フレーベル少年合唱団

  
プロフィール

 フレーベル少年合唱団は、
「キンダーブック」や「アンパンマン」などの幼児向けの保育図書の出版や保育用品でおなじみのフレーベル館が運営する少年合唱団です。 昭和34(1959)年、企業の社会的還元という視点 より文化活動として、情操豊かな子供達を育むために我が国ではユニークな男子だけの合唱団をつくろうという理念で誕生しました。歴史的にみてもグロリア少年合唱団と並んで日本で一番長い歴史を持つ少年合唱団です。
 創立当初は、著名な作曲家・合唱指揮者であり、また、早稲田大学グリークラブの顧問・先輩でもある磯部俶先生が指導者でした。また、現在も美しい日本の歌の普及のために精力的に活動されている山本健二先生などが指導者であった時期もあります。その後、指導者も代わり、北島三郎の「与作」や、Kinki Kidsの「硝子の少年」などそのとき流行している歌を大胆にプログラムに採りいれたり、幼稚園児から団員を採るなど、時代の流れを読んだ活動をしています。また、合唱を家庭にも広めようという理念から、ファミリーコーラスに力を入れるなど音楽普及にも力を入れています。最近では、かなり実力をアップしていろいろなジャンルの曲に挑戦しています。
  フレーベル少年合唱団については、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』にその歴史的経緯が詳しく描かれています。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%99%E3%83%AB%E5%B0%91%E5%B9%B4%E5%90%88%E5%94%B1%E5%9B%A3

 私が、この少年合唱団を知ったのは、昭和30年代後半「みんなのうた」で、「おなかのへる歌」などを通してでしたが、「遥かな友に」の作詞・作曲者の磯部俶先生が指導者であったことを知ったのは、このホームページを作ってからです。また、アニメ「星の王子様」のテーマソングは、日本のボーイ・ソプラノのソロの名唱として今も話題にのぼりますが、この歌を歌ったのは、当時フレーベル少年合唱団員だった鈴木賢三郎(録音時は中1 放映時は中2)です。私は平成18(2006)年、野外コンサートで初めてその生の歌声に接することができ、平成25(2013)年定期演奏会を鑑賞することができましたが、かなり以前より録音によってその歌声に接することはできました。また、OB会と親交をもつことによって過去の録音に接し、また、最近ではビデオやDVDによってそのコンサートの様子を知ることができます。
  平成27(2015)年度より、音楽監督に兵庫教育大学の野本立人先生を迎えて、指導陣もその弟子を中心に入れ替わりました。中でも一番大きな変化は、変声中〜変声後も歌い続けたい団員(中学生・高校生・大学生)を「ユースクラス」として、独立させたことです。この方針は、やがてOB会合唱団と一つになることも期待されます。令和4(2022)年8月には、ステージではマスクを取った第60回記念演奏会を行いましたが、同時に3グループだった団員を4グループに分け、新たな段階に入りました。人数的には、合計80人ぐらいです。

   
           旧制服                       新制服             ステージによってはこんな制服も

かな心は美しい歌から

 まとまって、フレーベル少年合唱団の歌声を聴く機会をもったのは、磯部俶先生が指導されていた昭和42(1967)年に発売された「ぼくたちの演奏会」の録音でした。このレコード評を通して、当時の様子を振り返ってみましょう。
                                
  『ろばの会』解散の新聞記事を目にしてから時を経ずして中田喜直の訃報が入った。日本の子どもの歌にとって、一つの時代が終わったという感がした。 『ろばの会』ともつながりが深いフレーベル少年合唱団が歌うレコードのタイトルは、「ぼくたちの演奏会から」・・・少年たちがこれらの歌を歌わされて歌うのではなく、本当に「ぼくたちの歌」と感じて歌っているなら何と幸せなことだろう。このレコードが発売された1967年(昭和42年)、日本は高度成長の急な坂を駆け上っていた。それは同時に、ものの豊かさと引き換えに自然破壊や心の貧しさが問題になり始めた頃でもある。大都市では遊び場は狭められ、塾通いも目に付いてきたが、それでも、子どもの世界ではまだ群れて遊ぶ姿があった。してよいこと・悪いことについてもまだ一定のルールが生きていたように思う。音楽の世界ではビートルズやフォークソングが若者の心を捉えていたが、その余波は当然子どもにも及んでいたであろう。しかし、子どもの歌番組もけっこう盛んな頃だった。前置きが長くなってしまったが、そんな時代背景を知ってこのレコードを聴くとまた違ったものが聞こえてくるだろう。
 このレコードは、二部構成になっている。第一部はわらべうた、あそびうた。第二部は日本の四季や子どもの生活を歌った新しい童謡を中心とした選曲。それにしても、これらの歌は何とのどかで、ノスタルジックに聞こえることだろう。その頃、少年の時は今よりもゆっくりと経っていたにちがいない。例えば友達の家に「○○君、遊ぼう」と言って誘う声にもわらべうたと共通する独特のメロディがあった。そのような生活の土壌が15曲の小さなわらべうたの花々を咲かせたのだ。15曲ある曲はどれも短く、いわゆる聴かせどころがある歌ではないが、それだけに15曲続けて聴くことで、少年達の遊んでいるときの息づかいまでが聞こえてきそうである。
 日本の四季の情景を歌った童謡では、その季節の色が目に浮かんでくるではないか。合唱の合間に効果的にソロやデュエットがちりばめられているが、その色彩感のある歌声が、季節の色を想像させるのだろうか。しかも、これらの歌は日本の子どもだからこそ歌える歌と言えよう。
 美しい日本語とメロディを持ち味とする抒情歌の系譜は、平成になって日本から途絶えてしまったのではないかとさえ思うことがある。また、世代を超えて歌える歌も少なくなってきており、これが世代の断絶を深めているようにも思える。そのような意味でも、豊かな心は美しい歌からということをこのレコードは静かに語りかけているようである。

 いぬのおまわりさん ろばの会童謡名曲集」よりフレーベル少年合唱団が歌った4曲

  このCDを見つけたのは、岡山市に桃太郎少年合唱団の定期演奏会の帰りに、岡山シンフォニーホールとつながっている表町商店街のCDショップでした。演歌のCDが多い(それだけ需要があることが想像できる)CDショップでしたが、このCDにフレーベル少年合唱団が歌った曲が4曲あったので入手しました。そこには、1〜3分ぐらいの童謡が多く並んでいました。また、当時は「ろばの会」という名前は知っていても、どのような活動をし、その歴史的な意義については、ほとんど知りませんでした。改めて、このCDを通して聴くことで、昭和30年代から昭和の終わりごろの「子どもの歌」とそれを歌った歌手やボーカルグループを振り返ることができました。

 フレーベル少年合唱団が歌った4曲とは、(1)おすもうくまちゃん (12)ぼくのいなか (20)いちじく (22)サンタクロースになりたいな ですが、相撲の寄せ太鼓の前奏で始まる「おすもうくまちゃん」は、2匹のくまのこが楽しそうに相撲を取って力試しをしている感じが伝わってきます。やはり負けると悔しくて泣いてしまうくまのこもいるのでしょうか。これは、毎年春から夏に青年会議所の主催で行われるわんぱく相撲大会の地方大会の低学年の部では、よく見られる光景で、それと重ね合わせながら聴くことができました。「ぼくのいなか」、海のそばに田舎がある子どもはいっぱい魚を食べたことを思い出し、山に田舎がある子どもはきのこをいっぱいとってきたことを思い出し、3番は、みんなの田舎を汽車が回って運んでくれることを歌っています。帰省という楽しみがある子どもにとっては、たとえ汽車が新幹線に変わってもたいへん共感できる歌でしょう。「いちじく」は、水郷 潮来の風景を背景にして、いちじくが売れていることが繰り返し歌われます。舟で移動する潮来の風景を知ってこそ、この歌は子どもたちにと手tよく理解できる歌になるのでしょう。「サンタクロースになりたいな」は、サンタクロースからプレゼントが欲しいというのではなく、自分がサンタクロースになって、そりに乗って仲よくしてくれる子にプレゼントしたいけれど、いじわるする子にはあかんべだ、とか、残らずやっては惜しいからぼくのもちょっぴり残しとくというところが面白いです。

 フレーベル少年合唱団は、決して技巧に走らず、この歌にふさわしく素朴な歌を歌っていて、それがたいへん好感をもてます。フレーベル少年合唱団の名を知ることになった「おなかのへる歌」は、このCDでは、ダークダックスによって歌われていますが、技巧的にはうまみのある歌でありながら、その技巧の部分だけが目立ってしまうということにも気づきました。一方、料理番組「くいしん坊!万才」でレポーターを務めた友竹正則が、子どもの歌の心を深くとらえて歌っていることも心に残りました。

磯部俶先生の自伝「遙かな友に」
 
 フレーベル少年合唱団の指導者として創立から22年間関わられ、日本の少年合唱の発展に貢献された磯部俶(とし)先生の自伝「遙かな友に」の中にもフレーベル少年合唱団は登場します。「フレーベル少年合唱団のこと」と題して書かれた4ページほどの文ですが、磯部先生がこの合唱団の指導に精魂を傾けてこられたことがわかります。
 前半は、創立8年目に作曲家の清水脩先生から贈られた一文がそのまま載っています。清水先生によると、フレーベル少年合唱団のよさは「いつまでも音楽に対して純粋さを失わない。」最高のお言葉ではありませんか。
 後半は、磯部先生が取り組まれたことの一端が述べられています。発表会のために無報酬で書かれたオペレッタ「ありときりぎりす」「粉屋とロバ」「三匹のこうもり」「孫悟空」等のこと。父母の会ファミリーコーラスを結成されたこと。どれ一つとっても、大きな情熱なくしてはできない仕事です。
 また、「まどみちお作詞の団歌を聴くと教えても教えても直ぐに変声してしまうあの少年合唱団の育成の難しさが懐かしく想い出されるのである。」と結んでおられますが、これこそ、少年の声の魅力の根源でもありましょう。

創立20周年記念演奏会       昭和53(1978)年8月27日

    
挑戦する少年合唱団

 フレーベル少年合唱団OB会が、過去の録音を復刻してその足跡を温(たず)ねるという企画を開始されました。すばらしい試みだと思います。日本では少年合唱団のライブレコード・CDが発売されることが希であるだけでなく、たとえ発売されても、コンサート会場でしか入手できないことが多く、購入者はそのコンサートを鑑賞した人(多くは団員関係者)に限られているからです。
 フレーベル少年合唱団に今も変わらず流れているもの、それは「挑戦する心」でしょう。
それは、初期の指導者の磯部俶先生が作曲家であったから可能だったことでもありますが、有名なプロの作詞家だけでなく、無名の大人・子どもの詩に自ら作曲して、それをコンサートで発表されたことです。それは、挑戦の連続であったと同時に、指導者が代わったりすると繰り返し演奏して定番化する機会を少なくしたと言えましょう。そのようなフレーベル少年合唱団の精神は、いろんなジャンルの曲に挑んだり、異質な楽器との合同演奏をするという形で現在に引き継がれています。
 
