呉少年合唱団

プロフィール

 呉少年合唱団は、昭和36(1961)年青少年の健全育成と音楽文化の高揚をめざして、小学校の先生方が中心となり、呉市内の小学3年生の男子だけで結成されました。その後、入団は小学3年生で、卒団は小学6年生という4年間の中で、ボーイ・ソプラノの美しい響きを求めて活動してきました。
 童謡・唱歌・組曲・合唱曲・外国曲・ポピュラーな曲、時代とともに様々なジャンルの曲を歌い続けてきました、結成以来小学校3年生から6年生までの男子だけが参加できましたが、少子化が進む中、現在は、少子化・教育の多様化等により、小学生(団員)・中学生(研究科生)の男子で結成しています。平成14(2002年)年度から、卒団したもので希望した中学生に限り「研究科生」として活動できるようにし、平成17(2005)年度より1年生から団員募集するようになりました。団員数は、昭和の終わりごろは、小学校3年生以上で団員数200人台を15年間にわたって維持してきましたが、現在は40人ぐらいです。
 男子特有の張りのある声の美しい響きを求めて毎週土曜日レッスンを続けています。研究科生は、当初は変声後もファルセットで歌っていましたが、最近はステージによっては男声で歌っています。歌を通して自然を想い、あらゆる生きものに心が通い、人間性豊かな成長を願っています。旅行や合宿を通して仲間づくりを行いながら、毎年秋に定期演奏会を開催しています。また、呉市の諸行事に賛助出演したり、また、呉市の「歌の親善大使」として、幅広い方面まで交歓演奏に出かけています。最近では、平成17年には、映画「コーラス」のナンバーををフランス語で歌ったり、平成25年にはウィーン少年合唱団と共演するなど意欲的な演奏活動をしています。


  
        制服が次々と変わっていく(現在は7代目)のも呉少年合唱団の特色の一つか
   
「第2回全国少年合唱祭」より

   2番目は呉少年合唱団。白いベレー帽、象牙色の服、同色の半ズボン、白いハイソックス、白い運動靴です。年齢層も小学校3〜6年生の37名、ボーイ・ソプラノとしては最高の時期の少年達です。曲は郷土民謡「音戸の船頭歌」に始まり、日本情緒のある曲、ア・カペラによる「五木の子守歌」、児童合唱曲、ミュージカル、ヨハン・シュトラウスの「太陽のマーチ」まで多彩な選曲でした。これまでいろいろなことに挑んできたことがわかります。そして、わずか20分でもプログラムの構成がうまいことを感じました。 この合唱団の特色はまろやかな声と中・低音部の充実という言葉で表されるでしょう。どちらかというとソプラノが脚光を浴び、メゾソプラノやアルトに光の当たらないことの多い少年合唱ですが、この合唱団はそこが違います。人数のわりに声量も豊かで聴きごたえがありました。ア・カペラによる「五木の子守歌」は出色の出来映えでした。



「桃太郎少年合唱団第38回定期演奏会」より

 
第Vステージは、友情出演の呉少年合唱団5,6年生28名の歌です。制服は白いベレー帽、象牙色の服、同色の半ズボン、白いハイソックス、白い運動靴です。曲はお得意の郷土民謡「音戸の船頭歌」に始まり、沖縄民謡「舞の歌」嘉納昌吉の「花」と沖縄の歌が続き、さらに「しかられた神様」から「手」「木」となり、「21世紀の君たちへ」で納めるという構成でした。ただ、今回の構成は、大きな盛り上がりを作るという点では難しかったのではないかと思います。ところで、この合唱団は舞台の使い方がうまいのが特色です。曲によって近寄ったり離れたりして声の響きを微妙に変えていくところは絶妙です。また、声のまろやかさと中・低音部が充実していることもよさの一つです。5,6年生ともなると、よい意味での自覚が生まれており、自分は今何をすべきかがわかって歌っていることが伝わってきました。

第42回呉少年合唱団定期演奏会
 
                  平成15年11月23日  呉文化ホール

   今だからこそ「日本の歌」を
 呉少年合唱団の演奏には、これまで2回接してきましたが、定期演奏会となるとそのカラーがより鮮明に感じられるだろうと期待して行って来ました。今回は、「日本の歌によせて」というテーマでしたが、今年、グロリア少年合唱団と呉少年合唱団がこのようなテーマで定期演奏会をもったことには、深い意味があります。その背景には、「日本の子どもが古きよき日本の歌を知らない」という危機的な状況があるからです。教科書から小学唱歌といわれる歌が次々と姿を消し、童謡も新作を追い求める傾向が強く、好みの音楽に世代間の断層が作られてしまった結果、家族みんなで歌える歌がなくなってきているのは、ゆゆしき問題と言わなければなりません。しかし、その原因は、ただ一つ。親や教師があるいはマスコミが子どもに古きよき日本の歌を与えなかったからです。与えれば、現代の子どもでも、そこから何かを感じとってくれるはずです。

