等の精神面、体を傷めないための準備運動、終了後のクールダウンの方法なども体に触れながら教えたはずだ。オーディション前日、ビリーが先生に抱きつくのはこれら様々なことが重なっての結果だろう。オーディション当日、兄から「踊れ、ろくでなし」と言われ、間をおいて静かに「いやだ」と答えるのは大きな怒りの前触れのような気がした。「ここは踊る処じゃない。俺の気持ちなんかわからないだろ」と怒りの状態になる前に周囲にいる人たちは警察から逃れるためにいなくなってしまう。ここで怒りは爆発しアングリーダンスとなる。「やっと好きなことを見つけたのに反対されるのはいやだ。悪いことなんかしていない。個人レッスンで、なんのためにあれだけ練習したと思ってるんだ。馬鹿野郎。かあちゃんならわかってくれるね。なんで死んだんだ」と訴えているような気がした。一幕はこれで終わるがビリー一家のもめ事は近所の人たちが仲裁し、ひとまず収まったことが想像できる。この町は住民同士のまとまりがあり、もめ事が起きると住民同士で解決することが根付いているこが考えられる。炭坑現場で働く時、一人の不調が事故につながる可能性があるからだ。ビリーの父と祖母は時として仲裁する役になり、周囲から頼りにされていたのではないか。だから住民も親身になって仲裁したはずだ。
   話が進み、バレエスクールのオーディションでビリーが『electricity』を踊る時は「俺は踊ることが大好きなんだ」の気持ちを一心不乱に表現した。この技は昨日今日で身に付けたものではなく、渡部君はここまで培ってきたものを存分に発揮していた。更に千秋楽ということもあり余計熱が入っているように見えた。踊り終えた時、「よし」と言っているようだった。父親役の橋本さんが「あいつ、俺の息子なんです」と話す時は半泣きになっていた。それだけ渡部君の踊りが想像以上に素晴らしかったのだろう。この先、ビリーが合格通知を読む時は観客に背中を向け笑顔でベッドに横になった。観ているほうも「よかったね」の気持ちだった。

 菊田マイケル

 そこにいるだけで周囲を楽しくする雰囲気がにじみ出ていた。ビリーに婦人服を着るよう促す時にもこの雰囲気が自然に出ていた。ビリーもマイケルと一緒にいると安心して気持ちがほぐれるのだろう。だからビリーが「わかったよ」と婦人服を着るのも理解できた。クリスマスパーティ後のやり取りもほのぼのとした雰囲気だった。ビリーは「踊って見せてよ」と言われても心を閉ざしている。しかし、マイケルの言葉はビリーが一人になった時にオールダービリーとのバレエにつながった。マイケルの言葉はビリーに響いていたことがわかる。話は前後するが、マイケルがチュチュを着て退場する時、客席から拍手が起きた。観客も良い気分になったのだろう。見せ場となる最後の場面、本当に悲しそうな表情をしていたのが印象に残った。  

 小林デビー

   母親がビリーを指導することに嫉妬はしているがビリーに好感をもっているので許せると見た。意地悪をしないのは母親譲りのさっぱりした性格から来るのだろう。その代りに「ビリー、私を好きになりなさい」を積極的に表現していた。ビリーが練習所に合格の報告に来た時、女の子たちが「サインして」とビリーを取り囲むのを見ながら「いやあね、みんなでちやほやして」と不快そうに見ていたのが、トイレタイムでみんながいなくなるとにっこり笑ってビリーの傍へ行きかけ「デビー、あんたも」と言われて怒り顔になる変化が面白かった。マイケルと共に『ビリーエリオット』を面白くしていることを忘れてはならない。カーテンコールでは、スモールボーイが飛び跳ねて前へ出ていくのをさりげなく戻す姿を見て素顔は優しい子だと思った。

   最後に朝日新聞に掲載された稲垣吾郎さんの『舞台の魔力、自分を超える』を抜粋で紹介しよう。「劇場には魔力のような力があるんです。舞台に立つと不思議とみなぎるものがある。僕は感情をむき出しにするような人間でないのに、自分でこんなに声が出るのかとか、こんな顔をするのかとかね。舞台ではのびのびと息を吸って、役として生きることができる。その場に立つと、想像する自分を超えることができるんです」。この日の舞台を思い返して同感と思った。


ミュージカル『オリバー!』

 『オリバー!』鑑賞記 その1
    2021年9月30日(木)     東急シアターオーブ

 「道楽さん、まあ落ち着いて」
 「落ち着いているよ。気になることを話しただけだ」
というわけで気になったことを書こう。冒頭で貧窮院の子どもたちがお粥だけの少ない食事を嘆く場面で子どもたちは元気いっぱいの歌声だ。毎日お粥だけの食事なら栄養が足りず生気がないはずだがそうなっていない。オリバーが葬儀屋に売られる場面は雪の降る寒い夜だ。栄養不足の空腹なら辛いなんてものじゃないだろうがそうは見えない。翌日の粗末な朝食後、母親の悪口を言った先輩に掴みかかり棺桶に頭を叩きつけるがこんな力があるとは思えない。逃げ出す元気があるのも不思議だ。この後、七日間さまよってロンドンに来るのだがひもじそうには見えない。これとは別にフェイギンがオリバーにジンをストレートで与えるがとんでもないことだ。ジンがどういう酒かわかっていれば少年に飲まさないだろう。他の少年たちにも「ジンを飲んでろ」と言う。これによりフィギンは少年たちを大切に扱っているの?と疑問が湧いた。
 「道楽さんは芝居には矛盾があるといつも言ってます」
 「オリバーは七日間、飲まず食わずじゃなかった。彼は人の物を盗むような子じゃない。親切な人から食べ物や飲み物をもらったんだよ。そういう想像をしなきゃね」
 「出演者が元気でなければミュージカルは成り立たないよ」
 「もういいから、早く本題に入ろう」

