最高のクリスマスプレゼント
東京ヴィヴァルディ合奏団の「ファンタジックなクリスマス」
2004年12月23日
12月23日(木)は起きた時から年甲斐もなくわくわくした気分になった。今日はサントリーホールで東京ヴィヴァルディ合奏団の「ファンタジックなクリスマス」で歌うグロリア少年合唱団の中学3年生近藤喬之君のボーイソプラノを聴き、夕方からは鎌倉でグロリア少年合唱団の『メサイア』を聴く。同じ日に違う場所でのコンサートに行くのは初めての体験だからだ。暖かい日が多かった今年の12月もここに来て寒くなってきた。1時過ぎ、東京メトロ日比谷線の神谷町駅から歩いてサントリーホールへ到着。華やいだ雰囲気はクリスマスが近いことを物語っている。受付で名前を告げチケットを受け取り近くのファーストフードでジャスミンティーを飲み、はやる気持ちを静め会場に入った。指定された席に座りプログラムを読んでいるとT君のおかあさんが弟のS君といっしょに初対面の挨拶にきてくださった。近藤喬之君は3人兄弟の長男。弟二人もグロリア少年合唱団に所属しており3人とも夕方の『メサイア』を歌うそうでハードな1日と察せられる。喬之君との出会いはこの年の3月、前年のこのコンサートでソロを歌った秋山直輝君が所属する横須賀芸術劇場合唱団少年少女合唱隊の演奏会だ。この時、近藤喬之君は弟の伸之介君、グロリア少年合唱団のサイトを運営しているGさんと一緒に来ており、秋山直輝君のおかあさんの紹介で3人と知り合うことができた。演奏会後、秋山直輝君のご両親とおにいさん、それにGさん、近藤喬之君、伸之介君兄弟とお茶を飲みながら歓談した。その時、喬之君が前々回のコンサートでソロを歌ったことを知った。直輝君が
「歌の練習がある日は朝からわくわくします」
というのに対し喬之君が
「ぼくもそう。特にメサイアを歌うときはわくわくします」
と答えたのが印象に残っている。二人とも静かな話し方で落ち着きがあり内に秘めるものが感じられた。別れ際直輝君のおかあさんの
「直輝の目のまわりに筋肉がついているのを知って初めてご苦労様といいました」
という言葉を聞きこの演奏会でソロを歌うのがどういうことかをあらためて認識した。同時に近藤喬之君のソロはどのような声かを聴いてみたくなったがこの日初めて実現するわけだ。いつものように当日のプログラムを紹介する。
@コレルリ 「クリスマス協奏曲」
Aアルビノーニ 「アダージョ」
Bモーツァルト 「アヴェ・ヴェルム・コルプス」 ☆
Cカッチーニ 「アヴェ・マリア」 ☆
Dカトロニア民謡 クリスマスキャロル「鳥の歌」
Eフォーレ 「ピエ・イエス」 ☆
Fヘンデル 「シオンの娘のおおいなる喜び」メサイアより ☆
Gバッヘルベル 「カノン」
Hヴィヴァルディ 「四季」より 夏 冬
☆ は近藤喬之君が歌う曲
司会のダニエル・カールさんの挨拶に始まり、先ずはジャズ風にアレンジされたクリスマスソングのメドレーである。この季節ならではのプログラムでジャズのリズムは心が浮き立つ。「クラッシックを聴くのだ」と身構える観客の心をほぐしたところでプログラムの始まりだ。
@ は第1バイオリン、第2バイオリン、チェロが代わる代わるソロを演奏するのが特徴
で最後の部分は夜空の星の下にすやすや眠る幼子イエスの姿を表しているそうだ。終わると今日のために用意した小型の電気パイプオルガンが紹介されこれによく合うというAの演奏だ。よく聴かないと弦楽器の音に埋もれてしまうので耳を澄ませた。初めて聴く曲で静かに流れていく感じだ。気持ちが落ち着いた所でT君の登場となる。チャコールグレイのスーツの胸に赤いバラのコサージュをつけた近藤喬之君はやや緊張した表情だ。『アヴェ・ヴェルム・コルプス』を日本語にすると「めでたし。まことのおんからだ」という紹介で演奏開始。近藤喬之君の声は想像以上でボーイソプラノ特有の透き通った声質とホールを包み込むような声量がある。中学3年ということで体もしっかりしているからだろう。終わると一瞬の間をおいて大きな拍手。ダニエル・カールさんによるクリスマスケーキの由来の説明が終わるとCの演奏だ。作曲者のカッチーニは初めてレチタティーヴォを取り入れたことで有名だそうだ。短調の曲を切々と歌う喬之君に気負いはなく高音もゆうゆうと出している。最初の包み込むような声がここでは直線的に伸びてきた。終わって喬之君が引き上げるとカールさんは
