ボーイ・ソプラノと変声期

 (1) 変声期の生理

  思春期に入り、性腺から男性ホルモンの分泌が盛んになると、発毛、変声、精通などの第二次性徴が現れます。これは、男女を問わず現れるのですが、男子においては、変声がより顕著で、個人差はありますが、現在では、10〜14歳頃(小学4年〜中学2年頃)にみられます。これは声帯に一過性の浮腫が起こり、その後、浮腫は結合組織の増殖という変化を経て、声帯が長くなるためです。変声前の声帯は、9〜10ミリぐらいの長さですが、変声後では、日本人では17〜21ミリ、西洋人では13〜24ミリぐらいと約2倍の長さになるので、約1オクターブほど低くなります。また、これに伴って、喉頭の甲状軟骨が前に突出し、いわゆる「のどぼとけ」、西洋風に言うと「アダムのりんご」が見られるようになります。
  変声期は、声帯粘膜が充血し、透明さを失い、粘液の分泌も増加すると共に、声帯の急激な発育に対して声帯筋の発達が伴わないため、声がうまく出ないことがあります。声がかすれたり、音域が狭まったりするのです。だいたい期間は、3ケ月から1年6ケ月位(たいてい半年から1年)といわれていますが、個人差が大きく、完全に安定するのには3〜4年ぐらいかかります。以前は、この間全く歌わせずに、鑑賞や作曲をさせたほうがよいという説もみられましたが、かえって、そうすることで、変声期が長引くという説もみられます。そこで、変声期の間は、本格的な歌の練習は避けるのは当然ですが、自分の出しやすい声域で無理のない発声で歌わせることが望ましいというのが、現在では定説になってきています。
  変声期は一般に、初期、中期、後期の3期に分けられますが、前述したような症状は、初期から中期にかけて強く、後期になるにつれて次第に軽くなります。これら3期の特徴は、次のようです。初期では、声がざらつき、つやがなくなります。また、声域が下降します。中期になると、さらにつやがなくなり、高音が出しにくくなります。シャーと声がかすれ、ひっくり返る「声破」という現象がみられたりします。さらに、声域が狭くなり、ひどい場合は、1音しか出せないようなケースもみられます。後期にはいると、声のつやと潤いを取り戻してきて、声の変化も安定してきます。また、声量も豊かになり、声域の下限が広がるといった特徴がみられます。いずれにしても、高い声が出しにくくなり、声がかすれたりすることは共通してみられます。
  変声期の初期は、本人にも自覚しにくいことがあり、周りの人から指摘されて、初めて自覚することもあります。また、風邪による声がれを変声期と間違えることや、逆に、変声期の訪れを風邪と間違うようなこともあります。 

 
(2)  早くなった変声期とその影響

  変声期は、個人差もあり、また、時代、地域、人種、遺伝、生活環境、風土などによって差がみられます。一般的には、暖かい、都会化、肉食という条件は、変声期を早めると言われていますが、現在の日本では、テレビなどの発達による情報の普及や、食生活の向上のため、以前ほどあまり地域差はみられなくなりました。むしろ、いずれの地域でも、体位の向上、環境の変化、情報量の増加等に伴う変声期の低年齢化がみられます。これは、他の第二次性徴の出現に見られる発達加速現象あるいは、発達の前傾化の現れの一つです。
  ダウは、バッハに指導された少年合唱団の資料から、18世紀の男子の変声期をほぼ18歳と推定しています。1732年生まれのハイドンは17歳で、1797年生まれのシューベルトは、16歳で変声期を迎えたという記録が残っています。その後のいろいろな調査結果を見ると、男子の変声期は、次の表のように早まってきています。

西     洋
調査者 変声期(年齢)
1886 フォルニー 14〜16歳
1922 ヘス 12〜16歳
1954 スコット 14.15歳
1959 スコット 13.83歳
日     本
調査者 変声期(年齢)
1934 林 義雄 15〜16歳で60%完了
1935 藤田 辰男 14〜14歳6ヶ月
1965 原田 利治 12歳6ヶ月〜13歳
1970 加藤 友康 12〜14歳
1972 小野田 正之 小学校6年生から始まる
1990 桑田 敏一 小5で34,2%
小6で49.8%が開始
2004 益田 慎 平均的に12〜13歳

