1  ボーイ・ソプラノの声優 

        日本における洋画の発展と吹き替えが果たした役割

 日本における洋画の発展と吹き替えが果たした役割について考えて見ました。洋画には、字幕版と吹き替え版の両方がありますが、それぞれの魅力があります。
 字幕が出る以前の映画は、日本においては、活動弁士が登場人物の声色を使ってストーリーの解説をしていました。字幕の歴史は古く、1931年に公開された映画『モロッコ』が初の字幕スーパー映画でした。この映画から日本で公開される外国映画はすべて字幕がつけられるようになりました。字幕版の楽しさは、俳優の声を聞くことで、たとえその話している外国語がわからなくても、俳優の熱演を本人の声で聴きたいという欲求を満たしてくれます。ただし、字幕の長さには限りがありますが、作品の世界にどっぷり浸るには欠かせないと感じる人も多くいます。
 一方、吹き替え版のよさには、「わかりやすさ」があります。字幕を追いかける手間がなく、ストレートに物語に入ることのできるよさがあります。これは、昭和30年代中ごろ(1950~1960年代頃)からアメリカのテレビドラマがテレビで放送されるようになってから発展してきました。ある世代の人にとっては、吹き替えによって洋画に親しむようになったと言えるかもしれません。現代でも、特にファミリー向けの映画は吹き替え版がおすすめです。ただし、声優の力量に注意が必要で、上手い人は作品の魅力を引き立てます。しかし、字幕に文字数の制限があるように、吹き替えの言葉も、あまりにも日本的な訳をし過ぎて、外国人がそんなことばを絶対に言うわけないと思わせるようなものもあります。
 最近は、洋画は字幕版と吹き替え版が同時上映されたり、DVDやBlu-ray版では自由に切り替えができるようになっています。どちらも楽しめるので、お好みで選んで視聴することが可能です。

        
 歌声とセリフの関連

  歌声の美しい少年は、声優をやっても相当上手ではないでしょうか。歌と朗読の間には正の相関関係があると私は経験的に考えてきました。古くは、ミュージカル映画『ドリトル先生不思議な旅』や『いたずらっ子エミール』で歌を披露してくれた名声優の内海敏彦、「くまのプーさん」でクリストファー・ロビンを演じる白尾佳也(TOKYO FM少年合唱団)の歌声とセリフを聴くと特にそう感じます。まだ聴いていませんが、『マペットの宝石』を吹き替えた幸道嘉貴(TOKYO FM少年合唱団)も「アマールと夜の訪問者」の舌を巻く名演技からすると、きっと声優をやらせても相当うまいであろうと推測されます。また、『独立少年合唱団』で主人公の康夫を演じた藤間宇宙も声優をしたことがあるそうです。(康夫の歌声は吹替えでしたが)最近では、栗原一朗(フレーベル少年合唱団)と田所祐吾(TOKYO FM少年合唱団)が、平成23(2011)年放送されたディズニーチャンネル海外アニメ 『スモールポテト』で、歌の入った吹き替えをしています。
 ところで、私が子どもの頃、アニメや洋画や人形劇の少年役の吹替えは、どういうわけか中学生ぐらいの役をする小宮山清を除いて女性ばかりでした。その当時はうまい少年俳優がいなかったのかもしれませんが。小学校低学年の頃は、男には声変わりがあるという事も知らなかったので、そのことがとても不思議だったことを覚えています。
  さて、単発の洋画の吹き替えと比べて、連続アニメの吹き替えをする場合、期間が最低3か月で、6か月・1年・2年と長くなると変声期に直面することも起きます。もともと、男女を問わず子どもの役に子役を起用するのは演技指導などで難しい面があり、少年役を演じることができるような少年声優は数少ないのですが、録音が長期間になるシリーズ物は、変声期というリスクがあるので、もともとそうであったように、成人女性の声優が起用する方が安定度が高いと考えられます。さらに、平成の後期(2010年代)頃になると、映画『ボーイ・ソプラノ ただひとつの歌声』のDVD・BRで、主役ステッドの話し声を吹き替えた村瀬歩や、山本和臣(かずとみ)のように地声が高く、少年の声あるいは女声を演じられる成人の声優が登場するようになり、そうなれば、彼らには変声期のリスクがないだけに、わざわざ少年を起用する必要がなくなってきたということもできます。
  映画批評家・映画学者の石田美紀(みのり)は、その著書『アニメと声優のメディア史 なぜ女性が少年を演じるのか』(2020)において、少年を演じる女性声優を軸にアニメと声優の歴史をたどり、日本が独自に育んできたアニメと声の文化を描き出していますが、例えば、アメリカにおいては、ディズニー映画では少年役は少年がやることが多いそうです。この著書は、女性声優に焦点を当てて、戦後の連続ラジオドラマ以降、子役が少年役を演じることの困難さ(学業優先、労働基準法による規制、生放送、変声期等の諸問題)が、女性の起用につながり、現在に至ったという歴史的経緯を述べており、代表的女性声優について述べています。一方、このホームページでは、石田美紀とは逆のアプローチによって、少数ではあるものの、日本にも優れた少年声優が存在し、現在も活躍していることを年代を追って述べています。

       
① 風間杜夫(本名 住田知仁)

 俳優の風間杜夫(本名 住田知仁 1949~  )は、父が新東宝で営業を担当していた関係で、8歳の時に児童劇団『東童』に入団し、少年時代から本名で子役として活躍し、少年雑誌の表紙を飾るほどの売れっ子でした。小学校5年生の時にはまったく学校(世田谷区立旭小学校)にも行けず、1年間京都の撮影所に通い詰めだったそうですが、声優としても12歳の時にアニメ『安寿と厨子王丸』の厨子王丸〈少年時代〉役等をしています。厨子王丸を演じたときのの声は、甲高いソプラノではなく、むしろ落ち着いたアルトです。セリフの中に、「僕」という言葉が出てきたので、この時代、男子が自分をそのように呼ぶことがあったのだろうかと思って調べてみたら、上代・中古では男女を通じて用いていたことがわかり、歴史的考証をしていることがわかりました。しかし、「俳優を一生の仕事にするなら、子役の仕事をやめた方がいい」(子役で売れ過ぎた俳優は大成しない、とのジンクスが昔からあった)との米倉斉加年の言葉に従い、昭和37(1962)年の13歳時に劇団を退団した後、再び演劇活動を始めました。昭和38(1963)年に公開された『わんぱく王子の大蛇退治』では、主人公スサノオの声を演じていますが、これは退団前の作品でしょう。その後の活躍は、映画、テレビドラマ、舞台、落語、声優など多才で、現在も第一線で活躍しています。声優としては、ドラマ『X-Files』のモルダー役などが知られています。『闘牌伝説アカギ ?闇に舞い降りた天才?』では、関西弁を話すヤクザの代打ち・浦部の声を演じました。

        
 ② 塩谷 翼(よく)

 アニメの吹替えを行った少年声優の先駆者としては、「海のトリトン」のトリトン役をした塩谷翼(1958~  )が挙げられます。声質としてはアルトで、快活な中にも憂いのある少年らしい声による表現が見事でした。昭和33(1958)年生まれで、8歳の時、劇団ひまわりに兄と共に入団し、子役としてテレビドラマ『記念樹』昭和41(1966)年に俳優デビューし、て映画やテレビドラマに出演していました。このアニメ『海のトリトン』が放映されたのが昭和47(1972)年ですから当時13歳のトリトンと同じ年であったと思われます。高等学校卒業後は、舞台にも精力的に活動し、落語の公演をしていた時期があり、噺家として春空亭つばさの名前を持っています。 『海のトリトン』と同年には、『科学忍者隊ガッチャマン』シリーズを通して「つばくろの甚平」役として出演。放映当時はまだ14歳であり、2年続いた第1シリーズの終盤から声変わりが始まって徐々に大人の声になっていきました。その後、1980年代から1990年代にかけて主役・脇役を問わずアニメから吹き替えまで幅広く活動し、カッコよくて頼もしいヒーロー役から、老人役、にくめない3枚目までキャラクターは多彩です。とりわけ、『科学忍者隊ガッチャマン』の甚平、『伝説巨神イデオン』のユウキ・コスモなどが当たり役です。2000年代以降は音響監督や声優養成所の講師として、後進の育成にも活躍しています。また、平成24(2012)年に『ジョジョの奇妙な冒険』(ウィル・A・ツェペリ役)で声優に復帰しました。

      
③ 内海 敏彦

   日本のボーイ・ソプラノの声優として、私ががこれまでに聴いた少年の中で最高だったのは、内海敏彦(1965~    )です。何度も繰り返し再放送され、DVD化もされているアニメの名作『あらいぐまラスカル』(1977年)の主人公スターリング・ノースの声と言ったら、ああ、あの声かとおわかりいただけるかもしれませんが、それは素晴らしいボーイ・ソプラノでした。最盛期は1970年代中頃でしょうか。ただ可愛いだけでなく気品のある声と言葉遣いで、時には、情愛を感じさせるセリフをものにしていました。CM出演から芸能活動を開始し、4歳の時に『新・女の絶唱』にて自閉症の子供役でデビュー。テレビでは、現在劇・時代劇を問わず出演していましたが、レギュラー出演していた番組としては、『マッハバロン』(1974年)『少年探偵団・BD7』(1975年)『小さなスーパーマン ガンバロン』(1977年)等が挙げられます。映画では「日本ダービー 勝負」に出演していましたが、アニメだけでなく洋画の吹替えにもたくさん出演していました。『小さな恋のメロディ』『野にかける白い馬のように』のマーク・レスター、『鉄道員』のエドワルド・ネヴォラ、『名犬ラッシー・家路』のロディ・マクドウォール、『天使の詩』のシモーネ・ジャンノッツイ(弟ミーロ)、『クリスマスツリー』のブルック・フラーなど、その時代を代表する美少年スターの声ばかりをあてていました。しかも、『ドリトル先生不思議な旅』では、歌まで披露してくれ、これがなかなかのもので、その人気と実力は映画雑誌『スクリーン』の声優インタビュー(それをまとめた著書 阿部邦雄編著、近代映画社『TV洋画の人気者 声のスターのすべて』 1979年 )に登場するほどでした。
 そこでは、役作りの工夫などが語られていますが、『野にかける白い馬のように』の失語症の少年役では、感情による息づかいの違いまで工夫し、『天使の詩』の4歳の役作りでは、声を工夫して舌足らずのようにしたとのことです。また、セリフは全部暗記してアテレコは台本を見ずにやるというのですから、驚異的な記憶力と表現力の持ち主です。また、洋画の吹き替えとしては、『あらいぐまラスカル』と同じ頃に吹き替えた『ニューヨークの王様』では、チャーリー・チャップリンの長男でマイケル・チャップリンが演じたルパート・マカビー少年役は、難しい役です。当時の内海敏彦自身、書籍から言語の知識として得た共産主義思想の言葉をまくしたてる部分の台本のセリフの意味を本当に理解できていたとは考えにくいです。しかし、両親と離れて、雨に濡れて王様が泊まるホテルに入ってから後の繊細な声の演技は、マカビー少年の寂しさや、人間としての情愛の部分の本質を表していました。
 ところが、中学生になって『ガンバレ僕らのヒットエンドラン』というアニメの主人公役をやったときは変声期が始まっており、この美しい声も奪われてしまうのかとすごく残念だった想い出があります。変声後も、これまでのつながりでマーク・レスターの『小さな目撃者』『可愛い冒険者』、テレビドラマ『ホロコースト/戦争と家族』のユダヤ人少年の役の吹き替えやはしていましたが、中学卒業を機に芸能界を引退したようです。

      ④ 松田 辰也

  松田辰也(1965~  )は、当初はグループこまどりに所属し、子役として活動していました。映画『四年三組のはた』(1976年)『聖職の碑』(1978年、小平芳蔵役)、昭和54(1979)年日生劇場の『王様と私』の王子役があります。声優としての代表作には、映画『サウンド・オブ・ミュージック』の(フリードリッヒ役)、『シェーン』の(ジョーイ役)、『オーメン2 ダミアン』の(マーク役)『ボーイズ・ボーイズ』の(ダク役)があります。代表作の一つであるアニメ『伝説巨神イデオン』でアフタ・デクを演じた際、当時思春期の少年だったためテレビシリーズの中盤あたりから変声期が訪れ、劇場版収録時には大人びた声に成長しています。
  1990年代以降は声優業を引退していましたが、様々な情報を駆使して松田とコンタクトを取ったサンライズからのオファーを受け、2014年8月16日開催のイベント「魔動王グランゾート 25周年『ラビルーナ同窓会』」に出演しました。その後はムーブマンと業務提携を行っています。

     ⑤ 難波 克弘

 内海敏彦の後、少年声優としてすぐれていたのは難波克弘(1967~    )があげられます。グループこまどりに所属しNHK教育テレビの道徳番組『みんななかよし』でテレビにデビュー。その後、映画『ガキ大将行進曲』やテレビドラマ『1年B組新八先生』には、ハンサムだがやや弱々しい優等生役として登場しました。声も内海敏彦と同じ系統のきれいなボーイ・ソプラノであり、顔と声が一致していて、役に求められるものを的確に表現していました。声優としての代表作は、変声前は『クリスマスツリー』のブルック・フラーや『メリーゴーランド』のレナート・チェスティの吹替えでしょう。難病のため死んでいく少年の繊細な感覚をよく声で表現し、満都の紅涙を絞らせました。『クリスマスツリー』のブルック・フラーの声を、当時憧れていた内海敏彦が演じた3年後に再び演じているというのも、不思議な縁と言えるでしょう。この映画の吹き替えの後に吹き替えた、『アドべンチャー・ファミリー』のトビー・ロビンソン役のハム・ラーセンは、7歳ぐらいの役なので、声を高めにするだけでなく、幼い感じを出す工夫の跡が見られます。また、『青い鳥』のチルチルも演じています。さて、舞台では、昭和55(1980)年11月、帝国劇場で、東宝ミュージカル『王様と私』で王子の一人を演じていましたが、この頃、変声期に入りかけていました。従って、ボーイ・ソプラノが一番美しかったのは、『1年B組新八先生』の田上三郎役を演じた中学2年生前半の頃と考えられます。
 さらに、変声中は、『ボーイズ・ボーイズ』の主人公ケニーといういかにもアメリカンキッズという雰囲気に満ちた少年や、『オーメン2 ダミアン』のジョナサン・スコット・テーラーという二面性のある役の吹き替えを。また、変声後はアニメ『銀河漂流バイファム』のロディ・シャッフルという快活な役や『タッチ』の佐々木役など変声前とは違う役柄にも挑み、芸域を広げてきました。この声や役作りの変化を聞き取ることも、一人の少年の成長を追うという意味で興味深いものです。 引退後は、ソフトウェアのデベロッパーをしていましたが、現在は充電中です。高校生の頃から始めて20年間にわたって取り組んできた男声合唱では、バリトンのパートでしたが、信頼していた指揮者の引退を機に、退団しました。

(ホームページをリンクさせていただいております。感性豊かなエッセイには、その人と芸術が述べられています。)
       
http://alexsea.exblog.jp/i0/

        
⑥ 松野 達也=松野 太紀(まつの たいき)

