4 映画の中のボーイ・ソプラノ

  (1) 音楽映画とボーイ・ソプラノ

  
映画の中のボーイ・ソプラノや少年合唱も興味あるテーマです。私にとっては音楽と言うより、こちらからアプローチしたと言っても過言ではありません。「青きドナウ」「野ばら」・・・これらの映画を通して、ボーイ・ソプラノの美しさに開眼したと言ってもよいでしょう。
 さて、洋画には、音楽映画というジャンルもあり、戦前・戦後を通じて楽聖映画などが盛んに作られました。シューベルト、ショパン、シューマン、リスト、ブラームス等ロマン派の作曲家の恋愛劇は、史実とは異なる脚色がきついものでしたが、当時の青年の憧れをかき立てて、かなり流行したようです。その中には、ボーイ・ソプラノや少年合唱が取り上げられたものがあります。例えば、1933年制作のウィリー・フォルスト監督のドイツ映画「未完成交響楽」は、シューベルトの伝記を脚色したものですが、劇中で小学校の先生をしていたシューベルトが算数の授業で4分の2から「野ばら」を作曲するくだりで、ウィーン少年合唱団員の少年扮する教え子たちが歌っています。
  戦後のウィーン少年合唱団出演の映画には「野ばら」「ほがらかに鐘は鳴る」があります。いずれも、名子役のミヒャエル・アンデが主演した映画です。ミヒャエル・アンデは、「サウンド・オブ・ミュージック」の原版「菩提樹」にも出ていましたが、これもウィーン少年合唱団の吹替えだそうです。1957年制作の「野ばら」はハンガリー動乱で避難してきた孤児の少年が、親切な老人に引き取られ、やがてウィーン少年合唱団に入るというストーリーで、きわめて善意の映画です。ウィーン少年合唱団の持ち歌がちりばめられていると同時に、挿入曲の一つ「歌声ひびけば」は、NHK「みんなの歌」で採り上げられ、今でも歌われています。それと比べると、1959年制作の「ほがらかに鐘は鳴る」は、ストーリーを含め二番煎じの感が強いです。アンデ少年もこの映画を撮影した頃には既に変声しており、会話は男声、歌声だけボーイ・ソプラノというのは何とも不自然です。この映画の挿入曲「歌えばたのし」も、「みんなの歌」で採り上げられました。
  ウィーン少年合唱団が出演した映画の最高峰はディズニー映画の「青きドナウ」(1962 日本公開1963)でしょう。「野ばら」が合唱団の指導者と寮母の恋愛を絡ませていたのに比べ、この映画は、ウィーン少年合唱団の団員の少年たちの生活を描き、友情や変声期の悩みをテーマとして、正面から取り上げた点で秀逸です。映画も大ヒットとなり、変声期の悩みを持つピーター少年役を好演したショーン・スカリーは一躍人気スターとなりました。ちょうどこの映画が公開された直後の1964年にウィーン少年合唱団の来日があったので、「少女フレンド」や「マーガレット」などの少女雑誌には合唱団員の写真(ブロマイド)が載り、一大ブームとなりました。その当時の名ソリスト、シャーリングやピューリンガーは今でも伝説のボーイ・ソプラノになっています。それから十数年後、歌手の天地真理の「テレビ初恋談義」がきっかけでシャーリングは、思いがけぬ再来日となったというようなエピソードも残っています。
  日本映画に来日公演中のウィーン少年合唱団が出演した「いつかきた道」は、文通している和波孝禧扮する全盲のヴァイオリニスト少年とウィーン少年合唱団員の少年(後のオーストリア副大統領)の友情物語です。死の床についた少年に一度でも会わせようと周囲がいろいろと働きかけ、公演日程を変えてそれが実現すると言う設定はわざとらしく見え、作品としてみるものはないと言っても言い過ぎではないと思います。
  日本ではほとんど話題にならず公開も短期でしたが「ベニス協奏曲」(1970日本公開)は、ディズニー系のブエナ・ビスタの作品で、劇中ではウィーン少年合唱団員役のヨハネス・ボナベントゥーラ少年が「野ばら」と「ラルゴ」をボーイ・ソプラノで歌うのを聴くことができます。
  「オリバー」「クリスマス・キャロル」「チップス先生さようなら」は、いずれもイギリスのミュージカル映画で、ボーイ・ソプラノがそれぞれ重要な地位を占めています。ディッケンズ原作の「オリバー・ツイスト」をミュージカル化した「オリバー」では、主演の少年たちの歌によって、ストーリーが展開します。中でも人気のある「何でもやるさ」はもともとスリの誓いの歌だったのが、邦訳では美しい友情の歌になっています。
  同じ原作者による「クリスマス・キャロル」では、肢体不自由のティム役のリッキー・ボーモンがクリスマスを祝って「美しい日」を歌い、それが冷たいけちん坊のスクルージの心を変えるという山場の一つとなっています。ヒルトン原作の「チップス先生さようなら」は、ストーリーも時代背景も原作からすっかり離れていますが、歌については、チップス夫人役のペトゥラ・クラークが元ミュージカルの女優という設定で歌いまくり、少年合唱は教え子の生徒たちの歌という比較的軽い扱いです。


