京都市少年合唱団 男子部

 プロフィール
  
昭和32年京都市立醍泉小学校がNHK全国学校音楽コンクールで優勝したのをきっかけに、当時の京都市長の発案により,全国初の公立少年合唱団(教育委員会直轄)として、昭和33(1958)9月に創設され,平成19年には創立50周年を迎えます。合唱を通して団員の音楽性を養い、音楽を愛し、豊かで温かい人間味あふれる人格を形成することを目指すとともに、演奏活動を通じて京都市民の音楽文化の向上に努めています。1,800名にも及ぶ修了生の中には,世界的な指揮者として活躍中の佐渡裕をはじめ、著名な音楽家として活躍する者、音楽の指導にあたる者、合唱活動を続ける者なども数多く、市民生活の中に音楽の輪を広げています。 平成16年度は,小4(男子)小5(女子)から中3まで約230名(男子約70名,女子約160名)の団員が在団しています。早くより男子部を作り、混声合唱によるステージをもっているのが特色です。私は、この合唱団のコンサートを数回鑑賞したことがありますが、男子部は、独立したステージをもち、この5年間に40名から70名へと増えてきました。

       
第50回記念定期演奏会

  平成11年8月28日(土)京都コンサートホール大ホールで2:00から行われた京都市少年合唱団の第50回記念定期演奏会に行って来ました。昭和33年に日本最初の公立の少年合唱団として創立されたこの合唱団は、その当時からそうだったのかどうかは知りませんが、現在は少年少女合唱団です。(国体の少年男子、少年女子という不思議な呼称と同じです。)この合唱団の団員は、小4(男子)小5(女子)から中3までです。男子を優遇しているのは、そうしないと人数的に少ないことと、変声期との関係があるのかなと推察しました。日本の少年のボーイ・ソプラノは、最近は変声期が早くなったため、現在では平均4.5年生ぐらいが一番美しいようです。中学生でもソプラノはいますが、少なくなってきました。現在は総勢225名の大合唱団で、男子も42名ほどおり、男子部もありました。男子も中3までおり、当然のことながら混声合唱になります。制服は水色の半袖シャツに臙脂のネクタイは男女共通、男子は小学生が紺の半ズボン、中学生が長ズボン、女子はスカート、白い短ソックスに黒靴というもので、これが200人以上舞台に上がると壮観です。1800人入れるホールは、第50回記念定期演奏会ということもあってか、8割以上の入りで、大盛況でした。

 プログラムは、全員合唱「美しく碧きドナウ」に始まり、OB団員・親の会・在団生による合同演奏オラトリオ「メサイア」より「ハレルヤ」で終わるという意気込みにあふれたものでした。また、少女部は、新団員、小学6年・中学1年女子、中学2年・3年女子と年齢別演奏で、少女の声と歌の発達を見ることができ、また男子と比較することができて、興味深く鑑賞することが出来ました少女の声は、全体として柔らかい声で、年齢と共に幅と艶ができ、表現力が高まってくるのがよくわかりました。中学2年・3年女子によるペルゴレージの「スターバトマーテル」より3曲は、声部のバランスもよく、相当レベルの高い演奏でした。

 これだけの大合唱団で、男子の比率が2割となると、(それでも、全国的な比率と比べるとかなり高いのですが)どうしてもボーイ・ソプラノが女声に埋もれがちになります。確かに全員合唱では、変声後の中学生男子のがんばりが目立っていましたが、高音部では、渾然一体となって、男子だけの声を聴くことはできません。そういう意味でも、男子部があるということは、ボーイ・ソプラノファンにとってはありがたいことです。男子部の出し物は、サン・サーンス「動物の謝肉祭」より、「王様ライオン」、「象のワルツ」、「化石の森」、「旅の白鳥」の4曲と、変声後の男子をメインに据えたベートーヴェンの「Joyful,joyful」でした。最初の「王様ライオン」が始まって感じたのは、やはり低音部が強いので、歌としてはとても安定し、しっかりしているけれども、突き抜けるような張りのあるボーイ・ソプラノが聴かれないということでした。しかし、「化石の森」では、小・中学生混成のアルトを全面に出し、色で表すと黄緑色、楽器で表すとオーボエの音色のようなその魅力をたっぷり聴かせてくれたのは嬉しいことでした。また、男声が引いて変声前の少年だけで歌われた「旅の白鳥」は、柔らかでしっとりした歌いぶりで、この合唱団の歌声の理念のようなものを垣間見ることができました。それにしても、口の開け方のきれいな少年は目に付きます。「Joyful,joyful」では、変声後の男子のソロも聴けました。ほとんどがまだ未完成の青臭い声でしたが、人間の成長を考えるとき、この声が新たな魅力をもって感じられます。