 主題歌がボーイ・ソプラノ ソロの名曲として知られているアニメ「星の王子様 プチ★プランス」の主人公 王子の声を演じたのが松野達也(1967~2024)です。このアニメは1978年の作品ですが、今でも再放送されています。松野達也は、劇団ひまわりに所属していた子役時代には本名でしたが、現在は松野 太紀(まつの たいき)という芸名で、青二プロダクション移籍して、主として声優として活躍され、後進の指導もしていましたが、令和6(2024)年6月急死されました
 「星の王子様 プチ★プランス」の王子を演じた頃は10歳ぐらいでしょうか。かわいらしい柔らかくてやさしい声でした。主題歌も歌っていると思っていた人もいるようですが、凛としたメゾ・ソプラノの鈴木賢三郎の声と違うことは、聞き比べてみたらわかります。このアニメの中では歌うことも求められており、ソロやデュエットを聴くことができます。話し声同様、ソフトでやさしい歌声で歌心もあります。はつらつとした声を持ち味として、「犬夜叉」の 鋼牙 、「天空のエスカフローネ」の ミゲル 、「金田一少年の事件簿」の 金田一 一 などを演じています。

        ⑦ 池田 真(まこと)

  ブラジルのサンパウロ出身で、1970年代後半から1980年代前半にかけて、主に声優として活動しました。テレビドラマ 『コメットさん』(1978年)、映画『宇宙怪獣ガメラ』(1980年 圭一の友人役)テレビアニメ『十五少年漂流記』(1982年、モコ)『キャプテン』(1983年、イガラシ慎二)映画の吹き替えとしては、『ボーイズ・ボーイズ』の弟分のシャーマン役、『青い珊瑚礁』(幼年期のリチャード)『ジョーズ』(マイケル・ブロディ)などがあります。

      
⑧ 菊池 英博
 
 日本のボーイ・ソプラノの声優として内海敏彦や難波克弘と浪川大輔の間の時期に活躍した少年声優としては、菊池英博(1971~   )が挙げられます。『銀河漂流バイファム』(放映時 1983~1984)にフレッド・シャッフル役で出演していた時は、スタート時は小学6年生でしたが、約1年間の収録期間中(中学1年生)に変声期を迎え、前半と後半とでは声が違ってきています。といっても、この変化は一気に変わったのではなく、行きつ戻りつ次第に低くなっていくもので、最初と最後を聴くとその違いがはっきりわかるというものです。さらに、13年後に放送された『銀河漂流バイファム13』においても同じ役で出演していますが、この時は完全に大人の声になっているので、前作を視聴した人にはかなり異質に感じたかもしれません。ボーイ・ソプラノとしての声質は、高くて癖がなくよく伸びるという特色があり、変声後は、『機甲界ガリアン』のジョジョ役や、『名門!第三野球部』の檜あすなろ役などが有名です。『小さな恋のメロディ』『ドリトル先生不思議な旅』の吹き替えでは、同じ役を吹き替えた内海敏彦と比べることもできます。変声後は、声優として、アニメ、ゲーム、吹替えなどで活躍しましたが、現在は活動を休止しています。

        ⑨ 村上雅俊

 映画『ブリキの太鼓』は、はっきり言って、どなたにでも鑑賞をお勧めできる作品ではありません。第一次世界大戦後のダンツィヒで、従兄のヤンと愛し合いながら、ドイツ人の負傷兵アルフレートと結婚したアグネスは、1924年、3人の奇妙な関係から息子のオスカルが誕生しますが、彼は赤と白に塗られたブリキの太鼓を贈られた3歳の誕生日に、醜い大人の世界を目撃したショックで成長を止めてしまいます。それ以来、太鼓を叩き、奇声をあげるとガラスを砕く不思議な超能力に覚醒してしまい、やがては精神病院で、自らの人生を語るという不気味な映画です。
 このオスカル役を演じたのは、ダーフィト・ベンネントで、その声を吹き替えたのは、村上雅俊(1972年1月14日生)ですが、この奇声を出せるということがこの役を得た条件の一つだと思います。この映画は、テレビ朝日「ウィークエンドシアター」日本語吹替(1984年6月2日(前編)/6月9日(後編)初放送されましたが、)12歳ぐらいのときの吹き替えではないでしょうか。村上雅俊は、1986年に公開された映画『ウホッホ探険隊』の2人の息子の長男太郎役を演じましたが、思春期を迎えた中学生で、身長はかなり高くてもまだ変声わりはしていませんが、思春期の両親の離婚を知って不安定で鋭いまなざしをすることもありながら、直接的に反抗をするわけでもないという難しい役をこなしていました。その後、映画『りぼん』『リボルバー』(1988)『べっぴんの町』(1989)に出演しています。

      ⑩ 鈴木一輝

 鈴木 一輝(かずてる 1972~)は、1980年代に、主に声優として活動しました。代表作としては、『鉄道員』のサンドロ・マルコッチ役、※TBS版、『ポセイドン・アドベンチャー』のロビン・シェルビー役、※日本テレビ版、『ネバーエンディング・ストーリー』 ※テレビ朝日版などがありますが、『鉄道員』では、高く可愛らしさのある声でサンドロを演じています。表情の豊かな声の演技をしていますし、家族の父娘間の関係がよくないことや姉の出産についてなど、家族の人間関係を独白する場面は、それを心配する表情が伝わってきます。『ポセイドン・アドベンチャー』のロビン役では、困難の中で、次第に気丈になっていくところが、声で表現されています。テレビドラマとしては、『名探偵雅楽三度登場!』『先生は一年生』に出演し、アニメ映画の吹き替えなどもしています。

       ⑪ 
 浪川 大輔

  1980年代後半、洋画の吹き替えを中心に可愛い声で頭角を現した浪川大輔(1976~  )は、現在も声優として第一線で活躍中です。アメリカのテレビドラマ『白バイ野郎パンチ&ボビー』の子供役の日本語吹き替えでデビュー。洋画の吹き替えでは、『E.T.』の主人公エリオット役で監督のスティーヴン・スピルバーグに認められて、指名されたことをきっかけにオファーが増え、『コクーン』『ネバーエンディングストーリー』『グーニーズ』などの人気作品に出演しました。本人は、当時を回顧して、学校で自分の声がテレビから流れることをからかわれ、当時は吹き替えの仕事が嫌で仕方なかったそうです。変声期直前の頃には色気さえ感じさせる声でしたが今はかえってそのような色気を抑え気味に感じます。当時、アメリカで子どもの主人公が流行していたことや、これまで吹き替えにおいて女性声優が演じていた少年役を年齢が近い子役に演じさせようとする時期が重なり、浪川は「運がよかった」、「タイミングがあった」としており、さらに、これらの作品は「もし10年生まれるのが早かったら出られなかった。」と言い、「逆に10年遅かったら『ハリー・ポッター』を演れたかもしれない。」と述べています。役柄のせいもあるでしょうが、むしろはつらつとしたハイ・バリトンです。今では、その声を駆使して、いろんな役をこなしていますが、『ターミネーター2』のエドワード・ファーロング、『ロード・オブ・ザ・リング」』のイライジャ・ウッド『ロミオ&ジュリエット』のレオナルド・デ・カプリオなど、二枚目のミドル~ハイティーンの少年役がよく似合います。アニメの吹き替えも多くやっており、「少年声優」という表現が似つかわしい声優と言えましょう。また、俳優・歌手としても活躍しています。

⑫ 滝沢秀明   今井翼

   映画『マイ・フレンド・フォーエバー』(原題:The Cure)は、1995年のアメリカ合衆国のドラマ映画で、二人の少年の深い友情を描くヒューマンドラマです。あらすじは、エリックの家の近くに引っ越してきたデクスターは、HIVに感染していて、初めは彼を警戒するエリックであったが、次第に打ち解けあい、友情を深め合います。ニューオーリンズでこの病の特効薬が見つかったというゴシップ雑誌を目にした二人は、ニューオーリンズへ繋がっているという川を下る旅に出ますが、甲斐なくデクスターは体調を崩して、入院生活するが亡くなります。告別式の際、エリックは自分の靴とデクスターの靴を交換して、その靴をニューオーリンズへ繋がっているという川へ流します。
 同年、日本語吹き替えが行われ、エリック役とデクスター役をそれぞれ、当時ジャニーズジュニアの人気タレントの滝沢秀(1982~ エリック役)と今井翼(1981~ デクスター役)が演じますが、声優初体験の二人は話題性を集めましたが、声の芝居としては平板なものです。なお、二人とも変声期前でしたが、エリック役を演じた当時人気子役のブラッド・レンフロは、体格も青年に近づいていて既に変声しており、字幕を見ながら鑑賞すると、雰囲気の違いがわかります。ただ、当時の滝沢秀明や今井翼は、ドラマ『木曜の怪談』に主演で登場するなど、アイドルであったため、このような配役の企画がされたものと考えられます。彼らの吹き替えは、ジャニーズジュニアファンの視聴者から高い評価を受けているでしょうが、声優としてのキャリアを重ねた子役と比べると平板だと思います。滝沢秀明や今井翼が俳優としての力を発揮するようになってきたのは、10代後半の変声後です。声優としての二人をまとめて紹介するのは、それ以後洋画の吹き替えの仕事をしていないこと(アニメの声優としての作品は成人後1つずつあり)と、一人ずつの個性は、それほど問題にされないと考えたからです。

      
 ⑬ 小野 賢章(けんしょう )

 小野 賢章(1989~  )は、子役時代より舞台・映画・テレビドラマ等に出演していましたが、その名を一躍有名にしたのは、映画『ハリー・ポッターシリーズ』の日本語吹き替えで主人公・ハリー・ポッター役を担当しましたことによります。この映画は10年間に8作が公開されましたが、小野 賢章は、ダニエル・ラドクリフが演じたハリーポッター役をいわゆるキンキン声ではなく高い声でありながら落ち着いたトーンで自然に演じたことが特筆されます。また、ダニエル・ラドクリフがこの役を継続して演じ続けたように、同年齢で小学6年生であった小野 賢章もこの役の吹き替えを続けました。第3作の『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』では、声変わりの時期に入っており、戦いの場面では叫び声が出ないこともあってアフレコ収録で苦労したそうですが、そのようなことがきっかけで芝居について深く考えるようになったということです。今では声優と俳優を両立させ、さらには歌手としてもデビューしましたが、今後の活躍に期待しましょう。

      ⑭  村上 想太

 
映画『コーラス』のピエール・モランジュ(少年時代)役は、実際に「サン・マルク少年少女合唱団」少年少女合唱隊員であったジャン=バティスト・モニエが演じていますが、この吹き替えをしたのが、村上想太(1991~  )です。当時13歳ぐらいでしょうか。それまで、子役としていくつかのテレビドラマに出演したりしていましたが、声の美しさを買われて、この役を吹き替えています。また、映画『E.T.』の吹き替えは、テレビでもよく放映されるエリオット役(ヘンリー・トーマス)を浪川大輔が吹き替えたものが、流布していますが、2002年11月8日発売の「20周年アニバーサリー特別版 DVD」に村上想太が吹き替えたものが、初収録されています。『スタンド・バイ・ミー』では、クリス役のリバー・フェニックを吹き替えています。ほかにも、洋画の吹き替えに多く携わっています。

      ⑮  池田 恭祐

 池田 恭祐(1992~  )は、子役として所属し、多くのテレビドラマや映画、洋画の吹き替えに出演しています。
洋画の吹き替えとしては、フレディ・ハイモアの吹き替えも担当しており、「チャーリーとチョコレート工場」や「ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密」などで活躍しています。また、オリバー・ツイスト(2006年)のタイトルロールなど、少年役の吹き替えを多く演じています。映画の吹き替えとしても、「ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃」では病院の少年役を担当しています。テレビアニメの吹き替えも多く担当しており、変声後も、声優として活躍しています。「池田恭祐のあそびばっ!」というYouTubeチャンネルを運営しています。

       ⑯ 神木 隆之介

 大河ドラマ『義経』の牛若丸や、映画『お父さんのバックドロップ』『インストール』『ZOO』『妖怪大戦争』などで大活躍の現代を代表する人気少年俳優であった神木隆之介(1993~  )は、少年時代中島らもが、「目が溶けるほど可愛い」と評したように瞳の大きい愛らしい顔と声が売りでした。声優という狭い領域に閉じこめるのは問題ですが、声優としても非凡なものをもっています。子役の芝居には、どこかつくられたものを感じることがありますが、神木隆之介の演技は、つくられたものを感じさせず、自然さを盛り込むことができるのが大きな特色です。
 生まれた頃、身体が弱く「元気な子どもに」という両親の願いで2歳から芸能界に入ったということで芸歴も長く、声優としては8歳の時の『千と千尋の神隠し』の坊を皮切りに、『キリクと魔女』のキリク、『ハウルの動く城』のマルクルなどのアニメの吹き替え、『ぼくセザール・10歳半 1m39cm』のセザール、『皇帝ペンギン』の子どもペンギンなど、年齢とともに、可愛い中にも陰影のある声の演技ができるようになってきています。また、吹き替えではありませんが、第14回日本映画批評家大賞 新人賞(南俊子賞)受賞した映画『お父さんのバックドロップ』のサントラ盤を聴くと、芝居の部分の表情の豊かさはもちろん、副題の“Backdrop der mio PaPa”の発声の美しさは秀逸です。変声前の代表作は映画『妖怪大戦争』で、日本アカデミー賞新人賞を獲得。また、ドラマ『あいくるしい』では、次男の幌役だけでなくドラマがその目線で描かれているためナレーションもしていますが、詩的でよい雰囲気を創り上げています。また、平成17年の夏には、写真集「ぼくのぼうけん」も発売され、これまでの子役を超える活躍をしています。「少年俳優」という現時点では単発のムック本が発売されたのは、神木隆之介がいたからと言っても決して言いすぎではないでしょう。
  ところが、意外と早く同年(小6)の夏頃から変声期に入りました。 変声期に演じた映画ドラえもん『のび太の恐竜2006』では、恐竜ピースケ役という鳴き声だけという難しい役どころです。中3頃から声も安定し、映画『大日本人』『遠くの空に消えた』『Little DJ ~小さな恋の物語~』NHK連続テレビ小説『どんど晴れ』連続ドラマ『探偵学園Q』など次々と映画・ドラマに出演しています。声優としても『ピアノの森』の雨宮修平役や、『アーサーとミニモイの不思議な国』のアーサー役に出演するなど活動を再開しました。『借りぐらしのアリエッティ』『とある飛空士』では、完全に男声として活躍しています。声優としての魅力を最大限に発揮したのは、平成28(2016年に公開され手大ヒットした「君の名は」です。主人公の立花瀧はストーリー上、映画『転校生』のようにヒロインの女子高生と中身が入れ替わったり、元の17歳の男の子に戻ったりを繰り返すため、男っぽい口調とおねえ口調の間をめまぐるしいほど声色を変化させますが、それを見事演じ分けているのです。こうした演技の幅は、幼少期から数多くの声優の仕事を多数こなしてきた中から醸成されたものと考えられます。この作品では、声優アワード「主演男優賞」を受賞しています。
 俳優としても、中学生、高校生・・・と、実年齢に応じた役柄を演じ、役者としても成長してきています。『心の糸』で、第51回モンテカルロテレビ祭(世界四大映像祭) 「テレビ映画部門」男優賞 にノミネートされ、第4回TAMA映画賞 最優秀新進男優賞 『桐島、部活やめるってよ』『劇場版 SPEC?天?』で受賞するなど、活躍しています。令和5(2023)年前期放送の『らんまん』にて、主人公の天才植物学者・槙野万太郎役に抜擢し、高齢までを演じ、同年公開の主演映画『ゴジラ-1.0』では、日本アカデミー賞主演男優種にノミネートされるなど、俳優として大成するようその成長を見守りましょう。
 神木隆之介は、令和5(2023)年5月19日に30歳になりましたが、この年齢に驚く人も多いのではないでしょうか。子役から活躍し、30年近くも第一線で活躍している俳優はほとんどいませんし、20代半ばで高校生など10代の役をやっても違和感がないことも特筆できます。しかも、日本映画歴代興行収入ランキングベスト5のうち、第1位の『千と千尋の神隠し』から第2位『君の名は。』、第3位『ハウルの動く城』、そして第5位の『踊る大捜査線THE MOVIE2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』(実写作品としては歴代1位)と4作品に出演する栄誉を持つのは神木隆之介だけです。さて、小学校低学年の時からそれほど高音でもないごく普通の少年は変声しても以前の声の雰囲気が残りますが、ボーイ・ソプラノが高音で可愛らしかった少年に限って、急激に低音化して野太い声になったという印象が残ります。定説とは言えませんが、ボーイ・ソプラノはバリトンやバスになりやすく、ボーイ・アルトはテノールになりやすいという説もあります。この件について、フリーライターの近藤正高は、「男の子役は、おそらく声変わりするころに大きな転機を迎えると思うのだが、神木はその時期を人々に意識させないほどスムーズに乗り越え、いつのまにか思春期の少年役がハマる俳優になっていたという印象がある。」(文春オンライン 2018/05/19)と、述べています。なお、令和2(2020)年には、俳優生活25年を記念して、RYUTUBEというYoutubeチャンネルを開設したり、「おもて神木/うら神木」を出版するなど、30歳を過ぎても、映画・テレビに活動の場を広げていますが、少年時代のファンと現在のファンには、意識の差があるようにも感じます。
 なお、少年時代ビュースイカカードのCMで、ペンギン役をしていますが、そのCMソングの歌声が神木隆之介であるかどうかについては、諸説があります。