   爽やかで声量のあるステージ
 オープニングは、全員による団歌で緞帳が上がるはずが、30センチほど上がったところでストップ。歌声がこもったように聞こえるというハプニングのスタートでしたが、緞帳が上がると、解放されたように爽やかな歌声が響いてきました。スタートは声が出にくい傾向もあるのですが、呉少年合唱団は声が前によく出ているという第一印象を受けました。小3〜小6 57名と中学生の研究科7名による合唱は、変声期に入ってファルセットを使っている団員もいると思いましたが、ボーイ・ソプラノとして最高の時期でもあります。とりわけ「歌はともだち」では、キーワードになる歌詞をややゆっくりと明確に歌うことによって歌のメッセージをよく伝えていました。
 制服は、全員白ベレー帽、灰色の上着・長めの半ズボン・蝶ネクタイ・白ハイソックス・白運動靴でした。(以前の象牙色の制服の方が好きです。)上着と半ズボンは年少ほどダボダボした感じがあり、年長になるにつれて脚が長く見えるためかかっこよかったです。制服については、むしろそれ以後のステージの主流である空色のベストスタイルが、色彩的には一番美しく感じました。

   3年生を大事にする合唱団だ
 おそらく、昭和30年代全国各地に少年合唱団が次々と誕生したころは、小3から団員募集をするところが多かったことでしょう。(変声期も遅かったので中学生の団員もかなりいたはずです。)小3という年齢には意味があります。児童発声の権威でもある品川三郎先生は、昭和30年ごろ、小3の後半から児童の声は美しくなるということを主張されています。また、集団意識が強くなるのもこの時期です。しかし、全国的な団員の減少傾向もあって、今ではもっと低年齢から募集するところがほとんどになってきました。その中で、呉少年合唱団が「3年生から」を今でも守り続けていることは、価値あることだと思います。
 さて、第2ステージは、3年生7名による「生きものの童謡メドレー」。ここでの驚きは、7人全員の独唱が聴かれたことです。独唱は、合唱団のトップソリストのものという「常識」を覆す試みです。声も歌も、可愛くはあってもまだこれからだなあと思うところもありましたが、このようにして舞台度胸をつけるという副次的な意味もあったかもしれません。新入生である3年生においしい役を与える場面は他にもありました。これらを通して、新入生である3年生を大切に育てようというポリシーを感じました。選曲も、「生きもの」は、この時期の子どもの心情に合ったもので、素朴な中に躍動感があるところを好ましく感じました。

   立体的な演奏
 日本民謡の合唱編曲は作り過ぎで面白くないと感じることもあります。しかし、この日の呉少年合唱団のステージでとりあげられた曲は、自然な編曲でその持ち味を生かしていました。第3ステージは、4〜6年生と研究科生の演奏でしたが、とりわけ第二の団歌とも言える「音戸の船頭歌」は、波と櫓の音響効果もあって伸びやかな声が生きていました。また、「谷茶前」や「あいや節幻想曲」では、お囃子部分と主旋律の部分が絶妙なハーモニーで合唱だからこそ表現できる世界を創り上げていました。合唱が立体的な音楽であることを改めて感じました。第6ステージでの「唱歌の四季」でも、平面的な独唱・斉唱曲である唱歌を三善晃編による立体的なものにアレンジして演奏していました。これは、唱歌の魅力の違った角度からのアプローチといえるもので、その抒情性をよく引き出した演奏でした。

   異質なもののぶつかり合い
 第3ステージでも三線との共演がありましたが、呉少年合唱団は、最近ではゲストを合唱団だけでなく、むしろ異質な音楽家に広げ、その共演を通して、音楽の幅を広げようと考えておられるのでしょうか。この日のゲストは、尺八の日當博喜、ピアノ・シンセサイザーのきくちレイコでした。それらを少年合唱とぶつけるという試みが成功していたかどうかは、即断できません。しかし、いろいろな音楽に触れることは、少年たちの音楽の幅を広げるだろうということは言えます。第5ステージのジャズアレンジの「鉄腕アトム」なども含めて、冒険的なことに進んで取り組むのも、呉少年合唱団の特色ある取り組みと感じました。
 昨年、桃太郎少年合唱団の40回記念演奏会でOBが、サックス、尺八、ホルンと、いろんな分野で活躍している姿を見たので、この試みは、未来を見据えたものと感じました。

    チャレンジ精神
 これまで、呉少年合唱団には、過去20分ほどのステージに2回接してきましたが、そのときは、中・低音の充実や、舞台の使い方のうまさといった部分的なことしかわかりませんでしたが、定期演奏会を通して、わかったことがあります。一言で言えば、チャレンジ精神に満ちた少年合唱団であるということです。「日本の歌」を取り上げると言っても、いろんな角度からアプローチしていることが心に残りました。また、声量の豊かさも特筆できることです。裏方をしていたOBが、フィナーレには40人も参加して華を添えることも、この合唱団のよさです。しかし、この外にもまだ、呉少年合唱団の魅力はあるはずです。今後の活躍を見守りたいと思います。


第44回呉少年合唱団定期演奏会
                   平成17年
11月23日  呉文化ホール


   団歌のよさに気づく  
 昨年は体調不良のため直前になって行くことを断念した呉少年合唱団の定期演奏会。2年分楽しもうと出かけましたが、今回は呉少年合唱団にとっても大きな曲がり角の年。いくつかの変化と、意欲的な取組を見ることができました。会場では裏方として活躍しているごろごろさんやあっきーさんとも出会い、また、山下団長先生や顧問で元団長の石原先生をご紹介して頂きました。
 オープニングは、恒例によって全員による団歌。朝昼夜の挨拶を交わすところから始まる歌詞は、さわやかな合唱曲らしい佳曲。一昨年は、上がるはずの緞帳が途中で止まり、そちらが気になって歌詞を味わうことができませんでした。このステージで先ず気づいたのは中学生の研究科生の制服が黒い長ズボンになっていたこと。これは、時代の流れからすればしかたのないことでしょう。中学生になっても半ズボン・・・恥ずかしいよ。ということで合唱団をやめるということはあってはならないことです。ただし、気品のある半ズボン文化が衰退し、だらしないハーフパンツ文化が隆盛を極めているところに、今の日本の青少年問題の本質が内包されているように思います。オープニングステージの中では、アカペラで歌われた「反核の玉」が美しい響きで会場を魅了しました。

