桃太郎少年合唱団
 プロフィール

 昭和37(1962)年に岡山国体開催を記念して、日本にもウィーン少年合唱団のような少年合唱団をつくろうと当時の県知事三木行治氏の提唱により、青少年の健全育成と地域音楽文化向上に役立てる目的で創設されました。以来現在に至るまで、秋に定期演奏会を開催する他、県内外での演奏・全国大会への参加や他団体との交流を行ってきました。創立20年目からは海外でも演奏や合唱団との交流を行っています。最近では平成11年夏に、オーストリアにてウィーン少年合唱団との合同合宿・ジョイントコンサートを実現しました。この年の定期演奏会は特に素晴らしく、平成11年度岡山県文化賞,また音楽教育振興財団より平成11年度音楽教育振興賞を受賞しました。また、平成14年は、創立40周年記念定期演奏会が盛大に行われ、東京公演も行いました。さらに、平成24年には、創立50周年記念定期演奏会を行い、記念誌も発刊しました。
 創立以来めざしてきたウィーン少年合唱団のような清澄な響きを大切にしながらも、最近では、上級生有志の自主的な練習によるア・カペラ演奏をステージに採り入れ、曲想にあった歌声で演奏し、ミュージカルに挑戦するなど、新たな挑戦を次々と行っています。また、桃太郎少年合唱団は、各地の児童合唱団や教育委員会関係者を通して日本の少年合唱団の現状について全国的な調査を行い、その調査結果を平成10(1999)年6月に「日本の少年合唱団の現状と課題」と題した小冊子にまとめました。それがきっかけとなって、全国少年合唱大会(祭)の開催や、この調査から漏れている少年合唱団の発見という大きな成果を生みました。


 

桃太郎少年合唱団第37回定期演奏会
平成11年11月23日(火・祝) 14:00 岡山シンフォニーホール 賛助出演:広島少年合唱隊


11月23日は、岡山シンフォニーホールで行われた、桃太郎少年合唱団第37回定期演奏会に行って来ました。「ウィーン少年合唱団と合同合宿ジョイントコンサート実施記念」と銘打って行われただけに、意欲的な取り組みが期待されます。しかも、広島少年合唱隊の賛助出演もあり、「一粒で二度おいしい何とやら」というようなことまで楽しめるコンサートです。 実は、僕にとって、どちらの合唱団も、聴くのは初めてです。というより、インターネットによって初めてこれらの少年合唱団があったことを知ったというのが実状です。だから、以前と比べてどうだったというようなことはわかりません。ひたすら、初めて聴いた感想、印象をプログラムを追って述べていきたいと思います。

 第Tステージは僕らの愛唱歌 約68名(?)の団員が勢揃いすると、圧巻です。小学生は青いブレザーに赤い蝶ネクタイ、青い半ズボンに灰色のハイソックス、黒靴。中学生と1名の高校生は黒(紺かもしれない)の長ズボンの制服。しかし、声は変声後の少年もファルセットを使っているから、同声合唱です。曲は、「ゆかいに歩けば」「花と草と風と」「さんぼ」「夢の世界を」「歌よありがとう」「怪獣のバラード」の6曲 さわやかな演奏で、声の重なりの美しさが際だっていました。「ゆかいに歩けば」ではオブリガートを歌う5人の少年の声が、とびぬけて美しい。そして、初めて聴いた「夢の世界を」「歌よありがとう」は清純な夢が・・・
次のステージへの期待が膨らみます。

 第Uステージは、「ウィーン訪問記念ステージ」と題して、団長の棚田国雄先生自ら解説と指揮をされました。ウィーン訪問の裏話では、最初観光気分だった団員も、ブラームスの歌を原語でという課題に取り組むに当たっては、中学生団員の指導のもと、眠るときまで楽譜を握って、楽譜がとろけるほどだったとか・・・
本気の取り組みは、演奏にも反映していました。何と清澄な響きでしょう。37年間、憧れ目標としてきたウィーン少年合唱団と共演するために、きっと、見えないところで努力してきたことでしょう。わかっています。「夏の思い出」「ほたるこい」「野ばら」「エーデルワイス」「美しいおとめよ,私を許して」「アレルヤ」の6曲は、日本の子どもでもここまで歌えるということを証明してくれました。確かにウィーン少年合唱団と比べるとまだ歌声は平面的です。しかし、それは500年と37年の差です。「偉大なる弟子の国 日本」は、37年でここまで達成したことを心からほめたいです。

 第Vステージは、友情出演の広島少年合唱隊の歌です。この合唱団の制服は小学生が半ズボン、中学生が長ズボンということだそうです。灰色のベストに、青いネクタイ、灰色の半ズボン。白いハイソックスが少年隊で、青いブレザー、赤いネクタイ、灰色の長ズボンが中学生の青年隊というところでしょうか。
 参加隊員は合計36名です。(小学生28人、中学生8人)小学生は明るい声質の朗々とした歌声を披露していました。中学生の対比から、むしろ可愛らしささえ感じました。曲目の、広島少年合唱隊創立40周年記念委嘱作品「少年のための5つのソング」「君がいるから」「ことばは不思議」「雨の日のラブソング」「ぼくたちのひろしま」「花はなぜ咲く」は、少年らしい感性を歌にした作品で、郷土愛、友情、初恋などみずみずしさは秀逸でした。

 桃太郎少年合唱団が取り組んだ第Wステージの「宗教曲と新しい歌」は、タルティーニの「Stabat Mater]より とコーチャルのミサ曲。進境の跡を示す名曲なのですが、やや短め。それと比べ、児童のための合唱組曲「虫の絵本」より「チョウチョウ」と「セミ」 宗教曲とボーイソプラノがマッチする以上のものを感じました。「チョウチョウ」と「セミ」は、もう歌詞の上では哲学の世界です。これらの生物をふだんここまでの深さで見ていません。清純な歌声は感動を盛り上げてくれます。情にもろい僕は完全に降参していました。

 第Xステージの合同演奏は「Bilieve」と「ひろい世界へ」。「Bilieve」は、「生き物地球紀行」のエンディングテーマのイメージが強いせいか初めて聴くアレンジに少しとまどいました。このアレンジは少し作りすぎの感じもしました。この歌は歌詞そのものに人の心を動かさずにはおれないものがあるのですから。「ひろい世界へ」も100人を超える大人数合唱の醍醐味は感じましたが、歌の感動までには到達できませんでした。しかし、こういう交流はお互いの技量を高め、友情を育む上では大切な試みです。日本に十指ぐらいしかない少年合唱団が励まし合いながら発展することは、日本児童合唱界発展のためにも意義あることです。
 さて、桃太郎少年合唱団がウィーンに行った成果がどこまであったのかは、過去との比較ができないので、正確にはわかりません。しかし、直接ウィーン少年合唱団の指導者の指導を受け、合同演奏をしたことは、有形無形の自信と誇りとなって少年達に反映したことと確信します。昨日の演奏レベルの高さは、鑑賞した人全員が感じていたことと思います。

 なお、来年2月11日の「建国記念の日」には、栃木少年合唱団を加えた、「第2回 全国少年合唱大会岡山大会」が岡山市民文化ホールで開催されます。岡山なら、また行ってもいいなと思いながら帰途につきました。

  
「レーゲンスブルグ大聖堂少年合唱団の演奏会を聴いて」
平成12年8月1日(火)岡山市立市民文化ホール
 
平成12年8月1日(火)岡山市立市民文化ホールで午後6時30分から、レーゲンスブルグ大聖堂少年合唱団の公演が開かれました。1000年以上の歴史をもつこの合唱団の歌声をラジオで初めて聴いたのは、高校生の時でした。「家庭音楽会」という大宮真琴さんの解説によるNHKのラジオ番組を毎夕聞いていましたが、同じ曲を違う演奏家で聴き比べるというコーナーで、「菩提樹」を聴いたときの重厚なハーモニーの印象は心に残っています。その当時、少年合唱団といえば、繊細で可愛い歌声のウィーン少年合唱団か、甲高くて明るい響きのパリ木の十字架少年合唱団ぐらいしか知らなかったので、よけいに印象が強かったように思います。世界には、未知の実力ある少年合唱団があるんだと知りました。そこで、地図帳でその聞き慣れない「まち」の位置を確かめてみると、南ドイツのあまり大きいとは言えない市だったのに再度驚きました。

 この日は、桃太郎少年合唱団の棚田団長先生のご厚意で、練習まで参観させていただきました。3年前から交流を始めていた桃太郎少年合唱団は、2年前にも岡山でレーゲンスブルグ大聖堂少年合唱団共演したことがあるそうです。そのときは、会場の岡山シンフォニーホールの2000の座席が満員になったとか。練習では、指揮者のローラント・ビュヒナー先生が、指揮台だけでなく、客席に移動しながら、響きの伝わり方を確認することをされていました。また、各声部の音色を引き出すため裏声を駆使しながら、ハーモニーを創り出しているのも印象に残りました。特等席で、その風景を参観していた桃太郎少年合唱団の団員にとっても、このような公開レッスンは、よい勉強になったことと思います。