ビュースイカカード (神木隆之介?)  https://www.youtube.com/watch?v=0bEmzPzAefw

    ⑰ 
池田 優斗

 アニメ映画『リトルプリンス 星の王子様と私』の王子様役で声優デビューした池田優斗(2005~  )は、この役を演じた時は、小学4年生。それまでにも、子役として、ドラマや映画等で活躍しています。同年に公開された映画『at Home』では、犯罪一家の次男として、自身も実親からの虐待に苦しんでいた少年役を好演する一方、舞台『エリザベート』(6月29日~8月26日)ではオーストラリア皇太子の幼少期である少年ルドルフ役として演技だけではなく歌声も披露しています。オーディションでは、鈴のような無邪気で愛らしい笑い声と、悲しみやさびしさを声だけで演じきる演技力が決め手になり、満場一致で採用を勝ち取ったそうです。その後も、テレビドラマ、映画、舞台に出演しており、声優としては、『コウノトリ大作戦!』(2016)のネイ 役『美女と野獣』(2017)のチップ 役、『あの夏のルカ』では、ルカの友人アルベルト役を吹き替えています。すでに変声期を迎えましたが、俳優・声優として今後の活躍が期待されます。

      ⑱ 
石橋 陽彩

   千葉県出身の石橋陽彩(2004~   )は、先ず歌において頭角を現し、各種ののど自慢番組でも活躍していましたが、平成30(2018)年3月に公開されたディズニー/ピクサーの最新映画『リメンバー・ミー』の主人公ミゲルの日本語吹替版声優に選ばれ、セリフと共に主題歌等数曲も披露することになりました。ボーイ・ソプラノ特有の張りのある歌声ですが、声に頼ることのない情感豊かな表現が魅力的です。「音楽はいつまでも」「音楽が僕の家族」「リメンバー・ミー」と曲想の違う歌を歌い分けて、どれも見事な出来栄えです。特に、主題歌の「リメンバー・ミー」の場面による歌い分けは見事なものです。アフレコでは『小学校5年生くらいの高い声で』と指示されていて、ちょうど声変わりの時期と重なっていたので、高い声を出すことが一番難しかったそうです。しかも、収録期間が長かったので、夏休みを挟んで録った時、以前よりもさらに声が低くなっており、ファルセットをたくさん出し、高音をキープすることで音域の幅を広げたいと思ってやってきてはいましたが、今回は全曲キーがすごく高かったので、高音を出すのが大変でしたと語っています。しかし、そのような裏話を聞かなければ、それを感じさせません。従って、ボーイ・ぞプラのとしての吹き替えは、映画『リメンバー・ミー』だけとなります。その後、声変わりが安定するまで歌手活動を一時、お休みすることを決意しましたが、その間、漫画『海獣の子供』のアニメーション映画版の「海」役に、声優として登場しました。令和2(2020)年には、テレビアニメの『遊☆戯☆王SEVENS』では、小学5年生の王道遊我役で吹き替えをしています。

       ⑲ 熊谷 俊輝

 岡山県出身の熊谷俊輝(2007~   )は、幼少時より歌において優れて、各種ののど自慢でも活躍していましたが、令和元(2019)年8月に公開された、映画『ライオン・キング』の幼いシンバの役オーディションに合格し、大役を勝ち取りました。役が決まってからは、動物園に行き、一日中ライオンの親子を観察するなど、芸を磨き、ただ可愛いだけではなく少し生意気さがあって息遣いまでよくできていたと思います。「王様になるのが待ちきれない」には、そのような心がよく表れていました。また、声そのものがよく伸びて輝きに満ちていますが、それは、「ハクナ・マタタ」によく表れていました。ミュージカルでは、同年『ラヴ・ネヴァー・ダイズ』で初舞台、同年にミュージカル『ファントム』にも出演しました。また、令和2(2020)年は、『ふしぎ駄菓子屋 銭天堂』で、慶司役を演じています。さらに、同年11月に公開された映画『家なき子 希望の歌声』では、主人公のレミ役を演じ、こちらは素直な表情のある高い声で、貧しい家庭でも育ちのよさを感じさせる声の演技をしました。とりわけ、養母との別れや、ビタリスに対しての信頼感が次第に高まっていくところは、よく役を理解していることが伝わってきました。なお、映画では吹き替えなしの歌が流れていましたが、この映画の公開直前に行われたトークショーでは、「レミの子守唄」が公開されています。同作品のファン代表として登場した山口は、熊谷の吹き替えについて、
「言っちゃいけないかもしれないけど、本人(レミ役のマロム・パキンではなく、ティボー・サレス(Thibault Sallès)というセミプロの少年だそうです。)より上手でした。」
と絶賛して、本人を恐縮させました。熊谷は「自分の声が劇場で響くのはすごく恥ずかしい」とはにかみながらも、「映像が美しくストーリーも感動的。初めて映画を見て泣きました。」と語りました。熊谷は、「緊張が好き」という言葉を「変態みたいなんですけれど・・・」と言っていましたが、適度な緊張が歌の質を高めるというのは事実だと思います。その後、洋画の吹き替えとしては、ハリガン氏の電話(2022年、幼いクレイグ)、バイオハザード: ウェルカム・トゥ・ラクーンシティ(2022年1月28日、クリス幼少期)をしています。令和4(2022)4月より開始したアニメ「遊☆戯☆王ゴーラッシュ!!」 王道遊飛役を演じ続けてていますが、その年の夏ごろから、変声期に入ったようです。声も落ち着いてきたのか、令和6(2024)年9月は、5年ぶりにミュージカル「黒執事」~寄宿学校の秘密 2024~に、マクミラン役で出演予定です。

        宮岸泰成(たいせい)

  宮岸泰成(たいせい 2009~  )は、映画『シング・フォー・ミー、ライル』のジョシュ役を吹き替えたときは、中学1年生でしたが、それまでに、映画『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』のビリー・マキシモフ役、Disney+「魔法にかけられて2」森の少年役(日本語吹替)、Disney+「アントラーズ」ルーカス役(日本語吹替)など、最近は、声優としても活動していますが、それまでは、舞台やCMを中心に活動していました。同年秋のドラマ『家政夫のミタゾノ』では、矢崎洋一役を演じ、令和6(2024)年公開の映画『オリオンと暗闇』リッチー役の声を吹き替えましたが、変声期に入っていました。

        ㉑ 川原 瑛都(かわはら えいと)

 川原瑛都(2013~  )は、現代日本の子役の中でもテレビドラマ ネットドラマ 映画 テレビアニメ 劇場アニメ 舞台 声優 CMと大活躍しているため、「声優」の中に入れてよいのかどうかわかりませんが、映画『ヒックとドラゴン 聖地への冒険』(2019)ヒック(幼少期) 役や、とりわけ『ピノキオ』(2022)では、タイトルロールをこなし、ワンス・アポン・ア・スタジオ -100年の思い出(2023)で再度情感豊かなピノキオ役を吹き替えたので、ここで紹介します。
 たいへん利発な感じのする子役で、特に、最近では、「アリエール」のCMで、生田斗真を相手にひけを取らない演技をしています。それもそのはず、続テレビ小説「とと姉ちゃん」村野太一役でドラマデビュー。2022年放送「ミステリと言う勿れ」で羽喰十斗の幼少期を演じ、2017年からEテレ「にほんごであそぼ」に出演するなどの芸歴が集約されています。2023年「帰ってきたぞよ!コタローは1人暮らし」でさとうコタロー役を演じています。


    2.吹き替え少年声優比較

  
1.『小さな恋のメロディ』

 
(1)この映画の世界的な背景と評価


 『小さな恋のメロディ』(原題: Melody  ヒロインの名前, または S.W.A.L.K )は1971年公開のイギリス映画です。小学生の年齢に当たる少年少女の恋が瑞々しく描かれています。この映画がつくられる3年ぐらい前から、先進国では、左翼学生運動が盛んでした。それらを題材にして、 アメリカではベトナム戦争反対の「いちご白書」、イギリスでは、パブリックスクールの古い権威に反抗する『IF もしも』、フランスでは、五月革命につながる『五月のミル』等の映画が制作されました。この『小さな恋のメロディ』も、そのような時代背景を受けた映画ということができます。『小さな恋のメロディ』には、そこまでラジカルではないまでも、「小学生の結婚による大人社会からの独立戦争」や「イギリスにおける階級格差」という隠されたテーマがあります。イギリスにおける階級格差の矛盾は、2006年の日本映画『長州ファイブ』(描かれているのは、幕末の頃の日本とイギリス)でも描かれていますから、イギリス映画を見るときには、押さえておくべきポイントでしょう。
  なお、この映画は、母語であるイギリスとアメリカではヒットしませんでしたが、同じ1971年に公開された日本・アルゼンチン・チリなどラテンアメリカ諸国では大ヒットしたそうです。また、この学校は、公立ですが、同じ学校内における男女別学で、宗教教育は宗派別に行うことを再発見しました。とにかく、校長以下教師の授業(バレエの授業を除く)が恐ろしくヘタクソで、体育の投擲競技は安全の配慮がなく危険そのもので、しかも、お尻ぺんぺんの体罰もあり、これでは子どもが教師に反抗するのは必然性があるなと感じてしまいました。

 (2)あらすじ

 ロンドンの公立学校に通う、気が弱く大人しい11歳のダニエルは、次第に、権威を振りかざす教師たちや子どもに過干渉な親たちに反抗し始めます。ダニエルは、同じ学校に通うメロディという少女と出会い、次第に互いに惹かれあうようになります。二人は、学校をさぼって海水浴場へデートに出かけたことで、校長に叱られ、クラスメートたちにも散々笑い者にされますが、次第に、「結婚したい」と考えるようになりますが、当然のことながら、親も教師もとりあいません。ある日、教師が授業を始めようとすると、生徒たちは集団脱走し、廃線脇の隠れ家で結婚式を挙げ、線路上に在るトロッコに乗って野原をどこまでも走って行きました。 

 (3)少年(少女)声優の比較

 ここでは、そのような社会的背景や映画そのものを論じるのではなく、 マーク・レスターが演じたダニエル・ラティマー役やトレイシー・ハイドが演じたメロディ・パーキンス やジャック・ワイルドが演じたトム・オーンショー役を吹き替えた日本の少年(少女)声優の比較研究をします。日本では、「NET版(1976)
」「2ヶ国語LD版(1981)」「新盤DVD/BD版(2015)」の3種類の吹き替えがあり、それぞれの時代を代表する日本の少年・少女声優が吹き替えています。ただし、NETテレビで放映されたものは、放送時間の関係でカットされている部分があり、その部分が、突如英語になり、いつの間にか日本語に戻りますが、その部分があることは比較対象にはしていません。また、翻訳によって、言葉遣いがかなり違いますが、これによって特に子どもたちの性格や雰囲気や社会的な階層まで見え隠れするというのは事実です。これは、声優の責任とは言えません。3組の子どもたちの声優の演技を聴き比べて、やはり、最初に聴いた声のイメージは、その後を支配することを感じました。これは、大人の声優たちについてはほとんど感じなかったことです。

役名  俳優 声優  コメント 
ダニエル・ラティマー    マーク・レスター     NET版  内海 敏彦    これこそ、「元祖マーク・レスター」という言葉が似つかわしい配役で、内海敏彦は、これ以後、変声期を迎えても、マーク・レスターの声と言えばこの人というようにアテていました。しかし、最初のオーディションでは、年齢がマーク・レスターより年下という理由で、役から外されかけていましたが、急遽抜擢されたという逸話も残っています。声が高くて澄んでいるというだけでなく、語りに独特の甘い節回しがあって、それが可愛らしさをさらに高め、親や教師に反抗していてもどこか、憎めない表現をしています。
2ヶ国語LD版   菊池 英博     どんな高いキーの言い回しでも難なく伸びる声質を披露してくれましたが、これによって、ダニエルの可愛らしさを表現していました。また、やや舌ったらずな表現によって、言っていることとやっていることのギャップを感じたりするところも、もしも、意識してやっていたとするならば、たいした表現力だと思います。冨永みーなとの組み合わせも息が合っています
新盤DVD/BD版  ラヴェルヌ知輝     翻訳が今の日本の若者言葉になっているため、1970年ごろの子どもは、こんな言葉を使っていないのではないかということが気になってしまいます。声そのものは、マーク・レスターのような高いボーイ・ソプラノではなく、メゾ・ソプラノぐらいですが、次第に調子を上げてきます。

