栃木少年合唱団

きれいなハーモニーは健在、
        2004年栃木少年合唱団定期演奏会


  4月4日(日) 肌寒い雨の中、東武線の栃木駅に降り立った。昨日飲み過ぎて気分が重いがとにかくやってきた。会場の栃木文化会館がわからず警察署に飛び込んで道を教えて貰った。メインストリートにあると思っていたが脇道をしばらく行ったところに会場はあった。昼を過ぎていて食欲はないが食べないのはよくないので併設の食堂でヘルシーうどんなるものを注文。わかめの入った一品だった。早々に食べ終わりホールへ行くと時間前だが開場していた。栃木少年合唱団との出会いは27年前の夏、NHKホールで開催された東日本合唱フェスティバルだった。この時の清らかな声に感動し当時の指揮者に「透明感のある声に感動しました。少年合唱団としての発展を祈ります」という旨を書いたはがきを出した。このようなことをしたのは生まれて初めてだった。指揮者の方からすぐお礼の返事が来た。その年に年賀状を出したら「少年合唱団の指導はやめようと思っています。よかったら遊びにきてください」という旨の返事をいただいた。今の自分なら早速一升瓶かウィスキーでも携えて遊びに行くが当時の自分にはそのような積極性はなかった。以来栃木少年合唱団のことは忘れていたが「ボーイソプラノの館」でまだ活動していることを知り、いつか訪ねてみようと思っていた。そういうわけで27年後の訪問ということになる。贔屓の菓子屋で用意した和菓子を持参して受付で渡すと団長である年輩の男性が近づいて来て「ここは、栃木少年合唱団の演奏会場ですがよろしいですか」と声をかけてきた。ここと並んでいる大ホールに来たのではと思ったのだろう。27年前の話をすると「あの当時に比べて人数が減り同じ演奏はできないと思います。」とさびしそうに話してくれた。教育委員会に応援を働きかけるとのことだったが「少年少女合唱団にはしないでください」とお願いした。客席に入ると空席が目立ち寂しい限り。他の少年合唱団の演奏会に比べやたら年輩の客が目に付いた。反対に子ども連れの家族が少ないのが気になった。
 この日のプログラムは以下の通りである。

  オープニング
   団歌 ひかりの広場
  第1部 「少年合唱」
   本科
1, 線路は続くよどこまでも
2, おもちゃのチャチャチャ
3, クラリネットをこわしちゃった
4, 大きな古時計
   研究科
1, The First Noel(牧人ひつじを)
2, アメイジング グレイス
   合同
1, 世界に一つだけの花
賛助出演「詩吟の舞と新舞踊」
                 詩吟舞道天心流
1, 峨眉山月の歌(テープ)
2, 貴船の宿
3, 女の花が咲く
4, 白雲の城
5, 名槍日本号(テープ)

  休憩
  第3部
   ミュージカル「くるみ割り人形」
  1, 子ども部屋         5,ゆかいなピエロ
2, 行進曲           6,花のワルツ 
3, 泣き虫 毛虫        7,終曲
4, 雪のワルツ
  
  エンディング
    グッデイ、グッバイ

 メンバーは本科15名(6年生3名、5年生2名、4年生4名 2年生5名 1年生1名) 研究科6名(中1 3名 高1 1名 高2 2名)である。研究科は全員1期生ということだ。このメンバーでは苦しいなと思ううち開演になった。ユニホームはオレンジ色のベストに同色のベレー帽、白いワイシャツに黒い蝶ネクタイ、黒い半ズボンに白いハイソックスで洒落てるなと感じた。団歌の指揮は37期の6年生で少年らしい生真面目な感じの指揮だった。予想以上にきれいなハーモニーで感心する。人数の少なさは感じなかった。27年前を正確に覚えているわけではないが「まだ健在」と感じさせる歌だった。続いて常任指揮者が出てきて第1部の始まりだ。どの曲も少年合唱団らしいきれいなハーモニーだった。「クラリネットをこわしちゃった」は団員の保護者でOBでもある大豆生田氏がクラリネットを吹いた。OBがこういう形で舞台に上がるのはいいものだ。この歌はクラリネットがあるかないかで演奏効果がちがってくる。研究科の合唱は曲の雰囲気もあるが落ち着いた感じだ。この6名は歌うことが好きなのだろう。研究科を育てる指導体制がある限りこの合唱団は大丈夫だろう。ゆくゆくは本科との混声合唱を実現して欲しい。本科と研究科の合同演奏は「世界に一つだけの花」だ。昨年から何度も演奏会で聴いた。それぞれ特徴ある合唱を聴いてきたが栃木少年合唱団は下級生、上級生、中高生ごとに歌う部分を用意した。ここで下級生と上級生グループの声質の違いが出た。上級生の声は透き通りよく伸びる。昔の少年合唱団は3年生からというのがほとんどだったそうだがその理由がわかった。だからといって2年生以下の子はだめだというつもりはない。絶対音感が身に付くこの時期に基礎を作ることがその合唱団の未来につながるからだ。今回の上級生たちも下級生の頃から練習を重ねてきてきれいな声になったのだろう。小さな男の子をもつ保護者の方々に正しい訓練を受けるとこのようなきれいな声が出るのだということを認識していただきたい。
次の2部は、詩吟を実際に歌うのならまだしもこのような出し物は完全なミスマッチだ。15年度は県芸術祭で最優秀になったそうだが老人対象にやるのはいいとしても少年合唱団の舞台にはふさわしくない。賛助出演は合唱や合奏等の音楽関係にお願いすべきである。客席に年輩客が目立ったことに合点がいった。このグループの関係者なのだ。どう考えても少年合唱を聴きにくる人が好む出し物とはいえない。出演グループには悪いが完全なミスキャストで非常に不愉快な気分になった。
休憩後の3部のミュージカルは団員の他、クララとその友だち役に女の子2名が出演した。研究科の大人役が自然な演技で好感がもてた。特に父親の雰囲気を出していた高校生がよかった。一番注目したのはねずみの王様(貫禄)を演じた5年生だ。体格がよく声量のあるきれいなソプラノでひときわ目立った。また別のネズミ役のバレーのように動くのがアクセントになった。それぞれの役割を全員が恥ずかしがることなく演じ楽しい舞台になった。衣装もよく工夫されていて保護者の協力が垣間見えた。

  終わると大人の挨拶がある。この中で団長の挨拶がまずい。「昔は人数が多くてよい合唱ができた。それが今では…」というぼやき調の話で時間にして4分。気持ちが暗くなるばかりだ。昔などどうでもいい。今をどうすべきかをしっかり考えるべきだ。こんな話を聞いたら誰も入団しない。さっきの不愉快な気分が蘇った。このあとエンディングになったがすっかり間延びしてしまった。「グッデイ、グッバイ」を歌うメンバーが気の毒になった。ここは客席と舞台が楽しい雰囲気にならなければならないがほど遠い。最後に卒団する6年生3名が紹介された。本科は残り12名。新団員が多く入ることを望むばかりだ。

  栃木少年合唱団の印象は少ない人数ながらもそれを感じさせないきれいなハーモニーがある。上級生がいい声をもっているのは指導がきちんとしているからだろう。研究科ができたのもその成果だろう。ただ今回のプログラムは少々さびしい。本科生にもう1曲、合同演奏で混声合唱曲を1曲入れて欲しかった。新団員を増やす方法として新潟少年合唱団のように練習内容を紹介したらどうだろうか。それと併せ近隣の幼稚園や小学校に定期演奏会などのポスターを掲示し小さい男の子の観客を増やす。年輩客対象の出し物ではなく小さな男の子が興味をもちそうなプログラムを加え保護者にも合唱団への関心をもってもらう。そのためには明るい雰囲気が運営する大人たちに必要だ。人数減少をぼやいていても解決にはならない。「少年合唱団としての発展をお祈りします」27年前のメッセージをもう一度送りたい。

  団歌「ひかりの広場」    古沢克元 詩  野原 隆 曲
 ひとりひとりひとりのこえは
 いつもいつもささやかだけれど
 ひかりひかりのひろばにつどい
 ぼくらかたよせあって
 うみのひろさもそのたかさも
 こえをあわせてうたおう
 せかいじゅうのきらめくうたに
 めぐりあうのさ

 ひとりひとりひとりのこえは
 いつもいつもよびかけているよ
 ひかりひかりのひろばをめぐり
 ぼくらてとて つないで
 ささやくかぜも またたくほしも
 こえをあわせて うたおう
 せかいじゅうのきらめくうたに
 めぐりあうのさ


きれいなハーモニーを創り出すのは
基本を大切にしたきめ細かな指導

       栃木少年合唱団の練習風景


   昔「音楽の友」という雑誌でソプラノ歌手の中沢 桂さんのインタビュー記事を読んだ。その中に、学生時代、自分の師事した先生は発声練習を重点的に行い歌はあまり教えなかった。今日はレの音が出せたというふうにひたすら発声を中心に勉強したそうだ。このことが今の自分を支えているというような内容だった。栃木少年合唱団の練習を見ながらその記事を思い出した。 

   6月19日(土)栃木少年合唱団の練習見学のため東武線栃木駅から徒歩10分ほどの栃木文化会館リハーサル室を訪れた。事前の約束はしていなかったが快く見学を許可していただいた。リハーサル室では長机を前に6名の本科生が神永先生の指導の下、発声練習中だった。6名は長机を前にして横一列に並び歌うときの姿勢の取り方を教わっていた。足を軽く広げて膝を曲げる、手を開いて前に出す。こうすると前からぽんと押されてもよろめかないという話だ。鉄砲を撃つとその勢いで後にさがってしまう。それと同じで歌の時、後に下がらないようにこういう姿勢を心がける、そうでないと喉を痛めてしまう。更に「はっ」と声で腹式呼吸の練習では、「喉を痛めないように声を入れる。体に力を入れない。ダラッとするのではなく何もしない状態。足を意識して。地球に立っている感じ。山のきれいな空気を自然に吸う感じでラジオ体操の深呼吸をする感じ。口を大きく開ける、喉を痛めないためには吸ったときと同じに息を吐く。あくびと同じ。」と説明があり自分も勉強になる。説明の後は一人一人声を出しながら正しい発声を確認していく。「下級生は口を3pぐらい、上級生は5pぐらい開ける感じで、バズーカ砲のように声を出そう。変だと思うとうまくいかないよ。逃げないよ。」具体的なアドバイスが次々と出る。続いてドレミファソの順での発声だ。「逃げてないね」とほめられた1年生はうれしそうだ。「高い声がつらくなったら前に出る感じ。人より短い長さでも気にしない。かすれてもいいから飾らずに発声しよう。」これらのアドバイスは無理な発声にならないようにとのことだろう。次はドレドレドの音を繰り返す。「吸った分を吐こう。音くるってもいいから吐くことに重点を置こう」。ピアノの音程を低くしてこれがしばらく続くと今度はミレドレミの発声だ。ここでも吐き方に重点を置いた指導だ。「先生のいるところまで声を出して。OK。次は壁まで。はい。次は壁の先10mまで。はい。次は50m」不思議なもので声が次第に前に出ていく感じになる。発声練習で1時間。基本を大切にした指導だ。次に『ひびかせ、歌』の楽譜が配られて歌の練習に入ると思ったらここでも発声が主で「ラ」の音を3種類のリズムで練習する。「先生の真似して歌う」ことが重点だ。姿勢がくずれかけた子に注意が飛び歌詞の練習に入る。「しーんとしずまるなかで」という部分を繰り返した後、一人一人歌ってみる。下級生だと一気に歌うのは苦しく途中でブレスを入れるが上級生はブレスなしで歌える。ある上級生には「かっこつけないように」という注意があった。あくまでも基本に忠実な発声がここでも重点だ。一段落つき休憩になる。時間にして1時間20分ほどが姿勢や呼吸に注意しながらの発声練習だ。見学に来ていた6年生がいろいろ質問されていた。声はソプラノだそうで見学者には楽譜を渡して一緒に練習してもらうのが一番と思っていたら『ドレミの歌』の楽譜が渡され一緒に練習することになった。練習しながら「言われた通りやってるだけでは合唱団の子らしくなれない」と先生からの一言があった。更に自分で考えて歌わなければならないということだろうか。伴奏なしで言葉をしっかり出す練習が始まった。メロディだけだと何も考えなくても言葉が出てしまうのでこういう練習が必要だそうだ。「さぼってる人、たよりない人がいる。でも言えないよね」この一言で声が出始めた。「目が輝いてきた。空気の流れ。この感じ。暗くならないよ」合間合間に入る神永先生の言葉で子どもたちがよくなっていく。「ドはドーナツのド、同じ場所にもどるんだよ。人の家にもどるんじゃないよ」「ファはファイトのファ、きつくなる」「なかなかいい。こっちさえ見てくれれば」「まっすぐ歩く感じで歌うよ」練習は続くが途中でタイムアップ。子どもたちは出席カードにシールを貼って帰り支度に入る。本科生は全員で11名。遅れてきた子が2名で本日の出席者は8名。見学の6年生が入団することになり拍手が起きた。土曜日の夜練習するのはスポーツ関係のクラブに所属する子が多く昼間はそちらの練習があるためとのことだ。団員集めの苦労がこういう所に出ている。姿勢や発声に重点を置いた合唱の練習も運動と同じで精神的な力や基礎体力もつくはずだ。声楽をやっている人は元気な人が多いことをみてもわかる。歌に興味のある男の子がどんどん見学に来てくれればと思う。ある保護者の方が「人数が少ない分きめ細かな指導ができるんですよ。」と話してくれた。定期演奏会で人数が少ないのにきれいなハーモニーと感じた原因はこのあたりにあるのだろうが11名は少ない。せめて20名は欲しいものだ。
 本科の子が帰ると研究科のメンバーが集まってきた。言われなくても机を直して練習に備えるのはさすがでメンバーは全員の8名が出席。4月の定期演奏会を最後に本科を卒業した3名全員が研究科に進んでいたのはうれしいことだ。
神永先生の「姿勢取って」の指示だけで歌う体勢になるのも本科の小学生とはひと味う。左右の肩の高さが違ってると注意されたメンバーがいて笑いが起きた。続いて呼吸の練習で「吸う、吐くを同じ道のりでもどるように」とアドバイスが入る。「姿勢が大切。逃げたいと思ってもよりどころを作らない。ストレスはストレスで受け取ろう」さっき、本科生に与えたアドバイスと同じだが年上のメンバーにはそれ相応の言葉になる。ピアノを使っての一人ずつの発声練習でも「最初の一音で音を取るように」「高音に入るとき、ギヤチェンジしないで」「鼻に声を抜かない」とここでも的確なアドバイスが飛ぶ。順番が来て発声する子の動きを横から見ていた別のメンバーが「こいつ、手が震えてる」と笑うと「それだけ一生懸命なんだよ」と先生が注意した。この一言は「なにがあっても人をからかってはいけない」ことを他の子に浸透させる意味で大切だ。
 発声が終わると『エーデルワイス』の練習だ。「ブレスのタイミングが遅い」「音を下げるのは難しい」「その部分、一気に歌えないかな」 どんな曲もきちんと歌うとなれば大変だ。更に高音、中音、低音のグループに分かれて順番に歌う。待っている間、中音部の3名がじゃれあっていると「真ん中が性格を決めるんだよ」と注意がある。
このグループの集中力がもう一つだったがアドバイスを聞いて練習するうちよくなってきた。ここでも先生の注意は「逃げない。小さい声でもいいから向かっていく」「正しく歌おうと思わなくてもよい」が中心だ。合唱団の方針が次第に見えてきた。一人一人へのアドバイスをいくつかあげてみよう。「楽譜を見る分、声が前に出てない」 (「声が出ないんだもん」に対して)「上で歌うのはつらくなったけど声変われば下で歌えるよ」(低音部の団員に)「メロディーの方がうまく歌えてるけどパートになった方でやるように」などなど。研究科のメンバーは和気藹々という印象だ。全体練習が終わると『ひとりぼっちの羊飼い』をソロで歌う団員がしばらく練習していた。どういうふうに仕上がるのか楽しみだ。見学させていただいたお礼の挨拶をして会場を後にした。

 9時をまわり夜の早い地方都市の飲食店はほとんど営業を終えていた。夕食は24時間営業のファミレスがあるから食べ損なう心配はないがそれではつまらない。裏通りに取ったホテルの向かいに、まるっきり当てにしていなかったそば屋が営業していたので迷わず入り、なまずの天ぷらと生ビールで一息ついた。追加で注文した鹿沼の酒は目の前で升についでくれた。これが思いのほかおいしかった。さきほどの練習風景を思い浮かべながらしばらくの間、余韻にひたった。