 コンサートは、4部構成で、第1部 小学生と大人の詩による合唱組曲「優しい愛の歌」、第2部 児童・女声のための合唱組曲「日本のわらべ唄」、第3部 フレーベル少年合唱団創立20周年記念公募作品より小学生の詩による合唱組曲「お父さんお母さん」、第4部 ポピュラーソング・メドレー「フレーベルうたの日記」からなっていますが、有名な曲はもちろん、今では全く聴かれなくなってしまった曲の中にも、深い感動を与えてくれるものがあります。
 例えば、第1部の「優しい愛の歌」の最後を飾る「片耳の大鹿よ」は、椋鳩十の物語を読んで感動した子どもの詩に磯部俶先生が作曲したものですが、大河ドラマのような山あり谷ありの名曲で、狩人と大鹿の心の絆を歌い上げたラストに向かう部分など合唱の醍醐味を味わうことができます。また、「日本のわらべ唄」は、清水脩先生が、ボーイ・ソプラノを意識して編曲されたため、オブリガードの響きの美しさは絶妙で、語りの部分など子どもたちの息づかいまでが伝わってきます。第3部は、少年合唱団が公募作品を募集して、作品が集まるというところに、当時の少年合唱団の人気を推測することができますが、自然な親子の愛を感じる作品群は、組曲としてのまとまりには欠けるにせよ、このような企画をしたことに感動を覚えます。第4部は、団員が入団テストから現在までを日記で綴るという縦糸と、A組(年長)・B組(年少)だけでなくファミリーコーラス、OB会という多様な歌声を育んできた合唱団の広がりという横糸を編んでいった名ステージで、変化に富んだ選曲が見られ、当時のフレーベル少年合唱団のよさが確実に伝わってきました。

 
このコンサートを通してフレーベル少年合唱団の原点を知ることができました。「温故知新」という言葉を実感するコンサートでした。

第21回定期演奏会 マレーシア公演報告を兼ねて 昭和56(1981)年10月18日

 これは、フレーベル少年合唱団の一つの頂点をなすコンサートと言うことができましょう。この年の夏、山本健二先生に率いられたフレーベル少年合唱団は、初めての海外公演としてマレーシア公演を行いますが、その報告を兼ねて行われたこの定期演奏会は、曲の多様性や編曲の工夫だけでなく、演奏水準の高さにおいても傑出したものになっています。

   
編曲によって活かされた繊細なボーイ・ソプラノの美

 第1部は「愛唱歌集」で、「みんなの歌」で採り上げられたような曲が並んでいます。どれもおなじみの曲なのですが、編曲がボーイ・ソプラノの繊細さを活かすようになされていて、「禁じられた遊び」や「荒城の月」のような叙情的な歌はもとより、「おお牧場はみどり」や「元気に笑え」のような元気な歌でもただ勢いに任せて歌うのではなく、美しい聴かせどころをつくっているのが心に残ります。編曲の妙は、「四季の歌」のような有節歌曲を、合唱曲に編曲する中で発揮されています。「夕方のおかあさん」は、こんなに慈しみ深い曲だったのかというのも驚きの一つです。「ちいさい秋みつけた」は、繊細なソロを包み込むような合唱で魅せてくれます。最後を締めくくる「ちいさな旅の思い出」は、初めて聴く曲ですが、その陶酔的な美しさはどうでしょう。「〜ね」で終わる一つ一つの思い出を形作る言葉がこんなにやさしいとは。
 第2部は、「名曲を訪ねて」と題して「太陽のマーチ(ラデツキー行進曲)」「グノーのアヴェ・マリア」「美しく青きドナウ」「ハレルヤ・コーラス」の4曲が採り上げられています。一言で言えば、どの曲も抒情的なのです。「太陽のマーチ」は、にぎにぎしい行進曲なのですが、決して喧騒な歌ではないのです。この歌の歌詞をこれほどはっきり聴き取れたことはありません。「美しく青きドナウ」は、緩急自在な演奏で、歌わせる部分とたたみ込む部分の対比が見事です。「ハレルヤ・コーラス」は、各声部の聴かせどころを際だたせる演奏です。とりわけ、変声期に入りかけたアルトがよく活かされているのが心に残ります。
 第3部は、フレーベル少年合唱団ならではのファミリーコーラスによる合唱組曲「旅」。保護者コーラスも、この時期はたいへん盛んだったようで、質の高い混声合唱を聴くことができます。旅のわくわくするような想いが綴られています。
 第4部では、日本民謡メドレーが団員の太鼓、ピッコロ、フルートを伴って披露されます。日本民謡を合唱曲化したものは、何となくあざとさを感じるものもあるのですが、今回のフレーベル少年合唱団によるものは、そのような違和感を全く感じません。それどころか、斬新な挑戦に心からの喝采を送りたいと思います。
 「筑波山麓少年合唱団」・・・この一曲だけでも、フレーベル少年合唱団日本の少年合唱史に新しいページを書き加えたと言えましょう。デューク・エイセスの4重唱でおなじみの「筑波山麓男声合唱団」を少年合唱で歌えばどうなるだろうかということは、下手をすると、声帯模写的な興味本位のものになる危険性をはらんでいます。しかし、しかし、フレーベル少年合唱団は、変声期に入ったパートを「バリトンのガマガエル」とすることで活かし、4部合唱曲にしているのです。これは、実に見事な合唱曲です。北島三郎の「与作」も、合唱曲になりにくい曲ですが、ちゃんと合唱曲になっています。だから、比較的よく演奏される「八木節」や「ソーラン節」のような民謡さえも、新しい生命を吹き込まれたかのように生き生きと現代に甦っています。
 今でも、フレーベル少年合唱団は、いろいろな楽器との共演をしていますが、ときには楽器が少年合唱の繊細さをつぶしてしまうことがあります。しかし、このコンサートでは、楽器との共演が活きているのです。そういう意味からも、この定期演奏会は、フレーベル少年合唱団の一つの頂点をなすコンサートであったと思うのです。



セミと共演 フレーベル少年合唱団サマーコンサート
平成18(2006)年8月26日(土)16:00〜16:30 六義園


 やっと、フレーベル少年合唱団の生演奏が聴けるぞ。この日の東京は曇り空。朝方には雨も降ったということで、暑さもかなりましになっていました。六義園の入口の門は、駒込駅からすぐではなく、少し遠回りしなければならない場所にあり、曇天のせいもあって、やや暗くひんやりとした感じがしました。正門の斜め向かいにフレーベル館の社屋があります。3時15分、門を入って受付で入場券を買おうとすると、受付の女性が
「4時からフレーベル少年合唱団のサマーコンサートがありますので、ぜひご覧になってください。」
「いや、それを見るために大阪から新幹線で来ました。」
「そうですか、わざわざ遠くから。それなら手荷物をお預かりしましょうか。」
「いや、たいした荷物じゃありませんから。」
ずいぶんサービスいいなあ。公園としても、来園者増加のために努力しているんだろうなと感じました。コンサート会場のしだれ桜は、入口近くですぐ見つかりましたが、この季節には濃い緑の葉桜になっていて、前には指揮台や機材が。赤い布を張った長椅子が12脚、観客席として並んできましたが、これが、色彩的には周囲の緑と絶妙のコントラストを示していました。観客席を確保して団員が立つ位置の後ろを見ると、しだれ桜の木の下には、蚊取り線香の入れ物が5つ6つ。蚊に刺されたら痒くて気になって演奏どころじゃないよなと思いながら待っていると、園内放送の効果もあってか、開演前には椅子は満席になり、座っている人と同じぐらいの人数が集まってきて椅子席の後ろに立見席ができました。

 夏ということもあってか、服装はベレー帽と上着はなし。白い半そでカッターに紺のリボンネクタイ、紺の半ズボンに白いハイソックス、黒いローファーというスタイルで29名のセレクト団員が2列で入ってきました。「セレクト」といっても、決して高学年というわけではなく身長的には120cmから160cmぐらいの差があり、かなり広い学年の混成であることが伺えました。

 団員による挨拶と曲名の説明の後、1曲目が始まりましたが、いきなりハウリング音が。真ん中にベートーベンのピアノソナタ「悲愴」の第2楽章をアレンジしたきれいな曲でしたが、断続的なハウリング音に消されて紹介された題名さえも忘れてしまいました。そこで、2曲目からは、カラオケ音源をテープレコーダーに変えて、夏の歌曲・唱歌が4曲、「ハレルヤコーラス」「TOMORROW」アンパンマンからおなじみの2曲といった歌が歌われました。

  この日の演奏は、自然な子どもらしい美しい発声ができていることや、30分という時間が、もう少し聴きたいという気持ちにさせるという点でよかったと思います。数年前の定期演奏会のビデオで聴いた歌声と比べると格段に成長が見られました。これは、指導によるところが大きいと考えられます。日本の歌曲・唱歌は、その声の持ち味を活かしたさわやかな演奏でした。とりわけ、「夏は来ぬ」の情景が浮かんでくるような鮮明な歌い方は好感が持てる名唱と言うことができましょう。「アンパンマン」からの2曲は、歌う方も聴く方もリラックスして集まった人たちが一つになることができました。親しみやすい曲を採り上げた選曲のよさもありますが、不特定多数の観客の前で、予習が必要な曲を演奏したのでは、客が逃げてしまいます。そういう意味でも、少年合唱ファンの裾野を広げるためにも、こういう試みはこれからも大いにやるべきだと思います。

 一方、課題としては、音響にトラブルが起こったから言うわけではありませんが、伴奏はカラオケのテープの演奏よりも移動可能な電子ピアノが望ましいと感じました。曲によっては、歌声に集中させるためにア・カペラもよいのではないでしょうか。また、歌の面では、壮麗さを求められる「ハレルヤコーラス」は、人数的なこともありますが、力強さに欠けるところがありました。定期演奏会では、OB会との合同演奏という道もあるのではないかと思います。最後に、団員によって「へーベルハウスのコマーシャルの『みどりのそよ風』は、ぼくたちが歌っています。」という解説とその一節を歌う紹介がありましたが、それなら、ぜひ全曲歌ってほしかったです。歌ってくれるのかなという期待をもたせておきながら、歌わないのはなぜ?という気にさせられました。