 この合唱団は、約40年間のOBも1600人いるそうで、合同演奏に参加した元団員67名、親の特別合唱団員36名を加えると300名の大合唱団になります。これだけの人数で歌われると、たいへんな迫力で、「ハレルヤ」とアンコールの「大地讃頌」は、合唱の醍醐味を味わうことができました。そういう意味で、人の成長・発達という視点から声や歌の魅力を感じることのできた2時間でした。



京都市少年合唱団創立45周年記念
     第53回定期演奏会
      

 平成14年9月1日(日)京都コンサートホール大ホールで1:40から行われた京都市少年合唱団創立45周年記念定期演奏会に行って来ました。1時間前から待っていればいいだろうと思って12:30ごろ会場に着いたところ、いやビックリしました。300人以上の長蛇の列。立て看板を持って整理していたのは、京都市教育委員会の指導主事。京都市の指導主事はこんな仕事までしているということにまたビックリ。京都市ではこんなに少年(少女)合唱って人気があるのでしょうか。会場に入って、司会の紹介でわかったことですが、1800席は満席で、さらに入りきれない方のため、小ホールでスクリーン鑑賞もあったようです。

 プログラムは、OBの演奏を含め、3部11ステージ約3時間半の長大な演奏で、ワーグナーの楽劇を聴いたような感覚で、正直言って、ちょっと疲れました。演奏の質も高く、ステージマナーもよいのですが、長すぎるのも考えものです。会場では第2部のOB演奏を機に、途中で帰る客も目につきました。ただし、個々のステージは、よく工夫されていました。かなり後ろの席でしたので、団員の表情などはあまりよくわかりませんでしたが、声のバランスはよい席でした。

 注目の男子部は57名で、3年前よりは人数的にかなり増えて喜ばしいことです。構成としては広島少年合唱隊とほぼ同じです。また、演出もなかなか面白いものでした。曲目は新美徳英の「うたあそび・おとあそび『中世風』」、モーツァルトの「魔笛」の三童子の歌をアレンジした「幕が上がる前のうた」、吉岡弘行の「大阪風お好み焼き」の3曲。こういう全く異質の3曲を選んだということは、その違いを楽しむということになります。
 ラ・フォリアという中世の舞曲をもとに作られたという「うたあそび・おとあそび『中世風』」は、透明度の高い変声前のパートと、未完成で若々しい変声後のパートの絡みが実に美しい曲です。どうしても、声量という点では、変声後のほうが強くなりがちなのですが、かなり抑えて演奏していたように感じました。それが結果として、ボーイ・ソプラノを浮かび上がらせていました。2曲目は、当然のことながらその傾向がより顕著でした。「魔笛」の中で最もほっとする場面の演奏はこうでなくてはいけません。今回のコンサートでは変声前のパートの透明度が一層増したような気がしますが、それなら思いきって合唱ではなく三重唱として取り上げてもよかったのではないかと感じました。「大阪風お好み焼き」は、合唱組曲「キュジーヌ」の中の1曲ですが、野趣に富んだこの曲の味付けとしてはなかなか面白いものでした。合唱における舞台上の動きは時として、曲の雰囲気を壊すこともありますが、この振り付けはレシピにそっているだけでなく、最後のポーズまで一つのドラマを見ているような面白さがありました。2年前、清澄な桃太郎少年合唱団によるこの全曲を聴いたときとはまた違う曲のような気さえしました。それは、少年がもっている「元気」を前面に出したからでもありましょう。京都市少年合唱団男子部は、これまでにも「食いしん坊の世界旅行」などにも挑んできましたが、こういう傾向の曲にもそのよさが現れているように感じました。



京都市少年合唱団第54回定期演奏会

 平成15年8月30日(土)京都コンサートホール大ホールで行われた京都市少年合唱団第54回定期演奏会に行って来ました。今年は記念コンサートではなかったのですが、1800席がほぼ埋まるという盛況でした。今年は、端の方でしたが前の方で視聴することができましたので、団員の歌う表情も見ることができました。
 プログラムを読むと、京都市少年合唱団では「バロック・古典派、ロマン派、日本の音楽」等、5年を周期にした主題を設定しているとのこと。今年は、日本の曲ばかりという構成で、しかも、「平和」や「水」をテーマにした曲がメインでした。これは、京都で今年春に行われた「世界水フォーラム」秋に行われる「二条城国際音楽祭」ともつながっており、地域に根ざした合唱団であることが伺えます。
 この試みは、高い音楽性とあいまって成功していました。加藤登紀子作の「愛」に始まり、組曲「地に平和を」につながり、「泉のほとり」「川」「鮎の歌」で結ぶプログラム構成は、よくできていました。