「喬之君は緊張気味だったんで少々心配だったけど見事ですね」
と話し客席へ降りてインタビューを始めた。ある女性が
「クリスマスは何をしますか?」
と聞かれ
「家族でケーキを作ります」
と答え、ミシガン州から来たという男性が日本のクリスマスの印象に対して
「クリスマスツリーの飾りがきれいだ」
と話したり何を聞かれても迷ったように
「うーん」
としか答えないない子どもなど様々な人が来ている。カールさんの話術はうまく、出過ぎず控えめになり過ぎずで楽しく進んでいく。Dの曲のカタロニアという土地は文化人の多い場所で「鳥の歌」はクリスマスキャロルだそうだ。この曲はオルガンとチェロの短い演奏でキリストの誕生を祝う内容だそうだ。ここで休憩となる。今日はここ小ホールだけでなく大ホールでも演奏会を行っている。この演奏会が終わったらすぐ出られるようにとクロークに預けたコート類を受けだしておいた。会場内で秋山直輝君のおとうさんにお会いした。妻と息子たちはピアノコンサートがあり来られないそうだ。このところ毎週発表している自分のコンサートレポートを読んで頂いているそうで
「あちこち行かれてバイタリティーですね」
とおっしゃるのに対し一瞬言葉に詰まったが
「好きなことですから」
と答える。バイタリティなどと言われたのは多分生まれて初めてだろう。
後半はフォーレのレクイエムからだ。カールさんの解説によると「レクイエムは魂を捧げるミサの曲で、作曲者のフォーレは『死は自分にとって苦しみというより永遠の至福と喜びに満たされた開放感にほかならない。人生の最後の場というより天国への始まり』と言っている。歌はラテン語で歌われるが『慈悲深いイエスよ。彼らに永遠の慈愛と安息を与えたまえ』という内容です」ということで宗教曲の初心者にもわかりやすい。ゆっくりしたテンポのこの曲はボーイソプラノの定番の曲だ。近藤喬之君はゆっくりしたテンポを生かし声を充分に聴かせてくれた。ここでも気負うことなく曲の内容に合わせた静かなトーンで祈るように歌っている。しばらく前に英国から来た聖歌隊のボーイソプラノによる同じ曲を聴いたがそれほど心は動かず今日の近藤喬之君の歌の方が観客の心に染み渡ったと思う。終わるとカールさんによるインタビューだ。
「高い声を出すために毎日10時間ぐらい練習している?」
「そんなにしてません」
「じゃあどれぐらい?」
「1時間半ぐらい」
「毎日それぐらい練習している?」
「毎日ではない」
「週に何回ぐらいですか?」
「1回」
「15歳だから高い声出すのにそんな苦労しないんだ。だけど中学3年生なら受験だ。こんなとこで歌ってないで家帰って勉強しなきゃね」
などのやり取りがある。喬之君の話し声は歌声と違い低いトーンで堂々とした歌声に似合わずどちらかというと小さめの声だ。初めて会ったときの話し方と同じで歌うときと普段の声は違うのだろう。普段おとなしい子がいざとなるとしっかりするのと同じだ。続いてはグロリア少年合唱団のレパートリー『メサイア』の中のアリアだが演奏会では女性のソプラノが歌う。これをボーイソプラノで聴くのは初めてだ。キリスト降誕の喜びを歌うアリアでそれまでやや押さえた感じの歌だったのがここで一気に声を存分に出しての独唱だ。コロラトゥーラを駆使し、強弱のメリハリを効かせて歌う難曲のアリアはこの日最高の出来で、高音も余裕で出せるボーイソプラノならでは声を存分に発揮した。終わると盛大な拍手がありそれに対し喬之君は軽く会釈して応えた。その気負いのない姿にどこにでもいる少年を感じた。この曲でトーンが上がった客席を次の『カノン』で落ち着かせて最後の曲に入るのはうまいプログラム構成だ。『四季』の前に楽団員へのインタビューがある。指揮者はいないがその代わりをやるのがコンサートマスター。チェロ奏者が肩を動かして合図することもあるという話が紹介された後、カールさんの朗読を入れた『四季』の演奏が始まった。合奏団が得意とする曲だけに気合いの入った演奏が聴けて満足。CDでよく聴くが演奏者の表情を見ていると自然に引き込まれていく。やはり生演奏はよい。