 この日は初日でオリバーは小林佑玖君、ドジャーは川口 調君だった。小林君は最初のソロ『愛はどこなの』をボーイソプラノで静かに歌った。音量は微妙に変化するものの全般に静かで、最後の伸ばす部分はきれいに決まった。この歌はフォルテで歌ったらオリバーの気持ちが伝わらない。この一曲でオリバーは強い意志をもっていることを表現した。川口君はオリバーとの出会いで『信じてみなよ』(日本では『オリバーのマーチ』として知られている)を難物と感じさせないダンスと歌で客席を沸かせた。ただ自分にとっては動き過ぎに映った。却って動きが少ない方がドジャーをより深く表現できると思った。この場面、登場人物が多くオリバーとドジャー以外の少年たちの個性が伝わらなかったのは残念だがこれはやむを得ない。また『必ずここへ帰れ』では、川口君のバトンさばきは格好よく技量の高さを証明した。すりの元締め、フェイギンはこの日の一幕では軽い性格と感じた。しかし二幕でオリバーが警察に捕まったことを聞き、ドジャーに対し「おまえは、何をしていたんだ」と叱る場面は一幕で感じた軽さはなかった。他の俳優ではビルサイクスは不気味な強さを表現した。ナンシーは登場するだけで周囲を明るくする雰囲気があり、この二人は存在感があった。特にナンシーがドジャーをはじめとする少年たちと一緒に歌う『なんでもやるさ』ではその雰囲気が漂っていた。この場面も少年たちのダンスが光っていた。全体に舞台は充実していて飽きることはなかった。
 二幕終盤、フェイギンは逃亡中、老後の資金にしようと大切に持っていた宝石類を誤って川に落としてしまう。「仲間も資金も失った」と嘆く姿を見て「悪銭身に付かず」を教えられた。フェイギンは「真面目に働くと税金を取られる」と少年たちに教える。税金は取られても真っ当な暮らしをしている方がいいことはわかるが、この時代、身寄りのない少年たちは真面目に働いても使い捨てにされることが多かったのではないか。そのため、生きるためには悪事に手を出すのも仕方がなかったのだろう。しかし一度悪事に手を出したら立ち直りは難しいこと、悪事を働けばそれが自分にふりかかること、捕まれば縛り首になる残酷な運命が待ち受けていることを忘れてはならない。
 この日はしっくりいかない箇所はあったが回を重ねるうち変化していくだろう。

 『オリバー!』鑑賞記 その2
フェイギンという人物 1

2121年10月1日(金) 東急シアターオーブ

 このミュージカルはジンに砂糖を入れて飲む場面がある。道楽さんは「考えただけで気分が悪くなる」と言った。当時はそういう飲み方だったのだろうか。
「いつも行くバーが再開したから行こうよ。バーテンさんに聞いてみよう」。
五月君の提案で早速バーに出かけた。バーテンさんにそのことを聞くと当時のジンは甘かったこと、『オリバー』に出てくるジンは粗悪品かもしれないので飲みやすくするために砂糖を入れたのではないかと教えてくれた。だとすると余計体に悪い。病気になって早死にする人が多かったのではと推測した。そんな運命をたどった少年たちも多かったのかもしれない。
「ジンの話はここまでにして本題に入りましょう。道楽さん、お願いします」。
風君が言った。

  この日のオリバーは高畑遼大君、ドジャ-は酒井禅功君だった。高畑君の『愛はどこなの』は静かだが強い声で最後がきれいに伸びた。これによりオリバーの純粋な心を表現した。話が飛んでロンドンに逃げてきたオリバーは昨日同様ひもじさを感じなかった。もし、ひもじければドジャーにもらったパン(中身は抜いてあるのだろう)をがつがつと食べるだろう。だがステージでそれをやればのどに詰まらせる可能性があるからできない。この後、見どころの一つである『信じてみなよ』の歌とダンスが始まる。酒井君のドジャーは軽快な動きだった。ここでは、他の少年たちも出てきて明るくダンスを披露した。ダンスをあらためて観ると少年たちは鍛えていると思った。この場面は、長丁場で特にドジャーは梯子に乗ったりぶら下がったり、大人と一緒に踊るなど動きが多い。ドジャーを含めて少年たちは本番前や自宅での準備運動を真剣に行い終演後のクールダウンも同様に行うのだろう。本番では笑顔だが練習では人に見せたくない表情で取り組んでいるはずだ。少年たちのダンスを観て公演中の無事を祈った。同時に少年たちを支えているスタッフや家族の皆さんの協力を忘れてはならない。話を戻そう。
 この日のフェイギンは武田真治さんだった。一幕で少年たちが寝静まった頃、宝石箱を出して指輪や首飾りなどのアクセサリーを愛しそうに手に取って眺める場面は守銭奴のように見えた。金メダルを手にして
「これをかじったどこかの市長さんの気持ちがわかるなあ」と話すクスグリもあった。これは昨日の市村さんにはなかったセリフだったからアドリブなのだろう。ここで「待てよ」と思った。この宝石はフェイギンが自ら盗ってきたものではなく大半はビルサイクスが盗ってきたもののはずだ。これを換金せず持っているということはビルに報酬を与えているのかと疑問になる。ビルが「金は?」「約束を守れよ」と言うセリフから考えると報酬をピンハネしているのでは?と思う。二人の関係を見るとフェイギンはビルを恐れているように見えるが実際はそう見えるだけでビルをうまく操っているのではと想像できる。ビルもフェイギンに頭が上がらないことがありそうだ。フェイギンはビルや少年たちからピンハネするケチな男に見えるが彼の言い分は「彼らの生活の面倒は俺がみている。だからその分を自分のものにしているだけだ」ということか。要するに自分本位なのだろう。この性格は警察の手が回った時、少年たちに「逃げろ」というだけで具体的な指示を出していないことにも表れている。本当に少年たちを大切に思っているなら常日頃、最悪の時にどう行動するかを話し合っているはずだ。このように登場人物の性格をセリフから推測していくと興味が尽きない。『オリバー』はこの先も見る予定なのでそれにより見方が変わるかもしれない。


 『オリバー!』鑑賞記その3
フェイギンという人物2、少年ギャング団はどうなる?