  (2)  ボーイ・ソプラノや少年合唱の登場する映画

 その他ボーイ・ソプラノの出てくる映画を列挙しますと、「舞踏会の手帳」「遙かなる国から来た男」「我が道を行く」「サミー南へ行く」「太陽の帝国」「寄宿舎(悲しみの天使)」などがあります。 
 このうち戦前のフランス映画「舞踏会の手帳」にパリ木の十字架少年合唱団が出演しており、ビクトリアの「大いなる神秘」が歌われています。マイエー神父時代の貴重な演奏が、聞けます。また、フランス映画でジルベール・ベコー主演「遙かなる国から来た男」という映画のクリスマスミサのシーンに、パリ木の十字架少年合唱団と思われる合唱団が出ています。
 アメリカ映画でビング・グロスビー主演の「我が道を行く」は、火災にあった教会の再建にために、グロスビー扮するオマリー神父が少年合唱団を指導するというストーリーで、良心的な作品です。少年たちの歌はいかにもアメリカ的にショーアップされたところもありますが、ラストシーンで、フィッツギボン老神父の母をアイルランドから呼んで何十年かぶり対面させる場面で「アイルランドの子守歌」を歌う場面は、胸を打つ歌を聴かせてくれます。第2次世界大戦中の1944年にこのような作品が作られたことにも感動します。
 戦後1951年ハリウッドで制作された映画に、「歌劇王カルーソ」があります。イタリア出身の不世出のテノール エンリコ・カルーソの未亡人の手記を基にして大幅に脚色してつくられた伝記映画です。この映画では、マリオ・ランツァがカルーソー役で主演して、いろいろなオペラ・アリアからカンツォーネ・ナポリターナ・ポップスまで歌いまくりますが、誕生から、聖歌隊で歌っていた少年時代も描かれています。早逝する母は、エンリコの歌の才能を信じていました。少年時代は、ピーター・エドワード・プラスが演じていますが、歌は合唱場面だけで、ソリストとしてどうであったかはよくわかりません。むしろ、カルーソが大成してから、教会で聖歌隊の少年たちと一緒に歌うシーンで、ボーイ・ソプラノの独唱を聴くことができます。
  「サミー南へ行く」「太陽の帝国」はいずれもイギリス映画で、ボーイ・ソプラノの扱いは、主題歌か挿入歌であり、形態としてはソロ・合唱と様々ですが、少年らしさを演出していることにおいて共通しています。「サミー南へ行く」の主題歌を歌うファーガス・マクリーランドの歌は、クラスに何人かいる歌のうまい少年の域を出ませんが、「太陽の帝国」の中で、冒頭「Suo Gan」を歌うジム役のクリスチャン・ベール(吹替え)の歌は、正統派のトレブルの歌です。「Suo Gan」は、「歓喜」という意味だそうです。ジェームズ・レインバードが吹替えで歌っています。なお、この少年は「アマールと夜の訪問者」タイトルロールを歌い、そのCDは今でも定番と呼ばれているほどの実力者です。 
 「寄宿舎(悲しみの天使)」は、フランスの文芸映画の巨匠ジャン・ドラノア監督の作品で修道院学校の寄宿舎における上級生と下級生の間の愛にも似た友情をテーマとした重厚な作品で、ボーイ・ソプラノによるミサ曲や葬送の少年合唱はむしろ、背景として雰囲気を高めるために扱われているようですが、むしろこの作品では、ボーイ・ソプラノは通奏低音として流れているように感じました。 「コックと泥棒、その妻と愛人」には、本格的なボーイ・ソプラノのソロがバックミュージックとして流れています。しかし、この映画の場合、ボーイ・ソプラノは作品の生臭さを消す働きをしているように感じました。
 ドイツのハインチェ少年の「みどりの讃歌」もマニアの間では評判の作品ですが、残念ながら私はこの映画を見たことがありません。なお、ハインチェの映像と歌声は、別の機会に接する機会がありましたが、堅実な感じのするボーイ・ソプラノです。なお、ハインチェはこの映画を撮影したころ、本国ではかなり人気があったそうです。今でも、歌手を続けているという情報もありますが、少年時代の人気にはほど遠いようです。
 最近では、アメリカ映画「ホーム アローン」では、主人公のカルキン少年と隣のおじいさんとが仲良くなる教会のシーンでは、アダン作曲の「オー・ホーリー・ナイト(さやかに星はきらめき)」が少年合唱で歌われています。「太陽の帝国」や「ホーム アローン」の音楽担当は、20世紀最大の映画音楽作曲家と呼ばれるジョン・ウィリアムズで、ボーイ・ソプラノの魅力をよく知っている音楽家と言えましょう。また、「ハンニバル」や「ロード・オブ・ザ・リング」でも、ボーイ・ソプラノが使われています。とりわけ、「ハンニバル」では、リベラが歌っているので注目されます。最新情報では、2005年に日本でも公開されたスペイン映画の「バッド・エデュケーション」は、同性愛の世界を描いた毒気の強い映画ですが、ボーイ・ソプラノが使われています。「帰れソレントへ」を「庭師」としたボーイ・ソプラノソロはなかなか魅力的な歌でした。

  (3)世界少年独唱・合唱映画

  ここでは、 少年の独唱や合唱を背景にするだけでなくメインにした外国映画の中で、代表的なものを採り上げ、いろいろな角度から論評してみます。なお、掲載順序は不同です。

 
 @ 野ばら

 この映画の原型になるものは、1930年代に制作された「ウィーンの孤児」という白黒映画で、この映画をリライトしたものが「野ばら」(原題 「我が生涯の最も美しい日」)です。外国映画の日本公開にあたっては、客入りを考えるため、当然のことながら直訳ではないロマンティックな題がつけられることが多いようです。原題は、主題につながっていることもあります。この映画の場合、ハンガリー動乱で避難してきた主人公のトーニ少年が、親切な老人に引き取られ、やがてウィーン少年合唱団に入り、アメリカ公演の劇「美しい兄弟」で主役に抜擢されたときに言うセリフです。
 このドイツ映画は、復興期のアデナウアー政権下のドイツ映画で、この時期のドイツ映画で日本公開されたものはおおむね健全な倫理観が満ちあふれています。そのため、寓話化された部分もありますが、何よりも人の善意を感じる映画です。主演を奪われた少年の心に芽生える嫉妬という負の感情さえ、「しるこ」や「ぜんざい」における塩の働きをしています。
 印象に残る場面は歌と共にあります。トーニ少年が家事を手伝いながら歌う鼻歌の美しさに養父のブリューメルが驚いて歌う二重唱「陽の輝く日」、入団試験の課題曲「ウェルナーの野ばら」、バスの中や遠足で歌われる「歌声響けば」、山の上で歌われる「「ヨハン大公のヨーデル」等、独唱、二重唱、合唱などが、自然な形で映画の中に盛り込まれていますが、とりわけチロルの背景を舞台に歌われた歌の数々は心に残ります。しかし、1957年に制作されたこの映画は、あくまでも音楽映画であって、1960年代に日本でも爆発的にヒットしたダンスの比重が高いミュージカル映画とは一線を画しています。なお、主演のソリストの声は吹き替えですが、当時のウィーン少年合唱団の水準がいかに高かったかが伝わってきます。
 なお、主演のミヒャエル・アンデは、その後も俳優を続けたようで、1960年代後半には、スチーブンソンの「宝島」で、主演のジム役を演じたものが、NHKテレビ放映されたことがあります。(そこでは、マイケル・アンドと英語読みで紹介されているのが笑えました。)

  
A 青きドナウ

 「野ばら」が、ウィーン少年合唱団出演映画ならば、「青きドナウ」は、ウィーン少年合唱団主演映画と呼ぶべきでしょう。前者がハンガリー動乱で孤児になったトーニ少年を主演にしながらも、合唱団の先生と寮母の恋愛を絡めたりして、ウィーン少年合唱団は背景的に描かれていたのに比べ、後者は主演の二人の少年を含めウィーン少年合唱団が主演した映画であるからです。
 この映画の原題は、映画のパンフレッドに「Born to Sing」(歌うために生まれて)と書いてあったので、ずっとそれを信じていましたが、ビデオを買ったとき「almost Angels」(ほとんど天使)であることを知りました。その理由は、アメリカのディズニー映画「almost Angels」がイギリスに渡って「Born to Sing」になったそうです。また、ウィーン少年合唱団のあるオーストリアはドイツ語圏ですが、セリフも登場人物の名前も英語読みで、本来なら、例えばピーターは、ペーターであるべきです。主演級の少年たち少なくとも4人は、ウィーン少年合唱団員ではなく少年俳優です。ですから、「野ばら」同様、歌声は吹き替えになっています。
 この映画では「変声期」を巡る少年たちの心の葛藤が主題になっています。美声の新入生 トニーは将来を嘱望されますが、変声期近づいた先輩ピーターはソリストを外され、嫉妬からいろいろと意地悪をします。しかし、トニーがそれを庇ったところから友情が生まれていきます。ピーターに変声期が訪れたとき、トニーは仲間と共にそれを隠し一緒に海外演奏旅行ができるように画策します。その計画は失敗しますが、その友情に感動した先生たちは、ピーターを指揮者助手として海外演奏旅行に連れて行きます。
 ウィーン少年合唱団では、実際に団員に指揮をさせることもなければ、演奏旅行の前には、変声状況の調査をしているようで、こんなドラマティックなことはないそうです。ディズニーは、ウィーン少年合唱団、いや少年はかくあるべしという想いでこの映画を制作したと考えられます。少年には高い理想を!少女にはあこがれを!そういう理念で作られた映画が最近は本当に少なくなってきました。悲しいことです。
 なお、トニーを演じたヴィンセント・ウィンターは、数年前50歳で亡くなったというニュースが入りました。ピーターを演じたショーン・スカリーは、マーク・トウェーン原作の「放浪の王子(乞食王子)」にも主演しています。