終わるとアンコールになり先ずは『神の御子』。喬之君が楽譜を持ってでてきたのを見て「おや」と思った。グロリアで歌い慣れてるはずなのにと考えたからだ。ここにきて喬之君の声が落ち、最後の『きよしこの夜』ももうひとつだった。緊張の糸が切れたかなと思ったが何か事情があるのだろう。すべてのプログラムが終了したのは4時半近く。どう急いでも5時開始の鎌倉雪の下教会の会場には間に合わないのであせらないことを決め喬之君のご両親に挨拶した。
「メサイアは2部から出ます」
とおかあさん。
「これで声変わりするんですね」
というおとうさんに
「変声後も楽しみです」
と本心から答えた。
会場から最寄り駅の溜池山王まで歩き東京メトロ銀座線に乗車。新橋で降りるつもりが一つ手前の虎ノ門で降りてしまう。そろそろ疲れがでてきているようで要注意だ。後続の電車で新橋下車。4時53分発の横須賀線のグリーン券を奮発して2階建て車両の階下席で演奏会のまとめをしようと席につくとまわりは書類を読んだりパソコンを操作している男性が目立つ。風景の見えない場所で仕事に没頭する人たちが他にも多数いることを知った。鎌倉には5時47分着。急ぎ足で会場に行くと演奏中にもかかわらず入れてもらえた。会場は満席で最後部の補助イスに案内された。立ち見を覚悟していたのでありがたい。聴く体勢が整うとソプラノのアリアが始まった。さっき喬之君の歌ったアリアで同じ日に違う声で聴けたと自己満足すると同時に喬之君の力量をあらためて感じた。ここで歌っても決して引けは取らないだろう。無茶な考えかもしれないがソプラノとアルトのソロを少年たちに歌わせるのもいいのではと思った。さすがに疲れを感じるがソロや合唱は一つ一つ自分の心に染み込んできた。下手な演奏なら集中できないだろうが耳はしっかり演奏についていけた。少年だけの『メサイア』の合唱が聴けるのは日本ではここだけだろう。聖堂で演奏されるのもいい。この先自分にとってクリスマスはグロリアの『メサイア』を聴かないと気分が出ないということになりそうだ。すべてが終わるとここでも『神の御子』が演奏された。プログラムの楽譜は『ADESTE FIDELES』となっていた。かなりの数の観客がいっしょに歌うのも教会ならではだ。自分も声を合わせ二つの演奏会をかけもちした充足感を味わった。
会場を出て控え室の前に行くと待つほどもなくGさんと喬之君が出てきたので声をかけた。
「わざわざ来てくれてありがとうございました」
と言う近藤喬之君に
「歌う時は緊張していなかったけどインタビューで緊張してたね」
と言ったら
「インタビュー苦手なんです」
と恥ずかしそうに答えてくれた。
「アンコールの時、ちょっとおかしかったけど」
「急に譜面渡されて緊張しました」
歌い慣れていても心の準備ができていないと緊張するのだろう。このあたりもどこにでもいる中学生の少年だなと感じた。もしインタビューやアンコールが完璧なら近寄りがたい雰囲気になるかもしれないが、そうはならない喬之君にかえって親しみを感じた。
「なにかやった?」
少々心配そうな顔をしたGさんに喬之君は経緯を答えていた。最後に3人で記念撮影をして会場を後にした。最高のクリスマスプレゼントがもらえたと感じるぜいたくな半日だった。
ジェース・ムジクスリサイタル
相原颯貴君(ボーイソプラノ グロリア少年合唱団)のソロデビュー
2006年6月25日
「たった1曲だからレポートが難しいだって? その難しいのを書くのがあんたの役目だろ。相原君にとっては生涯たった1度だけのソロデビューなんだぞ。なんとしてでも書くべきだ。あんたが尊敬している加藤健一(舞台俳優)さんは『ハードルが高い芝居ほどやる気が出る』と言ってるじゃないか。難しいと言う前にやってみたらどうだ」ぼくは怒られること覚悟で一気にまくしたてた。道楽さんは「そんなことを言うようになったんだな」とぼくの顔をしげしげと見た。「確かに薫君の言うことは間違ってはいない。よし。やってみよう」「それでこそ道楽さんだ」「調子に乗らないでくれ」道楽さんは一瞬憮然とした表情になったが「成長してますね」とぼくの頭に手を置いた。
