久保陽貴 プレミアムライブ 2023
令和5(2023)年1月22日(日) グレースバリ渋谷


  久保陽貴が1月22日に渋谷で行ったプレミアムライブは、DVD化され、当日会場に行くことができなかった人の目や耳にも触れるようになりました。このDVDの特筆すべきことは、歌の部分だけでなく、ステージ開始までの様子や舞台裏の部分までが収められており、それはこのコンサートの本質とつながっていると考えられます。どんなレコーディングや映像にも、メイキングや舞台裏はあるでしょうし、それを語ることは、かえって歌に焦点化したことを書きにくくなりますが、このコンサートの前、2度にわたって発熱があって、コロナではないかと本人も家族も心配されたようですが、幸いそのようなことはなく、この日を迎えることができたことだけは、伝えてもよいでしょう。

Prolougue Song. ベンのテーマ
1. 115万キロのフィルム
2. 恋だろ
3. 誰そ彼(海蔵 亮太とデュエット)
4. 素敵な人よ
5. 東京
6. 銀の龍の背に乗って
(リクエストコーナー) ・ジュリアに傷心 ・名もなき詩 ・I Love You ・麦芽豆乳(自作のCMソング♪)
7. Fight Song
8. Perfect
9. ベテルギウス
10. 恋 ( 7~10 電子ピアノ伴奏:久保宗太郎(長兄))
11. 花になれ
12. 明日への手紙
13. 歌うたいのバラッド
14. 海の声

 ステージは、最初から久保陽貴が登場して歌うのではなく、司会の言葉に続き、プロローグとして、ステージ上のスクリーンに映された映像と音響で11歳の時に歌った「ベンのテーマ」から始まります。DVDでは、スクリーンに映し出された映像を明瞭に見ることはできませんでしたが、成育歴を写真で表していることと、その歌声は明瞭に届いてきました。久保陽貴は、ジャンルを超えた歌が歌えるところも特筆できますが、数多く残されているであろう過去の歌の中からなぜこの1曲が選ばれたのでしょうか。久保陽貴は、令和2(2020)年7月にNHKEテレ『沼にハマってきいてみた』の中で、特にマイケル・ジャクソンの歌をどのようにして身に着け、自分なりの表現にしていったかを語っており、この「ベンのテーマ」は、マイケル・ジャクソンの「ものまね」ではなく、息遣いからして独自に身に着けたもので、旋律に自分の想いを乗せた情愛あふれる歌に仕上がっていました。さて、「ベンのテーマ」は1972年に発表された、映画『ベン』の主題歌で、当時アイドル路線で活動していた変声前の14歳のマイケル・ジャクソンの2番目のソロで、米国で最も権威のある音楽チャートビルボードのシングル・チャートでNo.1にもなったヒット曲です。ホラーあるいはパニック系の映画でありながら、同時にネズミの“ベン”と病弱な少年・ダニーとの純粋な友情も描かれているこの映画の主題歌は、当初、ダニー・オズモンドが歌うはずのところ、ツアー中で時間的な調整がつかず、そのオファーを断ったため、マイケル・ジャクソンが歌うことになったというのも、運命的な歌との出会いとも言えるでしょう。さらに、この曲は、30年以上たってから、日本で平成17(2005)年に放映されたホームドラマ『あいくるしい』 のテーマ曲としても使われました。脚本を書いた野島伸司は、これまでも過去の和洋の名曲をテーマにして脚本を書く傾向がありましたが、「ベンのテーマ」をモチーフにして、『あいくるしい』を企画したそうです。神木隆之介演じる善意の塊のような「真柴幌」が、本郷奏多演じる最初は冷淡で人に心を開かなかい転校生の「南雲愁」に対して感じる何とか友だちになりたいという感情は、自分が持っていないものを持っている人に対する憧れを通り越して、むしろ恋愛に近いものかもしれません。

 プログラムというよりセットリストは、『THEカラオケ★バトル』の中でこれまでに歌われた曲と、初公開であろうと思われる曲がちりばめられており、しかも、1時間半を超えるステージは、出ずっぱりで、しかも、第1部と第2部の間には、観客によるリクエストコーナーもあり、ここで、自作の出演するCMソングも公開されるという盛り沢山なものでした。そのため、ステージに置かれたペットボトルの水を飲んでから歌う場面(数人の出演者がいる場合は、舞台袖で飲むであろう)もかなり見られ、コンサートは、生モノなんだなあということを感じさせました。なお、知らない曲も、第一印象こそが大事と思って、創唱者の歌を聴くことをせずに、比較することなく聴いてみました。