  松村直行は、1974年の新学期(4〜5月)に大阪教育大学附属池田小学校から高等学校までの小学校5年〜高校1年の子どもの(男女 852人)声域調査を通して、変声の進行度合いを調査しました。その結果、特に男子については下の表のような割合で変声が進んでいることが明らかになりました。

学年

区分
小5 小6 中1 中2 中3 高1
変声終了 0  1 7(8) 45(54) 58(67) 59(95)
変声中 0  6(8) 43(51) 54(29) 18(21) 2(3)
未変声 75(100) 70(91) 34(41) 15(17) 10(11) 1(2)
計(人) 75 77 84 84 86 62
                             ( )は、%

 この調査の結果、既に中学入学時点で、約半数の子どもが変声期を迎えていることが分かりました。これをもとにして、松村は、その当時使用されていた教科書の歌唱教材の声域が、子どもの変声の実態にそぐわないという問題点を指摘しています。
 これら各種の調査結果から、確実に変声期は早まっており、最近20年程は鈍化してきているものの、現在では、早い子どもは10歳(小学校5年生頃)から始まり、東京都の調査や1990年に桑田グループが行った調査では、小学校卒業までに半数近くが変声し始めているという結果もみられます。
  一方、杉山
知子・佐藤恵子は、1997年6月に岡山県津山市の小学校4〜6年生の児童を対象に変声の自覚症状について調査を行った結果は次のようです。なお、この研究は、男女を対象に行っていますが、ここでは男子の結果を掲載します。

 学年 小4 小5 小6
 自覚症状のある児童 18(17.5)  21(14.5)  29(19.1)
 自覚症状のない児童 85(82.5)   124(85.5)  123(80.9)
計(人)  103  145  152
                            ( )は、%

 これによると、学年間の差がほとんど見られず、小学6年生の6月までに変声を自覚する児童は、約2割という結果がみられます。しかし、これは、本人の自覚症状の調査であることや、津山市という地域性によるところもあるのではないでしょうか。
 変声期についての最近の研究で、サンプル数の多いものとして熊本大学の森恭子・関綾子は、熊本県内の60校の中学校の中学2年生男子2096人(女子2043人)を対象にして変声に関する9項目について2002年9月に調査研究しました。その結果、男子については、次のような結果がみられました。

 学年 小4 小5 小6  中1  中2  計
変声に気付いた時期 20 (1) 78 (5) 352(23) 872 (56) 229 (15)   1551(100) 
                                          ( )は、%

 この時点では、まだ26%の男子生徒が変声に気付いていない(あるいは無回答等)ですが、中学1年生が変声のピークになることや、小学生で430人(28%)の児童が変声に入って歌唱指導が難しくなっている実態が明らかとなりました。

 さて、変声期の早期化は、音楽や保健における指導時期にも影響を与えています。私が小・中学生時代の1960年代では、中学1・2年でしていた変声期の指導は、現在では、音楽の教科書では、小学5・6年でしています。さらに、小学校段階で変声期を迎える子どもが増えてきたことを反映して、2008年に告示された今回の学習指導要領改訂では、変声期に関する指導が明記されました。
  また、変声期が早く訪れるようになったことは、それだけボーイ・ソプラノとして実質的に歌える期間が短くなることであり、歌の心を深く理解して歌える前に変声してしまうことになりがちです。年齢の壁を破ることは、難しいことです。やはり、12歳の少年と14歳の少年では、声や歌心の育ちも違います。このことが、世界の少年合唱団の指導者にとっても大きな悩みとなっています。