   
映画「コーラス」が聴けるとは
 いや、驚きました。呉で映画「コーラス」のナンバーがフランス語で聴けるとは。三田育成会長さんや通訳の葉沢さんのご尽力で未出版の楽譜を手に入れ、フランス語に挑戦するという障壁を乗り越えてのこの日の発表です。マチュー先生の温顔が、少年達のひたむきな歌声が甦ってきました。これはかなり質の高い演奏でした。とりわけ、「凧」は、見事な演奏と言ってよいでしょう。ぜひ、今回限りのものにせず、メイン曲でもあったラモーの「夜」を加えて呉少年合唱団の十八番にしてほしいと願っています。

   
舞台で低学年を鍛える
 これまで、「3年生から」を守り続けて呉少年合唱団がついに団員募集を1年生から始めたことは、少子化や児童合唱をマスコミが応援しない今の時代の流れを踏まえたことだと思います。第3ステージの「生きる」と題されたステージの前半は1〜3年生が「グリーン グリーン」「世界中の子どもたちが」「だれかが星を見ていた」「LOVE&PEACE」に挑みました。はっきり言ってこれらの歌を低学年で情感を込めて歌うのは至難です。しかし、呉少年合唱団はあえて低学年の団員にこのような抒情的な合唱曲に向き合わせることによって、歌声と歌心を育てていこうという意図をもっているのではないかと感じました。しかも、ところどころに全員の一節ずつのソロさえ交えて。音楽的なできばえからすると、凸凹があって必ずしもベターとは言えませんが、教育という視点からすれば意義あることで、2〜3年後を見てほしいというメッセージすら感じました。4年生〜研究科生、全員合唱による「太陽のマーチ」と続くこのステージは、「成長」というキーワードで貫かれているように感じました。

   
異質なもののぶつかり合いは、バランスが肝心
 呉少年合唱団は、異質な音楽家との共演を通して、音楽の幅を広げようとしているようです。この日のゲストは、アフリカジェンベの吉松武彦のユニットと尺八の日當博喜。それらを少年合唱とぶつけるという試みは、曲によって成功しているものもあれば、そうでないものもありました。それは、和太鼓と少年合唱の共演にも共通しています。少年合唱の繊細な響きを打楽器が活かすか消すかによってその成否は決まってきます。この日の演奏では、全員合唱とぶつけたときはよいバランスであったが、選抜の数人の合唱とぶつけたときは、残念ながらボーイ・ソプラノが完全に消されていました。ボーイ・ソプラノがどういう楽器と合うのかを考える必要があります。例えば、弦楽四重奏と共演させるといった企画もあってよいと思います。ただし、アフリカジェンベの吉松武彦のユニットの演奏そのものはすばらしいもので、大地の香りを感じさせるもので、「ケニア・ミサ」など聴きたいと思いました。

   
不易と流行を大胆に採り入れる少年合唱団
 少年少女のための合唱組曲「私が呼吸するとき」は、戦争の悲惨さが直接伝わってくる曲です。それだけに歌詞が観客にきちんと伝わることが大切です。呉少年合唱団の歌詞を大切にする指導がここでは生きていました。また、フィナーレの「ハレルヤコーラス」は、恒例のこととはいえ、男声部を引き受けるOBの嬉々とした演奏ぶりが現役にも力を与えていることが伝わってきました。中・低音部の充実がこの合唱団の特色であるといった私の最初の感想はかなり変化してきました。
 「不易と流行を大胆に採り入れる少年合唱団」 それが、今の私の呉少年合唱団観です。


第46回呉少年合唱団定期演奏会
                   平成19年
11月23日  呉文化ホール

   プログラムを見て
 どういうわけか、2年に1回のペースになっている呉少年合唱団の定期演奏会。ステージの構成は、ほぼ同じでありながら、テーマを設けて新規な取組が必ず見られるところによさがあります。今回は、プログラムを見たときに、ボーイ・ソプラノを活かす選曲と、「いのちを歌う」というテーマが印象的でした。オープニングのステージは、「団歌」「音頭の船頭歌」「藤井清水メドレー」「反核の玉」と、この合唱団にとっての定番曲が続きましたが、最初は持ち味の響きのある声量がやや乏しく感じました。ア・カペラの「反核の玉」になってはじめて本来の音色になってきたように思います。この歌のもつ命の叫びがよく伝わってきました。

   
キーマンに引きずられるように
 第2ステージの「唱歌メドレー」と第3ステージの「天使のメロディ」では、当然のことながら、年齢によって表現できるものが違うことがはっきりします。それでも、1〜3年生を積極的にステージで鍛えていこうという意図も見えてきました。3年生の後半になると、響きのよい声が出るようになる団員もいます。「唱歌メドレー」では、キーマンになる団員に引きずられるように、歌っているという印象を受けました。この印象は、4年生以上の第3ステージでも感じました。
 第3ステージは、ボーイ・ソプラノを活かす選曲のオン・パレードです。「天使のパン」「地上に平和を」「ティアーズ・イン・へブン」「ウォーキング・イン・ジ・エア」ロイド・ウエッパーの「ピエ・イエズ」と続く、宗教曲や映画のテーマ曲では、基調として安らぎのある清澄な響きの中から、輝きに満ちたキーマンの歌声が浮き上がってくるという感じがしました。

