MMRワクチンの中止は自閉症の発生率に影響を及ぼさず
−横浜市港北区の全人口調査による−

横浜市総合リハビリテーションセンター 本田秀夫 清水康夫
精神医学研究所 マイケル・ラター
 近年,国際的に激しい議論が繰り広げられている自閉症の原因論をめぐる話題にかんして,私どもが横浜市で行った疫学調査が重要な一石を投じました。この調査結果は,イギリスのJournal of Child Psychology and Psychiatry誌に掲載される予定ですが,すでに2月に同誌のオンライン版で公開され,諸外国のメディアからかなりの反響を集めております。国内では他に先立って日本自閉症協会横浜支部の皆様に知っていただければと思い,ここに調査の概要をご紹介します。なお,ここでは広く自閉症スペクトル全体を指して「自閉症」の用語を用いることにします。

 MMR(麻疹,おたふくかぜ,風疹)という混合ワクチンの定期接種が,わが国では1989年4月から導入されました。しかし,ワクチン中のおたふくかぜワクチンが主因と思われる無菌性髄膜炎が多数報告されたため,1993年4月に中止されました。その後,麻疹と風疹は定期接種(生後12ヶ月から90ヶ月の間に接種すれば費用は自治体負担),おたふくかぜは任意接種(費用は個人負担)ですべて別々に,4週間以上の間隔を空けて行われております。一方,世界の主要な国々では現在もMMRが接種されております。

 ところが,イギリスのウェイクフィールドらの研究グループがMMR接種に起因すると思われるという自閉症の12症例を1998年に報告し,「MMRが自閉症の原因である」との説を唱えたことから,それをめぐる賛否両論の侃々諤々の論戦が繰り広げられています。

 英米の研究では, 1980年代終盤から1990年代にかけて自閉症の頻度が劇的に増加していることが示されています。この増加はMMR導入と重なるようにも見えるのですが,MMR接種率が安定して高率となった後も自閉症の頻度が増加し続けていることから,MMRが原因とする根拠は薄いのではないかという方に専門家の意見が傾きつつあります。ただ,決定的な証拠はありませんでした。

 私どもは,MMRワクチンをいったんは導入しておきながら中止したというわが国の特殊な経緯を背景に,この問題にかんして新しい方法論で疫学調査を行いました。もしMMRが自閉症の原因であるならば,わが国ではMMR中止後には自閉症が減っているはずです。そこで,横浜市港北区で9年にわたる詳細な自閉症発症にかんする調査をしました。1988年から1996年までの間に同区で生まれたすべての子ども31426名を対象として,出生年ごとの自閉症発生率(7歳までに自閉症と診断された子どもの率)の年次推移を調べたのです。1988年から1992年生まれの子どもの中には,1歳でMMRの接種を受けた子どもが含まれます。横浜市におけるMMR接種率は,1989年(1988年生まれ対象)から1993年(1992年生まれ対象)まで順に69.8%,42.9%,33.6%,24.0%,1.8%であり,年々低下しておりました。1993年から1996年生まれの子どもの中にはMMRを受けた子どもはひとりも含まれておりません。

 結果をみますと,1992年以前の出生児に比べて1993年以降の出生児で自閉症の発生率がむしろ増加しておりました。前者では1万人当たり47.6〜85.9の間の発生率であったのに対し,後者では96.7〜161.3の間でした。

 発生率の増加は,典型的な小児自閉症の群と非定型群のいずれにおいてもみられました。知能との関連でみると,IQの高い自閉症の子どもがより著しく増加していました。

 MMRワクチン原因説をとる研究者からは,MMRが原因で自閉症を発症する子どもはワクチン接種まで順調に発達し,接種後に退行するという仮説も出されています。そこで,いわゆる「折れ線型」の経過がみられた子どもの発生率も調べました。自閉症全体の25.9%に折れ線型の経過がみられ,出生年による発生率の変動はみられませんでした。

 英米の調査では,MMRワクチンの導入と自閉症の頻度との関係しか調べることができません。それに対して,私どもはMMR中止前後の自閉症発生率をはじめて比較することができました。MMRの中止によって自閉症の発生が減ったという科学的根拠はなかったので,「MMRと自閉症とは全く無関係である」というのが最も妥当な結論となります。つまり,MMRは自閉症に対しては決して危険ではない(他の病気に対してはまた別の議論になりますが)ということです。

 以上が研究の概要です。この研究は,横浜市総合リハビリテーションセンターの本田,清水とロンドン大学精神医学研究所のラターによる共同研究として行われました。論文がオンライン版で公開されると,イギリスのNew Scientist誌の3月5日号に紹介されたのを皮切りに,英米の主要なマスメディアで大きく取り上げられ,この問題にたいする英米の関心の高さがうかがわれました。

 以下に,この論文のオンライン版(要約のみ),New Scientist誌,イギリス自閉症協会(NAS)のURLを付しておきます。


論文のオンライン版:
http://www.blackwell-synergy.com/links/doi/10.1111/j.1469-7610.2005.01425.x/abs/
New Scientist誌:
http://www.newscientist.com/article.ns?id=dn7076
NASのコメント:
http://www.nas.org.uk/nas/jsp/polopoly.jsp?d=253&a=6667