曲を覚える練習は産みの苦しみ
               
 栃木少年合唱団の練習見学2


 2004年9月11日(土)、蔵の街コンサートを翌週に控えた栃木少年合唱団の練習見学をしようと栃木を訪れた。栃木駅到着後、空いているホテルを探そうと栃木駅前の旅行代理店に行くと女性係員が「提携しているホテルはないので」と観光地図を差し出し「ここにホテルの名前と連絡先が書いてあるので自分で連絡してください」と言った。栃木市の表玄関の旅行代理店にしてはおかしな話だが仕方がない。公衆電話を使ってダイヤルし5軒目でOKが出た。早いところホテルに入り東京から持ち込んだ仕事をしたいのだが4時チェックインとわかり山車会館と山本有三資料館を見学して時間を潰した。山車会館は祭に使うからくり人形の展示がある。からくり人形は興味ある分野で自分としてはからくりの仕組みが知りたいのだがその展示はなかった。本日の練習場所となる栃木南中学の生徒が文化祭向けに作ったという模型の山車がよくできていて感心したものの予想外に早く見終わってしまい通りの反対側に趣のある建物の山本有三資料館を見つけ入ってみた。恥ずかしながら山本有三氏についてはまるで知識はなく『米百俵』や『路傍の石』の作者であることを初めて知った。山本氏の本を読んだ小学生の感想文がいくつも展示してあり内容がしっかりしているのに驚き自分も読んでみようと決めた。また山本氏の言葉「自分らしく生きなければ生まれた甲斐なし」という言葉に共感を覚えこれを知っただけでも来てよかったと満足した。館内を興味深く見学するうち4時近くなったので新栃木駅近くのホテルまで歩き無事チェックイン。今日は市内にできた量販店の開業日でその関係者がたくさん来ていてホテルが満員ということだ。すぐ仕事にかかり6時に間に合うようホテルを出た。
 栃木南中学はすぐに見つかった。どこから入ればいいかわからずうろうろしていたら団員らしき男の子と母親が来たので後に続き見学をお願いした。
 栃木南中学の音楽室は木材を使った壁が落ち着いた雰囲気を作っている。階段状に席が並ぶ室内は広くてゆとりがある。6時を10分ぐらい回った頃から団員が続々と入ってきた。この時点で11名。遅れてきた子が2名いて総勢13名。欠席が1名で合計14名。人数が増えたことがわかりうれしくなる。 
 始まりの挨拶の後、神永先生が前に1列に並ぶよう指示し「先生の真似をしてみよう」と手を前に伸ばしたり上げたりの動作を始めた。子どもたちも真似をするがテンポが遅れる子もいる。「先生が行動してからから2秒以内にやるように。誰か5秒かかっている。」次に手首を曲げる動作が始まった。「微妙だぞ。どこまで見てるかな」気持ちを集中してよく見なければ同じことはできない。「次から1秒以内」また先生の動きが始まった。「以外と難しい人いるね」後から見ていると集中しているかどうかはすぐわかる。「今、3秒かかった。何が起きるかわからない。手だけじゃないよ」口笛をやたら吹く子がいてピアノの臼井先生に注意を受けた。続いて名前を一人ずつ言うようにと指示があった。「ゆっくりと話す。姓と名を分けるんだよ」言い方が早くなったりはっきり言えなかったりとこれも以外に難しい。「先生のやろうとしていることと同じことがはっきりと頭の中になければいけない」神永先生の言葉だ。次は「あいうえお」を言う練習で最初の子が「あ」と言ったら次の子は「い」その次の子は「う」と言う指示だがこれがなかなか徹底しない。「あいうえお」と一人で言ってしまう子や「うえお」とやる子がいる。言葉だけの指示で動くのは大切で自分自身の勉強にもなる。続いて同じことを「ドレミファソラシ」で行った。音程は取らなくていいもののこれもなかなか決まらず5回ぐらい繰り返した。「『ド』の人手上げて。」「『レ』」の人手上げて」神永先生の問いかけに対して以外と反応が悪い。自分のやっていることをしっかり理解していないと答えられない。もう一度やると質問に答えられた。次は同じように「ドレミファソラシ」を言い一番最後の子が声を出したら一斉に自分の言った音を出すという指示でなかなか難しい。これも数回やってもうまくいかず「先生に対する集中力がないとできないよ」と注意がある。その通りで今日の子どもたちは蒸し暑さもあり前回の見学時に比べ集中力が足りない。「前の人の様子をうかがっていると遅くなる。テンポが速くなると難しい」神永先生の指摘だ。「ここまでにして全員2秒以内に椅子にもどる」これはできた。続けてサウンドオブミュージックから『ひとりぼっちの羊飼い』の練習だ。席が三つのグループに分かれているので一つのグループがメロディをつけずにワンフレーズ歌うと次のグループがワンフレーズをやる。これの繰り返しだ。「タ、タ、タ」に入ると楽譜を見るようにと注意が飛ぶ。同じメロディの繰り返しで簡単に見えるが「歌の筋道を覚えないと迷子になりやすい。体に染み込ませていってください。」ここで全員起立し、通しで歌う。6年生は楽譜を手を前に伸ばした持っているが他の子は机の上に置いて見ている。こういうのを見ると伊達に6年生をやっているのではないことがわかる。歌い終わると「自信をもって一直線にゴールにたどりついたと思う人」と先生から問いかけがあり一人だけ手が挙がった。この曲はさきほどの先生の言葉通り同じメロディの繰り返しが多い。まわりに合わせて歌おうと思えば可能だがそれではいい加減になってしまう。楽譜を見ると低音と高音の音符が隣り合っている部分があり歌いやすい曲とはいえない。楽譜を覚え体に染み込ませることが大切というのはこのあたりにあるのだろう。次は『エーデルワイス』だ。これもリズムと言葉だけの練習から入る。終わると楽譜を伏せて起立し、通しで歌う。終わると「特に変わったことないけど指揮見てる人となんとなくまわりについてくる人がいる」との言葉。続いて6年生3名だけで歌う。上級生はやはり声がしっかりしている。6年生の一人で前回の見学の日に入団したA君はすっかり溶け込んでいた。「高い声の時、張り切らない」といつもの注意だがこれは簡単なようで難しい。ここで一部の子に「いろんな格好してるね」と注意が飛んだ。下級生は中学生用の椅子に体に合わないこともあり姿勢が悪くなりがちだ。姿勢が直ると「全部で何曲やるかわかる人?」という問いかけに「1000曲」という答えが出た。別の子が指で数えて「3曲」と答えたが正解は5曲。(『ひとりぼっちの羊飼い』『エーデルワイス』『ドレミの歌』『私のお気に入り』『さようなら、ごきげんよう』)「5曲やるよ」という先生の言葉に「うそー」という声が一部からあがった。続いて『ドレミの歌』だ。全員起立していきなり通し練習だ。これはまずまずの出来で「きょう一番、声が出ている」と先生。「ただ発声やってないから声が上にぶらさがっている。」という指摘があった。先生としても発声をある程度やりたいだろうが限られた時間で曲を覚えなければいけない時期だけに辛いところで「産みの苦しみ」という感じだ。「『ドレミの歌』と『エーデルワイス』は覚えたことを確認しました」と先生。次は『私のお気に入り』を言葉とリズムだけで練習。「そこそこ覚えてるね。では休憩」ここまで約1時間20分。1回の練習としては長時間だが子どもたちに疲れはなく音楽室内を走りまわって遊んでいる子が多い。5分後練習再開。「みんなが歌うところは締めくくりなので声が大切」という説明があり言葉の練習に入った。先ずは「リボン」、「舌はどこにさわってる? 歯の上にくっつくよ」「『り』をはっきり発音しよう」と全員で「り」を繰り返し発音する。続いてピアノを入れ同じ音階で「リボン」を繰り返す。「『ン』は鼻の中をできるだけあける」とアドバイス。さきほど姿勢を注意されたグループがうまくできていない。もちろんすぐ注意が飛ぶ。次は「リボン」を楽譜通りのピアノを入れて練習だ。ここでも注意されたグループはうまく決まらない。「あきらめた?」と先生に言われたが続けて「リボン」を同じ音階、楽譜通りと何回か繰り返すうちよくなってきて一安心だ。続いて「ムー」、「むすびの」「リボンむすびの」を発音する。「最後の音を大切に」とアドバイスがあり「おくりもの」の「おくりもー」を発音し「みんなぼくのお気に入り」と続いた。このちょっと前から研究科生がぼちぼち集まってきて後に座り小声で話していたが下級生の中にそちらを見る子がいて集中度が落ちる。話したいなら廊下に出ていく配慮が欲しい。それでなくても空調を使っていない音楽室は蒸し暑くなっており子どもたちの集中度は明らかに落ちている。「言葉を入れる練習なので盛り上げてない」「ちゃんと立ちましょう。がんばって」ピアノの臼井先生も励ましの言葉をかける。やはりきょうからしばらくは産みの苦しみだ。これを乗り切らなければいい演奏はできない。辛抱あるのみだ。最後に蔵の街コンサートで16日(木)に大人の合唱団と演奏する「ハレルヤ」を歌って本科の練習は終了だ。楽しそうに歌っている子がいて「いいな」と思う。今日は集中力はもう一つだったが前回同様中身の濃い練習で本番が楽しみだ。
 本科が帰ると研究科の練習開始。本日は5名だ。「音楽室入ると湿気とカビという気がする」という声があがった。やはり今日はコンディションが悪いようだ。といって練習しないわけにはいかないので発声から始まった。「ンー」「口の中あけないと変わらない」「アー」「ノドに負担かけないように」とアドバイス。続いてピアノに合わせての発声で低音から中音、高音へと上がっていく。「泡みたいに上げるよ。切りかえないで」は歌う上での課題だ。中学1年で変声期に入ったB君が辛そうに発声しているのを見て「1週間で変わってくるね。でも逃げないよ」と貴重なアドバイス。苦しくても一生懸命声を出しているB君の気持ちは自分にも伝わってくる。この時期は辛抱するしかない。これも産みの苦しみだ。「がんばれよ。ここを乗り切れば新しい世界が開くよ」そう声をかけたくなった。次は『ドレミの歌』の「さあ おけいこをはじめましょう」の部分を一人ずつ歌う。少々緊張気味の5人に「学校のテストじゃないからどう歌うかを検査するよ」と先生。次々と歌う5名に「ささやいてる」「ピアノのテンポと1回目違う」「音域ちょうどいいね」というようにアドバイスがある。「5人で揃おうと思わずに全員が違うキャラクターでやるつもりでいいよ」ということで通し練習の後、先生から「『さあ』はどういう『さあ』か」という質問が出た。言われて見ると迷ってしまう。「『さあ』を修正しよう。人に訴える言葉だから大切に。単調にならないように」ということでなかなか難しい。人の心に訴えるように歌うには頭の中にイメージを作りそれをきちんと出さなければいけないのだと説明を聞きながら思った。歌うテクニックの前に豊かな心を養うことがいかに大切かがわかる。前回の見学の時に「言われた通りやってるだけでは合唱団の子らしくなれない」という神永先生の言葉を思い出した。練習は続くが本科と違い、先生の説明にすぐ反応してくるのはさすがで短い時間ながら充実した練習だった。全員前向きな気持ちで練習しており「自分らしく生きる」という言葉を思い出した。練習が終わると明日は某高校の文化祭の舞台に一部研究科のメンバーが出演することがわかり見に行きたくなったが午前中に東京へ戻りたかったのであきらめる。研究科は受験の関係でしばらく休まざるを得ないメンバーが何名かいるとのことで残念だ。受験が終わったら戻ってくることを期待しつつ練習見学のお礼を述べ栃木南中学を後にした。その足で今夜のホテルとは反対方向だが前回夕食を食べたそば屋を訪れた。店のおばあさんに「鹿沼の酒、なんていいいましたっけ」と聞くと「せんきですね。」 一升瓶と升を持ってきたおばあさんに「これおいしいですよね」と言うと「そうなんですよ」とうれしそうに笑い「この瓶おしまいだからおまけ」と言って多目に注いでくれた。2杯目は新しい瓶の口開けになりラッキーと思う。「これの生もあっておいしいけどこれで充分よ。」というのを聞き次回はそちらを飲もうと決めた。話が逸れたが『サウンド オブ ミュージック』は練習を重ねよい仕上がりになりそうだ。栃木少年合唱団特有のきれいなハーモニーを聴きに近辺に住む音楽ファンの方々は出かけられるとよいだろう。


栃木市合唱祭の栃木少年合唱団


 2004年10月31日(日)、栃木少年合唱団が出演する第20回栃木合唱祭へ出かけた。場所は栃木市文化会館の大ホール。12時半をまわった頃に到着したらすでに入り口が開いていた。隣の小ホールで当地出身の直木賞作家の講演が行われるのを知り一瞬入りたくなったがその思いを振り切り大ホールへ入る。入り口に置いてあるパンフレットに1:00開演と印刷されているのを見て客席に座りまわりを見渡すと2階席のある1000人は入れそうな立派なホールだ。舞台では女声合唱団がリハーサル中で本当に1:00に開演できるのかと思っていたらミスプリントで1:30開演である旨の放送が流れた。開演まで時間はあるがそのまま座って待つことにした。自分の席の近くに陣取った別の女声合唱団の一人が知り合いとおぼしき家族に『シング』を歌うときに手拍子をする箇所があるので一緒にやって欲しいと頼んでいた。(残念ながらこの家族から手拍子はおきなかった。客席からもなし)1:00を過ぎると緞帳が降りた。栃木の祭に使う山車をデザインしたセンスのいい配色に感心する。

  1:30に開演し、お目当ての栃木少年合唱団は12団体中5番目の登場だ。曲目は『サウンド オブ ミュージック』から『エーデルワイス』『わたしのお気に入り』『さようなら、ごきげんよう』『ドレミの歌』の4曲で予定されていた『ひとりぼっちの羊飼い』はキャンセルになった。舞台に上がったのは本科の小学生13名と研究科の中高生6名の合わせて19名。前の列に本科、後の列に研究科が整列して演奏開始。最初の『エーデルワイス』は少々固かったが研究科の高校生2名がしっかりした声で本科のメンバーを引っ張っていた。この2名は学校のミュージカル部に所属しているとのことで舞台度胸があるのだろう。2曲目の『わたしのお気に入り』から固さがとれてきた。9月に練習見学をしたときは「どうなるかな」と思っていたがはっきりした言葉で声もよく出ていて一定レベルまで仕上がっていて安心した。3曲目の『さようなら、ごきげんよう』は最初不安定な部分があったが次第に落ち着いてきた。本科の団員が数名のグループになり交代で前に出てワンフレーズ歌い、それが終わると研究科の団員が出てきて本科生へさがるように手でジェスチャーをする楽しい振り付けがあり客席から笑いが起きた。栃木少年合唱団の前に出演した混声合唱団が宗教曲を4曲歌った関係で(とても落ち着いたよいハーモニー)客席がやや固い雰囲気になっていたのをこの曲がほぐしてくれた。最後の『ドレミの歌』は研究科6名が「さあ、おけいこをはじめましょう」の出だしを歌い本科生がそれに続いた。客席から自然に手拍子が起きこれに応えるように本科の団員の声がよく出ていた。客席と一体になったことで10の力が12ぐらいまで引き上げられた感じがした。歌が終わると大きな拍手があり自分もうれしくなった。今回は練習風景を見学していることもあり「よくやった」と賞賛したい。ただこれで完成とは思いたくない。無事生まれた4曲を団員たちが「この歌は好きだ」という気持ちで練習を積んで欲しい。人間も「君が好きだ」という気持ちで接すると必ずいい方向に行く。音楽も同じで好きになれば一つ一つの曲はよりすばらしい演奏ができるようになり観客に感動を与えるはずで合唱団にとってもプラスになる。次回のステージにも期待したい。もう一つ、今回キャンセルされた『ひとりぼっちの羊飼い』も聴かせて欲しい。

  栃木少年合唱団に続いてステージに上がった女声合唱団の『シャル・ウィ・ダンス』の間奏部分で2名の団員によるダンスの場面があり指揮者がしきりに手拍子をしていた。残念ながら客席の反応はなかったが研究科の中学生が指揮者の意図を察したのか一人で手拍子をしていた。栃木少年合唱団全員でやれば客席が更によい雰囲気になったのにと残念。自分たちが応援を受けたら他の団体にも返していくことが必要で、このあたりがわかるのも合唱団員としては大切なことだ。後刻、副団長のmameさんとしばらく歓談した。「午前中は声が出なくて心配したけど本番で声が出てうれしかった」「観客が自然に手拍子をしてくれて感動した」といううれしい話が出た後、「聴く態度を教えなければ」という話しがあった。いうまでもなくよりよい演奏をするために養って欲しいことだ。今回、観客から手拍子の応援を受け、よい雰囲気で力が出せたことを心に刻み他の団体を鑑賞する態度に生かして欲しい。そういう積み重ねが市民から「栃木少年合唱団はいいなあ。」という思いにつながっていくはずである。「駅まで送りましょう」というmameさんの親切を辞して町の中を歩きつつ少年合唱団を育てる大変さを実感した。



間近で聴けたクリスマスソング
    
栃木少年合唱団ミニコンサート 2004年12月19日(日)



 この日は市内中心部の百貨店「福田屋」で11時と1時の2回のミニコンサートが行われた。当初は2回とも聴く予定でいたが東京での急用が入り11時の回だけ鑑賞した。午前中ということで声が十分暖まっていない状態だったが午後はよくなったことを聞いたので付け加えておく。
 東武線の北千住から特急に乗りモーニングコーヒーを飲みながら館に送る鑑賞レポートをパソコンで執筆。まだ時間が早いので観光のグループ客はなく車内は読書をしたり目をつぶっている個人客だけなのがいい。栃木までは1時間ほどだが交通機関での執筆は気のせいかはかどる。もう少し書き続けたいと思う頃、栃木到着のアナウンスが入ったのでパソコンをオフ。天気はよく道を歩きながらとんぼ返りしなければいけないのが虚しく感じるが仕方ない。限られた時間をできるだけ楽しもうと気に入っている場所の一つ、山本有三資料館を見学。「たったひとりしかない自分を たった一度しかない一生を ほんとうに生かさなかったら 人間 生まれてきたかいがないじゃないか」という一文には勇気づけられる。見学者は他になく内部に蔵のある木造の建物は安らぎがある。「2階もどうぞ」と言われ(前回は気がつかなかった)階段をあがった。子ども時代を過ごした部屋があった。この部屋で山本氏がどういう風に暮らしていたかを想像するのは楽しいものだ。一通り展示を見学して受付で『心に太陽をもて』という有三著の文庫本を購入。年輩の係員が「ここは有志がボランティアで運営している。先生は教育にも熱心な方で」と問わず語りに話をしてくれた。それを聞き今でも郷土の偉人なのだと感じた。ゆっくり話を伺いたいところだがそうもいかず再訪を約束して失礼した。
 福田屋に着いたのは10時半頃でmameさんのHPに書いてあった4階のエスカレーター脇に行きキョロキョロしているとサンタクロースの衣装を着たmameさんを見つけたので挨拶。「今日は、こんなかっこうで」と照れ臭そうだったがなかなか似合っていた。保護者の方々もお揃いの赤いトレーナー姿で買い物客にコンサートのチラシを配り宣伝につとめていた。栃木に来るのは今年5回目で自分の顔をだいぶ覚えていただいた。「お昼ご飯をいっしょにどうですか」と誘われたがお断りせざるを得なかったのは残念。この会場には舞台はなくキーボードを持ち込んでの演奏だ。天井が小さなアーチ状になっているだけでもう少しいい場所があればと思ったがメンバーが目の前で歌うのを聴けたからかえってよかった。聴衆がもう少し集まるとよいのだが館内放送で買い物客に呼びかけることはできなかっただろうか。「北関東唯一」の少年合唱団を地元はもっとバックアップすべきと思うのだが。
 当日のプログラムは以下の通り。
1.あわてんぼうのサンタクロース
2.ひいらぎかざろう
3.アメイジンググレイス
4.なつかしいケンタッキーの家よ
5.故郷の人々
6.エーデルワイス
7.私のお気に入り
8.さようならごきげんよう
9.ドレミの歌           
指揮の神永先生の挨拶でコンサートが始まった。今日のメンバーは本科12名、研究科6名の合計18名だ。1と2は午前中の出だしということもあって声が充分ではないが楽しい雰囲気は出ていた。3,4,5は研究科だけの合唱だが楽譜を見る分、声が伸びていないように感じたが『アメイジンググレイス』とフォスターの曲は心を落ち着かせてくれる。『アメイジンググレイス』は最近、いろいろな合唱団が演奏するのを聴いている。合唱団により違った味わいがあるが今日の演奏は素朴な印象を受けた。『なつかしいケンタッキーの家よ』と『故郷の人々』は素直な歌声がよく曲の雰囲気が出ていた。『故郷の人々』が終わると隣にいた年輩の女性が一節をきれいな声で口ずさんでいた。この人も合唱を聴きなにかを感じたのだろう。
後半の『サウンド オブ ミュージック』は全員が自信をもって合唱しているのがわかり、声がよく出ていた。やはり舞台で歌った曲は確実に自分たちのものになっており聴いてる方もうれしくなる。研究科の高校生O君が大きな声というわけではないがしっかりした音程で合唱団をリードしている。自分も経験があるが彼のような団員がいると他のメンバーは安心して歌えるのだ。『さようならごきげんよう』は本科の歌と研究科のハミングがうまく調和していた。最後の『ドレミの歌』は全員の声がよく出ていて年輩の女性が手拍子をするなどしめくくりにふさわしい盛り上がりだった。もう少し聴衆がいるとよかったが午前中はこんなものだろう。メンバーが引き上げると団長とmameさんが居合わせた小学生の男の子を勧誘していたが反応はなし。保護者といっしょにいる小学生がいるといいのだが残念ながらこの時間はいなかった。いきなり勧誘せず演奏が終了したところでメンバーの一人に「ぼくたちと一緒に歌いませんか? 興味がある人は練習を見学に来てください。詳しいことはこちらの2名に聞いてください」とでも言わせてから声をかけるよう段階を踏んだ方がよい。こういう日は勧誘のチャンスだから尚更だ。
これで帰京しなければならないがわざわざ足を運んだ甲斐はあった。聴いた人たちもクリスマス前のひとときを楽しめただろう。欲を言えば『きよしこのよる』などもう少しクリスマス関係の歌がプログラムにあるとより楽しめただろう。別れ際「8月6日に少年合唱祭が開かれる」ことをうかがい楽しみになった。


根気ある指導に応える少年たち
     
和気あいあいでも筋の通った稽古 栃木少年合唱団の強化練習
                                                   
2005年 3月27日(日)

  3月27日(日)、東京メトロ日比谷線、八丁堀駅近くでの用事は予想外にあっさりと終了した。時間は11時過ぎ、日比谷線は北千住で東武線に乗り入れる。東武線の沿線には栃木がある。栃木では栃木少年合唱団が1時から定期演奏会に向け強化練習を行っているはずだ。今から行けばちょうどよい。迷いはなかった。日比谷線でそのまま北千住に行かずに上野で銀座線に乗り換えて浅草下車。鉄道ファンとしては始発駅から乗るのが礼儀だろう。時刻表を見ると11時50分発の快速が見つかった。この電車は停車駅が少ない上に特別料金は不要。しかも座席がボックスシートで旅の雰囲気が味わえる。これに乗車することにして時間があるからと松屋デパートの書籍売り場で「コーラス」の文庫本を購入。更に駅の売店で缶ビールを購入して電車に乗り込み栃木までのミニトリップを楽しんだ。この電車は浅草発車時点でほぼ席が埋まったからここからの乗車で正解だ。
栃木駅から少々歩いた場所にあるインドレストランMでランチメニューのマトンとほうれん草のカレーライスとラッシーで昼食。