   
くつろげたミュージカルの世界
 第3ステージが、ひたすら声に耳を傾けるステージなら、第4ステージの「ミュージカル」では、もう少し彩りのある歌声と舞台づくりでした。例えば、「メモリー」では、曲の山場づくりに、「ハイホー」では、低学年を活かすことに、「星に願いを」では、響きの美しさとロングトーンに工夫のあとが見られました。何よりもこのステージでは、観客をくつろがせて楽しませようという雰囲気が伝わってきました。

   
虚像を描きたくない
 「この人はこういう悩みをかかえている人だ。」という意識をもって見たり聴いたりすることが、その人の音楽を正しく理解することにつながるのかどうか私にはわかりません。必要以上の共感や同情をもつことで、かえって虚像を自分の中に描いてしまうのがこわいんです。関節の難病「エーラス・ダンロス症候群」のピアニスト 釜山十二華(かまやま とにか)のピアノ演奏を聴くとき、感性豊かでもどことなく弱々しく、晩年のディヌ・リパッティの演奏と共通したものを感じてしまいました。しかし、人がよく生きるということは、自分が今置かれたところで最善を尽くすことです。間違いなく、釜山十二華の演奏には、それがあります。だから、私は釜山十二華の演奏が好きです。また、合同演奏の「千の風になって」は、尺八やジェンベとの合同演奏と比較することが愚問で、少年たちの歌声と伴奏は自然に絡み合って流れていました。

   
いのちを歌う
 3年生以上によって歌われたこのステージの最初の曲「みんな一つの生命だから」は、混声で歌われました。この歌にとっては、これが何だかとても自然で生きている実感を感じるようにに聞こえました。「みち12」「川の流れのように」は、変声にかかった団員もファルセットで歌いましたが、前者のほうが「いのち」を歌っているような感じがしたのはなぜでしょうか。ボーイ・ソプラノによって表現することがふさわしい歌と混声合唱によって表現することがふさわしい歌があると思いました。
 エンディングは、いつものように「ハレルヤ・コーラス」。ここでは、団員以上にOBたちの熱い想いが伝わってきて、大きな盛り上がりをつくってくれます。この歌は、神の栄光を讃える歌であるのですが、「大いなる生命賛歌」の一つではないのかとさえ思わせるような仕上がりでした。


第47回呉少年合唱団 定期演奏会
                 平成20(2008)年11月23日 呉市文化ホール


   テーマ決めは難しい
 毎年テーマを掲げて定期演奏会に臨むのが呉少年合唱団の特色です。今年のテーマは、「日本のうた&世界のうた」ということでしたが、このテーマは、単に日本の歌と世界各国の歌がプログラムに盛り込まれているというだけでは、訴えるものが弱いのではないでしょうか。「日本の抒情を歌う」とか「日本と世界の子どもの唄」とか、もっと絞り込んだ方がよかったように思います。オープニングのステージは、いつものように「団歌」「音頭の船頭歌」「藤井清水メドレー」定番曲が続くだけに、テーマが見えにくくなっていました。「音頭の船頭歌」は、よく響くキーマンのリードで、これまでに聴いた中でもかなりよいできばえでした。ところが、ボレロのリズムにのって歌われる「故郷」は、リリシズムよりも躍動感が強くて、この歌は、こんな歌だっけと思わせるところがありました。

   曲の並べ方によっても
 第2ステージの「わらべ唄・民謡」は、最初に4〜6年生・研究生が歌い、次に2・3年生が歌い、最後は全員でという構成が、歌として聴くと中だるみになってしまった感があります。せっかく浴衣を着て素足でそれらしい雰囲気を出して歌っていましたが、「ひらいた ひらいた」や「とうりゃんせ」「かごめかごめ」のような遊びの要素の入った歌を最初に持ってきて、「土投げ歌」や「ほたるこい」のような合唱の楽しさを感じさせる曲を後出しして、最後に「子どもソーラン節」で華やかに締めくくる方が舞台構成としては面白かったと思います。

   ゲストの楽器は少年合唱とマッチしている
 この日のゲストは、オカリナとアコーディオン演奏ユニットのデューオ(江村克己さん、風音美樹さん)で、単独のステージも聴かせるつぼを心得たステージでした。特に、オカリナや土笛が大きさによってずいぶん違う音を出せるというところで、観客を惹きつけていました。また、このデューオの響きは、「世界の民謡メドレー」でも、少年合唱とマッチしていました。昭和30年代の「みんなのうた」を集めたこのステージは、難易度の高い歌はありませんでしたが、くつろげるステージでした。
  
   清澄な響き
 この日のメインは、3つの「Ave Maria」だろうな、プログラムを開いたときそう感じましたが、実際にそうでした。シスター・パウラ、アルカデルト、カッチーニの3人の作曲家による「Ave Maria」は、どれも、清澄な響きでじっくりと聴かせてくれました。黒人霊歌の「行けモーゼよ」「ジェリコの戦い」は、むしろ地の響きが聞こえてくるような力強い音色でした。
 エンディングは、いつものように「ハレルヤ・コーラス」。ついに40人台になってしまった団員を支えようとOBたちが30人ぐらい駆けつけてきました。その熱い想いがこの日も炸裂して力強い大合唱になりました。そのような意味で、この日の定期演奏会は、前半よりも後半がよかったように思います。

