マルシェさんの部屋
<ライプツィヒ トーマス教会聖歌隊 (Thomanerchor Leipzig)>
 
 東ドイツに位置するライプチヒは、ドイツ音楽の歴史に綴られた街だ。この街でバッハは生涯を閉じ、メンデルスゾーンはドイツ最初の音楽院を設立、世界最古の民間オーケストラをはじめ、シューマン夫妻が大きな成功を収めたのも、ワーグナーが生まれ育ったのもこのライプツィヒである。
 
 トーマス教会聖歌隊は約800年の歴史がある。バッハはこの教会で27年間オルガン奏者兼音楽監督を務めた。当時の聖歌隊はバッハが理想としていたレベルとは程遠く、規律も乱れていて常に苦労が耐えなかったようだ。ちなみに少年時代のバッハは、大変美しいボーイ・ソプラノの持ち主で、学費を免除された上、生計の資までも支給される程の歓迎ぶりだったという。
 
 開始30分前に行くと、すでに長蛇の列。料金は寄付金として1ユーロ(130円)。少年たちは正面入り口で待機中。まだ時間も早いしリラックスしているようだった。セーラー服姿がなんとも愛しく、とてもよく似合っている。
なんとか一番後ろの席に座れたが、2階席もほぼ満員で立ち見している人も多かった。主に地元の人たちで、いつも人は多いとのことだ。
 
 毎週、金土曜はコンサートを中心としたミサ。少年たちは後ろから中央通路を通り入場、祭壇に並べられた椅子に座る。始めと終わりはオルガンの演奏、中間に神父さんの話、それ以外は少年たちの歌声が聞けた。ア・カペラで短調の静かな曲が多かったが、一番後ろまで声が通ってはっきりと聞こえてきた。結構な広さのある教会だったから、それがとても不思議だった。
日曜は通常のミサが行われるので、少なくとも週に3日は少年たちの歌声が教会内に響き渡る。祭壇の下に葬られているバッハに見守られながら、脈々と受け継がれていく少年たちの歌声。そんな少年合唱の深遠な歴史を感じたミサだった。
 
 約1時間。プログラムの最後に「拍手はどうか御遠慮ください」と書かれてあった。厳かな雰囲気の中、静かに少年たちが退場していった。



 
 
<ドレスデン聖十字架教会合唱団 (Dresner Kreuzchor)>
 
  ライプツィヒから東へ1時間。風格ある重厚な建築物が立ち並ぶドレスデンの街は、第2次世界大戦で大爆撃を受け、そのほとんどが崩壊した。戦後、市民の要望で、昔のままの姿に再建し、しかも崩れた石を可能な限り元にあった場所に戻すという方法が採択された。現在もまだ修復工事が続いている。
 
  聖十字架教会合唱団は700年の伝統がある。現在は毎週1〜2回のミサに加え、月1〜3回のコンサート、また各地での演奏も行っている。教会の内部は、一切の装飾がなく質素そのもの。「ドイツ音楽の父」と言われるシュッツの記念碑があった。彼は55年間ドレスデン宮廷楽団長を務めた。
 
  今日のプログラムは、バッハのロ短調ミサ。オーケストラ、ソリストを迎えての本格的なコンサート。チケットは2ヶ月前から予約、右列の一列目だった。
  CDで聞くこの団体は、ピリッとした芯があり、硬質で力強いという印象があった。しかし、実際にこの教会で聞いてみると、音響がもやもやとしていて歌声が直接に届いてこない。残響はあるのだが、歌声が天井に抜けていってしまう感じがした。CDからイメージしていた歌声と全く違って聞こえたというのが発見だった。
  もちろん、座席の位置によって聞こえ方も違うだろうから、後ろや上で聞いていればまた違った印象を受けていたかもしれないが、この教会の音響効果と彼らの歌声は、大きく係わりあっているように思った。違う会場で聞いたら、きっとCDのような歌声に聞こえるのだろう。
 
  2時間以上もの間、座ったり立ったりの動作に至るまで良く揃っていて、待っている間の態度もきちっとしていてとても清々しかった。高音の連続も難なく歌いこなすのは恐れ入った。黒スーツに開襟の白カッターという制服も、彼らの歌声を象徴しているように思えた。 
  2006年、街はいよいよ昔の姿に蘇る。彼らの歌声の中には、そんなドレスデン市民の信念、精神が息づいているのかもしれない。

 


<ドレスデン大聖堂少年合唱団 (Dresdner Kapellknaben)>
 
  前身は1548年、宮廷聖歌隊として創立された。18世紀は、音楽先進国であったイタリアやフランスの演奏家が宮廷内を訪れ、ドイツ音楽が次第に洗練されていった。歴代の国王たちは音楽を非常に愛し、自ら演奏したり作曲する者もいたほどである。19世紀は、ウェーバーやワーグナーたちによって、ドイツ・オペラの最盛期を迎えた。聖歌隊は、そのような新しい時代の流れを受けながら、ドイツ音楽の発展に大きく貢献してきた。
 