2021年10月16日(土)   東急シアターオーブ


 この日のオリバーは越永健太郎君 ドジャーは大矢 臣君だった。越永君の『愛はどこなの』は深い悲しみをエネルギーに変えて訴えるように歌った。その表情には悲しみがこもっていてオリバーのここまでの育ち方が想像できた。大矢君のドジャーは体格を生かし、大きな動作と低い声でオリバーを受け止める兄貴分を表現した。ギャング団はバックニー(中村海流君、河井慈杏君他のメンバー)でこちらも熱の入ったダンスを披露した。『信じてみなよ』でドジャーと4名の少年がかっこよく踊るのを真似してぎこちなく手足を動かすオリバーが微笑ましい。フェイギンは市村正親さん。初日に観た時は「軽い」と感じたが元々そういうキャラクターということが分かってきた。フェイギンは陽気にやっているように見えるが「老後」を恐れている。オリバーがフェイギンからハンカチをすり取った時、「こんな利口な子は初めてだ」と言った後に「老後は面倒見てね」と小さな声で話すことから窺える。二幕ではその恐れをはっきりと表現した。嫁さんもらおうか、まっとうな仕事をしようかなどと考えるが嫁さんもらうと尻に敷かれる、仕事に就いても安い報酬でこき使われると悲観的なことしか想像できない。更に俺の仲間は「ろくでもない盗人ばかりだ」と嘆くがこれは失言だ。弱気になったのだろうが、そのようにしたのは「フェイギン、あんただろう」と言いたい。少年ギャング団は確かに盗人だがろくでなしではない。少年たちの仕事は組織的でチームワークが良い。その表れがブラウンロー氏からハンカチをすり取る時に見られる。ドジャーがオリバーに盗品を渡したのは失敗でその結果オリバーは追われるが、ドジャーの「あいつを見つけ出すんだ」の一言でギャング団は一斉に動き出す。加えてドジャーはオリバーが連れて行かれた裁判所の近くで成り行きを見張り、オリバーが乗った馬車をブラウンローの自宅まで追跡し、それを確かめると走って(かなり長い距離と思われる)フェイギンに報告する。盗人でも仲間を見捨てず一丸になって行動するのだからフェイギンは少年たちをきちんと評価していない。チームワークと言えば二幕でビルとナンシーがフェイギンのアジトで修羅場を演じている時、少年たちが武器を隠す、ビルに飛びかかって跳ね返される、ドジャーはオリバーに寄り添っている場面も忘れてはならない。このチームワークは普段からコミュニケーションがしっかりとできている証だ。お互いに自分をさらけ出しているのだろう。一幕での『信じてみなよ』で「いがみ合いは絶対ない」と歌うのは本当のことだ。
最後の場面で、全財産を失ったフェイギンが「もう一度やり直せるか」と肩を落として退場するのを見ると「身から出た錆」と思う。私はこの時、ギャング団たちはどうなるのだと考えた。それと警官に捕まったドジャーの身を案じていたら童子たちが話しかけてきた。
 「心配ないよ、あのドジャーだよ。頭の回転もよさそうだから隙を見て逃げ出すよ。」
 「なにせ逃げ足が速いアートフルドジャーだからね。」
 「そうしたら、ドジャーは仲間を必死になって探します。」
 「一人見つかればそこから仲間と連絡がつくはずだよ。」
 「そこで落ち合う場所を決めてバラバラにロンドンを脱出する。」
 「心配ない。みんなタフだから生き延びるよ。」
 「こういう時こそ、チームワークの良さで助け合うはずだ。」
 「ギャング団のリーダーはドジャーだけれど、彼を支える少年がいると思います。」
 「影のリーダーだね。必ずいるはずだ。」
 「フェイギンは捕まって縛り首になりそうです。」
 「市村さんは最後に哀れさを背中で表現していた。そこは重さが出ていた。」
 「それに喜怒哀楽の表現も凄かった。このミュージカルの要だよ。」
 「少年ギャング団を育てたのはフェイギンであることを忘れちゃいけない。」
 「ナンシーが少年たちに貢献したのを忘れちゃだめだよ。」