 呉少年合唱団第50回記念演奏会に寄せて


 呉少年合唱団の皆様、第50回記念定期演奏会おめでとうございます。
 呉少年合唱団との出会いは、平成12年に岡山市民文化ホールで開かれた、第2回 全国少年合唱大会の時ですが、定期演奏会を鑑賞することによって、いろんなことに積極的に挑戦する合唱団であることもわかってきました。地域に根ざした少年合唱団というポリシーを大切にし、郷土民謡「音戸の船頭歌」や郷土が生んだ作曲家 藤井清水の童謡などをプログラムに採り入れるだけでなく、フランス映画「コーラス」のナンバーを原語で歌うなど意欲的な演奏活動をしてこられました。
 今回の記念演奏会では、「時の彼方へ」が初演されます。海のまち 呉にふさわしい曲だと思います。今回の記念演奏会が、聴く人の心に大きな感動をもたらす素晴らしいコンサートになることを期待しております。

創立50周年記念 第50回 呉少年合唱団定期演奏会
       平成23年11月23日
(祝) 呉市文化ホール

 今日は創立50年の記念定期演奏会。1800席ある呉市文化ホールがほぼ満席というこれまで経験したことのない観客数を集めました。
 いつもなら開幕に合わせて団歌というところですが、この日は幕が上がると、「わ〜すごいですね。」で始まる中国放送アナウンサーの本名正憲アナウンサーの司会進行でこの定期演奏会は進められました。3番からなる有節歌曲の「団歌」を1番ごとに歌い分けるところまではいきませんが、無難な出だしでスタートしました。オープニングステージは、十八番の「音戸の船頭歌」から始まりましたが、波と櫓の音響効果もあって、掛け声と本歌のバランスもよく伸びやかな声が前面に出ていました。続く郷土の作曲家藤井清水の「土投げ唄」は活力のある仕上がりになって開幕早々エンジンが全開になってきました。「アフリカンハレルヤ」は、土の香りのするリズム感の曲でしたが、その持ち味を活かしていました。

 1〜3年生の団員による第2ステージは、ソロを中心とした短い曲を7曲披露しましたが、これは、独唱をきちんと歌えるようにして基礎固めをしようとする指導陣の教育方針と考えられます。そのかわり、一人ひとりの力量が問われてしまいます。身内が観客の場合は、ソロの部分はハラハラしながら鑑賞ということになるのでしょうが、音楽を聴きに来ている者からすれば、ここでよいボーイ・ソプラノに出会えれば、来てよかったという気持ちが強くなります。7曲の中では「つらつら椿」を歌った二人が声質は違うものの共に粒ぞろいの気品と艶のある歌を歌ってくれました。

 第3ステージは4〜6年生と中学生(研究生)の演奏でしたが、だい1曲の「ほたるこい」は、団員が数人舞台の上にいるだけで始まり、客席の後ろから他の団員が灯火をもって舞台に上がって、合唱曲らしくなってくるという演出でした。また、このステージで水色の上着と黒い長ズボンの新しい制服が紹介されました。(これまでの制服と共用されるそうです。)「われは海の子」「村祭」「赤とんぼ」「ゆき」「朧月夜」と続く小学唱歌は、編曲の妙を聴かせるステージとなっていました。それは、「祈り」の部分を加えた「朧月夜」で顕著でした。「朧月夜変奏曲」でもない独特の歌になっていました。このステージの最後には、全団員で「時の彼方へ」が初演されました。50周年の節目にあたって、記念になる歌としてこの歌は作られました。ウキウキするような前奏に続いて爽やかな歌声が響きます。はるかな明日への船出、旅立ちという主題が明確で、この合唱団の歌声の魅力を活かした曲でした。ただ、ステージ全体の長さからすると、ボーイ・ソプラノの全盛期の高学年の歌をもっと多くしたほうがよかったように感じました。

 休憩を挟んで第4ステージは、ゲストステージとして海上自衛隊呉音楽隊による「コバルトの空」「ふるさと」「青春の輝き」「A列車で行こう」「行進曲軍艦」の演奏が続きます。軍楽隊の伝統曲やスポーツの行進曲はもとより、カーペンターズやジャズの曲までが同居しているところに「いざというときたよりになる自衛隊」の片鱗を見ることができました。最後は呉少年合唱団も合流して「宇宙戦艦ヤマト」という「大和ミュージアム」でも常設展示の一つになっている呉らしい選曲と言えましょう。

 第5ステージ(OBステージ)は、まず呉少年合唱団の歴史が映像で紹介されました。そこからは、時は流れても変わらないことがあるというメッセージが伝わってきました。続いてOBと後援会、地域の合唱団の方々による「カルミナ・ブラーナ」など3曲。最後には現役も加わって歌いました。本格的な合唱から指揮者のコスプレなどのお楽しみ的な要素の強いものまでみんな音楽を楽しんでいるという雰囲気はよかったと思います。