 さて、この日の会場は、800の座席がほぼ満席(2階席はわかりません)でした。プログラムは、前半が宗教合唱曲とルネサンス世俗合唱曲、後半が桃太郎少年合唱団との合同演奏とドイツ民謡でした。この合唱団は並び方にも特色があります。前列が変声前23人、後列が変声後18人(ヴォイストレーナーを含む)左が高音、右が低音という一般的なコーラスの並び方と違って、変声前の清冽な声を、変声後の声が大きく包むという独特の雰囲気でした。
 前半は私にとってはあまり聞き慣れない曲でしたが、重厚な声の重なりは、合唱の醍醐味を味わうことができました。団員は比較的リラックスした姿勢なのに、よい緊張感が漂うのはなぜでしょう。それは、指導者への信頼がそのようにさせるのでしょうか。また、宗教曲は演奏者がその宗教を信じていれば、精神的にボルテージの高い歌を歌うことができます。そのようなものが相まって、この日は実に見事な演奏でした。3声から8声の曲が全部ア・カペラというのもたいへんなことです。これは、一人ひとりに確かな力があるからこそできることです。

 後半最初は桃太郎少年合唱団との合同演奏でした。桃太郎少年合唱団が登場したとき、体格の差がとても気になりました。変声後の19歳までの少年は日本で言えば、体格のよい成人ですし、変声前の少年でも日本の少年より1.2年大きく見えます。これは、声量の豊かさにも影響するなと思っていましたが、声質では、桃太郎の清らかな繊細さが生きていました。ビュヒナー先生指揮による「アヴェ・ヴェルム・コルプス」と「ウェルナーの野ばら」、棚田先生指揮の「さくらさくら」と「ふるさと」は、初めての合同演奏という感じがしないほど予想以上によく響きあっていました。また、レーゲンスブルグの少年たちの日本語の発声もかなり正確でした。「ざくらざくら」だったらいやだなあという心配は杞憂に終わりました。桃太郎少年合唱団の少年たちにとっても、あのような重厚な響きが、背後から聞こえてきたというのは驚きを伴った感動だったと思います。

 最後のステージは、ブラームスなどの比較的耳になじみのあるドイツ民謡。
「日曜日」は変声前だけといった各声部を聴かせてくれる場面もあり、楽しめました。初めて聴く曲もありましたが、素朴な中にも独特の美しさがあり、ハーモニーのすばらしさを堪能できました。また、この合唱団のよさは、日本の観客に変に媚びることがないところです。また、ステージマナーも自然体でありながら洗練されており、そういうところが気に入りました。充実した演奏を聴いて、満たされた気持ちで帰途につきました。

  
桃太郎少年合唱団第38回定期演奏会
平成12年12月3日(日) 14:00〜 岡山シンフォニーホール 賛助出演:呉少年合唱団

 12月3日は、岡山シンフォニーホールで行われた、桃太郎少年合唱団第38回定期演奏会に行って来ました。この合唱団の歌声に接するのは、昨年の定期演奏会以来4回目となります。また、今年は呉少年合唱団の賛助出演もあり、そういう意味でも興味深いコンサートです。開演を待つ間、64ページからなる分厚いプログラム(半分以上は活動の写真集&広告というべきか)を読んでいますと、今年は、20名も新入団生がいて、個人の顔写真の人数を数えると77名。これは、人数不足に悩んでいる全国の少年合唱団にとってうらやましいような数字です。それでも、かつては120名いたということですからこの辺りにも少年合唱団を運営する難しさを感じます。

 第Tステージは僕らの愛唱歌 74名の団員がおなじみの制服で勢揃いすると、圧巻です。指揮は浦池和彦先生。曲は、いつものように「団歌」に始まります。この歌はある種の懐かしさを伴っています。少年合唱団のもつよさや、郷土岡山の誇りを歌っていて、聴くたびに好きになってきます。それに続いて「少年の日は今」「さんぼ」「君をのせて」「翼を抱いて」「Bilieve」「ほほう」の6曲が演奏されました。特によかったのは「少年の日は今」と「翼を抱いて」。「少年の日は今」は、2部に分かれて掛け合いながら大きな山を作っていく中に、独特の抒情性が感じられました。この少年たちは、『少年の日は今君だけのもの』ということの深い意味をどれほど感じているのだろうと想いながら聴いていました。いつの時代でもそうなのかもしれませんが、これは失って初めて気が付くのかもしれません。桃太郎少年合唱団は橋本祥路作曲の歌を得意としていますが、「翼を抱いて」でも、さわやかで清純な声質と歌がマッチして美しい世界を作っていました。「Bilieve」は、吉田考古磨の編曲で聴くのは3回目ですが、今回が一番よかったと思います。それは、低音部に主旋律があるところでのバランスがよかったからです。

 第Uステージは、新しい子どもの歌、女声(児童)のための合唱組曲「キュイジーヌ」。この合唱組曲は高槻市少年少女合唱団の委嘱作品で地元出身の作曲家吉岡弘行作曲ということです。指揮は、棚田国雄団長先生、歌うのは上級生53名、上着を脱いで登場。初めて聴く曲ですが、歌詞がプログラムに載っていたので、先に読んでいました。「スパゲッティ・ペスカトーレ」「インド風チキンカレー」「パエリア」「オムレツ」「大阪風お好み焼き」の5曲からなる歌詩はまさにレシピそのもの。この詩に精神的に高いものを見出すことは難しいです。それならば、異国情緒を味わう曲かなと思いながら聴いていたら、まさにその通り。「スパゲッティ・ペスカトーレ」は、「マッティナータ」と「帰れソレントへ」をたして2で割ったような曲。「インド風チキンカレー」は、アラベスクな感じを受ける曲。「パエリア」は、闘牛場の雰囲気。ですから、歌うのにもかなりエネルギーを消耗するのではないかと思いました。そのような中では、「オムレツ」だけは、万国共通の母の味としてしっとりと聴かせてくれました。実にこの歌の中にこそ桃太郎少年合唱団のよさが一番出ていたように思います。「大阪風お好み焼き」は、高槻を意識して作ったのかな?庶民の味といった雰囲気でしたが、組曲の最後としてはどうかなと思いながら聴いていました。このような合唱組曲は、教科書に採り上げられることもなく、合唱団の定期演奏会でしか聴けないというのが残念なことです。例えば、昨年広島少年合唱隊が創唱した「君がいるから」など、全国の少年合唱団、いや全国の少年たちに歌って欲しいと思います。

 第Vステージは、友情出演の呉少年合唱団5,6年生28名の歌です。制服は白いベレー帽、象牙色の服、同色の半ズボン、白いハイソックス、白い運動靴です。曲はお得意の郷土民謡「音戸の船頭歌」に始まり、沖縄民謡「舞の歌」嘉納昌吉の「花」と沖縄の歌が続き、さらに「しかられた神様」から「手」「木」となり、「21世紀の君たちへ」で納めるという構成でした。ただ、今回の構成は、大きな盛り上がりを作るという点では難しかったのではないかと思います。ところで、この合唱団は舞台の使い方がうまいのが特色です。曲によって近寄ったり離れたりして声の響きを微妙に変えていくところは絶妙です。また、声のまろやかさと中・低音部が充実していることもよさの一つです。5,6年生ともなると、よい意味での自覚が生まれており、自分は今何をすべきかがわかって歌っていることが伝わってきました。

 第Wステージは「宗教曲」です。実に「宗教曲」こそ少年合唱の奥座敷とも言えるのですが、キリスト教国でない日本ではなじみが薄いのはしかたありません。桃太郎少年合唱団が毎年この分野に挑んでいることにはそういう意味でも意義があります。少年の声の美しさを知り抜いたブリテンの「ミサ・ブレビス]は、ウィーン少年合唱団によっても歌われていますが、いろいろと変化をもたせながら、聖なる世界を構築していく手法は素晴らしいと思いました。

 第Xステージの合同演奏は「未来の風」と「ひろい世界へ」。とりわけ桃太郎少年合唱団の委嘱作品として作られた橋本祥路の「ひろい世界へ」は、歌詞の中にある「ドア」の意味がわかるにつれ、その深い意味がだんだんわかってきました。苦しみの中での人と人との心のつながりが大きな勇気を与えてくれるとわかったとき、この歌がもっている大きな力に感動を覚えました。アンコールでも歌われた「歌よありがとう」の歌への感謝の想いは清純な声とあいまって美しい世界を作り上げていました。

 桃太郎少年合唱団は、たくさんあるであろう友好団体のうち、今年も呉少年合唱団を選んで共演しました。これは意義あることです。こういう交流はお互いの技量を高め、友情を育む上で大切な試みです。日本に十しかない少年合唱団が励まし合いながら発展することは、日本の少年合唱界発展のためにも意義あることです。日本の少年合唱団全体の発展を願い、その盟主として活躍される棚田国雄先生の夢の実現のため、ファンサイドでも応援しなければいけないと思いました。そして、いつの日か、桃太郎少年合唱団とボーイズ・エコー・宝塚が共演する日を夢見ながら。