  
B コーラス

 フランスでは、この映画を国民の7人に1人が見たそうです。「コーラス」が日本でも大ヒットになって、世間の関心が少年合唱に向かってくれることを私は心から願っていました。確かに日本でもそれなりのヒット作にはなりました。確かに音楽の面では、すばらしい映画であり、「野ばら」や「青きドナウ」では描かれなかった人間の醜さや弱さも描かれています。だから、この映画はただのお子様向けの映画ではない深いものがあります。しかし、それ以上の何かが欠けていました。それは、一言で言えば「恩」と「情愛」という人間にとって根源的なものでした。
 この映画は、世界的名指揮者モランジュが、公演先のアメリカで母の訃報の電話を受け取るところから始まります。葬儀が終わった後、彼を約半世紀ぶりに訪ねてきたのは、少年時代に学んだ寄宿学校 俗称「池の底」の同窓生のペピノでした。ペピノが差し出す古い写真を見て、
「この先生の名前は何だったかな。」
それはないでしょう、モランジュさん。あなたの才能を発見して、すさんだ精神的「池の底」より救出してくれた恩人じゃありませんか。あなたがその後必死で人生を駆け抜けてきたのはわかります。しかし、人はどんなに忙しくても、決して忘れてはならないことがあるはずです。
「あの、ツルッパゲ(あだ名)、あれからどうしたんだろう。僕はあれから必死で人生を駆け抜けてきたので、訪ねるゆとりもなかった。」
というセリフだったら、どんなに嬉しかったことか!
 それをフランス人の国民性のせいに帰してしまうのは早計です。私はフランスの作家エクトル・マロの「家なき子」におけるビタリスとレミや、現実の世界におけるピアニストのコルトーとリパッティの麗しい師弟愛の世界を知っています。だからこそ、このドライさがたまらないのです。
 マチュー先生とそれを演じているジェラール・ジュニョの魅力は、凡人の魅力です。それは、寅さんととそれを演じている渥美清に通じるものがあります。かつて、劇場の幕引きをしていた渥美清が、女優に「その目じゃ、スターになれない。」と、馬鹿にされたとき、渥美清は、「自分の目は、庶民の哀感を表現できるのではないか。」と考えたそうです。偉大な凡人の言葉です。
 マチュー先生の人と行動の中には愚かな部分もありますが、それがまた魅力的だし、苦節の中でも美しい心を持ち続けていたことが、子どもたちに大きな感化を与えます。しかし、そこにも限界があるというのがこの映画が描く現実の姿です。「偉大な凡人」は、ときとして人を救い、世を救います。神様は、マチュー先生に孤児ペピノを育てる喜びを与えてくださったのですね。
 原作本では、マチュー先生が学校を去る場面で、生徒たちが投げたメッセージ入りの紙飛行機を全部拾っていますが、映画では一部だけしか拾いません。こういう部分の演出が荒っぽいんです。こういう一つ一つの行動は人柄の現われなのですから、もっときめ細かく丁寧に扱ってほしかったと思います。
 なお、モランジュの少年時代を演じたジャン=バティスト・モニエは、撮影当時13歳で、「サン・マルク少年少女合唱団」のソリストで、吹き替えでなしに歌っています。2004年夏には日仏の文化交流のため合唱団の一員として、2005年春には映画のプロモーションで来日しました。

   C 悲しみの天使(寄宿舎)

  「悲恋」や「ノートルダム・ド・パリ」などフランス文芸映画の名手として知られるジャン・ドラノワ監督が、老境に入ってから、寄宿舎生活を送る思春期の少年たちの愛にも似た友情を描いた1963年の作品。原題のLes Amiities Particulieresとは「特別な友情」の意味で、1970年に日本で最初に公開された時の邦題は「悲しみの天使」。20年後リバイバル上映されたときは「寄宿舎」と改題されました。
 1925年パリ郊外のフランスのミッション・スクールに候爵家の一人息子ジョルジュが入学してきましたが、規律の厳しい寄宿舎は彼にとって心を温めるものがない淋しい世界でした。入学してまもなく、彼は美しい下級生アレクサンドルのに心惹かれますが、それは、許されないことでした。この映画では二人の禁じられた友情が詩情豊かに描かれますが、そこが最大の見所でもあります。やがて、彼らの秘密の関係は神父の知るところとなり、神父はジョルジュに別れるように諭しますが、それはアレクサンドルの自殺という悲劇を引き起こしてしまいます。ミッションスクールを舞台とした作品ですから、全編通奏低音のように少年合唱が流れています。特に温室での密会の場面と、アレクサンドルの葬式の場面は印象的です。
 この映画に影響されて漫画家 萩尾望都が名作「トーマの心臓」を描いたことは、よく知られています。また、竹宮恵子と増山法恵は、LP「ガラスの迷路」で、この映画の影響を受けたと思える「会話」を作っています。とにかくこの映画ではアレクサンドル役のディディエ・オードバンの可憐で情熱的な美しさが際立っています。なお、ディディエ・オードバンは、少年俳優を経て映画監督になっていますが、昔の面影を見ることは難しいようです。

   D  チップス先生さようなら

  イギリスの作家ジェームズ・ヒルトンの代表作「チップス先生さようなら(Goodbye, Mr. Chips)」は、2度映画化されています。1939年のロバート・ドーナット主演作のものは、原作に比較的忠実で19世紀末から20世紀初頭を背景に描かれています。ここで採り上げるのは1969年のピーター・オトゥール主演のミュージカル映画として、第一次世界大戦から第二次世界大戦の頃に時代を移して脚色されたものです。
 イングランド南部の田園都市のブルックフィールド・スクールに勤めるアーサー・チッピングは、親しい人からはチップス先生と呼ばれていましたが、教育熱心で、教え子たちを心から愛しながらも、厳格さが災いして生徒たちにその愛はなかなか受け容れられず悩んでいました。夏休みを利用して、イタリアへの旅に出かける途中、紹介されたミュージカル女優のキャサリンと知り合い、心を通わせあい、やがて周囲の反対を押し切って結婚するなかで、人間的魅力が増していくというストーリーです。ペトゥラ・クラーク扮するキャサリンがミュージカル女優という設定からして、歌は数多く採り入れられていますが、チップス先生役のピーター・オトゥールも、「マイ・フェア・レディ」のヒギンズ教授のような語りの歌を歌っています。生徒たちも、混声で「大人になれば」「学校時代」を歌っています。

   
E  クリスマスキャロル

 イギリスの文豪チャールズ・ディケンズの名作「クリスマスキャロル」をミュージカル映画化したこの作品は、19世紀ロンドンの下町を舞台に守銭奴という言葉がふさわしいスクルージの転機が見事に描かれています。クリスマスキャロルが流れ、人々のざわめきが聞こえるクリスマス・イブのロンドンの街。しかし、金貸しのスクルージには、そんなことは無関係。借金を返せない貧乏人は救貧院に入るか、死ぬかどちらかだ。そうすれば人口増加が抑えられるだろうなどと考えていました。その夜、現れたのはかつての共同経営者マーレイの亡霊。スクルージを過去・現在・未来の世界へと誘います。それによって、スクルージの心の底に眠っていた愛や善が甦り・・・というおなじみのストーリーを映画は、ヒューマンなタッチで描いていきます。
  スクルージの転機となった最大の要因は、冷遇されている使用人クラチットの息子で重病のティム(リッキー・ボーモン)が歌う「美しい日」。音楽的には多少頼りなさを感じる歌なのですが、そのけなげさが聞く人の心を打ちます。夢から目覚めたスクルージは、家を飛び出し、ありったけのプレゼントを用意してクラチット家へ行き、ボブには休暇を十分与え給料も上げ、ティムをよい医者にかけることを約束しました。町の人々へもたくさんのプレゼントを用意したスクルージの表情は輝いていました。