 『オリバー!』鑑賞記その4
楽しい舞台だけれど結末は重い
2021年10月23日(土)  東急シアターオーブ


  オリバー鑑賞も4回目となった。細かいことは分からないが大まかな舞台進行は分かってきた。この日のオリバーはエバンズ隼人君、ドジャーは佐野幸太郎君だった。先ずエバンズ君の『愛はどこなの』について述べると、澄んだボーイソプラノで悲しみ、希望を表情で表現した。細やかに変わる表情は印象に残った。次にドジャーの佐野君について述べる。佐野君については昨年、『ビリーエリオット』のマイケルで体を大きく使って表現したと書いたが、今回も体全体でドジャーを表現した。体格が良くなった分、堂々とした演技で頼りになる兄貴分を演じた。佐野君は途中でドジャーに抜擢されたせいか張り切っているように見えた。今回気付いたことで初対面の時、空腹のオリバーに手渡すのはパンではなくリンゴだった。この日のギャング団はベッカム(日暮君、福田君他のメンバー)でバックニー同様熱の入ったダンスと演技で舞台を支えた。
 オリバーはすり仲間に入るのだが人の物を盗ることに罪悪感はないように見える。それは貧窮院の場面での「金持ち胸やけだよ」等のセリフから想像すると金持ちに対する反発心から来るものかもしれない。金持ちから盗るのならいいかと考えたのだろう。こうしてみるとオリバーは環境に適応する力がある。ドジャーと会ってすぐに打ち解ける、少年ギャング団ともすぐに仲良くなる、ブラウンロー氏の家でもすぐに慣れる、フェイギンのアジトに連れ戻され預かった本とお金を盗られた時、「ブラウンローさんのお金と本を盗っちゃだめだ」というセリフがそれを表している。
 このミュージカルではわき役陣が良い味を出していた。一幕で、面白い味を出したひとりは少年ギャング団の最年少ニッパーだ。『信じてみなよ』の最後で箒を手にしてソロを歌う、『ポケットからチョチョイと』の後で盗品のハンカチを服の後ろにくくりつけて隠しフェイギンの「右手を見せろ、次は左手、両手」で言う通りにし「あばよ」と言って背中を見せてフェイギンに見破られるのは笑いを誘った。ニッパーのこの演技は終幕まで頭の片隅に残った。ニッパーはカーテンコールでも一人残って演技をしてフェイギンに連れ戻されるのも良い薬味になった。後日の公演終了後、ナンシー役のソニンさんが「やってみたい役はニッパーです」と話していた。それだけ魅力的な役なのだろう。葬儀屋夫妻も面白かった。顔を白く塗り、不気味な雰囲気を出していた。不気味なのだが二人が大真面目に歌う『あなたの葬儀』はユーモラスだった。オリバーが閉じ込められた棺から抜け出す時のドタバタ劇も面白かった。脇役ではないが、ビル・サイクスにも興味をもった。周囲に恐れられ、ナンシーを痣ができるほど殴るのだが飼い犬はかわいがっているようだ。犬にだけには心を許しているのかもしれない。本当に強い男は周囲を恐れさせることはしないし、女性にも手を挙げない。ビルは自分の弱さを隠すために強い男の振舞いをしているのだろう。本心を知られているナンシーが憎くなり場合によってはパニックに近い状態となることが想像できる。本来なら自分を理解してくれる女性は大切にするはずだがそうできないのは育ち方に原因がありそうだ。終幕で逃亡する場面はまさにパニックに陥っていた。これは生まれついた性格にフェイギンの育て方が重なったのだろう。フェイギンはギャング団の少年たちの「ビル・サイクス目指せ」という言葉からわかるように彼を評価している。ビルはフェイギンから認めてもらいたいとの気持ちが次第にエスカレートし、気が付いたら後戻りできなくなったかもしれない。現在なら専門家のカウンセリングを受けて改善できるかもしれないがこの時代では望めそうもない。
 個人的に言うとこのミュージカルの結末はすっきりしない。なぜかというとオリバーは幸福になるだろうが、他の出演者は不幸になるからだ。年老いたフェイギンは無一文になって警察の追われる、ビル・サイクスは射殺され、ナンシーはビルに殺害される、少年ギャング団は散り散りになるからだ。ブラウンロー氏もオリバーの母親である娘を死なせてしまったことが重くのしかかってくるだろう。このことはオリバーの成長に影を落としそうだ。

 ミュージカル『オリバー!』鑑賞記5
面白かった。
2021年12月4日(土) 梅田芸術劇場

   ミュージカル『オリバー』について、道楽さんは後味が悪いと言ったけれども、10月23日以降数回観劇した。嫌い嫌いも好きのうちなのかもしれない。更に東京千秋楽の昼公演も観劇した。カーテンコール後、フェイギン役の武田真治さんがスピーチした。その様子はユーチューブで紹介されているので詳細は省略しよう。その中で
「一人も欠けることなく千秋楽を迎えることができました。」
と話した時は暖かい拍手が起きた。ぼくたちも
「よくやった、お疲れ様。」
の気持ちを拍手で表した。道楽さんは、
「このご時世で全員無事にゴールできたのはすごい。出演者の皆さんは普段の生活をきちんとやっていたんだな。」
と言った。
 12月4日、『オリバー』を追って早朝の新幹線で関西にやってきた。今回の目的はオリバーと言うより神戸の竹中大工工具館で開催されている『天平の技に挑む』展だった。奈良の唐招提寺の金堂を10年に渡って修理をした記録を見学した。道楽さんは、
「おおいに勉強になった。これだけで交通費を支払う価値があった。」
と満足そうに言った。この話は省略してオリバーの話に移ろう。
 この日は大阪初日だった。昼公演は前述の通り、時間的に鑑賞できなかったので夜公演にした。道楽さんは東京生まれの東京育ちだが
「梅田芸術劇場に来るとなぜかホッとする。」
と言った。この日のオリバーはエバンス隼人君、ドジャーは大矢 臣君、ギャング団は中村海流君、河合慈杏君のいるバックニー、フェイギンは武田真治さんだった。最初の貧窮院の場で子どもたちは今回も元気いっぱいだった。
「ここは元気にやらないと盛り上がらないね。」
「そう、矛盾はあるけれどこれはミュージカルだから。」
この場面に出演していた女の子たちは地元関西の子たちだそうだ。東京公演とはメンバーが違うけれど違和感はなく全員一つになっていた。葬儀屋の場での夫婦の歌『あなたの葬儀』も東京公演よりグレートが上がっているような気がした。
「この場面、真面目にやればやるほど面白くなります。」
「不気味な面白さだよ。」
エバンス君の『愛はどこなの』も進化していた。歌は伸びのあるソプラノだった。オリバーの気持ちを表現していて希望、悲しみ、諦めの表情が細かく変わるのが印象的だった。オリバーがドジャーとギャング団と出会う『信じてみなよ』の場面でもダンスが東京公演よりグレートが上がっているような気がした。大矢君が「考えてみたら、おいら親友なんかいやしねえ」のセリフの時、ほんの一瞬何とも言えない表情をした。このことを言い表す適切な言葉が思いつかない。道楽さんも同じだった。この直後、大矢君は歌う箇所を一部セリフでつないだ。「どうしたんだ?調子が悪いのかな?」「声変わりかも?」「疲れじゃないですか?それだと喉に出ます」「心配だ」。この後、「大丈夫?」と思う箇所はあったけれど演技に影響が出ないのは流石だと思った。これとは別に後半の『信じてみなよ』の最後にソロを歌うニッパーが東京公演よりも堂々としていた。ギャングのアジトでのオリバーの表情は楽しそうだった。貧窮院では笑うことなどほとんどなかったはずでこの違いはなんだろう。これについてぼくたちは想像した。葬儀屋から逃げ出してロンドンに来る間の七日間に様々な出会いがあった、悪い人との出会いもあっただろうが良い人に救われた。そのような中、商売人や農家での手伝いをするなどして気持ちが前向きになった。ロンドンに行くオリバーに食べ物やお金をあげたいけれど余裕がないから十分にできなかった。この他にもいろいろ考えられるがその話は長くなるので略します。
 二幕でフェイギンが独白する場面、ぼくたちは気持ちが集中した。東京公演では「何を勝手なことを」と思ったけれどこの日は一つ一つのセリフが体に溶け込んできた。別に同情はしないけれど東京公演とは何かが違った。
 道楽さんは「今日は今までで観た中で一番面白かった。出演者やスタッフは東京公演の振り返りをしたはずだ。それを空白期間にどう生かすかを考えて大阪に来たんだろう。去年の『ビリーエリオット』と同じだ」と言った。またカーテンコール後、武田さんが、
「まだ公演は続きます。出演者の組み合わせの違いも楽しんでください。」
という旨スピーチした。
「またのお越しをお待ちしております。」
ということだろう。終演後、すぐに大阪駅に駆けつけ新大阪駅から新幹線で帰京した。慌ただしい一日だった。