メロディ・パーキンス トレイシー・ハイド NET版  杉田かおる  この頃は、まだその片鱗を見せていませんでしたが、数年後『3年B組金八先生』で、15歳の母を演じた杉田かおるが、この役の吹き替えをしていることに運命的なものを感じます。また、この年齢の少年少女では、少女の方が精神的に早熟であることを声でも表現していました。
2ヶ国語LD版   冨永みーな   現在も声優として第一線で活躍している富永みーなの声優歴は、この時点でもかなりあり、当時11歳ですが、このメロディは、ダニエルよりも完全にお姉さんらしい雰囲気を醸し出していました。何よりも、この時点で声優としての経験が豊かであり、うまみのある表現ができています。このときから40年ほどたちますが、この頃から、声優として大成した片鱗を感じます。
新盤DVD/BD版  佐々木りお   翻訳が今の日本の若者言葉になっているため、50年前の小学生はこんな感じではなかったよという気持ちが先に働いてしまいます。墓場での会話など特にそう感じます。「メロディ」という女の子は、バレエを踊っているときは素敵でも、付き合ってみたらこんな感じだった、という違和感を感じてしまいました。

トム・オーンショー ジャック・ワイルド NET版  永久勲雄   ジャック・ワイルドは、この映画を撮影したとき既に17歳でしたが、この吹き替えをした当時、永久勲雄は13歳で、まだ変声前ですが、態度など決して育ちのよさは感じさせませんが、豊かな家庭で育った美少年のダニエルに対して、恋に近い感情を抱いていたことを感じさせる声の演技が心に残ります。
2ヶ国語LD版   永久勲雄   さすがに、4年前の吹き替えと比べると、当然のことながら声が高校生のようで、表現力は豊かでうまみのある声の芝居をしますが、同級生感がしません。もちろん、実際、12歳の子どもたちが在籍する学級の子どもたちは、見た感じも声も4歳ぐらいの差がありますが、むしろ、先輩感がします。
新盤DVD/BD版  ラヴェルヌ拓海   やはり、2ヶ国語LD版の永久勲雄に感じたものと同様のことを感じてしまいました。同級生という感じがあまりしません。しかし、トムというキャラクターをそれらしく演じようとしていることは確かで、ダニエルとメロディが手をつないで下校するときの悔しくてたまらないい感情表現は、よくできていました。


        
2.『クリスマス・ツリー』

   
(1)この映画の社会背景と上映当時の評価

  『クリスマス・ツリー』(L'Arbre deNoël/The Christmas Tree)は1969年のフランスの映画。ミシェル・バタイユ(フランス語版)の同名ベストセラー小説を映画化した作品で、日本では翌年公開されました。監督は、初期の『007シリーズ』でおなじみのテレンス・ヤング(イギリス)で、出演した俳優陣は、アメリカ、フランス、イタリア出身と国際的です。なお、ビデオやDVD(BR)には、フランス語版と英語版があり、日本でもその両方が発売されていますが、日本語版が出ているのはKADOKAWAの1種類だけです。

  この映画は、当時、各国で核開発・核実験が進み、核を積んだ空軍機の事故が起きたことから、核をもつことの悲劇を描いていますが、それが「反核」として社会に向かって広がっていくのではなく、被爆した子どもの家庭の中へと籠っていきます。従って、この映画は、反核をテーマとする「社会劇」ではなく、いわゆる「家庭劇」として作られています。子どもが年老いた両親を見送るのは悲しいことであっても、いわば順送りですが、子どもに先立たれた親の悲劇は、その原因が事故であっても病気であっても、その立場になってみないとわからないものかもしれませんが、一生消えない心の傷になります。今年も年賀状の季節になりましたが、老親や老兄弟姉妹、老夫妻を見送るはがきに混じって、年若いあるいは幼い子供を見送った友人の喪中の葉書を受け取ったとき、どんなお返事を書けばよいのか迷ってしまいます。

 この映画が上映された翌年の映画雑誌の評価は、大きく二分されます。映画評論家が評価した「キネマ旬報」「スクリーン」では、この映画は、いわゆる「お涙頂戴映画」と見られて評価は高くありませんでしたが、雑誌「スクリーン」の読者投票(投票した人は、読者の10代後半から20代前半の女性が多かったのではないかと思われますが)では堂々3位入賞ということで、この落差に、当時の私は、映画評論家は、ひたすら芸術志向で、大衆の深層心理や、観客の足をを映画館に向かわせているものは何かがわからない人たちではないかと思ったものです。ちなみに、この年の「キネマ旬報」「スクリーン」における映画評論家の第1位は、特異な作風で知られるピエル・パオロ・パゾリーニ監督の『アポロンの地獄』で、ソポクレスによる悲劇『オイディプス王』を原作としたこの映画のどこがいいのか、私には未だにわかりません。従って、映画評論家の評価というものは、今でも、そのようなものと思っています。さて、パスカル役のブルック・フラーの中性的ともいえる可愛い美しさは、この時期だけに見られる瞬時のものでしょうが、この映画の人気の根源であることは間違いありません。また、裕福な家庭の子どもらしく、シーンごとに着ている服が違い、しかも、どれもセンスのいいおしゃれな服ばかりです。ただ、映画が開始して数分後にパスカルが被爆してその宿命が観客に見えてしまうという作品構成は、いかがなものかとも感じました。

  
 (2)あらすじ

 幼くして母親を失った10歳のパスカル(ブルック・フラー)は、寄宿学校に通っていましたが、夏休みに入ったため、父ローラン(ウィリアム・ホールデン)のもとに帰ります。父には再婚を考えている恋人(ヴィルナ・リージ)がいますが、夕食の時も仕事の電話がかかってきて、パスカルはそれが不愉快でたまりません。夏休み中の旅行先は、パスカルの希望で、観光地とは言えない別荘があるコルシカ島にキャンプへ行きます。ところが、2人は海釣りに出て、父が海に潜っているときに、パスカルは核爆弾をつんだ飛行機が墜落するのを目撃し、父は、やがて、それが「核」であることを悟ります。彼はパスカルを連れて病院へと向かいますが特に問題は見つかりませんでした。しかし、その後パスカルのこめかみに青あざが出来ているのを見つけたローランは、パスカルが放射能を浴びたせいで白血病を患っており、余命が半年であることを医師から宣告されます。
 これまで仕事一筋で、パスカルのことを顧みなかった父ローランは、これまでの生き方を反省し、入院させずに自宅療養させることを決断して、パスカルと、友人であるベルダン(ブールヴィル)、家政婦のマリネット(マデレイン・ダミエン)と共に別荘で暮らし始めます。父は、あと半年をパスカルの思い通りに過ごさせてやろうと決心し、パスカルの欲しがるものはすべてあてがいます。トラクター、トロッコ・・・ベルダンは、父ローランがパスカルを甘やかして育てることが不満でしたが、ある日、ローランは、パスカルに狼を買ってくれるようねだられ、事情を知ったベルダンと協力して動物園から狼を盗み出します。パスカルはそれぞれにアダムとイブと名付け、狼も次第になついていきます。パスカルも、自分にやがて訪れる運命を自覚するようになり、かえって素直なよい子どもになっていきます。
 やがて迎えたクリスマス・イブの日。パスカルは父と共にクリスマスツリーを飾り付けますが、パスカルへの最後のプレゼントを買うためみんなが外出している間に息を引き取ってしまいます。ローランはパスカルがベルダンと共に準備したプレゼントの絵「お幸せに」を見つけて涙を流し、アダムとイブはパスカルの死を悲しむように遠吠えをし続けるのでした。

   
(3)テレビ放映と日本の少年声優たち

 この映画は、日本のテレビ系列では、1975年12月22日、TBS系列の『月曜ロードショー』で公開されましたが、未だにDVD化されていません。私にはテレビにカセットテープレコーダーをつないで録音したものがあるだけです。しかし、これは省略された部分がないので、全編日本語で聴くことができます。また、3年後の1978年12月27日に日本テレビ系列の『水曜ロードショー』で、公開されたものは何度か再放送され、KADOKAWAから発売のDVD/BDに収録されています。パスカル役を吹き替えたのは、内海敏彦と難波克弘という当時の日本を代表するボーイ・ソプラノが美しい少年声優たちです。なお、翻訳者が違うので、スタート直後のレストランにおけるパスカルの同じセリフにおいても、次のような違いがあります。
TBS系列・・・・・「今、サンフランシスコでは、4時11分だよ。」
日本テレビ系列・・・「だから、今、サンフランシスコは、4時11分ってこと。」
この一つだけを比べてみても、日本テレビ系列のパスカルのセリフの方が、多少ドライな感じがします。しかし、これは父にかかってきた電話に対する不快感を表す表現とも言えます。このような微妙なセリフの翻訳の違いが、作品全体におけるパスカル像の情愛の部分に微妙に違ったイメージを与えているのではないかと思います。

役名  俳優 声優  コメント 
パスカル   ブルック・フラー TBS   内海 敏彦   この役をアテたときは、10歳で、それまでにかなり声優としてのキャリアを積んでいますが、後日、インタビュー記事でセリフが全部で285もあったと語っています。パスカルは、感情表現が激しいというよりも、むしろな内面性が豊かで、特に、だんだん周囲の人への甘え方が上手になっていくことで、かえってこの親子の人間関係を気遣うベルダンを心配させるところや、自分の運命を悟ってから、次第に素直になっていくところの変化を描き分けていました。自分に狼のにおいがついていたために、暴れ出した馬をどうしても殺処分しなければならない場面での複雑な心情を表現する場面での声の演技は見事でした。
 日本テレビ  難波 克弘    この役をアテたときは、11歳で、声優としては初期の大役でした。最初のレストランの場面で、食事中にも仕事の電話がかかってきて忙しい父親に対して不機嫌な態度をとるパスカルが、やがて自分の不治の病を知り、そのために、周囲の人たちが自分に寄せる過度ともいえる愛を知って、次第に人間的に成長していくところや、その愛に応えるために周りの人たちに寄せる気遣いが、場面が進むにつれて、じんわりと伝わってきました。後日、ドラマや映画でその端正な顔と声を視聴したとき、もしもパスカルがもう少し髪を短くした日本人なら、こんな感じの少年なんだろうなと自分なりに納得してしまいました。 


      
3.『ドリトル先生不思議な旅』

 
 (1)この映画の社会背景と上映当時の評価


   原作は、20世紀前半にアメリカ合衆国で活動したイギリス出身の小説家 ヒュー・ロフティングの児童文学作品『ドリトル先生』シリーズ第2巻の「ドリトル先生航海記」に「アフリカ行き」や「月へ行く」の要素を加えたミュージカル映画で、オシツオサレツや海カタツムリ、巨蛾が登場し、クモザル島の住民はインディアンではなく、黒人という設定です。ドリトル先生役はレックス・ハリソンで、原作とは違って女嫌いで菜食主義の、肥満体でない色気のあるドリトル先生を演じています。なお、航海の同行者に、トミー以外にネコの餌売りのマシュー・マグを加えており、二枚貝がパクパク殻を開いて先生と会話するような、子供向けのコメディータッチの作品になっています。この作品は、公開(1967年)の翌年の「第40回アカデミー賞」で、視覚効果賞と歌曲賞の2部門を受賞しましたが、興行的には、多くの観客を集めることができず、失敗しました。
   なお、この作品とは別にロバート・ダウニー・Jr主演『ドクター・ドリトル』(2020年)というファンタジー・冒険映画も作られていますが、ストーリー的にも別の作品です。

 
 (2)あらすじ

 イギリスの片田舎に住む女嫌いの田舎医者、ドリトル先生は動物の言葉がわかるため、かえって地域では変わり者扱いされていました。夫恋しさのあまりノイローゼ気味のアザラシを診察した先生は、そのアザラシをショールで人間に変装させ海に放してやったところが、それを目撃した人がいて、そんな彼の奇妙な行動が理解できない村の有力者ベローズ将軍はドリトル先生を殺人犯にしてしまい、ドリトル先生は法廷に立たされてしまいました。犬の証言で、無罪になったものの、裁判所はドリトル先生を精神病院に入れようとします。先生は理解者であるトミー少年とネコの餌売りのマシューの助けで何とか逃げ出して、アフリカへの船旅に出て、やがて不思議な漂流島に到着します。ところが、その島の住民たちは戦争ばかりしていましたが、先生の活躍で島は無事に元の大陸と合体することが出来ました。島民たちは先生を王様にしようとしますが、束縛を嫌った先生は「大海かたつむり」の甲羅に入れてもらってイギリスに帰っていきます。

  
 (3)テレビ放映と日本の少年声優たち

  この映画は、日本のテレビ放送のNHK版では、初回放送1975年8月11日19:30-20:54(前編)、12日19:30-20:30(後編)が二夜連続放映されましたが、ドリトル先生(宝田明 日本のミュージカル俳優の元祖的な存在)エマ・フェアファックス(流けい子 宝塚歌劇出身)アルバート・ブロッサム(友竹正則 声楽家・歌のおじさん)というミュージカル俳優や声楽家を並べて歌も日本語吹き替えで歌い、トミー・スタビンス役の内海敏彦も、歌を歌っています。これは、いわゆる「歌に定評のある舞台俳優」を声優として配置したと言えましょう。なお、このNHK版は、10年以上後に、地方局の深夜放送でかなりカットされて放映されています。
   一方、ソフト(ビデオがやがてDVD化された)盤では、ドリトル先生(中村正)エマ・フェアファックス(鈴木弘子)アルバート・ブロッサム(山内雅人)トミー・スタビンス(菊池英博)は、セリフは演じていますが、歌の部分は、吹替えをせず原語のままです。そのような意味では、セリフを比較することはできますが、歌は比較できません。内海敏彦と菊池英博は、以前紹介した『小さな恋のメロディ』のように同じ役を吹き替えていることがあります。これは、内海敏彦が変声期を迎えた後、菊池英博が入れ替わるようなタイミングで少年役の吹き替えに参画するようになったものと考えられます。

役名  俳優 声優  コメント 
トミー・スタビンス ウィリアム・
ディックス
NHK   内海 敏彦  内海敏彦は、このトミー・スタビンス役の吹き替えをしたのとほぼ同時期に、『天使の詩』の弟マイルズ役を演じていますが、4歳の役作りのために、声を工夫して舌足らずのようにしたとのことです。そういう意味では、トミー・スタビンス役は、ほぼ同年齢の役ということで、自然な等身大の演技だったのでしょう。好奇心豊かで人懐っこい感じがよく出ていました。また、何といっても歌う場面があります。それほど長い歌ではありませんが、内海敏彦の歌声だとわかります。これは、『いたずらっ子エミール』の主題歌でも感じることです。歌うように話し、話すように歌うというのが、内海敏彦の歌の特質ともいえるでしょう。
 ソフト  菊池 英博 菊池英博が、この映画の吹き替えをした時期は、DVDに明記してありませんが、その話し声からして『小さな恋のメロディ』とほぼ同時期ではなかったのではないかと感じられます。『小さな恋のメロディ』でも感じたことですが、甘ったれた可愛い話し言葉がその特筆と言えましょう。トミー・スタビンス役の吹き替えにおいても、ネコの餌売りのマシューとの言葉のやりとりでその特質はよく発揮されています。また、周りから変人として偏見で見られているドリトル先生に対しても、自然に接し、むしろドリトル先生を慕っているという感じがよく出ています。