 なお、世界の少年合唱団関係者の発言から、外国の子どもの変声期も近年早期化していると考えられます。あまり知られていませんが、日本の子どもは欧米の子どもと比べてかなり早熟であるという調査結果がみられます。この原因はよく分かっていませんが、医学者の額田成によると、日本人の子どもは欧米人の子どもよりも、早く大人の身体になってしまい、その結果、早く身長の伸びが止まってしまうそうです。また、男性の精通年令を1970年代生まれの男性について調査したところ、平均が12歳10カ月でした。これは、欧米の男性と比べて1年程度、早いことが分かりました。

  男性の精通年齢
 国名 日本 ドイツ デンマーク  アメリカ
精通年齢の平均 12歳10か月 14歳1か月 13歳5か月 14歳


   
(3)変声期の心理

 さて、少年たちは、変声期をどう受け止めているのでしょううか。例えば、1990年に、東京都の小学校高学年の子どもを対象に行った性に対する不安や悩みのアンケート結果を見ると、男子5年生では40パーセント、6年生では、32.7パーセントの子どもが変声を挙げています。この数値は他の項目と比べて断然トップです。それまで慣れ親しんだ声が変わったり、出しにくくなったりすることは、少年たちにとって大きな不安なのです。
 それと、同時に、いつ変声するかということも、少年たちにとっては、大きな関心事です。変声の早い少年が周りの友達にからかわれたり、親や周りの大人からその早熟ぶりを指摘されて精神的に傷ついたり、無口になったりすることはしばしばみられます。また、反対に変声の遅い少年が、周りの友達が次々に変声するのに、自分だけ取り残されるような気持ちになって、あせることも見られます。思春期は、周りの友達と比べて早い遅いということがたいへん気になる時期です。しかし、この不安は、全員が変声してしまえば収まるという性質のものです。次のある少年の作文は、その辺りの心理をよく表しています。
「ぼくは歌には少しだけ自信があった。すきとおるような声だと先生にもほめられていたんだ。でも、5年生の2学期ごろからかぜをひいたわけでもないのに声がしわがれてきた。高い声を出そうとしたら声が変にひっくり返って友達に大笑いされてしまった。それからは音楽がいやになったけれど、一人二人と声変わりする子がふえて、みんなも笑わなくなってきた。中学3年の今、ほとんどの子が低い声に変わっているので、だれも気にしていない。」
 従って、指導者は、変声期を暖かく見守ってやる必要があります。東京放送児童合唱団の指揮者である古橋富士雄は、次のように述べています。
「男子の場合、完全に声が出なくなり大人の声になりますから、誰でも気が付きます。一番ショックを受けるのは母親だそうですが、毎日仲間と歌い合ってきた子供にとって『変声』と宣告されたショックは想像以上に大きいものです。我々は『これは男の勲章だから、君もいよいよ大人になるね!』と励まします。『君は変声』という言葉に耳が慣れれば、後は何でもありません。自分で考えて、高い音はファルセットで出すようになったり、「アルトの低い音は君がしっかり支えて・・・」と、頼んだりするなど、指導者の配慮があればそれなりにうまくいくはずです。」
 親もまた同様で、不用意な言葉で子どもを傷つけないことが大切です。それでなくても感じやすい時期です。子どもの成長を喜ぶ親であって欲しいものです。
 ヨーロッパでは、ボーイ・ソプラノのことを「神様のいたずら」と呼んでいるようです。神様がある少年に美しい声を与えておいて、ある時期がきたら、否応なしに奪い去ってしまうところからきた言葉です。たいへん美しくも残酷な名前です。平均的な少年でさえ、変声期は不安や悩みが多いのですから、まして、美しいボーイ・ソプラノを持った少年にとって、変声期はかなり辛いことでありましょう。
 古い例では、ハイドンは、変声によって、弟に独唱者の座を奪われたとき、友達のおさげ髪を切って合唱団を追放されてしまったという逸話が残っています。また、ウィーン少年合唱団を舞台にして描かれたディズニー映画「青きドナウ」の主題は、変声期の悩みです。そこでは、変声期が近づいて、ソプラノからアルトにまわされたピーター少年が、新入生でソプラノのソロに抜擢され、自分の役を奪ったトニー少年にいろいろと意地悪をする場面がみられます。これらの行動の深層心理を考えるとき、肯定できないまでもうなずけるものがあります。
 しかし、蝶々がさなぎの時期を越して美しい成虫になるように、変声期という冬の時期をじっと耐え、心を磨いた少年だけが大きくはばたくのです。そんなことができるならば、その少年の一生にとってボーイ・ソプラノは美しき思い出であると同時に、人生のプロローグとさえなるでしょう。ボーイ・ソプラノは、少年時代だけに与えられた仮の声なのですから、いつまでもそれにしがみつくことは、むしろ、その少年の人間的成長を妨げるのではないでしょうか。
  とはいえ、美しいボーイ・ソプラノを失うことに対して、当事者の少年が心穏やかではないことも考えられます。この辺りは、かなり個人差があるのではないでしょうか。例えば、感受性の強い少年にとっては他の身体の変化とあいまってかなりショックでしょうし、兄がいてその変声の様子を側で見てきた少年にとっては、かなりしっかりと受け止められるのではないかと思います。児童合唱団によっては、変声後もファルセットを駆使して同声合唱をさせているところもあります。カウンター・テナーをめざす少年の中には、その深層心理として、美しいボーイ・ソプラノを維持したいという気持ちが働くこともあるでしょう。