  そこから歩いて文化会館のリハーサル室へお邪魔をして練習見学を開始。足を骨折して入院中のマメさんが外出許可をもらって練習の様子を見守っていた。本科生13名(ソプラノ6名、アルト7名)の練習が始まったばかりで神永先生の「足が3本あるつもりで足を軽く開いて。声は出なくていいからアゴを下げて。10回繰り返し。頬の筋肉をほぐそう」終わると肩の上げ下げを10回行い、発声に備える。ピアノで「ド」の音を確認し「イエアオウ」を「ド」の音で発声。半音ずつ上げて上の「ミ」まで行う。続いて「ドレミレド」の音で「イエアオウ」と歌う。「肩の力抜いて」「大きく深呼吸」アドバイスを受けながら発声が続く。次は「ソ」の音で「イエアオウ」を歌う。「一つずつでなくまっすぐ伸びる感じで」と注意がある。続いてソプラノは「ソ」から始まり3音階上げて「ド」を発声し「ソ」にもどり再び「ド」を歌って終わる練習だ。アルトは「ソ」に始まり三段階落として「レ」を発声し「ソ」「レ」で終わる。簡単なようで難しいが子どもたちはしっかりできた。これを2部で発声するとピタリと決まった。「この通りに歌ってもらえればバッチリだ」と神永先生の言葉。「力をつけてきたな」これは自分の感想だ。続いて「ソソソミミミ」を「わわわわわわ」とアルトが、同様に「ソソソシシシ」をソプラノが発声。「さっきよりくずれた。そろそろ飽きてきたかな。もう1回」 終わると「お経みたいだね」という言葉で全員着席。神永先生は「全員で同じ音を歌うのは斉唱。大昔、1200年前には合唱がなかった。当然、和音もなかった。どこかのお寺で坊さん300〜400名がお経をあげていた。すると速い、遅いでずれてくる、音の高さが変化する。音を変えて各自が声を出すとお経みたいになる。和音が大切なんだ」と話した。ここで『ふるさと』の「うさぎおいし」の部分を歌い「だから低い部分と高い部分があるんだぞ」と具体的に示す。栃木の練習を見学するのは自分自身の勉強になる貴重な時間だ。ここで全員起立して「うさぎおー」の部分で和音を確認し『ふるさと』を通しで歌う。「こわい顔をした歌にならない。声をたっぷり使う」と注意があり「目をつぶって前奏を聴く。『はい』と言ったら目をあけて歌う」との指示で『ふるさとの四季』へ入る。『春の小川』「きたないと思ったら声がこわい」『われは海の子』「声が出てきた」『もみじ』「出だしが斉唱になった。つられた。アルトだけで音出し」 『雪』「○○(メンバーの個人名)、首ふるな」とだめ出しを入れながらの練習が続く。「曲が終わっても指揮者が棒をおろすまではじいとしているように」という確認が済むと15分間の休憩。子どもたちはロビーでカードゲームなどして遊んでいた。叫んでいる子がいないのはさすがだが休憩後、練習ペースに戻るまで少々時間を要するのが男の子たちの特性だ。『茶摘み』を手拍子を入れて歌い「弓矢で的の真ん中を狙うように」と『われは海の子』に入る。集中力が落ち「1分間、本番のつもり」との注意がある。次の『もみじ』はアルトだけで練習する。「こんなんじゃ合唱にならない」の注意でもう一度。「一生懸命歌いすぎて自分の声しか耳に入らないね。ピアノ聴いていた人、手をあげて」という問いかけに一人だけ手があがった。「最初の声をやわらかくして」「ぐっときれいになった。落ち着いてきた」「ピアノと歌、どっちが早かった?」「歌だと思う」という答えが出たところでピアノのそばへ移動する。「無視されてたんだ」とピアノの臼井先生が笑う。「最初の所、ピアノに抜かれた。気がついた人?」一人の手があがった。アルトの練習後、ソプラノだけで「もみじ」を歌い全員で歌う準備をする。「別世界で遊んでいる人がいる」という注意が飛ぶ。男の子たちの集中力を続けさせるのは大変で根気のいる仕事だ。「歌が攻めていく感じになってる」というのを神永先生は怖い目で前へずんずん出て行く仕草で表すなどして子どもたちに見せ、気持ちを切らさないようにしている。一息入れ「『いかにいます』はどういう意味?」「イカの中にいる」「『つつがなきや』は?」「筒がない」という答えを聞いて神永先生は歌詞の意味を子どもたちに説明した。自分にも覚えがある。かなり長い間「うさぎ おいし かのやま」は「かの山という山に棲むうさぎは食べるとおいしい」と信じており、小学生の頃は歌詞の意味がわからずに歌っていた。このあたりをきちんと教えて欲しいと思うのは自分だけだろうか。気分を変えたところで練習再開。「前奏で待っている間、あの世の世界にいる感じの子がいるよ」という注意に「天国? 地獄?」という言葉が出て雰囲気が和やかになる。なんだかんだ言っても和気あいあいの雰囲気で男の子の集団ならではだ。明るい調子で『ふるさとの四季』は進んでいく。「かたくない声でよかった」「指揮棒がおりた瞬間にほっとした雰囲気を味わおう。2小節前までは夢見ててください」ここまでで4時間近くが経過した。子どもたちは疲れた様子はなく元気だ。ここで先ほどから待機していた中高生の研究科が練習に加わる。舞台と同じ広さにしようとビニールテープが床に貼られた。団歌の練習の後、『ふるさとの四季』への移動の方法を確認。そして『サウンド オブ ミュージック』の練習に入る。舞台での振り付けが中心だ。研究科による『すべての山に登れ』が終わると「クレッシェンドがきつかった」という声があがった。ここで10分間の休憩。終わると『さようなら ごきげんよう』の振り付けの変更が行われた。「中1トリオ。前に来て。その後ろに1年生と2年生が並んで」研究科が最初の「教会の鐘の音…」と歌うのに続いて本科が鳩時計の鳴る様子「くっくー」を歌うとき、本科の1,2年生3名が中1の後ろから首を傾けて顔を見せることになった。続いて本科が「さようなら おやすみなさい…」の部分を交代で前に出て歌うとき、研究科が戻るよう指示する部分でどの研究生がどの本科生を戻すかが確認された。「おれはこいつとこいつを引っ込めるんだな。よっしゃー」という感じですぐ了承。『さようなら ごきげんよう』の通しは楽しくスムーズに進行した。見学していた保護者から「1,2年生がやるとかわいいわね」という声があがった。本番でのこのシーンが楽しみになった。『サウンド オブ ミュージック』を通しで行った後、本科生は解散。夕食時間ということで団長さんが誘ってくださり車で郊外の店でご馳走になった。
 戻ると研究科がフォスターの『おお、スザンナ』を練習していた。ジーンズにオープンシャツ、カウボーイハットの衣装はよく似合っている。スザンナの扮装をした中学1年のI君が照れながらもお母さんたちから女性の動きに関するアドバイスを受けて演技しているのがいい。最後に高校生のY君と向かい合うシーンでお互い「わー」と笑い合うのは稽古ならではの風景だ。研究科もお互い、和気あいあいで歌を楽しんでおり「今時の中高生にもこういう子たちがいるんですよ」と笑う保護者の声に「いいですね」と心からうなずく。少年だけの集団はからっとしているのがよい。フレーベル少年合唱団のようにOB会を立ち上げ大人になっても音楽的つき合いや合唱団の応援をして欲しいものだ。そうこうするうちに9時近くなり練習終了。長時間、指導にあたられた神永先生、臼井先生はじめ保護者の方々にも謝意を述べ会場を後にした。
 帰りの電車では「コーラス」を読むつもりでいたが研究科の練習風景に気分が高揚し何も読めずに夜の車窓を眺めていた。この気分を一人でも多くの人に味わってもらうため、掲示板を使って宣伝しておこう。本番が楽しみだ。


第43回栃木少年合唱団定期演奏会
                             
 2005年4月3日

      
栃木へ出発
  「君、栃木に行くかい?」声をかけてきた道楽さんに「もちろん行くよ」と答えた。「OK。着替えてくるから待ってなさい」待つことしばし。道楽さんはオレンジ色のジャケットに着替えてきた。「なんか派手」「いいんだよ。栃木のカラーに合わせたんだから。さあ行こう」ぼくはいつものように鞄に入り心を表に出した。浅草まで地下鉄で行き東武線の新栃木行き準急電車の先頭車両に乗り込んだ。道楽さんは地下鉄の中でも読んでいた「サウンド オブ ミュージック」の楽譜をここでも広げた。ぼくもしばらくつき合ったけど飽きてしまい運転台後ろのかぶりつきで風景を楽しむことにした。家がいっぱい建っている中をゆっくり進む感じだった電車は北千住を出るとスピードを上げた。ここからは複々線区間でスピードが出せるのだ。「先日は、竹の塚駅構内で起きた踏切事故でご迷惑をかけたことをお詫びします」と放送があった踏切を通過。道楽さんを見るとスポーツ新聞のプロ野球記事を熱心に読んでいた。昨日は阪神が勝ち巨人が負けたからうれしいのだろう。ぼくとしてはどうでもいいけど楽譜を見るのに飽きたなと推理した。東武動物公園駅を発車した時、もう一度振り返ると新聞を畳んでいた。ぼくも一人でいることがつまらなくなってきたので「こっちおいでよ」と声をかけるとすぐにやってきた。「ここからはローカル線の雰囲気だね」田圃が増えてきた景色を見ながら道楽さんが言った。駅と駅の距離が長くなり直線区間が多いので減速の揺れもないので快適だ。天気もいいし暖かく気分がいい。途中の南栗橋駅での5分停車を利用してホームへ出たら空気がおいしい。そのことを言うと「そういうこともわかるんだ」と道楽さんは笑った。「人形だってそれぐらいわかるんだぞ。」ぼくが言い返そうとすると反対側のJRの線路をコンテナ貨物が走ってきた。それを見た道楽さんは「おや」という顔でそっちを注目した。「どうしたの?」と聞くと「EH500だ。初めて見た」と言った。「なにそれ?」「電気機関車の名前だよ。パワーのある機関車なんだ」「鉄道ファンなの? 知らなかった」「忙しいからね。あれもこれもは無理なんだ。昔、JR全線を完乗したんだよ」「ふーん。だったら日本の少年合唱団10団体を見たのはそれほど大変じゃないんだ」「大変じゃないとは言わないけど大変の種類が違うね」話をするうち出発時間になったので車内に戻った。「どう違うの?」「合唱団の定期演奏会は年に一度だけだろう。鉄道は毎日、走ってるからね。今週都合が悪くても来週があるけど合唱団はそういうわけにいかないだろう。それから同じ日に重なると、どちらかは行けなくなる。全部の少年合唱団の定期演奏会へ行けたのは運がよかったこともあるね。」「そうなんだ。楽に達成したわけじゃなかったんだね。何年ぐらいかかったの?」「2002年3月のTOKYO FM少年合唱団に始まり、2004年3月の栃木少年合唱団で完了したから2年間だね」ぼくは長い時間に感じた。「2年前にはこんなことがあった。ボーイズ・エコーの時だけど飛行機も新幹線も予約してなくてなんとなく新幹線の自由席にした。その日はANAにコンピュータートラブルがあってほとんどの便が欠航したことを後から知った。羽田に行ってたら演奏会に間に合わなかった可能性があった」「運がよかったね」「帰りの新幹線の中で通路をはさんだ反対側の席に座っていた人が『息子がサッカーとグロリア少年合唱団に入っているんだ』という話をしていた。今にして思えば袖触れあうも多少の縁だったね」「そういうこともあるんだ」「その日のボーイズ・エコーの演奏会で館長さんに初めてお会いした。」「でもレポートがない」「書きかけのがあるんだけど賞味期限切れだ」「レポートを発表するきっかけはどんなこと?」「その年の11月にベガホールで館長さんにお会いして帰京してからメールを出したことだね。ちなみにそれが自分の書いた初めてのメールなんだ」「それで?」「レポートを送ったら貴賓室を作ってくださった」「それから次々と発表してるんだね。レポートを書いている姿は楽しそうに見えるよ」「辛ければ書かないよ。趣味なんだから」こんな話を続けるうちに電車は栃木駅に到着した。ホームに出て時計を見ると家を出てから3時間ぐらいかかっていた。「宝塚へ行くのと時間が変わらないね。栃木のがずっと近いのに」そう言うぼくに「そこが旅のおもしろいところだ」と道楽さんは微笑んだ。駅からしばらく歩き目立たない所にあるインドレストランでマトンとほうれん草の入った緑色のカレーライスで昼ご飯。ぼくは色も香りも気に入った。前回の宝塚でもそうだったけど道楽さんはよい店を見つけるのがうまい。「なんでこの店を知ったの?」「気の向くまま歩いていたら見つけたんだ。目的地にまっすぐ向かうだけでなく寄り道も大切だ」「でもほどほどにしとかないとまずいよ。あんたは夢中になると自分を見失うから」ぼくは忠告した。「…ありがとう。貴重な言葉だ」道楽さんが右手をグーにしたのでぼくもそれに合わせお互いぶつけた。
 店を出て川べりの道を歩いて会場へ向かった。天気が良く散歩にはもってこいだ。途中で角を曲がり狭い道を歩いていくと定期演奏会のポスターを見つけた。「パンフレットの写真を使ってるんだ」道楽さんは言った。「手作りポスターはないかな?」問いかけるぼくに「デザインを考えてあげればいい」と道楽さんは答えた。考えてみよう。案外面白いかもしれない。商店街で行われていた春のイベントで子どもたちがゲームをやる様子を見てぼくもいっしょに楽しみたくなったけれどさっき「寄り道はほどほどに」と言ってしまったのでやめておく。「偉そうなこと言わなきゃよかった」とぼくはちょっぴり後悔した。会場には1時前に到着。すでに開場していたので入場した。舞台ではメンバーが最後のリハーサルをしていた。オレンジ色のベストに白いカッターシャツ、黒の蝶ネクタイ、白いポケットチーフ。黒い半ズボン、白いハイソックス、オレンジ色のベレー帽の制服は写真で見るよりきれいでかっこよかった。「君にも似合いそうだね」道楽さんは言った。荷物を席に置き「リハーサルを見るのは遠慮しよう」とロビーに出てソファにすわりリラックスタイム。ここからは道楽さんに文章を書いてもらおう。よろしくお願いします。
      
                                

        川べりを散歩                        ポスター                    ぼくです。道楽さん共々


 
     練習の成果 自信に満ちた少年たちの合唱
 演奏会前は努めてリラックスするように心がけている。ソファでぼんやりしていると入り口の方から「新潟」という言葉が耳に入った。そちらを見ると見覚えのある新潟少年合唱団の男の子がいるではないか。急いで立ち上がり母親と一緒にいる男の子に声をかけた。男の子は6年生になるS君。前回の定期演奏会で『わたしの回転木馬』のハイソプラノを歌っていた。話を聞けば「ボーイソプラノの館」できょうの演奏会を知り、春休みを利用してわざわざ来てくれたことがわかった。新潟から栃木へ来るのは東京に来るより不便なので余計うれしくなる。「みんなに紹介しましょう」と団長に案内されていくS君を見送っていると“彼”が「やったね」と拳をにぎったので互いにタッチして喜びあった。
 さて、いつものようにプログラムを紹介しよう。

 オープニング
  団歌 ひかりの広場
 第1部
  本科生メドレー「ふるさとの四季」
  故郷 春の小川 おぼろ月夜 鯉のぼり 茶つみ われは海の子 もみじ
  雪 故郷
  研究科「フォスターメドレー」
  1.おお!スザンナ 2.草競馬 3.故郷の人々 
  4.なつかしのケンタッキーの家よ 5。夢路より

 第2部
  賛助出演 國學院大學栃木高等学校ミュージカル部
    「You are Welcome!」
  1.One Mans Dream  2.Americas
  3.Half a six pence 4.Criminal act
  5.波瀾万丈 6.希望ちる時 7.Bauty and the Beast
  8.Happy Birthday!
 第3部 
  本科研究科合同「サウンド オブ ミュージック」より
1. ハレルヤ(研究科のみ)
2. エーデルワイス 3.私のお気に入り 4.さようなら ごきげんよう
5.ドレミのうた
6.すべての山に登れ
 エンディング
1. アメイジング グレース 2.ぼくらの仕事 3.グッデイグッバイ

  プログラムには団員の顔写真と学年、生まれ変わるとしたらという項目がある。それにはダックスフンド、天才、世界地図、のりまきせんべいなどという答えがある。興味深く見ていたら後ろの席にいた女の子のグループが「ばかじゃない。自分に決まってるじゃないの」と話していた。団員の中には自分と答えている子もいるが人数的には少ない。女性は小さい頃から現実的なようだが男は非現実的な夢をもつべきと思っている。これは女性が支えてくれるからこそ言えることだが男は「いくつになっても少年のよう」だ。「じゃあ、あんたはなにになりたい?」“彼”が聞いてきた。「秘密だぞ」と念押しして答えると「ふーん」という顔をした。

  閑話休題。歓迎と注意事項のアナウンスが流れ、終わると本科、研究科全員による団歌だ。指揮をする6年生のI君は少々緊張気味だが、かえって少年らしい素朴な感じが伝わり好感がもてた。研究科が引き上げると本科が1列に並び替える。動きはスムーズ。高校3年生のO君による曲の解説が終わると指揮の神永先生が登場して『ふるさとの四季』が始まった。ややぎこちない感じで「故郷」は始まったが「春の小川」から固さが少しずつ取れてきた。「鯉のぼり」は男の子らしい勇ましさで、「茶つみ」はテンポ良く、「われは海の子」は元気に、「もみじ」はしっとりと、「雪」はリズミカルに、最後の「故郷」は情感を込めてと短時間に雰囲気を変えての合唱が聴けた。13名の声はしっかり出ていて全員が自信をもって歌っているのがよかった。これも練習を積み重ねた成果だろう。終わってから舞台準備にしばらく時間がかかったが気になるほどではなかった。準備ができると6年生のO君が「西部開拓時代に夢を追った人の気持ち、過酷な労働を強いられた黒人の心が歌い込められています」と紹介すると幕が上がった。舞台にはジーンズにオープンシャツ、カウボーイハットの研究科5名が並び、そのうちの一人の背中合わせにスザンナ役のI君が待機している。軽快なピアノの前奏でスタート。5名でも男声合唱の声は明るく響いている。スザンナのI君はやや無表情だが一生懸命演技している。開き直った演技ができると面白いのだがそれを求めるのはまだ難しいだろう。スカートを穿いていても立ち姿は少年だ。スニーカーが少年用なのが惜しくハイヒール(転ぶ危険性があるかもしれない)か、せめて赤いスニーカーがあればもう少し少女の感じが出たかもしれない。終わると二人が幕でI君を隠し着替えが終わるのを待つ。この間ピアノで『金髪のジェニー』が流れた。このやり方は舞台をつなぐよい演出だ。着替えを終えカウボーイ姿になったI君は前に出て「みんな集まれ」と元気良くかけ声。「草競馬」は練習中、言葉を話すような感じでとのアドバイスがあった通り各自がミュージカルのように楽しい雰囲気で動いていた。やはり舞台で演じるメンバーが楽しんでいると客席にもその雰囲気が伝わってくる。最初の2曲は演技を楽しませてくれたが「故郷の人々」は整列し、故郷を懐かしむ静かな合唱になった。続いての「ケンタッキーのわが家」「夢路より」も静かに聴かせた。フォスターの曲は男声合唱の魅力を伝えることができる。静かな曲を観客に聴かせるのはそれなりのレベルが必要で研究科はこれをクリアしている。6名という少ない人数だがそれを感じさせないのは日頃の指導の成果だろう。
  次の國學院栃木高校ミュージカル部の舞台は若さにあふれていた。自分の高校時代は歌って踊るというのは考えられなかった。時代はどんどん変わっているなと思う。客席は盛り上がったがこれが終わると帰ってしまう人たちが結構いて「最後までいれば」と言いたくなる。栃木少年合唱団のメインプログラムが残っているのだ。これを観ないで帰るのは野球でいえば最終回、押さえの切り札と主力バッターの対決を見ないで帰るのと同じなのだが。
その『サウンド オブ ミュージック』は6年生のM君が「ちょっとかわいい演出もあります」と紹介。先ずはアカペラの『ハレルヤ』でスタート。研究科がきれいにハーモニーを決めた。終わると本科のメンバーがベストを脱いで白い礼拝用の衣装(でいいのかな?)をまとい白いベレー帽をかぶって登場。きょうはおごそかな雰囲気だ。歌の方はここまで何回も歌ってきた成果をしっかり披露した。『私のお気に入り』の中で「みんな私のお気に入り」ではなく「みんなぼくのお気に入り」と歌うのはいつ聴いても新鮮だ。ソロを歌う高3のO君のテノールはいつもよりやわらかに聞こえた。『さようなら ごきげんよう』は出だしで教会の鐘がBGMに使われ演出効果十分だ。鳩時計の「くっくー」の部分も振り付けはかわいく決まった。声もしっかり出ている。本科のメンバーが三つのグループに別れて前に出て順番に歌うのを引っ込める研究科の動きもよい。一部のメンバーがもう少し表情をやわらげるとなおよかった。振り付けがあるにもかかわらず歌はしっかりしていた。『ドレミのうた』は全員楽しそうに声を存分に出し舞台は最高潮に達した。その高揚した気分を静めるように『すべての山に登れ』で終了。うまい演出と感心する。ただこの後の演出が惜しまれる。幕を降ろさず一気にエンディングに入れば客席は間延びしなかったはずだ。本科のメンバーを元の制服に戻すためだろうが着替えなくてもよかったのではないか。着替えるのならその時間、研究科が『アメイジング グレイス』を歌って舞台をつなぐ方法もあった。『アメイジング グレイス』が終わると神永先生と臼井先生に花束贈呈があり続いて『ぼくらの仕事』と『グッデイグッバイ』を歌う。共に明るい歌声だ。最後は『グッデイグッバイ』のハミングをバックにメンバーの紹介が行われて終了。昨年から練習見学も含め舞台を観てきた者としてメンバーが成長している手応えを感じた。きちんとした指導を続ければ必ず成長する。これからも北関東唯一の少年合唱団を長い目で育てて欲しい。
  ロビーに出るとフレーベル少年合唱団のOB、Fひらさんにお会いした。「ボーイソプラノの館」を見た人たちが自分を含め3組集まったとうれしくなる。FひらさんをS君親子に紹介し一緒に記念撮影。この後、栃木少年合唱団のメンバーたちと記念撮影。こういうことを縁に合唱団同士がアプローチできればと思う。S君とは新潟での再会を約束して別れた。自分はしばらく会場に残り関係者とお話ししてからFひらさんと会場を後にした。