 さて、昨年57人だった男子部は、さらに増え70人近くになっていました。
 ところが、第1曲目の「涙をこえて」が始まると、人数的にも3分の1以上で声量の大きい変声後のパートが力強く、どうもボーイ・ソプラノが押され気味になります。もう少し男声は、抑え気味に歌った方がバランスよいのではないかと思っているうちに曲は終わってしまいました。ところが、2曲目の「イエスタデイ」は、変声後の男声だけでしたが、俄然その魅力が前面に出て来ました。みずみずしい声質と
5部合唱の絶妙のハーモニーがア・カペラで歌われるとき、美しい世界が生まれました。驚いたのは3曲目です。「怪獣のバラード」の伴奏が始まると、舞台袖から変声前の団員達が走ってきて舞台の定位置に集合。走って舞台に登場という演出は、騒然となりがちなのですが、決してそうではなく元気さを表していました。また、歌の方もボーイ・ソプラノが押され気味だった1曲目とは違って、活力がありバランスのよい歌になっていました。このように、男子部のステージは、課題もありましたが、尻上がりに好調になってきました。
 なお、この舞台では変声前の団員は、上着は制服ではなく私服のTシャツでしたが、色彩感もよくしかも、だらしないシャツ出しでなかったので、曲の雰囲気にも合っていたし、節度や品位を感じました。



京都市少年合唱団 第55回定期演奏会

 平成16年8月22日(日)京都コンサートホールで行われた京都市少年合唱団 第55回定期演奏会に行ってきました。毎年、この会場ですが、いつもほぼ満席です。47年の歴史があり、団員が230人もいると、その家族・親族、OBだけで観客は軽く1000人を超えるでしょう。

 今回の歌は、全体的に人数が多ければ迫力があってよいという感じの構成ではありませんでした。むしろ、じっくりと味わう歌が多く採り上げていました。それは、歌の水準の高さとあいまって、よい効果をあげていました。また、男子70人(小4〜中3)、女子160人(小5〜中3)中で、一人も茶髪の団員がいないというのが、嬉しい驚きでした。それは、清楚な制服とあいまってよい雰囲気を創り出していました。

 この日のメインの一つは、30年ぶりに復活したオペレッタです。オーディションを経て結成された学年の枠を超えた「コール・バンビーノ」による「地球の子どもたちへ」は、簡素な舞台ながら合唱部分や振り付けは、よく練り上げられていました。しかし、どうしてもセリフは芝居心があるかどうかで個人差がもろに出てしまいます。例えば、感情のこもったセリフを言う木こりが一人いると、他がセリフを棒読みしているように感じられてしまいます。いわゆる「名優に喰われてしまう」現象がしばしば見られました。また、環境保全というメッセージ性が表に出すぎて、芝居としてはあまり楽しめませんでした。詩や歌では、メッセージ性のあるものが心を打つのですが、童話・小説や、芝居でメッセージ性の強いものは、言いたいことがみえみえだから、あまり好きになれません。メッセージは歌や芝居の中にそっと忍ばせてこそ、見る者に深く感じさせ考えさせるものなのです。そういう意味で、題材の設定に課題が残りました。

 注目の男子部は、ジョン・ラターの「A Ciare Benediction」と、「Look at the World」の2曲。ボーイ・ソプラノ特有の金属的な響きは希薄でしたが、柔らかい発声でこの合唱団のよさがよく出た合唱でした。ただ、男声部はこの2曲に関する限りやや生硬な感じがしました。全員合唱などではよい感じを出していただけに惜しまれます。
 それに、いつもそうなのですが、ピアノの位置がいつもど真ん中というのはどんなものでしょうか。全員合唱ならそれもよいでしょうが、女子の各学年部や男子部だけの50〜70人の舞台の時は、端の方にピアノを移動できないものでしょうか。ということで、注文もありますが、音楽的水準の高い演奏を楽しむことができました。


京都市少年合唱団 第56回定期演奏会
                    平成17年8月21日(日)  京都コンサートホール


 今回の京都市少年合唱団の定期演奏会は、京都市少年合唱団が「合唱団」であることを改めて確認するようなコンサートでした。

 プログラムの組み方はいつも通りのパターンでしたが、やや課題が目につく定期演奏会でした。確かに、女子の3グループは、年齢を重ねるごとに軽い声が次第に深まっていくことが実感できるステージで、とりわけ中2・中3による岩河三郎の「水芭蕉」と「木琴」は、オーソドックスな合唱としての構成ながら、感動がまっすぐに伝わってきました。しかし、オープニングの全員合唱は、声部ごとに240人あまりの団員を3つに分けているにもかかわらず、あまりその違いによる効果が今ひとつはっきりせず、かえって人数の割には声量が物足りないと感じてしまうようなステージになってしまいました。また、今回は、ステージによってはピアノの位置がいつもど真ん中でなかったところがよかったと思います。これからは、さらに、全員合唱はともかく、女子の各学年部や男子部だけの50〜70人の舞台の時は、端の方にピアノを移動して、どの位置からでも団員の歌う姿がよく見えるようにほしいと思います。