     
F   ボーイ・ソプラノ ただひとつの歌声

 この映画の原題は「BOYCHOIR(少年合唱)」ということで、少年の歌声に焦点を当てた邦題とニュアンスが違いますが、これは、「野ばら」や「青きドナウ」も同じことで、少年合唱を通して少年が成長するというテーマは、共通しています。さて、主人公ステットの家庭は、この種の映画のどの家庭よりも複雑で、それ故に愛情に飢えており、感情を抑えきれず、争ったり、反抗したりするという言動にもつながっています。
 「人は出会うべき人には必ず出会うものです。早過ぎぬ時、遅過ぎぬ時に。」
と、哲学者の森信三は喝破しました。ステットにとって、歌の才能を発見した校長、母親が交通事故死してから現れた父親が愛情は欠如していても金持ちであったこと、とりわけ、少年合唱団で音楽の師であるとともに人生の師であったカーベルと出会ったことが、自分を見る眼を育て、いじめに耐え、歌に打ち込むことを可能にしたのです。それがあまりにも短期間であったことが、ややドラマとしてのリアリティを薄くしますが、同時に、人は覚醒したときどれだけ素晴らしく変容するのかということを浮き彫りにしています。ステットが、ソリストとして活躍したのは極めて短期間でしたが、変声期を受け容れて次のステップに向かって前に向いて歩めるようになったのは、自分は、興味を持ち集中して行えば、たいていのことはできるという自信を持ったからでしょう。
 また、この映画では、合唱団の経営といったこれまでの映画ではあまり採り上げられなかったことも描かれています。合唱団は組織ですし、経営者として清濁併せのむ団長や指導者間の考えの違いなども描かれています。合唱団において、指導者間のチームワークがいかに大切かということを改めて感じました。
 「大切なのは生き方だ。キャリアじゃない。」
カーベルの片言隻句には、これまで決して順境ではなかったカーベルのこれまでの人生の知恵が込められていたでしょうし、その真意を理解したからこそ、ステットは楽譜隠しのいじめにも耐えられたのでしょう。合唱団に入団してからステットの顔の表情が、次第に変わっていくところも興味深く感じました。それは親からもらったものだけではなく、自分で創っていったものでもあったでしょう。


   
(4)日本映画におけるボーイ・ソプラノ

 日本映画には「独立少年合唱団」が登場するごく最近までボーイ・ソプラノの出てくる映画はあまりなかったといってよいでしょう。しいて挙げると、「無法松の一生」で長門裕之少年の「青葉の笛」が、石原裕次郎主演の「敗れざる者」で小倉一郎少年の「星の世界」が、「男はつらいよ 寅次郎真実一路」で、大原麗子の息子役の少年が「里の秋」を歌うのが聞けるぐらいで、「戦場のメリークリスマス」「いつか来た道」で歌うのは外国人の少年や少年合唱団であり、「哀しい気分でジョーク」で歌うのは少年少女合唱です。これは文化の差と言うこともできましょう。
 ところが、一般の目に触れることの少ない教育映画という領域では、ウィーン少年合唱団が初来日した直後の昭和31年(1956年)東映制作の「少年合唱隊」という映画が作られています。長野県のとある田舎町の小学校を舞台に物語は展開します。その学校ではこれまで少女合唱隊があってきれいな歌声を響かせていました。ところが、当時新進声楽家であった栗林義信扮する先生の発案により、少年合唱隊も作ろうということになり、主人公の6年生の少年が入隊するのです。最初は親から反対されたり、入隊した友達もだんだんやめていったりしましたが、主人公の少年は意志強く練習を続け最後にはソロで歌うようにまでなります。他の少年たちも最初地声で歌い、少女たちからさかんに笑われますが、先生が頭声発声で歌わせようとする努力の結果、最後はすばらしい歌声を聴かせるようになり、主人公の父親が勤める鉄道や盲学校などに慰問に行き、喜ばれるまでになるというストーリーです。昭和30年代初頭の子どもって、こんなに素直だったのかというのが驚きです。さて、「少年合唱隊」のストーリーは、この当時の教育映画ならだいたいこのような単純なもので、のどかなものでしたが、現実離れしているところは特に気になりませんでした。今は、子供向きの番組でも、ものの裏を見たり、斜めから見たりが多すぎます。同時期に作られた「野ばら」も考えようによっては善意のかたまりみたいなものです。子どもの心の成長には、批判力よりも感動をと思っています。
 また、この中の合唱は(「東京少年少女合唱隊」になる以前の)「東京少年合唱隊」と「東京少女合唱隊」によるものです。SPにまで録音された彼等のすばらしい歌声は、日本の少年合唱の原点とも言えます。頭声発声普及にも貢献した映画ではないかと考えられます。
  それから12年後、高度経済成長まっただ中の昭和43年(1968年)、グランプリ賞を獲得した教育映画「山の子の歌」が作られます。この映画は、東京の小学校から山の分校へ転校してきた歌の得意な少年と山の少年たちのの友情が歌を通じて生まれる物語ですが、単に合唱の意味とすばらしさを訴るだけでなく、高度成長の影で置き去りにされがちな山村問題、労働の都市集中、過疎等日本社会の基礎的課題に目を開かせようとする社会派の映画にもなっています。この映画では、多くの転校を扱った映画と同様に、主人公の少年がカルチャーショックでなかなかなじめず、東京の少年合唱団に入っていて得意だったボーイ・ソプラノも女みたいな声だとからかわれそうになる姿が描かれています。幸いそれが本格的な発声だという教師の指導によって、山の子たちも認識を改めますが、このあたりがどろどろしたところをカットした「教育映画」と感じさせます。なお、この映画では西六郷少年(少女)合唱団が登場して、歌声を披露しています。
 その後、平成になってボーイ・ソプラノを主題にした「独立少年合唱団」や、バックミュージックとして、少年合唱によるヘンデルの「メサイア」から「ハレルヤ」を活用した「バーバー吉野」が公開されました。

  
(5)「独立少年合唱団」

 日本の映画で正面からボーイ・ソプラノを取り上げた映画といったら、西暦2000年という記念すべき年に公開された「独立少年合唱団」こそが唯一の作品と言えるでしょう。この作品は、日本公開を前に、2000年第50回ベルリン国際映画祭「アルフレート バウアー賞」を受賞したということで、映画通の間では早くから注目されていました。そこで、この映画についての感想を時間を追って述べていきましょう。