 野外でのセミとの共演という条件の下での演奏ですから、コンサートホールと同じようにはいかないでしょうが、観客は予想以上に真剣に少年たちの歌声に耳を傾けていました。この野外コンサートはよい試みであり、工夫によってさらによりよいものにできる可能性があるように感じました。


題名のない音楽会
平成20(2008)年8月24日 テレビ放映

  今年度から指揮者の佐渡裕の司会、久保田直子アナウンサーのアシスタントというコンビで出発した「題名のない音楽会」は、ポップス指向だったこれまでとは少し方向が変わってきたように思います。今回は、少年合唱、高校生の混声合唱、ママさんコーラスという3つの違う合唱団を佐渡裕が指導することによってどう変化するかという試みがテーマでした。

 フレーベル少年合唱団が採り上げた曲は、北海道民謡「そうらん節」を佐藤眞が合唱曲に編曲したもの。手島明子先生が指揮したものは、清純な音色ではありましたが、まるで唱歌という雰囲気。佐渡裕は、手をぶらんと下げることによって重心を低くさせると共に、体でリズムを取ることをつかませました。その結果、全身から元気があふれた歌声が出て、力強い合唱ができるようになりました。しかし、これ、あまりにもよくできすぎているようにも感じました。手島先生は、合唱指導のベテラン。「そうらん節」を唱歌風に歌えばどうなるかはわかっておいでのはず。それをあえてされたのは、佐渡裕の指導前と指導後の差を歴然とさせるためではなかったのかと勘ぐったりします。

 次の國學院大學久我山高等学校音楽部による混声合唱とピアノのためのこいうたより「恋歌・空」は、繊細な合唱曲らしい曲で、指導も微妙なニュアンスを理解させるというものでしたが、指導の効果というものは、フレーベル少年合唱団ほどはっきりと見えてきませんでした。もともとかなり水準の高い演奏であったこともあります。また、セイレーン&翠声会の「花の街」は、はっきり言ってあまり変化が見られませんでした。また、ゲストの錦織健もあまり活躍の場がないようでした。おそらく、30分番組にまとめるためにカットされた部分が多いのではないかと思います。


フレーベル少年合唱団第53回定期演奏会
  平成25(2013)年10月23日(水) 文京シビック大ホール

   団歌で全体が見えてくる

  行きたいと思ってから10数年。ビデオやDVDでは見ていても、やっと初めてホンモノを鑑賞できるフレーベル少年合唱団の定期演奏会。この日のコンサート鑑賞は、合計約5時間。開演冒頭の少年たちの団歌に始まって、打ち上げ会のOB会の団歌で終わりました。さて、日本のいろいろな少年合唱団の定期演奏会に行きますと、必ず団歌でスタートする合唱団がいくつかあります。桃太郎少年合唱団、呉少年合唱団、ボーイズ・エコー・宝塚の3団体がありますが、冒頭を飾る団歌の歌唱によってコンサート全体が見えてくることもあります。時々、最初は喉が温まっていなくて低調なのが、だんだんよくなるというケースはありますが、だんだん悪くなるというケースはまずありません。そのような意味では、この日の団歌は、清澄さと活力が適度に交じり合ってよく統制された歌になっていました。

   歌声の縦糸を聴こう

 挨拶に続いてPart1の「世界の歌」は、S組(セレクト=選抜メンバー)約30名が並んで、この年度のリーダーの栗原一朗君の清澄な独唱で原語(英語)による「ドレミの歌」が始まりましたが、途中から合唱に移っていきました。今回は、全体として独唱の少ない定期演奏会です。続く「虹の彼方に」「オリバーのマーチ」と映画にもなったミュージカルのナンバーが続きます。やはりフレーベル少年合唱団としてテレビ等に登場するのは、このS組でしょう。全体的には流麗で躍動感のある歌唱でした。続くA組は、「回転木馬」と「わんぱくマーチ」を歌いましたが、これらは原曲を和風にアレンジして元気でちょっとおしゃれな歌に仕上がっていましたが、この年齢の子どもに内面的なものまで求めることは難しいだろうなと思いながら聴いていました。さらに、幼稚園児と思えるB組が加わると、雰囲気はかなり変わります。広い舞台で自分の立ち位置がわからないので、並ばせるために指導者の手伝いが必要です。歌の指導だけでなく、ステージマナーを含め、この辺りに年齢幅が下に広いフレーベル少年合唱団の運営と指導の難しさを感じました。A・B組による「おどろう楽しいポーレチケ」「ちびっこカウボーイ」は、これだけ聴くとひたすら元気で可愛い歌なのですが、年齢を縦軸にして聴いていくと、「可愛い」から「活力のある」に、さらに「美しさを求めて」と成長していく人間の成長の姿を見ることができます。

   日本の少年は元気さが主流

 Part2の「ふるさとの四季」は、これまで栃木少年合唱団、広島少年合唱隊、TOKYO FM 少年合唱団の合唱で聴いたことがあります。それぞれの持ち味がありました。フレーベル少年合唱団の歌は、全体的には、青竹のような元気で活力のある仕上がりと感じました。「故郷」で始まって、季節は春から冬へと流れ、「故郷」で終わるという構成の中には、「鯉のぼり」「茶摘」「われは海の子」「村祭り」「雪」といった活力系の歌と「朧月夜」「夏は来ぬ」「紅葉」「冬景色」といった抒情系の歌が混在しています。これらを歌い分け、流麗なピアノ伴奏がそれをつないでいくというのがこの歌の聴きどころです。そして、色濃く耳に残ったのはどちらかというと、前者です。


   幼児だってわかるんです

 休憩をはさんで、武藤英雄団長(フレーベル館 代表取締役社長)より、挨拶がありましたが、それは、やなせたかしさんへの追悼の言葉でもありました。この日の舞台には、やなせさんの写真と代表作「アンパンマン」の絵とセリフが描かれたパネルが飾られました。ところで、東京駒込にあるフレーベル館の社屋の前には「アンパンマン」の銅像が立っています。これは、会社に貢献したという以上のものがあります。「アンパンマン」のテーマ曲を初めて聴いたとき、これが幼児向きのアニメの主題歌かと驚きました。人は何のために生まれて何のために生きるかという哲学的な課題を真正面に採り上げた歌であったからです。最初は、こんな大人でも難しいことが、幼児にわかるわけがないじゃないかとも思いました。しかし、アニメを見て考えは変わりました。おなかがすいて苦しんでいる人に自分の顔の一部を与えることで悪と戦う力が低下するとわかっていても、決してその人を見捨てることはしない。そのようなアンパンマンの姿を見て感じるところから子どもの正義感は育っていくのです。むしろ、利害損得の考えがあまり発達していない幼児だからこそ、そういう行いが人間として至高の行いであるということがわかるんです。核家族化が進み、昔話の伝承が衰退した今の日本において、幼児に「正義」の尊さを自然な形で教えてくれるのは、「アンパンマン」ぐらいかもしれません。このコンサートにやなせたかしさんに会場においでいただくべく、プログラムを組んでいたのに、10日前の10月13日に亡くなられたのは、悔やまれてなりません。なお、やなせたかしさんの遺志を伝えるため、フレーベル少年合唱団は、東北の被災地で歌を披露するそうです。

   フォスターは、少年にとって世界的な大作曲家

 Part3は、OB会による「アメリカン(フォスター)メドレー」でした。フレーベル少年合唱団の定期演奏会におけるOB会の位置づけは、その年によって違います。今回は、その比重の高い年だったと言えましょう。さて、フォスターは、ある世代の子どもたちにとっては、バッハやベートーベンと同じぐらい有名で、というよりもそれ以上に親しみのある作曲家でありましょう。亡くなる直前に作曲されたという「夢路より」の夢見心地で抒情的な歌に始まって、明るく励ましてくれる「Oh スザンナ」までの5曲の間には、美声の独唱もあり、男声合唱だからこそ表現できる世界が現出しました。

   やなせたかしの詩の世界

 Part4は、「やなせたかし」コレクションで、プログラムでは6曲が歌われました。「夕焼けに拍手」以外は、初めて聴く曲ばかりでしたが、詩はどれも味わい深いものでした。「さびしいカシの木」は、さびしい暮らしに次第に慣れてほほえみながら立っているカシの木の姿を描いていました。ここで少年たちは、哀愁を感じさせる歌を歌っていました。「ぼくらは仲間」は、1番ごとに歌い方を変えてその季節感を浮き彫りにしていました。「老眼のおたまじゃくし」は、「かえる」になれないというところがこの歌のミソで、逆に童心をいつまでも持ちつづけているおたまじゃくしの歌だと感じました。「シドロアンドモドロ」は、しどろもどろにもつれる歌ではなく、2匹のカバたちのメルヘンでした。というふうに、初めて聴く曲はまだまだ歌詞を追いかけるだけになってしまいました。童謡は、技巧に走らず、素朴に歌いながらも詩の心を伝えることが必要だなあと思いながら聴いていました。また、昭和20年代の作られたやたらと甘ったるい童謡発声とは全く違うフレーベル少年合唱団の自然な日本の少年らしい発声に好感をもちました。アンコールは、全団員にOB会も加わって「アンパンマン」の大合唱。もしも、やなせたかしさんが会場に来ておられたらどんな感想を述べられたでしょう。

   師友の夢の継承

 コンサートが終わって、10年来親しくしていただいているOB会の打ち上げ会に合流させていただきました。卒団後も異年齢の卒団生が定期的に集まって歌い、今でも夏期合宿までしているというその姿からは、この合唱団の初期の指導者(磯部俶先生や山本健二先生)がどのような人を育てようとしてきたかを伺うことができます。また、OB会のメンバーはその教えに応えるべく努めてきたと言えるでしょう。そこからは、家族みんなで合唱できるような家庭を日本に育て根付かせようという高邁な生涯学習の夢を感じることができました。
・・・少年時代に違う地域に住んで年は多少違っていても、集まってお互い助け合って一つのものを創りあげてきた。たとえ、声が変わっても、そこから得たものは変わるものではない。みんな卒団して違う道に進んでいったからこそ、長年にわたって利害損得のない至純な人間関係が築ける。それは、なんと素晴らしいことだろう。・・・
OB会の方々との会話の中から、そのようなものを感じました。文科系の活動でありながら、少年時代によい意味での縦社会を学んだ少年たちは、この時ばかりと威張った先輩や生意気な後輩になることなく、良識ある社会人になっています。現役の少年たちよ!こんな素晴らしい先輩と一緒に歌いませんか。そんなことを考えながら、終電間近の地下鉄に乗りました。