 さて、男子部は、一茶の俳句による「五つの同声合唱曲」より「雀」、「蝉」、「月」を採り上げたユニークな選曲でした。確かに有名な俳句ですが、聞き慣れない旋律とハーモニーで、最後に心に残ったのは、幽玄の世界ではなく、蝉の声でした。なぜ、少年たちにこの曲を歌わせなければならないのかという必然性を感じない選曲でした。もし、男子部だけで全ステージを演奏するなら、こういう挑戦的なステージが一つはあってよいと思うのですが、私のような男子部にはボーイ・ソプラノを期待して来ている観客にとっては物足りない選曲でした。その代わりと言うわけではないのでしょうが、幕間のロビーコンサートでは、男子部が「森へ行きましょう」「若者たち」「大きな古時計」の3曲を披露してくれました。雑音の中でのコンサートではありましたが、こちらの方がボーイ・ソプラノを活かした選曲で、男声部との掛け合いも美しく、素直に楽しめました。

 昨年度から復活したオペレッタ(ミュージカル)は、「コール・バンビーノ」による「サウンド オブ ミュージック」。マリア、修道院長、トラップ大佐に大人の声楽家(指導者)を配し、子どもたちと修道女に団員を配するという布陣でした。この布陣に間違いはありません。無理をして団員を大人の役に挑戦させる必要はありません。そして、大人の声楽家は安定した歌を聴かせてくれました。また、修道女たちの合唱は清澄で、この合唱団のよさを遺憾なく発揮していました。ところが、「ドレミの歌」や「「さようなら ごきげんよう」で7人の子どもたちの独唱部分になると、会場の広さを差し引いても、その部分が沈んで聞こえることもありました。団員が240人もいると、独唱に力を入れるところまでいかないのか、それとも合唱の声を育てることと独唱の声を育てることには乖離があるのではないかと感じました。今回は、選曲はよかったのですが、この辺りが今後の課題となるでしょう。


京都市少年合唱団 第57回定期演奏会
                    平成18年8月19日(土)  京都コンサートホール


 観客を楽しませる合唱団になってきた。今年の京都市少年合唱団の定期演奏会の第一印象です。

 今回は開場時間を早くし、「ウェルカムコンサート」として28名の浴衣や作務衣姿の京(みやこ)・わらべ隊プログラムが、京都にまつわるわらべ歌を現代的なアレンジとダンスで披露してくれました。雑音の入るロビーコンサートですが、ダンスの比重の高いものなので、楽しい雰囲気を伝えることができていました。ただ、日本情緒を前面に出したアレンジの曲を入れることによってさらにその対比が面白くなると感じました。

 今回は、最初の全員合唱としてブラームスの「4つの女声合唱曲」より3曲が歌われましたが、伴奏にホルンが入るという珍しいものでした。地味な歌なのですが暖かみのある演奏でした。また、最後の全員合唱は原曲がピアノ曲のランゲの「花の歌」とヨーゼフ・シュトラウスの「オーストリアの村燕」で、後者は伴奏にフルートが入ることで味わい深いものにしていました。さて、この日の白眉は「花の歌」でした。優美な曲想と柔らかい高音が絶妙の響きを創り出して、この曲がもともと声楽曲ではなかったのかと思わせるようなすばらしいできばえになっていました。
 また、今回も、ステージによってはピアノの位置がいつもど真ん中でなかったところがよかったと思います。コンサートの中心はピアノではなく子どもたちなのですから。この日の演奏は、歌いながらの隊形変換など、見せる要素が強かったのですが、それも選曲とあいまってよい効果をあげていました。

 さて、2番目に登場した男子部は、シューベルトのト長調ミサより「キリエ」「グロリア」と、シューマンの「楽しい農夫」という異色の組み合わせでした。このステージに登場した男子部は全員ではなく約40名でしたが、人数的に変声後の比率が高く声量のバランスにおいて変声前が負けそうになることや、ピアノ伴奏の音が大きすぎるという課題はありましたが、声質のきれいなソプラノとアルトのソロを入れたりするなど聴かせる工夫をしていました。ミサ曲においては、変声前と後の人数の比率は3:1が一番美しいように感じます。また、色とりどりのかつらをかぶった団員がモーツァルト、シューベルト、シューマンに扮して掛け合いをやる部分は、もう少し芝居心があるといいなあと思いながらも、観客を楽しませようとする意図を強く感じました。「楽しい農夫」は、スキャット風の演奏でしたが、合唱表現の多様性を楽しむことができました。