       
帰りの車内で 
  町に出て喫茶店に入りしばらく歓談。栃木だけでなくフレーベルのことも話題に上がった。電車の時間まで時を過ごしJRで帰るFひらさんと別れて東武のホームへ上がると快速電車が入ってきた。ボックス席にいた年輩の男女は音楽関係の人らしくいろいろな話が聞けた。「音楽的に耳のいい人はどんな人でしょうね」「小さい頃、教会に出入りして賛美歌を聴くといいらしい。小沢征爾はお母さんがクリスチャンだからそうやって育ったそうだ」「そういうもんでしょうか」「仏壇の鐘をたたくと残響があるだろう。あれは1オクターブ上がるそうだ」「方言のイントネーションを聞き分けて自分で発音できるのも耳がいい人でしょうか?」「音楽とは関係なさそうだ」などなどで彼らが春日部で降りるまでじっと耳を傾けていた。

      
エピローグ
 「ねえ、最後すごい勉強になったね」ぼくは言った。「そうだね。自分も小さい頃、教会に通ったんだけど音感はつかなかった」「教会に通った人全部がそうなら音楽家がいっぱいいることになる。小沢征爾はごく一部の人だよ」「そういうふうに考えるべきか。家に帰ったら仏壇の鐘を聞いてみよう」浅草に着くと道楽さんは「君、帰る前の一杯につきあってくれ」と言った。「ぼく、子どもだよ。いいの?」と聞くと「人間の子どもじゃないからいいだろう」ということで納得。銀座線に乗り途中の駅で降りて暗い道を歩いた。坂を上った所にあるビルに入ると明るい照明が迎えてくれた。クロークでコートと鞄を預けると係りの女性が「きれいなジャケットですね」と褒めてくれた。その上で「ネクタイも素敵ですね。なんの模様ですか?」道楽さんがボタンをはずし「尾長鶏です」と見せると「いいですね。これからお食事ですか?」「いえ、軽く一杯です」「でしたら、ボタンをはずしてお出かけください」この言葉を聞き「最後に服装を褒められたね」とぼく。「よし」と応えた道楽さんと本日3回目の拳タッチをした。
                                                                                          

ハイキングをして栃木少年合唱団を見学
                                  2005年6月25日(土)

      
大平山へ
  「大平山に行くけど来るかい?」道楽さんが急に言いだした。「いいけど、どこにあるの?」「歩きながら話そう」家を出て駅へ向かう道すがら道楽さんは話してくれた。それによると昨年の今頃、栃木へ行ったとき、ホテルで大平山のアジサイがきれいだという話を聞き、行きたかったけど足を捻挫していたため断念した。もう一つ、28年前に初めて栃木少年合唱団を聴き透明感あふれる合唱に感動した道楽さんは指揮者の大貫先生に手紙を出した。早速先生からお礼の言葉とともに「近くの大平山は果物がたくさんあるきれいな所です」という返事が届いた。「そのことを思い出したんだ。夜は栃木少年合唱団を見学しよう」「28年前のことをよく覚えてるね」「うれしかったことは忘れないんだ」ぼくは「なんて言ったらいいかわからない」心境だ。
 今回は北千住から準急伊勢佐木行きに乗車。運転台後ろのかぶりつきで前方の風景を楽しみ、東武動物公園で南栗橋行きに乗り換えた。南栗橋でしばらく待って新栃木行きに乗車。「たくさん歩くことになるだろうから休んでおこう」道楽さんはかぶりつきに行かずに座席に座った。ぼくも座って流れる風景を楽しんだ。外はきれいに晴れているので気分がいい。「こういう日はどんな歌がいいかなあ?」とぼくが言うと「そうだね。…『雲よ 風よ 空よ』かなあ」と道楽さんが答えた。「どんな歌?」「ここじゃ歌えないからね。電車降りてからだ」「ラジャー(了解)。約束だよ」電車は大平下駅に着いた。駅前は商店が並び営業しているが人通りはほとんどない。観光地図を見てどちらへ行けばいいかを確かめ静かな道を歩いていくと蔵のある旧い家があり歴史を感じた。更に歩いていくとブドウ畑がたくさんあった。ブドウ棚を見てこういう場所でできることを知った。「ブドウ狩り」の看板が出ていて興味をもったけど秋にならないとダメなことを知った。「そろそろいいんじゃない? 歌ってみようよ」ぼくがねだると道楽さんは歌ってくれた。「良い歌だね。ぼくも覚えたいから少しずつ歌って」二人して木々に囲まれた土の道を歩きながら歌うのは気分がよい。そうこうしているうちに最初の目的地、大中寺に到着した。約850年前にできたこの寺は上杉、北条の両氏がここで和を結んだこと、徳川家康の信任を受けていたこと、江戸末期まで曹洞宗寺院の筆頭だったことなど歴史がある。「こういう建物を見ていると気分が落ち着くな」と道楽さんがポツリと言った。それよりもぼくは山門から下の道に続く階段の両端に咲いているアジサイが気に入った。「あじさいは小雨の時の方がきれいだな」と道楽さんは言ったけどそんな日は足がすべりやすくて危ないじゃないかと思う。「では大平山に行くか」と道楽さんは看板の地図を見て「さっきの道を戻って左に行けばいいな」と言った。「同じ道を戻るのはつまらないよ。この道を上に行っても行けるじゃないか」と主張すると「それでもいいけど道が急なんじゃないか」「大丈夫。行こう」ぼくが先に立って歩くと道楽さんもついてきた。最初は問題なかったけど途中から道は急になりしかも足下は濡れていて石や木の根っこがあって歩きにくい。時々、下りる人と行き会ったがみんな杖を持っている。「甘かった」と思ったけど今さら戻れない。いつのまにか道はなくなり斜面を登るような感じになった。ぼくは不安になり道楽さんが来るのを待って先を歩いてもらうことにした。「もしかして遭難?」という考えが起きたとき、人の話し声が上から聞こえた。ほどなく、ぐみの木峠と書かれた道しるべのあるハイキングコースにたどりついた。道楽さんはタオルを出して汗を拭きながら「次回は、山登りの格好で来よう」と呑気に言った。「また来るつもり?」「そうだけど何かある?」「なんでもないよ」ぼくの気持ちとは違うようだ。ここからハイキングコースを歩いていくと謙信平という所に出た。ここからの眺めはとてもきれいで気に入った。さっきの不安な気持ちはいっぺんに吹き飛んだ。景色に見とれていると道楽さんが「お昼にしよう」と促した。食堂が何件か有り一通り外から眺めた道楽さんは「ここにしよう」と店に入った。メニューを見るとそばが売り物らしく他に焼き鳥や卵焼き、更に冷酒もある。道楽さんの目が輝くのを見逃さず「酒はやめとけ。まだ歩くんだろ。足ひねって捻挫するぞ」と忠告した。「わかった。三合打ちのもりそばにしよう」「卵焼きや焼き鳥はいいの?」「飲みたくなるからやめておこう」近くの席で卵焼きと焼き鳥でビールを飲んでいるグループをちらっと見て残念そうに言った。可哀想な気がしたけどここは心を鬼にしなければいけない。運ばれたそばは香りがよくおいしそうだった。「おいしいな。ここにして正解だ」そこへ酔った年輩の男性がやってきて「そこの店で食べたけど、卵焼きも焼き鳥もそばもまずかった。次回はこっちに来るよ」と言うとすぐに出ていった。なんだかおかしくなった。この店はそばを盛ってあるザルを持ち帰れるよう袋がついているけど「荷物は増やしたくない。歩きだからね」との理由で置いてきた。「もうしばらく景色を楽しもう」と見晴台に行きベンチに座った。手紙にあった「きれいな所」というのはここのことだろう。ぼくはそう思った。そして覚えたばかりの『雲よ、風よ 空よ』を空へ向かって歌った。
 15分ぐらい休むとあじさい坂の階段を降りた。地元の中学生が観光ボランティアとしてパンフレットを配っていた。それによると階段は千段以上あるそうだ。両脇にいろんな種類のあじさいが咲いていて確かにきれいだ。所々足を止めて観察しながら降りていくと観光案内所があった。栃木市までの道を聞くと目の前の道路をまっすぐ行けばいいことがわかった。歩き出すと國學院高校があり路線バスが30分毎に出ていることがわかった。「歩けるところまで歩いてみようか」と30分ぐらい歩いた栃木商業高校前のバス停で降参。強い日差しの舗装道路を歩いてもくたびれるだけだ。しばらく待ってバスに乗車。栃木市の中心街でバスを降り「金魚湯」という名の銭湯で一浴びしてすっきりした。名前の通り風呂場に水槽があり金魚が泳ぐのを見ることができる。脱衣所で汗が引くのを待ち、着替えをした道楽さんと表通りへ行くと酒屋があった。「君、缶ビール1本飲みたいんだけど」道楽さんが遠慮がちに言った。「いいよ、それぐらいなら」時間は4時過ぎ。合唱団の練習が始まる6時には充分時間があるので醒めるだろう。通りに置いてあるベンチに座りビールを飲む道楽さんはうれしそうだ。ぼくも冷えた缶に手をあてて感触を楽しんだ。涼しい風が吹いてきて通行する人々を眺めながらの一時は気分転換になった。

 
    歴史ある大中寺             昼食のそば                   あじさい坂のあじさい
 
     
本科も研究科も男同士ならではの楽しい雰囲気
  6時過ぎに文化会館に到着。練習場所が第2練習室であることを確認しそちらへ向かおうとすると神永先生とお会いしたのでご挨拶。練習室にはピアノの臼井先生と本科4名(ソプラノ1名、アルト3名)の子どもたちが待っていた。この日は4名だけの練習だった。「発声つまらない」と言うR君に対し「運動と同じで準備運動が大切だ。朝起きていきなり50M走れないだろう」と神永先生が答える。出席を確認すると「新しい楽譜を配ります」とディズニーの『3匹の子豚』の楽譜が配られた。ソプラノのT君に「一人で歌うところがあるので覚悟してください」と一言。アルトのK君には『星に願いを』でデュエットがあることを伝え「鍛えるからね」と予告。「では、Rのきらいな発声練習からいきます」と神永先生が言うと「名前はつけなくていいよ」とR君が反発。最初は「ド」の音を「ンナンナンナ」と発声する。終わると一人一人の声の状態を見る。神永先生は「よく出てる」「もう少し口あけて」などとアドバイス。先生自身が口をあけた場合とそうでない場合を発声し違いを説明する。これが終わると半音ずつ音をあげながら「ンナンナンナ」の発声を続ける。ソプラノの6年生T君が高い「ド」の音がかすれると「ラからやってみよう」と指示。「力抜いて」「のどに力が入ってる」とのアドバイスにもかかわらず「ド」がかすれてしまう。「かすれそうな時は体の中から『ナ』と出そう。そうすればもっと出るよ。もう一度ラからやってみよう」それでも『ド』がうまく出ない。T君は変声期か緊張かどちらかはわからない。自分にも経験あるが音が出ないと気になり知らず知らず力が入ってますます出なくなることがある。一方アルトの3名(6年生1名、4年生2名)は力のある安定した声だ。先生の指示通りに歌い1回でOKをもらうようになった4年生は伸び盛りなのだろう。「調整がうまい。空気と声を混ぜる。全部を声にしないように」アドバイスを受けながら発声を続けるうち「声は出るようになった」と神永先生。ここから『おおかみなんかこわくない』の練習に入る。先ずは歌詞を一人ずつ順番に読んでいく。「さあ、バイオリン弾いて楽しく」を一斉に言葉をリズム通りに出すよう指示がある。この後も歌詞をリズム通りに言葉を出しながら進めていく。「わらのおうちがあ できあがり」「ぼくのおうちはあ 木でできている」リズム通りに元気に続くが「ホニャホニャとなってる。リズム通りに話す」と注意が飛ぶ。最後までいくとメロディをつけての練習だ。「上のミ一ヶ所がきつい」とポイントを説明し、譜面を置くように指示が出る。「なんで?」の声に「声が出ないから」と当たり前の答えが返る。「声が出ない」と言うT君に「力、抜いて」と励ましつつ「おおかみなんかこわくない。(中略)こわくない」と神永先生も一緒に歌って音を教えている。高音が続く部分がありT君は苦しそうだが最後まで歌いOKをもらった。[だんだんアルトになってきたね]と先生に言われたT君は「ぼく、アルトになるのかな」とポツリともらした。それを聞いたアルトのD君が「アルトだってむずいんだ。ソプラノはただ高い声を出すだけだろ」と強い口調で言った。きつい言葉だが本人はアルトのプライドを損なわれた思いなのだろう。「もう1度、最初から」と始まった2度目の合唱は最後まですんなり歌えた。ここで休憩。二人が床にカードを並べてゲームを始めた。神永先生が「どういうゲーム?」と聞くと説明してくれるが内容はわからない。おじさんたちには理解不可能という結論になった。
 15分後に再開。今度は『お誕生日じゃない日の歌』(アリスより)だ。D君が明日10歳の誕生日を迎えることがわかった。D君はエネルギーがたくさんありそうで何事も力強く進みそうなタイプだ。
 練習は前半同様歌詞をリズム通りに話すことから始まった。「合唱団だけで、先生が机をたたいているんだからリズムにのせて」と注意が飛ぶ。休憩後で集中力が途切れているらしい。続いてメロディをつけて歌ってみるが難しそうだ。「最初、難しそうだけど勢いでいけば音は取れるよ。かけ声になってもいいからね」ということで再度歌う。「子どもたち以外は起きてるけど」と集中力がなくなっていることを指摘し一人ずつ歌うことになった。心配そうな顔で歌うR君に「普通の顔で」と声がかかった。「これが普通の顔だよ」と言うR君に臼井先生が「ほら、心配そうになってる」と笑う。「笑ったままでいいんだよ」神永先生に言われたR君は笑顔を出して歌った。一番気持ちを集中させる音を確認し練習は続く。「ボーリングの玉が山を登ったり降りたりするイメージで歌う。平坦だと登れないよ」このアドバイスで声が出始めたからイメージをつけることは大切だ。「ドの音が苦しそうだね」「K、一番出てるよ」「途中で息してもいいから(息を吸う部分を教えた上で)」「チェンジボイスしない」などなど褒め言葉と注意が飛ぶ。「最初から最後までいこう」と話す神永先生に「それで今日は、終わり?」と質問が出たが「この曲は最後という意味」と答えが返る。3曲目は『メリーポピンズ』の不思議な言葉を覚えたらという曲だ。「スーパーカリフラジリスティエスピーアリドーシャス」「アンディリデイソアンディリー」続けていくと「しゃべるより歌っている方が苦しくないね」と神永先生。確かに言えることだ。というわけでメロディーをつけての練習が始まる。「なんで最初は強くなるんだ」先生の質問に「もうすぐ終わりだから」と返事がある。「まだやるよ」と2番、3番へ入る。伸ばす言葉とそうでない言葉など確認し、通しで合唱して終了。4名にもかかわらず充実した練習ができた。
 本科が帰ると研究科の練習だ。最初にやってきたのは中学2年のI君。その後、しばらく誰も来ないので「今日は一人?」と心配するうち続々とメンバーが集まってきた。本日は6名(欠席2名)での練習だ。今シーズンのテーマは世界の歌だそうで一人一人にスペイン、日本、イタリア、ロシア、フランスなどの歌がふられている。スペインは『闘牛士の歌』、日本は『荒城の月』、イタリアは『フニクリフニクラ』、ロシアは『カチューシャ』『トロイカ』、イギリスは『ロンドンデリーの歌』、『レット イット ビー』 メキシコは『ピーナツ売り』などという予定だそうだ。ロシアの曲を歌う団員に「コサックダンスを教えよう」の声がかかり楽しい演出が期待できそうだ。『フニクリフニクラ』について神永先生から「ファは出るね。ソはどうかな?」と聞かれたI君は「ソはわかりません」と答えた。ソは2箇所あるそうで挑戦のし甲斐がありそうだ。「2番はイタリア語でね」「えー、英語だってできないのに」「カタカナふってあるよ」「日本語できてもカタカナ出来ない」とのやり取りに笑いが起こる。いつ来ても男同士和気あいあいなこの合唱団の雰囲気は楽しい。「きょうは闘牛士の歌をやるよ」とのことで楽譜が出てきた。カルメンの中にある有名な曲だがかなり歯ごたえがある。そこへもってきて訳詞が古いので歌いにくそうだ。いっそ原語で歌った方が楽かもしれないと部外者は勝手に思った。歌うのは体格がよく、声量のある高3のY君で舞台映えがしそうだ。この歌はパートに別れる部分がありそれぞれのパートが確認された。「よかった。上で」と話すI君に「うるさい」とY君が笑って答えた。この後、楽譜を軽くさらう感じで練習終了。本格的な練習はこれからで今シーズンも楽しみだ。終了後、保護者の方々と話す。今シーズンの定期演奏会は本科がディズニーメドレー、研究科が世界の歌だそうで練習を続けていくそうだ。秋の市民合唱祭などの出演もあるだろうから今回も成長のプロセスが確かめられそうだ。見学のお礼を述べ会場を後にした。

      栃木ショック
 栃木駅から乗車した準急は思ったより早く北千住駅に到着した。「途中の時間調整も特急の追い抜きもなかったからね。それにしても大平山は行ってよかった。もっと早く行くべきだった」道楽さんは言った。「あんたが少年合唱団を聴くようになったきっかけは栃木少年合唱団の影響のような気がする。ビクター少年合唱隊には手紙なんかださなかったんだろ。手紙を出した栃木の方が大きな感動だったんじゃないか」「そうかなあ。言われてみればそうかもしれない」「あんたはウィーンショックでなく栃木ショックだ。栃木少年合唱団との出会いは大きかったんだ」ぼくは感じたままを話した。道楽さんは考え込むような顔をした。