  
(4) 変声期前と変声期後

 変声前に美しいボーイ・ソプラノであったということで、必ずしも変声後も美しい声になるという保証はどこにもありません。しかし、発声法の研究家の永吉大三は、その著「発声法の理論と技法」の中で、次のように述べています。
 ・・・変声前の声が美しく豊かな声を持っているということは、他の人より声帯や共鳴腔の形、容量等が一段とすぐれている証拠であるから、中には変声期の成長の具合によってせっかくの天分を失うものもいると思うが、確率からみると、恵まれた子供の中から優秀な声の持ち主が出る公算が多いはずである。ところが、実際には童謡歌手とか児童コーラスで活躍した中から、すぐれた声楽家が生まれる例は大変少ないというのが現状である。・・・
 いわゆる「童謡歌手」と呼ばれる子どもの発声はかなり特殊です。少なくとも、クラシックの声楽の発声からみると異質です。そして、実際に日本でも、女声では安田祥子や由紀さおりのような成功例はあるものの、男声で藤山一郎のように童謡歌手出身で成功した例は極めてわずかです。昭和30年代にボーイ・ソプラノとして活躍し現在カウンター・テノールで活躍している岡田孝などがその数少ない例でしょう。昭和20年頃、「お山の杉の子」などを歌い、ラジオに映画に活躍した当時の少年スター加賀美一郎や、昭和30年頃紅白歌合戦に2年連続出場した河野ヨシユキがその後、声楽家として大成したという話は聞いていません。河野ヨシユキが今ではジャズシンガーとして大人の歌を歌い続けていることは、知っていますが。しかし、学芸会のスターから声楽家になった日本声楽界の大御所五十嵐喜芳のような存在を忘れてはならないでしょう。
 一方、海外のクラシックの声楽界では、少年時代に美しい声の持ち主であったが、変声後も、男声として活躍している例が少なくありません。古くは、カルーソーや、ジーリ、タリアヴィーニは、少年時代に聖歌隊で歌っていたし、ビョルリンクは、親兄弟で四重唱団を結成して各地で歌っていました。現代の3大テノールのパヴァロッティ、ドミンゴ、カレーラスも、幼少時より歌い続けています。中でもジーリは、幼時「鐘樓のカナリア」と騒がれていたそうです。カレーラスがボーイ・アルトの声で歌う「女心の歌」は、録音が残っています。また、デビューはファリャの「ペドロ親方の人形芝居」であったといいます。
 次に、変声期前の声の高さと、変声期後の声の高さの関係について考えてみましょう。耳鼻咽喉科医で音声言語医学者の加藤友康は、その著「ボイス&ボディートレーニング」の中に、次の様な研究報告を載せています。それによると、変声期前、高い声(ボーイ・ソプラノ)だったものが、そのままテノールになった例、低くなって、バリトンやバスになった例があります。反対に、変声期前低い声(ボーイ・アルト)だったものが、成人後は高い声になった例もあり、全く予測がつかないといいます。前述した永吉大三も、同様のことを述べています。
 この問題については、反論もあります。ホセ・カレーラスやヘルマン・プライの自伝には、ボーイ・ソプラノはバリトンやバスになりやすく、ボーイ・アルトはテノールになりやすいと書かれています。五十嵐喜芳も、NHKのラジオ番組にゲストで出演したとき、同様のことを言っています。そして、自分のようにボーイ・ソプラノからテノールになった例は少ないとも言っています。そこで、自伝やインタビュー等をもとにして、有名な声楽家の変声期前の声と変声期後の声の関係について調べてみましょう。