 舞台三昧の二日間、ハプニングは次々に
2021年12月10日 (金)・11日(土)
    梅田芸術劇場


  ぼくたちは、12月10日、11日に『オリバー!』とボーイソプラノ伊勢鑑賞のツアーに出た。そのことをぼくたちの視点から話そう。

 12月10日
 早朝、羽田空港へ行くため、家を出た。7:00発の伊丹行きANA に間に合うはずだったが乗車した電車が二駅目に着く直前、道楽さんは
「財布忘れた。」
と言い出した。ぼくは一瞬うろたえた。でもすぐに風君が反応した。
「キャッシュカード持っていますか?」
「ない、財布にはオリバーのチケットを入れてある。」
道楽さんの一言で
「引き返しましょう。帰ったらすぐに飛行機をキャンセルしてください。仕切り直しです。朝食を食べて新幹線で行きましょう。オリバーの開演は12:30だから十分間に合います」
と風君が言った。こういう時、風君の決断は早い。
「早く気が付いてよかったです。あのままならICカードだけで梅田まで行けます。そこで気付いたら最悪でした。」帰宅してトーストとコーヒーで朝食を済ませて東京駅へ駆けつけ、発車するところだった7:42発のぞみに乗車した。
 大阪には無事到着したけれどランチを食べた食堂で二度目のハプニングが起きた。道楽さんは食事中に物を床に落としてしまい手を伸ばして取ろうとして椅子ごと倒れそうになった。倒れていたら怪我をして観劇どころではなかったかもしれない。
「きょうは一つ一つをゆっくりと慎重にやってもらおう。」
そのためにどうするかを説明した。そうしたのはオリバーの中でフェイギンやナンシーがオリバーに
「気をつけろ。」
と言うだけでどう行動するかを説明していないからだ。あれではオリバーは理解できないだろう。ぼくの説明に他の3人は質問したうえで
「わかった。」
と応じた。

  その後は無事にオリバーのマチネとソワレを鑑賞した。マチネのオリバーは越永健太郎君、ドジャーは佐野航太航君だった。越永君は『愛はどこなの』を悲しい気持ちを表し、訴えるようにして歌った。佐野君はドジャーをメリハリのある演技で表現した。オリバーの面倒をみようという一途さも伝わってきた。ギャング団(ベッカム 日暮君グループ)の動きも生き生きとしていて演技は日を追うごとによくなっていた。それからフェイギン(市村正親さん)が舞台を引き締め、要になっていると感じた。終演後はバンブルさん、コーニーさんによるクリスマスプレゼトの抽選会があったけれど残念ながら当たらなかった。この二人は舞台上の役柄とは違う表情だった。
「オリバーを売りに出した日はクリスマスなんです。」
「ひどいことしますね。」
「この役以外にも舞台に出ているんですよ。」
などと話をしてくれた。

  ソワレはぼくたちの席の周りに高校生が団体鑑賞で来ていた。彼、彼女たちは開演前には賑やかに話をしていたが開演すると静かになった。一幕でフェイギンがオペラグラスを手にして客席を見ながら「貧乏人もいる。貧乏人はノリがいいから手を振っている」というセリフの時、彼らは手を振ってフェイギンを喜ばせた。この時のフェイギンは武田真治さんで「金メダルをどこかの市長さんみたいにかじりたくなる」のセリフで高校生たちは大喜びだった。このような反応があると舞台も客席も盛り上がる。この時のオリバーは高畑遼大君、ドジャーは酒井禅功君だった。高畑君は『愛はどこなの』を終始悲しそうな表情をして歌った。高畑君の澄んだ声は聴いていて心地よかった。酒井君のドジャーは兄貴分というより頼りになる同級生という雰囲気で親しみやすさが伝わった。このミュージカルは出演者によって微妙な違いがあるので昼夜観ても飽きることはない。ソワレのギャング団(バックニー 中村君のグループ)も進化していた。休憩中、高校生たちは「小さい子(ニッパー)が良かった。何歳ぐらいかな?」と話していた。
 終演後、ナンシー役の濱田めぐみさん、高畑君、酒井君のトークがあったので記憶のある部分を紹介します。
濱田「お客様からの質問です。お互い相手のチョチョイと盗みたくなるすごいものはなんですか?」
高畑「禅ちゃんのダンスが上手なところとかわいらしい笑顔です。」
酒井「遼ちゃんのすごくうまい歌とかわいいところです。」
濱田「これもお客様からです。オリバーの中で、次に演じたい役はなんですか?」
酒井「一番目は、ノア・クレイボール(葬儀屋の使用人)というオリバーをいじめる役です。演じる斎藤さんは普段は優しいけれど舞台に立つと本当に意地悪な役になります。それがいいなと思います。ぼくは意地悪な役をやったことがないのでやってみたいです。二番目はナンシーです。『ウンパッパ』と『I’d Do Anything(なんでもやるさ)』が好きだからです。」
高畑「三番目がブルスアイ(ビルサイクスの愛犬)、二番目がドジャー、一番目はナンシーです。」
濱田「なんで? 私が最後にどうやって死ぬか知っていますか? 私もぞっとしますけど。」
このことについて答えが出る前にタイムアップとなった。トークの時は役とは違う表情が見られるので面白い。