練習を見学し合唱祭へ来ることを決意
                 
栃木少年合唱団の練習
                       2005年10月1日(土)

  残暑がぶりかえした10月1日(土)の4時半過ぎに栃木駅到着。自宅を出てから約2時間20分で普段より短い所要時間だ。今回は停車駅の少ない快速電車の時刻を調べておいたので効率がよかった。これなら宝塚より近い。メインストリートをホテルに向かって歩いていると運動会帰りらしい小学生5名ぐらいに出会った。これを見て悪い予感がした。今日の栃木少年合唱団の練習に団員が揃うだろうか。そんな予感だ。ホテルにチェックインしてシャワーを浴び練習場所である栃木市文化会館へ着くと練習開始にはまだ時間があった。その時間を利用してイベントのチラシやポスターを見て過ごす。栃木市民合唱祭が10月23日(日)に行われることを知ったが今回は宝塚のだんじりを見ようと考えているのでパスすることになるだろう。6時をまわった頃、マメさんを見かけたのでご挨拶。練習場所である練習室2へ案内してくださった。部屋にいる本科のメンバーは4名。やはり運動会の疲れで休む子がいた。運動会で声が疲れているにもかかわらず3年生と2年生のK君兄弟が参加していたのは立派だ。この2人がソプラノ。アルトは6年生のT君と4年生のR君でこちらは元気。始まりの挨拶の後、10月23日の合唱祭で何を歌うかを神永先生が質問すると答えが曖昧だ。正解は『スパカリ』(メリーポピンズより)と『チムチムチェリー』の2曲。この2曲は本科だけで歌うそうだ。他に研究科と合同で『ヘンゼルとグレーテル』と『魔笛』の一部を合唱すると説明がある。少年合唱団の出演はトップ。2番目は栃木少女合唱団だそうだ。本科だけで歌う曲を「暗記した」と質問する神永先生に「一応」「と思うけど」と心許ない答えが返った。「暗記しているかどうか最初にやります」と『スパカリ』をメロディイをつけずリズムをつけて歌詞だけを言う練習だ。神永先生の机を叩くリズムに合わせて「スパカリフラジ…」とおまじないの言葉が始まった。曲を聴いている分には楽しいが言葉だけ聞いていると不気味な感じだ。それを感じたらしいR君が「なんかの儀式みたいだ」と一言。続けるうち「ちょっとあやしいな。もう一度最初から」神永先生がやり直しを指示。今度は最後までうまくいった。「わからない言葉ある?」先生の質問に「あるよ。おまじないの言葉」と返答がある。「それはわからなくていいよ。(世界の)すみずみってわかる?」これはすぐ正解が出た。「ほめたたえるは?」これは「わからない」 「ほめる」と「たたえる」を分けると意味は通じた。「おしおきは?」これに対し「小さい頃、障子を破ったらお父さんに外へ出された」という経験談が出た。「そう。ただ怒られるのとは違うね」「ぼくはお父さんの2階の仕事場に閉じこめられたけど窓から脱出した」話がどんどん発展しそうになる前に「では歌ってみよう」と先生が指示。この曲は最初のおまじないの言葉に続き「おまじないの言葉を覚えたらお仕置きでつねられても痛くなくなった」という意味の歌詞がある。「やってみよう」とR君が自分のほっぺたをつねりながら歌い「やっぱり痛いよ」と真面目に言うのがおかしい。先生から「最初の『どんな時でも』『のぞみをかなえて』の部分が弱くなっている。最初の言葉をはっきり大切に歌おう」とアドバイスがある。更に「世界の『せ』は言い辛いし聞き取りにくいから」と「せ」を意識して「世界」を一人ずつ声に出させて確認する。この練習をしているときソプラノパートの子が一人遅れて入ってきた。新人のようだ。続いて「話せばみんなほめたたえる」の部分で「ほ」が弱く「め」が強いから「めたたえる」に聞こえる。「な」と「ほ」の間を区切ろう。「い」を言うとき舌の位置はどこ?「た」は上の歯の根っこにつけて蹴飛ばすからはっきりする。だから「いたずら」の部分は「たずら」に聞こえる。「い」をはっきり言おうときめ細かいアドバイスがある。この部分を一人ずつ歌って確認し最初から通しで合唱。「OK。全部何を言ってるかわかるよ」と褒め言葉が出た。一息ついて「発声練習やります。『ソ』の音で『なー』最初は湯気みたいに上にあがって消えていく感じ」という指示でで発声。「一度落ちてから上がるのはなし」難しいものだ。続いて「ソ」「ラ」と上げながら「ンナー」を「全員同じ長さだけ伸ばす」練習だ。「こういう体験ない? 目をあけてる時、フラッシュを焚かれると目に白いものが残るよね。同じように声を出し終えても残す。そうすると次の音へすぐ行ける」とイメージを作り「個人レッスンのつもりでいこう。『ソ』で『ンナー』を残す感じで」と発声練習。全員真剣だ。次はソプラノは音階を上げながら、アルトは下げながら発声が続く。終わると休憩。「7時5分に始めます」という先生の言葉に「それだけ?」と不満そうな声が聞こえた。「10分間もあるよ」と先生。練習室にはアップライトピアノの他にカバーをかぶせた小型のグラウンドピアノという感じの楽器が置いてある。これにT君が触れると「何百万の楽器だから触らないように」と先生が注意。フォルテピアノという楽器だそうで音はチェンバロに似ている。いかにも手作りという感じの鍵盤に興味をそそられた。そのT君、今度はお腹に力を入れて下級生に「たたいてごらん」と一言。こぶしが一発はいると「耐えられない」とイスに座り込む。「そりゃ痛いよ。3年生だって力はあるんだから」と先生。男の子はやることがおもしろいといつもながら思う。      
  休憩が終わると『チムチムテェリー』だ。「頭を真っ白にして『チムチムテェリー』と書いてください」しばらく間をおいて歌詞を先生のリズムに合わせて発声する。最後までいくと「暗記、OK。ソプラノだけでやってみよう」運動会の疲れが残るソプラノに対しアルトはしっかり音が取れている。6月はソプラノを歌っていたT君は落ち着いた声になっているしR君は安定感が増した。きょうは二人が合唱を支えている。「『町一番の果報者』に続く『みなさん聞いてくださいね』の部分をあまり待たないように」「下のパートは同じ音が続く。それが気になると音を優先させ結果としてお経を読む感じになる。区切ってみよう」などの指摘がある。アルトだけで「わたしは えんとつ そうじやさん」と区切りをつけるとぐっとよくなった。ここでソプラノとアルトで最初から歌う。終わってアルトだけで音をチェックしていると「あっ、あがるの忘れてた」とR君。「思い出したところでもう一度」と前奏を入れて通しで歌う。終わると「ちょっとソプラノに入ってしまった」とR君。「気がついたのは偉いね」と話す先生にR君は楽譜を出して「ここの所」と指さした。
  「研究科を呼んできて」と言われたR君が外へ出ていくと4名が入ってきた。時刻は7:30。いつもより30分早いのは本科との合同練習のためだ。この時期は部活の新人戦があるそうでメンバーが揃わないとのことだ。ただ暗い雰囲気はなくいつも通りなのは頼もしい。合同練習の曲はモーツアルトの『魔笛』から『お導きします』。フンパーディングの『ヘンゼルとグレーテル』から『眠りの精』の部分だ。最初は『魔笛』。3人の侍女(ソプラノ、メゾソプラノ、アルト)と王子タミーノと鳥刺しパパゲーノ(テノール、バリトン)のやり取りを女声が本科、男声を研究科が歌う。「メロディつられてるよ」という指摘があるもののおおよその音は入っている。何度か繰り返しながら練習し舞台での動き方を確認する。続いての『ヘンゼルとグレーテル』は眠りの精の登場から14人の天使が合唱する前半のフィナーレの部分だ。観客に後半への期待をもたせなければいけない難しい部分だが、少ない人数にもかかわらず心地よい響きがある。「二人は、(ヘンゼルとグレーテルの)頭に、二人は右に、二人は左に…」と14人の天使が分かれていく部分の歌詞を楽譜で見ていた高校生のY君が「わかった。名詞の後は『は』、動詞の後は『が』だ」と言うと中学生が「そうか」とうなずく。この会話に小学生は?マーク。こういう風景を見ると小学生と中高生の違いがはっきりする。「あっ、だめだ。違う所もある」と話すY君。歌詞を覚えるにはもう少し時間がかかりそうだ。再度通し練習をすると8時5分。本科はここで終了。「眠りの粒を二粒、目に入れると」という歌詞に「三粒入るとどうなるの?」とR君が反応したが無視された。それを聞いた薫が「おもしろい。ぼく、あの子が好きになりそう」と言うので「落語が好きなんだろう。おもしろい答えを考えてあげなさい」と言っておく。
  本科が帰ると中2のK君が吹奏楽部の舞台発表で打楽器を何種類か担当し舞台を忙しく動きまわっていたことが話題になった。「動いていると曲のテンポがわからなくので難しいよ」と神永先生が話した。これがきっかけでオーケストラのコントラバスがチェロが共鳴していい音になること。合唱も違う声が共鳴しあってきれいになるなどと神永先生のレクチャーがあった。自分もピアノの臼井先生も団員も熱心に耳を傾けた。こういう話を理解するのはある程度のレベルにならないと無理だろう。良い雰囲気になったところで練習開始。先ずは『ヘンゼルとグレーテル』だ。中学1年のO君がソプラノからハイテノールに変わりつつある。「最初がきつくなってきたね。Kと同じ声になったね」と神永先生。変声期を乗り切れば新しい道が開けるだろう。続いてK君が楽譜を持って立ち上がると隣のY君が黙って楽譜を取り上げイスの上に置いた。それをK君が再び取るとY君は「せこいな」と笑う。このあたりの呼吸はピッタリだ。「高音はOの方が楽そうだ。二人一緒で大丈夫だね。勇気をもって喉を開こう」と練習を続けると声が前に出始めた。O君に対し「声をフルに出そうとすると声がオーバーフローになる。クーラーのダクトみたいな感じで太い声で歌う。そうすればKと共鳴しあう」とアドバイスがある。この二人が上のパートを歌うそうだ。次は下のパートのY君とS君の番だ。「息を鼻に抜かないよ」の注意を受けたが一度でOKが出た。続いて4名一緒に合唱となる。上のパートに「子どもの『も』を一度引っ込めて次に備える」などのアドバイスをだしながら楽譜にそって少しずつ進んでいく。「取りあえず終了」となり『ダニーボーイ』の練習に入る。歌詞を口に出し暗記を確認すると伴奏を入れての練習だ。「最後、余裕ある? 青息吐息で終わりたくないな」という先生の注文に対し楽譜を見て「ブレスの位置を確認したら余裕でました」と返ってくるのはさすがだ。研究科は先生のアドバイスを自分たちで考え工夫できるのだ。最後は『ラクカラーチャ』「まだ覚えてない」ということで楽譜を見ながら歌う。「言葉ははっきり歌えてるけど出だしが低いので少しはっきりしない」「日本語の歌詞は『い』を意識」「原語はベランメエ調で巻き舌の感じ。最後のピアノのバーンといっしょにRを巻き舌でやろう」というところでタイムアップ。今日の練習を見学し予定になかった23日の合唱祭に来ようと決めた。そう思わせる充実した練習だった。昨年同様、前日の土曜日は宝塚と広島訪問。日曜日は午前中移動で午後が栃木となるだろう。見学のお礼を述べて会場を後にした。

  「久しぶりに例のそば屋に行って鹿沼の地酒を飲もう」と言うと薫が「それよりホテルのレストランのサービス券があるだろ。それを使おうよ」と言った。「あんた、ホテルの部屋番号を忘れないようサービス券にメモしてたじゃないか」と言うので上着のジャケットを探すと出てきた。飲み物一杯分の無料券と食事1割引の券だ。「ラストオーダーぎりぎりだ。急ごう」と薫に急かされてフロントに着き食事が取れるかどうか聞くとOKが出た。ラストオーダーが迫っているので、メニューを眺め迷わずに生ビールと栃木の冷酒、白身魚とネギ焼き定食を注文。無料券と割引券のおかげで2000円でお釣りが出た。料理は質、量とも充実していて酒が進みそうだったが薫からストップがかかった。この週はタイガースの優勝で飲み過ぎモードだったから仕方がない。閉店時間になったが追い立てをされることなくゆっくりと食事を楽しめた。
  翌日の日曜日、大平山を散策しブドウ狩りを楽しんで帰京した。栃木も歴史ある町なのでいろいろな発見がありそうだ。

     

     東武の快速列車       ブドウ


意欲を感じるプログラム 栃木少年合唱団
   
第21回栃木市合唱祭     2005年10月23日(日)

 広島バスセンターを6時10分発のバスに乗って空港へ向かった。まわりはまだ真っ暗で道楽さんは睡眠不足を補うように眠っていた。日曜日の早朝にもかかわらず空席はない。窓の外は少しずつ明るくなっていき空港に着いた時は夜が明けていた。「着いたよ」と道楽さんを起こしてターミナルビルに入りチェックイン。「朝ご飯にしよう」と道楽さんは和食の店に入り朝食を注文した。7時台に出発する東京便はJAL、ANAともに満席なので早めに手荷物検査を受けて待合室に入るよう繰り返しアナウンスが入る。「そんなに慌てなくても平気さ」と道楽さんは窓の外に駐機している飛行機を見ながら言った。人が多いのにこの店で食事をしているのは、ぼくたちを入れて3組だけだ。羽田空港ならこの時間はどこの食堂も賑わっているのにと不思議になった。食べ終わる頃、「サービスです」とウエイターがホットコーヒーを持ってきてくれた。「日曜日の朝早くから何しに行くんだろう」とコーヒーをすする道楽さんに「あんただってその一人だろう」と言ってやった。昨日は始発便に乗り伊丹経由で宝塚に入りだんじりを見学、午後の新幹線で広島へ行き広島少年合唱隊の定期演奏会を鑑賞して宿泊。そして今日は栃木に行き市民合唱祭に出演する栃木少年合唱団を聴くことになっている。こんな旅をしているのは日本中で道楽さんだけだろう。そしてその旅に同行する変わり者はぼくだけだと気が付いた。「飲み過ぎてダウンさせないように」と付いてきたけれどその心配はなさそうだ。普段はぼくが背中を押すことが多いけれど今回は過密スケジュールのせいで動きが早く、何度も急かされた。それに昨日は過密スケジュールを楽しんでいるように見えた。「別に過密じゃないさ。お茶飲んだり食事する時間があるんだから。JR乗りつぶしを目指していた頃に比べれば楽なもんだよ」その頃、どんな旅をしていたのか聞いてみて「ぼくも行くからもう一度やろうよ」と言ったら「そんな元気も時間もないな」と道楽さんは笑いながら答えた。
 飛行機は7時50分に出発。羽田空港到着が9時15分。モノレールで駅を出発したのが9時37分。浜松町からJRと地下鉄を乗り継いで浅草へ着くと10時34分発の新栃木行き準急が発車するところだったので乗り、栃木到着が12時22分。ぼくは所用時間を計算してみた。広島バスセンターから羽田空港までが3時間5分。モノレールの駅から栃木駅までが2時間45分。その差は約20分。あまり変わりはないわけだ。「これがあんたの言う旅のおもしろさなの?」と聞くと「わかってきたね」と道楽さんは笑った。この先は道楽さんにバトンタッチします。
  天気が良いので栃木文化会館までは気分良く歩けた。入り口で13時30分開演を確認するとロビーに少年合唱団のメンバーが歩いているのを見つけた。目で追うとマメさんがいらしたのでご挨拶し、持参した新潟少年合唱団定期演奏会のチラシを渡した。手に取ったマメさんが「新潟のホームページに載っていたのと同じですね」と言うので「えっ?」と聞き返すと「新潟少年合唱団のホームページができたんですよ」と教えてくれた。これは楽しみにしていたので「家に帰ったら開いてみます」と答えた。その場を離れ公衆電話を使っていると通りがかったピアノの臼井先生が声をかけてくださった。第2部で女声合唱団を指揮するそうで「聴こう」と決めた。2階の喫茶室へ行き一番早く出来て味に当たりはずれの少ないカレーライスを注文。早々に食べて客席に座った。

  栃木少年合唱団はトップで登場。本日の曲目は『スーパーカリフラジリステックエクスピリアリドーシャス』 『チム・チム・チェリー』(以上メリーポピンズより) 『ロンドンデリー・エアー』(アイルランド民謡) 『車にゆられて』(メキシコ民謡) 『4重唱』(「魔笛」より) 『眠りの妖精〜14人の天使』(オペラ「ヘンゼルとグレーテル」より)の5曲。ミュージカル、民謡、オペラの曲でバラエティに富んでいて意気込みを感じる。練習を見学した様子をレポートしてあるので興味ある方は再読していただくとして、その時に感じたひたむきさのために強行スケジュールでここに来たのだ。先ずは本科9名が「メリーポピンズ」の2曲を歌った。最初の『スパカリ…』は速いテンポで元気な合唱。次の『チム・チム・チェリー』は一転してゆっくりとした合唱だ。前者は歌詞がしっかり聴き取れ男の子らしい元気さが表現できた。後者はきれいに歌えているが心に響いてこない。この曲は正確に歌うだけでなくプラスアルファがないと観客に訴えるのは難しい。昔、自分もこの曲を合唱したことがある。聴いているとそうでもないが、歌いにくい歌だった。高音があるのと女声との調和がやっかいだったことを覚えている。練習で苦労した割には本番で受けなかったことを思い出した。歌い終わると研究科5名が登場して『ロンドンデリー・エアー』と『車にゆられて』を合唱。少ない人数でもしっかりした声で歌えるのはさすがだ。よく耳にする曲を中高生独特の声で聴くのも新鮮でよい。特に前者はゆったりしたテンポを利用して声をしっかり出していた。後者は、早いテンポの曲でこのタイプの歌は得意そうだ。2曲とも日本語の詩と原語の両方が聴けた。次の「魔笛」からの『4重唱』は夜の女王に仕える3人の侍女(ソプラノ、メゾソプラノ、アルト)が、囚われの身になっている女王の娘を救いに行くタミーノ(テノール)とパパゲーノ(バリトン)を道案内するため「3人少年が導いてくれます」と歌いそれに対して男声2名が「それでは行きます」とやり取りする場面だ。女声のパートを本科が、男声のパートを研究科が歌う。来年はモーツアルトの生誕260年なので取り組んでいるらしくその意欲が評価できる。次の『眠りの妖精〜14人の天使』は眠りの精のパート(オペラではソプラノが歌う)を研究科が歌い、続く合唱の部分を本科が歌う。練習の時に怪しかった歌詞はしっかり聴き取れた。オペラのシーンを観客がイメージできるといいのだがそれにはもう少し時間が必要だ。全体的に見て練習の時に感じたひたむきさはあまり感じられなかった。トップ出演で固さがあったこと、久しぶりのステージというあたりに原因がありそうだ。昨年も今の時点では似たような感じだった。それが練習を重ねていくことで春の定期演奏会は成果を出したのだからこれからを期待しよう。この後、栃木少女合唱団など4団体と全体合唱『小さな世界』があり休憩。前半では4名のグループが歌う『アメイジング・グレイス』がよかった。
  休憩でロビーに出ると団長から「子どもたちに一言をお願いします」と頼まれ、控え室へ案内された。少年合唱団はこれで解散だそうだ。少年たちは朝から練習してくたびれているだろう(気分がすぐれない子もいた)からと「練習を重ねて4月の定期演奏会のような、すてきな合唱を聴かせてください」という旨を手短に話した。
  この後、後半2番目に出演する臼井先生指揮の女声合唱団を聴いて帰ることにした。『白いうた青いうた』からの3曲で颯爽とした指揮に合わせ合唱団は気持ちよさそうに歌っていた。ロビーに出ると団長から喫茶室に誘われたのでコーヒーを飲みながら歓談した。ご子息も昔、少年合唱団で活動していた、入ることに積極的ではなかったが今では「入っていてよかった」と話しているそうだ。