薫に背中を押される感じで書き始めることにした。会場の相模鉄道二俣川駅に直結したビルの5階にあるサンハート音楽ホールは定員約100名の小さなホールだが天井は高く、内装は木を使っていて落ち着いた雰囲気だ。座席もゆったりしているのでくつろいだ気持ちで音楽に集中できた。開演前に母親である遠野阿璃子さんが自分の席まで挨拶にいらした。「当初は前座という感じで開演5分前にステージに立つことになっていましたが開演時間の15時に出ることになりました。歌い終わったらすぐに合唱団の練習に行かなければいけないので挨拶は失礼させていただきます」というお話を聞き、「前座でなくなってよかった」と思った。せっかくソロをやるのなら観客が聴く体勢になっている方がいいに決まっている。
開演時間になると相原君は伴奏ピアニストと一緒に合唱団の制服姿で登場した。一礼する姿に気負いや緊張はなく平常心を保っていると感じた。曲はエリック・サティの『ジムノ・ベディ第1番』で初めて聴く曲だ。
ここで別のサイトで調べたことを簡単に述べる。エリック・サティ(1866〜1925)はフランスの作曲家。『ジムノ・ベディ』は1888年に作曲されたピアノ曲で3番まであるが特に1番がよく知られている。それぞれに主題があり第1番「ゆっくりと悩めるごとく」第2番「ゆっくりと悲しげに」第3番「ゆっくりと厳かに」となっている。また『ジムノ・ベディ』とは「ジムノベディア」という古代ギリシアのアポロンやバッカスなどの神々を讃える祭典に由来しているとある。
話を戻そう。「ゆっくりと悩めるごとく」とあるようにこの曲はテンポのゆっくりした曲だ。行進曲風の歌は得意だがゆっくりした歌は苦手というのが男の子の特性と感じている。しかしこの日の相原君はゆっくりしたテンポを味方につけ悠々とした声を聴かせてくれた。特に高音はしっかり出ておりどちらかというと強い声だ。また自然な発声で歌っていることに好感がもてた。低声がはっきりしない部分があったのは残念だがまだ小学6年生。この日の経験を土台にして練習に励み、ソロにも挑戦して欲しい。同時にステージでソロを歌うのは誰にでも出来ることではないことを知って欲しい。歌い終わり一礼する相原君のきちんとした姿を見てますますの成長が期待できそうだと感じた。
一方、遠野さんはカッチーニの『アヴェ マリア』とモーツアルトの夜の女王のアリア『復讐の心は地獄のように』を独唱した。特に後者は流れるような歌い方で並の人ではないと感じた。終わってすぐに他のソプラノ2名と『アヴェ ヴェルム コルプス』を歌うのを聴き、相当に声を鍛えているなと感じた。この日は他にアルトリコーダー奏者とバイオリン奏者各1名が出演し想像以上に聴き応えのあるコンサートだった。
ボーイソプラノを存分に堪能
秋山直輝 夏のコンサート
2006年7月22日
電車が石川町駅に近づくと「夕食は久しぶりにMで食べようか」と道楽さんが言い出した。時間は8時をまわっている。「まだやってるかな?」ぼくが聞くと「だめなら中華街に行こう」と道楽さんは答えた。それを聞き元気を取り戻しつつあるなと思った。幸いにして石川町駅近くの洋食屋Mは営業していた。テーブルにつき、生ビールを注文してメニューを眺めた道楽さんはポークカツライスを注文した。「急に食べたくなった」「復活してきたね」ぼくはうれしくなった。道楽さんが運ばれてきたビールを何口か飲みジョッキをテーブルに戻したところで「きょうはどんな感動?」と聞いた。「ほのぼのかな?」「だったらソフトドリンクだろ」「明るいうちならそうするけど、この時間ならビールだな」「ところでさっきのコンサートとだけど、似たような気持ちになったことがある」「どういうことだい?」「『審判』だよ」「加藤健一さんの?」「そうさ」「なるほど。言われてみれば。…そうか。わかる」道楽さんが手を叩いた。ここで『審判』について簡単に説明しよう。『審判』は英国のバリー・コリンズという作家が書いた一人芝居の台本だ。第2次大戦中、ドイツ兵により教会の地下室に閉じ込められたロシア兵が仲間を殺してその肉を食べながら生き続け42日目に救助される。『審判』は、生き残った兵士がその経過を法廷で証言する芝居だ。