        4 映画『鉄道員』


     (1)この映画の社会背景と上映当時の評価

  『鉄道員』(Il Ferroviere)は、1956年のイタリアのドラマ映画で、モノクロ作品。第2次世界大戦の敗戦国イタリアは、戦後10年を過ぎても、多くの庶民は、まだ貧しさの中にありました。なお、敗戦直後のイタリアを描いた『靴みがき』や『自転車泥棒』といった作品は、貧しさそのものが映画の背景として大きく描かれています。家族の情愛を描かせると、優れたイタリア映画ですが、それは、国民のメンタリティとも関係すると考えられます。
 この映画は、そのような時代のイタリアを舞台に庶民の家族愛を8歳の少年の視点から描いています。監督は、主演の父親役を演じたピエトロ・ジェルミです。カルロ・ルスティケリの哀愁に満ちたテーマ曲と共に多くの映画ファンを涙させた永遠の名作としての評価が高く、1956年カンヌ映画祭国際カトリック事務局賞受賞。'58年には日本でも543館で公開され大ヒットを記録し、同年の「キネマ旬報」ベストテンの読者部門で見事第1位に輝いた人気作品で、テレビでも繰り返し放映されています。

     (2)あらすじ

 鉄道機関士アンドレア・マルコッチ(ピエトロ・ジェルミ)は、30数年を鉄道一筋に生きてきた初老の男で、幼い末っ子サンドロ(エドアルド・ネヴォラ)にとっては、その働く姿が何よりの誇りでした。しかし、成人した長男マルチェロ(カルロ・ジュフレ)や長女ジュリア(シルヴァ・コシナ)からは、仕事一筋で厳格な性格が嫌われており、家族の人間関係は必ずしもよいとは言えません。この映画は、ある年のクリスマスから翌年のクリスマスまでの1年間の家族の姿が描かれています。
 そのようなある日、アンドレアが運転する列車に若者が投身自殺をし、そのショックによってアンドレアは、赤信号を見過ごし、列車の衝突事故を起こしかけ、左遷されてしまいます。アンドレアは、ストライキを計画中だった労働組合にそのような人事の不満を訴えますが、とり上げられず、人生が狂い始め、酒に溺れていきます。
 その頃、流産がきっかけで夫婦仲が悪くなっていた娘ジュリアの不倫が原因でマルチェロは父と口論となり家を出て行きます。職場ではストライキが決行されますが、アンドレアは機関車を運転し、スト破りをします。そのため、アンドレアは友人達からも孤立し、次第に家にも帰らぬようになってしまいます。
 サンドロは酒場を巡り歩いて父を探し出し、以前に父が友人たちとギターを弾いて歌った酒場に連れ出します。旧友たちは再びアンドレアを温かく迎え入れてくれ、家族との和解の兆しも見えてきます。しかし、すでに彼の体は弱り切っており、家族や友人たちとの幸せなクリスマスパーティを終えた夜、ベッドでギターを弾きながら息を引き取ります。

      (3)テレビ放映と日本の少年声優たち

   この映画は、次のようにこれまで吹き替え版が3度テレビ放映されていますが、(① NET(テレビ朝日)『日曜洋画劇場』1969年 2月23日 ② NET(テレビ朝日)『日曜洋画劇場』1976年11月14日 ③ TBS版『名作洋画ノーカット10週』1984年 6月16日)、サンドロ・マルコッチ役の吹き替えは、それぞれ、三輪勝恵、内海敏彦、鈴木一輝が演じています。三輪勝恵の吹き替えは持っていませんし、女性ですから、ここでは、内海敏彦と鈴木一輝のサンドロ役を比較しましょう。なお、最近は、NHKのプレミアムシアターで、字幕版が放映されています

役名  俳優 声優  コメント 
サンドロ・マルコッチ エドアルド・ネヴォラ  NET    内海 敏彦  内海敏彦が、実際の年齢より幼い子どもの声を演じた例としては、10歳で4歳の役を演じた『天使の詩』のマイルズ(ミーロ)役等がありますが、この映画でも、11歳(小学5年生)で、8歳のサンドロ役を演じていますので、意識して幼く、人懐っこく演じています。この映画は、一貫してサンドロの視点から見た世界が描かれていますので、父親をひたすら慕う情愛に満ちた声を、最初から最後まで聴くことができます。声と表現力が表裏一体となった役作りを感じます。実際、こういう子どもが父を慕って職場まで迎えに来てくれたら、一日の疲れが吹っ飛ぶだろうなと感じます。それでも、成人した息子や娘は必ずしも同じように父親のことを感じていないし、むしろ頑固な父を疎ましくさえ感じているところに、この一家の悲劇があると思います。
 TBS   鈴木 一輝  鈴木一輝は、1980年代において主に、アニメや洋画の吹き替えで活躍した子役ですが、私が鑑賞した他の作品は、『ポセイドンアドベンチャー』の元気な12歳のロビンの吹き替えだけです。この映画は、パニック映画の系列にあるアクション映画でもあり、この映画を何歳の時に吹き替えたのかわからないので、その点について述べることはできません。『鉄道員』では、高く可愛らしさのある声で、サンドロを演じています。表情の豊かな声の演技をしていますし、家族の父娘間の関係がよくないことや姉の出産についてなど、家族の人間関係を独白する場面は、それを心配する表情が伝わってきます。しかし、その話し声は、少年らしいまっすぐさは感じますが、「情愛豊かな」というところにまでは至っていません。


  このシリーズは、現時点ではこれ以上の発展させることができません。なぜなら、私が持っているVHSのビデオは、その多くが、夜のゴールデンタイムの時間帯に放映している「〇〇洋画劇場」等よりも、0時前後から放映されている深夜放送で偶然録画したもので、深夜映画においては、少年俳優が吹替をしていることは、たとえ主役であっても新聞のテレビ欄に名前が掲載されておらず、録画し始めて初めて声を聴いただけでもわかるような少年俳優が吹替しているケースや、終了のときに「声の出演」として、名前が掲載されて初めて知るようなケースもあります。また、偶然チャンネルを合わせたらすでに放映中で録画し損なったケースも多く、後に、DVDやBRになってから入手したものは、テレビ放送を録画していないことが多いからです。そこで、同じ映画を複数の少年俳優が吹き替えしているケースを一覧にしてみましょう。このことから、テレビ局によっては、あるいは時代によっては、完全に女声だけで少年役を演じた作品もあることがわかります。(ピンク字で表記しています。)

 題名  役名  子役 声優
 『サウンド・オブ・ミュージック』       フリードリッヒ    ニコラス・ハモンド    NETテレビ版 永久 勲雄 
フジテレビ版 
ソフト版 松田 辰也
テレビ東京版  代永   翼 
製作40周年記念版 大沼 遼平 
製作50周年記念版
 クルト     デュアン・チェイス     NETテレビ版  岡村    勝 
フジテレビ版  松田 辰也 
ソフト版  中沢 佳二 
テレビ東京版   小林    翼 
製作40周年記念版  戸野塚 祐亮 
製作50周年記念版 


 題名  役名  子役 声優
 『E.T.』   エリオット ヘンリー・トーマス VHS・Blu-ray版 浪川 大輔
DVD版 村上 想太


 題名  役名  子役 声優
  『スタンド・バイ・ミー』      ゴーディ・ラチャンス  ウィル・ウィートン  フジテレビ版 神藤 一弘
VHS・DVD版 土井 美加
BD版  滝原 祐太 
クリス・チェンバーズ    リヴァー・フェニックス    フジテレビ版  梶野 博司 
 VHS・DVD版 高山 みなみ 
 BD版 村上 想太 
テディ・ドチャンプ    コリー・フェルドマン     フジテレビ版 岩田 光央
 VHS・DVD版 水原 リン 
BD版  宮里 駿 
バーン・テシオ    ジェリー・オコンネル     フジテレビ版 大友 大輔 
 VHS・DVD版 亀井 芳子 
BD版  海鋒 拓也 



     
 3 日本3大ボーイ・ソプラノ声優

 このような題を名付けたのは、「世界3大テノール(ルチアーノ・パヴァロッティ、プラシド・ドミンゴ、ホセ・カレーラス)」にヒントを得ました。しかし、自分一人の主観や好みだけて人物を選定するのもいかがなものかかと考え、このコーナーが、これまで主として洋画の吹き替えをしたボーイ・ソプラノの少年声優のを採り上げている関係から、1970年代以降現在までに活躍した人物のうち、(私が中学生以降ほとんどアニメを視聴していないという個人的な事情ため、アニメの吹き替えのキャリアを加味はするが、ここでは採り上げず、)実写版の洋画の少年俳優3名以上の声を変声前に吹き替えた人物(映画『ハリーポッター』シリーズのダニエル・ラドクリフが演じたハリーポッター役の小野賢章ように、一人が継続して変声前から変声後まで10年間に全8作品を吹き替えているものを除く)として、「日本の3大ボーイ・ソプラノ声優」と名付け、内海敏彦・難波克弘・浪川大輔が吹き替えた洋画を作品をできるだけ年代ごとに紹介し(映画劇場公開時とテレビ放映時に差があるため)、できれば、少年声優たちの成長や役作りのためどのような創意工夫をしているかということにもふれられればと考えています。あくまでも、これは、私が設定した基準ですので、たとえ、洋画の吹き替えとしては数少なくても、海外ドラマやアニメ等の声優として活躍した少年俳優がいることは事実です。新たな発見や、これからも登場するであろう少年声優は、今後とも「ボーイ・ソプラノの声優」の中で、採り上げていきます。

   
(1) 内海 敏彦

   『小さな恋のメロディ』『クリスマスツリー』『ドリトル先生不思議な旅』は、前章で紹介しています。また、『名犬ラッシー・家路』『子鹿物語』は、テレビ視聴はしていますが、録画していないので、詳細は忘れています。
 内海敏彦は、マーク・レスターの吹き替えが有名ですが、その本領が発揮されるのは、情愛あふれるヨーロッパの映画の子役やアニメ『あらいぐまラスカル』のスターリング・ノース役の吹き替えにおいてです。内海敏彦には独特の情愛に満ちたセリフの語りの節回し(名付けて「内海節」)があります。悲劇だけではないのですが、この声に泣かされてきました。

     
① 『ドノバン珊瑚礁』

 『ドノバン珊瑚礁』(Donovan's Reef)は1963年のアメリカ映画。西部劇で有名ながら、情感豊かな作風で知られるジョン・フォード監督としては、珍しくコメディ作品で、ジョン・ウェインやリー・マーヴィンなどの名優が出演しています。作品そのものは、いかにも「アメリカのよき時代」といった作品で、ボストン社交界の女王アミリア・ディダム(エリザベス・アレン)は、伯父が死んだためアミリア・ディダム汽船会社を引き継ぐことになりましたが、父ディダム医師が多額の株を持っていたので会社の経営ができず、終戦後、その島に住みついている父に会いに南太平洋の孤島ハレアコロハへ行きました。アミリアに着くの報に島は時ならぬ騒ぎが起こりました。それは、ポリネシア女と結婚したディダム医師には16歳のリーラニ、6歳のサリー、ルキという子供があったからです。しかもディダム医師はほかの島に往診に行っていて、ハレアコロハにいないことから、ディダムの戦友でやはりこの島にいる“大砲”ドノバン(ジョン・ウェイン)が、3人の子供の仮の父親になりました。ドノバンはこの島で“ドノバン珊瑚礁”というナイトクラブを経営していました。平和の孤島ハレアコロハに突然まき起こった騒ぎはアミリアの来訪だけではなく、ドノバンのけんか友達“ボート”ギルフリー(リー・マーヴィン)が島に戻って来て、早速ドノバンと派手なけんかを始めてしまいます。島にやって来たアミリアは、すぐにドノバンの子供という3人と親しくなりましたが、狭い島のため、いつまでも事実が明るみに出ないはずがありません。アミリアは、リーラニ、サリー、ルキの3人が自分の父の子であること、子供たちの母親が既に死んでいることを知りました。やがて、ディダムが島に帰ってきて、アミリアに会い、大戦中の出来事を語りました。駆逐艦が日本軍に撃沈されて、ディダム、ドノバン、ギルフーリーらがハレアコロハ島に逃れました。そして戦争が終わっても、島に医療施設がないことや島民が彼らにつくしてくれたことを思うと、ボストンに戻る気になれなかったのす。やがて子供が3人も生まれ、母親は死んだことがわかり、父と娘の間に和解が生まれました。ドノバンとアミリアは結婚することになり、ギルフーリーはフルールと結ばれ、そして、アンドレはまた文明社会に戻る機会を失ったのでした。
 ルキ役のティム・スタッフォードの声をTBS版では、当時小学4年生(10歳)の内海敏彦が吹き替えており、それがDVD化されていますが、内海敏彦にとって、洋画の吹き替えとしては初めての作品ではないでしょうか。しかし、当時は、『マッハバロン』等の特撮映画は録画した芝居に合わせて後で声を入れていた時代ですから、それと同じレベルの仕事だったのではないかと推測されます。3人の末っ子役で年齢的にも、実年齢よりかなり幼い6歳ということで、あまり出演する場面も多いとは言えませんが、声をやや高めにして幼く感じさせる工夫や、「    ~だよ。」という語尾に見られるような独特の甘いアクセントや独特の節まわし(「内海節」)に魅力を感じますが、この役は、映画全体からすれば、その活躍は限られたものです。また、それ以後共演することが多い富永みーなが双子姉 サリー役で吹き替えています。

      ② 『天使の詩』

   『天使の詩』という乙女チックな題名で公開されたこの映画は、1966年にイタリアのルイジ・コメンチーニが監督した“Incompreso(誤解)”が原題です。原題の邦訳では、日本での観客動員は望めないでしょうが、この映画の本質です。むしろ、「無理解」というべきかも知れません。この時期、可愛い少年を「天使」になぞらえる映画の題名が多かったように感じます。翌年に日本公開されて、映画館で観た時はイタリア語だったのに、1975年にテレビで観た時の題字は英語で書かれた吹き替え版でした。(録画したのは8年後の再放送)後年VHSも発売されましたが、これも英語版でした。イタリア語版が出たのは、2012年のことです。これは、特に登場人物の兄弟の「名前の読み」にかかわってきます。兄のアンドレア(アンドリュー)は、ステファノ・コラグランデ、弟のミーロ(マイルズ)は、シモーネ・ジャンノッツィが演じています。この兄弟役が、素人で映画初出演。オーディションとスカウトで決定したとは思えない演技力でした。その後、ステファノ・コラグランデは医学者に、シモーネ・ジャンノッツィはワイン農場の経営者になっています。(相互リンク先のnatalさんのブログ参照)私個人は、イタリア語版の方が話し言葉が音楽的で好きなのですが、ここでは、吹替えの関係で、役名は英語表記します。モーツァルトのピアノコンチェルト23番第2楽章が底流に流れていますが、主題曲は、明るいもので、場面は違うのですが、イタリア語の会話が流れています。(ミーロ=マイルズの声がかわいい!!)また、この映画の肝になる要素は、日本映画『お父さんのバックドロップ』(2005年公開)でも再現されています。
http://natal.seesaa.net/article/455870239.html
https://www.youtube.com/watch?v=5HFWe4ygXhw