 
@ 映画を見る前に
 春先より新聞等で話題になってきた「独立少年合唱団」いよいよ近日公開です。検索機能使ってみたら、けっこういろんなHPが取り上げているようで、この映画だけをかなり詳しく取り上げたものもあるようです。また、試写会を通して熱狂的なファンも生まれているようです。既にサウンドトラック盤も出ているようなので早速購入しました。ロシア民謡を中心とする合唱の部分では、独特の青臭い変声直後の歌声に混じって、ボーイ・ソプラノらしき声も聞こえます。ちょっと艶っぽい声ですが。(後で、カウンターテナーの横田裕一の吹替えとわかりました。)また、池辺晋一郎の音楽は、「少年時代」でもみられたようなナイーブな繊細さとはじけるような動きが魅力的です。実際の映像とどう対応しているのか興味深いところです。おそらく、最も胸をうつであろう美しいボーイ・ソプラノを失った少年が「ぼくの声になって」というメモを渡す場面、どのように描かれているのか、期待が高まります。小説も近日発売だそうです。


  
A 冒頭の言葉
  「独立少年合唱団」大阪では11月11日(土)からロードショー公開だったので、早速行ってきました。この映画は盛りだくさんな内容なのでいろんな切り口からアプローチできそうです。 本、シナリオ、サントラで事前学習して行きましたが、やはり、映像を見ないとわからないこともあります。冒頭における道夫の父の死の直前の言葉が、映画全体を貫いています。
 そして、それはラストの場面で甦ってきます。康夫の死とそれに続く「ポーリュシュカ・ポーレ」の合唱。そこで、康夫はもとの優しいまなざしで美しいボーイ・ソプラノを聴かせてくれます。
「おい、あれ、なんだっけ、あのコンサートは。」   

   
B 少年達の家庭環境
 少年達の家庭環境、変声期、友情・・・この映画の切り口はいくつもあります。そこで、数回に分けていろんな切り口からこの映画の魅力を語っていきます。

 まず第1弾は、少年達の家庭環境。道夫がこの独立学院に入った理由が父の死がきっかけであるように、全寮制の中学に入る少年たちは家族の愛に恵まれていないことが多いため、人一倍人の愛を求める気持ちが強いと思います。それが、行動としては反対に出ることも多いのでしょう。それは、坂田君の言動に典型的に見られます。坂田君の意地悪な言動の背景には、人の愛を求める気持ちがあります。少年たちが次々と禁止されている丸池に入る行動の背景には、お母さんに逢えるかもしれないという儚い夢があります。道夫は幼いときに母を失い、さらに父を失ったのですから、転入学以来、何かにつけて、自分をかばってくれる康夫に対して肉親の情に近い感情を持っていたと思います。

  
C 繰り返し出てくるもの
 繰り返し出てくるものには、深い意味があります。
折れ線グラフ、耳たぶを触る行為、軽トラックの試運転、単調な気象予報、康夫の自己紹介の言葉、教科書の代読・・・
みんな重い意味をもっているように思います。
 そして、一番多くくり返されるのが橋の場面。あの橋は何を象徴していたのか考えてみました。現実社会と隔離された学校をつなぐもの、それとも心の掛け橋、それとも二つの死をつなぐもの、どれもそうであり、どれもそうでないような気がします。某雑誌には、制作者による現実社会と隔離された学校をつなぐものという説が載っていましたが、それ以外の解釈があってよいと思います。文章でも、映像でも、発せられたときから、一人歩きを始めます。 「康夫の自己紹介の言葉」は、2回出てきます。道夫が寮を逃げ出そうとする時と、死の直前。
「・・・ねえ、忘れないでね。」
その一言が、道夫を引き留めます。
運命共同体としての言葉が、道夫の気持ちを変えます。いや、康夫もかつて道夫と同じように脱走をはかったのではないか・・・そんな連想さえしてしまいます。その熱い想いが二人を結びつけます。でも、最後の自己紹介は、康夫をこの世から引き留めることはできませんでした。
 そして、教科書の代読こそ、二人の友情の象徴。お互いが一番辛いとき、それを代わって行うという行為こそ、最高の友情の姿。それは、ある部分では控えめな恋愛に近い感情かもしれませんが・・・「走れメロス」がそれを具現化していました。

   D 愛のまなざし

  歌舞伎でもオペラでも長年生き残っているものには、たとえストーリーがわかっていても、そこを役者がどう演じるかということが大きな興味となって繰り返し見てもいっこうに飽きさせないものがあります。「独立少年合唱団」もまた、そのようなストーリーがわかっていても、役者の細かい表情の変化を見たりする楽しみがあると言う点で共通性があります。知らず知らずのうちに登場人物に感情移入してしまうという点でも、怖さすら感じる映画です。一度見ただけでは、見落としていたことでも、繰り返し見ているうちに発見したこともあります。
 最初見たとき、夏休み以後、康夫が憎しみに満ちたきついまなざしになることばかりが心に残っていましたが、道夫が代わりに本を読む場面では、愛のまなざしに戻っているのでほっとしました。たくさんある歌のうち「兄弟仁義」を道夫に歌わせたのも、あの歌詞が康夫と道夫の友情を暗示しているということなのでしょうかね。まさに、男心に男が惚れての世界です。
 繰り返し見ているうち、「愛のまなざし」は、康夫の本質だと思うようになりました。康夫は、親をはじめ人に裏切られることがあっても、人を本気で憎んだりしたとは思えません。左翼思想は所詮借り物。あの「造反有理」の文字の何と幼いこと。一人の人間として里美を助けたかったという正義感が思想と行動の原点。私はこの時代のことを知っています。里美と思想は180度逆ですが。多くの若者は本気で日本の将来を憂いていました。僕はゲバ学生に愛する日本を乗っ取られてたまるかと正義感に燃えていました。少なくとも、今楽しかったらええやんかという現代の若者の多数派の間ではびこっている風潮とは次元が違います。
 そういう意味でも、康夫役の藤間宇宙のまなざしの演技は、特筆するものです。

   
E 変声期の受け止め
 夏の合同練習で、女生徒から、
「男子は変わる前が一番キレイなんでしょう。」
と言われた瞬間、康夫の視線が定まらなくなり歌えなくなるという場面も、心に残るシーンの一つです。ここまでなるというのは、よほど心に突き刺さる言葉だったのでしょう。
 変声期の受け止めについても、男と女で、また、少年時代に美しい声をもっていたかどうかによって、かなり差ができると思います。
 私の例を挙げるのはおこがましいのですが、一つの事例として挙げておきます。たいした声ではなかったのですが、歌は好きでした。ところが、中3の後半に変声期に入って、声は艶を失い1オクターブぐらいしか出ず、本当に「こんな声じゃいやだ。」と思いました。周りの人からそんな声のことを話題にされるのは恥ずかしくていやでした。そのため、高校に入学したとき、選択教科で音楽はとりませんでした。あの時期って、個人差もありますが、精神的にけっこうデリケートなんですよ。

 焼け焦げたレコードは、康夫の死への衝動を触発したと思います。そして、康夫が最後に見た走馬灯があのバーチャルコンサートだったのでしょう。康夫にとっては、ボーイ・ソプラノを失ったショックははかり知れないものです。唯一の自信と誇りであったわけですから。誰もいない風呂場で康夫が指揮をしながら歌うシーンも、この映画の中で屈指の名シーンです。「こんな声じゃいやだ。」という気持ちよくわかります。この映画は、そういう少年のデリケートな心理をよく描いています。