俳優はたった1人で約2時間半に渡り、立ったまま台詞を言い続けなければならない。ぼくは、去年の秋にこの芝居を観た。装置が何も置いていない舞台で演じる加藤健一さんを見て「自分との戦いだ。何かあってもごまかせないし助けも来ない。すごいな」と思った。しかも、淡々としゃべるだけなのに退屈せず、芝居の世界にひきこまれたのも驚きだった。終演後、半数以上のお客さんがそれぞれの席で静かにアンケートを書いていたのも印象に残った。「自分の気持ちをかかずにはいられない」そんな雰囲気だった。道楽さんも熱心に鉛筆を動かし、ぼくの感じたことも書いてくれた。話しを戻そう。さっき聴いた秋山直輝君のミニコンサートはそれと似ていた。詳しいことは道楽さんに書いてもらおう。バトンタッチ。
そのミニコンサートの会場はJR根岸線の新杉田駅に近い杉田劇場のリハーサル室である。ここに約60席のイス、グラウンドピアノ、譜面台、そしてひまわりをメインにアレンジしたフラワースタンドが置いてあり、いかにも手作りという空間だ。受付では兄の智紀君とその友人らしき中学生たちが応対しており、みんなでこのコンサートを応援しようという気持ちが伝わってきた。その中学生たちがきちんとした制服姿なことに好感がもてた。ではプログラムを紹介しよう。
T
・むこうむこう ・浜辺の歌 ・おぼろ月よ ・茶摘 ・みかんの花咲く丘
・みどりのそよかぜ ・ゆりかご ・さくらさくら ・荒城の月
―休憩―
U
・天使のパン ・ピエ・イエズ(ウェーバー作曲) ・ピエ・イエズ(ラター作曲)
・ピエ・イエズ(フォーレ作曲) ・アメージング・グレイス
〜映画「オズの魔法使い」より〜 虹の彼方に
〜オペラ「フィガロの結婚」より〜 恋とはどんなものかしら
・夢路より
定刻の6時半を過ぎた頃、主催者と思われる女性が「携帯電話のスイッチを切ること、演奏中に座席移動をしないこと」を観客にお願いした。客席の照明が消え、ピアノと譜面台に照明が当たると直輝君が登場し一礼した。「大きくなったね」そんな声がまわりから聞こえた。今回、プログラムに載っている曲はすべてアカペラだ。大抵はピアノが歌い手に最初の音を教えるが今回は何もなし。自分の体で音を取るのだろう。合唱なら指揮者を見ていればテンポがわかるがもちろんなし。まさに孤独な戦いだ。観客の前で一人競技場のトラックを走る心境ではと勝手に考えたが秋山君はなんの気負いもなく1曲目を歌い始めた。秋山君のソロを初めて聴いたのは3年前の2003年12月、サントリーホールでのクリスマスコンサートの時で当時は小学3年生だった。「声はきれいだけど細いな」というのが印象だった。それが3年経ち声がしっかりしてきた。開場までの間、ロビーにいたら練習する声が聞こえてきた。ずいぶん声が出るようになったとうれしくなったことも付け加えておこう。
1曲目を終えると来場のお礼を述べ「日本の曲は外国曲と違って味わい深いです。きょうは最後まで楽しんでください」と話した。ちょうどよい速さで気負いなくスピーチする姿は堂々としていた。歌のほうはボーイソプラノ独特の澄んだ声が軽やかな風のように会場を流れて行く感じだ。観客はその声にじっと聞き入っている。並びの席にいる小学生グループも同様でこれだけ観客の気持ちを集中させるコンサートは珍しい。細かいことを挙げれば一部の曲でテンポが速くなったり一瞬歌詞を忘れたりすることはあった。それでも一定のペースで歌い続けることができるのはふだんの練習の成果だろう。また日本歌曲の場合、ことばをはっきり歌うことが重要である。この点も明瞭な発音で歌詞の内容がよくわかった。どの曲もよかったが「印象深い曲を一つあげてください」と言われたら『みどりのそよかぜ』を選ぶ。歌を聴いているとその情景が明確に浮かぶからだ。最近コマーシャルで流れる同曲の画面は家が立ち並ぶ小さな空地だ。あのイメージがとんでもない間違いで本来この曲がもつすばらしさを損ねていることがわかった。またこの日は3番まで聴かせてもらったが2番以降は自分の聞いたことがない歌詞だった。帰宅してインターネットで調べたら5番まであることを知った。この日の歌詞は1番、3番、5番であることもわかった。(自分は2番までしか習っていない)原っぱでの野球の様子を表す3番を習っていたら当時の男の子たちはこの歌をもっと口ずさんだはずだ。閑話休題。