桃太郎少年合唱団第39回定期演奏会

   プログラム構成から
 これで、3年連続桃太郎少年合唱団の定期演奏会を鑑賞しました。3回見ると、この合唱団が何を大切にし、何を求めているかというようなことを垣間見ることもできます。少なくともこの3年間、桃太郎少年合唱団の定期演奏会はいつも5部構成になっています。第1ステージは愛唱歌(指揮は浦池先生)、第2ステージはその年の目玉(指揮は棚田先生)、第3ステージは賛助出演のコーナー、第4ステージは宗教曲(指揮は大塚先生)、第5ステージは合同演奏。賛助出演の団があるならば、この構成はたいへんよい組み立てと言えます。どの少年合唱団でもそうなのですが、観客の層は、団員と同年齢子どもと親の世代、祖父母の世代の3つの年齢層が大半で、ティーンエイジャーから20代の観客は少ないというのが通例です。そのような観客に、いきなりほとんど耳にすることのない宗教曲からスタートしたら、いかに美しい声で歌われても退屈するかもしれません。まず愛唱歌で親しみをもたせ、次に今年の新しい取り組みを紹介し、さらに宗教曲というボーイ・ソプラノの奥座敷にいざない、最後に合同演奏で盛り上げるという構成は、観客の心理をつかんだ優れたプログラミングだと言えます。また、桃太郎少年合唱団の演奏に接するのはこれで6回目ですが、常に好調を維持しているのは、たいへんすばらしいことだと思います。少年たちの演奏です。スタートでつまづいたりすると、それが尾を引いてなかなか取り戻せないこともあるでしょう。ふだんの練習の中で培われたものが、本番できちんと発揮できることは、価値あることです。
 
   歌い込みが生きていた
 第1ステージの愛唱歌は、よく響く清澄な音色の「桃太郎トーンの世界」が繰り広げられました。「心の空」以外はこれまでにも聴いた歌でしたが、この合唱団の声を活かすのにふさわしい歌ばかりです。橋本祥路の「夢の世界を」で始まり「ひろい世界へ」で終わる中には、「少年の日は今」や「セミ」のような大きく歌い上げる曲から、「となりのトトロ」のようなやや軽妙な曲までが含まれていましたが、それぞれの歌に求められるものを過不足なく表現していました。よい歌は歌い込むことによって、よくなることを実感しました。

   声の重なりを活かした日本民謡
 第2ステージは、日本民謡集への挑戦です。ここで歌われたのは、正調の日本民謡ではなく、合唱曲に編曲された日本民謡で、こうなると原曲を離れて独立した歌という感じもします。これをどう評価するかは別として、声の重なりを活かすという点からは「ほたるこい」や「鳥かもねん勘三郎」は、一番よくできていると思いましたし、この日の演奏でも、楽しめました。「備前太鼓歌」は、和太鼓の響きに乗せて歌われ、大きな盛り上がりを見せました。
 
   母性的な歌声
  第3ステージは、姫路市児童合唱団の登場。団員数では全日本少年少女合唱連盟一というこの合唱団は、この日参加した6年生だけで58名。そのうち男子は6名と約1割。この比率は、今では日本の少年少女合唱の平均的なものなのかもしれません。服装は白いシャツ黒いベストに男子は黒い半ズボン、女子は黒いスカート。どちらも白いハイソックス。黒いベストと金のボタンがよく調和していました。歌ったのは、合唱組曲「IN TERRA PAX」という母親の目を通してみた戦争の悲しみと平和を歌った歌。確かに迫力もあり変化に富んだ曲集でした。この合唱団の声そのものは母性的で、この歌が伝えようとするものは確実に伝わってきました。ただ、少し重過ぎる感もしました。この合唱団にはもっと違う要素もあるように思いました。このようなワンステージだけを与えられたときに何を選んだらよいのかということについて、考えさせられました。
 
   すべてを歌に捧げて
 第4ステージは、宗教曲。宗教曲にはボーイ・ソプラノが似合うことはわかっていますが、なじみが薄いために聴きどころがわからないままに、聞き流してしまうことも少なくありませんでした。この日はジョン・ラターによる「ダンシング デイ」。この曲についての予備知識はありませんでしたが、Soliを活かした演奏で、曲が進むごとに少年達の曲への思い入れが激しくなるのを感じました。とりわけ、真中あたりの最後列で歌う眼鏡をかけた少年の歌声は、50人あまりの合唱の少年たちの声を飛び越して客席まで届きました。すべてをなげうって歌に捧げる本気の歌を聴いたような気がしました。

   よく調和した声
 第5ステージは、合同演奏。「そのままの君で」と「翼を抱いて」アンコールの「歌よありがとう」「さようならみなさま」の4曲が歌われましたが、ほとんど初めての合同演奏にもかかわらず、この2つの合唱団の声は調和して耳にやさしく響きました。1曲ぐらいは、桃太郎少年合唱団プラス姫路少年合唱団男子というような組み合わせもあってよいかななどと考えながら見ていましたが、よいフィナーレになっていました。これまで、桃太郎少年合唱団のコンサートでは、その清澄な声の響きを聴くことに傾いていたかもしれませんが、この日は歌を中心に聴くことができ、感動を胸に会場を後にしました。

桃太郎少年合唱団第40回記念定期演奏会

       40年の重み
 桃太郎少年合唱団は、今年創立40周年を迎えました。「人生80年」と言われる今、社会の変化が激しい中での40年という年月がどれだけの重みを持つか考えてみると感慨深いものがあります。昭和37年の岡山国体を機に、当時の岡山県知事であった三木行治氏の呼びかけによって創立された桃太郎少年合唱団は、文字通り日本の少年合唱の歴史を担ってきたとも言えましょう。さて、この昭和37年という年が日本の少年合唱にとってどんな年であったかと言えば、ウィーン少年合唱団の来日はそれまでに3回を重ね、音楽教育関係者に児童期における頭声発声の重要さがかなり浸透してきました。(音楽に関心の薄い教師の指導の下では、未だ元気よく歌えばよいというレベルでしたが)また、前年にNHK「みんなのうた」の放映が始まって、同年代の少年少女のあこがれを育み、全国に少年(少女)合唱団が次々と誕生した年でもあります。その後の日本における少年合唱の盛衰をここで語ることはあえてしませんが、桃太郎少年合唱団が一貫して少年合唱の王道を追求されてきたことと、歌を通して地域文化の振興に貢献されてきたことは特筆できます。
 また、この40周年行事は、記念委嘱作品「あしたの灯」の初演と東京公演という意欲的な取り組みとして結実しました。

   散歩道
 そんな重い歴史を、第1ステージは「プロムナード(散歩道)」というむしろ軽いイメージの言葉で現していました。聴く方としてはその方がリラックスできます。指揮は浦池先生で、棚田団長先生の解説が入ります。
「一年間に歌う歌を数えてみたら約50曲ありました。40年の間に歌われた歌は?」
 もちろん、繰り返し歌われる歌もあるでしょうから単純に50×40ではないでしょうが、4桁の歌が歌われていることは確かです。その中から選ばれる10曲(団歌を含む)とは、団にとっても殊の外思い入れの深いものでありましょう。選ばれた曲は大きく分けて4つになります。橋本祥路の歌、郷土岡山賛歌、日本民謡、ボーイ・ソプラノを生かす歌。青少年の健全育成と地域文化の振興が、桃太郎少年合唱団の創立理念であるならば、この選曲は最もふさわしいものと言えましょう。
 最初は「夢の世界を」・・・「ほほえみ交わして語り合い、落ち葉を踏んで歩いたね。」何とやさしい心情でしょう。こんな人間関係を育むことができたらどんなに幸せかと思わずにいられません。「さあ、出かけよう」の輝かしくも澄んだ桃太郎トーンは、聴く人をこのプロムナードへと誘ってくれます。この一節には震えるような感動があります。そして、最後の「ひろい世界へ」は、第2の団歌と言えるような歌。「ドア」という言葉に象徴される人生の新しいステージを仲間とともに助け合って拓いていこうという歌は力強く聞こえました。その間には「希望の岡山」「瀬戸大橋賛歌」といった郷土愛の歌が誇らかに、「そうらん節」「備前太鼓唄」といった海や大地の香りのする歌が力強く歌われます。しかし、この日の白眉は「おお、ブレネリ」でした。この歌は、今キャンプのときに男役と女役に分かれて面白く歌われる遊び歌というイメージで捉えられがちですが、この日歌われた編曲は、ボーイ・ソプラノの魅力を最大限に生かしたもので、この歌が音楽的にこんなにすばらしい歌であるということを再発見しました。何よりもこの日の歌の響きは輝きに満ちていました。浦池先生の指揮は、すべての曲から情熱を引き出していました。

   踊りたくなる日
 今年もジョン・ラターによる「ダンシング デイ」が採り上げられました。昨年の桃太郎少年合唱団の定期演奏会でも採り上げられ、たいへんすばらしい演奏でしたが、それ以来CDショップを注目していますと、この曲のCDは見つからないのですが、大阪のシンフォニアにはラターのコーナーができるほどの人気作曲家であることがわかりました。ラターは、イギリス合唱音楽の伝統の中で育った音楽家で、自らもケンブリッジのクレア・カレッジでは少年聖歌隊員として歌い、音楽を学び、後に自らの合唱団「ケンブリッジ・シンガーズ」を組織して以来、合唱指揮者として、作曲家として極めて人気の高い音楽家になったといいます。
 桃太郎少年合唱団の響きも、このステージでは全体としては慎ましやかに聞こえます。曲想がイギリスの古風なスタイルを生かしたものなので、前半の華やかさを抑えた演奏に好感がもてました。それでも、曲が進むにつれ抑えきれない喜びが溢れ出し、終曲の「明日は私の喜び踊る日」では、踊りたくなるような躍動感に満ちた演奏になり、大きな盛り上がりを見せました。大塚先生の指揮は、曲全体を大きくつかんで、前半を抑え気味に終曲を躍動的に演奏し、雰囲気を盛り上げていました。