 舞台がはねると夕食だ。阪急電鉄のガード下には気楽に入れる飲食街があるのでどこに入るか迷ってしまう。これも楽しみの一つだ。大阪に来たからきつねうどんにしようとうどん屋さんに入りきつねうどんとかやくご飯を注文した。
空「東京とちがって油揚げが大きいね。」
五月「味のバランスがいいよ。材料が協調しあっている。」
風「バランスといえばギャング団がそうです。一人ひとり個性があるけれどそれが目立ち過ぎません。」
薫「毎回バランスを取りながら良くなっていくのは大変だろうね。」
五月「チームワークが取れているからできるんだよ。」
風「一組じゃなくて二組いるのはすごいです。」
空「チームワークなら貧窮院の子たちを忘れちゃだめだよ。こっちも二組だ。」
五月「何度も観ると気が付くことがたくさんあるよ。」
風「話が単純じゃない。いろんなことが絡まっています。英国の作品は深いです。」
薫「複雑に絡まっている糸を解きほぐす感じかな?そこが面白いよ」
ぼくたちはオリバーについてあれこれ話すうち、時間が経過した。話の続きはホテルに戻ってからにしようとこの場を切り上げた。

 『オリバー!』の見納め ハプニングは続いた
2022年12月11日(土)
      梅田芸術劇場


 昨夜は話が弾んでつい夜更かしをしてしまった。朝が来て寝ていたいけれど起きなければいけない。道楽さんは、「コーヒーを飲んで目を覚まそう」と朝シャンをして新梅田の食堂街にある喫茶店で日替わりモーニング(ピザトースト、ゆで卵、コーヒー)を注文した。席は満席で待っている人もいた。この店のコーヒーと食べ物はおいしいけれど喫煙可能なので多くの人たちが煙をもくもくしていた。そのため早々と切り上げて店を出た。「コーヒーがおいしい喫茶店は喫煙可能の店が多いね。」道楽さんは備え付けの新聞をゆっくりと読むつもりだったので残念そうだった。「コンビニコーヒーとバナナで気分を変えよう。」五月君の提案でファミマに寄ってそれらを購入しホテルの部屋へ持ち帰りNHKの連ドラを見ながらくつろいだ。道楽さんの家はテレビが映らないのでこういう時でないと見られないのだ。道楽さんが「チェックアウト時間までのんびりしようか?」と言うと「せっかく大阪に来ているだからどこか行こうよ」と空君が提案した。「確かにそうだ」ということになり、ホテルをチェックアウトして荷物を預け大阪環状線に乗って大阪城公園に出かけた。イチョウの葉は少なくなったけれどまだ色づいていた。のんびりと散策し、天満橋駅から地下鉄に乗って梅田に戻り昨日と同じ食堂でランチを食べた。この後、荷物をピックアップして梅田芸術劇場へ行くとこの日最初のハプニングが起きた。道楽さんは、スタンプラリーのスタンプを押してもらおうと台紙を探すが見当たらない。
「ホテルに置いてきたかな?戻るのは面倒だな。」
と道楽さんが言うと、
「チケットは四回分持っているでしょう。それを見せて交渉してください。」
と風君が言った。スタンプカウンターで道楽さんが理由を話すと係のお姉さんが
「昨日もいらっしゃいましたか?台紙を忘れたお客様がいましたので」
と言った。道楽さんの持っていたチケットと照合し、
「お客様のものですね。持ち主に返すことができてよかったです。」
と笑顔でスタンプを押してくれた。その結果、ドジャーのコートが手に入った。
「なんでも言ってみるものでしょう。」
と風君が「よし」というポーズをした。オリバーのコートは品切れになったそうでリピーターが予想以上に多いのだなと思う。
さて、『オリバー!』はぼくたちにとってこのマチネが見納めになる。小林佑玖君のオリバーを観ると大阪もパーフェクトなのだがこちらは残念ながら日程が合わなかった。先ほどの台紙の件に関して道楽さんは、
「やっぱりくたびれているな、この先も注意しよう。」
と言った。
風「気が付かなかったぼくたちも同じです。」
五月「昼夜の舞台を観るのはくたびれるんだね。」
空「先週も神戸、大阪を日帰りしたのが引きづっているんだよ。」
ばくたちは気を引き締めた。

 座席は三階席の1列中央で、見納めに相応しい席だった。開演するといつものように貧窮院の子どもたちが行進しながら登場した。一見きっちりしているように見えるが重苦しい雰囲気が出ていた。それでも短いソロには「希望」が感じられた。この先に何か希望があることを観客に伝える演出かもしれない。
 葬儀屋の場面では道楽さんは面白そうに観ているけれどぼくたちにとっては気味が悪い。この先、ここで暮らすことになりそうなオリバーにとっては絶望的な気持ちだろう。この日のオリバーはエバンズ隼人君で「この人たち何?気味が悪いな、いやだな」という表情だった。このことが葬儀屋を逃げ出すきっかけだと思った。続けての『愛はどこなの』は絶望している中で「だといいな」「でも実際は違う」という気持ちを細やかな表情変化で観客に伝えた。
空「エバンズ君もきれいな声だね。」
薫「きれいなだけじゃ観客の心に何も伝わらないよ。だからオリバーは難しいんだ。」
五月「四名のオリバーはそれぞれの伝え方があってよかったね。」
風「オリバーは、この場で観客に印象付けないと全体の出来に影響しますから大変です。」
 この直後、葬儀屋を逃げ出したのは衝動からくるものだろう。「ここにいても希望はない、あるのは絶望だけ。だから逃げろ」と何かが伝えたのだろう。ロンドンにたどり着いた空腹のオリバーがドジャーに出会うと次第に表情が明るくなる。ドジャーにはオリバーの警戒心を解き楽しい気分にさせる雰囲気が必要だ。四名のドジャーはいずれもこの雰囲気をもっていた。この日のドジャーは川口 調君で「俺に任せておけ」と思わせる雰囲気だった。「考えてみりゃおいら親友なんかいやしねえ。まあいいか」の時は「そうだよな」という表情だった。このセリフも四名のドジャーはそれぞれの表現をした。こういう違いがあるので何回観ても飽きないのだ。ドジャーと一緒にダンスをするギャング団(バックニー)も前日のソワレ出演にもかかわらずキレのある動きだった。話が進み『必ずここへ帰れ』で披露する川口君のバトンさばきはいつ観ても鮮やかだ。この日はさらに磨きがかかっているような気がした。それを示すように客席から大きな拍手が起きた。ドジャーのリードで準備運動をしながら元気に「財布すれ、帽子盗め」と歌うのはゲーム感覚で明るいけれど何か違うと思っていた。でもここまで観てきて「命がけの仕事(捕まれば縛り首)をする前は気持ちを上昇させなければうまくいかないはずだ。ギャング団はそれが分かっているから明るい振舞いをしている。でも内心は不安なはず。警官に追いかけられる覚悟もできている。」と考え直した。オリバーだけがこの覚悟(初めてだから無理)がなかったのでしくじったのだろう。いきなりの実行は無理があった。ギャング団についてもう少し話を加える。ドジャーが「おいら親友なんかいやしない」と言ったけれどみんな仲が良いように見えるしチームワークも良い。「なぜ?」と考えた結果、一つの考えが浮かんだ。危険な仕事のためにはみんなが一つになる必要がある。甘いもたれ合いではだめなのだ。仲が良く見えても実際は違うのだろう。「親友なんかいない」と考えるのはそのためじゃないか。仲たがいはあっても仕事の時はそれを脇に置いて全員が気持ちを一点集中させる。良い情報も悪い情報もしっかり共有して一つになる、だから「いがみ合いはない」のだろう。これは見事なプロフェッショナルの集団だ。