 第1曲目の印象は、ステージ全体を支配します。「115万キロのフィルム」は、約2年前と比べて、たとえ声が変わっても、歌詞に感情を乗せる巧みさが自然に感じられ、松尾潔氏が語る「音楽の神に愛された天性の歌声」という言葉は、至言だと改めて感じました。「恋だろ」は、「違いを豊かさに」という意味の言葉を繰り返すことで、説得力のある歌に仕上がっていました。ここで、スペシャルゲストの海蔵亮太が登場。『カラオケバトル』の先輩であると同時に、かつて、「愛のカタチ」を採り上げたこともあるという縁もあって、この日は、海蔵亮太の「誰そ彼」のデュエットが歌われましたが、二人の声質の違いがかえって快く感じられ、久保陽貴は、どの歌も「自分の歌」にして歌っていることが伺えました。「素敵な人よ」もまた、海蔵亮太が創唱した歌ですが、海蔵亮太がファルセットを駆使して、全体を包むように歌いあげるのに対して、久保陽貴は、変声期が完全に終わっていないため、低音部から安定してきていることもあって、ファルセットを控えめにして自分の歌にしようとしていました。「東京」は、映画のせつない別れの場面を見ているようで、この曲の中にあるドラマを情感豊かに引き出していました。「銀の龍の背に乗って」は、題名の言葉が何度も繰り返される中で、それが少しずつ変化していき、全体としては力強い曲でありながら、その根底にある繊細さや情感の豊かさを感じました。

 リクエストコーナーは、じゃんけんで勝った人がリクエストできる歌ですから、予習的な練習ができないものですが、「ジュリアに傷心」「名もなき詩」「I Love You」は、手拍子で歌われました。最初の3曲は、どれも、『THEカラオケ★バトル』の中で歌われた歌でしたが、音程が確かである以上の伝わってくる何かを感じました。こんなときの手拍子は、宴会的になってあまり好きではありませんが、舞台の上と下が一体になると言うこともできます。なお、歌は、手拍子に左右されずに歌われました。最後に、「麦芽豆乳(自作のCMソング♪)」も歌われましたが、これは、現在ネットで見ることができます。

 第2部の最初の4曲は、長兄の久保宗太郎による電子ピアノ伴奏で歌われました。“Fight Song”“Perfect”どちらも初めて聴く曲ですが、いわゆる洋楽と呼ばれる英語の曲も、発音を大切にして、自分の歌にして歌っていることが伝わってきました。これは、また、プロローグの「ベンのテーマ」とも結びつきます。「ベテルギウス」は、友情を歌った歌なのか愛を歌った歌なのかはわかりませんが、最初は語りかけるように歌いながら、次第に高まっていく劇的な歌唱でした。一方、「恋」は、ほぼ同じ年齢の少年の歌ということもあり、自然で等身大の歌に仕上がっていました。「花になれ」は、これまで羽生結弦の氷上の舞のバックミュージック的に聴いていましたが、久保陽貴の歌は、元気を失いがちな人の背中を押してくれる歌、あるいは、やる気・元気が湧き上がってくるような歌に仕上げていました。「明日への手紙」では、そのような前向きの姿がより明瞭に歌われていました。そのような意味で、この2曲はつながっていると感じました。アンコール曲の「歌うたいのバラッド」は、『THEカラオケ★バトル』の中では、やや粗削りでもすべてを擲って歌うという感じがしましたが、ここでは、点数による勝ち負けはないこともあって、むしろ、歌詞の一節一節を丁寧に歌い上げるという印象を受けました。「海の声」は、もともとauの携帯電話のCMソングとして登場しましたが、三線の伴奏で沖縄民謡的な響きに乗って、人に元気を与え、好感を持てる曲に仕上がっていました。なお、このライブコンサートは、久保陽貴の「今の歌声を知る」コンサートとなりましたが、歌と歌をつなぐトークは、これから経験を重ねることによってさらに向上することが期待されます。