   OBが花をそえる
 第3ステージは、OBの演奏。サクソフォンの西本淳さんは、若々しい情熱でサクソフォンの多様な音色を引き出していました。尺八の田辺頌山さんは、「木枯」という自然を描いた題材を採り上げながら豊かな人間性が伝わってくる演奏で、心にしみました。ホルンの宮武良平さんは、フランツ・シュトラウスの「ノクターン」という深い音色を堪能させる曲を演奏しました。演奏はすばらしかったのですが、演奏中ホルンを解体することが何度もあったので、楽器の調子が悪いのかとちょっと不安な気持ちになりました。このように、OBの方が違う音楽分野で活躍されているということは、現役団員にとっても励みになりますが、主役は少年たちなのですから、演奏時間が長すぎないということも大切です。そういう意味で、この第3ステージは適度な長さで楽しめました。

   日本を「灯」のついた国に
 いよいよ第4ステージは、この日のために作られた「あしたの灯」初演。混声合唱の組曲ということで、ここでもOBや地域の合唱団コール・ゆうぶんげんが賛助出演です。しかも、伴奏のピアノ譜をオーケストラにして演奏するという力の入れよう、期待は膨らみます。
 棚田団長先生の指揮の下、わくわくするような前奏に続いて、第1曲「出会い、そして深め合い」が始まります。「もしも、」という仮定で人の出会いの素晴らしさを描きながらも、「そして深め合い」こそが大切なんだよとそっと告げるところに、この歌の生命があります。2曲目の「声」は鳥や魚の嘆きを通して自然破壊の悲しみを、だからこそ地球の賛歌がという3曲目。4曲目の「祈り」の中で灯った灯は、シベリウスの交響曲2番第4楽章の曲想にも似て、希望に満ちた5曲目の「今、始まる」へとつながっていきます。棚田団長先生の指揮は、ときには流麗にときには雄渾にこの壮大なドラマを統率していました。しかし、祈りの中にどうしても気になる一節があります。「灯のついてる国がある。灯のついていない国がある」と。それなら、我が祖国日本はどちらなんだろう。電車内で座り食いや化粧をするジベタリアンや今楽しかったらよいとばかり顔中に穴をあけだらしない格好をする若者を見るとき、日本は「灯のついていない国」なのではないかと暗澹たる気持ちになり、進んで奉仕活動をする若者や裏表のない態度の少年合唱団員を見るとき、日本も「灯のついている国」なんだという気持ちになります。「形だけで人を判断するな!」と言う声も聞こえてきそうですが、その形を生む心は問題にしなければなりません。日本の若者・少年は二極化しています。世に灯を灯す少年たちに望みを託します。この歌は、深い歌です。そして、この歌をより深く味わうためには、歌詞をプログラムのどこかへ掲載してほしいと願ったものです。
 アンコールの「美しく青きドナウ」「さようならみなさま」もオーケストラ伴奏で力強く歌われました。気迫に満ちた桃太郎少年合唱団第40回記念定期演奏会は、文字通り40年の重みを感じさせる充実したコンサートでした。40回というドアを大きく開け放した桃太郎少年合唱団は、さらに前進していくことでしょう。


高槻市少年少女合唱団 第15回定期演奏会
 
 (桃太郎少年合唱団賛助出演)


    視点をもって
 平成16年4月29日高槻市少年少女合唱団の定期演奏会のコンサートに桃太郎少年合唱団が賛助出演するということを浦池副団長先生より伺って、行って来ました。視点は桃太郎少年合唱団を視聴する以外に3つありました。@少年少女合唱団における男子の実態 A少年の声と少女の声の違い B 振り付けと衣装の効果

    男子1割が相場か
 高槻市少年少女合唱団は、小学校1年生から高等学校3年生までの12年の年齢差をもつ合唱団です。どの年齢に焦点をあわせてやるのかによっても演奏はかなり変わってきます。しかし、低いほうに合わせるというようなことはありませんでした。むしろ、小学校低学年にとってはかなり高い水準の曲を一緒にやることによって、引き上げていこうという意欲すら感じました。
 しかし、55名中男子は小6と小2の2名だけ。女子団員の元気のよさに隠れてしまうように感じることもしばしばありました。歌が好きで、人間関係がよいから続けられるのでしょうが、さびしい感じもしました。しかし、翻って考えてみれば、男子の比率が5割なんて少年少女合唱団は、かつての西六郷少年少女合唱団ぐらいで、多くて2割、少なければゼロ。男子1割が相場ではないでしょうか。いったんゼロになったら男子が入団する可能性は極めて低くなるのではないでしょうか。

    少年だけの「明日の灯」
 桃太郎少年合唱団創立40周年記念に一昨年初演された「明日の灯」が再演されました。おそらく会場に来たほとんどの人が始めて耳にする合唱組曲でしょうが、初演とはかなり違って聴こえました。まず人数的に約半分で(40人ほど)、男声部がないというところが大きな違いです。また、伴奏もオーケストラからピアノです。従って、繊細な部分は、その清澄な響きが生かされていましたが、ダイナミックさという点では初演に及ばないところもありました。それは、第4曲の「祈り」と第5曲の「今始まる」の対比のような部分にみられました。しかし、初めて桃太郎少年合唱団の歌声に接した多くの人にとって、日本の少年でもここまで歌えるというのは驚きだったのではないでしょうか。

   金属質が少年の声の特質
 この日の高槻市少年少女合唱団演奏はOBの女声を加えて演奏された曲も含めその水準はかなり高いものでした。特に第4ステージの「地平線のかなたへ」は、曲想の違いをよく表現し、合唱の醍醐味を味わわせてくれるものでした。しかし、全体的に見ると、母性的というところまで成熟していない少女の歌声は柔らかくあってもときには平べったく聴こえることもあります。
 少年の声と少女の声の違いは、むしろ合同演奏によってはっきりしました。少年の声は金属的な響きがあり、歌を力強く芯のあるものにしてくれます。男女の比率がほぼ同じの合唱団はこのような演奏が可能になるということを示してくれた合同演奏でした。
 むしろ、冒険的なプログラムを組むならば、「夢の世界を」を、高槻、桃太郎、合同と三通りの演奏で聴かせるなんて面白そうです。そんな意味でも、桃太郎少年合唱団のよさが一番発揮されたのは、合同演奏だったかもしれません。

   振り付けと衣装の効果
 「ディズニーソング」を中心に、高槻市少年少女合唱団の振り付けは、必然性があり無理や無駄を感じさせないものでした。見ていて楽しむことができます。また、衣装については、女子にとってはよく似合っていると思いましたが、男子にとっては、ひばり児童合唱団の雰囲気で、女子のお相伴をさせられているようにさえ感じました。桃太郎少年合唱団がとてもかっこよく感じられたのは私だけでしょうか。桃太郎少年合唱団の制服は、そのまま街に出てもカッコいい服だと思いますが、高槻市少年少女合唱団の女子の制服はよいのですが、男子の制服はあくまでも舞台衣装だと思いました。

   どうしたら、男子獲得ができるか
 高槻少年少女合唱団の指導者の国久先生、
「桃太郎少年合唱団をこのまま帰したくない。どうしたら、男子を入団させることができるか。」
って棚田理事長先生にインタビューされてました。棚田先生は、ユーモアで
「団員は子どもをたくさん生んで、その子を入団させてください。」
なんて言っておられましたが、私は、
「コンサートでもっとボーイ・ソプラノに光が当たるようなプログラムを組んだらどうですか。」
と言いたいですね。あの少年のように歌いたい、そういう憧れが男子団員の増加につながるのだと思いますよ。


レーゲンスブルグ大聖堂少年合唱団コンサート
           − 桃太郎少年合唱団共演 −

 
 7月25日(日)、岡山シンフォニーホールでレーゲンスブルグ大聖堂少年合唱団のコンサートが4年ぶりに開かれました。前回3声から8声のア・カペラの曲を重厚なハーモニーで聴いた感動がまだ残っていましたので、今回も虚飾のないホンモノの合唱が聴けるものと期待していました。

 しかも、桃太郎少年合唱団の指導者のご厚意で、「3時から合同練習がありますので、よかったらどうぞ。」ということで、練習や楽屋まで参観させていただきました。練習は前回も拝見したのですが、楽屋は初めてです。驚いたことは、レーゲンスブルグの楽屋が静かなんです。公演前の1時間、指導者の先生が物語を読み始めると、ジュースを飲んだり、歓迎の折り紙をさわったりしながらも、団員は言葉を発することなく朗読に耳を傾けているのです。指導者の叱る言葉が飛び交うことはありません。今何をすべきときかということが、団員一人一人に浸透しているのです。日本では衰退してしまった教育が、そこにはありました。合唱音楽を支えるものが何であるのかということが一人一人の団員に確実に伝わっているのです。いや、舞台の上はもちろん裏側でも実によく統率がとれていると思いました。
 プログラムは、前半が宗教曲とマドリカル、桃太郎少年合唱団との合同演奏をはさんで、後半がロマン派の音楽とドイツ民謡でした。曲目も前回より日本の観客にとって親しみあるものが選ばれているという第一印象を受けました。また、前回同様並び方も前列が変声前26人、後列が変声後14人、左が高音、右が低音という一般的なコーラスの並び方と違って、変声前の清冽な声を、変声後の声が大きく包むという独特の雰囲気でした。