  栃木駅で電車の時刻表を見て余裕があることがわかったので近くの商店街を歩いてみた。そろそろ夕暮れで商店に並んでいる野菜や果物を見て夕食のことを考えた。古びた豆腐屋に置いてある豆腐を見ていたらなぜか旅を続けたくなった。そのことを薫に話すと「仕事があるだろう。帰らなきゃだめだ。それにしてもなんで豆腐を見て旅が続けたくなるんだ? 不思議な人だな」と呆れられた。理由の説明は自分にもできない。こんな考えが起きるのも旅という非日常の世界にいるからだろう。「仕方ない。帰るとしよう」と日常の世界へ戻るため、浅草行きの電車に乗車した。


新しい息吹を感じた栃木少年合唱団  
                            2005年12月3日(土)


 栃木県少年少女合唱連盟の合同演奏会を聴きに栃木市文化会館を訪れた。到着したのは開演時間の1時を少しまわった頃で客席に入ると舞台中央の演台で栃木少年合唱団の団長が挨拶しているところだった。舞台には市長をはじめ、各合唱団の代表がパイプイスに座っており重々しい雰囲気だ。一通りの挨拶が終わると全員起立して『県民の歌』を斉唱する。演奏会というより儀式という感じでこれも土地柄なのだろう。朗々と歌う人がかなりいるのは合唱団関係ならではだ。終了し舞台が片付けられると演奏会の始まりだ。いつものように当日のプログラムを紹介しよう。
1.小山児童合唱団(77名)
 いま生きるこどもマーチ  三つの汽車のうた 
 「鮎の歌」より 猪ものがたり 鮎の歌
2.上三川少年少女合唱団(30名)
 「少年少女の合唱のための組曲 ライオンの子守歌」
 マリンブルーの空の下で トムソンガゼルの祈り ライオンの子守歌
 ジャンボー マサイの少年 老獣の詩
3.宇都宮少年少女合唱団(37名)
 合唱組曲「くいしんぼうのララバイ」
 くいしんぼうのブギ あなたがいるだけで はじめてのできごと 
 風に色がついてたら むかしアブラハムは
4.足利少年少女合唱団(58名)
 組曲「光のとおりみち」より
 小鳥の旅 えびがはねたよ 雪の窓辺で
5.氏家少年少女合唱団(29名)
 ハーモニー 時をください 青い竜 見えない翼
6.今市少年少女合唱団(40名)
 今市少年少女合唱団の歌 太陽の子 トントンミーの歌 今市っていいな
 歌劇「魔笛」より
7.那須野が原少年少女合唱団(31名)
 緑の森よ おおひばり 鳩のように飛べたなら
8栃木少女合唱団(19名)
 ひろい世界へ ます 
 ミュージカル「不思議なプレゼント」より 明日はクリスマス 小さい頃は信じてた
 Smile Again
9栃木少年合唱団(17名)
 チムチムチェリー スーパーカーリーフラジリスティックエクスピアリドーシャス
 ロンドンデリーエアー 車にゆられれて 「魔笛」より お導きします
 「ヘンゼルとグレーテル』より眠りの精〜十四人の天使〜エンディング
10.合同演奏
 ジュピター  Oh Happy Day

 このレポートは栃木少年合唱団に絞って書くが他に気付いたことも簡単に触れておこう。どこの合唱団も一定レベルに達しており、制服もセンスがよい。ただ鑑賞態度が悪い団体がいくつか目についたのは残念だ。極めつけは某団体の年輩の指導者が座席で足を組み、携帯電話を目線に掲げ、演奏中もほとんど開きっぱなしにして操作をしていたことだ。こういうのを見ると指導されている子どもたちが気の毒でならない。この手のことを書き続けると不愉快になるので本題に入ろう。その前にパンフレットに掲載されている栃木少年合唱団のプロフィールを一部抜粋して紹介しよう。「県内では唯一、少年だけの合唱団として団員17名(研究科含む)が毎週土曜日の夕方から練習しています。一昨年より中学1年生から高校3年生までの男子生徒を対象とした研究科を新設。それによりボーイソプラノの透明感に若々しい声が加わり、縦にも横にも深みのある歌声を聞いていただくことが可能になりました。きょうはみなさんに栃木少年合唱団の新しい息吹を感じていただきたいと思います」
 どこの合唱団も始める前にメンバーの代表がスピーチを行う。栃木少年合唱団は本科2名がマイクの前に立ち「人数は少ないけれど時にはきびしく、時にはやさしく指導してくださる先生方や仲間たちと楽しく練習しています。ぼくたちのやさしくあたたかい歌を聴いてください」という旨のスピーチを行った。本科10名による最初の『チムチムチェリー』は前回の市合唱祭に比べ気持ちが入ってきたように思えた。でこぼこがなく心地よく聴けたからだ。次の『スーパーカーリーフラジリスティックエクスピアリドーシャス』はすっかりレパートリーとして定着した。この手の元気の良い曲は少年たちの得意とするところだ。終わると研究科7名が登場して『車にゆられれて』、『おお、シャンゼリゼ』(プログラムと違うけれど)を歌う。いつも感じるが研究科は少ない人数にもかかわらず存在感のある声を聴かせてくれる。『おお、シャンゼリゼ』は途中手拍子が入る。一般の客だと反応は少ないが合唱団のメンバーが大半の客席はすぐに反応して手拍子が起きた。こういう状況だと声もでやすくなるだろう。研究科の前に座っている本科のメンバーも手拍子をしているが義務的にやっている子、いっしょに楽しんでいる表情の子、手を左右に振っている子など様々でまさに十人十色だ。個性がはっきりしている男の子ならではで見ている自分も楽しくなる。終わると本科、研究科合同でオペラの曲となる。圧巻は『ヘンゼルとグレーテル』のエンディングだった。オペラだとこの場面は魔法を解かれた子どもたちが歓声をあげて飛び出してくるところから始まる。本科が「わー」と大きな声を出すのを聴きオペラのその場面が一瞬はっきり見えた。楽しく歌い神様への祈りとなる場面を17名の人数でやり遂げたのはおおいに評価したい。パンフレットに紹介されていた新しい息吹も感じた。このオペラを定期演奏会で歌と台詞で構成し「オペレッタとして発表したらどうですか」と進言したくなった。
 全部のプログラムが終了し、順番に帰っていく他の合唱団を会場出口で少女合唱団と一緒に見送る少年たちは輝いているように見えた。「来月はボーイズ コーラス フェスティバル。がんばれよ」心からのエールを送り会場を後にした。
 昼食を抜いてしまったのでなにかを食べなければ体に毒だ。どこにしようかと考えながら歩いていくと自然に商店街にあるそば処H屋の前にいた。中に入ると中途半端な時間なので客はいなかった。座敷にコタツがあるのを見てそちらに行きかけたがテレビの前の別の席に座った。テレビには先程まで見ていた文化会館のステージで子どもたちが合唱する場面(この日のものではない)が写っていた。店のおかみさんによると地元のケーブルテレビが放送しているとのことだ。きょうの会場にもそこのテレビ局らしいカメラマンがいたからいずれ放送されるのだろう。放送されれば合唱団の宣伝にもなるからいいことだ。宣伝といえば来月のボーイズ コーラス フェスティバルの宣伝は行われているのだろうか。パンフレットとスピーチでそのことは紹介されていたが視覚に訴えるものが欲しい。せっかくの機会だからきょうあたり目立つようなことができなかったかなと思った。


 音楽的には上々の仕上がり
     
第44回栃木少年合唱団定期演奏会 2006年3月19日

   
サクラを引き受ける
 「わあ、飛ばされる」薫が私にしがみついてきた。JR恵比寿駅のホームは強い風が吹いているのだ。「地形とビルのせいだ」と場所を変えると風は弱まった。やってきた新宿湘南ライナーに乗車し小山乗り換えで栃木に到着。天気はよく散歩がてら商店街を通り文化会館まで歩いた。小ホールに入るとエンディングの練習が行われていた。通し練習をやっていたのだろう。終わると神永先生から「次は生本番だ」と声がかかった。団員たちのリラックスした表情を見て良い演奏会になりそうな予感がした。開演までロビーで休憩しようとソファに座っていると「アンコールがかかるといいんだけど」という声が聞こえてきた。声の主は顔なじみになった保護者の方々でそちらへ行き「アンコール曲があるんですか?」と聞くと「『ひろい世界』です」とのことだ。「わかりました。アンコールを出しましょう」とサクラ役を買って出た。「あんた本気なのか?」薫が不安そうに私の顔を見た。「栃木少年合唱団のために喜んで恥をかこう」「大げさだな。でもわかった。ドタキャンはなしだぞ。休憩中に外で発声練習をしよう」「そんなことしなくても大丈夫だ」

 プログラム
 オープニング
 団歌「ひかりの広場」
第1部 《本科生》
 「ディズニー・アニメの世界」
 1.ハイホー(白雪姫)   2.おおかみなんかこわくない(3匹のこぶた)
 3.お誕生日じゃない日の歌(不思議の国のアリス)
 4.チム・チム チェリー(メリー・ポピンズ)
 5.スーパーカリフラジリステックエクスピアリドーシャス(メリー・ポピンズ)
 6.小さな世界
第2部《研究科生》
 「歌の世界めぐり」
 1. さあ!旅立ち『荒城の月』(日本)
 2. いきなり中米へ『ラ・クカラーチャ』(メキシコ)
 3.『アメージング・グレース』      (アメリカ)
 4.大西洋を北上『ロンドンデリー・エア』(イングランド)
 5.ドーバー海峡を渡る『オー・シャンゼリゼ』(フランス)
 6.アジアとヨーロッパをまたぐ国へ『カチューシャ』(ロシア)
 7.中央ヨーロッパへ舞い戻り『フニクリ・フニクラ』(イタリア)
 8.ヨーロッパ、西の到着点『闘牛士の歌』(スペイン)
第3部《賛助出演》
   蔵っこ 
第4部《本科・研究科合同》
  ヘンゼルとグレーテル
エンディング
 ・空も飛べるはず  ・ひろい世界へ  ・グッデイ グッバイ

   
本科生は元気
 時間になり歓迎のアナウンスが流れメンバー全員がステージに並び団歌が始まった。指揮をするのは6年生のS君で後ろ姿から緊張しているのがわかる。自分も経験あるが指揮者の表情が緊張していると合唱団は歌いづらい。終わった瞬間、笑みが出るのを見て終始、その表情でできれば満点なのだがと思う。
 研究科が引き上げ本科生だけになると6年生のK君がスタンドマイクの前に立ちディズニーの曲に関するスピーチを始めた。スピーチは各曲が始まる前に行われ曲のイメージを観客にもたせる意味で有効だった。例えば「歌詞をよく聴いてください。とってもおめでたい歌ですよ」(お誕生日じゃない日の歌)のような方法だ。しかし疑問が一つあった。スタンドマイクは客席から見て右側にある。それはいいのだがマイクの向きが左を向いているためK君は人のいない右の隅へ向かってスピーチする形になるため見ていて不自然だ。本番中でもマイクの向きを変えるのはおかしなことではなく、こういう時こそ大人の配慮が必要だ。話は違うが前の週に公開練習を見学させていただいた。その時、K君のスピーチは速いので気になったがしっかり修正されていて安定感があった。合唱の方はこの1年間歌い込んできただけの成果があった。ディズニーのアニメソングはよく耳にするが少年合唱団が歌うとひと味違う。どの曲も一定の水準に達していた。中でも速いテンポで元気に歌う『スーパーカリフラジリステックエクスピアリドーシャス』がうまい。やはり男の子にはこういう曲が似合う。本科生は10名だが人数以上に声のボリューム感があるのは毎回感心する。しかし全曲が終わってすぐに引き上げてしまうのは愛想がない。余韻を残すため一呼吸おいてから引き上げた方がよい。K君が「これで本科の歌を終わります。ありがとうございました」とスピーチしてもよかっただろう。

   
意欲を感じた研究科
 続いての研究科の発表は、各曲に原語で歌う部分を入れ、一人一人がソロを受け持つという意欲的な試みだ。最初は中学1年生のO君で袴と草履を身につけ扇子を持って登場。最初は全員で歌い2番がソロとなる。O君は変声途中(本科時代はソプラノ)でアルトからテノールになりつつあるようだ。声量がありよく伸びる声は少年らしいひたむきさが出ていた。歌い終わると「日本の歌はいいなあ。〜中略〜 太平洋を一っ飛び。次はメキシコです」と次の曲に関するスピーチを行う。どの団員のスピーチも工夫されていて興味深かった。次は中学2年のS君でこちらも変声途中だ。練習中、自分のできることをしっかりやろうとする姿はいつ見ても清々しい。元々よく通る声が合唱団で鍛えられたという感じだ。歌い終わると次のアメリカの曲を紹介しアメリカンジョークを一言と話したのはいいが本人が笑ってしまい内容を聞き取れなかったのは残念。だれかが「おまえ、なに言ったんだよ。わかんないからもう一度しゃべれ」とでもフォローしてくれるとステージがより楽しくなるだろう。3曲目を歌う団員は牧師の服装で登場し最初をソロで歌い合唱が続く。ゆっくりしたテンポを低い声で歌うのも男声ならではの魅力だ。この歌の内容を考えればアメリカンジョークは似合わない。そう考えれば聞き取れなくても問題はない。4曲目の団員はトレンチコートにソフト帽で登場。この曲もゆっくりしたテンポでしっとりとした仕上がりだった。5曲目は一転して賑やかな歌だ。1番を全員で歌い2番がソロになった。ここでソロをステージに残し他の団員は客席通路に等間隔で並び手拍子をして会場を盛り上げた。これは良い演出で観客も一緒に手拍子をしながら音楽を楽しむことができた。6曲目の団員は毛皮のついたハーフコートとコサック帽で登場。変声前のよく伸びる一生懸命の歌は好感がもてた。この場面、真似事でよいからコサックダンスを入れるとより楽しくなっただろう。7曲目を歌う中学2年のI君は今が伸び盛りという感じで声に余裕がある。『フニクリフニクラ』をたっぷりの声量で危なげなく歌える中学生はそうはいないだろう。最後は高校3年生のY君。彼は声量があり体格もよいので舞台映えがする。闘牛士の衣装も似合っていた。細かいことを言えばキリはないが難しい曲を最初から最後まで歌いきったことは評価したい。この歌を歌えるのはY君だけということも付け加えよう。研究科のメンバーは意欲が空回りすることなく各自の力を発揮できた。このプログラムで研究科の力をあらためて認識した。

   
賛助出演に対する意見
  賛助出演の「蔵っこ」は新しい振り付けでのよさこい踊りを得意にしているようだ。賑やかなのはいいが、自分の意見を言わせてもらえば今回の定期演奏会との関連はない。今回のテーマなら「スペイン舞踊」や「コサックダンス」あるいはジャズの演奏、「ヘンゼルとグレーテル」の朗読などが考えられる。テーマに合わないなら賛助出演はなしという選択肢もある。現に定期演奏会での賛助出演がない少年合唱団の方が多いのだから。

      
楽しかったヘンゼルとグレーテルだがもう一工夫を
 今回取り上げた『ヘンゼルとグレーテル』はフンパーディング作曲のオペラの抜粋である。一昨年は『くるみ割り人形』、昨年はミュージカル『サウンド オブ ミュージック』、今年はオペラへの挑戦で意欲的な栃木少年合唱団だ。物語は原作と違う部分があるが自分としてはハッピーエンドで終わるオペラの方が好きである。では栃木少年合唱団版の『ヘンゼルとグレーテル』を紹介しよう。先ずはピアノによる序曲が流れる。この中にはオペラで歌われる曲も入っていて楽しいオペラへの期待を高めてくれる。そこへ魔女の扮装をした中学生のS君が登場し下手に立ち魔女の出番がないことを嘆きつつ進行役を務めることを紹介した。練習見学の時、S君がこの役をやることを知り適役だと思った。「何も考えずにそのままやれよ」と言った高校のミュージカル部に所属するY君と同じ意見だ。本科の子が「魔男(まだん)じゃないか」と指摘したがこの役はカウンターテナーが演じることが多い。演技力のあるカウンターテナーだとオペラは数倍おもしろくなる。S君は真面目にやればやるほどおもしろさが出るタイプなので楽しみだった。話がそれた。魔女が語り終わると『魔笛』の『お導きします』が流れ本科と研究科が登場して合唱する。研究科はカッターシャツにネクタイの制服だが本科は白い三角帽に飾りをつけた白いケープを身につけている。これは天使をイメージしているようだ。続いて魔女が「子どもたちが登場したようじゃの。みなさんもご存じの通りそれは貧乏なんじゃ」と話すと聴きどころの一つ、ダンスの歌に入る。本来はヘンゼルとグレーテルの2重唱だが本科と研究科の合唱だ。これはこれでいいものだ。欲を言えば1部分でもソプラノ、アルトの2重唱が入るとよかった。終わると話は一気に森の場面に入る。イチゴを摘みに来たヘンゼルとグレーテルが眠りの精によって眠りに落ちていく所だ。この部分は合唱祭などで何度か歌っているので安定感があり聴き応えもあった。終わると魔女が「ここからがよい場面なのにわしの出番をけずったのはだれじゃ。このままフィナーレに入るがわしの話を聞いてくれてありがとう。最後はわしもいい人になって仲間に入ろう。変身」と話し音楽に戻る。お菓子にされた子どもたちの魔法が解ける場面だ。静かな合唱で始まり父親役のY君が登場したのをけっかけに「わーい」という歓声が起こり賑やかに合唱して神様に祈る歌で終わりになる。お菓子の家など大道具が工夫され、合唱のレベルは高いのでけっこう楽しめたがもう少し場面を加えてもよかっただろう。このオペラは音楽だけで進行する。しかしそこを少々変えて台詞に置き換え魔女に活躍してもらう方法も取れた。この物語は魔女が活躍してこそおもしろいのだ。海外ではカウンターテナーが子どもたちの笑いを独占したと聞いたことがある。もう一工夫あれば物語が厚くなったはずだ。もう一つ、魔女役のS君は受けようとしたのかどうかしらないが余計な言葉がいくつか入った。しゃべりながら笑いそうになるのも気になった。大真面目な顔で演じたらもっと受けただろう。また台詞は台本を見ながら話していた。覚えきれなかったのならこんな方法もある。「年のせいか台詞を忘れてしまってのう。…そうじゃ、魔法」(黒子が台本を手渡す)「これで大丈夫。始めよう」というように魔法使いの特権を生かすのだ。

 「また部外者の意見? わけがいろいろあるんだよ。きっと」薫が話しかけてきた。「せっかくやるんだからもっとおもしろくと思うだけさ」「気持ちはわかるけど」「終わってからにしよう」「了解」
 エンディングは研究科の歌で始まった。この歌もステージを降りて客席にアピールした。間近で聴く声がしっかりしているので心地よい。賛助出演の蔵っこのメンバーが手拍子で盛り上げるのもよかった。今回はお客様も一緒に楽しみましょうという気持ちが表れていた。次の『広い世界』は本科も加わっての合唱だ。この歌は以外と手強いということが練習を見学してわかった。今の子どもたちの声を考えれば音が高目で1箇所だけ高い「ソ」があるからだ。それでも元気に歌う少年たちに暗さはない。最後は例年通り『グッデイ グッバイ』を歌いメンバーが学年毎に紹介された。卒団する6年生と高校3年生は名前の紹介もある。6年生は引き続き研究科に残るそうでうれしいことだ。
空腹はよくない
 プログラムが終わると蔵っこのメンバーが特に大きな拍手を送っていた。「道楽さん、アンコールはあっちが出してくれそうだね」ぼくが言うと「冗談じゃない。先を越されてたまるか」道楽さんが真剣な表情になっていた。「ほんとにやるの? わかった。タイミング取るからね」ぼくが頃合いを見て「ゴー」と叫んだのと道楽さんが「アンコール」を出したのは同時だった。これをきっかけに蔵っこからも「アンコール、アンコール」と声が出た。「今のは阿吽(あうん)の呼吸だ」ぼくたちは手をグーにして叩き合った。打ち合わせ通り『広い世界』が始まった。それはいいのだが道楽さんの表情が険しくなった。「終わるまで待て」ぼくは道楽さんの手をこすった。