 変声期前 変声期後  声  楽  家
ソプラノ→テノール ロックウェル・ブレイク  ジュゼッペ・サッバティーニ 
ピーター・オーティ
五十嵐喜芳 小林一男
ソプラノ→バリトン ハンス・ホッター ヘルマン・プライ
ジェラール・スゼー
 デレク・バーシャム
セバスチャン・ヘニッヒ アレッド・ジョーンズ
坂本 博士  坂本 秀明
 
ソプラノ→バス フェドール・シャリアピン
ニコライ・ギャウロフ
アルト →テノール エンリコ・カルーソー
ルチアーノ・パヴァロッティ
ホセ・カレーラス ペーター・シュライアー
アルト →バリトン ディートリッヒ・フィッシャー・ディスカウ

 この結果からは、必ずしも一定の結果は認められません。耳鼻咽喉科の医学者でもある林義雄は、その著「声のよくなる本」で、変声期前と変声期後に一定の関係はないことを述べた後、声の種類は、声帯の長さによると結論づけています。ところが、同じ声帯医学者の米山文明によると、声種の分け方は、必ずしも声帯の長短だけで決められないと言います。確かに声帯の長い人が低い音を出せるのは確かですが、声帯および筋肉の緊張力と発声技術がうまければ、高い音も出し得ます。一方、短い声帯の人は、高い音を出すのには有利ですが、低い音を訓練によって出す可能性は非常に少ないと言えましょう。
 また、変声期直後は、声が低くなって、バリトンになるが、その後、声楽を学ぶうちに次第に声質が変化してテノールになるという例もかなり見られます。プラシド・ドミンゴ、ニコライ・ゲッダ、カルロ・ベルゴンツィなどがそのような例です。宮原卓也に至っては、何とバスからテノールになっています。だから、変声後すぐに声種を決定しないことが大切です。バリトン・バスは25歳から、テノールは30歳からということを主張する音楽指導者もいます。また、変声直後すぐに無理をして高音の訓練をすることは声帯によくないと言われています。待つことの大切さが求められます。
 また、カウンターテノールは、変声後訓練によってつくられた歌声なので、話し声の方は、テノールもいればバリトンもいます。

    
 (5) 「変声期」の録音・録画資料

 かなり以前より、変声期と重なる小学校高学年児童や中学校生徒を指導する現場教師から「男子が歌わない。」「合唱部に男子が入らない。」という実態が報告されてきました。変声期の男子に歌を喜んで歌わせることができたら、それだけで相当指導力のある教師であると言えましょう。それだけに、教師は変声期のメカニズムと、その心理をつかんで指導にあたることが望まれます。
 そのようなときの基礎資料として、以下のような「変声期」の録音やビデオが参考になります。それらは、子どもの不安を解消し、希望をもたせるのに貢献すると考えられます。