 前回は感じなかったことですが、ステージに登場したときの指揮者のビュヒナー先生の表情がすばらしい。強靱な統率力と穏やかな包容力を兼ね備えたようなその表情を見ると、これから紡がれようとしている音楽を予測することができます。前半は、重厚な声の重なりによる本格的な合唱の醍醐味を味わうことができました。初めて聴く曲がほとんどであっても、洗練された声の重なりは、言葉の壁を超えて響いてきます。桃太郎少年合唱団との合同演奏は、約50人の桃太郎少年合唱団の清澄な響きをレーゲンスブルグ大聖堂少年合唱団が重厚なハーモニーで支えるという雰囲気の演奏でした。ビュヒナー先生指揮による「野ばら」「菩提樹」棚田先生指揮の「さくらさくら」と「ふるさと」は、この日初めての合同演奏という感じがしないほど予想以上によく響きあっていました。特に驚いたのは、練習の時、レーゲンスブルグの男声が「ふるさと」を歌うとき、日本語の「つ」と「て」の音が、「とぅ」「とぅぇ」と聞こえていたのが、わずかな練習だけで、本番ではほとんど気にならないほどになったことです。この少年たちはすばらしい耳を持っているということを痛感しました。体格的にも、同年齢の日本の子どもより1〜2歳大きいようです。しかし、早熟という感じはありません。また、近くで見ると日本人とは顔面骨格も違うなあなどと感じました。それなら、よけいに日本の少年にはそれにあった発声法があるのではないかとも感じました。

 最後のステージは、比較的耳になじみのあるドヴォルザ−クなどのロマン派の音楽やドイツ民謡。この中では、フンパーディンクのオペラ「ヘンゼルとグレーテル」より、独唱や重唱がよかったです。ここだけはピアノ伴奏付きです。ソリストは、みな確かな基礎に支えられた美しい歌声をもっていて、ボーイ・ソプラノや、ボーイ・アルトの美しさを堪能させてくれました。また、最後の「世界中の踊り」は、世界中の歌のメドレーで、楽しませるという要素も満たしてくれました。前回は堅牢な演奏をする合唱団というイメージもあったのですが、今回はそれだけではない華やいだ側面も見せてくれました。
 今回の来日公演の中では、レーゲンスブルグの出番が一番多かったのがこの岡山公演だったそうですが、そのよさを再発見することができました。


全日本少年少女合唱祭全国大会 守口門真大会
         
桃太郎少年合唱団 出演

  全日本少年少女合唱祭全国大会 守口門真大会が、ルミエールホールという近くで開催されたので行ってきました。鑑賞したのは桃太郎少年合唱団が出演する3月27日の第4ステージだけでしたが、桃太郎少年合唱団のご厚意で、棚田団長先生、浦池副団長先生と一緒に鑑賞できました。それに、OBのSatoruさんとも、出会うことができました。

   日本の児童合唱界の縮図
 第4ステージは、12団体が出場しましたが、いろんな意味で日本の児童合唱の縮図を見るような気がしました。人数の面から見ると、次の3点が目に付きました。
@ 20人クラスのところと、50人クラスのところに分かれること。
A 男子の比率は、せいぜい1割が相場で、少年少女合唱団と名乗りながら、全く男子がいないところがかなりあること。たった1人でがんばっている羽曳野少年少女合唱団員には、音楽とは別の感動がありました。
B 予想以上に男子は中学生・高校生まで残っているが、全般に小学校低学年が多く、ボーイ・ソプラノとして一番輝く小学校高学年の少年が少ないこと。
 次に、選曲という点から見ると、与えられた時間の中での2〜3曲で、団の持ち味を生かすことができたところと、印象が希薄なところがありました。また、いくつかの団が行っていた振り付けは、視覚的に面白いものと、やや嫌味と境を接するものに分かれました。さらに、制服の衣装は、そのまま街に出てもよいような気品のあるものに好感を持ちました。いかに舞台衣装とはいえ、多数派の女子の衣装に合わせて男子の衣装を定めたようなものは、男子の入団を阻害している要因の一つであると感じました。そういうことを指導者の先生は考えているでしょうか。やはり、制服はかっこいいと思わせるようなものであってほしいものです。これらは、日本の児童合唱界全体の課題でもあります。

   強烈なインパクト
 この日一番強烈なインパクトを受けたのは、まるで仙人のような容貌の坪口純朗先生に率いられた福井ソアーベ児童合唱団。坪口先生の名前は、かつてHP「児童合唱頁」の山本哲さんとチャットで話し合う中で出てきたので注目していましたが、いやはや聞きしに勝る強靭な統率力でした。アナウンスが「遅刻、早退、欠席自由・・・」などと甘いことばかり紹介するものですから、額面通り受け取った子どももいたりして、「いいなあ〜」なんて思ったかもしれませんが、これは、練習を休む気にならないほどの魅力を持っているからこそ豪語できる言葉でしょう。
 演奏されたのは、フリースの「子守唄」と、「サラスポンダ」の2曲。「子守唄」は、オブリガートソロのマイクの音量が大きすぎて、バランス的にどうかなと不安に思いましたが、一度聴いたらいつまでも耳に残るその印象は、2〜3年前に流行した「おさかな天国」を思い出させ、忘れられません。また、「サラスポンダ」の振り付けは、曲想と一致しており、合唱による舞台演出はここまで可能であるという典型を示してくれました。男子もここは約2割ほどおり、小学生はもとより、高校生ぐらいに見える団員までも全員半ズボン姿だったので、最初は「そこまでやるか。」とも思いましたが、歌が始まると、歌と舞台に打ち込む団員の「本気」を感じてそういうことが気にならなくなりました。

   静と動のコントラスト
 桃太郎少年合唱団は、棚田団長先生の指揮による合唱組曲「あしたの灯」より「祈り」と「地球の歌」の2曲。静と動のコントラストがくっきりと描かれた演奏でした。「祈り」は、ほの暗い中に小さな灯が灯る繊細さが際立っていました。また、「地球の歌」のうきうきするような躍動感は、これと対峙していました。しかし、「祈り」は、終曲の「今始まる」とつながってこそ、さらに生きるのではないでしょうか。この曲の初演を聴いたとき、「祈り」と「今始まる」は、シベリウスの交響曲第2番の第3楽章と第4楽章の曲想に近いという印象をもちましたが、この有機的なつながりこそがこの曲の命であることを再確認しました。しかし、これは時間の制約の問題です。できれば、全曲が聴けなくても「地球の歌」「祈り」「今始まる」の順で3曲を聴きたいと思います。
 会場で桃太郎少年合唱団の歌声に接した人は、少年の声は、磨けばここまでなるのかということに驚かれたでしょうし、柔らかでも平べったく聞こえる少女の声との違いを痛感されたことでしょう。桃太郎少年合唱団に変な振り付けや小細工は必要ありません。歌そのものを正面から聴かせてほしいと思います。しかし、長丁場の定期演奏会などでは、ステージによって上着を着脱するだけでなく、団員の立つ位置を変えるなどの工夫をすべきだと感じます。いつも同じ位置に同じ少年がいるというのは、見る立場からすると単調に感じます。合唱音楽といえども舞台芸術ですから、視覚的な要因は大切です。

 そのような課題を感じながらも、各合唱団が井の中の蛙にならないためにも、全日本少年少女合唱祭全国大会を開催することは、価値あると思いました。


桃太郎少年合唱団第44回定期演奏会
                       平成18(2006)年12月10日      岡山シンフォニーホール


   桃太郎少年合唱団の「あしたの灯」

 4年ぶりで聴く桃太郎少年合唱団の定期演奏会。この4年間は、桃太郎少年合唱団にとっては苦難の年月であったことは、棚田団長先生から頂くお便りからわかっていました。
「今年は、新入団員が過去最低の5人でした。・・・」
日本の少年合唱団が全国的にピンチであることがはっきりしてきた7〜8年前でも、毎年2けたの入団者があり、70人前後の人数を誇っていた桃太郎少年合唱団でした。しかし、この数年間、定期演奏会のCDから流れてくる歌声の響きはあまり変わらなくても、定期演奏会のビデオ画面に映る団員数は次第に少なくなって、長ズボンの少年(中学生以上の団員)の比率が次第に高くなっていることはわかっていました。この日のコンサートが、桃太郎少年合唱団の「あしたの灯」になることを願って会場に向かいました。会場には前日から来られていた道楽さんや、先日ピアノリサイタルを開かれたマルシェさんも。

   
磨き上げられてこそ

 第1ステージが開幕したとき、長ズボン少年の比率は高いながらも、今年度は幼稚園児を含む14名の新入団員生を加え、50人を超える人数になっていることがわかりました。しかし、ボーイ・ソプラノが最高に輝く小学校高学年の比率が低いことが気になります。指揮は、この日初めて拝見する高野敦先生。子どもの前に立つだけであたたかい雰囲気を醸し出す先生ですが、2曲目の「夢の世界を」を聴いて何かこれまでとは違うぞと思わずにはいられませんでした。それは、後半の「さ〜ぁ、出かけよう」になるときの輝きに満ちた陶酔的なハーモニーが聴かれなかったことです。この響きは、時間をかけて磨き上げなければ出ない響きなんだと改めて感じました。そのような意味で橋本祥路の歌の数々は、やや薄味な印象を受けました。14人の新入団員を紹介するコーナーもありましたが、せっかく紹介したのなら、たとえ、まだ未熟であっても、14人だけで歌わせるようなこともあってもよいのではないかと思いました。
 第1ステージ後半のクリスマスソングは、ポピュラーな歌を集めた新しい試みでした。必ず宗教曲でワンステージ設ける桃太郎少年合唱団ですが、かえって親しみ深い宗教曲を聴くことはこれまでありませんでした。舞台の照明を落として団員たちが両手で捧げるろうそくのような光るスティックに観客の視線を集中させるという演出はよかったのですが、幼い団員にはそれが光るおもちゃのようになっていました。歌そのものは決して悪くなかったのですが、暗い舞台を見た観客席からはそちらの方が気になってしまいました。これは、音楽的な指導よりも態度面での指導の問題になるでしょう。