  この日はキリスト教の特別行事で、通常のミサとは別に大きなミサが行われた。少年たちは2階席の後ろで歌う。指揮の先生がオルガンも兼任、オルガンと一緒に歌う時は上級生が指揮。
 
  神父さんの話の後、2階席3方向(後ろ、左側、右側)に分散して歌ったのだが、これには驚いた。声量がぐんと上がったように聞こえ、教会全体を一斉に包み込むような、まさに天から降り注ぐような響きになった。それは、神父さんの話によって高められた聴衆の気持ちを、更に倍増するかのようであった。
 
  それにしても、ミサの時に隊形を変えるとは、なかなかユニークで新しい発想だ。隊形を少し変えるだけで、表現や響き方がこれほど大きく変わるのは、教会特有の音響効果にあるのだろうが、ホームチャーチの特徴をしっかりと捉えていることにも感心した。
 
  1階席からは見えない所にいるせいか、ちょっかいを出しあっていた子が数人いた。上級生が注意をすると、素直にちゃんと聞いていた。そんな何気ないやりとりを、とてもほほえましく感じた。
  終了後、控え室は少年たちの話し声で賑わっていた。聖衣の下は、カラフルなTシャツやスニーカー! 何とも、このギャップが・・・。
 




<ドレスデン少年合唱団 (Knabenchor Dresden)>
 
 ドレスデン少年合唱団は、市内のハインリッヒ・シュッツ音楽院の生徒たちで、1971年に創立された合唱団である。
この日は、隣町のマイセン(高級磁器で有名)にある聖母教会でコンサートが行われた。小さな街の小さな教会はほぼ満員。街の人に加え、保護者や家族連れが多く、就学前の子どもたちが多かった。料金は任意寄付。
 
 2曲ほど歌った後、「次何の曲やった?」と先生がこっそり囁いた。少年たちの緊張を解くための演出だったのだろう。年少の子たちが真剣になって答えると、少年たちや観客からクスクスと小さな笑いが起こり、その後はとても伸び伸びして歌っていた。
 
 プログラムは宗教曲とドイツ民謡。内2曲はオルガンの伴奏、他はア・カペラ。一番前の席に座ったのだが、それが少年たちと1メートル足らずという目の前で、こちらの方が緊張するやら照れるやら・・・。こんなに間近だったのは初めてだったが、表情が良く見え、一人一人の声が良く聞こえ、息継ぎや最後の発音まで、目から耳から思う存分に堪能することが出来た。生き生きと輝いている少年たちの瞳は、歌うことを本当に心から楽しんでいるようだった。
 
 上級生が優しく語りかけるように曲目解説をしてくれ、ドイツ国内で一般に知られている少年合唱は約50団体あると話していた。少年合唱を取り巻く文化の違いに愕然・・・。少年合唱がいかに大切にされ、人々に根付いているかを感じた。最後にアンコールを2曲歌ってくれ、あっという間に1時間半(休憩なし)が経っていた。小さな子どもたちも、誰も騒ぐことなく最後までじっと静かに聞いていた。
 
 終演後は外で写真撮影。通りがかりの人たちもその光景を眺めていた。誰かの鼻歌がきっかけで歌声が広がっていき、また1曲聞かせてくれた。




<レーゲンスブルク大聖堂聖歌隊(Regensburger Domspatzen)
 
 
  古代ローマ時代から栄え、2000年の歴史があるレーゲンスブルク。ドナウ川に架かるドイツ最古の石橋、ドイツ最古のソーセージ屋、どの小道を入っても歴史を感じさせる家並が続いている。大聖堂は13世紀に作られたが、少年聖歌隊は1000年以上の歴史がある。詩人ゲーテ、作曲家ハイドンやモーツァルトもこの街を訪れている。
 
  本番3時間前に大聖堂を訪れると、少年たちがそれぞれの椅子に座席番号の紙を貼っていた。聖トーマス教会もそうだったが、本番前の受付やプログラムの販売も、全て聖歌隊のメンバーが行なっている。祭壇で歌う少年たちの姿が見える中央列560席が指定席になっており、料金は10〜15ユーロ(約1300〜2000円)。ちなみに、聖衣の下は、白カッターに黒ズボン、黒靴。
 
  夜のコンサートで、指定席は満席、当日来た人は左右列の座席。10代から20代の若者の姿が多かった。
静かに入場。宗教曲のみで全てア・カペラ。わずか数人が楽譜を持っていたが、ほとんど見ていない。混声4部から8部合唱、次から次へと現れて交錯する声部、複雑な和音、・・・よく覚えられるものだと驚いた。また、音が全く下がらない正確な音程、一本の筋が通った洗練された歌声。声がなくなっても最後の響きが消えていくまでには5秒以上あり、その瞬間がたまらなく美しく愛しかった。
 
  高音が続く曲は、原調よりも半音や一音下げていたので、無理のない歌い方でとても自然な響きだった。移調すると原調の持つ色(味)を大きく失ってしまうが、それに勝る見事な表現力に感服した。
 