休憩に入ると会場の後ろに冷たいお茶が用意されていると話しがあった。自分は客席に座って余韻に浸った。席を立ちたくない心境だった。そこへ秋山君のお父様が挨拶にみえて、今日のプログラムはすべて本人が選んだこと、後半の外国曲の方が得意なことを話してくださった。お母様もお茶を持ってきてくださったのでここまでの感想を述べた。別の女性が手作りらしきクッキーをサービスしている姿を見てほのぼのした気分になった。観客もそれぞれの場所で気分転換をしながら後半に備えていた。
U部の最初の曲は少年合唱団を聴くようになってから馴染み深くなった。歌を聴き1部に比べ声がやわらかくなったように感じた。日本語と外国語との違いかもしれない。間奏の部分を自分でタイミングを取り歌い継いでいく。かなり間があいても観客がシーンとしているのも「すごい」と思った。歌い終わると自分が合唱を始めた頃のことや初舞台で『ピエ・イエズ』を歌ったこと、作曲家が違うと雰囲気もちがってくることを話し歌に入った。『ピエ・イエズ』3曲をボーイソプラノで聴けるのは贅沢この上ないことだ。3曲中ラターの曲は、途中低音部が続き最後は高音で終わるのでやっかいな曲だ。3曲を歌い終えた秋山君はそのことに触れ歌いにくかったことを話した。そして「これからの曲は馴染みのある人が多いと思います。4曲続けて歌います」と話してから歌い始めた。この4曲は伸び伸びと歌っているように聞こえた。『ピエ・イエズ』を歌い終え、山を越えたような気持ちかもしれない。さてこれらの4曲はすべてジャンルが違う。それらを難なく歌ってしまうのを聴くと3年間、きちんと精進してきたのだなと思う。4曲の中で秋山君の声に一番合っていたのは『アメージング・グレイス』だ。また興味深く聴いたのは『恋とはどんなものかしら』だ。ボーイソプラノでこの歌を聴くのが初めてのせいもある。オペラではこの日のテンポで歌われるがもう少しゆっくり歌ったほうが声の魅力が伝わっただろう。4曲が終わると「館」の館長、ピアノの先生、家族、コンサートを開いてくれた方々へお礼の挨拶を述べた。飾り気のない話し方だが誠意は十分伝わった。これも秋山君の人柄だろう。ここで「あと2曲練習した曲があります。歌わせていただいてよろしいでしょうか」と話した。普通なら「アンコールに応えて」などと言いそうだが謙虚な態度を示すのが秋山君だ。観客はもちろん拍手で応えた。1曲はバッハ・グノーの『アヴェ マリア』 もう1曲はピアノの弾き語りで『少年時代』だ。前者はボーイソプラノの定番で本人も好きな曲だろう。この曲が入るとプログラムに厚みが出る。最後の弾き語りはピアノの音をもう少し押さえた方が声を聴かすことができただろう。しかしプログラムの最後にふさわしい曲だった。ボーイソプラノをこれだけ堪能したことはなくすばらしい企画だった。地味な曲を中心に淡々と歌い観客を惹きつけるのは誰にでもできることではない。秋山君が高いレベルに達していることを認識した。しばらく余韻に浸りたかったがそうもいかず出口へ向かった。出口では直輝君がご両親と一緒にお客様たちにお礼の挨拶をしていた。その姿を見て家族が心を一つにしていると感じた。やや離れたところでおばあさまからも丁寧な言葉をかけていただきその思いを強くした。
道楽さんは1杯目のビールを飲み終えると食事を始めた。「ビールおかわりしないの?」「これぐらいにしておこう。明日は早起きしなければいけないから。それとこの状態で余韻に浸っていたい」「直輝君は歌っている間、何を考えていたのかな?」「考えたら歌えないだろう。それより歌うことを楽しんでいたと思う。そうでないとあれだけのことはできない」「そうか。ところでさ、あんたの顔色がよくなってるよ。出かける前はくたびれてたけど」「ビールのせいだろう」「ちがう、表情が明るくなってる。直輝君の歌を聴いたせいだ。音楽の力ってすごいね」ぼくは感じるままに話した。
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