 エンディング・ステージは団員やOBなど全員で「ハレルヤ」と「さようなら」の2曲。後半は呉少年合唱団そのものよりもOBなどの大人や地域の応援が目立つステージとなりましたが、この創立50周年を記念してみんなで盛り上げようという意図が明白でした。今回は、プロの司会者を迎えたので、人の出入りの多いステージでしたが、スムーズで聞かせどころをはっきりさせたステージを展開することができました。特に、OB会は、200人台いた団員数が5分の1になっていることに危機感をもって、ホームページを充実させるなどの努力をされています。この創立50周年記念定期演奏会を機に、呉少年合唱団に地域の少年たちの注目が集まることを願っております。

第52回呉少年合唱団定期演奏会
平成25(2013)年11月23日(土・祝) 呉市文化ホール


   決断

「最初はやさしかったけれど、だんだん批評が厳しくなってきましたね。」
コンサート会場で山下裕先生にお目にかかった時に最初にいただいた言葉です。
 ・・・これは、私の呉少年合唱団に対する批評に対しておっしゃっておられるのだろうか。それとも、私のコンサート評全体に対しておっしゃっておられるのだろうか。一瞬私の頭の中で迷いが生じました。これは、私が立ち上げた「ボーイ・ソプラノの館」と名付けたホームページの根本理念にかかわる課題であると感じました。直感的に後者であろうと感じました。このホームページを立ち上げてから12年、日本の少年合唱団のコンサートに通い始めてから15年あまり経ちますと、視聴したコンサートの数は大小3桁を超えます。その間、CD等を視聴した数を入れれば、鑑賞したボーイ・ソプラノの独唱曲や少年合唱曲は膨大なものになります。最初の頃は、ボーイ・ソプラノのきれいな声を揃えて少年たちが歌い、同世代の平均的な少年たちと比べて規律と気品を重んじ、今では衰退してきた半ズボンの制服をちきんと着こなすような協力的態度をもった時代に媚びない少年たちが育っている姿を見れば、それだけでも嬉しかったです。ところが、いろいろな少年合唱団を追い続けていると、だんだん耳も肥えてきますし、同じ合唱団の演奏でも年によって満足度が違ってきたことも確かです。よい歌(選曲)と、よい歌唱と、よい指導(歌唱指導だけでなく、指導理念や演出を含む)と、よい観客の4つが揃ってこそ、よいコンサートになるということにも気付きました。「ボーイ・ソプラノの館」の理念は、日本の少年合唱団を団の違いを超えて応援することでありますが、ただヨイショするだけであってはいけないと思っています。音楽の質的な向上を願い、よい観客を増やすことも大切なことだと思っています。「少年合唱」という今の日本においてはほとんど体験できない貴重な体験をすることができた少年たちの人間的な成長を願うからです。だから、古川柳にも言う「泣く泣くも よい方を取る 形見分け」で、私は少年たちの歌声に心動かされる一方、次第に心動かされる理由(その逆も含め)は何だろうかと分析するようになってきました。・・・
 「団員が40人ほどになってしまっては、人数が多かった以前のようなボーイ・ソプラノの歌声だけを追求することはできにくくなってきました。だから、前半は、変声後は男声で歌い、後半はファルセットで歌って声を使い分けるなど、これまでの指導そのものを変えてみました。」
 昭和の終わりごろは、小学校3年生以上で団員数200人台を15年間にわたって維持してきた呉少年合唱団も、団員数や年齢構成に応じた指導の在り方の創意工夫が求められており、それに取り組むことが団の発展にもつながる。山下先生の言葉からは、そのような強靭な意志と決断を感じ取ることができました。山下先生は、本気で私に語りかけてくださったとと感じました。そこで、今回に関しては、たいへん充実した満足度の高いコンサートではありましたが、あえて山下先生のご期待に応えて、ヨイショ抜きのことを直球的に述べていきたいと思います。

   トーンを揃えようとする意志

 団員の歌う表情が見たくて前の方に行こうとしたのですが、山下先生のご厚意で中央の来賓席に座らせていただいて鑑賞することになりました。司会はプロの女声アナウンサーで、最初のあいさつは演出過剰な声とも思いましたが、次第に自然体な声になっていきました。いつものように「団歌」でスタートしたオープニング・ステージでは、最初まだ声が温まっていない感じもしましたが、同時に声のトーンを揃えて美しい響きを創り上げようとする団員の気持ちが伝わってきました。「Believe」「怪獣のバラード」と歌うごとに次第に、声は高まりを見せてきました。

 低学年(小学1〜3年生)の団員は、予科の扱いでしょうか、制服も違います。短い独唱をさせることで、一人ひとりを鍛えていこうという指導理念は以前から変わっていません。やはり、この年齢の少年に抒情的な表現が求められる曲は難しいという判断もあってか、今回は、「少年少女合唱隊」「気球にのってどこまでも」「トレロ・カモミロ」「となりのトトロメドレー」の4曲が選ばれました。パーカッション担当の中川律は、元団員でバレエも学んでいたということでしたが、これらの曲をよりリズミカルな味わいの曲に仕上げてくれました。特に、「トレロ・カモミロ」では、その効果がよく発揮され、歌唱も快活で勢いのある仕上がりになっていました。ただ、4曲目(これが数曲のメドレー)となると、頑張っていても最後は息切れ気味になってしまうのが惜しまれます。