 この映画は、大人の男が泣いている場面から始まります。病気で妻に先立たれたフローレンス在住のイギリス領事のダンカン(アンソニー・クエイル)には、8歳のアンドリューと4歳のマイルズいます。悲しみのため、心のゆとりを失ったダンカンは、兄弟の性格についても無理解で、兄のアンドリューには母が病気で亡くなったことを話して聞かせましたが、4歳で病弱な弟マイルズには、母が亡くなったことを喋らないようにアンドリューに約束させました。まだ幼くて自己中心なところもあるマイルズを世話することは、悲しみを背負ったアンドリューにとっては、大きな心の負担になることでした。母が亡くなったことが一番辛くてこたえていたのは、アンドリューの方でした。しかし、仕事で忙しい父は子どもたちたちとゆっくり話をする暇もなく、それどころか、アンドリューの寂しい気持ちをわかってやるゆとりさえありませんでした。アンドリューは、マイルズの顔の中に母の面影を見つけます。この兄弟の複雑な人間関係もあって、父子の心のスレ違いはますます大きくなり、ダンカンは、マイルズの悪戯はすべてアンドリューのせいだと思いこむようになり、アンドリューは人知れず泣く日が続きます。ある日、アンドリューは、父の戸棚からテープレコーダーを見つけましたたが、そのテープには、懐かしい母の声が入っていました。そんなところへ、ダンカンの叔父ウィルが、彼等の家にしばらく滞在することになりました。ウィルはダンカンとアンドリューの間の誤解を見抜き、ダンカンにもっと、アンドリューと話しあう機会を作るよう忠告し、ダンカンは、それを受け容れ、アンドリューを仕事の手伝いでローマに連れて行くと約束しました。アンドリューは、その日は朝早く起きて洗車を始めましたが、アンドリューがローマに行くと知ったマイルズは、わざと水道の水を頭からかぶって、熱を出してしまいました。淋しさをまぎらわすため、アンドリューは庭の池に向かって伸びている“肝だめしの木”と名付けた枯木の枝にぶら下がり、これまで進んだことのない先まで進んだ時、マイルズが病院から帰ってきて木に登ろうとして、枝が折れてしまいました。アンドリューは背骨を打って重傷を負い、ダンカンが急を聞いて家に帰って来ましたが、アンドリューは、帰らぬ人となりました。

 当時小学4年生(10歳)の内海敏彦が吹き替えたのは、アンドリューではなく、4歳のマイルズの方でした。内海敏彦は、アンドリュー役の吹き替えもできないことはないと思うのですが、アンドリュー役の哀愁を感じさせる声になるのは、小学6年生(12歳)アニメ『あらいぐまラスカル』の最後の方かもしれません。アンドリューの吹き替えをしたのは、名子役としてその名を残し、今は逆に毒舌キャラでおなじみの坂上忍の兄である坂上也寸志(現在は映画プロデューサー)でした。坂上也寸志のアルトのしっとりした声がこの役には似合っていました。マイルズ役のシモーネ・ジャンノッツィの驚異的な高さの声は、まさに内海敏彦とぴったり。しかし、4歳の幼さを表現するために、さらに舌っ足らずの表現を心掛けたとのこと。しかし、幼い天使であると同時に、「僕が一番年上なんだ、長男なんだ。」とうそぶく小悪魔でもあるマイルズ役は、内海敏彦の吹き替えの中でも、屈指の名演技です。

      ③ 『野にかける白い馬のように』

 失語症(言語障がい)の兆候が見られるフィリップ(マーク・レスター)は孤独な少年で、家の周りの荒れた土地を友としていました。そんな彼の理解者は、少女ディアナと退役大佐ジョナサン(ジョン・ミルズ)でした。ある日、フィリップは、野原を散歩中に、1頭の白い馬に出会いましたが、その馬は沼沢地に棲む野性の馬で、フィリップとこの白い馬との間には、友情が通い始めました。そのことがきっかけで、フィリップは、友達として認め合うようになり、少年はその馬に話しかけるようになり、自分と同じ名前、フィリップという名前を付ます。また、大佐の指導によって、フィリップはその白い馬に乗ることもできるようになりました。ところが、沼沢地に長雨が降り続いて、白馬は底なし沼に落ちてしまいます。フィリップは白い馬を救うため沼に入っていき、「起きて!眼をさまして!ぼくの小馬!」という言葉が出て、その言葉に、白い馬は生きる意欲を起こし、投げられたロープの助けを借りて救出されました。

 マーク・レスターの吹き替えと言えば、まるで、専属声優のように「内海敏彦」の名前が出てきますが、この映画で、フィリップ役を吹き替えた内海敏彦に与えられたセリフは、失語症(言語障がい)ということもあってわずか6つだけですが、その時々の感情を表す息遣いは、絞り出すようなセリフ以上に難しかったと考えられます。そのような意味で、この声の演技は入神の域に達しています。また、ジョナサン大佐(ジョン・ミルズ)を吹き替えたのは、吹き替えは初めてという名優 宇野重吉であることも特筆できます。なお、主題歌は、次のようです。
https://www.youtube.com/watch?v=XoB3sNEyOvM

       ④「突破口!」

  このようなアクション映画のあらすじを書くことが、内海敏彦という稀代の少年声優の魅力を伝えることにはつながらないとは思いますが、ここでは、端役であっても視聴者に印象を与えるということを伝えましょう。
この作品は、ワル同士の対決をスリリングに描いた犯罪サスペンスです。悪党チャーリーと数名の仲間は、ニューメキシコにある銀行を襲撃。銃撃戦の末、大金を奪いますが、やがてチャーリーはその金がマフィアの隠し金だったことに気づきます。金の奪還を目論むマフィアのボスは凄腕の殺し屋モリーを雇って、追跡を開始。モリーは高飛びの準備を進めていたチャーリーに迫るというストーリーです。飛行機と自動車の追っかけっこなど、珍しい場面もあります。
日本語吹き替えは、一部分で、吹き替え版で鑑賞すると、英語になったり日本語になったりが繰り返されて、興味がそがれます。しかも、時代劇の名優 左右田一平はじめ少人数で吹き替え、一人何役の吹き替えていると感じるところもあります。内海敏彦の出番は、ほんのわずかです。しかも、一人で二役しているようにも感じます。このとき11歳ぐらいで、ボーイ・ソプラノの声としては華やかな美しさが出てきたころです。
少年 「僕、車のナンバー覚えてるよ。GAの1472だ。」
保安官「いや違う。GAの1742だ。」
少年 「うん、GAの1742。」
保安官「ああ、ありがとう。」
少年 「保安官、頭にけがしているけど、そのくらいじゃ死なないね。」
保安官「もういいから、うちへ帰れ。」
https://www.youtube.com/watch?v=SW94jbgZNXs
これだけじゃ、10数秒です。そこで、二つしかセリフのない花売りの少年も、少し声を変えて掛け持ちしているのではないかと思います。
チャーリー 「おい坊や、バラを二束くれないか。」
花売りの少年「バラを二束。」
チャーリー 「ああ、すまんな。」
花売りの少年「ええ、ありがとう。」

      ⑤ 『ニューヨークの王様』

  『ニューヨークの王様』(A King in New York)は、1957年のイギリスで制作されたチャールズ・チャップリン監督、主演の喜劇映画で、チャップリン最後の主演作で、当時のアメリカ合衆国の政治や社会を皮肉った映画であり、1952年にチャップリンが共産主義者疑惑のため、アメリカを追放された後に製作が始まり、アメリカでは1970年代初めまで公開されませんでした。チャップリンが社会主義者・共産主義者であったかどうかは不明ですが、むしろ、左翼思想の影響を受けて正義派ぶっていたいわゆる「デュープス(Dupes)」ではなかったかと考えられます。しかし、チャップリンがこのような思想をもつに至ったのは、チャップリンの悲惨な幼少年期の成育歴が関係し、それは、決して責められることではないし、それを理解できなければ、チャップリン映画の基盤をなる「ユーモアとペーソス」はわからないでしょう。特に、映画『モダン・タイムズ』(1936)など、当時の資本主義社会や機械文明の矛盾点を突いたチャップリンの思想的背景を理解して観る必要があります。

 映画のストーリーは次のようです。革命のため国を追われたイゴール・シャドフ王(チャールズ・チャップリン)が、ほぼ無一文でニューヨークにやって来るが、同行した首相に証券類までも盗まれてしまいます。王は原子力を使ってユートピアを創るという自分のアイデアを実現させるべく、原子力委員会と接触を図りますが、ある夕食会で演劇の経験があることを明らかにしたため、その後、テレビコマーシャルへの出演依頼が殺到し、気が進まないままに、生活資金を得るためにしかたなくいくつかのコマーシャルに出演します。ある社会主義学校を訪問した王は、ルパート・マカビーという10歳の少年(息子のマイケル・チャップリン)に会います。ルパートは学校新聞の編集者で歴史に造詣が深く、王に自らの思想を滔々と披露しますが、共産党員であった両親の教育、悪く言えば「洗脳」によるものと言えましょう。ところが、次第に王自身が共産党員であると疑われるようになり、当時アメリカで赤(共産党員)狩りを行っていたマッカーシーの下院非米活動委員会に喚問されます。王の容疑は晴れ、離婚して今はパリにいる元王妃と再会する決意をします。しかし、ルパートの両親は投獄され、委員会は少年に両親の友人達の名前を密告するよう迫ります。少年は王と再会した際、両親の友人の名を密告したことで「愛国者」と称えられますが、罪の意識に苛まれ苦しんでいました。王は赤狩りのばかばかしさにあきれ、少年に両親と共にヨーロッパに来るよう招待します。このストーリーを読んでもわかるように、あまりにも思想性が強いため、パロディはあっても、純粋な喜劇として笑えない作品です。

 ここでは、この映画そのものを批評するのではなく、当時小学6年生だった声優 内海敏彦が、この映画の吹き替えにどう挑んでいったかを述べていきます。マイケル・チャップリンが演じたルパート・マカビー少年役は、難しい役です。当時小学生であった内海敏彦自身、どんなに学力的に高かったとしても、書籍から言語の知識として得た共産主義思想の言葉を数ページにわたって滔々とまくしたてる部分の台本のセリフの意味を本当に理解できていたとは考えにくく、ただ、与えられた台本をひたすら朗読していたと思われます。しかし、考えてみれば、ナチスドイツにおけるヒトラーユーゲントや、ソビエト連邦におけるピオニールに入っていた選ばれた少年たちは、思想的には違っていても、まさにこれとよく似た洗脳的な教育を受けていたのではないかと考えられます。こういう偏った思想を子どもに植え付ける親に疑問を感じました。しかし、両親と離れて、雨に濡れて王様が泊まるホテルに入ってから後の繊細な声の演技は、マカビー少年の寂しさや、人間としての情愛の部分の本質を表していました。また、こういう部分の吹き替えこそ、内海敏彦の情愛溢れる表現力の特質であり、素晴らしさであると言えましょう。

       ⑥ 映画『ル・ジダン』

 この映画における内海敏彦の吹き替え部分は、最後の辺りのいくつかの親子の会話のセリフにすぎず、いわゆる「チョイ役」で、テレビ吹き替えが放映されたのは昭和53(1978)年10月25日の水曜ロードショーであり、その少し前に吹き替えが録音された内海敏彦にとっては変声期に入ったころかと思われますが、いくつかの会話の中にその節回しを感じることができます。ただ、内海敏彦の魅力を語るというところにまではいきません。なお、少年時代の坂上忍も、この映画の吹き替えに出演しています。

  私が小学6年生の頃の音楽教科書の鑑賞教材に、ロベルト・シューマン作曲の「流浪の民」というピアノ伴奏の合唱曲があり、男女の4パートの歌声の違いを味わう目的で掲載されていたと思いますが、石倉小三郎による訳詞は、小学生には難解で、しかも、下に書いてあった短い解説は、今でいえば「ロマ民族」に対する差別用語になる言葉が書かれていました。中学校では、サラサーテ作曲の「ツィゴイネルワイゼン」が鑑賞曲で、「ロマの旋律」にあたる言葉が書かれていました。ところが、この映画の吹き替え版では、その言葉が出てくることから、その言葉が放送等で禁止されたのはそれ以後のことであることが伺えます。
 この映画で語るべきは、主演のアラン・ドロンが演じる“ジタン"という俗称で時黒街の仲間たちからで呼ばれている一匹狼のならず者であり、犯罪の根源にその出自に対する反発があることです。ここでは、アラン・ドロンが多く演じた「にやけた二枚目」の雰囲気は全くなく、単純な「悪」というよりも、民族差別への反逆を核として行動しており、殺人や銀行強盗をしながらも、仲間に対しては溢れるばかりの情を示す姿です。むしろ、「悪の中にある善」を観る映画ではないでしょうか。
 
        ⑦ 映画『小さな目撃者』

 映画『小さな目撃者』(原題:Eyewitness)は、1970年制作のイギリスのサスペンス・スリラー映画で、主演のマーク・レスターにとっては、日本でも大ヒットした映画『小さな恋のメロディー』の1年前の作品です。原作は、マーク・ヘブデンの小説(原題・訳題とも同じ)です。
 あらすじは、地中海に浮かぶ小さな島に灯台守の祖父と姉のピッパ、家政婦と4人で暮らしている11歳のジギー少年は空想癖があり、イソップ童話の「狼少年」のような発言を繰り返し、皆を困らせていました。ある日、ジギーの住む島に某国の大統領がやって来ました。その歓迎パレードをピッパと一緒に見に行ったジギーは、大統領の暗殺事件を目撃してしまいます。何とか逃げおおせたジギーは事の次第を姉たちに話すが、いつもの空想癖と見なされて、相手にされません。一方、暗殺犯はジギーを必死に探し回っており、ジギーに命の危険が忍び寄るという結末は、あえて書きませんが、『小さな恋のメロディ』の逆のイメージの作品です。
 この当時、洋画の吹き替えは、「アラン・ドロン」といえば野沢那智、「ジャン・ギャバン」といえば森山周一郎というように、著名俳優と日本人の声優が一致する関係になっていました。
  ところで、「マーク・レスター」の声の吹き替えといえば、内海敏彦ですが、このとき(放映時:1979年2月18日)の内海敏彦は、中学1年生になり、しかも、変声期に入ったため、学業との関係もあり、積極的に仕事をしていない時期でした。当然のことながら、マーク・レスターは、変声前であり、そのようなことにこだわる人は、日本でも発売されている英語版で吹き替えなしのDVDを見て違和感を感じるかもしれませんが、そういうことにこだわらなければ、やっぱり、マーク・レスターは内海敏彦でなくでは!と思うでしょう。
https://twitter.com/acatposs117/status/1402203758533226500