   
(6)「バーバー吉野」と伝統文化

 「バーバー吉野」は、この作品が劇場長編デビュー作となる女性監督 荻上直子の作品で、リアリズムの視点から批評すれば、「ありえない」矛盾したことがいくつもあるのですが、それに目をつぶれば、伝統や家族の愛をどうとらえるかといった深いテーマが隠されていました。舞台となるのは小さな田舎町。この町では不思議な二つのの伝統が百年以上受け継がれていました。一つは「山の日」という豊作を願い、山の神様のためにお供えやお祈りを捧げること。この日、町中の少年たちは聖衣を着て「ハレルヤ」を合唱することになっています。TOKYO FM 少年合唱団がかげ歌で歌っています。というより、TOKYO FM 少年合唱団の歌声に合わせて少年俳優たちが口を合わせていると言うべきでしょう。もうひとつは少年たちの「吉野刈り」と呼ばれる髪型。「マッシュルームカット」か「坊ちゃん刈り」のようなその独自の髪型は、町で唯一つの散髪屋「バーバー吉野」で伝承されてきました。この町の少年たちは、長年当然のことと疑いを抱くこともなく「吉野刈り」を守ってきたのですが、そこに東京から最近流行の茶髪の転校生がやって来ます。そして周囲にも変化が起こっていくというストーリーです。
 映画のラスト近く桜井センリ扮する散髪屋の客の老人は「“伝統”は、やがて“伝説”になる。」と、いうセリフを残しますが、果たしてそれでよいのでしょうか。ヘアスタイルの「吉野刈り」は、どうでもよいことかもしれませんが、人は流行に振り回されるだけでよいのでしょうか。日本の美しいよきものと、それを支える精神文化が次々と破壊されている今、守るべきものの価値について改めて考えねばならないと思います。
 さて、少年合唱もある意味で伝統文化の一つです。歌声だけでなく、規律・気品・協力といった精神文化に支えられてそれは成立します。歌われる曲は時代と共に変わっていってもよいでしょうが、これらの精神文化が崩壊すれば、少年合唱そのものが成立しなくなります。少年合唱団の制服にも同じようなことが言えます。もし、今流行している迷彩服や、ハーフパンツ、スニーカーソックスで舞台に現れる少年合唱団がいたら、私はその合唱団を決して応援しません。それらの服装は、規律・気品・協力という精神文化とは対極に存在します。

    
 (7) 「馬頭琴夜想曲」

 ボーイ・ソプラノのソロが聴けると言うことで見に行った映画ですが、誰にでもお勧めできる映画とは言えません。むしろ、難解な前衛映画です。メノッティのオペラ「アマールと夜の訪問者」とスペイン映画「汚れなき悪戯」を象徴劇にして、時代は昭和30年頃にして、極彩色で描いたような作品です。 
 ある雪の夜、教会の前に馬頭琴とともに赤ん坊が捨てられました。昭和20年長崎に落とされた原爆で一命をとりとめた修道院長は、その馬頭琴のかつての持ち主をよく知っていました。赤ん坊は世羽(ヨハネ)と名付けられ、教会で育てられます。生まれつき足の悪いその赤ん坊は、やがて少年になり、広大な宇宙に憧れを抱くようになり、ある晩高熱にうなされますが、神のご加護で足が治るというストーリーです。
 東京荒川少年少女合唱隊とモデルクラブのSugar&Spiceに所属する原田光のボーイ・ソプラノは、ここでは、聖歌的な歌い方をしていますが、私はあまり強い印象を受けませんでした。なお、原田光は、ミュージカル「レ・ミゼラブル」のガブローシュ役でも歌っているようです。

   (8) 「北のカナリアたち」 

  平成24(2012)年東映創立60周年記念作品として創られたこの映画には、歌唱力のある少年だけでなく少女も出演します。北海道最北端の離島、おそらく礼文島と思われる島の分校で小学校教師を務める吉永小百合演じる川島はるは、6人の教え子たちの中に歌の才能を見出し、合唱を指導することによって、少しずつ心の交流を深めていきます。ところが、この子どもたちは、家庭の事情などもあって心に傷を負った子どもたちばかりで、ねたみと誇りを共に持っているため、指導は困難であったと思われます。ソリストをめぐるねたみなどどろどろとした感情がこの作品を重苦しいものにします。歌によって師弟間の絆が生まれ、子どもたちが幸せになるという単純なストーリーでないところが、つらいところです。子どもたちは、6人とも揃って歌がとても上手ですが、逆に上手すぎてそんなに上手な子どもが6人揃うことはありえないと思わせてしまいます。3100人の中からオーディションで選ばれた子役たちの優れた歌唱力は、逆に作品そのものを嘘っぽく感じさせてしまいます。なお、鈴木信人役の小笠原弘晃、 生島直樹役の相良飛鷹、松田勇役の菊池銀河は、それぞれ強めの声としっかりした歌唱力をもったボーイ・ソプラノです。

   (9) 「くちびるに歌を」 

 合唱をテーマにして全国公開された日本映画は数少なく、歌声運動が盛んであった頃の残照のような「俺たちの交響楽」、全寮制男子中学を舞台に、合唱に情熱を燃やす少年たちの姿を描いた「独立少年合唱団」、高校の合唱部の女子高生が合唱を通して育っていく「うた魂♪」ぐらいを思い出す程度です。そのような中で、「くちびるに歌を」は、少年合唱が描かれた映画とは言えませんが、間違いなく、合唱を通して中学生たちが人間的に育つ映画です。
 しかし、ストーリーには納得しにくい部分もありました。先ず、主演の音楽教師・柏木ユリが、恋人を交通事故で失ったという事情はあるにせよ全くピアノを弾こうともしないし、生徒たちとの出会いの場である就任のあいさつでは全くやる気を感じさせないので、これで中学生たちがついていくでしょうか。もともと女子だけの合唱部に先生が美人だからというだけで、男子生徒が入部するでしょうか。また、こんな先生を採用する教育委員会は、音楽の教員免許さえ持っていればよいのでしょうか。どんな名ピアニストでも一年間ピアノを弾かないと本当に弾けなくなってしまいます。いわゆる熱中先生が情熱を傾けて生徒を変えていく映画でなくてもいいのですが、この辺りにもう少しリアリティがほしいです。
 また、生徒たちの家庭環境の設定も違和感が残ります。父親に二度も裏切られながらも、けなげに生きる部長の中村ナズナ。彼女を支えたのは、祖父母の教え、それともカトリックの信仰?また、自閉症の兄を迎えに行く弟の桑原サトルは、兄の面倒をみることが自分が生まれてきた理由と親から言われて、素直にそれを受け容れられるんだろうか・・・『拝啓 十五年後の君へ』の宿題に一人だけ手紙作文を提出したりして等と考えると、感情移入が難しくなってきます。
 しかし、舞台となる長崎県五島列島の風景の美しさによって育まれるものや、合唱の質がだんだんよくなってくること、コンクールの会場で終了後合唱の輪が広がってくることなど、前述したことに目をつぶれば、人間の良い面と悪い面を両方見ることのできる映画であることは間違いありません。桑原サトル役の下田翔大のボーイ・アルトの独唱『マイバラード』も少しだけですが、聴くことができます。自然な発声で、中学1年生ならば各学級(年)にこれぐらいうまい少年は一人はいるだろうなと感じさせる歌です。しかし、中学3年生となると変声前ということが早熟化の進んだ今では貴重です。なお、撮影時下田翔大は、小学6年生であったとのことです。