フレーベル少年合唱団第55回定期演奏会
平成27(2015)年10月28日(水) 文京シビック大ホール


   音楽監督就任でどう変わるか

 フレーベル少年合唱団の定期演奏会は、2回目。今回のメインテーマは「みんなでうたう、いのち・へいわ・ふるさと」ということですが、これらにどこまでアプローチできるのかを期待して出かけました。プログラムのメッセージを見て、今年度から音楽監督をおいたことを知りました。6年前京都市少年合唱団が加藤完二先生を音楽監督に迎えて、躍動感のある声による表現という変容を聴いてきただけに、期待するものがありました。
 オープニングの団歌の段階では、それを感じるところまではいきませんでしたが、第1部のS組による「歌でつづるイタリア旅行!」で、その片鱗を感じることができました。有名なカンツォーネ・ナポリターナを中心としたプログラムでしたが、脇田先生のダイナミックな指揮によって、シンプルでありながら声が前によく出ていることを感じました。それは、歌劇「アイーダ」の大行進曲をもとにした「勝利の行進」で強く感じました。どの曲も歌詞がよく聴き取れることも特筆されます。さらに、「帰れソレントへ」において曲想の変化がもっと前面に浮かび上がれば・・・というのは贅沢な要望でしょうか。このような好調なスタートを切ると、後の期待が高まります。

   先輩に手をひかれて

 第2部は、「フレーベル・ニューフェイス」という名のもと、初登場の幼稚園児のB組が小学1・2年生のA組の先輩に手をひかれて登場。この演出は、やさしい先輩というイメージを伝えるとともに、練習会場とは違う慣れない場所で幼い団員が立ち位置を間違えないという意味でもよい演出でした。「ことりのうた」は、かわいらしさが伝わってくる歌であり、「よろこびのうた(交響曲第九番より)」は、テーブルにのせて運ばれてきた鍵盤ハーモニカの演奏と階名唱を組み合わせるところが、工夫点と言えましょう。

   歌の大冒険

 第3部はA組が登場し、選曲も「夢の宇宙船」「いるかの旅」「歌よひびけ」「未知という名の船に乗り」と明るい元気さを前面に出した曲が続きます。まだ、声質やハーモニーが完全に揃っていなくても、学校の音楽の授業で習う曲よりも2〜3歩上の曲に挑むことで、元気さや歌のメッセージは確実に伝わってきました。


   第55回定期演奏会の記念曲は

 第4部は、OB会の男声合唱による「四季の風景」より「わかば」「蛍」「冬景色」「スキーの歌」「朧月夜」「みどりのそよ風」と、少年合唱でよく演奏される「ふるさとのの四季」とはまた違う曲で、約半世紀ぶりに聴く懐かしい歌が重厚なハーモニーで歌われました。そこで想い出すのは、半世紀以上前に受けた小学校の音楽の授業風景。先ず「この歌は何調でしょう。」という楽譜の知的理解で始まり、階名唱ばかりさせられて面白くなかったこと。「学校音楽校門を出でず」という言葉は、こんな授業もその原因の一つでしょう。音楽の授業は先ずよい演奏(範唱)を聴いて憧れを抱くところから始めるべきであると改めて感じました。特に、今では範唱のCDもあるのですから。
 これらの歌の後、舞台下手から野本監督が登場して、太原OB会長との会話に発展。フレーベル少年合唱団創立期の指導者である磯部淑先生の“団員が将来音楽家になることよりも、一家で合唱できる家庭を創ること”をめざされた育成理念の話が交わされました。そして、第55回定期演奏会記念として、12名のOB会員とS組から12名の選抜された団員による「遥かな友に」が混声合唱で歌われました。NHKの「みんなのうた」でボニー・ジャックスがこの歌を歌ったことを思い出しながら、1960〜70年代にはもっと自然な形で子どもの周りに合唱音楽があったことに思いを馳せました。週2回45分の学校音楽よりも毎日5分の「みんなのうた」の方が魅力的であったわけもその辺りにあるのでしょう。なお、ビクター少年合唱隊のLPには、この歌が歌われているのに、フレーベル少年合唱団にはこの録音盤がないことにも気付きました。ぜひ、フレーベル少年合唱団の少年合唱とOB会も交えた混声合唱や男声合唱でこの歌がCD化されてほしいと願ったものです。

  メインテーマ

 この日のテーマは、「みんなでうたう、いのち・へいわ・ふるさと」ということで、S組による「故郷」に始まりました。クワイアーチャイムの音叉のような神秘な音色を伴ったア・カペラで、清澄な歌声が浮かび上がってきます。続いて、A組の「手のひらを太陽に」は、いのちの讃歌。さらにS組・A組合同による「Bilieve」「地球の仲間」「地球をつつむ歌声」と本格的な合唱曲が続きます。さらに、「信じる」「いのちの歌」「ふるさと」と、NHKの全国学校音楽コンクールから誕生した名曲が続き、大きな盛り上がりを創りました。歌は数人のキーマンに引っ張られるところはあっても、同時にハーモニーを大切にしようとする意思も感じました。この日のステージは、S・A・Bの各組に同じように光を当てるのではなく、S組に強い光を当てることによって全体が輝くように構成されていました。時間的にも長いステージのため、B組は、第2部だけの登場というのも、新しい試みです。「ソレアード」を会場のみんなと共に歌うことや、最後は出演者みんなで「アンパンマン」を歌えばよいという発想ではないところが、野本監督の理念でしょうか。合唱団創立の理念を引き継ぐことや、指導者間の連携ということもフレーベル少年合唱団の大切な課題ですが、その辺りは、次年度以後よりはっきりすることでしょう。

 終了後は、OB会の打ち上げ会に参加しました。平日の定期演奏会には次はいつ行けるかわからないので、このような機会を大切にしたいと思いました。

フレーベル少年合唱団第56回定期演奏会
平成28(2016)年8月24日(水) 文京シビック大ホール

   プログラムを見ての期待

 フレーベル少年合唱団の定期演奏会は、昨年度音楽監督に野本立人先生を迎えて大きく変化することが想像できましたが、今年は「沖縄」がテーマであることと、プログラムの中に野本先生の「ごあいさつ」として、ヨーロッパの少年合唱団は聖歌隊の伝統を引き継いで変声後も加えた混声合唱団であることをふまえて、中学生も男声として残り、混声合唱団をめざすことが書かれていたことが注目されます。

   Part1が最終ステージでもよいぐらい

 オープニングの団歌の段階では、服装がS組とA組で違うということと、S組の低音部の6人が体格が大きいので中学生かなと思ったぐらいで、混声合唱とは言えませんでした。続くPart1のS組による「歌でつづるドイツ・オーストリア旅行!」でもS組は少年合唱でした。きっと、低音部はファルセットで歌っているのだろうなと思いながら聴いていました。第1曲目はドイツ民謡の「小鳥がきたよ!」がア・カペラで歌い始められましたが、声質が昨年度のイタリアの歌よりもさらに清澄な響きになってきていることと、この歌はかつて小学校で習った「かすみか雲か」の原曲ではないか!ということがわかりました。「ちょうちょう」「子ぎつね」などと同じように、明治になって日本に入ってきて原題と全く違う歌詞が付けられた曲の一つです。メンデルスゾーンの「おお、ひばり」ウェルナーの「野ばら」と声の清澄さが求められる曲が続き、団員たちはドイツ語と日本語でそれに応えられる歌を歌っていました。そしてこのステージの最終曲は「美しく青きドナウ」。もう、全体のフィナーレを飾るような曲が登場しました。しかも、最近ではウィーン少年合唱団でさえ省略しているような繰り返しを省略しないで完全版を演奏したことは特筆されます。惜しむらくは、Soliの二人がマイクに接近して歌ったこと。もう少し、マイクから離れて歌っても十分会場にその歌声は響いたと思います。この日初登場の佐藤先生の流麗な指揮は、動きそのものに豊かな表情がありました。

   成果発表

 Part2は、「Bぐみ 成果発表」と題して幼稚園児のB組が小学1・2年生のA組の先輩に手をひかれて登場。この演出は、昨年通りですが、やさしい先輩というイメージを伝えるとともに、練習会場とは違う慣れない場所で幼い団員が立ち位置を間違えないという意味でもよい演出でした。「かっこう」は、テーブルにのせて運ばれてきた鍵盤ハーモニカの演奏で終わると撤去して歌に集中させるというのも、演出上一歩前進したと感じました。「うちゅうじんにあえたら」と「どれみのうた」は、等身大の歌とちょっと背伸びして英語を入れた歌という点で、面白く感じました。

   歌の多様性  

 Part3のA組は、昨年度と比べて1曲1曲の持ち味の違いを伝える表現力が大きく成長しました。「楽しい童謡を集めて」と題した曲目には、歌の多様性がありました。フレーベル少年合唱団の名を日本全国に知らせたユーモラスな「おなかのへるうた」に始まり、「ゆうがたのおかあさん」「お月さまとぼうや」のような歌では、ソロもあってやさしさを前面に出し、「ドロップスのうた」では、表情豊かに、「夕日がせなかをおしてくる」は目に見えない大きな力を感じさせました。「たねのうた」は、曲想の変化が面白い歌でした。これらの歌声は、かつてLP「ぼくらの演奏会」に録音したころの歌声に近づいてきているという印象を持ちました。

   少年時代の想い出と重ねながら

 Part4は、OB会の男声合唱による「七つの子供の歌」。どれも初代の指導者であった磯部俶先生が作曲された曲ですが、どれも初めて聴く曲でした。しかし、この曲は昭和30〜40年代に少年少女であった人にとっては、生活のどこかと結びついて懐かしくてたまらない曲です。「ヘリコプター」を聴くと、初めて町にスーパーマーケットができた時、ヘリコプターから散布されるちらしを拾いに空地を走り回ったことを思い出しました。(今ならごみ問題になるでしょう。)「いちぢく」を聴けば、隣の家になった実をちょうど夏の終わりの頃食べたことを・・・そして、もう30年ぐらいいちぢくの実を口にしたことがなくて味を忘れかけたことも。「うしがないた」を聴けば、少し離れた3頭しか牛がいない牧場の牛の目がとても美しく感じられたことなど自分の個人的な経験と重ね合わせながら聴いていました。どの曲も聴きながら時間がとてもゆっくり過ぎていくような錯覚にとらわれました。時代背景の濃厚な歌は、ある世代にしかわからないものもありますが、後世に残したい歌もあります。

    子どもの可能性をここまでだと限定してはいけない

 沖縄の音楽が1〜2曲合唱曲として披露される音楽会に接したことはありましたが、これほどこだわって・深まって沖縄の音楽に没入したステージは初めてでした。これは、フレーベル少年合唱団にとっても初めてのことです。歌の中に振付けや隊形変換があるものはこれまでにもあったでしょうが、踊りながら歌うというのは初めてでしょう。S組による「てぃんさぐぬ花」に始まってA組の「ユイユイ」S組の「島人ぬ宝」と続きますが、しっとりと歌われていると同時にここでS組のうち変声している団員が男声で歌っていることを確認することができました。「赤田首里殿内」「唐船どーい」となると、ピアノ、三線、エイサー、太鼓が加わり、華やかなお祭り気分のステージとなりました。「子どもの可能性を、ここまでだと限定してはいけない」という野本先生の理念によって、この「おきなわ〜歌の国、舞の島」というステージが誕生したことが野本先生の挨拶から明らかになりました。その直後には、アンコールでは「童神」をしっとりと聴かせるなど、静と動の組み合わせも生きていました。
 確かに、このステージには、そのような野本先生の理念が息づいていました。しかし、これは毎年沖縄の音楽をやればよいというものではなく、また、「歌って踊って」を最終ステージに持ってくればよいというものではないと思います。沖縄の音楽が合唱音楽の王道かといえば、そうではないと思います。また、バッハに近づけばよいのかといえば、それはあえて日本の少年合唱団が志向することではないように思います。少年合唱の可能性はあらゆる方向に開かれています。もしも、さらに男声部を充実させるためには、今いる団員だけでなく、卒団生に声をかけることも必要になってくるでしょうし、OB会との連携の在り方も再考する必要があるでしょう。フレーベル少年合唱団の新たな可能性に期待します。

フレーベル少年合唱団第57回定期演奏会
平成29(2017)年8月23日(水) 文京シビック大ホール

   今年の可能性は何だろう?