 トーンを揃えようとする強い意志は、高学年のステージで強く感じました。小学校高学年や中学生となると、その曲において何が求められているのかということが、知的にも理解できるようになってきます。「アヴェ・ヴェルム・コルプス」「主よ、人の望みの喜びよ」と宗教曲でスタートしたこのステージは、これまでにこの合唱団のコンサートで聴いた響きとは一味違う清澄な美しさを感じました。ところが、3曲目の「ラルゴ〜、オンブラ・マイ・フ」にもその影響が現れてきました。独唱曲を合唱曲に編曲すると、かなり味わいが違います。この合唱団は伝統的に中低音が充実していますが、ここでは、ソプラノにもっと突き抜けるような金属的な響きがあってもよいのではないかという想いがあります。続く「乾杯の歌(椿姫より)」のアルフレードとヴィオレッタの独唱のない完全な合唱曲を聴くのは初めてです。この曲はこのような曲であるという思い込みがあったためか、イタリア語のアクセントと邦訳のアクセントの違いが気になったせいか、このような曲だったのかなという想いも残りましたが、同時にこの日にこれまで聴くことのできなかった突き抜けるような響きを聴くこともできました。この曲には虚ろではあっても「華」が求められます。最後のボレロのリズムに乗った「故郷」を聴くのはこれで2回目です。初めて聴いたときは、異質なもののぶつかり合いを強く感じましたが、今回はむしろ自然な快い流れを感じました。

   静と動のコラボレーション

 呉少年合唱団は、毎回ゲストを迎えて、そのコラボレーションというステージを設けます。今回は、石原バレエアカデミー。合唱が「静」ならバレエは「動」という異質な組み合わせです。先ず、バレエ「ドン・キホーテ」から「夢の場」と「グラン・バ・ド・ドゥ」の2場が演じられました。バレエは、華やかな舞台の裏側で厳しい節制が求められる芸術です。現在ダイエットに取り組んでいる私は、裏側のことを思うと心から楽しめないので、表側だけ見ようと思って、ひたすら舞台の上で繰り広げられる夢の世界を楽しみました。続いて、オペラ「イーゴリ公」の「ダッタン人の踊り」を、呉少年合唱団の合唱とバレエの合同公演。いろいろな要素をもった曲の絵巻物ですから、この日に披露されたのは一部分でしょう。しかし、お互いが一体となって舞台を創り上げるというこの企画は、視覚的にも聴覚的にも楽しめました。

   新たな道が拓けた年

 幕間に、呉少年合唱団の歴史や今年の取り組みが、プロジェクターで上映されました。発見された30年前の映像も興味深かったですが、何よりも今春に来日したウィーン少年合唱団の呉公演に共演するための数か月の取り組みが圧巻でした。ウィーン少年合唱団と共演することは名誉なことであり、団員にとっても一生の宝になることはわかっていても、今の団員数では難しいと判断されました。そこで、近隣の小学校から助っ人を募集して、これまでの指導法そのものを変えるような猛練習を行ったそうです。そして、共演を成功に導くに至った過程は、その後の演奏を聴くことによって実証され、教育の力がいかに偉大かということを示してくれました。この日は特別編成だった少年達のうち6人が加わって定期演奏会に臨みました。 

 呉少年合唱団が出演するコンサートの数だけ聴いた「音戸の船頭歌」は、こんなに迫力のある歌だったのか。それは、驚きに近いものでありました。これまで、波と櫓をこぐ擬音やその音を出す小道具の方に目が向きがちだったこの曲の魂のようなものが聞こえてきました。合唱も力強く、ソロを与えられたソプラノの少年は輝きに満ちた声で、アルトの少年はどこまでもよく通る声で歌い上げました。「ゆかいに歩けば」は、NHK「みんなの歌」で初めて聴いたときの驚きが甦ってきました。それまで、オブリガートなど全く知らない少年でしたから。いろいろな合唱団によってこの歌が歌われるのを何度も聴いているのですが、この日の演奏はとても新鮮に聞こえました。「川よ 虹と星と」は、初めて聴く曲です。しかし、歌が進行するにつれ、その抒情的でなつかしい曲想と曲のドラマ性からすぐに岩河三郎の作品とわかりました。10日ほど前、その訃報に接していたので、追悼の歌のようにも聞こえました。「時の彼方へ」も、さわやかな響きで希望に満ちた船出を感じさせる歌に仕上がっていました。同じ制服を着ているので、誰が助っ人だったのかはわかりませんでしたが、助っ人の加入が「長いことやっとるんじゃけえ、助っ人に負けとられんのう。」という正団員へのよい意味での刺激にもなったことでしょう。助っ人がそのまま正団員になってくれたらいいのになぁと願っています。

 フィナーレは、いつも出演するOBだけでなく、石原バレエアカデミーのダンサーまでが加わって、「ハレルヤ」と「さようなら」の2曲を歌いました。おそらく3桁の人数が舞台に上がって歌ったので、迫力もあります。ダンサーたちは、いつどこで練習したのだろう。結構歌もうまいじゃないかと思いながら楽しんで聴いていました。テーマの「つながり ひろがれ ぼくらのうたごえ」も浮き彫りにされてきました。今回は、第52回という数字的には普通の年でしたが、ウィーン少年合唱団と共演することによって、特別編成という新たな道が拓け、大きく飛躍した年になったと思います。