 会場を出てすぐに道楽さんは話を始めた。「なんで『広い世界』で手拍子なんだ。しかも民謡調だ。あの歌を盛り上げようと考えるなら静かに最後まで聴き、終わってから大きな拍手をするのが正しい方法だ。もう一つ、Y君が泣いているのを見て『がんばって』はないだろ。本当にそう思うなら黙って見守るべきだ。すべてが終わってから声をかければいい。あとね、舞台では何があっても泣いちゃダメだ。泣きたかったら控え室に戻ってからだ。それが男のかっこよさだ」道楽さんは一方的にまくしたてた。ぼくは「悪気があってのことじゃない」と思った。でも下手なことを言うととばっちりがきそうなので黙って聞くことにした。ぼくにとってこんな道楽さんを見るのは初めてだ。更に追い打ちをかけることが起きた。栃木駅から東京へ帰るにはJRで小山へ行く方法と東武線に乗る方法がある。東武の方が混んでいそうなのでJRで小山へ出た。すると強風の影響で東北線の電車が止まっていた。それもずいぶん前からのようだ。「だったら栃木駅に案内を出すべきだ」この後もJRの対応が悪く道楽さんは怒り心頭に発した。「誤解するなよ。電車が止まることに文句はない。自然現象なんだから仕方ない。対応策がないならそれを説明すべきだ。乗客はどうすればいいかを知りたいんだから」 この後は新幹線の振り替え乗車で大宮まで行き高崎線から来た新宿湘南ラインに乗った。「薫君、夕食はどこかで食べよう。何がいい?」「ほんとうは栃木でインドカレーを食べたかったんだ。だからカレーがいいな」「わかった。新宿の中村屋にしよう。薫君は初めてだろう」
 その中村屋でビールとインドカレーの大盛りを注文した。ビールを飲み食事を始める頃には道楽さんは落ち着いた。「この3年間では一番充実した定期演奏会だったね。プログラムも工夫してあって聴き応えがあった。詰めるところきちんとすればもっとよくなる。なんだかんだ言っても少年たちの心が一枚岩なのがいい」「ぼくもそう思うよ。最後のハプニングはみんなの責任じゃないしね」「自分もついかっとしてまずかった」ぼくはお昼ご飯がサンドイッチと缶コーヒーだけだったことを思い出した。「お腹が空いてたんだよ。それだけだ」カレーの香りでぼくの心も満たされてきた。

   
今シーズンのテーマはジブリ
   地域住民参加コンサートに出演した栃木少年合唱団

                             2006年9月18日

  「ぐれてやる」ぼくはほっぺたをふくらませた。道楽さんは地域住民参加のコンサートに出演する栃木少年合唱団を聴くために栃木市へ出かけている。今朝は台風13号の余波で土砂降りだった。関東は午後にかけて300mmの雨が降るという予報も出ていた。そのため「向こうに行ってなにかあったら大変だから薫君は留守番していなさい」ということになった。ぼくは渋々承知したけれど10時過ぎに雨はやみ、その後も降る気配はなくぼくが付いていってもなんの問題もなかったはずだ。ぼくだって道楽さんを責めるのは間違っていることぐらいわかる。でもおもしろくない。その時だ。「ぐれて何をやりますか?」という声がした。落ち着いた声の主はぼくの神様だった。

 雨の状態を考え、ゴム長靴を履いてきたが無駄だった。風はあるものの雨はやみ栃木の町を歩く人たちは普段の格好だ。「薫が怒ってるだろうな」と思ったが今さらどうしようもない。ランチタイムになっていたので栃木文化センターへ行く途中にあるビストロで食事。ここは繊細でいてボリュームのある料理が自慢で味、値段とも文句なしだ。メインが4種類から選べるのであれこれ考え、チキンを選んだ。昼間だったが食前酒を兼ねて白ワインをグラス1杯だけ注文。薫がいればストップがかかるかもしれないが、この手の料理を楽しむにはワインが必要だ。これは宗教曲と少年合唱団の組み合わせと似ている。食べ終わると丁度よい時間になったので文化センターへ向かった。

 今回のプログラムは小中学生の出演による演奏会でピアノソロ、合唱、器楽演奏などで構成されている。特にピアノソロは大きなホールで発表する機会はそうそうないので貴重な経験になっただろう。
さて、お目当ての栃木少年合唱団は新メンバーになって初めてとなる大きな舞台での演奏だ。本科8名が4名ずつ2列になり、両脇をはさむ形で研究科4名が2人ずつ2列になって並んだ。今シーズンのテーマはスタジオジブリでこの日の曲目は
・さんぽ〜となりのトトロ  ・人生のメリーゴーランド
・テルーの唄        ・カントリー・ロード
の4曲だ。いつもの年なら初舞台は10月20日前後の栃木市合唱祭だから1ヶ月早い舞台となる。そのせいもありまだ十分に味が沁みていない煮込み料理という感じだ。しかし1曲目より2曲目というように次第に声が出てきた。最後の『カントリー・ロード』は本科と研究科の声が程良く混じり合い栃木少年合唱団風の清々しい仕上がりになった。この先、練習を重ねれば今シーズンの白眉になりそうで楽しみだ。歌い終わると本科の1年生、4年生、5年生、研究科の中学1年生、高校1年生が舞台に残り司会者がインタビューを始めた。各自の学年を尋ねた後、「小学1年生から高校生まで。楽しそうな合唱団ですね」とうまい紹介をした。更に一人一人に好きな曲を質問。最後に合唱団のアピールをと促された高校生が練習場所と時間を話し「歌の好きな男の子が身内にいましたら、どうぞ合唱団に来てください」と締めくくった。これは良い方法で大人が話すより好感がもてる。司会者も「ご家庭に男の子のいる方はどうぞとのことです」とうまいフォローをした。もちろんすぐに効果は出ないだろうがこの姿勢を大切にし継続して欲しいものだ。この日、感じたことがもう一つある。文化会館大ホールの舞台はかなり広い。昨年までは栃木少年合唱団がこの舞台に立つと大皿にちょこんと載った料理といういう印象があった。今年は昨年より少ない人数にもかかわらずそれは感じなかった。むしろ存在感が増したと思った。少年たちが一枚岩になって歌っていたからかもしれない。だとしたらうれしいことだ。

 次のピアノ演奏が終わったところでロビーへ出ると保護者の方々が集まっていたのでご挨拶してからしばらく話をした。そこへ品の良いかなりの年輩の男性が近づいてきた。すると保護者の方々がうやうやしく頭を下げて挨拶していた。その男性が行ってしまうと「昔、合唱団を指導していたO先生です」と教えられた。それを聞いて驚いた。1977年の夏に東日本少年少女合唱連盟合同演奏会で栃木少年合唱団の指揮をしていらしたのがO先生だった。その時の澄んだ歌声に感動し、その旨をはがきに綴ってお送りするとすぐに返事をくださった。この時の印象が栃木少年合唱団を応援する今の自分とつながっているのだ。「まだ、ご健在なんですね」と口に出し、この日一番の喜びを噛みしめた。
文化会館を出て歩いて栃木駅へ向かう途中、薫の神様が現れた。「薫君には私からも話しておきました。あの子は賢い子だからちゃんとわかっています。軽く一杯などと考えず、まっすぐ帰ってあげてください」それだけ言うとすぐにいなくなった。まさに神出鬼没だ。誠意を示すことは大切だと感じたばかりなので仰せに従うことにした。

 実力派を証明
栃木市合唱祭に出演した栃木少年合唱団

                             2006年10月15日

  「前にもいらっしゃいましたよね」「はい、何度か来ています」「その時はそういう服装じゃなっかたですね」「あの時は冬でしたから」と道楽さんは答えた。店を出てから「もしかしてあの店に来る人は年間通して同じ服装なのかな?」道楽さんは首をかしげた。「そんな馬鹿なことあるわけないだろ。違う意味があるんだよ」「なんにしても、エピソードがまた増えた。この手の話題に事欠かない町だ」道楽さんは笑顔になった。「それをまとめると面白いからやろうよ」とぼくは道楽さんを焚きつけている。閑話休題。さてぼくたちは市民合唱祭に参加する栃木少年合唱団を聴くため、栃木市にやってきた。東京の木々は緑色だが栃木市は色づき始めていて秋らしい風景だ。1時開演と思っていた合唱祭は1時半開演とわかり隣接している図書館で本を読みながら時間調整。この図書館はいろいろな本があるので楽しめる。その中の金田一春彦さんの本を読んでいたら「昔、男の子で歌を歌うのは風上にもおけない女々しい奴」という一文があるのを見て驚いた。「今でもそういう考え方が残っているから少年合唱が浸透しないんだ。合唱は明らかに体育会系だ。何もわからない輩ほど馬鹿な発言をする。そういう根拠もない発言に人は左右される。困ったことだ」と道楽さんは渋い顔をした。もっと読んでいたかったがタイムアップ。栃木市民でないぼくたちは本を借りることはできない。でも栃木市にはよく来るのだからそれぐらいの権利はあってもよい。「東京の図書館で探そう。あるかもしれないから」道楽さんに慰められつつホールへ移動した。ではいつものように道楽さんにバトンを渡そう。

 ロビー入り口では女声合唱団が指揮者を扇状に囲んで呼吸のタイミングを取る練習をしていた。またロビー内のソファでは別のグループが談笑しているなど開演前の過ごし方はいろいろだ。お目当ての栃木少年合唱団は開演15分前に入場し所定の席に座った。参加団体は13団体。多いのか少ないかはわからない。この点を調べるのもおもしろそうだ。この日は市議会議長が客席にいて紹介されたことをつけ加えておこう。市としては大切な行事なのだろう。

 栃木少年合唱団は3番目の登場でプログラムは、さんぽ〜となりのトトロ、テルーの唄、カントリーロードの4曲。
 この日、ステージに上がったのは本科7名、研究科4名で11名。ステージに向かって左側に本科が前列4名、後列3名、その右側に研究科が前列2名、後列2名で並んだ。最初の『さんぽ〜となりのトトロ』は一つにまとまったハーモニーを披露した。やや平板な気がしないでもないが味わいのある仕上がりだった。2曲目はジブリの最新作『ゲド戦記』の曲だ。静かなメロディーは歌詞と一緒に心に何かを訴えかけてくるような気がした。最後の『カントリーロード』は自分の世代だとジョン・デンバーのカントリーソングを思い浮かべる。最初「なぜジブリ?」と思ったが『耳をすませば』のテーマ曲であることを知った。指揮の神永先生がジブリの中から何を歌うかを子どもたちに尋ねた時、『カントリーロード』の人気が一番高かった。そのせいもあり、この日、一番安定していた。静かなハーモニーは、自分の知っている『カントリーロード』のイメージとは違うが、これが今風なのだろう。研究科の低声がさりげなく高音を支えているのもよかった。昔、二期会のプログラムの中に中沢 桂さんが次のように書いている。「歌は、わめきたてるものではありません。大切なのは、listen to meです」これを思い出すような合唱だった。さて今回のプログラムは観客にしっかり聴かせる曲を選んでいる。自分も1曲1曲をじっくりと味わえた。約15分の出番だがそれ以上聴いたような気がした。栃木に限らず少年合唱団は元気系の歌が得意と思っていたが、この日のように静かな曲がメインでも存在感を示すことができることがわかった。存在感と言えば9月のコンサートの時にもそれは感じていたがこの日のステージでそれを確かめることができた。今まで栃木少年合唱団は何度も観ているが「あそこに○○君がいるとか××君がいる」というような個人個人を観ている印象が強かった。それが今年は栃木少年合唱団がステージで歌っていると感じた。個人ではなく全体像の印象が強いのだ。前回も書いたが1枚岩になっていると感じた原因がそこにある。またこの日の合唱は前回と違い一人一人が地に足をつけてしっかり歌っていた。前の経験が生きているからこそでこの先の進化に期待しよう。最後に一つ、合唱団の人数は昨年よりも少ない。それでもしっかりした合唱ができることをこの日は証明した。したがって人数の少なさを気にすることはない。「北関東唯一の少年合唱団は実力派」という誇りをもつことが大切である。

 会場を出ると薫に「『となりのトトロ』はどんな話?」と聞かれた。私事で恐縮だがジブリのアニメは一部の予告編しか観たことがない。アニメの題名は知っていても話の筋はまるでわからないのだ。「それならレンタルビデオを借りようよ。レポートを書くならどんな物語か知る必要があるよ」「ビデオを観てる時間が取れない。考えてみろ。テレビ観てる時間さえないんだぞ」「時間が取れない? あんたはいつもそうだ。健康のために禁酒日を決めれば時間はできるはずだ」確かに薫の言う通りで、物語を知らなければ折角の合唱が深まらない。「やりますか」「なんだよ。もっと元気な声で言え」どうやら禁酒日を設定することになりそうだ。

園児たちが大喜び
第45回栃木少年合唱団定期演奏会

                             2007年1月14日


  両毛線の電車が栃木駅に近づくと雪をかぶった山が見えてきた。「多分、男体山だよ」道楽さんが教えてくれた。きょうはきれいな冬晴れで遠くの山がよく見える。こんな日は、謙信平に行きたいけれど栃木少年合唱団の定期演奏会をはずすわけにはいかない。ぼくがこの合唱団の定期演奏会に来るのは3回目で「もうそんなになるんだ」と少々驚いた。駅前に降りると市内めぐりのバスが出発するところだったので100円払って乗車した。「せっかくバスがあるんだから乗らなきゃね。これも町を応援するためだ」道楽さんは言うけれど歩くのが面倒なのかもしれない。前の日に寒い中をあちこち歩いたことが響いているらしい。バスが出発しかけるとお客のおばさんが「あそこに乗る人がいるよ」と運転手に教えた。リュックを背負ったおじさんのためにバスが止まるのを見て「のどかでいいなあ」と思った。「東京が異常なんだよ」道楽さんがポツリと言った。「こういう町に住んでみたいな。この間、『グリとグラ』のマスターが言ってたじゃないか。ここは災害もないし気候もおだやかだって」「住むなら車がないと不便だよ。第一仕事がない。無理だな」「それはおいといて、試しに夏休みを使ってウィークリーマンションに滞在しようよ。ここは魚屋も肉屋も八百屋もあるからあんたにとって都合がいい。買い物しながら店の人に町の話しが聞けるよ」「ウィークリーマンションなんてあるかな?」「駅前にさりげなくドーンと建ってるよ」「よく見てるね」「あんたの影響だ。ところで宝塚と栃木と新潟、どの町が一番好き?」この三つの町はぼくたちが歩く機会が多いからだ。「難しい質問だね。薫君はどこがいいと思う?」「そんなのわからないよ。どこも良いところがあるから」「それと同じだよ」道楽さんは笑った。話しをしているうちにバスは文化会館前に到着した。では演奏会のことを道楽さんに書いてもらおう。
 開場時間になると続々と観客が入ってきた。いつもは余裕たっぷりの客席がこの日は8割程埋まった。これには理由がある。賛助出演をする市内のさくら保育園の年長組、約100名が前方の客席を占めていることとその家族の方々も来ているからだ。賛助出演を保育園にしたのは小さい男の子を合唱団に入れて育てようとのことで初めての試みだそうだ。なんとか合唱団の人数を増やそうという気持ちが伝わってきた。ではプログラムを紹介しよう。

 オープニング
  団歌 ひかりの広場

 第1部
  「スタジオ・ジブリの世界」《本科生》
   1.カントリー・ロード    2.テルーの唄  
   3.さんぽ〜となりのトトロ  4.君を乗せて

第2部
 「世界の歌めぐりU」《研究科生》
 1.ふる里    2.森へ行きましょう(ポーランド)
 3.ローレライ(ドイツ) 4.ハイジ・ブンハイジ(オーストリア)
 5.大湖船(中国)    6.ウォシング・マチルダ(オーストラリア)

第3部《賛助出演》
 さくら保育園
 ・わらべ歌メドレー  ・You Are My Sunshine
・ かいじゅうのバラード

 第4部
  合唱ミュージカル『ヘンゼルとグレーテル』より
1. 貧乏なんかきらいだよ 2.踊りましょうよ 3.おうい母さん帰ったぞ
4.森の小人 5.眠りの精〜14人の天使 6.お菓子の子供 7.フィナーレ

 フィナーレ
 『いっしょに唄いましょう』 さくら保育園&栃木少年合唱団
  小さな世界
 『エンディング』  
  グッデイ・グッバイ

  例年団歌は、6年生の中から選ばれた団員が指揮をするのだが今年は6年生がいないため、5年生のH君が力強い指揮をした。最後まで姿勢が崩れないのは普段の生活がしっかりしているからだろう。同じことをしても姿勢がよいと格好よく見えるので得をする。少年合唱団のメンバーは姿勢が良いのが共通点だ。こういう姿を見ると合唱から得られるものは多いなと感じる。終わると研究科が引き上げ本科生のプログラムとなる。最初の『カントリーロード』は出だしをアカペラで歌った。やや押さえ気味の声は観客が「あっ、聴こう」と気持ちになる効果があった。これができるのが今シーズンの栃木少年合唱団だ。ピアノ伴奏が始まると観客はそのまま自然に歌の世界へと引き込まれた。次の『テルーの唄』は前曲の静かな余韻を更に深めるような歌い方だった。隣の席に座っている幼い兄弟がじっと聴き入っているのを見て「自分だけではない」と思った。『となりのトトロ』は一転して明るい歌声になった。保育園の子どもたちの中に歌いたいという仕草の子が数名いて先生から「シー」というサインが出た。そういう子がしばらく歌を聴くうち、手拍子を始めると客席からも手拍子が出た。それに乗せられたように合唱団の表情がなごみ歌に気持ちが入ってきた。生の舞台は観客の良し悪しで左右されるがこれは良い方に出た。最後の曲は再び静かな雰囲気の『君を乗せて』だ。やや平板な感じだがテンションが上がりかけた保育園児たちが落ち着きを取り戻すのに効果があった。やはり最後は静かに締めくくる方がよい。ただ、終わってから「何かが足りない」と感じた。「研究科がいないからだ」薫が言った。そうだ。10月の合唱祭でジブリを歌った時は研究科が低声部を歌っていた。「でも7名なのにそれ以上に感じたからすごいよ」と薫が付け加えた。その縁の下の力持ち、研究科は昨年に続いて『世界の歌めぐり』だ。昨年同様、それぞれの歌にソロの部分がある。先ずはピアノが『おお、シャンゼリゼ』を流し研究科5名が手拍子をしながら歌った。続いて『ふるさと』を歌いプログラムへと入っていく。研究科は全員が黒っぽいコートを着ている。コートの下にはソロで歌う曲に合わせた衣装を着ていて自分の番が来るとコートを脱いで披露する。『森へ行きましょう』の中学2年生J君は毛皮のベストで気温の低い森で仕事をする木こり、『ローレライ』の中学2年生K君は詰め襟に似たドイツ風のジャケット、『ハイジ・ブンハイジ』の中学1年生T君は長目のジャケットにハーフズボンとブーツでチロル風、『大湖船』の中学3年生Y君は太極拳風の服と丸い中国の帽子、『ウォシング・マチルダ』の高校1年生N君は開拓者風の皮のジャケットにカウボーイハットという工夫を凝らした衣装は見ていて楽しい。ソロの部分のみ原語で歌うのが良く、各自が自分の個性を発揮した。中には1年前とずいぶん感じが変わった少年がいた。例えば中学1年生のT君は6年生前半までソプラノだったのが落ち着いた低い声に、高校1年生のN君は声量が増したというようにだ。このような成長を毎年確かめられるのが少年合唱団のおもしろさだ。また『大湖船』ではピアノ伴奏の臼井先生の中学2年になるお嬢さんがバイオリン演奏で共演し、曲の美しさを際だたせた。このような姿を見ると合唱団はまわりの方々に支えられていることを実感する。ここで気になったことを一つあげると保育園児たちが順番に先生に誘導されてトイレに立ったことだ。演奏者も他の観客も気が散ること、保育園児に演奏中は席を立たないことを教える意味で好ましくない。この点は反省点として考えて欲しい。研究科のプログラムが終わると予定にない15分の休憩が入った。保育園児対策で柔軟な考え方なのがよい。
  休憩を利用してロビーに出ると、フレーベル少年合唱団OBのFひらさんが入ってきた。聞けば午前中、都内で用事を済ませ車で到着したそうだ。「駐車場いっぱいですよ。どうしたんですか?」と言うので事情を説明した。