 昨年度、フレーベル少年合唱団の定期演奏会は、「子どもの可能性を限定してはいけない。」という野本監督の理念によって、「沖縄」の音楽という形で体現されましたが、今年度は、むしろ正統派の合唱音楽という形で結実しました。それは、オープニングのS組・A組による団歌ではまだわかりませんでしたが、Part1のS組の「ボヘミア民謡とドイツ・オーストリアの調べ」によって、はっきりとしてきました。佐藤洋人先生の流麗な指揮に導かれて、「Abschied 〜別れの歌〜」が始まると、指導者の指導理念が次第に浸透して少年合唱団員の声の透明度が増してきたことが伝わってきました。「おお牧場はみどり」は、長年TOKYO FM 少年合唱団のオープニングで聴く歌声とはまた違ったものでした。TOKYO FM 少年合唱団の歌は活力を感じ、フレーベル少年合唱団の歌は柔らかな表現力を感じるので、その違いを面白く感じました。だから、そのような質の歌声は、「歌の翼に」のような流麗な曲でこそ最大限に生かされてくるのです。「流浪の民」では、ソロやデュエットにおいては、個性的な歌声が聞こえるのに、全体として統一のとれた歌声になっているところが魅力的でした。

   A組の実力向上が全体の向上に
   
 Part2は、「ぼくらのともだちアンパンマン」で、幼稚園年長と小学1年生のB組が「ドレミファアンパンマン」と「アンパンマンたいそう」の2曲を歌いましたが、去年までと違って、歌に集中したステージでした。
 Part3は、A組が昨年度と同じ「楽しい童謡を集めて」と題したステージでしたが、曲目は昨年とは全く別で、いわゆる昭和(戦後)の子どものための歌を集めたステージとなりました。「犬のおまわりさん」は、鳴き声を前面に立てたユニークな編曲で面白かったです。「さっちゃん」は、友竹正則さんの歌は覚えていますが、少年合唱で聴くのは初めてです。こういう本来独唱曲や斉唱曲として創られた曲は、合唱曲にする場合、このステージで歌われた歌は、必ずしも「童謡」というジャンルに入らないものもありますが、「みんなのうた」や「歌のメリーゴーランド」等で歌われた歌です。最近の「みんなのうた」は、昭和の頃のジュニア・ソングとは違った路線を走っているように感じますが、このステージで歌われた歌が、子ども達に歌い継がれることを願っています。このステージでは、A組の実力向上が、全体の質的向上を支えていること感じました。それは、特に「小さい秋みつけた」の中間部分でソロを歌った団員の歌声を聴くことでより確かなものとなりました。このステージの終了後、プログラムにはありませんが、私服に着替えたS組の団員たちによって、最近録音した「PRIDE」の歌声に合わせてダンスが披露されました。こういう企画も「子どもの可能性を限定してはいけない。」という野本監督の理念につながるのでしょう。

   少年たちの歌声の延長線上にOB会の合唱が

 Part4は、「ありがとう、先生」と題して、初代指揮者磯部俶生誕100年記念というステージでした。このステージの主役は、OB会でしたが、歌の合間に野本監督と太原OB会長の会話から、磯部先生の合宿時のかくし芸大会のエピソードを通して、そのお人柄の一端にふれることができました。また、夏期休業中の合宿が、当時の少年合唱団の団結を強める上で大きな働きをしていたことを改めて感じます。
 「風になりたい」は、最初同名の違う曲を想像していましたが、磯部俶先生が作曲された作品はワルツ風の曲で、爽やかで躍動感のある部分と、陰影のある部分の対比が面白い三部形式の歌が流れるように表現されて、最後には大きな高みへと導かれていました。「ふるさと」は、「ふるさとは遠きにありて思ふもの そして悲しくうたふもの」という室生犀星の格調の高い詩の心を丁寧に伝えようとしていることを感じました。この曲は、少年合唱には向いていませんが、人生経験を積んだ男声合唱にこそふさわしい曲です。ここで、A組が登場して、童謡「びわ」がゆったりとした柔らかい声で歌われました。さらにS組23名とOB会の混声合唱で「遥かな友に」が歌われたとき、この2年余りの間の指導によって透明度が高くなってきた少年たちの歌声の延長線上にOB会の合唱があることを強く感じました。2年前にはそれぞれが同人数で歌いましたが、声量のバランス的には、これぐらいの人数比の方が、よいと感じました。少年たちの声はあくまでも素材であって、それをどういう理念で指導して理想の歌声に高めてくかということが大事であり、変声期以後も歌い続けることによって、OB会のような歌声につながっていくということを感じさせるステージとなりました。

   信長貴富の曲は引き出しが多い

 Part5は、「みんなでうたう ぼくらのみらい」と題して、今いろいろな合唱団が好んで採り上げている信長貴富の作品が演奏されました。しかも、信長貴富ご本人が会場に来ておられ、ステージに上がって野本監督と対談するという企画もありました。どちらかというと、演奏する曲の説明はほとんどなく、むしろ合唱の周辺の話が多かったのですが、この日聴いた曲は皆初めて聴く曲ばかりなのに、いろいろな色に染め上げられていて、これまで知っていた信長貴富の曲が、中高生によって歌われることの多いごく一部分でしかなかったことを痛感させられました。何よりも信長貴富の曲は引き出しが多いというのがこの日の感想です。特にS組が挑んだ「群青」は、信長貴富作曲ではなく編曲でしたが、編曲によってどれほど合唱曲は質的に高められるかを感じさせる曲でした。「ゆずり葉の木」に寄せるバラードは、詩「ゆずり葉」の朗読に始まり、それが壮大な物語詩に発展していく展開に心を揺さぶられました。

 このコンサートにおける課題は、むしろ観客の方です。保護者は、幼児をもう少しきちんと指導してほしいです。少なくとも演奏中に走る子どもは、保護者の責任です。こういう幼児がそのまま育てば、日本の未来を託する気になれないのです。「ゆずり葉」は、日本の未来を託したい子どもに捧げる詩です。

フレーベル少年合唱団第58回定期演奏会
平成30(2018)年8月22日(水) 文京シビック大ホール

   合唱における初っ切り

 「初っ切り(しょっきり)」とは相撲の禁じ手を面白おかしく紹介する見世物で、現在では、大相撲の巡業などで見ることができ、Youtubeでも公開されています。今年度のオープニング前の9人の団員による魔笛の三童子の三重唱の節で歌われる「これからの合唱を鑑賞するにあたってのお願い」は、ある意味では、プログラムには書かれていない初っ切りに当たるものであったかもしれません。初っ切りと違うのは、団員たちのお願いがお笑いではなく、真摯なものであったことです。コンサートは、よい曲とよい演奏とよい観客の三つが揃って成り立ちます。

   歌声の響きや伸びが、毎年高まっている

 野本立人監督が就任してから、指導陣も新たに野本先生の理念を体現する先生方に変わりました。毎年Part1を担当する佐藤洋人先生の指揮はいつも流麗で、後ろ姿が美しいですが、声の伸びがよくなってきたのも佐藤先生の力に負うところが大きいのではないでしょうか。約40人ほどに増えたS組の「チェコ・ハンガリーの調べ」では、スメタナの「モルダウ」とコダーイの「天使と羊飼い」の中に、バルトークのピアノ曲「ミクロコスモス」に詩をつけた1〜2分ぐらいの小曲3曲という組み立ては、変化があって面白く感じました。歌声の響きや伸びが、毎年高まっていることは嬉しいことです。このような成長・変容は、何よりも団員たち自らが気づいていると思います。また、今年度から独立した変声中・変声後の「ユースクラス」が3名「天使と羊飼い」にファルセットかカンビアータ ヴォイス(どちらかは歌声が全体に溶け合っていたので不明)で低音部担当として参加したことも特筆できます。少年合唱団(児童合唱団)で、変声期に入った団員をどう扱うかは、指導者としても技術的な面だけでなく精神的な面でも工夫と配慮が求められることではありますが、フレーベル少年合唱団では、ファルセットかカンビアータ ヴォイスを適宜使いながら、男声へと移行していくという考えで指導していることが伝わってきました。ファルセットやカンビアータ ヴォイスをどう使うかは、その合唱団がめざす音楽や指導の理念ともかかわることです。

  B組にもかかわる野本監督
   
 Part2は、「あつまれ!フレーベルのあたらしいなかまたち」で、幼稚園年長と小学1年生のB組が3曲を歌いましたが、野本監督が、これまでのようにS組だけでなく、最年少のB組にも関わっていることが感じられて嬉しかったです。「クラリネットをこわしちゃった」の「コラ!」のタイミングと叱る声の観客への指導を通して、教育者としての野本先生の一面を見ることができました。あのようなやさしい声で、音楽の指導ができたらいいなと思います。B組が自力で自分の立ち位置に行けるようになったことも含め、B組の演奏も、年ごとにレベルアップしていると感じました。
 Part3は、小学2・3年生のA組は、「湯山昭 童謡の世界」と題したステージでした。一人一人を前面に立て、音楽的にもかなり高いものを聴かせてくれましたが、S組も入った「いまを生きる子どもマーチ」を含む全8曲は、時間的にこの学年の団員にとっては、最後までもたないという感じがしました。A組の団員たちも全国の平均的な2・3年生よりはずっと集中力は高いと思いますが、2曲ぐらい減らしたステージにした方が最後まで集中力が維持できたのではないでしょうか。なお、この会場には、かなりご高齢と思える湯山昭先生もおいでになっておられました。