 一幕が終わるとぼくたちは後ろ髪を引かれる思いで劇場を後にした。ソプラノ伊勢を鑑賞するためだけれど時間に余裕を見るためだ。オリバーを最後まで鑑賞しても間に合うはずだが伊勢は初めての場所なこと、会場に預けてあるチケットを受け取る手間があること、鑑賞前は心の準備が必要なこと、交通機関のトラブルが心配なことで早めの行動をすることにした。地下鉄御堂筋線を難波で下車すると道楽さんは窓口で予約していた近鉄の特急券を変更する手続きをした。この手続きに少々手間取った。そこでこの日二度目のハプニングが起きた。購入後、貴重品を入れた手提げを置き忘れてしまい後ろに並んでいた人から指摘された。ぼくたちを含めてくびれている、気をつけなければと再度気を引き締めた。乗車した特急の車内は空いていたのでリラックスした気分になった。一時間ほど走ったところで夕日を眺めていた道楽さんは、
「自分はいったい何をやっているのかな」
とつぶやいた。
「なにをしているって、宇治山田に向かっているよ。」
と空君が言った。それをぼくが引き取って
「そういうことじゃなくて」
と空君に説明したけれどわからない様子だった。10月からここまでわき目も振らず走ってきたのがここにきて時間ができたので自分を振り返っているのだろう。
「ワゴン販売ないのかな?コーヒーでも飲めば気分転換になるのに。」
と五月君が残念そうに言った。
「合理化か、コロナ禍か、人手不足か、駅の売店の品揃えが充実しているかだろうけれど味気ないね。口が寂しくなるタイミングなのに。」
道楽さんも残念そうだった。ぼくはこの場の気分を変えようと
「みんなはオリバーのどの役をやりたい?」
と聞いてみた。
五月「決まっているよ、ドジャー。」
空「ニッパーがいいな。ソロを歌えるし、あばよと言いたい。」
風「ビルサイクスです。自分と違うキャラクターを演じたいからです。」
道楽「サワベリーさん(葬儀屋の主人)。」
これを聞き、「やっぱりそうか」とぼくたちは思った。ぼくは影のリーダーという感じがするディッパー(河合君と福田君が演じた)をやってみたい。やがて電車は宇治山田駅に近づいた。
「響きホールのネオンライトが見えるよ。」
五月君が目ざとく見つけてぼくたちに教えてくれた。
 ソプラノ伊勢を鑑賞した後は、ハプニングは起こらず無事に帰宅できた。
五月「今回のツアーはハプニング続きだった。それを考えるとオリバーの舞台がここまで無事にできたのは大変なことなんだね。」
空「神様が見守ってくれたのかな? ぼくたちもそうだったよ。」
風「そうです。神様に感謝です。」
薫「神様に見守ってもらうためには日頃の生活をしっかりやらなきゃね。さあ、もう遅いから寝よう。」
 今回は結果オーライのツアーだった。振り返りをして次回に備えよう。

 2021年の『オリバー!』は全部で13回観た。それを表にまとめてみた。それを見てこれだけ鑑賞したのかと驚いた。

                                   2021年『オリバー!』を振り返る

   日    付

オリバー

ドジャー

ギャング団

フェイギン

ビルサイクス

ナンシー

 9/30(木)夜

小林佑玖

川口 調

バックニー

市村正親

SPI

濱田めぐみ

10/ 1(金)

高畑遼大

酒井禅功

ベッカム

武田真治

原慎一郎

ソニン

10/16 ()

越永健太郎

大矢 臣

バックニー

市村正親

原慎一郎

濱田めぐみ

10/16 ()

エバンズ隼仁

川口 調

ベッカム

武田真治

SPI

ソニン

10/23 ()

エバンズ隼仁

佐野航太郎

ベッカム

市村正親

原慎一郎

ソニン

11/ 2 ()

高畑遼大

大矢 臣

バックニー

武田真治

原慎一郎

ソニン

11/ 6 ()

高畑遼大

川口 調

バックニー

市村正親

SPI

濱田めぐみ

11/ 6 ()

小林佑玖

佐野航太郎

ベッカム

武田真治

原慎一郎

ソニン

11/ 7 (日)

越永健太郎

酒井禅功

バックニー

武田真治

原慎一郎

濱田めぐみ

12/ 4 (土) 夜

エバンズ隼仁

大矢 臣

バックニー

武田真治

原慎一郎

濱田めぐみ

12/10 ()