第33回 全日本少年少女合唱祭 西宮大会 
3月28日(金)〜29日(土) アミティーホール

第2ステージ 28日 13:30〜15:30 呉少年合唱団

   澄んだ声質が生かされていた呉少年合唱団

 続いて、4番目に登場した呉少年合唱団29人は、昨春のウィーン少年合唱団との共演をきっかけにこれまでの歌声そのものを見直し、その指導の成果を秋の定期演奏会にも披露していました。4か月ぶりに聴く「ゆかいに歩けば」は、昨秋の好調を維持・発展させ澄んだ声質で、2番の前半を抑え気味に歌い後半大きく歌いあげているところや、「ヴァルデリー ヴァルデラー ヴァルデロー ヴァルデ ロホホホ ホホ ヴァルデリー」という部分がせり上がるように次第に高まっていくところなど(最初「みんなの歌」で、この部分を聞いたときの驚きは今も忘れておりません。)完成度の高い歌を聴かせてくれました。続く「いのちの歌」も、花の命や町の命など小さな命をみつめることで生きることの価値をじっくりと考えさせてくれる歌で、澄んだ声質が生かされており、呉少年合唱団にとってのこの1年がいかに価値ある1年であったかを感じることができました。

 第53回 呉少年合唱団定期演奏会
平成26(2014)年11月23日
(日)呉市文化ホール

 
  指導理念の徹底

 
指導理念が団員一人ひとりに徹底してきたな。というのが今回の呉少年合唱団定期演奏会の第一印象です。昨春のウィーン少年合唱団との共演をきっかけにこれまでの歌声そのものを見直し、ウィーン少年合唱団の歌声とトーンを揃える指導が団の指導理念となっていましたが、その年、その場限りのものではなく連綿と引き継がれ、さらに低学年にまで広がりを見せてきました。
 今年は、団員が歌う表情を見える席で鑑賞しましたが、「団歌」「音戸の船頭歌」「ゆかいに歩けば」とお馴染みの曲でスタートしましたが、清澄な声質に芯が入ってきたという印象を強く感じました。「ゆかいに歩けば」など、オブリガードを入れたりするとさらに面白い曲になるだろうなどと思いながら聴いていました。


   合唱に挑んだ低学年

 
続く、低学年団員の歌を聴いて、指導方針が変わってきたことを感じました。これまでは、有節歌曲を1番ごとに独唱させることで、一人ひとりを育成するという方針であったように感じておりましたが、今年は、2部合唱させるという方針に変わってきました。「うみ」「海のマーチ」「ここは瀬戸内」「呉の歌」「ありがとう」の5曲は、曲によっては、低音部の方が力強く聞こえて主旋律が沈んでしまうようなところや、「海のマーチ」のようにもっと多人数で歌わないとこの曲のもつ力強さを表現できないのではないかと思うところもありました。しかし、低学年から合唱をさせようという理念は、すぐに成果を生むことはなくても、継続することで数年後はっきりとした成果を生むだろうとも感じました。そこからは、呉少年合唱団は「合唱団」であって、「斉唱団」ではないという理念を感じることができました。

   
本格的な少年合唱を聴いた満足感

 
メインとなる高学年のステージは、「SIYAHAMBA」「Dona Nobis Pacem」「生きてる 生きてく」「いのちの歌」「みち1 2」「サークル オブ ライフ」の6曲でした。どれも、「SIYAHAMBA」「サークルオブライフ」では、動きもありましたが、あえて過剰な演出を避けて、合唱そのものの魅力を伝えるようなステージでした。このステージでは、とりわけ「いのちの歌」「みち1・2」において、合唱だからこそできる表現が随所に見られ、曲の山場づくりが見事でした。とりわけ、「いのちの歌」では、命をいとおしむような歌詞がせっせつと歌われ、背景の画像と重ね合わせながら聴くことができました。また、演奏のところどころにsoliを入れることによって曲のアクセントを形作っていました。そのような意味で、このステージでは本格的な少年合唱を聴いた満足感を味わいました。

   少人数を感じさせない広島ジュピター少年少女合唱団

 
今年のゲストは、広島ジュピター少年少女合唱団でした。人数が16人(うち男子3名)と少なかったので、舞台に団員が整列したときは、声のボリュームが足りないのではないだろうかと心配されたのですが、それは杞憂に終わりました。何よりも一人ひとりがしっかりした声をもっている。「変わらないもの」「蝶の谷」「ここに消えない音がある」より4曲の計6曲が歌われましたが、緩急・強弱が浮き彫りにされる表情豊かな歌を歌っていました。このステージの最後には、呉少年合唱団OBの作曲家中島満久先生作詞・作曲の「地球という楽園」を作詞・作曲者自らの指揮によって合同演奏しました。この曲は、地球に存在するすべての生命に対する讃歌なのですが、手拍子が曲のアクセントになっているところやコーダの部分が面白い曲でした。

   OBも加わって

 
続くステージではOBも加わって、「クリスマスイブ」と「時の彼方へ」の2曲。「クリスマスイブ」も合唱で聴くとアレンジの妙もあって、これまで耳に残っていた曲とはかなり違って聞こえます。ところで、この日圧巻だったのは、「時の彼方へ」。3年前の初演以来各地の児童合唱団によっても歌われるように広まってきましたが、爽やかさと力強さを感じさせるこの歌を聴きながら、山下先生の表情に富んだ指揮がそのような歌声を引き出していることを改めて感じました。 
 この日もエンディングは、全員合唱による「ハレルヤ」へとなだれ込んでいきます。コンサート全体を通して今回のテーマである「歌で輝く ぼくらのいのち」というメッセージが、よく伝わってくる定期演奏会でした。


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