   「ユースクラス」への拍手は将来への期待を込めて

 野本監督は、就任の翌年から、変声中〜変声後も歌い続けたい団員を退団させずにファルセットを使うなどして残してきましたが、今年度「ユースクラス」として、独立させました。指導は、佐藤先生ですが、このPart4のステージでは団員へのインタビューを交えながら「団歌」と「さびしいカシの木」というこの合唱団としてはおなじみの曲を歌いました。まだ歌声としては、未完成ではありますが、もう4〜5年すれば、OB会と合流できる力をつけるのではないかと思います。また、野本監督就任前の高校生・大学生ぐらいの年齢のOBが参入すると、その時間はさらに縮まると思います。そして、「ユースクラス」がOB会と合流できたとき、フレーベル少年合唱団は、新たなステージへと進んで行くでしょう。このステージでの拍手は、たいへん大きいものでしたが、それは、この日の演奏そのものに対してよりも、将来への期待を込めたものではなかったでしょうか。

   数人のグループにOBが加わった合唱

 Part5は、信長貴富作品の「ゆずり葉の木の下で」が全曲演奏されました。この曲は、豊中市混声合唱団と豊中市少年少女合唱団によって委嘱・創唱された大人と子どもが共に歌える希少な5曲からなる合唱曲です。曲によってS組とOB、A組、S組・A組とメゾソプラノ独唱・OB、S組・A組・ユースクラス・OBと曲ごとに歌い手は変わりますが、合唱組曲というよりも、5つの曲を集めて一つのものにしたという印象があります。特に、「ゆずり葉の木」に寄せるバラードは、数人の団員のグループにOBが1名ずつ加わった合唱で、まるで群像劇のような形態の合唱になっていました。また、これは、去年とは違った意味で、たいへん聴き応えのある合唱になっていました。なお、この会場には、信長貴富先生もおいででした。さて、アンコールは、「リフレイン」と「アンパンマンのマーチ」。「リフレイン」は、A組の団員にとっては、まだわかりにくい歌詞内容でしょうが、信長貴富の作品ということもあって、選ばれたのでしょう。「背伸び」ということも、子どもが成長する上では必要なことなんだろうなと思いながら聴いていました。そういえば、「アンパンマンのマーチ」の歌詞の深い意味は、幼児・児童にはわかるはずのないものですが、その年齢の子どもたちはみんな元気に歌っています。漢文の素読と同様に、意味は後からわかってくるようになるのでしょう。


 フレーベル少年合唱団第59回定期演奏会 
      〜フレーベル少年合唱団 創立60周年記念〜
令和元(2019)年8月23日(金) 文京シビック大ホール

   演奏を支える観客の鑑賞態度

 「野本先生のめざす理念が一年ごとに実現してきている。」というのが、コンサート全体から感じたことです。さて、今年度もオープニング前は、9人の団員による「魔笛」の三童子の三重唱の節で歌われる「これからの合唱を鑑賞するにあたってのお願い」によって始まりました。2年連続のこのようなお願いが、どれほど効果をもたらしたのかは不明ですが、今年度、乳幼児を含む観客の鑑賞のマナーは、過去数年間で一番良かったように思います。歌唱が始まってから乳幼児の声がしてもそれをすぐに止めようとする保護者の躾の姿が見え、それは目に見えないところではもっとあったのではないかと思います。

  「歌の宝石箱」のような選曲

 S組の質が高まるということは、全体の質が高まるということでもあります。そのような意味で、今回のPart1は、統一テーマはなかったものの、全体として「歌の宝石箱」のような選曲になっていました。幕開けの第1曲目はエミリー・クロッカーの「Gloria Festiva」という各声部が次第に広がって華やかで盛り上がる現代的なリズムの曲でした。続く「グリーンスリーブス」は、1番と2番で主旋律を歌うパートを変えながらも、全体的にほの暗い独特の雰囲気を醸し出していました。「Amazing Grace」は、中1の団員の透明度が高い歌声の独唱で始まり、合唱へとつながっていきました。最後の「ふるさとの空は」は、ハンガリー民謡として紹介されましたが、ブラームスの「ハンガリア舞曲第6番」にも使われている旋律です。ゆるやかなラッサン調の前半と情熱的でアップテンポのフリスカ調の後半の対比が聴かせどころですが、むしろ、後半部分は、歌そのものよりもステージの上での動きを楽しむことができました。このように違ったタイプの4曲を一つの箱に詰め込んだステージという感じがしました。

   3代にわたって歌える歌を 
   
 Part2は、5〜7歳(幼稚園年長と小学1年生)のB組が、今回はカウボーイハットをかぶって登場しました。曲想に合った帽子をかぶることで、B組のメンバーもやる気が高まるでしょう。曲は、「ちびっこカウボーイ」と「にんげんっていいな」の2曲でしたが、このような選曲は、親子孫と3代にわたって歌える歌を採り上げたと言えるかもしれません。こういう歌がなくなってきたことが「世代間の断絶」にもつながっているのかもしれません。フレーベル少年合唱団は、初期の指導者(磯部俶先生や山本健二先生)が、家族みんなで合唱できるような家庭を日本に育て根付かせようという高邁な生涯学習の夢をもって指導されました。そういうこともあって、どちらも歌詞を大切にした歌が歌われていました。もちろん、2曲目はカウボーイハットを脱いで歌いました。B組は、前半終了で解散という最近の方針も、この年齢の子どもが緊張に耐えられる時間を考えると適切です。無理をしてアンコールに「アンパンマンマーチ」を歌わせなくても、後半は親子で座席に座って先輩の歌を鑑賞したほうがよいという方針に賛成です。

    学校に戻すことのできる歌を

 Part3は、7〜9歳(小学2・3年生)のA組は、「会いたいけど会えない生き物」という珍しいテーマで5曲歌いました。「会いたいけど会えない生き物」とは、おばけ、宇宙人、鬼、ドラゴン、怪獣で、こういう子どもらしい視点で選曲するところを面白く感じました。どの曲も、合唱団の内部で歌うだけでなく、それぞれの団員が通っている学校に戻すことのできる歌ばかりです。「怪獣のバラード」は、これまで広島少年合唱隊の怪獣の着ぐるみを着た見た目に楽しい演出を私は見慣れてきました。今回のフレーベル少年合唱団A組は、「歌」そのものを聴こうという気持ちで聴きましたが、後になって読んだプログラムに書いてある改変されたところを発見することはできませんでした。また、この5曲という曲数も、集中力を考えるとこの年齢の子どもには適当だと思います。その後、S組とA組合同のプログラムにはない「パブリカ」の歌と踊りがありました。この曲、2020年とその先の未来に向かって頑張っているすべての人を応援する応援歌ということで、商店街やスーパーマーケットでもこの曲のいろいろなバージョンが流れています。昨年の「プライド」同様、団員の現代的なセンスの感じられる歌と踊りを楽しむことができました。この曲は、きっと今年の秋の運動会において多くの学校で採り上げられるのではないでしょうか。

   父性愛を感じる合唱 

  Part4は、「合唱団創立60周年を祝って」というテーマでOB会のステージでした。「花の街」は、団伊玖磨作曲の作品で私はステージで初めて聴きますが、聴いているうちに歌詞が違うのではないかと感じました。これはコンサート終了後で太原会長から伺ったことですが、この歌は、OB会のメンバーが少年であった頃からよくステージで歌われていた曲だそうです。ところが、この歌は、間違った歌詞が広がっていたので、江間章子が本来作詞した歌詞に戻して歌ったとのことです。(※ 日本音楽著作権協会(JASRAC)参照)2曲目の「びわ」は、独唱でも合唱でも女声で歌われることが多い曲です。OB会の合唱でも何度か聴いていたのですが、この日の演奏では初めてこの歌の底流に流れる父性愛を感じました。「風になりたい」は、曲想の変化を楽しむことができました。そして、今年度の「はるかな友に」は、ユースクラス(中学2年〜高校2年)を交えた混声合唱でした。ユースクラスも、ボーイ・ソプラノ(アルト)の時代にOB会と共にこの歌を歌っていますが、この日の演奏は、男声として声がよく溶け合った合唱でした。
※ https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8A%B1%E3%81%AE%E8%A1%97

  やなせたかしが遺した歌に添えられたメッセージ

 Part5は、「つながるいのち うけつぐこころ 〜生誕100周年 やなせたかしさんの言葉〜」というメッセージ性を前面に出したステージでした。やなせたかしさんの詩やエッセイを丘野けいこさんがナレーション構成し、アルトの深い声で朗読することで歌の紹介をすると共に、歌に添えられたメッセージが伝わってくるというステージで、それぞれの歌にあったグループが歌を歌うという構成でした。「手のひらを太陽に」(S組・A組)、「夕やけに拍手」(S組)、「雪の街」(ユースクラス)、「老眼のおたまじゃくし」(A組)、「ひばり」(S組)、「ジグザグな屋根の下で」(S組・A組・ユースクラス・OB)と、曲ごとにグループは変わりますが、それぞれの年齢グループに合った歌が選曲されていました。特に、「ジグザグな屋根の下で」は、曲想が新鮮でした。また、ステージの入退場がスムースで、この会場で練習する機会はほとんどないのに、よく統制されていることを感じました。また、アンコールとしてOBは退場してS組とA組で「アンパンマン体操」と「アンパンマンのマーチ」が歌われましたが、アンパンマン以外の登場人物のセリフを採り入れたりして楽しめるものになっていました。