 「コール・バンビーノ」による復活後3回目になるオペレッタ(ミュージカル)は、いろいろなミュージカルの代表曲のメドレー。過去3回の中では最高のできばえでした。ここでは振り付けの要素がかなり高いのですが、歌も全員合唱を基本にしているため、よく揃っているという印象が強く残ります。この合唱団の特色である「全員合唱」において強いことを活かしながらも、決してマスゲームではない個性の演出が楽しめました。

 今回は、区分が新団員、小学6年・中学1年女子、中学2・3年女子でした。新団員は男女混合という試みでしたが、入団から1学期では男子にシューベルトのト長調ミサはまだ無理とと判断しての区分だったのでしょうか。それぞれのグループの演奏を聴くと、当然のことながら、声においても表現力の深みにおいても、年季の差を感じました。それが、先輩に対するあこがれを生むのだと思います。また、この日は、ロビーコンサートでOBが、混声合唱組曲「落葉松」より2曲を披露してくれましたが、これは情感豊かでありながらも、情緒におぼれない重厚なできばえで、合唱の年輪を感じさせました。そのような意味でも、合唱における縦社会の経験は、今の子どもたちにとっては貴重なものになると思います。
 来年の50周年記念定期演奏会が期待されます。


京都市少年合唱団 創立50周年記念演奏会
 
平成19年8月25日(土) 京都コンサートホール大ホール


 毎年1800人の会場を満席にさせる京都市少年合唱団は、創立50周年記念演奏会ともなれば、長蛇の行列ができるコンサートを通り越して、行列を作っても入り切れないコンサートになることは必至です。そんなこともあってか、今年は葉書で申し込みをして抽選によって入場者を決めることになったようです。
 運よく入ることができて座ったのは、前から3番目という全体がよく見渡せない場所でしたが、その代わり、指揮者の姿はよく見えました。オープニングの京都市歌は、この記念演奏会をプロデュースした佐渡裕の指揮で行われました。「京の雅」を歌ったこの歌では、佐渡裕らしいダイナミックな指揮は見られませんでしたが、むしろこの曲の流麗な側面を見ることができました。それよりも、司会者との会話を通して佐渡裕が、どんなに京都のまちと京都市少年合唱団を愛しているかがよく伝わってきました。

 今年の男子部は、富澤裕作曲の「ジュニア・コーラス・セレクション」より5曲が歌われました。確かにさわやかな演奏ではありましたが、1曲ずつの印象は聴き終わった後希薄なんです。服部先生の表情的な指揮は心に残るのですが、曲が心に残らないのはどうしてなんだろう。1曲ずつがもっている力が弱いためかもしれません。男子部だけピアノを少し脇に移動させたのはよかったと思います。いつも感じることですが、京都市少年合唱団の課題は、ピアノがど真ん中にあって、まるでピアノが主人公であるかのような印象を受けることです。

 コール・バンビーノは、毎年違った試みに挑んでいますが、今年のミュージカル〜愛と未来〜は、身体表現を合唱の中に取り込むというものでした。確かに、身体表現は毎年レベルアップしていますが、歌としてはやや印象が希薄でした。

 今回の演奏で一番心に残ったのは、最後の全員合唱でした。OBでカウンターテナーソロの村松稔之の「天使の糧」は、声量もかなりあり、カウンターテナーにありがちな弱々しさがなく聴かせる歌を歌ってくれました。まだ10代の人のようですが、少年時代どんな歌を歌ったのだろうと関心が高まります。「トリッチ・トラッチ・ポルカ」と「皇帝円舞曲」は、この合唱団のソフトな歌声と優雅なウィーン情緒に接点があるように感じました。ワルツが変化しながら大きく盛り上がっていく構成がよく生きていました。
 なお、8月末で主席指導者の長積徹雄先生は勇退されます。ユーモアと情熱が同居したすばらしい指導者であったということが、客席からも伝わってきました。


京都市少年合唱団第59回定期演奏会
            平成20(2008)年9月6日(日) 京都コンサートホール

  メンデルスゾーンの作曲の「3つのモテット」やハイドン作曲 オラトリオ『天地創造』より「おおみわざなりぬ」という大曲でスタートした京都市少年合唱団第59回定期演奏会には、どのステージにも指導者の意気込みが感じられました。

 男子部は、シューベルトの「魔王」が服部先生の指揮。最初の寸劇はシューベルト役の少年が張りのある美声である以外は、お芝居としてはくさい部類に入るものでしたが、歌は、4つの声を使い分ける独唱曲を合唱曲に編曲して声部の違いとして表現していました。一部歌詞が鮮明でない部分もありましたが、曲想は大きくつかんでおり、あきさせない演奏でした。モーツァルトの歌劇「フィガロの結婚序曲」は、器楽曲を声楽曲に替えるというものでしたが、指揮の葛西先生が自らモーツアルト風のかつらをかぶって登場。途中指揮台から降りかけたりとエンターテイメントに徹するで、歌詞はほとんどわからなくても、ステージの楽しげな振付けとあいまって諧謔の精神に満ちた演奏になっていました。このステージはこれまで京都市少年合唱団になかった要素を採り入れていたと思います。毎年これでは飽きられますが、「奇は孤なるをもってよしとす」という孫子の兵法を生かすなら、これからも時々採り入れてよい手法だと思います。