 変声期の録音資料のうち特筆されるのは、1963年度イタリア賞(イタリア放送協会の提唱で1948年に創設された放送番組のコンクール)参加作品 NHK制作の「ドキュメンタリー 変声期」です。これは、東京放送児童合唱団の団員(男子2名、女子3名)の変声の様子を週1回ずつ記録した貴重なLPレコードです。何と録音回数120回というからたいへんな労作と言えましょう。
 特にボーイ・ソプラノの古庄紋十郎が12歳から15歳までシューベルトの「子守唄」の一節を歌った記録は、データ数も多く変声の様子が克明に記録されています。また、ボーイ・アルトの今野真一の歌唱記録は「冬の星座」ですが、記録し始めたのが13歳(中1)で既に変声期に入っており、変声前の歌声が聴けないのが残念です。この作品はさらに解説の台本があり、バックミュージックもありドラマ仕立てになっているので、小学校高学年から中学生に与える教材としてもふさわしいものです。
 このレコードは、おそらく家庭にはなく、小・中学校の音楽室の片隅などに眠っていたと考えられますが、平成15年になって急に脚光を浴びることになります。人気テレビ番組の「トリビアの泉」で、その存在が紹介されたからです。番組終了後はこの番組本にも掲載されました。この番組を見た人の中から、古庄紋十郎の歌声の思い出を語る人も現れ、このレコードが、全国の小・中学校にかなり流布していたことが伺われます。なお、古庄紋十郎は、東京少年合唱団に在籍し、将来を期待されていたのですが、1960年代後半、高校生の頃に不慮の事故でお亡くなりなられたそうです。

 その他、変声期の録音資料としては、伊藤武敏・藤井憲・渡辺睦雄共著の「変声期における歌唱指導」、渡辺睦雄著の「児童期・変声期・成人へつながる発声と合唱の指導」があります。また、ビデオ資料としては耳鼻咽喉科医師の米山文明著『声の不思議』第3巻「声の発見」や、最新の指導記録としても価値がある高橋保則著「変声期の指導」全3巻があります。
 また、変声期だけの記録ではありませんが、西六郷少年少女合唱団の指導者 鎌田典三郎が昭和56年に32年間にわたる研究資料としてまとめた「歌唱・合唱(発声)指導実践記録特集」は、非売品ではありますが、貴重な録音資料です。小4〜中1の16名の少年の歌唱や、数人の少年を変声前から中学生・高校生になるまで(シャンソン歌手になった少年は24歳まで)追いかけて録音しています。中には、変声期の少年にソプラノとアルトの両方で歌わせたりしているものもあります。

  それ以後、変声期とその指導について書かれた著書は、ほとんどありませんが、最近、録音記録をCD化して授業でも活用できる本を著したのは、長年にわたって青森県の合唱教育をリードし、八戸市立根城中学校をNHK全国学校音楽コンクールで連続4回・合計8回全国優勝させるなど、その指導力が高く評価された竹内 秀男「変声期と合唱指導法のエッセンス」〜授業で聴かせたい変声の様子〜(教育出版)です。(2009年)この本では、学校現場の教師や合唱団の指導者を対象に、1章 変声期への理解を深める〜心身の発達と声に起こる変化〜 2章 小・中学生の"変声期の歌声" 〜子どもたちに聴かせたい変声の過程〜 3章 小・中学生に伝えたい発声法 〜ひびき(共鳴)を中心とした指導〜 4章 曲想表現を深める合唱指導の工夫 〜表現の喜びを伝える〜 5章 伝える言葉・伝わる言葉 子どもの音楽的変容をさぐる〜そのひと言〜 と章立てして、変声期とその年齢の児童・生徒の指導について、ポイントを押さえて述べています。とりわけ、この中では、ひろたようすけ(漢字不詳)の小学5年10月から中学3年11月まで4年間「秋の子」を歌わせることで変声の記録を録音しています。また、変声中も気持ちよく歌える歌唱指導の在り方、合唱の在り方について指導的な観点も入れて録音しているところに特色があります。指導によって歌声が変わることがよくわかります。