 (10) 映画「誘拐報道」の主題歌「風が息をしている」 

 息をしていることは生きていることの証です。映画「誘拐報道」(1982) の主題歌「風が息をしている」は、一度耳にすると忘れることのできない曲です。この歌がある故に、この映画のDVDを購入しました。この主題歌の魅力は、谷川俊太郎の詩の深さ故でもあり、菊池俊輔の美しいメロディ故でもあり、林牧人の清冽なボーイ・ソプラノの歌声の故でもあります。この映画の主題は、何でしょう。この映画は、本来悪人ではない人間が借金地獄に陥り、ついには娘の同級生を身代金誘拐という犯罪を犯し、結果として被害者の一家だけでなく自らの家族をも不幸のどん底に落とし込んでしまった宝塚市学童誘拐事件をもとにして描かれています。
 主題歌は、この映画の主題を歌にしたものです。また、この詩の原型は谷川俊太郎の「息」という詩に見られます。この映画の主題は、生きることの相反する矛盾ではないでしょうか。この詩の中で息をしているのは、風であり、星であり、人であります。風や星の場合、それは擬人的な表現ですが、確かにそう感じさせるものがあります。「生きているすべての命 せめぎあい もとめあい」という繰り返される言葉たちは、一人の人間の中で相反する矛盾した心を描いています。この歌は、その中でも特に、苦しみや悲しみといった心の動きを描いていますが、そのような心のひだに触れる林牧人の歌唱は、この1曲だけでも日本のボーイ・ソプラノの歴史に消えない1ページを残したと言えるでしょう。


    
 (11) ボーイ・ソプラノの声優 

        
 @ 歌声とセリフの関連

  歌声の美しい少年は、声優をやっても相当上手ではないでしょうか。歌と朗読の間には正の相関関係があると私は経験的に考えてきました。古くは、映画「ドリトル先生不思議な旅」で歌を披露してくれた名声優の内海敏彦、最近では「くまのプーさん」でクリストファー・ロビンを演じる白尾佳也(TOKYO−FM少年合唱団)の歌声とセリフを聴くと特にそう感じます。まだ聴いていませんいが、「マペットの宝石」を吹き替えた幸道嘉貴(TOKYO−FM少年合唱団)も「アマールと夜の訪問者」の舌を巻く名演技からすると、きっと声優をやらせても相当うまいであろうと推測されます。また、「独立少年合唱団」で主人公の康夫を演じた藤間宇宙も声優をしたことがあるそうです。(康夫の歌声は吹替えでしたが)
 ところで、私が子どもの頃、アニメや洋画や人形劇の少年役の吹替えは、どういうわけか女性ばかりでした。その当時はうまい少年俳優がいなかったのかもしれませんが。小学校低学年の頃は、男には声変わりがあるという事も知らなかったので、そのことがとても不思議だったことを覚えています。

         
A 塩谷 翼(よく)

 アニメの吹替えを行った少年声優の先駆者としては、「海のトリトン」のトリトン役をした塩谷翼(1958〜)が挙げられます。声質としてはアルトで、快活な中にも憂いのある少年らしい声による表現が見事でした。昭和33年生まれで、このアニメが放映されたのが昭和47年ですから当時13歳のトリトンと同じ年であったと思われます。変声後も声優を続けておられます。カッコよくて頼もしいヒーロー役から、老人役、にくめない3枚目までキャラクターは多彩です。「科学忍者隊ガッチャマン」の甚平、「伝説巨神イデオン」のユウキ・コスモなどが当たり役です。

      
B 内海 敏彦

  日本のボーイ・ソプラノの声優として、私ががこれまでに聴いた少年の中で最高だったのは、内海敏彦(1965〜)です。アニメの名作「あらいぐまラスカル」の主人公スターリングの声と言ったら、ああ、あの声かとおわかりいただけるかもしれませんが、それは素晴らしいボーイ・ソプラノでした。最盛期は1970年代中頃でしょうか。ただ可愛いだけでなく気品のある声と言葉遣いで、時には、情愛を感じさせるセリフをものにしていました。当時、俳優としても「少年探偵団・BD7」「マッハバロン」「ガンバロン」「大江戸捜査網」などにも出ていましたが、アニメだけでなく洋画の吹替えにもたくさん出演していました。「小さな恋のメロディ」「野にかける白い馬のように」のマーク・レスター、「鉄道員」のエドワルド・ネヴォラ、「名犬ラッシー・家路」のロディ・マクドウォール、「天使の詩」のシモーネ・ジャンノッツイ(弟ミーロ)、「クリスマスツリー」のブルック・フラーなど、その時代を代表する美少年スターの声ばかりをあてていました。しかも、「ドリトル先生不思議な旅」では、歌まで披露してくれ、これがなかなかのもので、その人気と実力は映画雑誌「スクリーン」の声優インタビューに登場するほどでした。
 そこでは、役作りの工夫などが語られていますが、「野にかける白い馬のように」の失語症の少年役では、感情による息づかいの違いまで工夫し、「天使の詩」の4歳の役作りでは、声を工夫して舌足らずのようにしたとのことです。また、セリフは全部暗記してアテレコは台本を見ずにやるというのですから、驚異的な記憶力と表現力の持ち主です。
 ところが、中学生になって「ガンバレ僕らのヒットエンドラン」というアニメの主人公役をやったときは声変わりが始まっており、この美しい声も奪われてしまうのかとすごく残念だった想い出があります。変声後芸能界を引退したそうです。

         
C 難波 克弘

 その後、少年声優としてすぐれていたのは難波克弘(1967〜)があげられます。NHK教育テレビの道徳番組「みんななかよし」でテレビにデビュー。その後、映画「ガキ大将行進曲」やテレビドラマ「1年B組新八先生」には、ハンサムだがやや弱々しい優等生役として登場しました。声も内海敏彦と同じ系統のきれいなボーイ・ソプラノであり、顔と声が一致していて、役に求められるものを的確に表現していました。声優としての代表作は、変声前は「クリスマスツリー」のブルック・フラーや「メリーゴーランド」のレナート・チェスティの吹替えでしょう。難病のため死んでいく少年の繊細な感覚をよく声で表現し、満都の紅涙を絞らせました。「クリスマスツリー」のブルック・フラーの声を、当時憧れていた内海敏彦が演じた3年後に再び演じているというのも、不思議な縁と言えるでしょう。また、「青い鳥」のチルチルも演じています。
 さらに、変声中は「オーメン2 ダミアン」のジョナサン・スコット・テーラーという二面性のある役の吹き替えを。また、変声後はアニメ「銀河漂流バイファム」のロディ・シャッフルという快活な役や「タッチ」の佐々木役など変声前とは違う役柄にも挑み、芸域を広げてきました。この声や役作りの変化を聞き取ることも、一人の少年の成長を追うという意味で興味深いものです。 現在は、コンピュータソフトのエンジニアをしながら、男声合唱にも取り組んでおられます。
(このたびHPをリンクさせていただくことになりました。感性豊かなエッセイには、その人と芸術が述べられています。)
       
http://alexsea.exblog.jp/i0/

        
D 松野 達也=松野 太紀(まつの たいき)