越永健太郎

佐野航太郎

ベッカム

市村正親

原慎一郎

ソニン

12/10 ()

高畑遼大

酒井禅功

バックニー

武田真治

SPI

濱田めぐみ

12/11 ()

エバンズ隼仁

川口 調

バックニー

市村正親

原慎一郎

濱田めぐみ

ギャング団
バックニー 中村海流 河井慈杏 他  ベッカム 日暮誠志郎 福田学人 他
貧窮院の子どもたち
メイフェア 平賀 晴(ブックボーイと二役)他 ベルグレヴィア 松浦歩夢(ブックボーイと二役)他

 トータル

エバンズ4回  越永3回 小林2回 高畑4

大矢3回 川口4回 酒井3回 佐野3

バックニー8回 ベッカム5

    2021年の『オリバー!』は13回鑑賞した。それを表にまとめてみた。13回は頭の中ではかなりの回数と思っていたけれど表を眺めてみて2か月間にわたって観たことが分かった。道楽さんは「見えない磁石に引き寄せられた」と話していた。今回、ぼくたちから観た四名のオリバーとドジャー、二組のギャング団と貧窮院の子どもたちを記録に残そうと考えた。
 先ずはオリバーについてだ。

 エバンズ隼人

 悲しみや希望を表情で表していた。その表情が細やかに変わる。そこから豊な心をもっているオリバーと感じた。

 越永健太郎

 『愛はどこ』は悲しい気持ちを訴えるように歌った。ぼくは悲しい。でもそれに負けない、悲しみをエネルギーにして前に進もうとする気概があるオリバーと感じた。

 小林佑玖

 『愛はどこ』を静かに歌った。歌を聴き、悲しい気持ちを内に秘めていることが想像できた。そこから強い意志をもつオリバーだと感じた。

 高畑遼大

 歌唱力は抜群だった。感情を表情に出すことはそれほどない。そのことにより、「負けないぞ」と強い意志を表現するオリバーだと感じた。

 以上のように四名が演じたオリバーはそれぞれ違うキャラクターだった。その中で共通点を探してみた。

 オリバーの共通点

  観客の心に伝わる歌唱力がある。
  心が強い。簡単にはへこたれない。
  普段はおとなしいが追い詰められると力を発揮する。
  気持ちを切り替える能力により、環境に馴染むのが早い。
  母親のことを本人は知らないが良いイメージをもっている。「母は見守っている」の想いが真っすぐな性格につながっていると推測できる。多くの子どもがそうであるように母親を悪く言われるのは我慢できない。
  体力と気力があり健脚。葬儀屋から逃げ出し、7日間かけてロンドンまで歩き通したのがその証だ。
                                                           

  次はドジャーについてだ。

 大矢 臣

 動きが大きく声の質から考えると、オリバーを受け止める寛容さがあり物事にこだわらない性格と感じた。兄貴分というよりお兄さん的な存在だ。「おいら親友なんかいない。」一瞬寂しそうな表情になった。

 川口 調

  気持ちが表情に表れている。「俺に任せろ。俺たちの世界は楽しいぞ。」とオリバーを誘う。ステッキをバトンのように扱うのは見事でその場面が盛り上がった。前年のビリーエリオットとは違うキャラクターを演じていた。「おいら親友なんかいない。」改めて考えてみて「そうだ」と気付く。

 酒井禅功

 動きが軽快、兄貴分というより頼りになる同級生という感じだ。そのため、オリバーにとっては親しみがもてるだろう。「おいら親友なんかいやしない」。セリフ通り「まあいいか」という表情。

 佐野航太郎

 最初はギャング団のキャプテン役だったが、途中からドジャーに抜擢された。その分張り切っているとみた。大きな動きは実年齢以上のものを感じた。特に『ポケットからチョチョイと』でのステッキを持って演技する姿はきれいな姿勢だった。ステッキを回転させる技は、川口君には及ばないが、懸命に覚えた技と察した。「オリバーの面倒は、俺が見る。任せなさい。」という雰囲気があちらこちらで見られた。その一つはビルサイクスが荒れている時でオリバーに寄り添い、守らなければという気持ちが出ていた。この場面、他のドジャーも動きは同じだがより強い印象を受けた。
 オリバー同様、演者によって違うキャラクターだ。ドジャーも共通点を探してみた。

 ドジャーの共通点

  ギャング団のリーダーとしての自覚をもって行動している。
  粋な紳士のつもりでいる。帽子が好きなのはその表れ。紳士のつもりなので、紳士らしい振舞いを心がけている。自分より弱い立場の者への面倒見がよいのはその表れ。盗みにもそれが表れている(脅しや暴力を使わず指先だけを使う)。
  明らかな「悪」ではないキャラクターが舞台を明るくしている。
  ナンシーが好きでギャング団同士(特にチャーリー・ベイツ)で張り合っている。

 ギャング団と救貧院の子どもたち

  バックニー、ベッカムに大きな違いはない。ダンスを観るたび、熱気が伝わってきた。この熱気が見えない磁石の一つかもしれないと道楽さんは言っている。全体的に見て大阪公演のほうが輝いているように感じた。特にニッパー役の高橋君が輝いていた。中村君と河井君、日暮君と福田君はサーカスの場面にも出演し、ギャング団とは違った息の合った軽快な動きを披露した。子役たちの熱気が他の出演者との相乗効果になっていたような気がした。救貧院のメンバーもギャング団同様どちらのグループも一生懸命で幕開きでは観客を引き付けた。救貧院のメンバーである平賀君、松浦君はブックボーイの役を担い、こちらも軽やかなダンスを披露して楽しい雰囲気作りに貢献した。

 以上のことを読み直してみて、表現しきれないことがたくさんあると思った。新聞や雑誌に載っている劇評を書くのは大変なことと理解した。四回目以降は観るポイントを決めていたのだがそれは考えたようにはいかなかった。次回の観劇で生かそうと思う。オリバーとドジャーについてキャラクターは違っても進む方向は同じなので違和感はなかった。目的地に行く経路がいくつもあるのと同じだ。それぞれの個性が出るので「今回はどういう感じになるかな?」と毎回楽しめた。