 新団員の演奏は、ドイツメドレーと言うことで合唱曲のスタンダードを丁寧に演奏していました。男子が10人以上入ったということも嬉しいことです。さて、この日の白眉は中学生の選抜チームによる「京CHOR(みやコーア)}41名で今年ドイツに演奏旅行に行った都市に披露した熊本民謡「おてもやん」津軽民謡「あいや節幻想曲」等日本民謡中心に5曲を披露してくれましたが、歌詞が鮮明であるだけでなく曲想をよくつかんでおり聴き応えのある演奏でした。小6・中1女子のホームソングメドレーも奇をてらわずオーソドックスな味わいのものに仕上げていました。「蝙蝠(こうもり)のワルツ」は、ヨハン・シュトラウス喜歌劇「こうもり」から、アデーレのアリアを中心に編曲したものでしたが、やや省略部分が多いのが気になりました。中2・中3女子のグリーグの「子どもの歌」を聴くのは2回目です。聴き慣れたせいもあり、1曲1曲の違いをゆっくり味わうことができました。しかし、聴き応えのある歌曲集と言えないのは、薄味の料理を小皿で少しずつ食べた感がするからです。最後の全員合唱はフォーレの歌劇「べレアスとメリザンド」より「シシリエンヌ」とムソルグスキー作曲 『展覧会の絵』より二曲という構成でしたが、主席指導者葛西先生が情熱を傾けて雄渾な指揮をされたので、それが団員にも伝わってこれまでにない力強い演奏になりました。おそらく、合唱好きな人ならこのコンサートに満足されたと思います。

京都市少年合唱団第60回定期演奏会
平成21(2009)年8月8日(土) 京都コンサートホール


 会場に入って嬉しかったことは、ピアノがど真ん中ではなく端にあったことです。京都市少年合唱団では、数年前から人数や曲目に合わせてピアノの位置を変えるようになってきました。こんなことを書きますのも、このような当たり前のことがそれ以前はあまりできていなかったからです。また、単に学年やグループごとの合唱を聴かせるというだけでなく、舞台芸術としてステージを構成するようになってきたことも嬉しいことです。今回のコンサートでは、そういう合唱団の理念的な部分がはっきりと見えてきました。

 それは、特に次の2つのステージで強く感じました。一つは、寄贈された着物姿の小6・中1女子の女声合唱のための唱歌メドレー「昔むかしはパラダイス」です。これは、わらべうたと昔話を組み合わせ、日本情緒あふれたステージでした。もう一つは、創作オペラ「秀とカッパの笛」で、「コール・バンビーノ」が、このような形で結実したことを嬉しく思いました。ただ、指揮の葛西先生は大熱演で、団員もよく頑張っているのですが、ストーリーそのものがいかにも泥臭く、また、美しいアリアがあるというオペラではないので、ハイライトであることを差し引いても、感動には至りませんでした。
 
 男子部は、沖縄の歌を中心にした構成の4曲(「島人ぬ宝」「島唄」「花」「風になりたい」)でした。混声合唱としてはきれいによくまとまっていましたし、歌詞も鮮明に聞こえてきましたが、人数構成の上で小学生が4割程度では、どうしても、変声した中学生に声量で押されてしまうことは否めません。それは、この少年合唱団の人数構成によるところが大きいのですが、曲の味付けが4曲とも同じなのは考えものです。特に、「風になりたい」は、リズムに特色のある曲なのですから、もっと活力のある演奏であってほしいと思いました。あとの3曲も、山場づくりを工夫すれば、もっと変化のある曲の仕上がりになると思います。そのような意味で、薄味の京料理のコースを食べたような感じの演奏でした。

 特別出演のエッセン・シュテーラー児童合唱団は、100%少女の合唱団で、しかも年齢的には中・高校生でした。クリストフ・ヴェスガンプ先生の統率力のある指揮の下、澄んだ響きの演奏を聴かせてくれました。響きの透明度の高い美しさがこの合唱団の特色かと思いました。また、ステージの間に披露されたOB合唱団は、よく声が練られていて迫力のある演奏を聴かせてくれました。そういう意味で、全体としては楽しめるコンサートでした。

京都市少年合唱団第61回定期演奏会 
      
平成22(2010)年8月7日 京都コンサートホール


   どこが変わったのか?