   
モーツァルトの種々相

 第2ステージは、棚田団長先生が指揮で今年が生誕250年になるモーツァルトの特集です。いろいろな少年合唱団が採り上げてきましたが、桃太郎少年合唱団の特色はピアノ連弾や独奏を採り入れたことでしょうか。どの曲も過不足なく演奏されていましたが、「春への憧れ」などは、独唱させてもよいのではないかと思いました。かつて、定期演奏会で「アレルヤ」の独唱まで採り入れたことのある桃太郎少年合唱団ですから、きっと可能だと思います。

   
現代的ミサ曲

 第3ステージは、大塚博先生指揮による宗教曲。この日はオーバンの「ミサ曲第6番」アルペジオを多用したキリエなど、斬新なミサ曲でしたが、おそらく全曲ではなく抜粋した4曲だけのため、このミサ曲の全貌はわかりません。しかし、歌われた4曲の曲想の違いははっきりと描き出されていました。

   
「あしたの灯」と重ねて

 第4ステージは、最近定番化してきたOBとの合同演奏。この日は「アヴェヴェルム・コルブス」と「ハレルヤコーラス」。このステージは人数の多さもありますが、このコンサートの中で一番充実した演奏でした。声の重なりが重厚な響きを創り上げており、このコンサートが各ステージを経ることによって次第に高まっていくことを感じました。
 「あしたの灯」は、4年前に初演された桃太郎少年合唱団に捧げられた合唱曲ですが、私は、この定期演奏会の各ステージの高まりと重ね合わせて聴くことができました。あえて、課題を多く書きましたが、課題は克服されるためにあると思っています。14人の新入団員の歌声が磨かれた2年後、どのような演奏を聴くことができるのかという新たな楽しみも生まれてきました。

桃太郎少年合唱団第46回定期演奏会
       平成20(2008)年11月30日      岡山シンフォニーホール


   ピンチをチャンスに
 11月30日12時半過ぎに会場に着くとまだ行列はできていなかったようで、受付でチケットを購入しようとして、財布を開けたら、受付の保護者の方が、私の顔を覚えておられて(たぶん、昨年2月の第6回全国少年合唱大会のでお目にかかったのでしょう。)
「入場料なんかいただけません。」
ということで、棚田先生が急病であることも知らせてくださいました。
ショックでした。とっさに思いついた理事長の高山先生のお名前を言うと、リハーサルの会場に案内されて、高山先生にお目にかかれましたので、ご挨拶だけはしました。
「それじゃ、今日の指揮は高野先生ですか?」
「高野は、松山で学会発表の後、岡山に駆けつけてくれました。」
もうこうなったら、「ピンチをチャンスに!」と願わずにはいられませんでした。そのまま、会場に居座って、定期演奏会を視聴しました。

   ピンチヒッターは4番バッター
 今回もピンチヒッターとして、第1ステージと第2ステージを指揮された高野敦先生はすばらしかったです。持ち味のあたたかい雰囲気で、「統率」というより「包容」するステージを繰り広げました。浦池和彦先生が輝きに満ちた金属的な響きで陶酔させてきた「夢の世界を」を、「さあ、一緒に歩こうよ。」という共感性の強い曲に仕上げていました。マシュマロ的なその包容力は、「希望の岡山」のようなドラマティックな曲よりも、「少年の日は今」のような共感的な曲で特に生きていました。とりわけ、副題(〜地球大好き〜)になっている第2ステージの2曲からは、桃太郎少年合唱団から、歌のメッセージ性を見事に引き出していました。それは、これまで桃太郎少年合唱団からはあまり感じ取ることができないものでした。ハーモニーの美しさだけでない「歌」そのものを味わうことができました。
 しかし、注文もあります。「ふるさと」のソロは、真性のボーイ・ソプラノを起用してほしかったです。また、「流浪の民」では、ソリスト一人ひとりにもっと力量をつける必要を感じました。

   宗教曲の種々相
 第3ステージは、大塚博先生指揮による宗教曲。この日は、グレゴリオ聖歌からラターまでの7曲を、時代を縦軸に曲の多様性を横軸に演奏していました。あえて、同じ曲を違う作曲家でという意図もあったと思えます。時代と共に宗教曲においても重厚さから明快さが好まれるようになったのかと思いながら聴いていました。

   こういうステージを見たかった
 第4ステージは、上級生有志によるア・カペラアンサンブルでしたが、これは、二つの意味で桃太郎少年合唱団の歴史を変えるものでした。一つは、こういうステージを指導者が認めたという点で、そこからは、指導者の先生方が後生の少年たちに託す想いを感じました。もう一つは、団員の立ち位置によって響きは変わるということを証明したことで、これは、どのステージも同じ位置に同じ団員が立っているという平板さを打ち破ったものです。これは、確実に桃太郎少年合唱団の「あしたの灯」になります。
 第5ステージのOBが現役を支えるという構図は、中国地方の3団体に共通してきました。これは、団員の減少という危機から生まれたことでもありますが、混声によって歌に厚みをつくるだけでなく、少年合唱団が生涯学習の一端を担っているというふうに捉えることもできます。棚田先生の全快をお祈りすると共に、桃太郎少年合唱団の新志向が大きく花開くことを願わずにはいられません。

桃太郎少年合唱団第47回定期演奏会
    平成21年11月22日 岡山シンフォニーホール


      進化する桃太郎少年合唱団
 10年ぐらい前、桃太郎少年合唱団の定期演奏会を3回連続聞くと、4回目はほぼ予想できました。それは、ウィーン少年合唱団やレーゲンスブルグ聖歌隊をめざした桃太郎少年合唱団の歌声の清澄な響きの安定感のある演奏が聴けると同時に、どの歌も同じ色調に聞こえることによって新味を欠くことにもなっていました。ところが、昨年度から変わってきたところがあります。それは、指導陣に高野先生を迎えることによって曲想にあった歌声が生まれ、上級生有志のア・カペラ演奏を採り入れることによって、曲によって団員の立ち位置にも変化が見られ、それが演奏に変化をもたらせました。今回の定期演奏会でさらにそれが進化し、「桃太郎少年合唱団は変わった!」ということを印象付けました。

   不易と流行のバランスこそ
 第1ステージは、お元気になられた棚田団長先生の指揮で、不易の桃太郎トーンを味わうことができました。これは、これで素晴しいのです。橋本祥路の繊細で情感あふれる曲は、こういう声で歌われてこそ大きな感動に至るのです。ところが、マイ・バラードのような若者のはつらつとしたむしろ混声で歌われることの多い歌ではもっと力強さがほしいと思ったりします。
 高野先生が指揮したNHK全国学校音楽コンクール課題曲集と題された第2ステージこそ、画期的なものになりました。昭和30年の「花のまわりで」から、平成16年の「未来を旅するハーモニー」まで約半世紀にわたる課題曲を、その歌が生まれた時代背景の解説を入れながら歌っていったのです。ウィーン少年合唱団の初来日によってにわかに児童合唱における頭声発声の大切さが提唱された頃から、ロックなどのポップスが採り入れられたために、頭声発声だけでは対応できなくなってきた昭和50年代を経て今日に至るまでの代表曲8曲が採り上げられました。高野先生は、その歌にふさわしい発声と曲作りでこれらの歌たちを紡いでいきました。「おさんぽ ぽい ぽい」などは、これまでの桃太郎トーンでは最も表現しにくい曲です。アルトの「おさんぽ ぽい ぽい」の歌声に驚きを感じたのは私だけだったでしょうか。ところで、これまでの桃太郎少年合唱団のトーンが一番活きる課題曲を挙げるなら、昭和24年の「なかよし円舞曲」だと思います。こういう曲も大事にしつつ新しい風を吹き込むことが大事だと思いました。
 第3ステージの「宗教曲」こそ少年合唱の奥座敷とも言えるのですが、キリスト教国でない日本ではなじみが薄いのはしかたありません。しかし、桃太郎少年合唱団が毎年必ずこの分野に挑んでいることは、合唱団の水準を高める上でも大切なことだと思います。この日は、メンデルスゾーン生誕200年の選曲でしたが、ラターの曲との対比が面白かったです。大塚先生の指揮は、いつも曲全体を大きくとらえるという印象があります。第4ステージは、上級生有志によるア・カペラアンサンブルでしたが、これは、リーダーが育っていることを実感させるものでした。ただ、このステージはよくても、全体的に小学生の比率が低くなってきたことが、本来のボーイ・ソプラノによる合唱ではなくファルセットを主体にした歌唱になることに一抹の寂しさを感じました。「ふるさと」の独唱は、青竹のようなボーイ・ソプラノの響きで聞きたいと思いました。棚田団長先生が最後に「高齢合唱団」という表現を使って挨拶されましたが、この問題の解決には、小学生の入団しかないと思います。