   (2)難波 克弘

  『クリスマスツリー』のパスカル役については、前章において紹介しています。難波克弘の透明度の高いボーイ・ソプラノは、聖歌隊的で、可愛いというよりも美しいボーイ・ソプラノで、そのノーブルな声の特質は、特に悲劇の主人公役やよい育ちの家庭の子どもの役において、生かされています。 

      
①  『メリーゴーランド』

   この映画『メリーゴーランド』(原題 “L'Ultima Neve Di Primavera” 英題 “The Last Snow of Spring” 日本語訳 「春の最後の雪」)を映画館で観た時はイタリア語だったのに、テレビで観た時の題字は英語で書かれた吹き替え版でした。この映画は、雷雨の中、レコードをかけながら涙を流す男の姿から始まりますが、冒頭で大人の男が泣く場面は、珍しいものです。ところが、次の場面では、レコードショップでそのレコードをプレゼントする少年が登場して、この二つの場面がつながっており、二人は親子であることが示唆されます。なお、この悲しみに満ちた主題曲は、映画音楽の中でも屈指の名曲だと思います。
https://www.youtube.com/watch?v=GeSBCjamIE8
 10歳の息子ルカ(レナート・チェスティ)に先立たれて以来、ロベルト(ベキム・フェーミュ)は仕事も手につかず放心状態でした。親子の心の隙間は、父 ロベルトが作ったものです。弁護士の仕事に熱中しながらも、ベロニカ(アゴスティーナ・ベリ)という恋人を作りますが、息子のルカにはすぐには受け容れられません。幼くして母を失い、寄宿学校に入れられ、帰宅しても、仕事最優先の父にかえりみられない10歳の少年ルカ。映画はその孤独で傷つきやすい少年の心を浮き彫りにしながらも、それまで元気だった少年が突然、スキー場で鼻血を出して、診断の結果、不治の白血病に襲われて父の手厚い看病も及ばず、この世を去ってゆくまでを、描き上げていきます。父は、夜の営業時間外の遊園地の管理者を説得して、かねてよりのの息子の願いだった遊具に乗り、メリーゴーランドに乗りながら父親の胸の中で、「パパ僕たちもう会えないんだね。」と言って息を引き取幼い命がこときれてゆくラストシーンは、観る者に感動を呼び起こします。映画『クリスマスツリー』と似ていながらも大きな違いは、『メリーゴーランド』においてルカの死がわかるのは映画が始まって80%ぐらい進行したところで、『クリスマスツリー』は、始まって10分後というところで、その体調異変を唐突と感じるところもありますが、映画全体は、イタリア映画独特の情感豊かな作品になり、その後、映画『愛のほほえみ』等にも続いていきます。

 ルカ役を吹き替えた難波克弘は、『クリスマスツリー』に続いて、難病で幼い命を失う役ですが、透明度が高い清純な声を生かして、ルカ少年の淋しさや、ひたすら父親を慕うせつない心を情感豊かに演じていました。この映画のクライマックスは親子の心がやっと一つになれた最後の1分余りかもしれません。なお、ルカのガールフレンド役のステファニ(M・メランドリ)は、富永みーなが演じていますが、登場するたびに食べてばっかりで、「これじゃ、太るよな」というタイプですが、憎めないイメージです。この映画は、日本でDVD/BR化されていますが、吹き替え版がないことが惜しまれます。

       
 ②  『アドべンチャーファミリー』

   映画『アドベンチャー ファミリー』(原題 “The Adventures of the Wilderness Family”)は、この映画を何歳の時に観るかによってずいぶん感想が変わってくる映画だと思います。きっと小学校低・中学年ならハラハラ・ドキドキの冒険物語で、「ああよかった。」の連続で、動物好きならば、もっと動物が好きになるでしょう。しかし、学年が進むにつれて、どこか作られた部分が見えるようになってくるかもしれません。一家の姓が「ロビンソン」というのが、ダニエル・デフォーの『ロビンソン・クルーソー』やヨハン・ダビット・ウィースの『スイスのロビンソン(家族ロビンソン)』を想起させ、特に、後者のように、少し努力すれば割合簡単に欲しいものが手に入ることを、「つくりもの」に感じてしまうかもしれません。また、大人の目で見れば、当時の先進国がどこも悩んでいた公害問題(日本では四日市ぜんそく・川崎ぜんそく等)や、自然回帰への考えが背景にあり、また、時代は違っても、『大草原の小さな家』とも共通するアメリカの伝統的家族観を感じることができるかもしれません。また、日本のテレビドラマ『北の国から』は、映画『キタキツネ物語』と本作にヒントを得て制作されたということです。
 大都市のロサンゼルスに暮らすスキップ・ロビンソンは、娘ジェニファーの喘息が悪化したことで、転地療養を考え、妻と息子トビーと愛犬を連れて、ロッキー山脈の自然の中で生活することを決意します。大自然の中で生活を始めたロビンソン一家にとって、都会との生活とは全く違う不便や野性動物との遭遇など、大自然の厳しさの前に最初は戸惑いの連続でしたが、一家は力を合わせ、次第に大自然の中での生活に馴染み、ジェニファーも健康になってきたので、元の生活に戻るまでを描いた実話をもとにした作品です。この映画の製作には2年10か月かかったと聞けば、特に子役は最初と最後ではずいぶん成長していたと考えられます。
 確かに、丸太小屋の建設やイカダ作りは、現実にはもっと難しくて時間もかかって苦労が多いだろうし、適当な恐さの動物たちが次々登場するので、はらはらしながらも、それは、よく訓練された動物タレントなのだろうと思えば、手品の種明かしを見てしまったような気になります。しかし、こういう見方をすることは、はっきり言ってこの映画の本質から逸れていくことにつながります。社会的背景など全くわからなくてもいいから、もっと澄んだ子どものまなざしでこの映画を鑑賞してこそ、この映画の「よさ」に出会うことができるのではないでしょうか。

 トビー役は、見た感じでは6~7歳ぐらいでしょう。ハム・ラーセンの話し声よりも難波克弘の声の方が、透明度が高く澄んでいて美しかったです。11歳で、6~7歳の役をするのですから、声を高めにするだけでなく、幼い感じを出さないといけないので、工夫したことでしょうが、特に舌っ足らずにするような技巧ではなく、素材としての声の自然な美しさを前面に立てた演技です。この映画では、姉のジェニファーの役を富永みーなが吹き替えていますが、だんだん健康を取り戻していくところが、自然に伝わってくるような声の演技をしていました。 この映画は、日本で日本語吹き替え版も含めDVD化されています。

        ③  『青い鳥』

 映画『青い鳥』は、20世紀初頭に創られたノーベル文学賞受賞作家で、ベルギーの詩人・劇作家であるモーリス・メーテルリンク(1862~1949)の6幕12場からなる戯曲に基づく作品ですが、何よりも冷戦中の1976年の映画なのにかかわらず、アメリカとソビエト連邦の共作の子ども向けファンタジー映画です。4年後の1980年のモスクワオリンピックは、ソビエト連邦軍のアフガニスタン侵攻のため、西側諸国が参加拒否をしたことを考えると、ソビエト連邦軍のアフガニスタン侵攻前だったからこそできた作品と言えるかもしれません。原作のメーテルリンクの戯曲は、暗示力に富んだ象徴劇であり、人間の魂と運命について洞察した作品ですが、この映画は、エンターテインメントの国 アメリカと、バレエ・演劇の国 ソビエトがそれぞれの文化を持ち寄ったモザイク的な作品のように感じました。

 原作と大きく違うのは、厳しいだけではなく、厳しいけれど心優しい母親のキャラクターで、しかも、母親、妖女、光の精、母の愛の一人四役に挑戦しているのは、ハリウットを代表する美人女優のエリザベス・テイラーです。妖女は、妖女は、今まで見えなかったものがすべて見えるという魔法のダイヤモンドの付いた帽子をチルチルに渡し、このダイヤモンドが、いざというときに不思議な力を発揮します。また、チルチルとミチルが青い鳥を求めて旅するいるいるな“国”のうち、その国をつかさどる闇の精を演じるジェーン・フォンダは、人間の醜い部分を表現し、ぜいたくの精を演じた情熱的な女優のエヴァ・ガードナーと共に存在感のある演技でわきを固めていました。光の精に頼まれて病気の女の子を治す為に幸運の青い鳥を探す不思議なおとぎの世界をトッド・ルッキンランド演じるチルチル(難波克弘)とパッティ・ケンジット演じるミチル(市原由美子)の兄妹が旅をしますが、同時に、犬、猫だけでなく、水、砂糖、パン、牛乳、火の人間の擬人化が行われており、犬と猫は、むしろ「犬猿の仲」で、中では対立し争う場面もあります。特に、この辺りのバレエ・演劇の部分がソビエトの持ち味でしょうか。映画を見ているというよりも、色彩感豊かな舞台の芝居を見ているという感じの映画でした。彼らはそれぞれの場所で様々な国を旅して、時には悲しい思いをし、時には大いに楽しみ、そして時には命の危険に晒されますが、最後まで青い鳥を捕まえることは出来ず、失意のうちに眠りにつきます。しかし翌朝、家の鳥籠の中に青い鳥がいることがわかります。この辺りが、原作者がこの作品を通して伝えたいことでしょう。チルチル役のトッド・ルッキンランドは、当時10歳ぐらいでミチル役のパッティ・ケンジットは8歳ぐらいでしょうか。この作品の中では、チルチルとミチルの兄妹は、チルチルがぜいたくの精に連れていかれるところ以外は、常に一緒に行動していて、仲のよいところを見せています。チルチルの声を吹き替えた難波克弘は、素直な美声で、ミチルを気遣うところや、青い鳥を見つけたときの喜びや、せっかく見つけた青い鳥が色を失ったり、飛んで逃げてしまったりする時の失意を過不足なく表現していました。それよりも、いろいろなタイプの違う登場人物とのやりとりにおいて、表情豊かな声の演技が心に残ります。 

     ④  『タワーリング・インフェルノ』

  「インフェルノ(Inferno)」とは何だろうと、改めて調べてみたら「地獄」ということで、まさにビルディングの火災による灼熱地獄の中での救命映画でした。1970年代は、『ジョーズ』『ポセイドン・アドベンチャー』といったパニック映画が次々と上映されていますが、この映画は、今でも、この分野の映画として高い評価を得ています。 それは、パニック状況における登場人物の人間像がよく描かれているからでありましょう。サンフランシスコの空にそびえ立つ138階建ての世界一高い超高層ビル“グラス・タワー”が落成の日に、出火して、パニックに陥る中での、そのビル建設にかかわった人、パーティを行う人、そのタワーに住む人、消火活動に苦心する人たちの様々な人間模様が描かれていきます。現場のスケールの大きさと火災の恐怖や決死の救出作戦が見どころとなりますし、3時間近い映画ですが、飽きさせません。しかし、この災害から助かる人、助からない人と、その人の善悪(簡単に割り切れないでしょうが)は関係がなく、それが現実の事故なんだろうなと感じさせる映画です。

 この映画におけるフィリップ少年(マイク・ルッキンランド 吹き替え 難波克弘)は、母オールブライト夫人、妹のアンジェラと共に、逃げ遅れてしまいますが、その理由は、母が、聴覚が不自由であるため電話での避難誘導に気付かなかったことです。しかし、生き抜くために必死に戦う姿が描かれています。フィリップとアンジェラは、ダグ(ポール・ニューマン)やハリー(O・J・シンプソン)たちによって救助され、プロムナードルームへ避難することができます。いわば、主演級の役ではないのですが、このような厳しい状況の中でも、冷静で勇気のある行動をとることができます。この役は、難波克弘本来の美しい声を聴かせる役ではなく、むしろ、煙にむせて苦しい息の中で話さなければならないという役です。同時に、火災の中で、自分が家族を守るという強い意志を持って行動する役でもあり、その辺りをどう演じているかが、鑑賞するポイントではないかと思います。 

      
⑤ 『星になった少年』

 マルコ(アレッサンドロ・ドリア)は、別居中の父と母の間を行ったり来たりしています。離婚の危機を感じながらも、両親の愛を求め続けています。そのような中で、マルコにとっては、白馬のソクラーテに乗って駆け回るのが楽しみであり、また、寂しさをまぎらわす慰めにもなっていました。しかし、そのソクラーテもシチリアに住んでいるおじいさんのところへ送られてしまいます。
 マルコは家出をして、途中でマヌエラという女の子ややんちゃなロッコと知り合い、ロッコの兄が乗る密輸船に隠れて、おじいさんのいるシチリアへ行こうとします。ところが、船酔いがひどくてデッキに出てしまったところを見つけられ、二人は海に放り投げられてしまいます。必死に泳いで陸に上がって、生きるために、ロッコは食べ物を万引きしたりしますが、店の主人に追いかけられ車にひかれてしまいます。やっとのことで、おじいさんの家へ歩いてたどり着きますが、ロッコは右足を切断していました。
 ローマから両親がマルコを探しに来て、和解をしたことを告げます。マルコは、ソクラーテに乗って走っていましたが、馬が急な落雷の光や音に驚いて、マルコは坂を転げ落ちて大けがをしてしまいます。足の骨を折ったソクラーテは、銃を持った男に射殺され、マルコは生きる意欲を失ってしまいます。マルコを見つけた銃を持った男の息子の少年も出てきますが、マルコのことを父に伝えるでしょうか?倒れたマルコの顔の上に落ち葉が落ちるところから、死を連想させてしまいます。
 なお、『星になった少年』は、2005年7月16日に公開された日本映画と同じ題名ですが、1977年のイタリア映画で、エンツォ・ドリア監督の作品で、マルコ役のアレッサンドロ・ドリアは、監督の息子です。この当時のイタリア映画には、少年が主人公の悲劇『メリーゴーランド』『虹をわたる風船』『愛のほほえみ』『星空の神話』等が多く作られました。

 マルコ役を吹き替えたとき、難波克弘は変声期に入りかけていましたが、声の清純さは変わらず、かえってそれがひたすら愛を求める複雑なマルコ少年の心理とつながっていて、それまでのボーイ・ソプラノの美しい声を聴かせる以上のものを感じます。本当に自分の心をわかってくれるのは、白馬のソクラーテだけだと思う時、射殺されてしまったら、マルコは生きる意欲さえ失ってしまいます。