 京都市少年合唱団が創立50周年を期に大きく変わったと聞いていましたが、大きく言えば、@ 演奏会の総合的な企画や団員全体への指導を統括する音楽監督にOBの加藤完二先生を迎えたこと A 練習拠点を京都堀川音楽高校へ移転したこと B 団員の組織替えを行い「京(みやこ)桜」「都(みやこ)紅葉」「みやこ光」(男子部)に改組したことの3つにまとめられましょう。これらの変化をこの定期演奏会だけでは、一部しか把握することは出来ませんでした。
 変化は、開幕と同時にわかりました。「京都市歌」や市長や市教委幹部の挨拶もなく、加藤先生の指揮で「いのちのいっちょうめ」で始まったからです。加藤先生の指揮は、繊細で雄渾。実に雄弁にその曲の「いのち」を引き出していました。また、この日のメインプログラムのフォーレの「レクイ工ム」は、今回で終わりではなく、今回から始まるという意図が見えてきました。しかし、それだけでは、まだすべてが見えてきたとは言えないでしょう。もっと時間をかけてその変化を見ていきたいと思います。練習拠点を京都堀川音楽高校へ移転したことも、表には出てきません。個々の団員にとって練習会場が近くなったり、遠くなったりということはあるでしょうが、音楽の伝統校だけに設備等の面で恵まれた練習会場で練習できるのはよいことです。団員の組織替えは、男子部については数年前に戻るだけですが、女子部の方は、全体を縦割りで2分割する大きな変革と言えるでしょう。どんな基準で?まさか和服を着たいグループとそうでないグループではないと思いますが・・・今回のプログラムからは、和風の曲には和服で、洋風の曲には洋服(制服)でしか見えませんでした。

   さわやかな響きだ

 男子部=「みやこ光」の「翼をください」が始まったとき、その響きの清純さに驚きました。まだ、このときには舞台に変声した男子が入っていないことを知らなかったからでもあるのですが、これまでにないさわやかな響きを感じました。それは、アレンジによるところもありますが、「翼をください」が、作曲後40年近くたつ間にだんだんとJ−POPS化してきて本来この曲が持っているよいものが失われてきたためにかえって新鮮さを感じたからでもありましょう。ビクター少年合唱隊が30年以上前にレコード化した時の響きに戻ったような気がしました。2曲目の「愛するデューク」で変声した男子が入ってきても、音色がソフトで「男臭くなった。」と感じさせないのが今年の特色かもしれません。その印象は、よりリズミカルな「新しい世界へ」や、各パートに聞かせどころのある「素直なままに」でもあまり変わりはありませんでした。これまで、京都市少年合唱団男子部では変声前:変声後の人数の比率は3:1ぐらいがいいと思っていました。2:1ぐらいでは変声後のたくましい声に薄味なボーイ・ソプラノが消されることが少なくなかったからです。今回は人数的にはそれに近かったのですが、変声前の声が前面に出て、しかも金属的な響きまで聞こえてきて。これは過去10年なかったことです。
 
   「レクイエムのいっちょうめ」

 この定期演奏会は「いのちのいっちょうめ」で始まり、メインステージのフォーレの「レクイエム」で終わる構成でしたが、この「レクイエム」は、全員による、Introit−Kyrie(イントロイト キリエ)‖.Sanctus(サンクトゥス)Vl.Libera Me(リベラ・メ)Z.In Paradisum(イン・パラデイズム)の4曲の抜粋演奏でした。これまでにも女子部の中2・3年生が宗教曲に挑むことはありましたが、それとは意味が違います。フォーレの「レクイエム」は、おそらく今後、この合唱団の中心的な持ち歌になることを期して選ばれた曲でしょう。今回の特色は、バリトンの独唱で行われるLibera Meを変声した男子で歌わせるというところにありますが、今年のメンバーは人数的にも全体の10分の1以下で音色的にもややソフトすぎる感がしました。バリトンという声は、いつごろそれらしくなるのでしょう。声が変わってもしばらくは青臭い声だからなあ。バリトン独唱を客演によってすべきかどうかは、意見が分かれるところでしょう。さらに、完成するためには、Pie Jezu(ピエ・イエズ)がボーイ・ソプラノの独唱であることを願いたいです。また、今回高音部が天国的な響きを奏でるSanctusやIn Paradisumの完成度はかなり高かったように思います。いろいろな意味で、この演奏は京都市少年合唱団にとっての「レクイエムのいっちょうめ」という感がしました。

京都市少年合唱団 第51回終了演奏会
  平成23(2011)年1月8日(土) 京都市コンサートホール


 京都市少年合唱団の終了演奏会コンサートへ行くのは初めてです。京都の冬は寒いからというわけでは決してありません。たぶん観客は団員の家族中心の内輪のコンサートだろうという想いがあったことと、これまで宝塚ニューイヤーコンサートの日と重なったことが大きな理由です。しかし、後者の理由はともかく、コンサートとしては、定期演奏会と同じぐらいの力を入れた充実した内容で、うれしい誤算となりました。