   課題は大きいが
 日本の少年合唱団の危機は、音楽的水準の問題よりも、人数の面ではっきりと現れてきました。10年ぐらい前、70人台を誇った桃太郎少年合唱団も40人台半ばになってしまいました。テレビをはじめマスコミが、日本の少年合唱を採り上げることはほとんだありません。そのような中で、つい先日栃木少年合唱団が解団に追い込まれました。日本の少年合唱に目を向けさせる有効な手段はないかと考えながら帰途につきました。


桃太郎少年合唱団第48回定期演奏会
平成22(2010)年11月21日 岡山シンフォニーホール


      ホップ・ステップ・ジャンプ

 桃太郎少年合唱団の定期演奏会を3年間見ていない人は、今回の定期演奏会に接してその変化の激しさに驚いたことでしょう。その間、上級生有志のア・カペラ演奏をよい取り組みととしてステージに採り入れたことを「ホップ」、高野先生を指導陣に迎えることによって曲想にあった歌声で演奏できるようになったことを「ステップ」、桃太郎の歴史上初めて動きのあるミュージカルに挑戦したことを「ジャンプ」と呼んでもよいでしょう。時代は確実に動いてきています。NHKの「みんなの歌」が始まった半世紀前には、テレビを通して子どもたちの間に少年合唱にあこがれる土壌が育ちつつありました。しかし、娯楽の多様化、J−POPの氾濫といった現在の日本の社会的風潮の中で、音楽のジャンルにおいても少年合唱を志向する少年は例外的少数派となってしまいました。その少年たちに少年合唱の魅力を伝えなければならない!桃太郎少年合唱団が今、困難の中で取り組んでいることはそういうことではないでしょうか。

   桃太郎トーンだけではない歌声

 第1ステージは、今年も棚田団長先生の指揮で、不易の桃太郎トーンを味わうことができました。桃太郎トーンで「夢の世界を」を聴くとホッとするというのも確かです。しかし、11年前に初めて桃太郎少年合唱団に接したときと違うのは、ホンモノのボーイ・ソプラノの比率。80%台から50%台に低下しているのではないでしょうか。ファルセットの上級生は、肺活量が大きい分だけ、フォルテの部分で繊細なボーイ・ソプラノの響きを消してしまうことがあります。「希望の岡山」や「備前太鼓歌」では、そういうことを感じました。
 高野先生が指揮した第2ステージは、現代音楽を聴き手に自然に伝えることができるかどうかという意味でかなり実験的な要素をもった選曲でした。2人のリコーダー奏者が大小5本のリコーダーを持ち替えて伴奏しましたが、これが底流としての春の息吹を感じさせる優雅なものでした。しかも、少年たちの声が、必ずしもおなじみの桃太郎トーンではなく、全体的にもっと軽い感じの声質になっているのに驚きました。音符として表されていないであろう音など、どこかで何かがはじけるような響き。全体として早春を表現していました。合唱ファンはきっとこの歌たちを受け容れてくれるでしょうが、この曲が広く全国の少年少女に歌われるようになるとは考えにくいというのも率直な感想です。

   新たな可能性への挑戦

 第3ステージのミュージカルこそ、今回の目玉。海外で学んだOBの四宮貴久さんがコーチとしていたからこそ、誕生したステージですが、音楽劇とはまた違い、舞台狭しと動き回る桃太郎少年合唱団のステージを誰が想像したでしょうか。歌声も当然のことながら桃太郎トーンではありません。しかし、いろいろな可能性に挑んでいくというのが今の桃太郎少年合唱団です。まだ、洗練された動きにはなっていませんし、すぐには少年のソリストを生み出すところまではいかないでしょうが、将来的に「サウンド・オブ・ミュージック」や「オリバー!」のハイライトなどやってみてもよいのではないでしょうか。ただ、上級生の団員数人が楽譜を持ってステージに立っていましたが、これは合唱曲なら許されることでしょうが、ミュージカルの場合、まだ練習中という感じを受けていかがなものでしょうか。しかし、四宮貴久さんの姿を見て、少年時代にきちんと合唱を学んだことが、違うジャンルの音楽でも生かされるということが、証明されたように思います。

   宗教曲のステージが二つ続くと

 第4ステージは、上級生有志によるア・カペラアンサンブルでした。最初にこのグループを立ち上げたときのリーダーの音森一輝さんが指揮者として指導陣に入ることで、充実した演奏を聞かせてくれました。また、大塚先生の指揮による第5ステージの宗教曲は、いつもながらスケールの大きい演奏が楽しめました。ブリテンの「ミサ・プレヴィス」は、緩急のバランスが絶妙でした。続くラターの曲は、あたたかみのある演奏でした。ただ、外国語の宗教曲のステージが二つ10曲も続くとついていきにくい観客もいたようです。衣装の着替えとの関係もあったとは思いますが、ステージの順序を工夫する必要もありそうです。

 今回は、桃太郎少年合唱団のいろいろな要素が各所に芽生え始めたという感を受けました。この中で大樹に育っていくのはどれでしょうか。

                  桃太郎少年合唱団創立50周年に寄せて

  桃太郎少年合唱団の皆様、創立50周年おめでとうございます。創立以来めざしてきたウィーン少年合唱団のような清澄な響きを大切にしながらも、最近では、上級生有志のア・カペラ演奏をステージに採り入れ、曲想にあった歌声で演奏し、ミュージカルに挑戦するなど、新たな挑戦を次々と行っていることに驚きと感動を覚えています。
  50年前の日本では、テレビを通して少年たちの間に少年合唱にあこがれる土壌が育ちつつありました。しかし、時は移り、少子化、受験の低年齢化という大きな社会的問題や、少年のスポーツ志向、娯楽の多様化、J−POPの氾濫といった風潮の中で、音楽のジャンルにおいても少年合唱を志向する少年は例外的少数派となってしまいました。その少年たちに少年合唱の魅力を伝えなければならない!桃太郎少年合唱団が今、困難の中で取り組んでおられることはそういうことではないでしょうか。桃太郎少年合唱団のますますのご発展をお祈り申し上げます。

                                                                        (桃太郎少年合唱団創立50周年記念誌より)


桃太郎少年合唱団第50回記念定期演奏会
  平成24年11月23日(祝・金) 岡山シンフォニーホール


   10年の間に

 桃太郎少年合唱団にとって記念すべき第50回定期演奏会を迎え、私の脳裏に10年前の第40回定期演奏会が蘇ってきました。10年の時間は、桃太郎少年合唱団に大きな変化を与えました。それは、合唱団をめぐる厳しい現状の中で光を求めて模索する姿でした。団員数で見ると、74名(中学生以上12名)からからちょうど半数の37名(中学生以上22名)となっていました。小学生の団員の比率が低くなっていることは、その歌声にも量的・質的に違いがあります。また、この10年の中では、指導の中心として活躍されていた浦池和彦先生がご逝去されました。しかし、ピンチヒッターとして参加された高野敦先生が指導の中心になって、従来の「桃太郎トーン」だけでなく、全体としてはソフトで、演奏する曲の曲想にあった歌声で歌うという理念が次第に浸透してきました。また、上級生団員によるア・カペラアンサンブルの導入は、縦社会の合唱界としては団員の主体性を活かした新たな取り組みとして特筆されます。

   ソリストと50年の歩み

 第1ステージ前半は、現役団員によるこの50年間の代表曲でした。「団歌」に始まって、いわゆる「愛唱歌」として歌い続けられてきた歌の数々は、これまでにも何度か耳にするものがありました。「希望の岡山」と「広い世界へ」「今、始まる」は、10年前にも耳にしています。しかし、そこでは、団員数と指揮者の理念の違いを聞くことができました。ピーンと張った声の輝きの代わりに、包み込むような歌声になっているのです。これは、変声期を迎え、ファルセットで歌う上級生が多いことともつながっています。
 第1ステージ後半は、現在器楽・声楽・邦楽等の音楽界で活躍されている桃太郎少年合唱団のOBを迎えて、少年合唱団と共演するというステージでした。一部は、独唱・独奏もありましたが、OBとともに50回の記念ステージを盛り上げようという意図は伝わってきました。
 ホルン奏者・宮武良平とともに歌う「美しく青きドナウ」は、前奏を中心に歌声をリードし、曲想の変化を掴んだ演奏をしていました。尺八奏者・田辺頌山と「そうらん節・追分」では、尺八のもつ柔らかで力強い音色と、それに導かれるような力強さを感じる「そうらん節・追分」になっていました。続くテノール歌手・柾木和敬の「フニクリ・フニクラ」、「サンタ・ルチア」は、青く澄み切ったナポリの空の色ではなく、やや暗い情熱を感じさせる歌声でした。サクソフォン奏者・西本淳氏と「里の秋」、「カノン」は、楽器の金属性をあまり感じさせない人間の声に近いものを感じました。テノール歌手・大滝賢一郎の「だれも寝てはならぬ」は、マイクを使って歌うので、ポップス系の味付けになっていましたが、団員のバックコーラスとうまくマッチしていました。最後に出場したバリトン歌手・四宮貴久との「スキンブルシャンクス・鉄道猫」は、ミュージカル「CATS」のナンバーを舞台中を駆け回って見て楽しくなってくる熱演でした。共演する少年達もその雰囲気に乗せられて合唱では無表情な団員さえ楽しそうに歌っていました。