  休憩が終わり客席に戻ると保育園児の元気いっぱいの歌が始まった。約100名にもかかわらずまとまりがあるのに感心した。全員紺色のセーラー服風の上着に半ズボン、スカートのきちんとした制服姿に感心した。
  再び休憩となり舞台準備が整うと合唱ミュージカル『ヘンゼルとグレーテル』の始まりだ。昨年は魔女が進行役を務め、合唱主体だったが今年はヘンゼル、グレーテル、父親、母親、眠りの精、魔女が衣装を着て登場した。
  先ずはピアノが序曲を流す中、「合唱団のオリジナルに仕上げました」と保護者による解説が入った。最初の部分は本来、ヘンゼルとグレーテルの2重唱だがヘンゼルのパートを研究科、グレーテルの部分を本科がサポートした。それはいいのだが動きがぎこちないのが気になった。ここで合唱団の名誉のために補足しよう。合唱ミュージカルは実際に舞台で動きをつけて十分に練習することが必要だ。それが最初の舞台稽古は本番1週間前の1月8日(月)。この後の練習は9日(火)と11日(木)の2回。自分が見学した8日は午後8時から9時までの約1時間で照明のリハーサルも兼ねていた。そういうわけで本番前の練習が思うようにできていないのだ。いつもの定期演奏会前は集中特訓の時間があり、そこでかなりレベルアップできるのだがそれもない。また定期演奏会は例年だと3月下旬か4月の初めだが諸般の事情で会場が確保できなかったので中途半端な時期になってしまった。そういう理由があることを知っておいていただきたい。
  では話を戻そう。ヘンゼルとグレーテルは一生懸命演じているのはわかるが十分に練れていない分、台詞も単調になってしまった。この雰囲気は他の役にも同じことが言えた。唯一の救いは父親役のN君だ。堂々とした声で歌いながら客席後方から舞台へ登場する姿は存在感があった。この場をきっかけに雰囲気が変わるかと期待したが残念ながらなし。その後も大きな盛り上がりはなく淡々と進行した。魔女が釜戸に入れられヘンゼルとグレーテルが「やった」と喜ぶ場面は「ずいぶん、あっさりしてるね」という声が客席からあがった。それでも、最後にダンスの2重唱をピアノが流す間に数名ずつで挨拶すると保育園児を中心に拍手が起きた。園児たちが楽しんでいたのは事実で、3月に練り直し保育園で再演すれば合唱団の宣伝になるだろう。「なんだかんだ言って、あの子たち喜んでるよ。わざとらしい演技で臭い芝居やるよりいいよ。それに去年の『ヘンゼルとグレーテル』と比べると進歩はしている」薫がいうことも一理ある。「あんた12月にミュージカルへ行って怒って帰って来たじゃないか。『観客を馬鹿にしてる。ふざけんな』って。あの時は、かなりきつい口調だったぞ」「ああ、あれね。あれと比較したら少年たちに失礼だ。でもこれで終わって欲しくない。もっとうまくできることを証明して見せなきゃ。それを期待しよう」
  お菓子の家や釜戸が片付けられるとY君が舞台から「さくら保育園、全員集合」と声がかかり全員が並び終わると『小さな世界』を合同で元気に歌った。歌い終わり客席へ戻る園児の中に合唱団へ向かい手を振っている男の子がいた。興味をもってくれたとしたらうれしいことだ。最後は恒例の『グッデイ・グッバイ』を歌い、学年ごとにメンバーが紹介されて終了した。客席に手を振りながら引き上げる少年たちに「バイバイ」と手を振る園児たちが微笑ましかった。
  出口へ行くと少年たちがお客様、一人一人に「ありがとうございました」と楽しそうに挨拶していた。観客が多いと張り合いもあるだろう。多くのお客様を呼ぶためには団員の増加は必要だ。今回の定期演奏会がなにかのきっかけになることを期待しよう。

  道楽さんは、関係者の方々に挨拶をしてFひらさんを喫茶店『グリとグラ』に案内し、しばらくの間、歓談した。ここは注文を受けてからコーヒーを挽きサイフォンで入れてくれるのが良く、道楽さんが町歩きをして見つけた店だ。「また来たんですか?」と話しかけてきたマスターに「栃木少年合唱団の定期演奏会に来ました」と答える道楽さんを見て「出た」と思った。でもそんなことを言うのは気分が良い証拠だ。

音楽的センスに感心。栃木少年合唱団の練習風景
                                            
2007年9月15日

 栃木文化会館の第2練習室に本科6名が揃ったのは午後7時。練習は定刻に始まった。この日は神永先生が来られないため、臼井先生が久しぶりに指導することになった。先ずは発声練習からだ。ピアノに合わせ低音から高音へ「ななななな」と声を出す。「リラックスして」と声をかけながらしばらく続けると一人ずつやることになった。先ずは6年生のO君。彼はソプラノだったが最近声変わりをしたそうだ。「変声してよくなったじゃない」。言われてみれば声に深みが出てきた。「口を開けて空気を出して」アドバイスを受けると感じが変わった。2番目は6年生のH君。「たっぷり息を吸って」とアドバイスがある。貯めた空気を少しずつ出すと良いのだがこれはなかなか難しい。3番目の6年生R君は「上手になったね」と褒められた。この3名はアルトで6年生らしい落ち着きがあった。4番目の2年生I君は一気に空気を吸うのが体の動きでわかる。「息吸って。途中でなくなるよ」の言葉通り一気に吐いてしまうのだろう。年少の子にはありがちだ。音階を上げながら「まだ出るよ」とアドバイスがあるが苦しそうだ。そこで音を下げて息の吐き方と「なあなあなあ」と発声するようにとアドバイスがあった。5番目の4年生J君はがっしりした体型だ。そのせいかどうか6名の中では声が強い。「楽にして」「口の中を開けて」「首を上げないで」とアドバイスが飛ぶ。「下は楽だけど上は野球の応援風」臼井先生の感想だ。最後の5年生K君には「口を開けて」「息が出ないよ」とアドバイス。ちょっとしたことで声は良くもなれば悪くもなるのでアドバイスは大切だ。発声が終わると『ふるさとの四季』の練習となる。この曲は『ふるさと』で始まり『春の小川』、『われは海の子』、『祭』、『雪』などをメドレーで歌い、最後に『ふるさと』で締めくくるようになっている。日本の風景を思い浮かべる美しい曲だが歌うのはけっこう難しそうだ。栃木少年合唱団は3年前の定期演奏会で歌っているので上級生は覚えているだろうと思いきや初めての曲に取り組むような雰囲気だった。「歌ったことがあっても時間がたてば初めての曲と同じ」と言った声楽家の言葉を思い出した。先ずは『ふるさと』で音はけっこう高そうだ。最初はソプラノだけで音を確認しながら歌う。続いて歌ったアルトの3名は音がしっかり取れていた。全員で歌うと1回目より声が出てきた。次は『春の小川』だ。ソプラノ3名がピアノの前に来るように言われ2回練習した。次はアルトだけで練習し一緒に歌った。このような感じで練習は進んでいく。アルトが音を取れているのはたのもしい。ソプラノもアドバイスを受けるとすぐに音を出せるのはさすが合唱団だ。自分ならもっと時間がかかるだろう。この後『われは海の子』、『祭』と練習は続く。「海の子は飛び跳ねないで」「出だしをしっかり歌って。そろわないよ」「ここは同じ音。つられないで」「のどをあけて」などのアドバイスがきちんと入っていくのは見ていて気持ちがよい。高い音が出るようになった子もいた。一通り終わると通し練習だ。聴いていて曲と曲の間に歌う「あああ」が難しいことを知った。通しが終わったのは8時5分をまわった頃。この間、ほとんど立ちっぱなしの練習にもかかわらず全員が気持ちを集中していた。約1時間の練習だったが密度は濃い。少ない人数で舞台に立っても存在感があるのはこのあたりに原因がありそうだ。さてここから8時半まで研究科2名が加わり合わせてみる。この日参加したのは高校1年のY君と中学2年のT君だ。この2名が声を響かせると厚味が加わる。それを聴いて「ずいぶん声がよくなったな」と感心しうれしくなった。8時半になると本科は解散し研究科の練習だ。発声の後、フォスターの曲の練習だが楽譜を見る分、姿勢が悪くなり声がくぐもる感じになるのが残念だ。しかし、暗譜をしてきちんとした姿勢で歌うのが楽しみになった。約2時間の見学は自分も気持ちを集中でき、多くのことを学んだ。
 練習が終わったのは9時過ぎ。夕食がまだだったので割烹の看板が出ている店に入りカウンターに座って先ずは生ビールと冷や奴で気分転換だ。豆腐がおいしいのでそのことを褒めると「栃木は水がおいしいからですよ」と女将さんがうれしそうに話してくれた。これがきっかけで栃木の話をいろいろとうかがうことができた。これも少年合唱団が取り持つ縁だろう。


存在感のある10名の少年たち
第46回栃木少年合唱団定期演奏会

                          2008年1月20日

「何が道楽さんをそうさせるんでしょう?」風君が不思議そうな顔をしてぼくに尋ねた。「わからないなあ。多分道楽さんにも説明できないと思うよ」と答えながらぼくも「なんでだろう」と思った。2008年最初の遠征は栃木少年合唱団の定期演奏会だ。来ることになんの不思議もないが寒い中、5時に起きてツナチーズトースト、紅茶、栃乙女(栃木産のイチゴ)の朝食をしっかり食べて家を出るなんて普段はあり得ないことだ。なんでそんなに早く出発したかというとリハーサルから見学するためだ。9時過ぎに市民会館小ホールの最後部席に座り、舞台を観ながらメモをとり続ける道楽さんを見て風君の発言となったわけだ。「あれこれ考えても仕方ないよ。ここは道楽さんに任せてぼくたちは気楽に見ていよう」「そうしましょう」。
 舞台には本科生7名と研究科3名が「体とのどをできるだけ柔らかくしよう」と神永先生の指示でウォームアップをしていた。先生が見せるユーモラスな動きを見て少年たちは和やかな表情をしていた。心も徐々に柔らかくなっていくのが表情でわかる。それは観る者の心も同様だ。ウォームアップを終えると歌の練習に入る。その歌を聴いて「良い演奏会になる」と確信した。声に存在感があるからだ。舞台上での立ち位置や動き方を確認しながらのリハーサルはが終わったのは12時過ぎ。3時間は「あっ」という間に過ぎてしまった。「お昼ごはんを食べておこう」。薫風コンビに言われて外へ出た。
 近くの蕎麦屋に行こうとしたら「せっかくだから、くろみやに行こう。時間は大丈夫だよ。馴染みの店の方がいいだろ」。薫に言われて「そうだな」と考え、進路変更をして12分ほど歩いた手打ち蕎麦と鴨が自慢のくろみやに赴いた。「いらっしゃいませ。2階へどうぞ」と言われて2階に上がると落ち着いた雰囲気の座敷だった。我が家には座敷がないのでこういう場所は新鮮だ。「先ず、熱燗を1本お願いします」と注文したのは寒くて体が冷えたからだ。「1本だけだよ」。薫風コンビに言われるまでもなくこの1本でやめるつもりだ。それを示すため、酒が運ばれると同時に鴨南蕎麦を注文した。「せいろじゃないの?」「寒いから温かい方がいい」「確かに寒いですね」と風が言うとおりで、店の主人が「ここ数日、冷え込んでいます」と教えてくれた。食事に満足し、身も心も温まって文化会館へ戻る途中、洋菓子のソワレに寄って買い物をした。この店のイチゴケーキとサツマイモケーキはお気に入りだ。「ここはシュークリームないんですか?」カスタードクリームも好きなので尋ねると「ありますよ。うちは注文を受けてからクリームを詰めるんです。ショーケースに入れると味が落ちるものですから」という返事に感心した。今時、こんな店は希少価値だ。ぜひ食べなくてはならない。このように町歩きをすると発見が多く話は尽きない。話を戻し本番のレポートに移ることにしよう。当日のプログラムは次の通りだ。
 オープニング
 団歌 ひかりの広場
第1部 本科ステージ
 「ふるさとの四季」より
故郷〜春の小川〜鯉のぼり〜われは海の子〜村祭り〜雪〜故郷
第2部 研究科ステージ
 「フォスター曲集」
 Tおおスザンナ  Uネリー・ブライ  V故郷の人々
 Wやさしきネリー X草競馬  Y懐かしきケンタッキーの家よ
第3部  賛助出演  あさひ幼稚園
第4部 本科・研究科合同ステージ
合唱劇「笛吹きパパゲーノ」より
エンディング
 この星に生まれて 小さな世界(少年・あさひ幼稚園合同) グッデイ・グッバイ

 オープニングは例年通り団歌で、指揮は本科の6年生、O君だ。この曲はOBが作詞作曲をしたそうで軽快で希望にあふれる歌である。6名の本科生と3名の研究科生の歌声は調和が取れていてこの日の演奏会への期待がふくらんだ。歌い終わり研究科が引き上げると本科生(ソプラノ4名、アルト3名)のステージだ。指揮の神永先生が舞台下で振るのは少年たちを目立たせるための配慮だろう。始まる前に6年生のS君が「第1部は本科生によるふるさとの四季です。日本のふるさとの情景を子どもの歌によっておおくりします。どうぞお聴きください」とメモを読んだ。ここはメモを読むのではなく客席に顔を見せてスピーチした方が観客の気持ちを歌へ集められるはずだ。何が言いたいのかが伝われば多少間違えても問題はない。さて、合唱はやや平板な気がしたが7名は心を合わせ気持ちを集中して歌うことができた。一人一人は一生懸命だがそれを表に出さない合唱は好感がもてた。また『故郷』のアカペラ部分は少年らしい美しい声を堪能できた。個人に目を向けるとアルト3名が6年生らしい存在感で合唱を支えていたこと、最年少で2年生のソプラノI君がアルトとの境目にいたことに感心した。またソプラノの5年生M君がボリュームのあるきれいな声に成長していることに注目した。最後の「水は清きふるさと」の部分をソロで抜き出せば余韻を残すステージになっただろう。
 続いては研究科のステージである。高校2年生のN君が「みなさん、こんにちは」と客席に挨拶し反応がないと見るや「元気ないな。もう1回、こんにちは」とやり直すと賛助出演で客席にいる幼稚園児たちが元気に「こんにちは」と反応した。これは観客の注目を集める効果的な手段だ。N君は「よし、元気だ。このステージはアメリカの民衆的な作曲家、フォスターの特集です。最初の曲はS君のソロをまじえての『おお スザンナ』です。当時アメリカの開拓者の間で大流行したそうです。どうぞお聴きください」とスピーチした。それぞれの曲を歌う前にソロを歌ったメンバーが曲のエピソードを紹介しながら進行する形式だ。どの曲も質の良い落ち着いた声でフォスターを楽しめた。歌を聴きながらボーイソプラノを経て成長していく男声はいいなと感じた。初めて聴く曲もありフォスターを知る意味でも充実したステージだった。ただ惜しかったのは3名とも楽譜を持って歌っていたことだ。楽譜に目を落としたままだと声がくぐもってしまいがちだ。ハンサムな顔を観客に見せられないのも残念だ。楽譜を持つのは仕方がないとして顔は観客に見せるべきだ。乱暴な言い方だが歌を多少間違えても観客はわからないはずで、見方によっては自信がないようにとらえられ損をしてしまう。内容が良いだけに余計そう感じた。

 休憩をはさんでのあさひ幼稚園児25名の歌は良く言えば元気、悪く言えばわめいている。幼児がこうなるのは仕方がない。しかしこれで良いと考えるのは間違いで、正しい歌い方を指導するのも大切だ。リハーサル中、「ピアノの音が違う」と指摘した園児に対し先生が「このピアノは幼稚園にあるピアノより良いピアノだから音が違うのよ。でもよく気がついたわね」と答えていた。こういう子が他にもいるはずだ。せっかくの機会だから神永先生のワンポイントレッスンを入れた歌唱指導が入るとよかった。合唱に少しでも興味が出れば少年合唱団に入ろうかと考える子が出てくるかもしれない。あらゆる可能性を試すべきだ。

  終わると団長の挨拶である。自分の考えを述べると、この場で必要なことは来場してくださったお客様へのお礼、次の合唱劇へ向けて観客と合唱団のモチベーションを上昇させ楽しい雰囲気を創ることだ。しかし合唱団の人数が少ないことが話の中心で楽しい雰囲気とは程遠い。人数が少ないのは事実だがその人数で指導者も少年たちも、できることを精一杯やっているのだ。上に立つ者としてこの点を観客に伝え、プラス思考で話をして欲しい。幼稚園児を勧誘する話が出ないのも残念で歯がゆい想いをした。

  冴えない気分の中、合唱劇に移った。はじめに6年生のR君が「本科、研究科合同による『笛吹きパパゲーノ』です。モーツアルトのオペラ『魔笛』の中からおどけた登場人物パパゲーノを中心に描いた合唱ミュージカルです。ではお聴きください」と紹介した。メモを読むのは仕方がないとしてもっと明るい顔でスピーチして欲しい。『魔笛』の序曲を聴くと次第に観客の気持ちは高まっていく。難しいことだがそういうスピーチを目指して欲しい。しかしピアノが流れ本科生と研究科2名が歌いだすとたちまち明るい雰囲気になった。最初は『この国へようこそ』のメロディで観客に歓迎することを伝え、静かに聴くようにお願いする歌を歌った。続いて女性ナレーターの声がおおよそのあらすじを紹介し本番へと進んだ。先ずは有名な『おいらは鳥刺しパパゲーノ』を10名全員で歌った。本科生は白い礼拝服に白いベレー帽、研究科の中学2年生K君と高校1年生S君は白いカッターシャツに同色のカーディガン、赤いネクタイに黒ズボンの制服、高校2年生のN君はパパゲーノの衣装での登場だ。この曲はバリトンのための歌だが混声で歌うのも新鮮で良い。男の子だけで歌うことがこの歌をより楽しい雰囲気にした。次は3人の少年がパパゲーノを城へ案内する『お導きします』でこれも混声合唱だ。終わるとナレーターが彼女探しに出発する旨をつげ、魔法の笛(アルトリコーダー)が手渡された。次の歌は、オペラだとテノールが歌う『魔法の笛』だ。聴かせどころの一つで難しい曲だがそうは感じさせない静かな合唱は少年たちの実力を証明した。歌が終わるとパパゲーノの小道具「魔法の鈴」が手渡された。これなら次は『急いで逃げよう』だなと思ったらその通りだった。追いかけてくる奴隷役は研究科2名が歌った。ここで開き直った演技ができるとこの場面はより楽しくなっただろう。この日の研究科はおとなし目で普段の明るさが出ないのが残念だった。続いてはパパゲーノが彼女かご馳走かの選択で悩む場面だ。ここは研究科3名が『恋人か女房か』を歌った。パパゲーノがワインを飲んでほろ酔い加減で歌う場面である。歌は良いがもう少し雰囲気が欲しい。「あんたと違って未成年だから無理だよ」「酔った演技なんか必要ないです」。薫風の話に「なるほど」とうなずいた。次はパパゲーノが自殺を試みて少年が止めに来る場面で全員合唱だ。楽譜はどうなっているのか知らないがパパゲーノのパートと少年のパートを分けるとメリハリがついただろう。自殺を思いとどまるとパパゲーナ(ナレーター役の女子高生)が登場し、天真爛漫な『パパパの二重唱』を全員で歌って終了した。物足りない部分はあったが全員心を一つにしての合唱劇は好感がもてた。「変な演技を入れたら却ってつまらなくなる。男の子らしくてよかったよ」。薫の感想だ。

  幼稚園児との共演と指導者への花束贈呈が終わると『この星に生まれて』と『グッデイグッバイ』だ。ここまで無事に乗り切った安堵感からか少年たちの声は伸び伸びとして力強かった。静かに歌うのも好きだがこの力強さは少年合唱団ならではだ。少ない人数でもハーモニーはきちんと作れる。栃木少年合唱団はそれを証明している。団員はそのことを誇りにして欲しい。




                                                         
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