映画『星になった少年』   
https://www.youtube.com/watch?v=c4ggsn1ZnvQ

      ⑥  『ボーイズ・ボーイズ』

   原題は、“Kenny & Co.”「ケニーと仲間たち」で、これでは、ケニーって誰?ということになってしまいます。『ボーイズ・ボーイズ』という題なら、とにかく少年たちがいっぱい出てくる映画だろうということだけは伝わってきます。副題に~ケニーと仲間たち~という原題が付けられています。オープニングでタイトルが紹介されるとき、カボチャが出てきますが、それは、ハローウィンの祭りを暗示していますが、この映画を見た当時のほとんどの日本人は、タイトルを見たときにはその意味がわからなかったでしょう。1992年にあった日本人留学生射殺事件で初めてハローウィンを知った人も・・・
 1977年と言えば、ベトナム戦争が終わっているものの、アメリカの自信が揺るがせになっていた時代ですが、この映画ではそれは感じられません。男の子の長髪も、ビートルズの影響が広がっていたこの時代性を感じさせます。しかし、日本の同じ年頃の少年たちとの大きな違いは、日本は半ズボンが定番服で、アメリカはヨーロッパと違って半ズボンが広がらなかったこと。また、スケートボードがこの映画では、少年たちの遊びとして重要な役割を果たしていますが、当時の日本では、子どもにとっては危険な遊びという受け止められ方をしていました。それが今やオリンピック競技ともなり、ハローウィンの祭りもそのころ日本ではほとんど知られていなかった。・・・いろいろなものが10年あるいはそれ以上遅れて日本で広がっていくということを感じながらこの映画を見ていました。
 ケニー(ドン・マッキャン)、ダグ(マイクル・ボールドウィン)と、弟分のシャーマン(ジェフ・ロス)の3人は、仲良し3人組。ケニーとダグは、(アメリカン)フットボールに汗を流し、家に戻れば、シャーマンも加わって、ゴーカートを作ったり、宇宙船を作ったり、恋もあれば、ちょっとエッチな話もあったりして、躍動感に満ちています。ところが、彼らの悩みは、非行少年のジョニー(ウィリー・マスターソン)の存在。日本でも、当時もいじめっ子はいたでしょうが、ここまで行くと安心して生活できないし、そのしていることは相当悪質で、ケニーの父は、良識的な人物で息子に正義感の大切さを教えますが、それだけでは解決せず、警察の世話にならないと解決しないのではないかと思います。また、ケニーの愛犬が重い病気にかかり、安楽死させてしまったり、交通事故に出会うなど、命と向き合う場面もあり、少年の生活をいろいろな角度から描き、活力のある映画になっています。
ケニー(ドン・マッキャン)は、10歳という設定ですが、吹き替えをした難波克弘は、吹き替え当時13~14歳ぐらいで、このときは既に変声期に入っており、それまでの美しいボーイ・ソプラノを聴くことができません。しかし、3人の少年のアンサンブルとして聴く場合、ケニーが一番リーダー格でお兄さん役という設定を考えれば、この配役もうなずけます。

映画『ボーイズ・ボーイズ』     
https://www.youtube.com/watch?v=Q1dRFqhO640&t=16s


        ⑦ 『オーメン2 ダミアン』

 1993年に生まれた男の子に「悪魔」と命名して市役所に届け出を受理されなかったことが社会的に大きな話題になりましたが、映画『オーメン』は、“悪魔の子”ダミアンに翻弄される人々の恐怖を描き、世界的ヒットを記録したオカルトホラーです。この映画シリーズは、第1部~第4部まで作られましたが、ここで採り上げるのは、第2部の『オーメン2 ダミアン』の13歳のダミアンの声を吹き替えた難波克弘の声の演技です。
 第1部の概略を述べると、アメリカ人外交官ロバートは、6月6日午前6時にローマの産院で生まれてすぐに死んだ我が子の代わりとして、同時刻に誕生した男の子を引き取りダミアンと名づけます。ところが、ダミアンが5歳の誕生日を迎えた頃から周囲で不可解な事件が次々と起こりはじめ、ついには、両親を含む多くの人が亡くなります。
 第2部である『オーメン2 ダミアン』は、ロバート夫妻の死後、ダミアンはロバートの弟で実業家のリチャードに養子として迎え入れられますが、7年後、ダミアンが13歳になったときのことが描かれています。自分は普通の子どもと違うのではないか、と薄々気づき始めて悩むダミアンが、現実を受け入れるまでの苦しみや葛藤が描かれており、ただの単純な悪役と描かれていないところが興味深いです。
 オーメン役のジョナサン・スコット・テイラーは、ブラジルのサンパウロ出身でこの役作りのために金髪を髪を黒く染めたというエピソードも残っていますが、美しく整った顔立ちなのに、ふてぶてしい態度から、次第に冷たいまなざしを感じるようになるところが、芝居のうまさだと思います。
 ダミアンの声を吹き替えた中学3年生で変声期の真っ最中の難波克弘は、これまで演じてくることが多かった優等生やひ弱な子どものようないわゆる『よい子』の役とは違って、基調は上品な声と話し方でありながら、「悪魔の子」役という悪役です、しかし、頭頂に666の数字を発見して、その運命に抗して、黄葉した林を駆け抜け、湖畔で「どうして、どうして僕が!」と叫ぶところは、本当に苦しんでいるのではないかと感じさせます。また、士官学校の教官の矢継ぎ早の歴史の質問に早口言葉で年号と事象を答えるところなど、うまみのある声の演技です。このように、男子の成長として当然のことながら、仕事とはいえ、声が変わると、こんな役でもしなければいけないのかと思ってしまします。
 なお、ここで紹介したのは、テレビ放映をビデオで録画したものですが、変声後にはもう一度、レーザーディスク版の『オーメン2 ダミアン』の吹き替えもしているそうです。しかし、レーザーディスク盤は持っていないので、その比較できません。

     
 (3)浪川 大輔

  浪川大輔のボーイ・ソプラノは、基本的には「可愛いタイプ」の声ですが、実に幅広い表現力のある声の演技ができる少年声優です。どちらかというと、SFや冒険ものの吹き替えによく出演していますが、ただ、可愛いとかやんちゃとかだけでなく、根底において、情愛のある豊かな表現ができます。変声後も、二枚目のミドル~ハイティーンの少年役がよく似合います。

    
① 『E.T.』
 
 スティーヴン・スピルバーグ監督のSF映画『E.T.』(1982)は、宇宙船から取り残された異星人と、少年エリオットとの出会い、交流、別れを描いたSFファンタジー。森の中に静かに降り立つ宇宙船から現れる異星人たち。地球の植物の調査のために来た異星人たちは、人間たちの追跡によって作業を中断されてしまいました。宇宙船は急いで空に舞い上がりますが、一人の異星人E.T.だけが取り残されてしましました。その森林の近くに住む少年エリオットは、異様な気配を感じて家の外に出ると、裏庭でその異星人と遭遇し、彼をかくまう事にします。兄と妹を巻き込んで、E.T.と名付けられたその異星人との交流が始まりましたが、エリオットとE.T.の心の波長はだんだん一緒になっていきます。E.T.の存在を知っているのはエリオットたち子どもたちだけではなく、大人たちにも広がり、そのために生死をかけた冒険に発展していきます。映画の分類としては、SFファンタジーですが、情感豊かな作品になっています。追いかけられたエリオットたちが自転車で空を飛ぶと同時に流れるジョン・ウィリアムズのテーマ曲が感動を呼び、当時、日本においては子どもたちの間で人差し指を伸ばして『E.T.』と呼ぶほどの人気を得ました。
https://www.youtube.com/watch?v=g2dJCtATZ9A
 日本での劇場公開時にこの作品は、子どもに観てほしい映画だからと日本語吹替版の制作が予定されていましたが、当時はスピルバーグの意向で許可が下りませんでした。だが公開後も交渉を続けた結果、スピルバーグは、少年エリオット役を浪川大輔の起用を条件に制作許可を出したため、この日本語吹替が作られたといいます。最初はただ可愛い声とだけ思っていたのが、次第に、情愛豊かで表現力の高い声の演技をするようになっていきます。なお、少年エリオット役を演じたヘンリー・トーマスは、その後、イタリア映画『天使の詩』をリライトした映画『ウィンター・ローズ』にも出演し、現在も俳優として活躍していますが、子役としては、『E.T.』を超える作品と出会っていません。

      
② 『グーニーズ』

  開発せまるオレゴン州の港町アストリアを舞台にして、1600年代の海賊の財宝を捜して悪ガキ集団“グーニーズ”が繰り広げる冒険を描いた作品で、子供版『インディ・ジョーンズ』といった感じの作品です。何度も繰り返しテレビ放映されているのは、その時代に子供であった人たちが大人になってもその面白さが忘れられないからでしょう。この映画のストーリーを紹介しても、このような地下に広がる大洞窟や海賊船での脱獄犯たちとの追いかけ合いのアクションが見どころの冒険映画では、実際の映画を見なければその面白さは伝わらりませんので、省略します。この映画では“グーニーズ”のメンバー一人一人の個性や得意技(?)がどのような場面で飛び出すかというところが見せ場なのですが、それを文章化すると、この映画を見る楽しみを奪ってしまうことになるので省略します。しかし、子供たちを拳銃を打ちながら追いかけることはあっても傷つけたり殺したりするような残酷なことはなく、全体としては、いかにも子供目線で作られた映画であるということができ、いろいろと悶着や思春期的な恋はあってもハッピーエンドになるところが、いかにもアメリカ映画らしいところです。

 この映画の監督はリチャード・ドナーですが、スティーヴン・スピルバーグが製作総指揮をしています。主演のマイケル・ウォルシュ(マイキー)は、ショーン・アスティンが演じ、吹替えを浪川大輔が行っています。浪川大輔は、マイキー役に求められる明るくい快活さをよく表していますが、「冒険映画」ということで、淡い恋心を表す場面はあっても、深い情愛を表すような場面はあまりありません。しかし、この少年グループは、“悪ガキ”といっても、“悪”そのものではなく、“やんちゃ”というレベルで、仲間を大切にするなど一定の正義感は保っていることも伝わってきます。また、ジョシュ・ブローリン演じるブランドン・ウォルシュ(ブランド)は変声後の菊池英博、ジェフ・コーエンが演じるローレンス・コーエン(チャンク)は岩淵健、コリー・フェルドマン演じるクラーク・デヴリュー(マウス)は飯泉征貴、キー・ホイ・クァン演じるリッキー・ワン(データ)は藤田哲也が吹き替えるなど、当時、映画やテレビドラマで活躍していた少年俳優が吹替をしています。

       
③ 『ネバーエンディング・ストーリー』

 『ネバーエンディング・ストーリー』は、英語(The NeverEnding Story)ですが、原作は、ドイツの児童文学作家 ミヒャエル・エンデ(1929~1995)の小説『はてしない物語( Die unendliche Geschichte) 』の米独共同映画化作品(1984年)です。また、この映画はファンタジー映画であり、人間ドラマとしてみたら、あまりにも奇想天外なことが多く、違った視点で鑑賞することが求められます。この映画は、ウォルフガング・ペーターゼンが監督を務め、バスチアン役(バレット・オリバー)、アトレーユ役(ノア・ハザウェイ)、幼心の君(女王)役(タミー・ストロナッハ)が出演しています。この映画では、原作小説の前半部分を映画化していますが、結末の描写は原作とは異なっています。原作の後半部分は『ネバーエンディング・ストーリー 第2章』で映画化されましたが、主演級の子役が変わったため、まるで違った作品のように感じられ、なかなかなじめないということになってしまいました。

 あらすじは次のようです。主人公バスチアンは、気の弱いいじめられっ子で、母を亡くしてからは父親と2人だけの寂しい生活を送っていましたが、父親は、デリケートなバスチアンのそんな想いを理解できませんでした。ある日、いじめっ子から逃げるために飛び込んだ本屋でバスチアンは不思議な本「ネバーエンディング・ストーリー」と出会います。この本を読むと物語の主人公になれ、本の世界で龍に乗れるから本が好きだと言うバスチアンに、本屋のおやじは「だが、それらの本は読み終われば現実に戻されるので、この本は危険だ。」と止めますが、どうしても読んでみたいバスチアンはこっそりとその本を盗んでしまいました。学校をサボって本を読み始めたバスチアンは、この本の世界にのめり込んでいきます。無による崩壊の危機に瀕した不思議な異世界「ファンタージェン」を救うため、草原の勇者アトレイユが旅立って行きます。バスチアンの分身のようにアトレイユは動き、壮大な冒険が続きます。冒険の内容と結末については、これ以上は、この作品をこれから観ようとするする人の妨害になりますので、書きません。

 この映画のバスチアン役を演じたのは、浪川大輔ですが、登場する場面が限られていて、これまで演じてきたような元気で活力のある少年の役でもなく、かといっていじめられっ子らしい繊細な役とも言い切れず、その持ち味を十分発揮できたとは思えません。むしろ、その分身としてファンタジーの世界で活躍するアトレーユ役を演じたのは、女性の戸田恵子で、変化が豊かでうまみのある声の演技で大活躍します。そのような意味で、浪川大輔の代表作とは言えないのではないかと感じる作品です。むしろ、浪川大輔には、アトレーユ役をしてもらいたかったと思います。

 また、『ネバーエンディング・ストーリー』の1と2は、共にバスチアン役の声を浪川大輔が演じ、変声期前と変声期直後の声の変化を確認できますが、前述したような理由で、視聴していて、なかなか作品に深く入り込めず、また、変声期直後の浪川大輔の声は、まだ現在のような多様性のある声とは言えない状態です。しかし、これは、浪川大輔の問題ではなく、映画そのものが抱えている課題です。


         ④ 『ターミネーター2』

 『ターミネーター2』という題名からして、当然前作があるわけですが、第4シリーズまであり、アメリカのSFホラー・アクション映画として、映画史に残る作品です。一言で言えば、未来で繰り広げられている、人類 vs 機械の果てしない闘いを描いたもので、人類と機械の戦争が起こる近未来から、人類の指導者となる少年ジョン・コナーを守るため、あるいは抹殺するために各組織が現代に送り込んだ殺人サイボーグ、ターミネーター2体(アーノルド・シュワルツェネッガーとロバート・パトリック)の死闘が繰り広げられます。これ以上あらすじを書くと、かえってこの作品を見る楽しみがなくなるので、あえて書きません。
 この映画では、暗殺者のターミネーターに追われて命を脅かされるジョン・コナー役をエドワード・ファーロングが演じています。エドワード・ファーロング(Edward Walter Furlong、1977~  )は、この映画に出演するまで演技の経験は全く無く、ある日バスケットボールをしている最中、キャスティングディレクターの目に止まり、1991年に映画『ターミネーター2』で映画デビューしました。当時13歳で、この年齢特有の美少年であったことと、バイクに乗って逃げるというこの映画の設定がスリル満点で、人気を博しました。

 この映画の撮影時のエドワード・ファーロングの話し声は、アルトの声質で、しかも、ときに変声期に入りかけではないかとも感じさせるような微妙な年齢の声です。また、叫ぶ場面もありますが、その声は、甲高い声ではなく「としごろ」の声と言った方がよいかもしれません。そのようなことから、日本語吹替も男声(浪川大輔)と女声(田中真弓・近藤玲子)の男女3通りがあるという珍しい作品です。浪川大輔は、『ターミネーター2』の吹き替えを担当した当時、高校の文化祭を欠席してアフレコ収録を行いましたが、結果的に自分が担当したバージョンがファンから長年親しまれ、度々再放送されていることを嬉しく思っていると述べています。事実、浪川大輔の吹き替えは、映画におけるエドワード・ファーロングの声と同じ質ではないのですが、映像のエドワード・ファーロングの演技を見ていると、きっとこんな声なんだろうなと思わせる声の演技がさすがです。
https://www.youtube.com/watch?v=N5wUasHAn5Y

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