  静かで厳かな雰囲気の中、演出は一切なく歌声だけが大聖堂に響き渡る。休憩なしの1時間20分、物音一つしない観客の集中力にも感心した。一人ずつ退場していき、最後の一人が退場しても拍手はしばらく続いていた。




<アウグスブルク大聖堂聖歌隊(Augsburger Domsingknaben)
 
 
  南ドイツに位置するアウグスブルクは、ドイツ最古の都市のひとつ。大聖堂は9〜14世紀に建設され、世界最古のステンドグラスが残っている。聖歌隊は、約570年の歴史がある。  
今回は、未来の聖歌隊を目指す予備軍56名の学期末発表会。第4グループ(6,7歳児)は週1回、第3グループ(8,9歳児)は週2回の練習を行っている。会場は、座席数220席の市内のホール、早くから家族連れで賑わっていた。  
 
  開始ベルはなく、ざわついている所に歌いながら入場。舞台上から両親に手を振ったり、また両親も子どもの名前を呼んだりと、しばらくそんなやり取りが続いていた。1曲歌い終わるとアナウンスが入り、それからは会場の雰囲気がガラっと変わった。実に切り替えがうまい。
  選曲は、自然をテーマにしたドイツ民謡。伴奏はリコーダー(1〜3本)で、素朴な温かみのある音色が、子どもたちの歌声にとてもよく合っていた。音程を補助する程度だったので、ほぼア・カペラに近い。こうして幼少期の頃より自然に耳が訓練され、それが音感のよさにも通じていくのであろう。
 
  2つのグループが交代で歌いながら、途中に朗読が入るという繰り返しで、1時間20分(休憩なし)。
「最後は皆さんも一緒に歌いましょう」と指揮者の先生が提案すると、観客は大喜び! 最後は大合唱となり、大人たちが率先して楽しみながら歌っている様子は、とても印象深いものがあった。子どもたちの表情が、この日一番輝いていたことは言うまでもない。
終演後。大人たちは、自分の子どもだけでなく他の子もほめまくる! 子どもたちは、はしゃぎまわり照れながらも満面の笑みを浮かべていた。何気ない大人たちの励ましが今後につながっていくのであり、幼少期のうちは、まず歌うことの楽しさを体感していくのであろう。
 
  数年後、憧れの「聖歌隊員」として許されれば、彼らの歌声が大聖堂に響きわたる。そう思うと感慨もひとしおで、彼らの成長を願わずにはいられなかった。しかし同時に、その洗練された美しい声で歌えるのは、ほんのわずかな期間であり、少年の歌声を受け継いでいくということが、どれほど難しいことであるかを改めて痛感した。 



(左側:6,7歳児 右側:8,9歳児)
 

<テルツ少年合唱団 (Tolzer Sangerknaben)
 
  牛や羊が放牧されたのどかな田園風景、遠くバイエルン・アルプスが眺められる小さな温泉町のバット・テルツ。木組みの家々のベランダは花々に彩られ、屋台ではもぎたての果物や野菜が並んでいる。川で水浴を楽しむ人もいれば、湖畔をのんびり散策している人もいる。
  1956年創立という比較的新しい合唱団だが、リリースされているCDは120タイトル以上。第4、3、2グループの予科、第1グループの本科があり、現在では世界各地でのコンサートも行っている。
 
  月1度の割合で行っている地元でのコンサート。会場は1階席220席、2階席50席の多目的ホール。夜のコンサートだったせいか、客層は主に地元年配の方々。本番前の練習では、一人一人にプロ意識を持たせ、決して妥協させない厳しい指導が行われていた。開場してからも、本番直前まで個人的に練習している歌声が聞こえてきた。
 
  いよいよコンサート開始。白カッターにロゴ入りの紺色カーディガン&黒ズボンで登場。前半は宗教曲とオペラ曲から、テンポの速い曲が中心となって選曲されていた。15分の休憩。後半はバイエルン地方の民族衣装で登場すると、会場からは拍手や声援が沸いた。ドイツ民謡やアルプス民謡などからの選曲。約1時間40分。
 
  歌声は元気はつらつ、高音は力強く張りがあり、低音は胸声になるものの深みがある。それに軽快で切れのよいリズム感。
ほとんどの曲にソロの場面が設けられていて、メンバーの半数が登場していたのだが、3人1組(ソプラノ・メゾ・アルト)で歌っても、音がつられることは全くなく、一人一人が確実な実力を身につけていることに驚嘆させられた。各々かなりの声量があるのも、このホールの残響が全くないことや、オペラ出演を中心に活動していることとも関係しているように思った。
また、伴奏のピアニストは、演奏するピアノの特徴をはじめ、あらゆる点において綿密に考慮されている素晴らしい演奏だった。
 
  一少年合唱団員として、一人の歌い手として、自信と誇りを持った堂々とした姿が印象的だった。




                                                                                            続く

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