 主題歌がボーイ・ソプラノ ソロの名曲として知られているアニメ「星の王子様 プチ★プランス」の主人公 王子の声を演じたのが松野達也(1967〜)です。このアニメは1978年の作品ですが、今でも再放送されています。松野達也は、劇団ひまわりに所属していた子役時代には本名でしたが、現在は松野 太紀(まつの たいき)という芸名で、青二プロダクション移籍して、主として声優として活躍されています。
 「星の王子様 プチ★プランス」の王子を演じた頃は10歳ぐらいでしょうか。かわいらしい柔らかくてやさしい声でした。主題歌も歌っていると思っていた人もいるようですが、凛としたメゾ・ソプラノの鈴木賢三郎の声と違うことは、聞き比べてみたらわかります。このアニメの中では歌うことも求められており、ソロやデュエットを聴くことができます。話し声同様、ソフトでやさしい歌声で歌心もあります。現在は、はつらつとした声を持ち味として、「犬夜叉」の 鋼牙 、「天空のエスカフローネ」の ミゲル 、「金田一少年の事件簿」の 金田一 一 などを演じています。
    
       
E 浪川 大輔

 1980年代後半、洋画の吹き替えを中心に可愛い声で頭角を現した浪川大輔(1976〜)は、現在も声優として第一線で活躍中です。その洋画では、「ET」「コクーン」「ネバーエンディングストーリー」などの主役を演じてきました。変声期直前の頃には色気さえ感じさせる声でしたが今はかえってそのような色気を抑え気味に感じます。役柄のせいもあるでしょうが、むしろはつらつとしたハイバリトンです。今では、その声を駆使して、いろんな役をこなしていますが、「ターミネーター2」 のエドワード・ファーロング、「ロード・オブ・ザ・リング」 のイライジャ・ウッド「 ロミオ&ジュリエット」のレオナルド・デ・カプリオなど、二枚目のミドル〜ハイティーンの少年役がよく似合います。アニメの吹き替えも多くやっており、「少年声優」という表現が似つかわしい声優と言えましょう。

     
  F 小野 賢章(けんしょう )

 小野 賢章(1989〜)は、子役時代より舞台・映画・テレビドラマ等に出演していましたが、その名を一躍有名にしたのは、映画「ハリー・ポッターシリーズ」の日本語吹き替えで主人公・ハリー・ポッター役を担当しましたことによります。この映画は10年間に8作が公開されましたが、小野 賢章は、ダニエル・ラドクリフが演じたハリーポッター役をいわゆるキンキン声ではなく高い声でありながら落ち着いたトーンで自然に演じたことが特筆されます。また、ダニエル・ラドクリフがこの役を継続して演じ続けたように、同年齢で小学6年生であった小野 賢章もこの役の吹き替えを続けました。第3作の『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』では、声変わりの時期に入っており、戦いの場面では叫び声が出ないこともあってアフレコ収録で苦労したそうですが、そのようなことがきっかけで芝居について深く考えるようになったということです。今では声優と俳優を両立させ、さらには歌手としてもデビューしましたが、今後の活躍に期待しましょう。

 G 神木 隆之介

 大河ドラマ「義経」の牛若丸や、映画「お父さんのバックドロップ」「インストール」「ZOO」「妖怪大戦争」などで大活躍の現代を代表する人気少年俳優であった神木隆之介(1993〜)は、少年時代中島らもが、「目が溶けるほど可愛い」と評したように瞳の大きい愛らしい顔と声が売りでした。声優という狭い領域に閉じこめるのは問題ですが、声優としても非凡なものをもっています。子役の芝居には、どこかつくられたものを感じることがありますが、神木隆之介の演技は、つくられたものを感じさせず、自然さを盛り込むことができるのが大きな特色です。
 生まれた頃、身体が弱く「元気な子どもに」という両親の願いで2歳から芸能界に入ったということで芸歴も長く、声優としては8歳の時の「千と千尋の神隠し」の坊を皮切りに、「キリクと魔女」のキリク、「ハウルの動く城」のマルクルなどのアニメの吹き替え、「ぼくセザール・10歳半 1m39cm」のセザール、「皇帝ペンギン」の子どもペンギンなど、年齢とともに、可愛い中にも陰影のある声の演技ができるようになってきています。また、吹き替えではありませんが、第14回日本映画批評家大賞 新人賞(南俊子賞)受賞した映画「お父さんのバックドロップ」のサントラ盤を聴くと、芝居の部分の表情の豊かさはもちろん、副題の「Backdrop der mio PaPa」の発声の美しさは秀逸です。変声前の代表作は映画「妖怪大戦争」で、日本アカデミー賞新人賞を獲得。また、ドラマ「あいくるしい」では、次男の幌役だけでなくドラマがその目線で描かれているためナレーションもしていますが、詩的でよい雰囲気を創り上げています。また、平成17年の夏には、写真集「ぼくのぼうけん」も発売され、これまでの子役を超える活躍をしています。「少年俳優」という現時点では単発のムック本が発売されたのは、神木隆之介がいたからと言っても決して言いすぎではないでしょう。
 ところが、意外と早く同年(小6)の夏頃から変声期に入りました。 変声期に演じた映画ドラえもん「のび太の恐竜2006」では、恐竜ピースケ役という鳴き声だけという難しい役どころです。中3頃から声も安定し、映画「大日本人」「遠くの空に消えた」「Little DJ 〜小さな恋の物語〜」NHK連続テレビ小説「どんど晴れ」連続ドラマ「探偵学園Q」など次々と映画・ドラマに出演しています。声優としても「ピアノの森」の雨宮修平役や、「アーサーとミニモイの不思議な国」のアーサー役に出演するなど活動を再開しました。「借りぐらしのアリエッティ」「とある飛空士」では、完全に男声として活躍しています。声優としての魅力を最大限に発揮したのは、平成28(2016年に公開され手大ヒットした「君の名は」です。主人公の立花瀧はストーリー上、映画「転校生」のようにヒロインの女子高生と中身が入れ替わったり、元の17歳の男の子に戻ったりを繰り返すため、男っぽい口調とおねえ口調の間をめまぐるしいほど声色を変化させますが、それを見事演じ分けているのです。こうした演技の幅は、幼少期から数多くの声優の仕事を多数こなしてきた中から醸成されたものと考えられます。
 俳優としても、中学生、高校生・・・と、実年齢に応じた役柄を演じ、役者としても成長してきています。「心の糸」で、第51回モンテカルロテレビ祭(世界四大映像祭) 「テレビ映画部門」男優賞 にノミネートされ、第4回TAMA映画賞 最優秀新進男優賞 - 「桐島、部活やめるってよ」「劇場版 SPEC?天?」で受賞するなど、活躍しています。』俳優として大成するようその成長を見守りましょう。
 なお、少年時代ビュースイカカードのCMで、ペンギン役をしていますが、そのCMソングの歌声が神木隆之介であるかどうかについては、諸説があります。

ビュースイカカード (神木隆之介?)  https://www.youtube.com/watch?v=0bEmzPzAefw

 
H  池田 優斗

 アニメ映画「リトルプリンス 星の王子様と私」の王子様役で声優デビューした池田優斗(2005〜)は、この役を演じた時は、小学4年生。それまでにも、子役として、ドラマや映画等で活躍しています。同年に公開された映画「at Home」では、犯罪一家の次男として、自身も実親からの虐待に苦しんでいた少年役を好演する一方、舞台「エリザベート」(6月29日〜8月26日)ではオーストラリア皇太子の幼少期である少年ルドルフ役として演技だけではなく歌声も披露しています。オーディションでは、鈴のような無邪気で愛らしい笑い声と、悲しみやさびしさを声だけで演じきる演技力が決め手になり、満場一致で採用を勝ち取ったそうです。今後の活躍が期待されます。



                                      (続く)
                             
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