 第60回記念フレーベル少年合唱団定期演奏会
令和4(2022)年8月31日(水) 東京芸術劇場コンサートホール

  
 この日を迎えるまでに

 第59回定期演奏会(創立60周年)から第60回定期演奏会まで、コロナ禍による延期を繰り返し、3年の月日が経ちました。
「君を夏の日の一日に喩えようか。」
シェークスピアは、少年美のうつろいやすさ、はかなさをこのような詩に歌いあげました。これは、少年合唱にも通じる言葉です。定期演奏会を開くことのできない3年の月日の中で、ボーイ・ソプラノの最盛期を迎え、あるいは、訣別しなければならなかった団員もいたことでしょう。
さて、今年度もオープニング前は、小学校高学年ぐらいの半ズボン制服団員20人による歌劇『魔笛』の三童子の三重唱の節で歌われる「これからの合唱を鑑賞するにあたってのお願い」によって始まりました。コロナ以前から行われているこのようなお願いは、「4歳以下のお子様のご入場はご遠慮ください。」という入団資格者以前の年齢層の子どもの入場をご遠慮いただくこととあいまって大きな効果をもたらしました。確かに団員のきょうだいには乳幼児もいると考えられますが、子守歌のコンサートではないし、赤ちゃんにこのコンサートの鑑賞は困難です。そのような意味で、この年齢制限は、英断と言えます。また、この20人だけでなく、このコンサートは、前の2列を空席にする、観客は常時マスク着用で会話は極力控え、「ブラボー」などの嬌声を発しない等のコロナ感染対策をしながらも、ステージ上は、マスクなしの歌唱であったことは特筆できます。(控室や舞台裏では出演者もマスク着用であったと考えられます。)コロナ以後では、合唱のコンサートとして私にとっては初めてだったので、その感動も大きかったです。やはり、歌う表情の見えない合唱は、視覚的な面からその魅力が半減するというのは事実です。
 野本立人監督は、今年、フレーベル少年合唱団に一つの大きな改革の試みを行いました。それはこれまでB組、A組、S組の3クラス(+ユースクラス)という編成だったものを4クラス編成にしたことです。創立以来長い歴史の中では、これまでにも、クラス編成は何度か行われてきたようですが、今回このタイミングで改革に踏み切った理由の一つは、コロナ禍による感染抑止です。そのためにはソーシャルディスタンスの確保が不可欠です。練習室を広げることを必要としますが、それが困難であれば、クラスごとの人数を少なくすることが求められたのです。しかし、野本監督にとってこれはあくまでもタイミングであり、実はこの改革は以前から考えてきた必要事項の一つてあったそうです。子どもを取り巻く環境や子ども自身も時代により少しずつ変化していることから、以前と比べて、一人一人の子どもの個性が豊かになり、より細やかに対応した方が良いと感じるようになったことや、子どもの発達段階に応じた育成の重点や方法を踏まえ、子どもたちをスモールステップで導き、少しずつできることを増やしていくようにというスキナー(B. F. Skinner, 1904〜1990)が提唱するような教育方法を採り入れたり、また常に複数の指導スタッフが見守る中で練習ができるようにという理念で、今回の改革(B組:幼稚園年長・小1 A組:小2 S組:小3・小4 SS組:小5〜中学生)は行われました。これは、在団中だけでなく、卒団後も見通した改革であると思います。そのような改革が、ステージの演奏にどう反映しているかを観ることも、このコンサートを鑑賞する視点となるでしょう。なお、プログラムには、全団員の名前が組ごとに掲載されていましたが、当日は諸般の事情で何人かの欠席もあったように感じました。

   
多様な音楽を示唆

 この日の会場は、東京芸術劇場コンサートホールという客席数1,999席の、本格的なコンサートホールです。また、幕のないオープンステージで、舞台正面にはパイプオルガンが据え付けてあります。左右も奥行きも広い舞台が、開放的な感じを感じさせてくれます。私の座っていた2階席から見ると、8割ぐらいの観客があったのではないでしょうか。「団歌」は、いつもフレーベル少年合唱団定期演奏会の冒頭を飾りますが、この歌がしっかり歌われることで、それ以後の期待度も高まります。長ズボンの中学生団員4人を加えた24人のSS組の二部合唱の団歌は、きりっと決まりました。続く、「グローリア・フェスティーヴァ」は、初めて聴く曲でしたが、華やかな祭典の冒頭を飾る雰囲気に包まれました。一方、ジョン・ラターの「永遠の花」は、東日本大震災の被災地への祈りの曲という対照的な曲で、それだけでも、この定期演奏会が、年齢幅の大きい団員の合唱団であるだけでなく、選曲にも幅広い多様な側面を持っていることを示唆してくれました。  
 B組は、「ハッピー チルドレン」を歌いましたが、題名通り、歌うごとにほほがゆるんで幸せそうになれそうな雰囲気が伝わってきました。A組も加わった「ハミング」は、同じく、作詞:新沢としひこ 作曲:中川ひろたかの作品ですが、ハミングという言葉が繰り返される中で、歌が上手になりそうな気がしてきました。「宝島」という題名をチラシで見たとき、まさか40年以上前のアニメの「宝島」のテーマ曲じゃないだろうなと思いましたが、歌が始まってそのまさかが的中しました。しかも、原曲はバックコーラスとして児童合唱が入りますが、主は町田よしとの力強い圧倒的な歌声だったので、小学2年生のA組に歌えるだろうかと思いながら聴いていました。さすがに「ただ一つの 憧れだけは、どこの誰にも消せはしないさ。」というクライマックスの輝きは、まだそこまで至らずというところでしたが、子どもは、背伸びすることで、実際に背が高くなるのではと感じさせるような歌唱でした。この歌が、岩谷時子作詞、羽田健太郎作曲であることを知って、子どもたちのためにもいい曲を残してくれたことを再確認しました。
 S組は、金子みすゞの詩による6つの歌「葉っぱの赤ちゃん」より「子供の時計」「私と小鳥と鈴と」「桃」「葉っぱの赤ちゃん」の4曲をアベタカヒロの編曲で歌いましたが、初めて聴く曲でも親しみがわく編曲がされていました。「私と小鳥と鈴と」は、これまで何人の人によって作曲されているでしょうか。ゲーテの「野ばら」には、前世紀末で88曲の作曲があったそうです。ここでは、1曲ずつのことは述べませんが、金子みすゞが目を向けた小さなものへの愛と、S組のメンバーが合唱曲全体を通して二部合唱のハーモニーを作り上げることの面白さに目覚めてくれていることを感じさせる歌唱でした。ここで、10分の休憩があって、このコンサートは3部構成であることを知りました。

   
いろいろなグループが一つに

 第2部は、A組・S組・SS組による「カイト」で始まりました。この曲は、東京オリンピック・パラリンピックを前に、アスリートをはじめ、これからの時代を担っていく若い世代を応援する曲として米津玄師が書き下ろした一曲ですが、あまり応援歌という元気が湧き出てくるという感じのしない曲で、かなり幅広い学年の団員によって歌われるこの歌は、むしろ、これまで自分自身を作ってきた人や物への感謝の気持ちなのかもしれないと思うようになってきました。  
 続く「いざ起て戦人よ」は、12人のOB会と19人のユースクラスが立ち位置も混じりあいながら一つになって、グリークラブの雰囲気で歌われました。これまでのOB会の歌は、どちらかというと、父性的な温かみのある歌が多かったのですが、この歌は、男声合唱だからこそ表現できる歌という感じがしました。現在のユースクラスは、中学生・高校生ということですが、さらに上の年齢に広がりを持って、年齢的な段差を超えた合唱に発展していくことを期待しています。
 ユースクラスの「しあわせよカタツムリにのって」は、まず最初の挨拶が、一人一人が自分の身体の成長と向き合いながら歌い続けているという心に響く内容でした。SS組のメンバーも加入しているようで、やなせたかし作詞・信長貴富作曲の作品をユースクラスのメンバーは、歌い続けています。だから、しあわせは(早く来ると早く去るような気がするので?)ゆっくり来てほしいという歌詞に共感しながら歌っている柔らかい響きに観客も共感したのではないでしょうか。
 OB会の「いちじく」は、「びわ」と並んで、恩師である磯部俶先生を慕って選曲されたOB会の定番曲とも言えるもので、潮来を舞台に熟れたいちじくの姿を描いた穏やかな曲です。このステージの最後は、SS組、ユースクラス、OB会による「ハレルヤコーラス」で、この演奏は、昭和58(1983)年の創立25周年以来演奏されてきましたが、創立50周年定期演奏会以来の合同演奏となりました。人数的にも50人規模の合唱で声の重なりや輝かしさを感じる演奏でした。

   フレーベル少年合唱団 第60回記念定期演奏会委嘱作品
   同声合唱とピアノのための組曲「ドラゴンソング」本邦初演
     
    詞/覚和歌子作曲/信長貴富
    A組・S組・SS組 指揮/野本立人 ピアノ/神原あゆみ

1.だから からだ なのだ〈S組・SS組〉
2.より道 まわり道 帰り道〈A組・S組・SS組〉
3.これは棒っきれじゃなくて〈A組・S組〉
4.相棒〈SS組〉
5.ドラゴンソング〈S組・SS組〉

 この合唱組曲「ドラゴンソング」は、野本立人監督が、作曲家・信長貴富氏とその作品・作風に惚れ込んでいたからこそ出来た作品でしょう。これまでも、定期演奏会に同氏の作品を積極的に採り上げたり、舞台の上で対談をするなどしてきたことからも、それを感じずにはいられませんでした。
 「合唱組曲」とは、あるテーマに沿った複数の合唱曲を作曲家が一つにまとめたものです。「合唱組曲」というジャンルは、外国にその起源や前例があるのかどうかは、私には不明ですが、日本においては、第二次世界大戦後の合唱ブームの中で、急速に発祥・発展してきたという歴史的な経緯があるため、いわゆる「合唱ファン」には親しまれながらも、それ以外の人には親しまれることが少ないという傾向があります。また、児童のために作られた合唱組曲においても、「だぼはぜの歌」の中の「僕らの町は川っぷち」のように、合唱組曲の中の1曲だけが飛び抜けて有名でよく演奏され、親しまれていますが、それ以外の曲はほとんど演奏されないというケースもあります。さらに、合唱組曲は、あるテーマに即して多様な曲が組み合わさって一連のドラマやある地域の四季や多様な姿を描いているために、「チコタン ぼくのおよめさん」や「祭と子ども」や「駿河のうた」のように予備知識なしでいきなり鑑賞しても、すぐにその世界に入り込める作品と、「わたしが呼吸するとき」のように、あらかじめ、およそのストーリーや曲のつながりやそれらを貫くテーマを知ってから鑑賞する方が、その曲の深い理解につながる作品があります。そのような意味では、「ドラゴンソング」は、後者に当たるのではないでしょうか。
 この曲が生まれるまでの経緯は、プログラムの関係者のメッセージにお任せするとして、私は、この合唱組曲を聴きながら、15年ぐらい前に出版された梅佳代の写真集「男子」に写された男の子像(写真左)を連想していました。男の子は、無邪気でおバカなところがあるけれども、それが成長によって次第になくなっていく・・・「ドラゴン」は、東洋の「竜」と言うよりも、ヨーロッパでの空想上の怪獣で、翼・たてがみ・つめを持った巨大な爬虫類で、火を吐くとされる生き物。その二つがどう結びついていくかを想像しながら聴いていました。
 1曲目は、「からだ」と「だから」の言葉遊びの要素も採り入れながら、「わかっちゃいるけど、身体が先に動いてしまって、自分じゃどうにも止まらない」男の子の本来持っているエネルギーを感じました。
 2曲目は、そんなエネルギーに満ちた男の子でも、より道 まわり道 帰り道と3つの道を並べながら、だんだん友達と別れて一人ぼっちで家に帰る道の心細さを描いています。
 3曲目は、逆に1本の棒っきれさえあれば、チャンバラもできるし、急に強くなれたと感じる男の子。その中に、「ドラゴン」の出現を感じた人もいるかもしれません。
 4曲目は、男の子である自分とドラゴンが相棒であることがわかってきます。
 5曲目は、男の子とドラゴンが共に未来を切り開いていこうとする姿が高らかに歌われ、クライマックスを迎えます。
 およそこのような構造の合唱組曲なのですが、フレーベル少年合唱団は、学年によって組が分けられているため、組によって成長・発達が違い、それは歌唱力や表現力の違いにつながるため、1曲ごとにグループが入れ替わっていましたが、入れ替わりの部分の「間」をカットしたものを映像化(録音)して連続したものとして視聴すれば、また違った発見ができるのではないでしょうか。また、フレーベル少年合唱団で再演するだけでなく、他の少年合唱団でも歌ってほしい合唱組曲ですが、ファルセットではないホンモノのボーイ・ソプラノだけで少なくとも20人ぐらいいないと、この曲をそれらしく表現できないのではないかと感じました。
 