 ヴァイオリンを持って加藤先生がステージに登場しただけで、動くヨハン・シュトラウスの銅像のような風格のある雰囲気で、これまでにない何かを期待させます。ヴァイオリンの独奏に続いて演奏された全員合唱「無伴奏ヴァイオリン パルティータ」は、曲に合わせて歌詞を付けたための聞き取りにくさはありましたが、よい雰囲気を出していました。いや、何よりも加藤先生の曲全体を大きくとらえたダイナミックな指揮が魅力的です。とかく軽く扱われがちな「うたえ、バンバン」さえも、歌にメリハリがあって楽しめました。

 お目当ての、変声前男子だけの「みやこ光」ですが、第1曲目の「アヴェ・マリア」では、ソリスト4名が前に出て、期待感を高めます。これまで、この合唱団の男子部がソフトな歌声ではあっても、そこにヨーロッパ的な清澄な響きを感じることの少なかったのはなぜだろうと思えるような澄んだ響きの演奏でした。このステージに変声男子が入ってもその印象は変わらないでしょう。2曲目の「けだものが来た」は、合唱部分は非常に洗練された演奏で美しいハーモニーを聴かせてくれましたが、「押すなよ〜。」「門を 閉めろ!」「綱を 切れ!」というアクセントになるセリフの読みの部分が棒読みで単調に聞こえ、残念ながらそこにドラマを感じることはできませんでした。ジョン・ラターの「For the beauty of the earth」は、ソフトさだけでなく清澄さが「売り」のこのグループにとって最良の選曲だったように思います。最後の「広い世界に」は、それを十八番にしている桃太郎少年合唱団の歌を生演奏だけでもこれまでに10回ぐらい聴いていますので、どうしてもそれと比較してしまいます。確かに美しい響きではありましたが、山場の盛り上がりという点で今一歩及ばないと感じました。しかし、この日の演奏は、「みやこ光」が新たな一歩を踏み出したという感じがしました。

 女子が、どういう基準で二つのグループに分けられているのかは知りませんが、今回は、聴きごたえのある選曲をした「京桜」のほうが心に残りました。修了生と変声男子による混声合唱は、さすがに5〜6年間学んだという成果が表れていましたし、途中から泣き出す団員もいて万感の思いを込めて歌っているということが伝わってきました。それによって歌が崩れるということはありませんでした。最後の全員合唱のステージは、「主よ 人の望みの喜びよ」バッハ・グノーの「アヴェ・マリア」「ハレルヤ」「大地讃頌」と、合唱の醍醐味を聴かせる曲ばかりが続けさまに演奏されており、約200人中男声が1割という声のバランスの問題を除いては、水準の高い演奏を聞かせてくれました。

 最後まで、位置移動がなかったピアノについては、これでよいのかという想いがありますが、演奏としては満足度の高い演奏でした。

第62回京都市少年合唱団定期演奏会
 平成23(2011)年 8月7日 京都コンサートホール


 京都市少年合唱団定期演奏会の会場に入っていつも気になるのはピアノの位置。幸い今回は、各グループの演奏ではピアノがど真ん中ではなく端にありました。それは、今年度は「ものがたり」をテーマにダンスや演劇的な要素が多い舞台づくりだったからかもしれません。主役であるべき団員がど真ん中で歌い踊ってこそと思います。しかし、基本的に合唱とミュージカルでは練習のあり方や求められるものが違います。京都市少年合唱団はどちらを志向しているのかが、指導者が変わるからかもしれませんが、10年以上通ってもなかなか見えてきません。「両方」という答えが返ってきそうな気もします。

 さて、今年の男子部=「みやこ光」は、ステージに上がった時から7人の和服の団員に合わせて、あとの40人の団員が制服に裸足というのは見た目に違和感を感じました。これは、女子の「京桜」の時にも感じたことです。鈴木憲夫作曲による混声合唱とピアノのための「民話」より、「若返りの水」「雪の降る夜」「鬼とおじいさん」は、民話らしい音色の歌で、大谷圭介先生は、全体を大きくつかんだ指揮ぶりでありましたが、鈴木憲夫の他の少年のための合唱曲を知っているので、これが、少年の感性に合う音楽とはあまり思えませんでした。振付にかなりエネルギーを割いたのではないかと思います。

 それと比べると、全員合唱の「サウンド オブ ミュージック」は、主役級を先生が演じた数年前のステージと違って、団員を全面に出した良いステージであったと思います。加藤完二先生の指揮は、雄渾でスケールが大きいのが特色です。ということで、今回は、満足度としてはいまいちでした。


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