      日本の子どもの低音化

   
(1) 「ミの壁」
                   
  昔と比べて、日本の子どもの声(歌声も話し声も)が低くなってきていることは、音楽教育に携わるものだけでなく、幼児教育や初等教育に携わる教師が実感していることです。とりわけ、音楽教育関係者の間では、以前より「ミの壁」という言葉があるそうです。最近の小学生にとって、上の「ミ」の音は、現場の小学校の先生方から高すぎるといわれます。
 ところで、最近、服部公一 著「子どもの声が低くなる」(1998)、鈴木松美編著「日本人の声」(2003)が、次々と出版されて、その実態と原因について述べられています。それは、身体・生理的なものが原因なのでしょうか。それとも、社会的なものが原因なのでしょうか。あるいはそれらは相互作用をしながら生起しているのでしょうか。そこで、この問題について文献研究を中心にまとめてみましょう。

      (2) 実証的なデータから

 大正時代と昭和20〜30年代は童謡が次々と作られ、童謡歌手と呼ばれる少年・少女歌手を生んだ時代です。ところが、子どもの音域を考慮して作曲されたそのころの童謡・唱歌などが歌いにくくなっているという現象が、この20年あまり起こっているといいます。
  「ミの壁」−高音は苦手、今時の子−という記事が朝日新聞に掲載されたのは、2003年のことでした。服部公一は、作曲家で東京家政大学付属幼稚園の園長でもありますが、
「昭和30年代、幼児番組にかかわって120ヵ所以上の幼稚園を回ったけど、当時は歌えてましたね。今の子どもが気持ちよく歌えるのはラから上のドくらいまでです。」
と、現状を述べています。事実、服部公一が小学校の音楽教科書に載る童謡や唱歌を調べたところ、子どもたちの声に合わせようという意図なのか、最高音が上のドかレまでの曲がほとんどであったといいます。
 愛知教育大学の村尾忠廣によれば、尋常小学校教科書の曲と比べ、現行の小学校音楽教科書の曲の最高音は平均で半音1・6個分低いという調査結果もあります。
 一方、話し声についても、以前と比べて低くなっていることを音声研究家の鈴木松美(日本音響研究所長)が追跡調査をもとに指摘しています。1985年に録音した山梨県上野原町の小学生の声を、1993年の同小児童の声と比べたところ、平均20〜30ヘルツ周波数が下がっていたと言います。1990年と2000年の10年間の比較研究でも同様の結果が見られるようです。わずか、10年足らずの間にそのような変化が見られたのはなぜでしょうか。

     (3) 低音化の背景

 街中で子どもの甲高い声を耳にすることが減ったのは、単に少子化や塾通い等のせいだけではありません。その原因については、諸説があります。
 服部公一は、このような変化が生じたのは、単純に心理的な要因によるものだと述べています。言い換えれば、高い声の方がかわいいとする社会的圧力が減ったという声に対する社会の好みの変化を挙げています。
 また、日本音声言語医学会理事長の新美成二は、「生理的な声域が20年や30年で変わるとは思わない。ただ、声の高さは習慣や訓練も大きな要素。社会的な変化はあってもおかしくない。」と言います。
 村尾忠廣は、「大声ではしゃぐ外遊びなどが減り、家の中の近い距離で話すような生活ばかりしていれば、子どもの声が低くなっても不思議はない」と指摘しています。確かに、テレビゲームの影響で、道路や公園で鬼ごっこや、だるまさんがころんだのような声をあげて遊ぶことが減っています。
 このほか、子どもがよく耳にするテレビのCMソングは、たいてい低い音域で歌われています。オウムやインコでも、まねする人の音域や音質に似てくると言います。子どもの低音化の背景には、遊びの変化や日本の社会全体の低音化嗜好があるようです。
  さらに、生活空間としての住宅の素材や構造が高気密・高断熱化になっているため、家の中が魔法瓶化され、音はよく響くから大声を張り上げる必要がなくなっています。それどころか、大声はうるさいと疎まれる傾向すらあります。かつては、宿題として国語の教科書の音読が課され、その読み声が通行人の耳に入ってくることもありましたが、今ではそういうことも希になってきました。
 漁師は声が大きいとよく言われます。それは、広い海で連絡を取り合うとき、大声でなければ届かないという生きていくための必然的な理由があるからです。大きい声と高い声は同じではありませんが、発声の基本において共通した部分をもっています。このような諸要因があいまって、子どもたちの声は低くなってきたのです。



      
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