   上級生団員によるア・カペラ アンサンブル

 数年前から始まった上級生団員によるア・カペラ アンサンブルは、これまでは宗教曲が中心でした。そのため、前後のステージが宗教曲である場合、耳慣れない宗教曲のオンパレードになることもありました。今回は、「故郷」 「おんがく」 「前へ」という選曲でした。アンサンブルの妙を聴かせるという意図は成功していたと思います。ファルセットをもとにしたソフトな音色で第1ステージの歌声と共通したものを感じました。ただ、毎回のように採り上げられる「ふるさと」のソロは、純正のボーイ・ソプラノであってほしいと思っています。

   ラターとモーツァルト

 大塚先生の指揮によるラターの「DANCING DAY」は、10年前にも演奏されました。前半では華やかさを抑え、次第に抑えきれない喜びが溢れ出し、終曲の「明日は私の喜び踊る日」では、踊りたくなるような躍動感に満ちた演奏になり大きな盛り上がりを見せたことは忘れられません。この日は第1曲と最終曲だけでしたが、大塚先生の指揮は、ダイジェストとしてのこの曲の魅力を伝えていました。むしろ今回は、OB、女性ソプラノ歌手、バイオリンやチェロなどの楽器(岡山ジュニアオーケストラ団員)も加わり、華やかな感じがしました。それが、モーツァルトの「Laudate Dominum」では、重厚な演奏になっていました。

   OB、公募メンバーとの合同演奏

 「ゆめの形」 「ゆめの行方」は、本邦初演。プログラムに歌詞が書かれていたことがよかったと思います。合唱曲は、声の重なりのため、歌詞が聞き取れないことがあるからです。この歌は、2曲で1曲。ほとんどの場面で主旋律を与えられた少年たちは、歌うことでゆめを探し続け、少年の時を過ぎてしまった男声たちは、説教臭くなく後輩の少年たちに夢を探し続けることの大切さを伝えるという構造になっていました。
 半世紀にわたって桃太郎少年合唱団を指導してこられた棚田国雄先生が舞台に立たれると、その風貌・姿勢から舞台が引き締まります。「ハレルヤ」と「さようなら、みなさま」は、棚田先生に何を贈ることができるかをステージに立っていた一人ひとりが考えていたことが伝わってきました。足を痛めてそれまで椅子に座って歌っていた団員は、椅子を立ちました。それが今の自分にできるせめてもの行い。演奏終了後は、舞台の上と下の両方から大きな拍手が起こりました。それは、困難な中で桃太郎少年合唱団だけでなく、日本の少年(児童)合唱全体の発展を考えてこられた棚田先生に対するお礼の拍手であったと思います。

第33回 全日本少年少女合唱祭 西宮大会 
3月28日(金)〜29日(土) アミティーホール


第4ステージ 29日 13:30〜15:40 桃太郎少年合唱団

   マシュマロサウンドに変わった桃太郎少年合唱団

 桃太郎少年合唱団の歌声をヨーロッパ的な金属的な響きの少年合唱団と固定的に考えていた人にとっては、この日の演奏はかなり違う歌声に変わったことに驚かれたのではないでしょうか。高野敦先生が指導陣に加わってから、曲想に応じた歌声ということが一つのコンセプトになったように思います。この日歌われた一見何のつながりもないように思われるこの3曲の作詞あるいは作曲をされた岩谷時子さん、やなせたかしさん、三善晃さんは、昨年(平成25年)逝去されました。この日の演奏は、この3人の方を偲んで選曲されました。「空がこんなに青いとは」は、うれしい驚きが、あこがれに満ちた声で歌われました。「夕焼けに拍手」では、もっとさわやかで活力のある声で拍手と共に歌われました。「雪の窓辺で」は、流麗な伴奏に乗ってふんわりとした歌声で、雪を散る花びらになぞらえたような雰囲気を醸し出していました。雪国に住む人にとっての雪には、厳しさという側面もあるでしょうが、この歌で歌われる雪はひたすら、ふんわりとしているのです。このようなソフトなマシュマロサウンドこそが、桃太郎少年合唱団の新しさです。ただ、21人という人数は、70人台を維持していたころを知っているだけに、ふと、この歌がそれぐらいの人数で歌われたらどうなるだろうという想いがよぎりました。


 桃太郎少年合唱団第52回定期演奏会
平成26年12月23日
(祝・火) 岡山シンフォニーホール


   桃太郎少年合唱団は、今、模索をしている。

 「桃太郎少年合唱団は、今、模索をしている。」というのが、今回の定期演奏会の第一印象です。昨年度は、インターネットでの定期演奏会鑑賞となりましたが、上月明団長先生が就任してから2年目。どのような新味を出しているかを中心に鑑賞しました。

 第1ステージは、いつも通り団歌でスタートしましたが、これまで歌われていたのは1番と3番だけで2番があることを知ったのは初めてでした。続く、「赤いやねの家」は、美しいふんわりとした声で懐かしそうに歌われていました。確かに、この歌にはこの歌声が似つかわしかったのですが、続く「夕日が背中を押してくる」「地球の歌」となっても、このふんわりとした歌声のままで、ついに張りのある「桃太郎トーン」は聞かれず、最終曲の「冬のメドレー」へと突入しました。そうなると、ピアノ伴奏の「白い恋人たち」や「白銀は招くよ」の方が浮き上がって、歌の方が沈んでしまうという現象が起きました。これは、そのような歌声にもよるのですが、ピアノの位置とも関係します。団員数が20人台となったら、むしろもっと団員の子どもたちを前面に出して、ピアノはその横で伴奏に徹するべきではないでしょうか。団員の歌う表情がよく見える前から5列目の座席から舞台を見ると、低学年の団員の姿がど真ん中に置かれたピアノの陰に入ってほとんど見えないため、よけいにそのような印象を受けました。また、「僕らの愛唱歌」ならば、楽譜を見ながら歌うのはいかがなものでしょうか。

   おいしいところをぶつけてきた倉敷少年少女合唱団

 一方、第2ステージに登場した倉敷少年少女合唱団は、「Cantante Domino Psalmus95」で発声の統一感や透明度の高い響きを聴かせました。続く、岡友一のカウンターテナー独唱による「ヴォカリーズ」は、ファルセットを高めた弱々しさを全く感じさせず、そのボリュームに圧倒されました。さらに、ミュージカル「キャッツ」では、パフォーマンスと歌を融合させた総合芸術を見せてくれました。最後の「銀河鉄道999」は、リズミカルに締めくくって与えられた1つのステージに団のもっているおいしいところをてんこ盛りにしてぶつけてきたという印象を受けました。おそらく、全体をそろえるだけでなく、一人ひとりの歌唱力を相当鍛えているものと感じました。

   定着してきたア・カペラアンサンブル

 ラターの「DANCING DAY」も、桃太郎少年合唱団の持ち歌となってきました。この日は3曲だけでしたが、急な指揮者交代ということもあってか、終曲の「明日は私の喜び踊る日」では、踊りたくなるような躍動感がやや欠ける演奏となりました。続く、上級生団員によるア・カペラアンサンブルは、かなり定着し、定番化してきました。「牧人ひつじを」「Gaudete! 」フランツ・ビーブルの 「アヴェ・マリア 」は、独唱も含め、静的できれいな仕上がりになっていました。ア・カペラアンサンブルは、宗教曲が原点であることは間違いありませんが、今後は、他の分野の声楽曲にも挑むことが課題となるでしょう。

   「北越戯譜」から考える少年合唱団だからこそできるステージ

 桃太郎少年合唱団のステージに動きがほしいという願いは、第37回から3回連続定期演奏会を鑑賞した時から抱いていた想いです。しかし、それは、必ずしも、ミュージカルに挑んでほしいということやジャニーズ化してほしいということではありませんでした。合唱の中にソロやソリを入れたり、手の動きを入れるだけでもかなり違ったものになるのではないかという想いでした。高野敦先生は、就任以来意欲的にいくつかの実験的なステージにも取り組んで来られました。
 さて、今回取り組んだシアターピース「北越戯譜」となると、わらべ歌が通奏低音のように流れる中で、まりつき,お手玉,羽根つきなどの昔遊びを採り入れ、そちらの音が浮かび上がってくるというものでした。生まれて以来このような遊びをしたことがほとんどないであろう団員にとって、これは、歌の練習よりもたいへんであったことと推察できます。しかも、パフォーマンスと歌が融合して見栄え・聴き映えのするものになっていたかと言えば、必ずしもそうなっていなかったように思います。例えば、広島少年合唱隊の海外演奏旅行のステージで、姉妹のいる隊員が女物の浴衣を借りて女装して歌いながらまりつきするのは、たとえそれが下手であっても、まりが舞台をコロコロと転がっても、かえってそれが喜劇的で面白いのです。ところが、桃太郎少年合唱団の「北越戯譜」におけるまりつき,お手玉,羽根つきなどは、団員がたいへん真剣に取り組んでいるだけに、羽根やお手玉を落としたり、まりをつき損ねたら、心から楽しめなくなるのです。

 私は、少年合唱団だからこそできるステージがほしいのです。例えば、「赤いやねの家」「小さな木の実」「遥かな友に」「海のマーチ」「わんぱくマーチ」「ストドラ・パンパ」「北風小僧の寒太郎」といわゆる少年が主人公の歌ばかりを並べて1ステージやってみたらどうでしょう。そこには少年らしい清冽さと元気さが共存するでしょう。というようなことを考えながら帰途に就きました。



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