 アンコール曲は、おなじみの「アンパンマンのマーチ」。観客席からは手拍子が起きると共に、野本監督の背中しか見えない指揮する姿に、団員に対する優しいまなざしを感じさせるような演奏でした。
 コロナ禍にもかかわらず、フレーベル少年合唱団は、69人+ユースクラス(20人)の人数を維持しています。この日に3年分の想いを出し切ったと言える団員は、幸せです。しかし、この1日だけで3年間の想いを遂げられなかったと思う少年たちは、ユースクラスを発展させ、OB会と一つになって日本の少年合唱を発展させるという壮大な夢に取り組んでください。それが「ドラゴンソング」の本質にもつながると思っています。 

フレーベル少年合唱団第61回定期演奏会
令和5(2023)年8月23日(水) 文京シビックホール大ホール

   組を変えることによる効果

 第61回定期演奏会では、これ(第59回定期演奏会)まで、B組(幼〜小学1・2年生)・A組(小学3・4年生)・S組(小学5・6年〜変声まで)と3グループに分けていたものを、(B組:幼稚園年長・小1 A組:小2 S組:小3・小4 SS組:小5〜中学生)と4グループに編成し直しました。鑑賞する側としては、これまでは、「組」という学年による発達がもたらす歌声の変化(かわいらしい→地声に力強さが現れる→ボーイ・ソプラノ特有の響きが出てくる)を聴こうと思って鑑賞していましたが、これからは、組と組の間の歌声の変化と共に「継続性」を聴こうと思うようになりました。言い換えれば、下の組は、隣接する上の組と響きが似てくることから、その音色を学んで採り入れているように感じました。

 最初にSS組による魔笛の3童子の歌の節で「鑑賞時のお願い」のような歌は、SS組の3グループの人数がなぜか1人、5人、2人と不思議な分かれ方をしていましたが、最近は、この歌も恒例化すると同時に、4歳以下の入場をお断りすることで、音楽の鑑賞環境としては、よく整備されてきました。続く「団歌 ぼくらの歌」は、S組とSS組によって歌われましたが、着替えする時間がなく服装がまちまちにもかかわらず、歌そのものは、最初から声がよく出て力強さを感じました。これは、このコンサート全体を貫いていて、コロナ禍で練習が思うようにできなかった期間と比べて、しっかり練習を積んできた成果が現れたと言うことができます。また、3組から4組にした組の間にある声質のつながりのようなものが見えてきました。今回のテーマは、「ぼくらはうたってかんがえる あいとゆうきとへいわのことを」ということで、アンパンマンのテーマだなと思いながらも、これは、ただ「アンパンマン」の歌を歌えばよいというものではなく、とてつもなく大きいテーマであり、それを歌で表現できるのかとも思いました。

 S組の「ほほう!」には、「ほほう!」と感心しました。この曲は、この日の「アンパンマン」関連の曲を編曲された横山潤子先生の作曲であり、平成11年度NHK全国学校音楽コンクール小学校の部の課題曲で、イギリスの聖歌隊の発声方法を採り入れた蓮沼勇一先生率いる暁星小学校聖歌隊(おそらく5・6年生)が金賞を獲得した曲です。そのようなことから、フレーベル少年合唱団A組(小学3・4年生)が、「遠い昔と遥か未来の狭間に僕は生きている」という時間の感覚をつかんでどこまで歌えるかなと思って聴いていたら、この学年としてはかなりいい線に達するボーイ・ソプラノ特有の響きが現れはじめた歌になっているではありませんか。一方、「Jack En Poy(ジャック・エン・ポイ)」は、日本の「じゃんけんぽん」にあたる遊び歌で、世界各国にもよく似た遊び歌があるようですが、年齢的にはこちらの方が身近な歌だと思いつつ、歌の部分と、動きを伴う部分をうまくつないで歌っていました。このS組がこれだけ歌ってくれたらと・・・期待が高まりました。

 「緑のしま馬」は、小学1・2年生が幼稚園児をリードして歌い、これまで幼さが目に付くこともあった幼稚園児がとてもしっかりと歌っていると感じました。A組だけになって歌う、「おとなマーチ」は、おとなになったら、こんなことをしたいと成長への欲求のようなものがエネルギーになって感じられる歌に仕上がっていました。それと比べると、「合唱とピアノ連弾のためのともだちシンフォニー」は、長大な曲で、ボーイ・ソプラノ特有の歌声の響きは美しくても、声の重なりによって歌詞が聴き取れない部分もあったため、「ともだちになろうよ きみとぼく。」といった断片的な言葉だけが強く伝わってくるところもあって、平和を願う歌があえて11分を超える長大なこの曲でなければいけなかったのだろうか、という想いも残りました。確かに、子どもにとって一番身近な「平和」は、けんかやいじめをなくすることでしょうが、この歌は、子どもにどこまでのことを求めているのでしょう。現実に、SS組の子どもたちの年齢になると、ウクライナ戦争関連のニュースを毎日のようにテレビや新聞で見聞きしているので、おとぎ話のような反戦・平和の歌に取り組むのは難しいと改めて考えました。

 絵本『あんぱんまん』誕生50周年記念「アンパンマンの歌」特集は、横山潤子先生の編曲で、「アンパンマンたいそう」はA組・S組、「勇気の花がひらくとき」はSS組、「アンパンマンのマーチ」は、B組からSS組までの幅広い年齢層の団員によって歌われましたが、そこに、発達による歌声の変化よりも、上の組の歌声を聴いて育っていると感じさせる歌声の継続性が心に残りました。

   合唱における「動き」

 後半は、SS組・ユースクラスによるスメタナの交響詩「我が祖国」より交響詩「我が祖国」よリ「モルダウ」が歌われましたが、これは、ボヘミア(チェコ)から観たオーストリアに対する想いがあり、国民楽派が生まれた背景には、当時、世界的なナショナリズムの高まりや国民国家意識があり、反対に音楽的に主流派であったオーストリアの側から観たら、「ラデツキー行進曲」や「美しく青きドナウ」こそが国民の精神を鼓舞してくれる名曲になったのではないでしょうか。これは、現在のウクライナとロシアの関係にも言えます。こういう選曲は、指導者が行うことになるのでしょうが、反戦・平和の歌である「ともだちシンフォニー」の扱い同様難しいと思います。なお、岩河三郎の流麗な編曲の曲を聴くのは久しぶりで、その合唱曲が歌われることが少なくなった今こそ、もっと見直されてもよい作曲家だと思います。

 OB会による「じんちょうげ」は、初めて聴く曲ですが、幼くして母を亡くした古田幸さんの詩に、磯部俶先生と中田喜直先生半分ずつ作曲し、ダーク・ダックスによって歌われた組曲「おかあさんのばか」の一曲で、初めて耳にした私には、じんちょうげに託してお母さんへの想いを歌っている歌であることは伝わってきましたが、それ以上のことはわかりませんでした。「びわ」は、OB会の定番曲になっているゆったりした佳曲で、びわの実を抱っこしているとか、びわの葉をろばさんの耳にたとえているところなど、独特なやさしさに包まれた歌になっていると感じました。

 ここからは、野本立人監督の指揮によるSS組の「島唄」、S組の「ユイユイ」、ユースクラスの「島人ぬ宝」、S組・SS組・ユースクラスによる「沖縄わらべ歌・民謡メドレー」と続き、7年前にはかなり異質に聞こえた沖縄の民謡が、この日は、どこかなつかしく、また、親しみを持って聴けるようになってきました。沖縄独特の踊りのエイサーの手の振りもまた自然に踊りだしたくなるように感じました。アンコールの「童神」は、本来組曲の中にある1曲なのでしょうが、曲の順序が変わることで、また違った味わいがある曲になるのでしょうね。この定期演奏会は、合唱における動きは、どのようなときに効果的であるかを考えるヒントも与えくれたように思います。

   将来を見据えた人の育成を

   ここからは、音楽から少し離れてと言うべきか、逆に密接につながっていると言うべきか迷いますが、「少年合唱団」という組織のことについて述べます。ユースクラスが誕生したときは、将来OB会と一つになることが期待されましたが、その当時のユースクラスに在籍していた「団員」は、現在は、大学生の年齢に達しており、紹介のアナウンスでもユースクラスは、中学生・高校生に限定されているようで、この辺りも、団全体の将来を見据えた人材育成が課題となってきます。現在のOB会は、かつて合宿等の諸行事があったときのお手伝いをすることで人のつながりができ、現在も年齢を超えたつながりを作っていると伺っています。少子化が進む社会情勢の中、東京のような国・私立中学校への受験が盛んな地域で、かつて行われていたような夏期の宿泊行事を復活することは難しいでしょうが、ユースコースや若い世代のOBが、出演のないときに現役のお手伝いなどを自主的に行い、それが、合唱団の指導者や団長を代表取締役社長が兼任するフレーベル館からも請われる形で協力して現役を支えていくことが、団の継続・発展という点で望ましいのではないかと考えます。かつては、初代指導者の磯部俶先生が、家族みんなで合唱できるような家庭を日本に育て根付かせようという理念をもって、合唱という音楽教育だけでなく、人間教育という面からも団員の育成に当たられたことの価値を改めて感じます。




                                              
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